第十話 眩しい笑顔
ピラミッドでの狩りは、昨日の苦戦から一転して順調なものになった。
何と言っても俺の火力向上が大きい。タフなゾンビや硬いスケルトンであっても、素早く処理することができる。バトルアックスは攻撃力の数値以上に、俺の戦闘能力を高めてくれていた。
また出現モンスターの特徴を掴んだことで、カルガモも本領を発揮している。あいつは初見のモンスターにも持ち前の技術で対応できるが、やはり初見だと安全を重視した立ち回りになってしまう。
だが特徴を掴んだ相手ならば、安全をギリギリまで捨てられる。傍目には捨て身としか思えない立ち回りなのだが、慢心さえしなければ俺に並ぶ火力を叩き出せる。おかしくない? あいつ盗賊だよね?
一方、防御面で大きく寄与していたのは、意外にもスピカだった。
スピカはカイトシールドを購入し、スキルも挑発、タフネス、シールドバッシュなどを取得。基本的には後方からの敵を食い止める役割を担うが、敵の数が多ければ前に出て、挑発でヘイトを稼ぐ。
タンクとしての動きは及第点といったところだが、初心者だということを考慮すると大健闘だ。恐れずに攻撃を引き付け、前に出過ぎたりしないという基本をよく守れている。
スピカの活躍はクラレットの余裕にも繋がる。昨日ならファイアーボルトでの対処を迫られる場面も多かったが、今日はファイアーボールでの範囲攻撃を待つ余裕を持てる。
それはMPの温存にも繋がり、回復のための休憩時間を減らせることが、狩りの効率を上げていた。
逆にちょっと不憫なのはツバメか。杖を新調したと言っても、この辺りの敵なら前の杖でもデバフ通るんだよな。本人も気にしているのか、新たに防御力を下げるスキルのコラプスを取得し、火力に貢献している。
姐御はスピカの活躍もあって負担が減り、MPが余りがちになっているため、アンデッド系のモンスターにヒールを使う場面も増えた。スキルは霊体看破を取り始めたようだが、火力を伸ばしたいとか呟いていたので、根っこのところがまったくもって癒やし系ではない。
「今日は順調ですねー」
もう何度目になるかも分からない戦闘を終えた時、満足そうに姐御が言った。
俺達のレベルはもう二十を超えている。スピカはまだ十八だが、もう二、三日もあれば俺達と大差はなくなるだろう。
経験値的にはとても順調なのだが――姐御はあえて明るい声で、言葉を続けた。
「これで装備がドロップしたら、何も文句ないんですけどねっ」
そう、俺達は今まで、一度もモンスターから装備品を入手できていない。
掲示板を見ている限りだと、確率は高くないがモンスターは装備品を落とす。
俺達の倒した数から考えると、何個かドロップしていてもおかしくない。モンスタージェムはもっとレアだから仕方ないとしても、装備品がまったくドロップしないのはかなりの不運だろう。
「ステータスの幸運って関係あるのかな?」
ただ不運なだけかもしれないが、何か奇妙だとは思っているのだろう。それが原因かもしれないと、ツバメが疑問を口にする。
しかしそれについては、すぐさまカルガモが否定した。
「いいや、幸運は関係しておらんそうじゃよ。
ドロップ率に影響があるのは、今のところ商人のスキルだけじゃな」
だからどうしようもないことに、俺達の運が悪いだけなのである。恨み言を吐く相手もいないのだから、こればっかりは諦めて受け入れるしかないのだろう。
そう思っていると、ひょっとして、とクラレットが独り言のように呟くのが聞こえた。
「幸運とは違う要素で、判定してるのかも……?」
「何か心当たりでもあんのか?」
気になって問いかけると、クラレットは思案するように少しだけ間を置いて、
