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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第十二話 急報


 金曜日。今日一日を乗り切れば、待望の土日休み。

 そんなわけでちょっとテンション高めの俺を、教室に入った瞬間、テッシーが捕まえた。

 用件も言わずに腕を掴んで、いいから来いと、内緒話にうってつけのトイレまで連行される。いくら掃除しているとはいえ、トイレで話し込むのは気分がよくないので、俺は何の用だと促した。

 テッシーは気を落ち着けるかのように深呼吸。トイレでやるな。


「な、なあ、ミッキー。笑わないで聞いて欲しいんだけどさ」


「おう」


「……昨日、顔剥ぎセーラーに遭遇した」


 笑ってはいけないらしいので、んふっ、と堪える息を漏らす。

 それからテッシーの肩をポンポンと叩いて、俺はトイレから出ようとした。


「真面目な話なんだよー!

 そりゃ僕だって胡散臭いと思うけど、見ちゃったんだから仕方ないデショー!?」


 などと興奮するテッシーだが、でもなぁ。

 俺は顔剥ぎセーラーと呼ばれる人が誰だか知っているし、そもそも昨日ゲオルやってたし。これは間違いなくこいつの勘違いか何かだと思うんだが、だからって知らなきゃ納得はしないか。

 仕方がないので、もう少し詳しい話を聞いてやるとしよう。


「で? お前の顔面は残念ながら無事っぽいけど、襲われなかったのか?」


「あ、ああ。スケボー乗ってたからね、僕。

 あっちは徒歩だったし、どうにか無事に逃げ切れたよ」


「逃げ切れた……ってことは、追っかけられたのか」


「そう! そうなんだよ!」


 うーん? 別人なのは確実だけど……見ただけじゃなくて追いかけられたとなれば、ちと穏やかじゃねぇな。こいつが浮き名を流すような遊び人だったら、昔の女の復讐かとも思えたんだが。

 とりあえず詳しく事情を聞いてみると、テッシーは昨日、合コンに行っていたらしい。ギルティ。この時点で帰ってやろうかと思ったが、辛抱強く続きを聞くことにする。

 その合コンの帰りーー時刻は夜の十時前ぐらい。駅から少し離れたガード下を抜けようとしたところで、テッシーは前方にセーラー服の女が佇んでいることに気が付いた。

 噂を信じているわけではなかったが、時間が時間だ。少し気味が悪いと思いながらも、スケボーを走らせて女の横を通り過ぎる。その時、つい気になって女の顔を見てしまった。

 その女の顔は、黒い(もや)のようなものに覆われていた。

 テッシーは思わず悲鳴を上げてしまったが、幸い、スケボーは健気にも自動操縦で走ってくれる。だが充分に距離が開く前に、女はテッシーを追いかけ始めた。

 テッシーは慌てて電脳でスケボーを操作し、自動操縦を解除して加速。流石に人が走って追いつけるような速度ではなく、どうにかこうにか逃げ切れたのだと話してくれた。


「やばいってミッキー。あれ絶対、この世のモノじゃないって!」


「あー……まあ待て、落ち着けよ。冷静に考えたら、おかしかないか」


 実際に何があったのか考えつつ、まずこれは別件だということを納得させなければならない。

 噂の元になった出来事と、テッシーが遭遇したモノは明らかに違うものだ。同一視されてしまったら、それこそ城山さんも気分が悪いだろう。


「そもそも顔剥ぎセーラーってなぁ、不審者っつーか痴漢が返り討ちに遭った話だろ?」


「ああ、うん。そうだったね」


「顔に黒い靄なんてあったら、そいつがそう証言してるだろ。

 だからお前が見たのは、別人っつーか別件だよ。別件」


「えー。いや、まあ……そうかな」


 納得がいかないのか、首を捻りつつも頷くテッシー。

 確かにちょっと強引だが、俺はこのまま話を続ける。


「で、黒い靄ってのもなぁ。人間の仕業だって考えたら、顔を隠してるってことだろ?

