第十三話 遭遇
急用が入ったと告げて、俺は緑葉さん達と別れた。
状況が状況だ。クラレットにはゲオルを落ちて、グループチャットに切り替えようと話した。
……クラレットが俺にだけ伝えたのは、きっとツバメが何かしらの事情を話していたからだろう。どこまで話しているのかは分からないが、責めるような声音ではなかったから、ほとんど何も知らない筈だ。
それを幸いと、誤魔化すのは筋が通らない。
ツバメが帰っていないのは別件で、俺の早合点だったとしても、全てを打ち明けるべきだ。俺の何を犠牲にする結果になるとしても、そこを曲げることだけはできない。信頼を損なうことよりも、信頼を裏切ることの方を恐れるべきだ。
やがてクラレットが了承の返事をしたので、俺もログアウトして意識をリアルに戻した。すぐにグループチャットの画面を投影して、最初に確認しておくべきことを問う。
【ガウスの発言】
ツバメからはどこまで聞いてる?
【クラレットの発言】
ガウスが、近所に住んでる人かもしれないってところまで。
だから……何か知らないかなと思ったんだけど。
文字だけでの会話。それでも彼女の言葉には、猜疑の色があった。
ツバメに関して、何かに巻き込んでいるのではないかと疑われている。
【クラレットの発言】
教えて、ガウス。あの子は何をしてるの。
それでも彼女は、疑いのままに感情を荒げるような真似はしなかった。まずは俺を信じて、話を聞いてくれることを選んだ。
……何でも話すつもりだったが、その信頼が重い。
俺は今、どんな顔をしているのだろう。きっと酷い顔をしているに違いない。
だけど黙っているわけにはいかない。
応え切れるかは分からないが、信頼には応えなきゃダメだ。
【ガウスの発言】
顔剥ぎセーラーの噂って、聞いたことがあるか。
あれを調べるのを手伝ってくれって、ツバメには頼んでたんだ。
【クラレットの発言】
それって……例の事件のことだよね? どうして?
【ガウスの発言】
偶然だけどな、俺はあの事件を起こした人を見つけたんだ。
悪い人じゃないと思ったし、言ってしまえば本来は被害者側の人だ。
変な都市伝説になりかけてたから、少しでもそれを沈静化させたかった。
自分から首を突っ込んだ以上、それぐらいの後始末はするのが筋だと思ったんだ。
【クラレットの発言】
……それだけなら、何も危ないことなんてないよね。
【ガウスの発言】
俺もそう思ってたけど、今朝になって事情が変わったんだ。
イタズラだとは思うけど、顔剥ぎセーラーを見たって奴が現れた。
【クラレットの発言】
それは、違う人だよね。さっき言った、事件を起こした人と。
【ガウスの発言】
ああ。悪意を持った犯人が、別にいるってことになる。
だからその件に関しては、何も聞いていないなら調べなくていいって言ったんだ。
けど、あいつは遠慮するなって。
助けられる人を助けられないのは、嫌だって言ったから。
だから――危ない真似はするなと注意したけど。
あいつの眩しさに目が狂って、その優しさに甘えてしまった。
【クラレットの発言】
……うん、分かった。あの子ならそう言うと思う。
結果としては俺が迂闊だっただけ。
それなのにクラレットは俺を責めず、誇らし気に語る。
【クラレットの発言】
昔っからね。お調子者で、イタズラ好きで、よく困らされたけど。
私もあの子には、何度も助けられたんだよ。
ガウス。あなたも優しい人だから、根負けしたと思う。
そんなことはないと。断るべきだったと思う俺がいる。
俺が優しいなんてのは誤解だ。
ただ自己満足のために、自分が納得するためだけに、勝手にやっているのが俺だ。
それでも――否定の言葉を紡ぐことは、できなかった。
【クラレットの発言】
だからね、ガウス。もし、後悔してるんだったら。
これからあの子を、助けてあげて。
【ガウスの発言】
約束する。あいつは絶対に、助けるよ。
そうしなければ、もう二度と合わせる顔がない。
あいつを助けられるんだったら、どんな手段にでも手を染めてやる。
俺を責めれば楽なのに、そうすることのなかったクラレットのためにも。
【ガウスの発言】
俺はこれから、ツバメを捜しに行こうと思う。
どこかあいつの行きそうな場所があったら、教えてくれないか。
【クラレットの発言】
待って、それなら私も行く。
何かあっても、二人なら大丈夫かもしれないから。
信用されていないから、ではないだろう。彼女もツバメを助けたくて、そのためには二人の方がいいと考えたのだ。