「……このゲーム、私達には見えないだけで、悪いことしたらそれが数値になるよね。
因果応報って言うか……それが影響してるのかなって、そんな気がしたから」
ステータスには表示されないカルマ値の存在。
突飛な発想かもしれないが、それを聞かされた時、俺は道理だな、と思ってしまった。
悪意を持って誰かを傷付け、私腹を肥やす者――PK。
その抑止力ではなく、その行為に踏み切ってしまった者を、後押しするシステムがあるとすればどうだろう。運が悪くなってしまえば、PKを一度でやめず、続けてしまう者も多い筈だ。
クラレットは悪事は罰されるべきだ、と考えたのかもしれない。
それは彼女の誇るべき美徳で、俺なんかにはとても眩しく見えるものだ。
しかしそんな善性が運営にあれば、そもそもPKを行えないようにすればいい。
だからそんなものがあるとしたら、これはPKを続けるように仕向けるシステムであり、他のプレイヤーにはPKという緊張感を与える、飽きさせないための工夫だ。
そのぐらいのことはしてもおかしくないと、俺は運営の悪意を高く評価していた。
だが待って欲しい。
前提が一つだけ間違っていると、俺は指摘する必要があった。
「仮にそうだとして、俺ら懺悔したばっかりの綺麗な身だぜ?」
「うむ。街で暴れたりしておらんし、強いて言えばロンロンを殺して埋めたぐらいじゃろ」
「「「それだよ!!」」」
姐御を除く三名からの激しいツッコミが入った。
えー。けどさぁ、待ってくれよ。だってロンさんだぜ、ロンさん。
なあ? と同意を求めたところ、姐御もうんうんと頷いていた。
「命の価値は平等じゃないですからねー。
ロンさんを殺したぐらいで、そんなに悪化するとも思えませんよー」
「この人、兄ちゃんみたいなこと言ってる……!」
「ふふふお姉ちゃんと呼んでもいいんですよー?」
「わぁい! お姉ちゃんだぁ!」
兄ですが妹がちょろ過ぎて心配でござる。
変な姉妹関係が爆誕した光景を、辟易したように眺めてツバメが言う。
「タルさん、基本そっちサイドだもんねぇ……」
「あ、ちょっと、どういうことですかそれ!?
外道なのはガウス君とカモさんの二人で、私はリアリストなだけですよー!」
俺らが悪ノリで外道すんのは確かだけど、姐御の場合、淡々と外道するのが酷いと思う。
ただまあ、命の価値が平等じゃないって意見には賛成なんだよな。リアルでの思想の話じゃなくて、ゲーム的にそうなんだろうな、ってこと。
だから俺は、いいか? と皆に呼びかけて口を開いた。
「ゲーム的には実際、命の価値って平等じゃないんだよ。
俺らは職業ギルドに一応所属してるだけで、実態は根無し草の冒険者だ。
税金とか払ってるわけでもないし、一般市民より命の価値は低い」
「そうですそうです、私はそれが言いたかったんですよー」
ここでツッコミを入れないだけの優しさが皆にはあった。
「だからまあ、ロンさんを殺した件に関しては、わりと微罪だと思うんだよな」
そのように告げると、カルガモがアゴに指を当てて黙考しているのに気付いた。
カルガモはらしくないことに、やや自信なさげに口を開く。
「少し思ったんじゃが……あやつ、商人じゃよな。
俺らとは違って街で商売し、住民とも交流する立場なわけで……いや、じゃがなぁ……」
「何が言いたいんだよ」
歯切れの悪い言葉に、つい苛立ちながら先を促す。
カルガモは首肯して、
「あやつ、半分ぐらい市民として扱われておるんじゃなかろうか」
それはつまり、非常に認めたくないことだが、俺達よりも命の価値が上ということ。ロンさんを一回殺すだけで、カルガモを複数回殺すのと同じぐらい、カルマ値が悪化する可能性を示している。
「で、でも、カルマ値は確かに悪化するかもしれないぜ?
