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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第十六話 淡く滲む


「ちょ、ちょっと待ってください。整理しましょう、整理。

 まず霊体看破が有効だと、どうして思うんですか?」


 自分に矛先が向くとは思っていなかったのか、姐御は慌てた様子で言った。

 要するに姐御は根拠を示せと仰っているので、そこから話して行こう。


「ネットの方に流れた噂話だと、顔剥ぎセーラーは亡霊ってことになってるからさ。

 理屈はともかく、姿を消した亡霊なら霊体看破で見えなきゃおかしいだろう」


 無関係の幽霊がいたとして、それが霊体看破で見えるかは怪しいが、顔剥ぎセーラーだけは例外だ。奴にはゲオルのルールがある程度は適用される筈だから、霊体看破からは逃れられない。


「え、えー……いや、ちょっとガウス君、待ちましょう。

 仮に見えたとして、どうやって倒すんですか」


「ぶん殴れたんだから、物理攻撃は通じるってことだろ?

 ――死ぬまで殴ればいいじゃん」


 うわぁ、と皆がドン引きする。解せぬ。

 確かに脳筋っぽい発言だったかもしれないが、これだって根拠がないわけじゃない。


「考えてみろよ。相手が無敵モードなら、姿を消す必要ってないんだぜ。

 殴られて驚いたんだとしても、それなら消えたまま反撃すりゃあいい。

 そうしなかったってことは、ダメージがあって逃げたってことだろ」


 これまで問題だったのは、姿を消すというその一点だ。

 それを霊体看破で解決できたのなら、ぶん殴って殺すことに何の支障もない。

 俺の知性溢れる発言に、しかしカルガモは頭を抱えて言った。


「どうしてこやつは、動物じみた理論をもっともらしく……」


 何を問題視しているのか分からないが、物事はシンプルに考えるべきだ。

 しかしカルガモはすぐに気を取り直し、真面目な顔をして言う。


「まあ、それで倒すことはできるかもしれん。

 じゃが倒したところで、二度と現れんという保証はないぞ」


 その問いかけは、俺が一番頭を悩ませたところでもある。

 だがそれについては、ダフニさんから聞いた話で光明が見えたのだ。


「それなんだけどさ。顔剥ぎセーラーって、複数いると思うか?」


「む?」


 問い返されたことで、カルガモが怪訝な顔をする。

 こいつのことだから回答ぐらいはすぐにできると思うが、意図を考えているのだろう。

 その考えがまとまる前に、口を挟んだのはツバメだった。


「一人だけなんじゃないの?

 噂を元にして生まれてるとしても、内容的には個人だもん」


「だよな。自殺した少女の霊ってことになってるんだから、複数人いたら変だ」


 我が意を得たりと頷いて、


「だからこう考えるべきなんだ。殺し切れるかどうか、って」


「んー? それって何か違うんですかー?」


 姐御が不思議そうに言うが、大違いだ。

 一方、そこまで聞いたカルガモは、合点がいった様子で口を開く。


「何度でも蘇るのか、それとも何度でも別個体が現れるのか。そういうことじゃな?」


「……あの」


 と、ここまで黙って話しを聞いていたクラレットが、何かに気付いた様子で言う。

 彼女は困惑と諦めが混ざったような、形容し難い表情で俺を見た。


「ガウスの考えてることって、こういうこと?

 ――殺せると信じて殺せば、殺せる。

 顔剥ぎセーラーが一人だけなら、それで二度と現れない」


「おう。信じることが力になるなら、そういう理屈も通るだろ」


 ダフニさんはこれがゲームだったらと、そう願うことがきっかけになった。

 ゲームならこんな力があると信じて、超常の力を振るったのだ。


「どこまで自分を信じられるか、って問題はあるけどな。

 あ、ついでに言うと目撃者が欲しい。

 顔剥ぎセーラーは死んだと信じたら、抑止力みたいになると思うんだよな」


 実在すると信じられたことで、存在するようになった怪物ならば。

 死んだと信じる者がいれば、残るのは死んだという事実になるのではないか。

 とりあえず俺の考えていることは、これでほぼ全て吐いたことになる。推測だらけで穴だらけな内容だが、重要なのはこれが正しいと示す理屈を考えることではなく、通用するかどうかだ。

