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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第十八話 一つの結末と、その続き


 顔剥ぎセーラー退治を終えた後、俺は茜に付き添われて病院へ行くことになった。特に怪我らしい怪我はないのだが、いいから行けと全員に言われてしまった。

 ちなみに百合は悲しいかな、明日も仕事なので帰らなければならず、そちらは朝陽が駅まで送ることになった。

 別れ際、百合は茜に俺のことを頼むと言っていたが、病院に行かないとでも疑われたのだろうか。いや、確かに俺一人だけなら、怪我がないんだからいいじゃん、と帰っちまうわけだが。

 そんなわけで俺と茜は病院に行き、頭を打って気絶したので念のために、という建前で検査をしてもらった。わざわざCTスキャンまでしてもらい、医師の下した診断は異常なしの太鼓判。ちょっと記憶が曖昧なのは気絶した影響であって、脳に損傷は見られないとのことだった。


「な? 言った通り、皆が大袈裟なだけだったんだって」


 診察室から出て、俺は待合室のイスに座りながら笑った。

 だが隣の茜は納得がいかない様子で、眉根を寄せて言う。


「でも幹弘さん、大変だったんだからね。

 傷一つないけど……あの時、確かに顔を剥がされたんだから」


「そう言われてもこの通り、何ともないからなぁ」


 実際のところ、俺は何があったかまったく覚えていない。百合とメシを食ってたあたりまではぼんやり思い出せるんだが、そこから先はさっぱりだ。

 顔剥ぎセーラーに顔を剥がされたのは事実なのだろう。

 ――その後、俺がザルワーンらしき異形に変貌したことも。

 だがこうして元の姿に戻った時、俺の体には傷一つなかった。顔はもちろん、戦闘中に負っていたらしい他の傷も同様で、気付いた時はうっかり居眠りでもしていたのかと思ったぐらいだ。


「ああでも、茜が俺を止めてくれたんだっけ? ありがとうな」


 顔剥ぎセーラーを倒した俺は、何をトチ狂ったのか百合に襲いかかったらしい。それを朝陽がバインドで足止めして、茜が呼びかけることで元に戻ったのだとか。

 百合を傷つけなくてよかったと安堵するが、それ以上に、俺は茜の勇気に感謝していた。

 だって相手は、正気を失って暴れてる化物だ。そんなモノの前に出て止めるなんておっかないし、普通はできることじゃない。俺を救ってくれたのは、茜の勇気なのだ。


「ん……だって、どんな見た目でも幹弘さんだから」


 照れたようにはにかんで、茜はそんなことを言った。

 それだけでは言葉が足りないと思ったのか、彼女は続けて言う。


「幹弘さんは正義の味方なんかじゃないし、誰かを助けることもあんまりないと思う。

 でも、理由もなく誰かを傷つけるぐらいなら、自分が傷つく人だって信じてた」


 彼女が語るのは、俺の在り方の一側面だった。

 そりゃそうだ。誰かを傷つけるぐらいなら、自分が傷つく方がいい。自分の痛みは許容できるし、傷つけたことに悩まなくていいんだから気が楽だ。

 優しさでも何でもない、単にその方が自分の気質に合っているというだけの話。そうして楽な道を選ぶことを弱さだとするのなら、茜は俺の弱さを誰よりも信じていたのだろう。

 彼女は精一杯の勇気で、俺の弱点を攻撃していたのだ。


「……まいったな。弱点がバレちまった」


 冗談めかして笑うと、茜も困ったように笑う。

 それはきっと、彼女も同じような弱さを抱えているからなのだろう。

 今はまだ、それがどんなものかは分からない。

 しかし彼女が信じてくれたように、俺も彼女の弱さを信じたいと思う。

 信じることが力になるのなら、信じた弱さも力に変わってくれる筈だから。


     ○


 数日後。ゲオルにログインした俺は、いつものように教会で懺悔していた。

 まだ有効性は未知数なのだが、先行懺悔をしておくと安心感が違う。いざという時、軽率にカルガモやナップを殺せるというのは、とても大きな心理的アドバンテージになるのだ。

 言ってしまえば俺だけ残機があるようなもの。まるでチートだ。

 教会の司祭様も、最近ではすっかり眼差しが柔らかくなった。挨拶の前に手を出して金を要求してくるほど効率化も進んでおり、俺のために努力してくれているのだと実感できる。

