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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第三章 サンクチュアリ・オブ・ウードン
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第三話 比翼の鳥は今こそ羽ばたく


 翌日、ゲオルにログインした俺はいつものように、まずは教会で先行懺悔を行った。

 俺の徳は高まり続けること天井知らずで、最近では事あるごとに司祭様から聖騎士にならないかと勧誘されてしまう。時には血で汚れた覆面で素顔を隠しまでして、NPCの先輩聖騎士から直々にお誘いを受けるほどだ。

 我々には君が必要だ、不義を以って悪を討つ剣となれ、などと熱心に声をかけられると、断り続けるのも心苦しいものがある。しかし俺に聖騎士が務まるとは思えないので、今日も勧誘に来た“磨り潰し”オズワルド様へ丁重にお断りを告げると、その懺悔の意味も込めた祈りを行って教会を出た。

 つーか俺がこんなに勧誘されてるのに、まだ聖騎士になれないナップがクソ哀れ。

 込み上げる笑いを噛み殺しながら街を歩いているが、雰囲気には特に変わったところはない。ウードンさんの宣言はもう知れ渡っている筈だが、問題視しているプレイヤーは意外と少ないのだろうか。

 ひょっとしたら――今は静観しているだけで、ウードン帝国が有利となれば軍門に下っても構わないと、そう考えているプレイヤーが多いという可能性もある。

 その可能性については昨夜、あの後も話し合ったのだ。

 ウードンさん達は潰される前例になろうとしているが、来る者は拒まずというスタンスを取っている。それは表向きには利益を分け与えるためであり、実際には自分達の利益を回収するための方策なのだが、ちょっとやそっとでは潰せないほどにプレイヤーが集まる可能性もあるのだ。

 一応、そうなった場合は内部分裂を装って、ウードン帝国を解体するとのことだが……今後のことを考えれば、ウードン帝国には正面戦争で滅びてもらうのが一番だ。

 そのためには非帝国側――レジスタンスと名乗ることになった、俺達の動きも重要になる。

 俺達はウードン帝国の支配をよしとしないプレイヤーを集め、大同盟を作るのが主な役割だ。理想は将来的にクランを作るつもりの連中を集めて、ウードン帝国打倒後もクラン同士の同盟として枠組みを残すこと。

 クランが大きな権力を持つ世界だからこそ、プレイヤー側でそれを監視する社会体制を築き上げなければ、普通に遊ぶだけでも息苦しい世界になってしまいかねない。

 ……問題はどうやって人を集めるかだよなぁ。

 俺は特別顔が広いわけでもないし、ナップや臨時PTで知り合った人に声をかけるのが限度だ。街中で声を張り上げて募集して、逆に嫌われちまったら本末転倒だし。

 それでも増やせる人脈は増やしておきたい。そう考えた俺は、目についた酒場へ入ることにした。

 溜まり場をどこにするかは好みにも左右されるが、酒場のように居座るのもタダじゃない場所を溜まり場にするのは、ある程度は稼げる実力のある連中だ。

 ここにクラン規模のPTがいたら、ダメ元で声をかけてみよう――そうして俺が酒場へ入ると、耳に響いたのは酒場の喧騒ではなく、吟遊詩人の歌声だった。

 カウンターの近くでマンドリンを演奏しながら、吟遊詩人が歌っている。意識を向けても名前が表示されないので、プレイヤーではなくNPCの吟遊詩人らしい。

 誰に依頼されたというわけでもなく、彼は歌う。


「風が吹き、黄金の海を揺らす。

 収穫の時が来たと、麦は踊る。

 さあ麦を挽こう! こねて麺にしよう!

 パンの時代は今、終わりを告げる。

 我らの腹を満たす者、その名はウードン。

 うどんを愛する者よ、彼に続け。

 ウードン帝国は、誰も拒みはしない」


 …………あんまりな歌詞に、気が遠くなっていた。

 えーと。どうやらNPC吟遊詩人は、ゲーム内の目立った出来事を歌にするらしい。

 それはいいのだが、これ、プロパガンダとして機能してないか? プレイヤーにはあんまり効果はないと思うが、NPCの中で肯定的な評価が広まると、ウードン帝国と敵対することでマイナスがあるかもしれない。

 早急に手を打つべき案件だと判断して、俺は吟遊詩人に金を握らせた。


「おお、こりゃあどうも。旦那、リクエストはありますかい?」


 上機嫌になった吟遊詩人に、リクエストを告げる。


「ウードンを貶す歌、よろしく」


 吟遊詩人は高らかな声で「ウードンに死を!」と歌い出した。


     ○


「――ふーむ、それは困った話じゃなぁ」


 特に収穫もなく溜まり場に顔を出した俺は、吟遊詩人の件を皆に伝えた。

 ちなみに集まっているのはカルガモ、姐御、クラレット、ツバメ、スピカの五人。ウードンさん達は別行動と言うか、帝国の方で忙しいらしい。まあ状況的にも、暇だからって気軽に出歩かれても困る。