 誰かのイタズラで、靄はARでも使ったんじゃねぇのか。

 ひょっとしたら靄だけじゃなくて、丸ごとARなのかもしれねぇけどさ」


 この推測については俺自身、そんなところだろうと思っている。

 急に広まった噂を面白がって、誰かがARを使って悪質なイタズラをしただけ。

 いくら何でも、根も葉もない噂から幽霊なり妖怪なりが生まれたりはしないだろう。


「……むぅ。言われてみると、そんな気もしてきた」


「とりあえずまた遭ったら、AR切って確かめてみろよ」


「確かめたいけど二度と遭いたくないね!」


 はははこやつめ。

 ……まあテッシーと違って、俺はできるなら犯人をとっ捕まえておきたいな。

 そこまでする義理はないと思うが、乗りかかった船だ。放置しておくのもすっきりしない。近所にそんなのがうろついてるってのも、穏やかじゃないし。


「よし、じゃあ俺も調べておいてやるから、お前も手伝えよ」


「ハァ? なんでミッキーがそこまで……いや、分かったよ」


 照れたようにはにかんで、テッシーは言う。


「親友の僕が襲われて、怒ってくれたんだよな」


 俺はテッシーを無言で羽交い締めすると、そのまま個室に叩き込んで閉じ込めた。

 特に意味のない嫌がらせだが、反省を促すには充分だろう。

 反省したテッシーは、快く他に目撃者がいないか、探してくれることになった。


     ○


【ガウス】

 おーっす。ちょっと今、時間あるか。


 昼休み。グループチャットからツバメを選び、個人チャットを送る。

 ややあって、反応が帰って来た。


【ツバメ】

 はろー。どしたの、ガウス君。


【ガウス】

 あのさー。なんかさー。よく分かねぇんだけどさー。

 クラスメイトが昨日、顔剥ぎセーラーに追っかけられたとか言ってんだよー。


【ツバメ】

 えぇ……? それ、大丈夫だったの?


【ガウス】

 普通に逃げ切ったってよ。

 まあイタズラだと思うんだけど、そっちはそういう話あった?


【ツバメ】

 うーん。あたしは聞いてないけど、調べてみた方がいい?


 む。積極的なのはありがたいが、そこまでさせるのはどうなんだろう。

 昨日の時点であれば、首を突っ込んでも危険のない話だった。

 だが今は違う。ただのイタズラだとしても、そこには誰かの悪意が存在する。可能性は低いかもしれないが、わざわざ虎の尾を踏むような真似は避けるべきだ。


【ガウス】

 いや、そこまではしなくていいよ。

 あれ一件だけかもしれないし、こっちでもまだ調べられることはあるから。


【ツバメ】

 でも、誰かが困ってるんじゃないの?


 安易に誤魔化せないだけの力強さが、その問いかけにはあった。

 正義感と呼ぶべきか、それとも善性か。

 ツバメの芯にあるものが、知らなかったことにするのを拒んでいる。


【ツバメ】

 あたしはガウス君を、ちょこっと手伝ってるだけだけどさ。

 ガウス君がこうしてるのは、誰かのためなんだろうなって。

 それぐらいは分かるから、遠慮なんかしないで。

 助けられる人を助けられないのは、あたしが嫌だ。


 同じようなことを自分が考えたら、俺は思い上がりだと笑うだろう。勝手に想像して、勝手に誰かを助けようだなんて、思い上がり以外の何物でもない。

 そう考える俺は、けれどツバメを笑うことができない。

 だってそれは、俺には考えられないことだ。

 思い上がりだと笑ってしまう俺には、知らない誰かを助けようだなんて思えない。

 その善性をーー俺なんかが否定していい筈がない。


【ガウス】

 そこまで言うんだったら、頼む。

 でも深入りとか、危ない真似はするなよ。イタズラでも犯人はいるんだ。

 もしお前に何かあっても、俺は責任の取り方が分からない。


【ツバメ】

 あたしはガウス君ほど無茶しないよー?


【ガウス】

 いやいや、俺は石橋を叩いて渡るって評判だから。


 誰かに追われてるんだったら、叩いて崩しながら渡らなきゃな!

 はて。ナチュラルに逃走中を想定しているのは、どうしてだろう。

 人間性の問題かなぁ、と首を捻っていると、ツバメからの返事が届く。


【ツバメ】

 茜から聞いたけど、昨日もナップさんと無茶してたんでしょ?