僅かに迷ったが、いざとなれば俺が盾になって逃がせばいい。それに付き合いの長いクラレットの方が、心当たりは多い筈だ。
【ガウスの発言】
分かった。それじゃあこれから駅前で落ち合おう。
それと、電脳のアドレス送っておくから、先に着いた方が連絡入れる形で。
そう告げてアドレスを送ると、クラレットからもアドレスが届く。
それを確認した俺は、薄手のジャケットを羽織って家を出た。
○
夜の街をスケボーに乗って走る。
人通りは日中に比べて随分と少なく、誰かとすれ違うのも稀なほど。この街は田舎ってほどではないが、都会というわけでもない地方都市だ。この時間帯になれば、出歩く人もそう多くはない。
そんな中で、街の各所にあるAR広告はギラギラと光を放っている。実際に発光しているわけではないが、そのように見えるのだから目立って仕方ない。
駅前ではAR広告がさらに密度を増し、そこへ個人設置のメモ――地域限定掲示板のように利用されているものまで増えるのだから、遠目には建物が光っているのか、それともAR広告が積み重なっているだけなのか判然としない。
見慣れた光景ではあるが、さて、どこでクラレットを待とうか。駅の入り口は分かりやすくていいが、流石に利用者の邪魔になる。少し逸れてコンビニの前に、と思っていたところで通話が入った。
『もしもし、ガウス? 着いたよ。今、コンビニの前』
「こっちも今着いたよ、すぐに行く」
そう返事をしてコンビニに目をやれば、クラレットらしい少女が立っているのが見えた。
顔や体型はゲオルの印象とそう変わらない。強いて言えば髪がゲームより短く、セミロングなぐらいか。夜はまだ少し冷えるので、淡い桃色のカーディガンを羽織っている。その下には白のブラウスと、紺色のプリーツスカートという服装だった。
俺は片手を上げて合図し、スケボーの速度を落としてクラレットの前に止まった。
「よう、クラレット……だよな?」
彼女は確認の問いに「うん」と頷いて、
「こっちだと北上茜。ツバメ――朝陽から聞いてるかもしれないけど」
「…………いや、そういう個人情報は流石にあいつも」
少し迷ったが、口を滑らせたことは黙っておこう。
「俺は守屋幹弘。まあ好きなように呼んでくれたらいい。
それで、どこから捜しに行く?」
「あ、そのことなんだけど」
茜は思い出したように口を開き、
「朝陽のおばさんから聞いたんだけど、夕方に一度、遅いからメッセ送ったんだって。
返事がなかったけど、その時はまだ気にしてなくて。
それで晩御飯の後に電話したら繋がらなくて、私に聞いて来たの」
「ってことは、日が沈む前には連絡が取れなかったって感じか」
「たぶん。おばさんはまたどこかで居眠りしてるんじゃないかって、あんまり心配してなかったけど」
「……なあ、茜。まさかとは思うんだけど、またって。あいつそういう前科、ある?」
尋ねたら気不味そうに目を伏せたので、一度や二度じゃない気がする……!
これで居眠りオチだったら蹴り飛ばしてやりたいが、タイミングがタイミングだ。そうじゃないと仮定して、真面目に捜した方がいいだろう。
そこは茜も同感のようで、気を取り直して口を開く。
「とにかく、電車に乗って移動したとか、遠出はしてないと思うの。
学校に残ってたら見つかってると思うし、それはないとして……。
駅前だったらあの子、よく行くお店があるから、まずはそこで聞いてみよ」
「分かった。あ、写真のデータとかあるか? 持ってたら送ってくれ」
「ちょっと待ってね」
茜は表示フレームを投影し、アルバムの一覧表示をして画像を選び始める。
あまり画像撮影はしないようで、枚数はそう多くないみたいだが、分かりやすいものを選んでいるのだろう。ややあって茜は、一枚の画像をこちらの電脳へ転送した。
「入学式の時に撮ったやつ。それなら制服だから」
校舎を背景に、セーラー服姿の朝陽がどことなく照れたように笑っているものだ。
すぐ投影表示できるように設定して、俺はバッチリだと頷いた。
「それじゃあ朝陽がよく行く店だっけ? 案内してもらえるか」
「うん、ついて来て」
それから俺達はスケボーに乗って、駅前一等地からは少し離れた通りにある古本屋へ移動した。個人経営の古本屋だが、幸いにもまだ営業時間のようで、店内からの明かりがぼんやりと表に落ちている。
しかしあいつ、よく本を読んだりするのか? あんまり読書家ってイメージじゃなかったけど。
そんな疑問を投げかけると、茜は苦笑して言う。
