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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第三章 サンクチュアリ・オブ・ウードン
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第一話 ワールドクエスト


 その日、俺は緑葉さんとうどん貴族――ウードンさんと組んで、三人で狩りに来ていた。

 回復はアイテム頼りになってしまうが、バランスだけを見れば悪くない。俺とウードンさんで敵の動きを止めて、筋力極振りの大砲型である緑葉さんが仕留めるという形だ。

 緑葉さんの火力はちょっと恐ろしいことになっているのだが、マジで筋力しか伸ばしてないせいで、動きを止めた敵か、雑に射っても当たる大型の敵にしか命中は期待できないのが悲しい。

 戦術的には数をこなすのではなく、自然と大物狙いになってしまうので、やって来たのは砂漠の街クラマットからさらに南東。見渡す限りの砂漠が広がる、断絶の砂海と名付けられているエリアだ。

 ここから東へ進むと流砂が複雑に入り組んだエリアがあり、東方への進出を阻んでいる。これが名前の由来なのだろう。未だ踏破者がいないため、何かしらのクエストが通行条件になっているのではないかと噂されている。

 そして断絶の砂海だが、ここに出現するモンスターはピラミッドにもいたデザートペングー、クサリヘビなどお馴染みの顔触れだけでなく、昆虫のような六本足を持つトカゲのヨーウィー、青い巨鳥アルキュオネなどの新顔もいる。しかしここで狩りをする一番の目的は、大砂蟲というモンスターだ。

 大砂蟲の見た目は言ってしまえば巨大なミミズだ。だがその巨体は桁外れで、胴の直径は大人の背丈よりもあるだろう。長さも二十メートルは優に越し、確認されている中では最大級のモンスターである。

 こんなの白兵戦で戦う相手ではない。実際、無謀にも挑んだ防御特化のタンクが吹っ飛ばされた。まあそれ、うちの妹なんですけどね。ダメージには耐えられても、質量差はどうしようもないのだ。

 しかしその大質量をこそ武器にする大砂蟲は、これといった小細工を使わない。そこで吹っ飛ばされても即死しない俺とウードンさんが囮となって逃げ回り、緑葉さんが仕留めるという完璧な作戦なのだ。


「マ゛マ゛ー!! 助けてママァァァ――――!!」


 そんなわけで俺は、汚い悲鳴を上げて砂漠で追いかけっこの真っ最中である。

 後方からは砂をシールドマシンのように掘り進む大砂蟲が接近中。ウードンさんは早々に轢かれてしまったが、死んでいないのでどっかに埋まっているのだろう。そのまま乾麺になってしまえ。

 ああもう、やっぱこの作戦、無理があったんじゃねぇかなぁ!? 俺もキャラレベルは四十になったけど、大砂蟲の攻撃なんて何度も耐えられないし、デスペナの経験値ロストがマジできついから死にたくないし!

 その時、岩を砕くような轟音が鳴り響いた。

 連動するように大砂蟲の巨体がぐらりと傾ぐ。緑葉さんのスキル、ヘビーショットを乗せた一撃が大砂蟲を側面から叩いたのだ。軽い矢であれだけの衝撃を生むのだから、スキルなんて魔法と大差ない。

 流石に一発で倒せはしなかったが、大砂蟲は勢いを殺されたことで速度が落ちる。少しだけ余裕を取り戻せた俺は、ターゲットが切り替わらないように注意しつつ、今の内に距離を稼ぐ。

 そこへPTチャットで緑葉さんの声が届いた。


「愉快な悲鳴を上げていたわね駄犬。誰があなたのママなのかしら」


「緑葉さん……?」


「つまり私をメス犬にしたいというわけね?

 ふふふ、いいわよねメス犬。響きが卑猥で。――去勢するわよ」


「自分で連想しといてキレるのやめようぜ!?」


 何がスイッチになるか分かったもんじゃないから、緑葉さんの扱いは難しい。


「そもそも緑葉さん、彼氏もいないだろ」


 なので遠慮なく切り込んで、地雷踏んだらそれはそれとして煽るのが正解。


「よーしよし、死にたいようね駄犬!」


 叫ぶよりも早く、次の矢が俺を狙って放たれる。

 だがそう来ることは予想済み……! 俺は最近覚えた新エンハンス、足ブレイクを発動。単に足にブレイクの効果を乗せるだけなのだが、一度限りの加速として便利に使えるのだ。