 話を聞いて表情を曇らせたカルガモは、


「世論を敵に回すというのは洒落にならん。

 幸い、吟遊詩人の買収はできるようじゃし、そうするのが一番か」


「プレイヤーの吟遊詩人が歌っても、同じような効果はあると思うけどな。

 ただ吟遊詩人って数が少ないんだよなぁ」


「PTプレイでのバフ特化ですからねー。

 ソロが大変ですし、そちらの人材確保は諦めましょうか」


 膝の上に収まっている姐御も、そこは仕方ないと最初から割り切るようだ。

 ひとまずの結論が出たところで、カルガモは姐御に言う。


「買収工作は俺がやっておこう。

 PT資産をこっちに預けてくれんか?」


「む……構いませんけど、カモさんだけというのは不安ですね」


 こいつ平気で着服するもんね。

 姐御は少し考え込んで、


「では、ツバメさんも同行してもらっていいですかー?

 カモさんのお目付け役ということで、何かあったら教えてくださいねー」


「はーい。あたしの目が黒い内は、カモっちの好きにさせないよ」


「信用ないのぅ……」


 マイナス方向に信用された結果なんだよなぁ。

 そんなわけで姐御からPT資産を預かり、害鳥さんチームは買収工作に出発した。

 さて、残った俺達はこれからどうするかだが、


「こっちは予定通り、レジスタンスの勧誘でいいんだよな?」


「ですねー。戦力的にも、まずはナップさん達の勧誘に行きましょうか」


 そう方針が決まったところで、俺は外見表示をガチ装備に変更して、荒事仕様になる。平和的な話し合いが一番なのだが、相手がナップである以上、血を見ることは避けられないのだ。

 そうして颯爽と立ち上がった俺の手を、クラレットが引っ張った。


「今日は殴り込みじゃないから、防具いらないでしょ?」


「えー」


「いらないでしょ?」


「……うっす」


 渋々と防具の装備を解除しつつ、でも武器は指摘されなかったので、いつでも斧を取り出せるようにしておく。へっへっへ、詰めが甘いぜクラレット……!

 そんなやり取りをしている内に、スピカが姐御を手招きしていた。


「兄ちゃんケンカするかもだし、タル姉ちゃんはこっちね」


「わーい!」


 と、スピカに肩車してもらってご満悦。


「ガウス君よりずっとたかーい!」


「――――――」


 胸の内に絶望と悲しみ、そしてそれらを塗り潰す漆黒の殺意が芽生える。

 殺意は怨嗟の炎を吐き出す竜の形を取り、あの心ないコロポックルを殺せと荒れ狂う。

 しかし俺が行動へ移す前に、苦笑したクラレットが俺の頭を撫でた。


「大丈夫。まだ伸びるよ、ガウスは」


「そ、そうだよな……!」


 こんな俺にも信じてくれる人がいる。

 だから俺の中の竜よ、今はまだ眠っていろ。いつかその時が来るかもしれないが、今はその時ではない。こんな怪物でも、クラレットとなら共に歩めると夢を見ていろ。

 そうやって折り合いをつけた俺に、しかし姐御は無邪気に笑って告げた。


「でもガウス君、会った時から伸びてないですよー?」


「じわじわ伸びてんだよぉ!!」


 一年でミリ単位だけど、伸びてはいるんだよ! 誤差かもしれないけど!!

 俺は涙目になりつつ、クラレットを見た。

 どうか、どうか慰めてくれ。優しい嘘でも構わない。それが慰めになるのなら。

 しかしクラレットは曖昧に微笑んで、


「い、行こっか。ナップさん達のところ」


 ついに慰めることすら諦めて、話を強引に切り替えるのだった。

 ふっ。クラレットは都合のいい聖女ってわけじゃない、当たり前のことだよな……。


     ○


 クラレットにやさぐれたまま手を引かれながら、ナップ達の溜まり場である路地裏に到着する。

 ナップの勧誘活動が実ったのか、たまに人が増えているものの、基本的に俺達はナップの友人枠で顔パスである。ただし俺一人でやって来た場合、生意気にも迎撃しようとするので、すっかりこいつらの血の味は覚えてしまっている。


