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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第十三話 遭遇


 急用が入ったと告げて、俺は緑葉さん達と別れた。

 状況が状況だ。クラレットにはゲオルを落ちて、グループチャットに切り替えようと話した。

 ……クラレットが俺にだけ伝えたのは、きっとツバメが何かしらの事情を話していたからだろう。どこまで話しているのかは分からないが、責めるような声音ではなかったから、ほとんど何も知らない筈だ。

 それを幸いと、誤魔化すのは筋が通らない。

 ツバメが帰っていないのは別件で、俺の早合点だったとしても、全てを打ち明けるべきだ。俺の何を犠牲にする結果になるとしても、そこを曲げることだけはできない。信頼を損なうことよりも、信頼を裏切ることの方を恐れるべきだ。

 やがてクラレットが了承の返事をしたので、俺もログアウトして意識をリアルに戻した。すぐにグループチャットの画面を投影して、最初に確認しておくべきことを問う。


【ガウスの発言】

 ツバメからはどこまで聞いてる?


【クラレットの発言】

 ガウスが、近所に住んでる人かもしれないってところまで。

 だから……何か知らないかなと思ったんだけど。


 文字だけでの会話。それでも彼女の言葉には、猜疑の色があった。

 ツバメに関して、何かに巻き込んでいるのではないかと疑われている。


【クラレットの発言】

 教えて、ガウス。あの子は何をしてるの。


 それでも彼女は、疑いのままに感情を荒げるような真似はしなかった。まずは俺を信じて、話を聞いてくれることを選んだ。

 ……何でも話すつもりだったが、その信頼が重い。

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。きっと酷い顔をしているに違いない。

 だけど黙っているわけにはいかない。

 応え切れるかは分からないが、信頼には応えなきゃダメだ。


【ガウスの発言】

 顔剥ぎセーラーの噂って、聞いたことがあるか。

 あれを調べるのを手伝ってくれって、ツバメには頼んでたんだ。


【クラレットの発言】

 それって……例の事件のことだよね? どうして?