 これをどう判断するかは任せるしかないが――――


「……試してみる価値はありそうですねー」


 嬉しいことに、姐御は協力する気になってくれたらしい。


「仮定に仮定を重ねた、乱暴な話だとは思うんですけどー。

 ガウス君のそういう、殺すための本能みたいな部分、信用してもいいと思うんですよ」


「すげぇ物騒な表現されたけど、本能じゃなくてインテリジェンスだと主張したい」


「ふふっ。おかしなこと言わないでくださいよー」


 姐御はくすくすと笑い、


「ガウス君のいいところは、頭おかしいことを本気で言えて、実行できることですよー?」


「褒め言葉だと受け取っておくぜ」


 わぁい。姐御が褒めてくれたのだから、それが長所だと胸を張っていい筈だ。

 上機嫌になった俺は、にこにこと笑って話を進める。


「よし、じゃあ予定を決めようぜ。

 俺としては明日にでも決着つけたいんだけど、姐御、こっち来れる?」


「日曜日ですし、足はリニア使えば行けますけどー……」


 歯切れが悪い。何か予定でもあるのだろうか、と考えて。

 それよりもこっちだろうかと、俺は提案する。


「あ、無茶な頼みしてるんだし、交通費はこっちで持つけど」


 決して安くはないが、とりあえず出せるだけの貯金はある。

 突発的に欲しいゲームがあった時のための金だが、落ち着いたらバイトすればいいだけだ。

 しかし俺の提案に、姐御は重い声で返す。


「……あのですね、ガウス君。私はこう見えて、ちゃんとした社会人なんです」


 一息。姐御は間を置いて、


「ただ今月はその、お高い美術書買ったばかりで……!」


「うん、大丈夫。姐御のそういうアレなところ、分かってるから」


 よしよしと頭を撫でておく。

 姐御は昔っからこう、宵越しの銭は持たない、みたいな。趣味のためなら生活費まで削るところがあるので、これは予想の範疇だ。後で電子マネーを送金しておけば問題ないだろう。

 さて、姐御の協力を得られたなら――と、俺はカルガモに目を向けた。


「じゃあ目撃者役も兼ねて、姐御の護衛として」


「すまん、明日法事でな」


 嘘臭ぇ――――!! そもそも親戚付き合いしてんのかよ!?

 衝動的にツッコミ入れたくなるのをどうにか抑えて、声を絞り出す。


「あ、あのな、カルガモ。一応、危険はあるわけだよ。

 法事と姐御、どっちが大切なんだい」


「まあ法事というのは冗談なんじゃが、ちと物理的に行けん。

 力になりたいのは山々ではあるが、俺にも事情があるんじゃよ」


 むぅ……そう言われては無理強いできないか。

 まいったな。間違いなくリアルでも俺より強いんだから、万が一の時の保険として期待してたんだが。


「……仕方ないか。クラレット、ツバメ。

 巻き込むのは心苦しいんだが、手伝ってもらっていいか?」


 これ以上、二人を巻き込むのは避けたかったんだが、そうも言っていられない。

 だが俺の頼みに、心外だとばかりにツバメが口を開いた。


「っていうか、嫌だって言っても付き合うからね!

 ここまで関わったんだもん。最後まで見届けなきゃ」


「うん、私もツバメと同じ気持ち。

 それに……ガウスから目を離すの、危なっかしいし」


「いや、俺の心配よりかは、姐御の方をだな」


 姐御がリアルでどれぐらい動けるのかは分からないが、俺以上ってことはないだろう。霊体看破に集中してもらうとしても、あんまり離れるわけにもいかないだろうし、心配なのはそっちだ。