「ひっ……!? 警戒態勢――! 流星が来たぞ!!」


 俺の顔を見た瞬間、ええっと誰だっけこいつ、まあとにかく怯えた様子で叫ぶ奴がいる。姐御に流れ星と評されたので、機会があれば流星のガウスと名乗るようにしているのだが、こいつらにしか定着していないのが悲しい。

 ともあれ、下っ端連中がぞろぞろと集まって来たので、俺は笑顔で応じた。


「やだなぁ、今日は話し合いに来たんだよ?」


「そうですよー。うちの子がいつもすみませんねー」


 姐御が合いの手を入れると、下っ端連中は一糸乱れぬ動きで傅いた。


「失礼、魔王様もおいででしたか……!」


「ガウス君、やっちゃっていいですよ」


「――待て待て待て! そういう流れじゃなかったでしょう!?」


 姐御が朗らかにキレたところで、奥から慌てた様子でナップが駆けつけた。

 幹部の誰かがいたらいいやと思っていたのだが、珍しくナップ本人がいたのはラッキーだ。

 ナップはため息を吐くと、非難がましい目を俺に向けた。


「お前もさぁ、あんまり気安くうちの連中を殺すなよ。

 対人戦の練習になるしいいかと思ってたけど、自信なくした奴のケアが面倒臭いんだぞ」


「微妙に俺だけが悪いようには聞こえないんだよなぁ」


「そりゃ負ける奴が一番悪いに決まってるだろ」


 当然のように言い切るナップ。やっぱこいつも外道ですわ。


「で、今日はどうした? タルタルさんまで一緒だし」


「実はですね――」


 俺に任せると脱線するとでも思ったのか、姐御が直々に用件を伝える。

 こちらからの要求は対ウードン帝国のレジスタンスに参加すること。

 その見返りとして、ホーリーグレイルを落とす敵について教える。

 最初は渋ったナップだったが、ホーリーグレイルを餌にした途端に食いついた。


「全面的に協力します!

 やっと、やっとクランを名乗れるように……!」


 うん。これだけ人数集めて、自称クランってのは切ないもんな。

 正確な人数は把握していないが、既に二十人前後の大所帯になってるんだよな、こいつのクラン。バラつきはあるがそれぞれの実力も確かだし、現時点ではトップクランと言ってもいいだろう。


「では旗頭の役もお願いしますねー。

 クランの宣伝にもなりますし、悪くないでしょう?」


「そうですね。指揮を取るのは難しいでしょうから、先頭に立つだけになると思いますけど。

 それでよければ、喜んでお引き受けします」


 俺達が旗頭を務めると、ウードンさんとの繋がりがバレた時に言い訳できないからな。その点、ナップなら繋がりは薄いし、有象無象のプレイヤーを率いるだけの勢いがあるから最適だ。

 それから定期的に連絡を取ることを約束し、ナップの方でもレジスタンスの参加者を集めることに協力してもらうことになった。俺達よりも顔が広いわけだし、その意味でも適任だろう。

 ただ、ナップだけに任せるとそれはそれで不安なので、ダフニさんかニャドスさんにサポートしてもらいたいんだが……ざっと見たところ、あの二人は不在のようだ。


「ナップ、ダフニさん達は狩り中か?」


「ああ。デル1がキャラ作り直して、デル2になったからさ。

 狩りに参加できるレベルになるまで、パワーレベリングしてるんだよ」


「うわ、勿体ないな。デル1、いやデル2さん、作り直さなくても通用するだろ」


「俺もそう言ったんだが、スキル構成を最適化したいらしくってさ」


 まあこだわりの強い人だし、それは仕方ないか……。

 デル2さんは真正面からの白兵戦なら、このクランでも最強の人だ。俺でも正面から挑むと勝率は三割ぐらい。搦め手には弱いので、何でもありルールだと五分五分になるけど。

 ぶっちゃけナップより強いので、バトって楽しい人でもある。ナップは殺して楽しい枠。

 そんなことを考えていると、姐御がナップの言葉に深く頷いていた。


「向上心のある人は素晴らしいですねー。

 ガウス君も見習うようにしてください」


「自分の足で歩くことを放棄したコロポックルが何言ってんだ」


「ほほう」


 姐御はいつものように指を鳴らそうとして、自由に動ける戦力がクラレットしかいないことに気付き、悔しそうに歯噛みした。


「命拾いしましたね……!」


「軽い皮肉言うだけで、俺は命の心配をしなきゃならんのか……」


 姐御が物騒なのか、それとも俺の命が軽いのか。

 追求すると悲しいことになるので、気にしないようにしておく。


「あー、それでさ」


 不穏な空気に腰が引けつつ、ナップが姐御に言う。


「そっちの手が空いてたら、デル2の狩りに付き合ってください。

 こっちは勧誘メインで動いておきますから」


「分かりましたー。持ちつ持たれつですね」


「私は勉強させてもらうね!」


 デル2さんとの狩りということで、嬉しそうにスピカが笑う。

 そりゃあなぁ。俺やカルガモみたいな邪道と違って、デル2さんは文句なしに正統派のアタッカーだ。前衛としての動きを参考にするのなら、デル2さんの方がいいに決まっている。

 とりあえず狩りに関しては、定期連絡の時にでも擦り合わせればいいだろう。


「決めておく必要があるのは、このぐらいですかね?