 ふっ、いつか大きく稼いだらドーンと寄進して、恩返しをしなくっちゃな。

 そんな感じで今日の祈りを終えて立ち上がり、去ろうとしたところで司祭様に呼び止められた。


「ああ信徒ガウス、ちょっといいですか」


「何でしょうか司祭様。これ以上はびた一文出せませんが」


「努力しなさい。いえ、そうではなく」


 コホン、と咳払いをして。


「あなたが非常に熱心な方であるのは、よく伝わりました。

 もし興味があるようでしたら、教会騎士団――聖騎士に推薦しますが」


「あ、結構です」


 聖騎士ってイメージ的に、防御系のジョブっぽいからなぁ。戦士の上級職として用意されていたのには少し驚いたが、俺には必要ない。

 いや、そもそもジョブってただの職業だもんな。設定的には神様の加護を与えられたとかではなく、組織に所属してそう名乗っているだけだ。

 単に戦士の上級職として聖騎士があるのではなく、条件を満たせば誰でも上級職に聖騎士を選べるのではないだろうか。この推測は掲示板にでも流して、他のプレイヤーにも検証してもらおう。

 そう考えをまとめたところで教会を離れ、溜まり場に向かう。

 今日はまだ時間が早いからか、溜まり場にいたのはカルガモと姐御、緑葉さんの三人だった。俺は声をかけてからイスに座り、隣の姐御をよっこいしょと持ち上げて膝に乗せて話す。


「ちょっと聞いてくれよ。教会で先行懺悔してたら、聖騎士にならないかって誘われた」


「おお、上級職か! もう転職したのか?」


「いんや、聖騎士ってタンク向けっぽいから断った。

 それよりもこれ、推測なんだけど――」


 と、先程考えたことを伝えておく。

 検証なら任せろとカルガモが言ったので、そちらは丸投げしておこう。

 そして緑葉さんが不敵な笑みを浮かべて、


「ガウスにしては賢明だと褒めてあげるわ。

 だってあなた、どう考えても聖騎士なんてイメージじゃないもの」


「馬鹿言うなよ。光か闇かで言ったら、光の陣営だぜ俺」


「ドブじゃろドブ。光でも闇でもない、ただのドブじゃよ」


 酷い物言いだ。まったくもって正論だと思うが許せないぜ。

 ここはまず味方を増やすべきだ。俺は頼れる飼い主様に話しかける。


「姐御だって俺のこと、光だって思うだろ?」


「そうですねー。燃え尽きる直前の流れ星とか、そういう光だと思います」


「お、カッコいい。今日から俺は流星のガウスだな!」


「ふふふマジで言ってるあたり底知れないわねこいつ……!」


「おいおい嫉妬かよ? 緑葉さんは心が狭いな」


 ふふんと鼻で笑ったら、何故か哀れむような目を向けられた。

 緑葉さんはわりと真面目なトーンで、


「ねえガウス、確認するけど正気よね? あれから脳に異常はないのよね?」


「おう。健康そのものだぜ」


 そう答えると、訝しみながらも納得したように頷いてくれた。

 ――まあ、緑葉さんは当事者ではなかったけれど、心配は心配なのだろう。

 顔剥ぎセーラー事件の後、ゲオルで姐御が口を滑らせてしまったのが原因だ。俺達がどんな事件に関わり、そして何があったのか、緑葉さんには話してしまっている。


「それならいいのだけど……まったく、困った駄犬ねホント。

 素面でも正気かどうか疑わしいんだから、手が焼けて仕方ないわ」


「頭おかしいこと言っとる間は平常運転じゃろ。

 こやつはむしろ、妙なことを口走らん時の方が怪しいからの」


 こいつらは俺を何だと思っているのか。

 さて。俺は姐御を膝の上からどけて立ち上がり、


「他の連中がログインするまで、ちょっと遊びに行って来る」


「どこに行くんですかー?」


「とりあえずナップ殺しに」


 目的を朗らかに笑って告げる。

 昨日、俺が負け越してるんだよな。雪辱は早い内にしなければならない。

 しかしそれを聞いた三人は何故か肩を寄せ合い、


「これ平気なの? やっぱりアウトじゃないの?」

「アウトかセーフかで言えばアウトじゃが、ガウス的にはセーフ」

「笑ってるから正気ですよたぶん。恐ろしいことに」


「聞こえてるんですけどぉ!?」


 まったくこいつらは。ぷんすかして立ち去ろうとしたら、緑葉さんが言う。


「ちょっと待ちなさいガウス。忘れる前に言っておくわ」


「ん?」


「まだ軽く調べた程度だけど、リアルでゲームのスキルを使えた、という話はないわ。

 何があるか分からないんだから、ツバメのこと、目を光らせておきなさい」


「うっす、了解っす」


 性格にちょっと難はあるけど、こうして引き締めてくれるのはありがたい。

 顔剥ぎセーラー事件は終わった。

 しかしあの事件とゲオルの関わりは、まだ何も明らかになっていない。

 俺達はこのゲームの裏側にあるものを、確かめるつもりだった。

これにて二章完結です。

どういう方向性の話かは、これで伝わったかな、と。

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