だけどそれが、ドロップに影響してるって決まったわけじゃないだろ?」
動揺を隠し切れず、震える声で問いかける。
しかしそこでツバメが、無慈悲な言葉を投げかけた。
「あたし、ガウス君達と組んでから、ドロップ運悪くなってる気がする」
「でもお前も昨日、ここの自警団に殺されてたじゃん」
やーい同類だー、と開き直って煽る。杖で殴られるが、そういうところだぞお前。そういう行為がカルマ値を悪化させるんだぞ。
とりあえず真偽は不明だが可能性はありそうなので、犯罪行為は控えようね、という結論に達した。
それはそうとして、ロンさんは帰ったらもう一度埋めようと思う。
○
狩りは順調に続き、相も変わらず装備品はドロップしない。
それはまだいいとして、レアっぽいドロップも一切ないあたり、俺達の金欠が加速する。
まあ昨日今日と、戦士ギルドで討伐クエストを受けていないから、それも原因だけど。
早急にどうにかしたい案件ではあるんだよなぁ。俺の装備も揃えたいけど、後衛組の防具だって揃えなきゃいけない。今はまだいいけど、後衛にも攻撃が通るような場面が増えたら、即死してもおかしくない。
幸いなのは、クラレットが素材集め好きそうだってことか。
そういう性分なのか、それともまだ物珍しいだけなのかは分からないが、素材集めを嫌がらないってのは才能だ。地道に素材を集めて強い装備を作れるのは、その作業を厭わない者だけなのだ。
明日あたりPTを二つに分けて、金策目的の狩りPTと、素材目的の採取PTで行動してみるのもいいだろう。
狩りの合間の雑談にそんなことを話していると、カルガモが待ったをかけた。
「金策ならば今日、俺と姐御で使えそうなクエストを見つけてのぅ」
ああ、そういや掲示板で見たクエストを試してたんだっけ。
どんなものか続きを話せと視線で訴えると、カルガモは得意気に笑った。
「盗賊ギルドで受けられるんじゃが、貴族の薬草園から貴重な薬草を盗むというものでな?」
「バレたらアウトじゃねぇか!」
「じゃけどその薬草、一本三千ゴールドで売れるんじゃぞ!?」
「それは……大きいな」
ちょっと心が揺れるけど、でも犯罪だからなぁ。しかもプレイヤーを殺すような微罪と違って、貴族にケンカを売るような大犯罪だ。バレたら指名手配とかされそうだし、捕まったら監獄エリアに送られてもおかしくない。
ハイリスクハイリターン……美味いのは確かだが、リスクが……。
葛藤していると、不意にクラレットが口を開いた。
「あの、タルタルさん。止めなかったの?」
「え? い、いえ、私はほら、どんなクエストなのかなーって好奇心が……」
「参加したの?」
「……も、黙秘権を行使しますっ」
語るに落ちるとはこのことか。姐御のことだから、金に目が眩んで参加したのだろう。
クラレットが呆れの吐息を洩らしたところで、ツバメもじろりとカルガモを見た。
「カモっちもそういうの、どうかと思うよー。
転職クエストとかなら仕方ないけど、お金なら地道に稼げばいいじゃん」
外道に正道を説いて何の意味があるというのか。
しかしカルガモは、正面から言われたことで狼狽えたのか、目を泳がせた。
「あ、悪徳貴族だって話じゃったから」
「それでも犯罪は犯罪でしょ!?
まったくもー。捕まったら一緒に遊べなくなりそうだし、そういうのやめようよ」
その言葉にカルガモは崩れ落ちた。
うんうん、分かる分かる。穢れた心じゃ耐え切れなかったんだよね。
内心ざまあみろと思っていたら、ツバメの矛先は俺にまで向けられた。
「ガウス君も! 金策は必要かもだけど、わざわざPT分けなくったっていいじゃん。
そうやって効率ばっかり追いかけてると、一緒に遊ぶ意味もなくなるでしょ?」
俺も崩れ落ちた。
ああ……そうだ、どうして俺はネトゲを……それはきっと、誰かと一緒に遊びたかったからで。共に冒険できればそれだけでいい、他には何もいらないって、そんな純粋な気持ちが……。
いや、過去の俺にそんな気持ちはなかったと思うし、どんな手を使ってもいいから他人に勝って良い気になりたいとか思っていた筈だが、ツバメが言うような純粋さは本当にまったくなかったのだろうか。俺というクズの中に輝くものは、本当に始めから存在しなかったのだろうか。