 何かあったら、また随時連絡するってことで」


「あ、ちょっとお願いあるんですけど」


 話がまとまりかけたところで、クラレットが口を挟む。


「機会があったら、ニャドスさんとも組ませてもらっていいですか?

 魔法の使い方とか、また教えてもらいたくて」


「ああ、そんなことか。いつでも構わないよ。

 都合のいい時にこっちの狩りに参加する形がいいかな?」


「はい、それで。ありがとうございます」


 丁寧に礼を言うクラレット。こんな奴にも頭を下げるとは礼儀正しい。

 しかしまあ、うちの連中には他に魔道士がいないってのが、地味に痛いんだよな。たまに一緒に狩りをするニャドスさんが、すっかりクラレットの師匠ポジションに収まってしまっている。

 ニャドスさんは頼れる大人なので変な心配はいらないが、身近なところで気軽に解決したい問題でもある。ウードン帝国の件が落ち着いたら、島人から使えそうな奴を勧誘してみるのもいいかもしれない。

 ともあれ話がまとまったので、じゃあお互いに行動しよう、ということでお開きになる。

 俺は斧を抜いて襲いかかり、ナップはそれを予期していたかのように盾で受け止めた。

 不意打ちの初撃を防がれた俺は、クラレットに手を掴んで引きずり戻される。


「ちくしょう、これで勝ったと思うんじゃねぇぞ!」


「いつでも来いよガウス。俺、負け犬には優しくしてやる主義だから」


 あっ、ちょっと皆! あいつ、いい気になってるぞ! しかも下っ端連中まで笑ってやがる!

 頼むよクラレット。後生だから手を離してくれ。あいつはここで殺しておかないと、また調子に乗るんだ。っていうか俺達が出会っておきながら、どっちも死なないって不自然だと思うんだ。

 しかし必死の説得にも関わらず、クラレットはずるずると俺を引きずって行く。


「あんまり聞き分けが悪いと、嫌いになるよ」


「うっ……くぅ~ん」


 そう言われたら、俺には尻尾を振ることしかできないわけで。

 それでも負け犬は負け犬らしく、俺を嘲笑ってる下っ端どもを睨んでおく。お前ら顔覚えたからな。次に会ったら、どこであっても流星が落ちると覚悟してろ。


     ○


 ナップの協力を取り付けた俺達は、その足で臨時広場へ向かうことにした。

 何と言っても人口密度が一番高いのは臨時広場だ。声を張り上げて誘うわけではないが、めぼしいプレイヤーがいれば声をかけて、レジスタンスに誘ってみるのが目的である。

 昨日はウードン帝国と、その拠点の出現もあって人が少なかったものの、今日の臨時広場は表面上だけなら平常運転だ。まだウードン帝国が支配圏を使っての搾取をしていないこともあって、臨時広場を移そうという動きもないのがありがたい。

 手分けして募集を出している連中を見て回るが、一番多いのはレベル三十台のプレイヤーか。装備やスキルの充実を考えたら、声をかけるにしても三十台後半からが無難だろう。

 そうなると、結構限られてしまうが……まあ仕方ない。ウードン帝国が来る者は拒まずの姿勢で数を揃えるなら、こっちは少数精鋭だ。どうせ乱戦にしかならないんだし、高レベル魔道士の範囲魔法で雑魚は一掃されてしまうのがオチだ。

 そんな感じで勧誘を続けていると、誰かが声を上げた。

 それは警戒の色を含んだ、注意を促す響きで、


「帝国の連中が来るぞ!」


 言われて視線を向ければ、ウードン帝国の砦からぞろぞろと一団がやって来る。

 このまま臨時広場を通って街へ行き、宣伝でもするつもりなのだろうか。大前提としてウードン帝国は派手に潰されるのが目的なので、そのためにも人を集めて、可能な限り大きくなる必要があるのだ。

 しかしこっちの勧誘とカチ合ったのはタイミングが悪い。レジスタンスとしてはまだ暴れたくないので、俺達はPTチャットで連絡を取ると、それとなく臨時広場から距離を取って見守ることにした。