【ガウスの発言】

 偶然だけどな、俺はあの事件を起こした人を見つけたんだ。

 悪い人じゃないと思ったし、言ってしまえば本来は被害者側の人だ。

 変な都市伝説になりかけてたから、少しでもそれを沈静化させたかった。

 自分から首を突っ込んだ以上、それぐらいの後始末はするのが筋だと思ったんだ。


【クラレットの発言】

 ……それだけなら、何も危ないことなんてないよね。


【ガウスの発言】

 俺もそう思ってたけど、今朝になって事情が変わったんだ。

 イタズラだとは思うけど、顔剥ぎセーラーを見たって奴が現れた。


【クラレットの発言】

 それは、違う人だよね。さっき言った、事件を起こした人と。


【ガウスの発言】

 ああ。悪意を持った犯人が、別にいるってことになる。

 だからその件に関しては、何も聞いていないなら調べなくていいって言ったんだ。

 けど、あいつは遠慮するなって。

 助けられる人を助けられないのは、嫌だって言ったから。


 だから――危ない真似はするなと注意したけど。

 あいつの眩しさに目が狂って、その優しさに甘えてしまった。


【クラレットの発言】

 ……うん、分かった。あの子ならそう言うと思う。


 結果としては俺が迂闊だっただけ。

 それなのにクラレットは俺を責めず、誇らし気に語る。


【クラレットの発言】

 昔っからね。お調子者で、イタズラ好きで、よく困らされたけど。

 私もあの子には、何度も助けられたんだよ。

 ガウス。あなたも優しい人だから、根負けしたと思う。


 そんなことはないと。断るべきだったと思う俺がいる。

 俺が優しいなんてのは誤解だ。

 ただ自己満足のために、自分が納得するためだけに、勝手にやっているのが俺だ。

 それでも――否定の言葉を紡ぐことは、できなかった。


【クラレットの発言】

 だからね、ガウス。もし、後悔してるんだったら。

 これからあの子を、助けてあげて。


【ガウスの発言】

 約束する。あいつは絶対に、助けるよ。


 そうしなければ、もう二度と合わせる顔がない。

 あいつを助けられるんだったら、どんな手段にでも手を染めてやる。

 俺を責めれば楽なのに、そうすることのなかったクラレットのためにも。


【ガウスの発言】

 俺はこれから、ツバメを捜しに行こうと思う。

 どこかあいつの行きそうな場所があったら、教えてくれないか。


【クラレットの発言】

 待って、それなら私も行く。

 何かあっても、二人なら大丈夫かもしれないから。


 信用されていないから、ではないだろう。彼女もツバメを助けたくて、そのためには二人の方がいいと考えたのだ。

 僅かに迷ったが、いざとなれば俺が盾になって逃がせばいい。それに付き合いの長いクラレットの方が、心当たりは多い筈だ。


【ガウスの発言】

 分かった。それじゃあこれから駅前で落ち合おう。

 それと、電脳のアドレス送っておくから、先に着いた方が連絡入れる形で。


 そう告げてアドレスを送ると、クラレットからもアドレスが届く。

 それを確認した俺は、薄手のジャケットを羽織って家を出た。


     ○


 夜の街をスケボーに乗って走る。

 人通りは日中に比べて随分と少なく、誰かとすれ違うのも稀なほど。この街は田舎ってほどではないが、都会というわけでもない地方都市だ。この時間帯になれば、出歩く人もそう多くはない。

 そんな中で、街の各所にあるAR広告はギラギラと光を放っている。実際に発光しているわけではないが、そのように見えるのだから目立って仕方ない。

 駅前ではAR広告がさらに密度を増し、そこへ個人設置のメモ――地域限定掲示板のように利用されているものまで増えるのだから、遠目には建物が光っているのか、それともAR広告が積み重なっているだけなのか判然としない。

 見慣れた光景ではあるが、さて、どこでクラレットを待とうか。駅の入り口は分かりやすくていいが、流石に利用者の邪魔になる。少し逸れてコンビニの前に、と思っていたところで通話が入った。


『もしもし、ガウス? 着いたよ。今、コンビニの前』


「こっちも今着いたよ、すぐに行く」


 そう返事をしてコンビニに目をやれば、クラレットらしい少女が立っているのが見えた。

 顔や体型はゲオルの印象とそう変わらない。強いて言えば髪がゲームより短く、セミロングなぐらいか。夜はまだ少し冷えるので、淡い桃色のカーディガンを羽織っている。その下には白のブラウスと、紺色のプリーツスカートという服装だった。

 俺は片手を上げて合図し、スケボーの速度を落としてクラレットの前に止まった。


「よう、クラレット……だよな?」


 彼女は確認の問いに「うん」と頷いて、


「こっちだと北上茜。ツバメ――朝陽から聞いてるかもしれないけど」


「…………いや、そういう個人情報は流石にあいつも」


 少し迷ったが、口を滑らせたことは黙っておこう。


「俺は守屋幹弘。まあ好きなように呼んでくれたらいい。

 それで、どこから捜しに行く?」


「あ、そのことなんだけど」


 茜は思い出したように口を開き、


「朝陽のおばさんから聞いたんだけど、夕方に一度、遅いからメッセ送ったんだって。

 返事がなかったけど、その時はまだ気にしてなくて。

 それで晩御飯の後に電話したら繋がらなくて、私に聞いて来たの」


「ってことは、日が沈む前には連絡が取れなかったって感じか」


「たぶん。おばさんはまたどこかで居眠りしてるんじゃないかって、あんまり心配してなかったけど」


「……なあ、茜。まさかとは思うんだけど、またって。あいつそういう前科、ある?」


 尋ねたら気不味そうに目を伏せたので、一度や二度じゃない気がする……!