今の自分が間違っている気がしてきて、五体投地で己を見詰め直すクズ二人。
しかしその片割れの、俺よりもクズなクズが不意に顔を上げた。
「む――ちと静かに。何か……いや、誰か近付いて来ておる」
足音でも捉えたのか、カルガモが通路の先を睨んだ。誰か、と。相手がプレイヤーだと断言したのは、足音の違いからだろうか。
……警戒しているのは、相手が友好的だとは限らないからだろう。こんなレベルでPKをしても旨味はないと思うが、そういうのを度外視してPKを行う者もいる。あと単純に何も考えてなくて、人を殺したいと考えちゃう馬鹿とか。
だから街周辺ならばまだしも、ダンジョン内で他のプレイヤーと接触する場合は警戒するべきだ。
俺も警戒を普段の狩りよりも一段高く引き上げ、何があってもいいように身構えておく。
やがて通路の先からは、二人組のプレイヤーが姿を現した。
一人は分厚いプレートメイルに全身を包み、大型の盾とメイスを持った大柄の男だ。ここで狩りをしているにしては、ちょっと怪しいぐらいの充実した装備だが……ペア狩りメインでドロップ運がよければ、不可能でもないか。
顔は彫りが深くて年代が曖昧だが、設定上は三十代ぐらいか。刈り込んだ短い金髪のせいもあってか、非常に男臭い。リアルの体型に寄せているだろうことを考えると、俺の中の獣が嫉妬で狂いそうになる。
もう一人は対照的に小柄に見えてしまうが、俺とそう背丈の変わらない女だった。設定年齢は二十歳前後。濃紫の髪をハーフアップにして落ち着いた雰囲気を出しているが、目付きの鋭さはキャラメイクよりも気性によるものだろうか。
服は深いスリットの入ったロングスカートにタンクトップという、ちぐはぐな感じのある組み合わせ。そして両腕には不釣り合いなほど無骨な手甲があり、なるほど格闘家か、と納得する。この服装にしても、上は動きやすさを意識しつつ、下は足の動きを隠そうとしているのだろう。
男の方はやや驚いたように眉を上げたが、女の方は目を細めて警戒心を剥き出しにする。
そんな女を片手で制して、男は朗らかな笑顔を浮かべて声を上げた。
「先客がいたか。安心してくれ、争うつもりはない」
「ま、この人数差ならそうじゃろうな」
話の通じる相手だということに安堵して、お互いに警戒を緩める。
まあ油断させてから……という戦術はもちろんあるので、完全に警戒を解いたりはしないが。
「そちらはペア狩りかの?」
「ああ。ここなら敵に囲まれる心配もないし、打撃ならよく通るからな」
男はそう言ってメイスを誇るように示す。……しかし一見すると戦士っぽいが、ペア狩りで相方は推定格闘家。どう考えても回復アイテムで赤字になりそうだし、自然回復に頼ると今度は効率が悪過ぎる。
だからこの男は、近接戦闘に特化した神官――他のゲームだと殴りプリーストなんて呼ばれるタイプだろう。ステ振りまでは分からないが、脳筋ビルドでもヒールが使えないわけではないだろうし。
「ふむ、道理じゃな。しかしペア狩りができるんじゃから、レベルも高いんじゃろうなぁ」
おだてるようなことを言いつつ、あわよくば戦力を計ろうとする害鳥。信じる心が足りない。
しかし男は嬉しそうに笑いながらも首を横に振り、
「いやいや、まだ二八になったところさ。最速組にはレベル三十もいるって話だからなぁ」
謙遜しているように見えて、自分はほぼ最速組だとアピール……しているのか?
警戒なり威嚇なりしているつもりなら、毒気がない。つーか天然っぽいな、この人。
「そちらさんはどうだい? ここで狩るなら二十は超えてると思うが」
「そんなところですねー。ばらつきありますけど、まあ半ばですよー」
具体的なレベルはぼかしつつ、こちらもそう劣るものではないとアピールする姐御。
それを聞いた男は口笛を吹いて、
「予想以上だな。それだけあれば、その装備でも大丈夫か」
やめてくれ。その言葉は俺達の胸に刺さる。もっとドロップ運さえあれば……!
なんて的確で強力な口撃なんだ……この男、やはり敵では? 殺してもいいのでは?