 あの子もちょっと心配してたよー。


【ガウス】

 …………なあ、鳥頭。


【ツバメ】

 わ、忘れろー! 見なかったことにしろー!!


 いいけどさぁ。お前、ちょっと脇が甘くないか。

 本当に大丈夫? 顔剥ぎセーラーのこと、調べてもらって平気?


【ガウス】

 うっかりなのは、うちの妹だけで足りてるんだけどなぁ……。


【ツバメ】

 いいから忘れて……! お願いだからチクらないでね!?


【ガウス】

 そうしてやりたいが、クラレットの個人情報を洩らしたわけだしなぁ。

 おおっと! 関係ないけど、また会うことがあったら俺、たぶん空腹だぜ!


【ツバメ】

 ……ポテト。


【ガウス】

 バーガー。


【ツバメ】

 こ、後輩にたかる先輩ってどうかと思いまーす!


【ガウス】

 資本主義社会はそういうトコ、平等だからね。仕方ないね。


【ツバメ】

 ……バーガー単品で、単品でお願いします……。


【ガウス】

 ちっ、それで手を打ってやるか。感謝しろよ。

 だが契約は契約だ、黙っておいてやるからそこは安心しろ。


 本音を言えばポテトでもジュースでも構わないんだが、まあ折角だしね!

 一応、ツバメもこうして取引の形にしておいた方が、安心できるだろうし。


【ツバメ】

 うぅ……約束破ったら、タルさんに言うからね!

 先輩に脅されたって、涙目で言うからね!!


【ガウス】

 俺の方が酷いことになると思うけど、お前も説教されると思うぞ。


 そのあたりは容赦ないからなぁ、姐御。

 ツバメとはそれからもう少し雑談をして、会話を打ち切った。

 ……予定よりも巻き込んじまったのは反省だな。もしも何かあったら、ちゃんと守るようにしておこう。

 守れなかったと後悔するのは、ゲームの中だけで充分だ。


     ○


 学校から帰った後、俺は自室でのんびりとネットを見ていた。

 顔剥ぎセーラーについて検索してみるが、ヒットするのはSNSの投稿が目立つ。怪談じみた具体的な話はないので、ネット上ではまだぼんやりとした噂なのだろうか。

 いや……それにしてはテッシーから聞いた話が、誰かがちゃんと考えた話のようだったな。

 試しに検索ワードを変えながら検索を続けていると、どこかの掲示板のスレがヒットした。

 オカルト系の話題を取り扱う掲示板の中でも、都市伝説を専門に扱うスレのようだ。

 そこにはスレの流れを無視して、唐突にこんな書き込みが投稿されていた。


【顔を剥ぐセーラー服の少女】

 某所で男が顔の皮を剥がされるという事件が起きた。

 幸いにも一命を取り留めた男は、犯人はセーラー服の少女だと語った。

 地元ではこの少女は、男に暴行されて自殺した少女の霊だと噂されている。

 彼女は飛び降り自殺をしたことで、顔が醜く潰れているらしい。

 男への復讐のために現れる彼女は、出会った男の顔を剥ぐのだという。

 そしてこの話を聞いた人のところへも、彼女は三日以内に現れるそうだ。


「あー……どっかで聞いたことあんな、これ」


 たしかカシマさんだっけ? そういう系統の怪談や都市伝説。

 話を聞いた人のところにも現れる、それが嫌なら何人かに話せ、みたいなやつ。

 テッシーの姉である美雪さんが怖がっていたというのも、このオチが原因だろうか。

 ……この話には助かる方法とか書いてないけど、誰かが付け足した可能性もあるな。だとすればテッシーはまさに生贄なわけだが、美雪さんだってまさか信じていたわけではないだろう。

 ともあれ、顔剥ぎセーラーの元になったのはこの書き込みだろう。

 スレの中では特に反応されていないが、これを見た誰かがSNSで話題にしたり、リアルで友人に話したりした結果、実際にあった事件の話題に便乗する形で広まったのかもしれない。

 しかし……何を考えて、こんな書き込みをしたんだ?