「ここ、漫画が充実してるから」
あ、超納得した。小遣いの範囲でたくさん読もうとしたら、そうなるか。
店に入ると、店主のおばさん……と言うよりはお婆さんがレジにいたので、画像を見せながら朝陽が来ていないかを尋ねる。
お婆さんは少し目を細めて、夕方に来たと教えてくれる。時刻は四時を過ぎた頃とのこと。様子には特に変わったところもなく、漫画を二冊買って行ったらしい。
俺達は礼を言って店を出ると、その場で相談を始める。
「時間的に考えると、学校終わって真っ直ぐ来た感じだよな?」
「たぶん。六時間目が三時半に終わるから、ちょっと話したりして帰ったら、その時間」
「で、ここで漫画買って……荷物が増えたままどっか行くのかな、あいつ」
「コンビニに寄ったりはするかもしれないけど……。
あの子もスケボーだから、一度家に帰ると思う」
じゃあ、そういうことだよな。
家がどこにあるのかは知らないが、そう遠くはないだろう。あいつはここから家に帰ろうとして、その途中で消息を絶ったことになる。都合よく居眠りしていたとか、そんなオチではなかったわけだ。
全身が重く冷えるような錯覚。
俺は意識的に表情を消して、茜に言う。
「案内を頼む。ここからの帰り道だ。
騒ぎになってないんだから、裏路地を通ってると思う」
そう告げる俺の手を、茜が軽く握った。
「……まだ、決まってないから」
だから諦めずに、冷静になれということなんだろう。
大丈夫だ。冷静かどうかは怪しいが、感情任せになってるわけじゃない。
手をほどいて、彼女を安心させるように笑った。
○
俺達は見落としがないように、ゆっくりとスケボーを走らせていた。
街に変わったところはない。ほとんどの人は変な事件が起きていることも知らず、いつも通りの日常を謳歌している。仮に人の知るところであっても、やっぱりそれは対岸の火事で、日常を脅かすほどのものではないんだろう。
そのことに特段、感情を抱くことはない。俺だって関わりがなければ、対岸の火事だと思うだけだ。火事現場に突っ込んで騒ぐのは、迷惑な野次馬でしかない。
だけど自分の居場所が燃えちまったんなら話は別だ。
持ち出せる限りのものを持ち出して、取り残された奴がいるなら助けなきゃいけない。できるできないとはまた別の話で、徒労に終わるのだとしても、そのぐらいはしなきゃ後悔してしまう。
……なんてことを考えられるぐらいには、俺達の間に会話はなかった。
お互いに焦りや恐怖があるのも理由だとは思うが、変に気遣い合っているのが一番の原因だろう。
言葉にしてないだけで――何かあれば俺は、茜だけでも逃がそうと考えていて。
そう考える俺を、一人にはしたくないと茜は考えている。
優しさなのか、それとも哀れんでいるのか。ただ、時折向けられる視線が、俺を見失わないようにしている。
やがて俺達は、寂れたガード下に差しかかった。
空気が重く湿ったように感じるのは、無機質なコンクリの壁と街灯しかない光景が、圧迫感を与えるせいだろうか。
ご丁寧に歩道が整備されているわけではないので、道の端に寄って、さらにスケボーの速度を落とす。ここは車の抜け道にこそなっていないが、まったく通らないわけではないので、注意した方がいい。
「…………」
ふと、テッシーに聞いた話を思い出す。
あいつも昨日、駅から少し離れたガード下で顔剥ぎセーラーに遭遇したと言っていた。
細かい場所まではうっかり聞いていなかったが――ここで、間違いないようだ。
「――幹弘さん」
俺がスケボーを止めると、茜もまたスケボーを止めて、俺の名を呼んだ。
声に震えが混じっていたのは、奴を見てしまったからだろう。
「出やがった」
前方。街灯の下にセーラー服姿の少女が佇んでいる。
一見すれば顔がよく見えないのは、陰になってしまっているからだと思うかもしれない。だがその顔は黒い靄に覆われており、光を当てたところで見えはしないだろう。
反射的に電脳のAR視覚をオフにする。靄だけがARならば、これで顔を拝める筈だ。
しかし靄だけではなく、全身が非表示になる。
少し意外だったが、丸ごとARだったなら近くに犯人が潜んでいる筈だ。実体のないARでは驚かせることしかできない。朝陽がどうなったのかは分からないが、危害を加えるには人間でなければならない。
「どこに……」
周囲を見回してみるが、人の潜めるような物陰はない。
前か後ろか……ガード下を抜けたところに隠れているのだろうか。
そんなことを考えていると、
「幹弘さん、来てる!」