 地を跳ねて矢を回避。PTチャットに舌打ちが響く。俺は鼻で笑った。


「ほら、遊んでねぇで頼むぜ! もう一発で倒せるだろ!」


 緑葉さんは「次はあんたよ」と低い声で応じ、弓に矢を番える。冗談抜きにクリーンヒットすると即死しかねない威力なので、どうか敵だけを狙って欲しい。

 それから少し大砂蟲を誘導したところで、矢がその巨体を貫く。大砂蟲は光の粒子となって消滅していき、その後には大量のアイテムキューブが転がり落ちた。

 どうもああいう大型モンスターはドロップアイテムの抽選が複数回行われるらしく、レアドロップでなければこのように一匹倒すだけで大量に落ちる。倒すのには苦労するが、倒せるなら経験値もドロップも中々に美味い相手なのだ。

 また検証班の調査結果によると、大砂蟲は他にもデバフの抵抗率がやけに高かったりするので、ボス属性持ちではないかとも噂されている。だからドロップも多いんじゃないか、みたいな。

 アイテムキューブを拾いに行くと、どこかから這い出たウードンさんも合流する。ステ振りが体力重視だけあって無事なようだが、大砂蟲に轢かれたことでHPは大きく減っていた。

 彼はポーションでHPを回復しつつ、辟易したように苦笑する。


「まったく、ポーション代も馬鹿にならんな。

 そっちはダメージ食らってないか?」


「ああ、問題ねぇ。この調子なら黒字だし、もうちょい頑張ろうぜ」


「んだな。稼がねぇと装備更新もままならん」


 世知辛いよなぁ、なんてお互いに苦笑しつつ。

 アイテムキューブを回収していたら、ウードンさんの動きが止まった。


「? どうした、ウードンさん」


「お、おう。――こんなの出ちゃった」


 と、インベントリを投影して見せてくる。

 ろくに整理されていないゴチャゴチャとしたインベントリだが、そのアイテムは一目ではっきりと分かる輝きを放っていた。

 ホーリーグレイル――未発見の、クラン設立に必要とされるアイテムだ。


「おおぉぉぉ!? マジか、マジかウードンさん!?」


「マジだよガウス! ちょ、緑葉さん! 来い、こっち来い!」


 珍しくハイテンションになって手招きするウードンさん。

 訝しみながらやって来た緑葉さんは、ホーリーグレイルを確認すると高らかに笑った。


「あーはっはっは! 来たわね、私達の時代が!

 これ、今ならとんでもない値段で売れるわよ!?」


「「え。」」


 俺もウードンさんも、これでやっと俺達のクランを、という気分だったんだが。

 しかし銭ゲバ女は戸惑う俺達を小馬鹿にするように笑って、


「ふふふ考えてみなさい、ミニマム脳味噌の下等生物達。

 ゲオルは今、あちこちで行き詰まっているのが現状よ」


 その認識は正しい。判明している上級職だって、俺が発見した聖騎士だけだ。それも転職条件がまだ解明されていないもんだから、実際に転職できたプレイヤーはほとんどいない。

 転職できなくてもそのままレベルを上げればいいかもしれないが、そのレベル帯になると適正狩り場でもかなりの苦戦を強いられる。上級職を前提とした難易度にデザインされているのだ。

 新しい狩り場の開拓も大変で、この世界にはまだまだ未踏破のエリアが存在する。国外はもちろん、王国内に限っても辿り着いた者がいないエリアはあるのだ。


「そのブレイクスルーになる可能性があるのがクランよ。

 クエストの中には、クランに所属していることを条件とするものもあるわ。

 言わば身分証明ね。攻略を急ぎたい連中は、これが喉から手が出るほど欲しい筈よ」


「おいおい、そうは言うがな緑葉。

 大砂蟲狩りをしてるプレイヤーは他にもいるべ?

 なのに今まで情報がなかったんだ、ドロップしたのは奇跡だぞ」


 つまり二度と手に入らないかもしれない、とウードンさんは言っている。

 情報を流せば大砂蟲を狩るプレイヤーは増えると思うが、ドロップ率が極端に低いのなら、その価値は高騰するばかりで下がることはないだろう。

 クランを作るつもりなら、売らずに自分達で使うべきだと考えているのだ。


「ふっ、それはこうも推測できるわ。

 もっとマシな確率でドロップするモンスターが、発見されていないだけだってね」


「む」


「プレイヤーの活動領域が広がれば、きっと見つかる筈よ。

 そうなれば市場にも出回るでしょうし、私達にはお手頃な値段になるでしょうね」


「……確かに、分の悪い賭けじゃないか」


 おや。突っぱねるかと思ったが、一理あると見たか。

 ウードンさんがそう判断したのなら、俺としても否はない。俺の判断よりも、よっぽど信用できる。だが俺達だけで決定してしまうのも、それはそれで問題だろう。


「まあ扱いは二人に任せるけど、姐御には話を通しておこうぜ。

 黙って事を進めたら、たぶんキレるし」


「それもそうね。一度引き上げて、伝えておきましょ」


 そういうことになった。

 姐御は渋りつつも自分で手に入れたわけではないため、売り払うことを承諾した。

 俺は確実に売りたいならナップに売ればいいと提案したが、ウードンさんはあちこちに声をかけての入札形式にして、できるだけ値段を釣り上げてみようと、頼もしいことを言ってくれた。