 これで居眠りオチだったら蹴り飛ばしてやりたいが、タイミングがタイミングだ。そうじゃないと仮定して、真面目に捜した方がいいだろう。

 そこは茜も同感のようで、気を取り直して口を開く。


「とにかく、電車に乗って移動したとか、遠出はしてないと思うの。

 学校に残ってたら見つかってると思うし、それはないとして……。

 駅前だったらあの子、よく行くお店があるから、まずはそこで聞いてみよ」


「分かった。あ、写真のデータとかあるか? 持ってたら送ってくれ」


「ちょっと待ってね」


 茜は表示フレームを投影し、アルバムの一覧表示をして画像を選び始める。

 あまり画像撮影はしないようで、枚数はそう多くないみたいだが、分かりやすいものを選んでいるのだろう。ややあって茜は、一枚の画像をこちらの電脳へ転送した。


「入学式の時に撮ったやつ。それなら制服だから」


 校舎を背景に、セーラー服姿の朝陽がどことなく照れたように笑っているものだ。

 すぐ投影表示できるように設定して、俺はバッチリだと頷いた。


「それじゃあ朝陽がよく行く店だっけ? 案内してもらえるか」


「うん、ついて来て」


 それから俺達はスケボーに乗って、駅前一等地からは少し離れた通りにある古本屋へ移動した。個人経営の古本屋だが、幸いにもまだ営業時間のようで、店内からの明かりがぼんやりと表に落ちている。

 しかしあいつ、よく本を読んだりするのか? あんまり読書家ってイメージじゃなかったけど。

 そんな疑問を投げかけると、茜は苦笑して言う。


「ここ、漫画が充実してるから」


 あ、超納得した。小遣いの範囲でたくさん読もうとしたら、そうなるか。

 店に入ると、店主のおばさん……と言うよりはお婆さんがレジにいたので、画像を見せながら朝陽が来ていないかを尋ねる。

 お婆さんは少し目を細めて、夕方に来たと教えてくれる。時刻は四時を過ぎた頃とのこと。様子には特に変わったところもなく、漫画を二冊買って行ったらしい。

 俺達は礼を言って店を出ると、その場で相談を始める。


「時間的に考えると、学校終わって真っ直ぐ来た感じだよな?」


「たぶん。六時間目が三時半に終わるから、ちょっと話したりして帰ったら、その時間」


「で、ここで漫画買って……荷物が増えたままどっか行くのかな、あいつ」


「コンビニに寄ったりはするかもしれないけど……。

 あの子もスケボーだから、一度家に帰ると思う」


 じゃあ、そういうことだよな。

 家がどこにあるのかは知らないが、そう遠くはないだろう。あいつはここから家に帰ろうとして、その途中で消息を絶ったことになる。都合よく居眠りしていたとか、そんなオチではなかったわけだ。

 全身が重く冷えるような錯覚。

 俺は意識的に表情を消して、茜に言う。


「案内を頼む。ここからの帰り道だ。

 騒ぎになってないんだから、裏路地を通ってると思う」


 そう告げる俺の手を、茜が軽く握った。


「……まだ、決まってないから」


 だから諦めずに、冷静になれということなんだろう。

 大丈夫だ。冷静かどうかは怪しいが、感情任せになってるわけじゃない。

 手をほどいて、彼女を安心させるように笑った。


     ○


 俺達は見落としがないように、ゆっくりとスケボーを走らせていた。

 街に変わったところはない。ほとんどの人は変な事件が起きていることも知らず、いつも通りの日常を謳歌している。仮に人の知るところであっても、やっぱりそれは対岸の火事で、日常を脅かすほどのものではないんだろう。

 そのことに特段、感情を抱くことはない。俺だって関わりがなければ、対岸の火事だと思うだけだ。火事現場に突っ込んで騒ぐのは、迷惑な野次馬でしかない。

 だけど自分の居場所が燃えちまったんなら話は別だ。

 持ち出せる限りのものを持ち出して、取り残された奴がいるなら助けなきゃいけない。できるできないとはまた別の話で、徒労に終わるのだとしても、そのぐらいはしなきゃ後悔してしまう。