AR視覚をオフにしていなかった茜が、顔剥ぎセーラーの接近を告げる。
「慌てるな、あれはただのARだ。何もできない」
「あ、そっか……」
それよりも犯人がどこにいるかだ。
前と後ろ、どちらかに潜んでいるのだとしても、判断する要素がない。逃げられたら洒落にならないし、間違えるわけにはいかないんだが――――
――瞬間、顔面に衝撃が走った。
手を叩き付け、そのまま鷲掴みにされたような感覚。こめかみに痛みが走るのも、感覚の正しさを裏付ける。
何が起こっているのか。混乱したまま、しかし目の前に何かがいるのなら、と正面を蹴りつけた。
重い感触。見えない何かを蹴り飛ばせば、顔を掴む力も離れていく。
「――――っ」
まさか。そんな馬鹿なことがあるわけない。
否定を胸中で叫びながら、しかし否定できず、俺はAR視覚をオンにする。
正面には顔剥ぎセーラー。まるで蹴り飛ばされたかのように、たたらを踏んでいる。
「幹弘さん、今の――」
何が起きたのかを目撃した茜が、驚愕に目を見開きながら何かを言いかける。
その言葉を遮り、俺は強く叫んだ。
「逃げろ! ――実体がある!!」
自分で言っておいてわけが分からない。
ARはただのデータだ。そこにあるように見えているだけで、データの本体だってそこにはない。
だから当然、触れることだってできない筈なのに。
顔に残った痛みが、そんな当たり前のことを信じさせてくれない。
茜は方向転換するのを躊躇ったのか、スケボーから降りて後ずさる。間違っていない。あんなのに背中を向けるのは、俺だって不気味だ。
だが、どうなっている? 朝陽もあれに襲われたのか?
嫌な言い方になってしまうが、ここで顔を剥がされたにしては血痕も何もない。
いや、考えるのは後回しだ。今はあれの正体が何であれ、茜を守らなくちゃいけない。
そのために――実体があるってんなら、ぶん殴ってやる!
「おお……!」
吼えて踏み込んだ俺は、身構えようともしない顔剥ぎセーラーに向かって拳を振り抜く。
首元に刺さった拳は、骨と肉の感触を伝える。疑いようもなく、人間を殴った感触だ。
そして――――消える。
初めから夢か何かだったかのように、顔剥ぎセーラーは唐突に消滅した。
「…………は?」
それは酷く間抜けな声だった。
狂っていた世界が正常になったことに、言いようのない気持ち悪さを抱かされる。
あれだ。狂ったものがもう一度狂って、結果として正常になったように見えてるだけ、みたいな。
人間の首に例えるなら、一周して元の位置に戻ったら致命傷。
ARには本来、実体がないんだから、消えて当然なのに。なまじ拳に感触が残っているもんだから、迷子になったような居心地の悪さだけがあった。
「幹弘、さん……どうなったの……?」
「……いや、さっぱり分からねぇ」
俺だって誰かに説明を求めたいぐらいだ。
誰かのイタズラだと思っていたら、実体のあるARなんていう反則が飛び出してきた。
仮にあれがARじゃなくて、それこそ幽霊や妖怪だったとしても、それはそれでおかしな話だ。
モデルになった事件はあっても、顔剥ぎセーラーと名付けられた張本人は別にいる。それじゃあ俺を襲ったあの顔剥ぎセーラーは、どこから湧いて出たんだって話になってしまう。
「けど――朝陽は案外、無事かもしれないな」
顔剥ぎセーラーの正体について考えるのは後回しだ。
俺は見落としがないか、周囲を確認しながら言葉を続ける。
「あれは噂通り、俺の顔を剥がそうとした。
朝陽もあれに襲われたのかもしれないが、顔は無事なんだろう。
剥がされていたら、血痕も何もないのは不自然だ」
「でも……じゃあ、どこに……」
「……とにかく、もっと捜してみよう。
逃げたはいいけど、どっかで気絶でもしてるのかもしれないし」
疑問を先送りにして、優先すべきことを優先する。
それから俺達は、また朝陽の家までのルートを捜索するが、それも空振りに終わった。
他の道かもしれないと引き返したところで、茜に連絡が入る。
それは行方不明の朝陽その人からで、今は病院にいるというものだった。
○
【朝陽の発言】
やー、心配かけてごめんねー!
茜だけじゃなくて先輩まで、捜してくれてたって話だし。
グループチャットに新しい部屋を作り、そこで会話をする。
とりあえず朝陽が無事だと分かった後、俺はクラレットを家まで送り届けて帰宅していた。
【幹弘の発言】
当たり前だろ。俺が巻き込んだようなものなんだから。
それで、本当に大丈夫なんだよな?