 そんなわけでホーリーグレイルはウードンさんに預けて、結果を待つことになったのである。


     ○


 それから数日。ゲーム内では特に進展も何もなく、多くのプレイヤーは相変わらず狩りに精を出し、一部の連中は未発見のエリアを求めて各地を放浪していた。

 俺はレベルが伸び悩み始めたこともあって、今日はクラレットと二人でクエストをこなしている。ここ最近のクラレットは素材集めと装備作りを楽しんでおり、そのついでに受けられるクエストをこなすのが日課になりつつあった。

 俺とのペアなら戦闘のあるクエストも安心ということで、本日は森の小屋に隠れ住む魔道士に押し込み強盗である。いや、言葉が悪いな。指名手配されている魔道士の討伐クエストだ。まあ溜め込んでいる素材を奪えるし、実質的にはそれがクエスト報酬なので、押し込み強盗としか言えない気もするが。

 ドアから俺が突入するのと同時に、クラレットに窓からファイアーボールを撃ち込んでもらう完璧な奇襲によって、魔道士の討伐はあっさりと完了。あとは待望の家探しタイムである。

 逃げ隠れていただけあってレアな素材は持っていないようだが、集めるのが面倒な素材もあったりして、実入りは悪くない。魔道士ギルドで受けたクエストだって話だし、素材集めの補助クエストって感じかな。


「これだけあれば、防具も新調できるんじゃないか?」


 問いかけると、クラレットも嬉しそうに頷いた。


「うん、新しいローブが作れそう。

 先にブーツとか作った方がいいかな、って気もするけど」


「あー。足装備っつーか、靴はデータ以上に重要だもんなぁ」


 ぶっちゃけ防御力がゴミでも、地形に適した靴ならいくらでも使い道がある。極端な話、平原を走るための靴で雪山にでも登ろうもんなら、まともに動けなくて大変なことになるし。

 とはいえ現状だと、専用の靴が欲しくなる地形は砂漠ぐらいだ。他には汎用的な、滑り止めのある靴があれば充分だろう。急いで揃える必要はあんまりない筈だ。

 そんなことを話していたら、不意にハンドベルのような透き通った音が響き、俺達は顔を見合わせる。これは今までにも何度か聞いたことがある、運営からのアナウンスを告げる音だ。

 大抵は定期メンテナンスの案内や、障害が発生しているエリアの情報だったのだが、今回はすぐに違うということが分かった。


『ゲオルギウス・オンラインをお楽しみの皆様にご報告です。

 先程、ユーザーによる初めてのクランが設立されました』


 おや。ということは、ウードンさんが上手くホーリーグレイルを売り払えたのだろうか。それとも幸運な誰かが、別口で入手に成功したのだろうか。

 そんなことを考えていると、アナウンスは続きを告げる。


『設立されたクランはウードン帝国。

 クランマスターはウードン・カイザーです』


「「!?」」


 何やってんの、あの人!?

 俺達は驚愕の表情で顔を見合わせ、


「な、何か聞いてたか?」


 ぶんぶんと首を横に振るクラレット。だよな、聞いてないよな。

 えぇ……? どうなってんだこれ……?


『公式サイトのプレイガイドに、クランシステムの詳細が追加されます。

 それでは引き続き、ゲオルギウス・オンラインをお楽しみください』


 アナウンスはそう述べて終わった。

 俺達はまだ混乱していたが……ふと、アナウンスの意味に気付いて、俺はその言葉を口にする。


「……ワールドクエスト、か?」


「知ってるの?」


「ああいや、そんな気がするってだけなんだが。

 ワールドクエストってのは、そういう決まった名前があるわけじゃないんだが――」


 ――MMOにおいて、稀に採用されることがある特殊なクエスト。

 それは新たなシステムや、新たなエリアの解放を報酬とするクエストのこと。ゲーム世界にブレイクスルーやパラダイムシフトをもたらし、誰か一人だけ、あるいは一つのPTだけが達成者となり、全てのプレイヤーに恩恵を分け与えるクエストだ。

 ワールドクエストについてそう説明すると、クラレットは不思議そうに首を傾げた。


「でもウードンさん……そういう目立つこと、嫌がると思うけど」


「クランマスターになってるのも、あの人らしくねぇんだよなぁ」


 これはどういうことなのか。

 とにかく確かめてみようと、俺達はラシアへ急いで戻ることにした。

本年もよろしくお願いします。

今回は三章のプロローグ的な話でもあるので短め。

これにて書き溜めは尽きましたので、のんびりお待ちください。

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