 ……なんてことを考えられるぐらいには、俺達の間に会話はなかった。

 お互いに焦りや恐怖があるのも理由だとは思うが、変に気遣い合っているのが一番の原因だろう。

 言葉にしてないだけで――何かあれば俺は、茜だけでも逃がそうと考えていて。

 そう考える俺を、一人にはしたくないと茜は考えている。

 優しさなのか、それとも哀れんでいるのか。ただ、時折向けられる視線が、俺を見失わないようにしている。

 やがて俺達は、寂れたガード下に差しかかった。

 空気が重く湿ったように感じるのは、無機質なコンクリの壁と街灯しかない光景が、圧迫感を与えるせいだろうか。

 ご丁寧に歩道が整備されているわけではないので、道の端に寄って、さらにスケボーの速度を落とす。ここは車の抜け道にこそなっていないが、まったく通らないわけではないので、注意した方がいい。


「…………」


 ふと、テッシーに聞いた話を思い出す。

 あいつも昨日、駅から少し離れたガード下で顔剥ぎセーラーに遭遇したと言っていた。

 細かい場所まではうっかり聞いていなかったが――ここで、間違いないようだ。


「――幹弘さん」


 俺がスケボーを止めると、茜もまたスケボーを止めて、俺の名を呼んだ。

 声に震えが混じっていたのは、奴を見てしまったからだろう。


「出やがった」


 前方。街灯の下にセーラー服姿の少女が佇んでいる。

 一見すれば顔がよく見えないのは、陰になってしまっているからだと思うかもしれない。だがその顔は黒い(もや)に覆われており、光を当てたところで見えはしないだろう。

 反射的に電脳のAR視覚をオフにする。靄だけがARならば、これで顔を拝める筈だ。

 しかし靄だけではなく、全身が非表示になる。

 少し意外だったが、丸ごとARだったなら近くに犯人が潜んでいる筈だ。実体のないARでは驚かせることしかできない。朝陽がどうなったのかは分からないが、危害を加えるには人間でなければならない。


「どこに……」


 周囲を見回してみるが、人の潜めるような物陰はない。

 前か後ろか……ガード下を抜けたところに隠れているのだろうか。

 そんなことを考えていると、


「幹弘さん、来てる!」


 AR視覚をオフにしていなかった茜が、顔剥ぎセーラーの接近を告げる。


「慌てるな、あれはただのARだ。何もできない」


「あ、そっか……」


 それよりも犯人がどこにいるかだ。

 前と後ろ、どちらかに潜んでいるのだとしても、判断する要素がない。逃げられたら洒落にならないし、間違えるわけにはいかないんだが――――

 ――瞬間、顔面に衝撃が走った。

 手を叩き付け、そのまま鷲掴みにされたような感覚。こめかみに痛みが走るのも、感覚の正しさを裏付ける。

 何が起こっているのか。混乱したまま、しかし目の前に何かがいるのなら、と正面を蹴りつけた。

 重い感触。見えない何かを蹴り飛ばせば、顔を掴む力も離れていく。


「――――っ」


 まさか。そんな馬鹿なことがあるわけない。

 否定を胸中で叫びながら、しかし否定できず、俺はAR視覚をオンにする。

 正面には顔剥ぎセーラー。まるで蹴り飛ばされたかのように、たたらを踏んでいる。


「幹弘さん、今の――」


 何が起きたのかを目撃した茜が、驚愕に目を見開きながら何かを言いかける。

 その言葉を遮り、俺は強く叫んだ。


「逃げろ! ――実体がある!!」


 自分で言っておいてわけが分からない。

 ARはただのデータだ。そこにあるように見えているだけで、データの本体だってそこにはない。

 だから当然、触れることだってできない筈なのに。

 顔に残った痛みが、そんな当たり前のことを信じさせてくれない。

 茜は方向転換するのを躊躇ったのか、スケボーから降りて後ずさる。間違っていない。あんなのに背中を向けるのは、俺だって不気味だ。

 だが、どうなっている? 朝陽もあれに襲われたのか?