 それなのに当の姐御は体を捻って俺を見上げ、明るい笑顔で言う。


「関係ないですけどガウス君、明日ハーレムですよハーレムっ」


「本当に関係ねぇな!?」


 いきなり何を言い出すのか、このコロポックルは。

 俺は分かりやすく大きなため息を吐いて、


「つーかハーレムって、ツバメと姐御はそういう枠じゃねぇだろ」


 ツバメは愉快な小動物とかそういうポジションだし、姐御は色々と超越した別の何かだ。

 な? と、クラレットに同意を求めるが、何故かそっぽを向かれてしまった。いや、そうか。あんなのでもツバメは親友だもんな……これは俺の配慮が足りなかったようだ。

 反省した俺は、慈悲の眼差しをツバメに向けて口を開いた。


「お前が望むなら、ギリギリだけど迎え入れるよ」


「ハァー!? むしろ頭下げるの、ガウス君の方だと思いますけどー!?」


 そういうリアクションするところがギリギリなんだよ。

 あと何気にご立腹なのか、姐御が見えないように腹へ拳を押し込んでくる。やめてください。どんなに押しても、そこにそんな大きいのは入りません。

 その後、細かい打ち合わせはまた後でしようということになり、俺達は事前に決めていた狩りに出発した。


     ○


 翌日、怪しむ奈苗を振り切って家を出た俺は駅前に向かっていた。

 時刻は午前十時前。姐御は十時頃に駅へ到着するらしいので、そのお出迎えだ。

 茜達との合流は夕方になっているので、それまでに軽く街を案内することになっている……と言うより、もっと遅く来てもいいと言ってるのに、せっかくだから観光したいと姐御が言い出したのだ。

 この街は観光地じゃないから、見て楽しいものなんてないと思うのだが、古い神社や寺があれば案内して欲しいとのこと。特に無人で、苔生した石段があったりしたら最高だと言っていた。

 ……理解できないが、まあ、そういう趣味なんだろう。廃墟マニアに近いのかもしれない。歴史だけは古い街だし、そういう場所ならいくつか心当たりがあるので、僭越ながら案内役を仰せつかった。

 駅前に到着した俺は、待ち合わせ場所に指定したところ――駅前ロータリーの端へ向かう。

 誰もいなかったので、どうやら俺が先に到着したらしい。待つ間の暇潰しにと、表示フレームを投影してネットブラウザを開き、よく見るサイトを巡回しておくことにした。

 こういう時、つい島チャンを覗きたくなってしまうのだが、うっかり口を滑らせる可能性を否定できない。これまでオフ会とかには参加してなかったから、珍獣みたいな扱いなんだよな。俺も俺もと、関係のない連中が騒ぎ出したら後で面倒臭い。

 とはいえ、姐御と会ったことはいつか口が滑りそうだし、姐御の方から言うかもしれない。そうなった時は腹を決めて、近場のオフ会には参加するようにしておこう。一度顔を出しておけば、珍獣扱いされることもなくなるだろう。

 そんなことをつらつら考えていると、声をかけられた。


「こんにちはー、ガウス君」


 声の方へ目をやると、そこにはどっからどう見ても中学生、下手したら小学生ぐらいの女の子がいた。

 このサイズ感、一目で姐御と分かる。服はベージュのジャンパースカートに黒のタートルネックシャツを合わせているが、お洒落と言うよりは子供っぽさを強く感じてしまうのも、身長のせいだろう。

 肩には大きめのトートバッグをかけていて、冷えた時のために上着でも入れているのかもしれない。

 顔立ちは……ゲームでも柔和な顔立ちだったけど、それよりさらに柔らかく、はっきり言えば幼く感じる。どうも微調整の範囲内で、大人っぽくなるように足掻いていたらしい。はは、無駄なことを。

 髪はごく普通のボブカットだが、色はダークブロンドに近い。染めているのかと思ったが、よく見ると瞳がほんのり緑色なので、生まれつき色素が薄いようだ。

 うん、総合的に見てやっぱり姐御だ。イメージと大きく違わない。

 俺は「姐御~!」と叫んで満面の笑みを浮かべると、姐御の両脇に手を差し込んで持ち上げた。


「ひゃあっ!?」


「ははっ、よく来てくれたな! サンキュー姐御!」


 そのままくるくると回って、歓迎の意思を全力で伝える。いっそ胴上げでもしたいところなんだが、一人でやると事故が怖いからな。せめて回転速度の高速化で誠意を示そう。

 腕を引き寄せ、半ば抱き締めるような形でスピードアップ。喜びの声を上げる姐御に応えて、もっと加速。行くぜ、スピードの向こう側によォ……!

 瞬間、腹に鋭い痛みが走った。姐御の膝蹴りだ。

 痛みに呻く俺だが、ここで手放すようでは安全設計に問題がある。根性で耐えて回転を止めてから、ゆっくりと姐御を地上へ下ろした。


「へ、へへ……済まねぇ、テンション上がっちまってな……」


「ゲームじゃないんですから、ああいう無茶はダメですよー」


 困り顔で言う姐御だが、それこそゲームみたいに容赦ない膝蹴り入れた件はどうなの?