 事件を面白がって都市伝説を作ろうとしたのかもしれないが、それにしては動きが早い。書き込みがあったのは事件の翌日で、まるであの事件が起きるのを待っていたかのようだ。

 それにテッシーが目撃した顔剥ぎセーラーも気になる。

 顔が黒い靄に隠れていたって話だが、それはこの書き込みにある、潰れた顔の再現だろうか。実際に街で広まっている噂には、顔が潰れているという要素は省略されてしまっている。そこをあえて再現しているのならーー書き込み主とイタズラの犯人は、同一人物?

 ……いや、流石に発想の飛躍か。

 何の確証もないのに、そうと断定してしまうのはちょっと乱暴だ。まだテッシーやツバメからも報告はないし、判断するのはもっと多くの情報が集まってからでいい。

 それとーー事の次第によっちゃあ、城山さんからも改めて話を聞いた方がいいだろう。誰よりも当事者であるあの人は、無自覚なだけで何らかの手がかりになるかもしれない。

 そのように考えをまとめた俺は、ろくな収穫はないだろうと思いつつ、作業をSNSの検索に切り替えた。

 テッシーのような目撃者でもいればいいんだが……予想通り、冗談以外での目撃情報はなかった。


     ○


 夕食中、電脳にメッセージが届いたので開いてみると、緑葉さんからだった。

 ゲオルにログインするのは何時頃かの問い合わせだったので、じゃあ一時間後、と答えておく。あちらは既に面子が揃っているらしく、俺がログインするまでのーみんとうどん貴族さんとで、転職するところまでは済ませておくとのこと。

 ふーむ。好みや適正を考えたら、緑葉さんは魔道士か猟師だよなぁ。うどん貴族さんはまあ戦士か格闘家だろうけど、のーみんだけは読めん。あいつ真面目にやる時とネタに走る時とで、落差激しいんだよなぁ。

 けどまあ、トリオで動くことを意識してるんだったら、無難なのは神官か。相性は最悪だ。

 あっれぇー? 無難な線が一番薄いぞぉ?

 なんかもう、今から嫌な予感しかしないんだが、逃げるわけにはいかないだろうか。のーみんはカルガモと同じで放置するのも怖いっつーか、あの人の場合、放置してると道連れ自爆するんだよなぁ。緑葉さんは緑葉さんで、機嫌を損ねるとこう……独特の嫌がらせをするし。

 でもパワーレベリングとかは嫌う面子だし、フレンド登録してちょっとポーションでも分ければ満足するだろう。そうであって欲しい。

 そんなことを考えながら夕食を終えて、風呂に入ったりしてから俺はゲオルにログインした。


 ログインしたら衛兵にぶっ殺されたので、教会へ懺悔に向かう。

 道中、さらに追加で殺される。それもこれもナップのせいに違いない。フレンドリストを確認するとログインしていたので、怨嗟の呻き声をささやきで飛ばしておいた。


『急に何だよガウス!? あ、昨日はサンキューな。

 おかげで武器を新調できたから、見せてやるよ』


 意訳するとこれから殺しに行くということだろう。最低だなこいつ。

 殺害予告に対して俺は動じることなく、全身全霊で猿のように叫び返した。


『ちょ、馬鹿やめろ! 聴覚を攻撃するな聴覚を!?

 こっちはまだ狩り中なんだよ!』


 焦った声に少し溜飲が下がったので、善意から懺悔しておけよとアドバイスしておく。俺が二回も衛兵に殺されたことを考慮すると、ナップも危険ラインに突入している筈だ。

 だがナップは人の善意を捻くれた解釈しかすることのできない、残念な男だった。


『上等だよガウス……! 狩りが終わったら噴水広場で決闘だ!』


「ああうん、そうだね」


 あんなところで待ち合わせしたら、衛兵に殺されるだけなんだよなぁ。そこまで教えてやる義理もないので、俺は曖昧な返事をして会話を打ち切り、教会に入った。

 懺悔担当の司祭さんが「またか」という顔をするので、俺も「またなんですよ」という笑顔を浮かべて、わざわざ用件を告げるなんて無駄はせず、勝手に罪の告白を行って金を握らせた。