【朝陽の発言】
うん、怪我とかもしてないから安心して。
今夜は検査入院ってことで、家に帰れないみたいだけど。
まあ、それは仕方がないか。ケロっとしていても、自覚がないだけってこともあるし。
【茜の発言】
朝陽。幹弘さんも来たから、そろそろ詳しい話、聞かせて。
【朝陽の発言】
オッケー。って言っても、あたしもよく分からないんだけどさ。
促されて、朝陽は自分に何があったのかを語ってくれる。
学校を出てから古本屋に寄り、そこから家に帰ろうとして、異変があったのはあのガード下に差しかかった時のこと。
セーラー服姿の少女が佇んでいるのを見て、おや、と首を傾げてしまう。学校からはそれなりに距離があるのだから、徒歩というのはいかにも不自然だ。駅を利用している遠方の生徒だとしても、それなら駅から離れた場所にいるのが腑に落ちない。
ひょっとして――と、朝陽はAR視覚をオフにしてみたら、相手の姿が見えなくなった。
俺から聞いた顔剥ぎセーラーだと思い、とりあえず俺に連絡をしようと足を止めた。
【朝陽の発言】
そしたらこう、急にビリっとして……いや、ガツンって感じだったかな?
それで気絶しちゃったみたいで、目を覚ましたら病院のベッドの上だったってわけ。
倒れているところを通行人に発見され、病院へと搬送されたらしい。
しかし病院では外傷もないし、異常らしい異常もないので、重めの貧血ではないかと判断。無理に起こさずに休ませて、目が覚めたら親御さんに連絡してもらおう、みたいな結論になったとのこと。
そうしてわりとぐっすり寝た朝陽は、あの時間になってようやく目を覚ましたのであった。
【幹弘の発言】
いや、無事なのは本当に嬉しいんだが、なんか腹立つなこいつ。
【茜の発言】
もっと早く起きてくれたら、あんなに心配しなくてよかったのに……。
【朝陽の発言】
ふふん。裏を返せば、それだけ心配してくれたってことでしょ?
いやー! 茜からも先輩からも、愛されてて困っちゃうなー!
基本、リアルでは女に手を上げない主義の俺だが、こいつだけは別だと心に深く刻んでおく。それこそ明日にでも病院に押しかけて、その場で病院送りにしてやろうか。
だが俺の思惑など知らない朝陽は、その後も明るい口調で話す。
【朝陽の発言】
あとめっちゃ寝たせいで、目がギンギンに冴えちゃってマス。
今夜眠れる気がしないんで、お喋りに付き合ってもらえると助かるかなー、なんて。
【幹弘の発言】
俺はすぐにでも寝たいぐらい疲れてるんですけどね?
【茜の発言】
そうだよ。幹弘さん、すごく頑張ってくれたんだから。
【幹弘の発言】
つーわけで寝ていい? いいよね?
【朝陽の発言】
あ、はい。ありがとうございました。
子守唄のサービスとかいる?
【幹弘の発言】
他の患者さんに迷惑だからやめろ。
【朝陽の発言】
む、失礼な。あたし音痴じゃないよ。
【幹弘の発言】
病院で歌うなって言ってんだよ!!
もうヤダこいつ。普段より元気なぐらいじゃねぇか。
さっさと寝ようと思ったが、その前に思い出したことがあるので言っておく。
【幹弘の発言】
ああそうだ、気になってるとは思うけど。顔剥ぎセーラーの件、あんま深入りすんなよ。
俺も調べておくから、それ聞いて満足してくれ。
【朝陽の発言】
はーい。先輩も危ないことしちゃダメだよー?
【茜の発言】
何かする前には、ちゃんと相談してね。
【幹弘の発言】
お前らは俺の母親か。
いやまあ、心配してくれるのはありがたいんだけどさぁ。
それで止まれるようだったら、俺は俺じゃないと思うんだ。
我が事ながら悪癖だよなと自嘲しつつ、俺は別れの挨拶をしてチャットを閉じた。
「――で、目下のところ、最大の問題はこれだよな」
表示フレームを投影する。
そこにはいつ届いたのか、カルガモからのメッセージがあった。
『慌てておったのは分かるが、ああいう話は個別チャットでせんか。
ログは消しておいたが、姐御に見られた可能性は否定できんぞ』
珍しいことにカルガモからのマジお説教である。
まあ、カルガモにしろ姐御にしろ、個人情報の悪用とかはしないと思うが。
それよりも気になるのが、最後の一文だ。
『顔剥ぎセーラーなら俺も調べておるから、情報くれ』
お前、マジで何やってんの?