 内心で説得力が微妙に足りてないと思っていると、姐御は「それから」と話を続ける。


「リアルなんですから、名前で呼んでください。名前で。

 いいですか? 私の名前は――」


「タルタル」


「そっちじゃなくてっ」


 そうか。違うのか。


「牧野百合。歳上なんですから、ちゃーんと牧野さんと呼ぶように」


「オッケー。そんで姐御、移動はどうする?」


 足の甲を踏まれた。痛い。

 涙目で蹲っていると、そんな俺を気にせず姐御はトートバッグから何かを取り出した。

 足元に置かれたそれは、四輪の板のようなもの。一人乗るのがギリギリの大きさだが、持ち運びできるように小型化された電動スケボーの一種だ。


「足はこれがあるのでご心配なくー。

 それとですね。ガウス君の方も、名前を教えてくださいな」


「名前か。守屋幹弘だよ。奈苗……ああ、スピカな?

 もしあいつと出会ったら面倒臭いから、下の名前で呼んでくれ」


「分かりましたー、幹弘君ですね。

 それじゃあ幹弘君。最初はどこへ連れてってくれるんですか?」


「んー、古い神社や寺に行きたいんだよな。

 それだったらあそこかなぁ……少し遠いけど、無人の神社があるんだよ」


 そう言うと、姐御の目が明らかに輝いた。

 スケボーのモーターが唸り始める。早く行こうと、その姿が雄弁に物語っていた。


「じゃ、最初はそこからで。行こうか、百合」


「はい! ……待って待って、呼び方」


「牧野さんって、なんか他人行儀な感じがして気持ち悪い」


「えぇー? 幹弘君がその方がいいと言うなら、構いませんけどー」


 よしよし、許可が出たなら何も問題ないな。

 俺は姐御――いや、百合を先導するように、自分のスケボーを走らせた。


     ○


 まだガキだった頃、外で遊ぶとなれば神社の境内が遊び場だった。

 年に何度か管理人がやって来るだけの古い神社では、誰にも怒られたりしない。季節を問わず、近所の子供達で集まってよく遊んでいたものだ。

 俺が百合を案内したのは、そんな思い出の神社だ。貯水池に隣接しているせいか、周辺の民家とも少し距離があるので、子供が遊んで大きな声を出しても平気だったのだ。

 正直なところ、案内したと言っても俺はこの神社の正式名も知らないし、どんな神様を祀っているのかも知らない。特に神様に関しては、知っている人を探すのも難しいだろう。

 子供の遊び場として延命しているだけで、ここはもう、とっくに終わってしまった場所なのだ。

 ……まあ。隣にいる百合は、それの何が嬉しいのか大喜びなわけだが。


「いいじゃないですか、いいじゃないですか! 最高ですよ幹弘君!

 廃墟一歩手前の荒れた感じに、原生林じみた鎮守の森!

 石畳が申し訳程度に残ってるのもポイント高いですよー!」


「お、おう。午後だったら近所のガキが遊んでて、ちょっとは賑やかになるけど」


「それなら午前中に来たのは正解ですね! グッドですよ!

 子供が遊んでたら、この寂しい感じは出ませんからねー」


 うぅむ、俺には分からない感性だ。

 人がいないと、寂しいどころか不気味だと思っちまうんだよな。

 昔の遺跡とかは、それはそれでロマンがあると思うんだが、この程度だとロマンもクソもない。俺が惹かれるのはもっとこう、生きた場所というか……そう、大きな工場なんてわくわくする。

 特に蒸気を吹き上げてガションガションするピストンなんて堪らない。その運動エネルギーを利用して歯車が回る姿なんて、本当に堪らない。赤々と火の燃える炉なんて、実に堪らない。