 嫌な言い方になってしまうが、ここで顔を剥がされたにしては血痕も何もない。

 いや、考えるのは後回しだ。今はあれの正体が何であれ、茜を守らなくちゃいけない。

 そのために――実体があるってんなら、ぶん殴ってやる!


「おお……!」


 吼えて踏み込んだ俺は、身構えようともしない顔剥ぎセーラーに向かって拳を振り抜く。

 首元に刺さった拳は、骨と肉の感触を伝える。疑いようもなく、人間を殴った感触だ。

 そして――――消える。

 初めから夢か何かだったかのように、顔剥ぎセーラーは唐突に消滅した。


「…………は?」


 それは酷く間抜けな声だった。

 狂っていた世界が正常になったことに、言いようのない気持ち悪さを抱かされる。

 あれだ。狂ったものがもう一度狂って、結果として正常になったように見えてるだけ、みたいな。

 人間の首に例えるなら、一周して元の位置に戻ったら致命傷。

 ARには本来、実体がないんだから、消えて当然なのに。なまじ拳に感触が残っているもんだから、迷子になったような居心地の悪さだけがあった。


「幹弘、さん……どうなったの……?」


「……いや、さっぱり分からねぇ」


 俺だって誰かに説明を求めたいぐらいだ。

 誰かのイタズラだと思っていたら、実体のあるARなんていう反則が飛び出してきた。

 仮にあれがARじゃなくて、それこそ幽霊や妖怪だったとしても、それはそれでおかしな話だ。

 モデルになった事件はあっても、顔剥ぎセーラーと名付けられた張本人は別にいる。それじゃあ俺を襲ったあの顔剥ぎセーラーは、どこから湧いて出たんだって話になってしまう。


「けど――朝陽は案外、無事かもしれないな」


 顔剥ぎセーラーの正体について考えるのは後回しだ。

 俺は見落としがないか、周囲を確認しながら言葉を続ける。


「あれは噂通り、俺の顔を剥がそうとした。

 朝陽もあれに襲われたのかもしれないが、顔は無事なんだろう。

 剥がされていたら、血痕も何もないのは不自然だ」


「でも……じゃあ、どこに……」


「……とにかく、もっと捜してみよう。

 逃げたはいいけど、どっかで気絶でもしてるのかもしれないし」


 疑問を先送りにして、優先すべきことを優先する。

 それから俺達は、また朝陽の家までのルートを捜索するが、それも空振りに終わった。

 他の道かもしれないと引き返したところで、茜に連絡が入る。

 それは行方不明の朝陽その人からで、今は病院にいるというものだった。


     ○


【朝陽の発言】

 やー、心配かけてごめんねー!

 茜だけじゃなくて先輩まで、捜してくれてたって話だし。


 グループチャットに新しい部屋を作り、そこで会話をする。

 とりあえず朝陽が無事だと分かった後、俺はクラレットを家まで送り届けて帰宅していた。


【幹弘の発言】

 当たり前だろ。俺が巻き込んだようなものなんだから。

 それで、本当に大丈夫なんだよな?


【朝陽の発言】

 うん、怪我とかもしてないから安心して。

 今夜は検査入院ってことで、家に帰れないみたいだけど。


 まあ、それは仕方がないか。ケロっとしていても、自覚がないだけってこともあるし。


【茜の発言】

 朝陽。幹弘さんも来たから、そろそろ詳しい話、聞かせて。


【朝陽の発言】

 オッケー。って言っても、あたしもよく分からないんだけどさ。


 促されて、朝陽は自分に何があったのかを語ってくれる。

 学校を出てから古本屋に寄り、そこから家に帰ろうとして、異変があったのはあのガード下に差しかかった時のこと。

 セーラー服姿の少女が佇んでいるのを見て、おや、と首を傾げてしまう。学校からはそれなりに距離があるのだから、徒歩というのはいかにも不自然だ。駅を利用している遠方の生徒だとしても、それなら駅から離れた場所にいるのが腑に落ちない。

 ひょっとして――と、朝陽はAR視覚をオフにしてみたら、相手の姿が見えなくなった。

 俺から聞いた顔剥ぎセーラーだと思い、とりあえず俺に連絡をしようと足を止めた。


【朝陽の発言】

 そしたらこう、急にビリっとして……いや、ガツンって感じだったかな?