「んー? 昨日より人数、増えてない?」


 接近するウードン帝国の連中を見て、スピカが変化に気付く。

 言われてみれば四十……いや、五十人はいるな。どうやらあちらさんは、順調に人が増えて勢力を拡大しているようだ。

 ウードン帝国の中枢部は、元々ウードンさんがホーリーグレイルを売りつけようと、声をかけたプレイヤー達だ。金を持っていることが前提なので、装備に金を注ぎ込むトッププレイヤー達ではなく、実は金稼ぎメインの商人が大部分を占めている。

 昨日の演説の場にいた連中も、それっぽい装備で誤魔化したハリボテ商人軍団だったわけなのだが、今日は違う。半分以上はあれから加入したらしい、ちゃんと戦える連中だ。


「……っていうか、ハイペース過ぎねぇか?」


「あれでも全員ではなさそうですしねー」


 思った以上に順調というか、肥大化するのが早い。

 うーむ。内部分裂ルートは最後の手段だし、ウードンさんには明日からでも支配圏での搾取を始めてもらってもいいかもしれない。今日はほら、俺も臨時広場で勧誘するしね?

 そんなことを考えながら眺めていると、


「――――えっ?」


 驚きと困惑の混じった声で、クラレットがウードン帝国の連中を指差した。

 指が示す先には、臨時広場でも宣伝するつもりだったのか、一団の中央から出て来る男がいる。遠目にも目立つ、小豆色の着物を着た四十代ぐらいの男で――ってカルガモじゃねぇか!?

 あいつ何やってんだと俺達が困惑していると、こちらには気付いていない様子で声を張り上げた。


「皇帝陛下の御言葉を告げる!!

 この地は既にウードン帝国の支配圏であり、愚民に分け与える余地は猫の額ほどもない!

 即刻退去するか、軍門に下るか、選ぶがいい!」


 うわ、昨日より支配圏広がってやがる。

 いやそれも重要だけど、なんでお前が伝えてんの? お前、吟遊詩人の買収工作に行った筈だよな? ひょっとして逆に買収でもされた? あ、そんな気がする。

 一方、臨時広場のプレイヤー達は、突然の宣言にもちろん非難轟々である。誰が従うか馬鹿野郎ってなもんで、ちょっとした暴動が起こりかけていた。

 しかしその様子にカルガモはニヤリと笑って、


「どちらも嫌だとほざくか。

 ちと、分からせてやる必要があるようじゃな」


 言うが早いか、短剣――ではなく、反りのある片手剣を抜いて、手近なプレイヤーを斬り捨てた。

 不意打ち気味だったとはいえ、その恐ろしいほどの早業を防げる人間がいるとは思えない。目の当たりにした他のプレイヤー達も同感らしく、大半は悲鳴を上げて逃げ出した。

 勇敢にも、あるいは無謀にも立ち向かうことを選んだ一部のプレイヤーは、次から次へと斬り捨てられる。当たり前だ。剣を持った本気のカルガモを相手にするなら、包囲して連携を取らなければ勝負にもならない。正真正銘、あれはそういう次元の怪物なのだ。

 怪物に挑む勇者はすぐに品切れし、残ったのは俺達のように、遠巻きに見守っている連中だけ。その光景へ満足そうに頷いたカルガモは、帝国の連中に言う。


「やはり相手にもならんかったのぅ。

 おぬしら、次は予定通り噴水広場じゃぞ」


 言葉に応じて敬礼し、帝国の一団は噴水広場に向かって歩き出した。

 その姿が遠ざかるのを確認して、俺は納得したように言う。


「まあ、どっかで裏切るとは思ってたけど」


「カモさんですもんねー」


 いつものことだよね、と笑い合う俺と姐御。

 しかしそれでは納得がいかないのか、クラレットが言う。


「カモさんだけなら、そうかもしれないけど。

 今日はツバメも一緒だったのに?」


 む。言われてみりゃ、それは不思議だな。

 裏切るつもりだったなら、お目付け役なんて嫌がってただろうし。


「――でもツバメちゃん、一緒にいたよ?」


 などと。不思議がる俺達に、目撃情報を告げるスピカ。

 そっかー。なるほどなぁ。

 俺が得心したところで、クラレットも早とちりを恥じるように笑った。


「ごめんね。あの子、普通に裏切るタイプだった」


「その方が面白いと思っちゃったんでしょうねー」


 姐御も諦めたように苦笑して。

 皆の気持ちを代弁するように、俺は言った。


「じゃ、あいつらだけは絶対に殺すってことで」

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