 脳内でスチームパンクな世界に想いを馳せていると、百合が社殿に向かっていた。

 朽ちてこそいないが傷みの酷い社殿。それを見る百合は実に嬉しそうで、こういうのが好きなんだとよく分かる。しかり百合は、きょろきょろと辺りを見回し、俺に声をかけた。


「幹弘くーん。賽銭箱ってないんですかー?」


 ああ、お賽銭を入れようとしてたのか。


「昔っから置いてないぜ。俺が生まれる前には撤去したんじゃねぇかな。

 ほら、誰もお賽銭を入れなくても、賽銭箱を置いちまったら管理しなきゃだし」


「むぅ。ここの神様にちゃんと挨拶したかったんですけど、仕方ないですねー」


 残念そうに呟いて、百合は社殿の前で二礼二拍一礼する。そういう作法はしっかりしているようだ。

 それからこちらを振り向いて、何でもないことのように彼女は問う。


「幹弘君もここでよく遊んでたんですかー?」


「おう。公園でサッカーとかすると、怒られるしな」


 ありゃあ理不尽だと今でも思うが、他に遊び場がないわけでもない。

 うるさい大人に辟易した少年達は、ここや学校の校庭など、文句を言われない場所で遊ぶだけだ。


「その点、ここはどんだけ騒いだって怒られないしな。

 ……まあ、物を壊したのは反省してるけど」


 社殿の柵とか、一部壊れてるところは俺を含めたガキどもの仕業だ。

 別に無茶なことをしたわけではないんだが、柵なんて見た目はともかく、中は木が腐ってたりするのだ。ちょっとボールがぶつかっただけで壊れてもおかしくない。

 直せるものは直そうと悪足掻きして、下手くそな大工仕事をしたのも懐かしい。直してるんだか壊してるんだか分からない修繕の跡は、今も残っているのだろう。


「形あるものはいつか――あ、これ仏教でしたね。

 でも、よく遊んでたのは分かりましたー」


「つっても、遊んでたのは小学生の間ぐらいだな。

 それだって途中から、足が遠のいちまったし」


 ぼんやりと境内を眺めて、あの頃のことを思い出す。

 ――その中に、淡く滲むような記憶がある。

 何がきっかけだったのかは覚えていないが、集まった子供達が派手なケンカをしたことがある。一つのグループで独占していたわけではないので、原因はたぶん、場所取りか何かだ。

 誰にも怒られない場所ということは、大人の目がないということ。止められることのないケンカは、誰かが怪我をするまで続いてしまった。

 誰かの投げた石と、血を流して泣いている小さな奈苗。

 こんな筈じゃなかったと、顔を青くするケンカ相手達。

 それでも引くに引けなくて、あいつらは思い知ったかとふんぞり返った。

 俺は奈苗を慰めるよりも、あいつらを許さないことを選んだ。本当なら泣き止ませるか、それが無理なら背負ってでも家に連れ帰るべきだったと思う。そんなこともできない俺は、同じように怪我をさせてやると大暴れだ。

 最終的には誰かが親を呼んで来て、揃ってしこたま怒られたのを覚えている。

 ただ、怪我をさせるのはよくないことだと納得しつつ、俺は反省しなかった。先に怪我をさせられて泣き寝入り。そんなのは筋が通らないと、意固地になった。

 守屋幹弘という人間の根幹はそういうものだと、俺や奈苗はその時になって理解したのだ。

 ……その後、この場所で遊ぶことはめっきり減ってしまった。気不味くなったとかではなく、問題視した保護者がたまに見回りに来るようになったからだ。

 子供達の楽園は呆気なく失われ、俺達は諦め悪く他の場所を求めてさすらったというわけだ。


「……しかしあれだな。久々に来ると、妙に感傷的になっちまう」


「あはは、幹弘君には似合いませんねー」


 失礼な。ガラではないが、俺にだって繊細なところはあるのだ。


「それで、何を思い出してたんです?

 社殿の裏に捨ててあるエッチな本を拾ったことですか?」


「そんなのでセンチメンタルしたくねぇよ!」


 つーかエロ本なんて専門店でしか流通してねぇんだから、そうそう見かけねぇよ。紙媒体で欲しがる人も少ないから、主流は捨てようがない電子書籍だし。

 いや、噂によればどこかのあしながおじさんが、子供達のためにまとまった数のエロ本を捨てて行ったこともあるそうだが。俺は現物を手に入れることができなかったので、作り話ではないかと疑っている。

 ……でも、夢のある話だよな。

 いつか俺も、そんなあしながおじさんに――バレたら警察のお世話になりそうだし、やめておこう。


「ま、まあ、俺の思い出なんてどうでもいいだろ。

 それよか百合、満足したんなら別の場所行くか?」


「えっ、全然満足してませんよ!?

 ちょっと撮影とかするんで、ここで待っててください!」


 そう言い残して、色んな視点から写真撮影したいのか、百合は境内をちょこまかと走り回った。

 なるほど。こうして眺めると、悪くない風景だ。

 やっぱりこの場所は、子供が楽しそうに遊んでいるのが一番似合うのだ。

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