 それで気絶しちゃったみたいで、目を覚ましたら病院のベッドの上だったってわけ。


 倒れているところを通行人に発見され、病院へと搬送されたらしい。

 しかし病院では外傷もないし、異常らしい異常もないので、重めの貧血ではないかと判断。無理に起こさずに休ませて、目が覚めたら親御さんに連絡してもらおう、みたいな結論になったとのこと。

 そうしてわりとぐっすり寝た朝陽は、あの時間になってようやく目を覚ましたのであった。


【幹弘の発言】

 いや、無事なのは本当に嬉しいんだが、なんか腹立つなこいつ。


【茜の発言】

 もっと早く起きてくれたら、あんなに心配しなくてよかったのに……。


【朝陽の発言】

 ふふん。裏を返せば、それだけ心配してくれたってことでしょ?

 いやー! 茜からも先輩からも、愛されてて困っちゃうなー!


 基本、リアルでは女に手を上げない主義の俺だが、こいつだけは別だと心に深く刻んでおく。それこそ明日にでも病院に押しかけて、その場で病院送りにしてやろうか。

 だが俺の思惑など知らない朝陽は、その後も明るい口調で話す。


【朝陽の発言】

 あとめっちゃ寝たせいで、目がギンギンに冴えちゃってマス。

 今夜眠れる気がしないんで、お喋りに付き合ってもらえると助かるかなー、なんて。


【幹弘の発言】

 俺はすぐにでも寝たいぐらい疲れてるんですけどね?


【茜の発言】

 そうだよ。幹弘さん、すごく頑張ってくれたんだから。


【幹弘の発言】

 つーわけで寝ていい? いいよね?


【朝陽の発言】

 あ、はい。ありがとうございました。

 子守唄のサービスとかいる?


【幹弘の発言】

 他の患者さんに迷惑だからやめろ。


【朝陽の発言】

 む、失礼な。あたし音痴じゃないよ。


【幹弘の発言】

 病院で歌うなって言ってんだよ!!


 もうヤダこいつ。普段より元気なぐらいじゃねぇか。

 さっさと寝ようと思ったが、その前に思い出したことがあるので言っておく。


【幹弘の発言】

 ああそうだ、気になってるとは思うけど。顔剥ぎセーラーの件、あんま深入りすんなよ。

 俺も調べておくから、それ聞いて満足してくれ。


【朝陽の発言】

 はーい。先輩も危ないことしちゃダメだよー?


【茜の発言】

 何かする前には、ちゃんと相談してね。


【幹弘の発言】

 お前らは俺の母親か。


 いやまあ、心配してくれるのはありがたいんだけどさぁ。

 それで止まれるようだったら、俺は俺じゃないと思うんだ。

 我が事ながら悪癖だよなと自嘲しつつ、俺は別れの挨拶をしてチャットを閉じた。


「――で、目下のところ、最大の問題はこれだよな」


 表示フレームを投影する。

 そこにはいつ届いたのか、カルガモからのメッセージがあった。


『慌てておったのは分かるが、ああいう話は個別チャットでせんか。

 ログは消しておいたが、姐御に見られた可能性は否定できんぞ』


 珍しいことにカルガモからのマジお説教である。

 まあ、カルガモにしろ姐御にしろ、個人情報の悪用とかはしないと思うが。

 それよりも気になるのが、最後の一文だ。


『顔剥ぎセーラーなら俺も調べておるから、情報くれ』


 お前、マジで何やってんの?

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