 司祭はぞんざいに「赦す赦す」と言って金を懐に仕舞い込む。よし、赦された。

 さて、それじゃあ緑葉さん達と合流すっか。

 とりあえず「うどん貴族」を指定してささやきを送ってみる。む、存在しないキャラクターだ。

 やっぱゲームの雰囲気に合わせて、名前変えてんのかなぁ。仕方がないので、緑葉さんの方を指定してみる。


「ハロー、ハロー。こちらガウス」


『あら、ようやくログインしたのね。

 こちらはもう、全員転職済みよ。攻略情報があると便利でいいわね。

 それでガウス、どこにいるのかしら?』


 おお、やっぱ完全手探りだった俺達とは違うな。

 とりあえず教会にいるよと答えれば、深いため息を返された。


『もう罪を犯しているのねガウス。

 聖人になれとまでは言わないけど、もう少し品行方正に生きられないの?』


「いやいや、ちょっとゴミ掃除しただけだぜ」


 この世に存在する価値のないゴミを葬るだけのお仕事です。

 ともあれ噴水広場で合流しようということになり、そちらへてくてくと移動する。

 移動中、PTチャットで挨拶。今はクラレットとカルガモだけのようだ。スピカは俺の後に風呂へ入ったので、もうしばらくすればログインするだろう。

 姐御は……うん。金曜日だし、残業かなぁ……。

 ツバメもその内にログインするとは思うが、姐御が来なかったら四人で何をしよう。本格的な狩りはちょっと厳しいし、ラシア周辺で素材集めでもするのが無難だろうか。

 PTチャットでもこの後の予定について相談しつつ、噴水広場に到着したので噴水の縁に腰かけ、いやこれだと風景に埋没しちまうなと気付く。ちょっと目立った方がいいだろうし、とある格ゲーの主人公のポーズを取って、噴水の縁に立つ。

 するとポーズに気付いた通行人の一人が、ライバルキャラのポーズを取って正面に立った。


「「――――――――」」


 交差する視線と、通い合う意思。

 さらに通行人の一人が、少し離れた場所から俺達を指差して、


「ラウンドワン、ファイッ!」


「クケェ――ッ!!」


 怪鳥音を高らかに放ち、俺は見知らぬファイターと拳を交えた。

 あ、おい待て、ダメージでかい、お前のジョブ格闘家だろこれ!? こっち戦士だぞ卑怯者め!

 慌てて斧を取り出すと、観客からブーイングが飛ばされる。俺は肩を竦め、斧をべろりと舐めて笑った。


「戦いに卑怯もクソもあるかよォ! 勝った方が正義なんだぜェッ!?」


「何という下劣な心根か……! 悪党め、成敗してくれる!」


 見知らぬファイターがノリノリで叫んだところへ、斧をぶん投げる。死ねい!

 不意打ちだったとはいえ、流石に真正面からでは無理か。ファイターは身を屈めて斧を避けると、無手になった俺を追い詰める好機だと見たか、勢いよく踏み込んだ。

 うおおお唸れ未来視! 踏み込んだその足を、下段弱キックで払う!


「うわぁ! わぁ……わぁ……」


 セルフエコーをかけながら、噴水に落ちて水柱を上げるファイター。

 ふっ、ナイスファイト。踏ん張って稼いだ時間で体勢を建て直さず、あえてセルフエコーをかけるとは天晴よ。その健闘を讃えるかのように、観客達も拍手喝采だ。

 噴水から這い上がるファイターに手を貸し、俺達は快い笑みを浮かべた。


「ガウス。戦士だ」


「トーマ。見ての通り格闘家だ」


 そうしてフレンド登録を行い、ネタにした格ゲーの話で盛り上がっていると、ニューチャレンジャーの登場だ! 俺を忘れてもらっちゃ困るとばかりに、別キャラの特徴的なダッシュモーションを真似て駆け込んで来た新たなファイターが、跳び上がって噴水の縁に着地した。

 クイッと手招きして挑発する相手は、もちろん俺とトーマ。へへっ、上等じゃねぇか……こうなったら何人でも相手してやらぁ!

 そんなノリで大乱闘が幕を開けて、まとめて衛兵にぶっ殺される。見てただけのプレイヤーも巻き込まれてたような気がするが、きっと気のせいだろう。ついでに言うとナップらしき誰かが巻き込まれていたように思うし、俺の名を叫んでいた気もするが、これ僕のせいじゃないです。

 とまあ、盛り上がったところに水を差されてぷんすかしつつ、閑散としてしまった噴水広場に戻ると声をかけられた。


「来たわね、ガウス。……ねえ、ここってこんなに殺風景だったかしら?」


 気のせいだと思うよ。

 話しかけて来たのは、弓を肩にかけた女だ。ミディアムの銀髪にレイヤーを入れたウルフカットで、気の強そうな印象を与えている。実際、めっちゃ気が強いんだけど。


「武器を見るにやっぱ緑葉さん、猟師になったのか」


「ええ。魔道士と迷ったのだけど、多そうだしね。

 そしてお察しの通り金欠よ! ふふふガウス、今なら恩を売るチャンスよ?」


 金欠なのは俺も同じなんだよなぁ!

 苦笑を浮かべてたかりをスルーして、緑葉さんと一緒にいる他の二人へと目を向ける。

 まずは笑顔で手を振っている長身の女。ロングの黒髪をポニーテールにしているせいか、活発そうに見える。しかしてその実態は、島人の中でもカルガモに並ぶ害悪ののーみんである。モデル体型の美人だが見た目に騙されるな。

 そして最後の一人が中肉中背の男。なんか凛々しい顔で、やけにカッコいい青髪をしているが、これサンプルキャラそのままだわ。キャラメイクを秒で終えてるわ。

 名前を表示させてみると【ウードン・カイザー】で……うどん貴族さんだ。何故か貴族からカイザーになってるけど、この麺類に一体何があったと言うんだ。


「やっぱ外見って性格出るよなぁ……。

 あ、二人はジョブ、何にしたんだ?」


「商人」


 単語で答える麺類。予想外の答えにちょっと驚いて眉を上げると、のーみんが言う。


「そしてあたいは戦士! どんちゃんには譲ってもらったのだよ」


「ま、どうにかなるべ。どうせ上級職は鍛冶師とかだろ?

 そんならゲームのお約束として、前衛で戦えるジョブに化けるだろうさ」


 なるほど、そこまで考えての選択か。

 流石はうどん貴族さん、いやカイザー。意外性のある選択に見えて、実は堅実だったりするのが素晴らしい。数々のゲームで時に仲間として、時に敵として、その堅実さを武器にしているだけはあるぜ。


「つーか、のーみんが戦士ぃ~?」


「なんだねがっちゃん、あたいの腕を疑ってるのかい」


「いや、前衛できなくもないとは思うけど、なんかイメージと違うような」


「ちなみにステータスは知力極振りだぜぃ!」


「あ、やっぱ頭おかしいわ。やっぱのーみんだわ」


 戦士だとMP増えるぐらいしか意味がないのに、何を考えてるんだこいつ。

 それなのに緑葉さんは満足そうに笑っていて、


「ふふふ私も今知って驚いているけど、それでこそのーみんだわ。

 本当、飽きさせない女ね……!」


「むふー。照れるぜベイビー」


「……とまあ、こういう感じなわけでな。

 戦力が全然足りんから金くれ、金。装備だけでも整えたい」


 全てを諦めた菩薩の顔で金銭を要求するカイザー。うん、なんか一人だけ苦労してそうだから、ちょっと多めに渡すね……。

 インベントリを操作して、虚空に手を突っ込んで金を取り出し、カイザーに渡しておく。


「あらガウス、もう忘れたのかしら? 私も金欠なのだけど?」


「財布役はうどん貴族さんの方がいいと思うんだ、俺」


「……それもそうね。麺類、雑事は任せたわよ」


「おう、任せとけ任せとけ。お前さんは金のことを考えるな」


 微妙に腹黒く見えてしまうのは、きっと島人だからだろう。どんなに善人を装っても、島人ってのはどうせ必ずどっかが外道なんだ。

 その後、三人のフレンド登録を済ませて、溜まり場に案内するかどうか考えている時だった。不意にPTチャットではなく、ささやきを通してクラレットの声が聞こえた。


『ガウス、さっき電話があって。

 ――ツバメ、まだ学校から帰ってないって』


 平静を保とうとしながらも、不安に揺れてしまっている硬い声。

 俺は目の前が真っ暗になってしまったように錯覚した。

半額ケーキ美味しいです。

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