殺気立ち始めた俺の肩を、クラレットとツバメが掴む。よせやい、俺だってそんな無分別じゃないぜ。
「あ、装備と言えば、ソルジャースケルトンが結構強い剣を落としたぞ」
狙ってみたらどうだ? なんて、屈託のない笑顔で男は言った。
「「クケェ――――ッ!!」」
俺とカルガモの心が一つとなり、怪鳥音を上げて男に飛びかかった。
「どわぁ!?」
「自慢か!? 自慢だろ!? なあ、それ自慢だよなぁ!!」
「貴様のような奴がおるから、俺らは幸せになれんのじゃ!!」
男は掴みかかる俺達を振り解こうとするが、甘ぇんだよ!
レベルが多少上だろうと、筋力勝負なら俺は負けない。そしてこんな時でもカルガモは、冷静に関節技だか骨法だか知らないが、そんな技術を応用して関節を極めようとしている。
多少は荒事に慣れているのかもしれねぇが、俺達には及ばねぇぜ……!
「バインド」
「あふんっ」
背後からツバメがバインドを空間設置で使用する。
体が中途半端に効果範囲に入ったせいで、力の流れが阻害されて腰に変な痛みが走った。
その隙に男は逃れようと暴れるが、流石にカルガモまで振り解くには至らない。至らないのだが、ある意味では隙だらけなカルガモの側頭部を、姐御が右フックで殴り抜いた。
「くぺっ!?」
「うちの子達がすみませんねー。ちょっと興奮しちゃったみたいでしてー」
「お、おお……?」
悪気のない謝罪。それよりも容赦のない右フックに戸惑ったのか、男は呆然としていた。
そこへ連れの女がため息を洩らして言う。
「ナップさんも無神経ですよ。あの言い方は神経を逆撫でするだけです」
「むぅ、そういうもんか……?」
男――ナップは今一つ納得していないようだったが、納得できるならあんな発言はしないだろう。
とはいえ気にはしていないようで、彼は俺達――特にカルガモへと笑みを浮かべた。
「それにしても良い動きだったな! あんた、何か格闘技でもやってんのか?」
「ふん。お褒めに預かり光栄じゃが、格闘技はやっておらんよ」
「そうなのか? 何かやってる動きだと思ったんだが……」
嘘は言っていない。あいつがやってるのは剣術だし、徒手格闘の技術が含まれていても、それは格闘技ではない。護身術とも呼べない、もっと血生臭い武術だ。
不思議そうに首を傾げていたナップは、すぐに気を取り直した様子で口を開いた。
「ところであんたらフリーか? よければうちのクランに入らないか」
「えっ? もうクラン作れたんですかー?」
急な勧誘に対して、姐御は驚きながら問いかけた。
クラン――ゲームによってはギルドとも呼ばれる、同じ目的を持つプレイヤーの集団。たまにシステム側で用意されていないこともあるが、MMORPGならほぼ必ず、そういったものを作るシステムが用意されている。
ゲオルでもクランを作れることはゲームガイドに書いてあったが、たしか一定以上のレベルと特定のアイテムが必要になる、としか書かれていなかったんだよな。
だから姐御の驚きは、もう条件を突き止めたのかというものだったが、連れの女がそれを否定する。
「ナップさんの気が早いだけですよ。まだ必要なアイテムも分かっていませんから」
「そう言うな、腕の立つプレイヤーは早く集めておいて損はないだろう」
「まあ、それはそうですけど……」
引き下がるものの不満そうな女の顔に、苦労させられてるんだろうなぁ、と同情する。
いわゆるクランマスター、ギルドマスターというものには様々なタイプがいるが、ナップは先頭に立って人を引っ張るタイプのマスターなのだろう。
何か問題が起きた時は近しい立場の人間……彼女のような人が解決や後始末をしているに違いない。
このぐらいのことは、姐御やカルガモも察しがついているだろう。
だからこそ姐御は、他に何か言われるよりも先に回答を告げる。
「お誘いはありがたいんですけどー、私達も自分でクランを作ろうと思っていますのでー」
実際に話したことはないが、将来的にはそうなるだろうな、と思っていたので問題はない。
だがそれは断るための口実で、本当はナップがガチ勢だと判断したからだろう。
最速組に分類されるだろうレベルに、早い段階から強いプレイヤーを集めようとする行動。それは俗にガチ勢と呼ばれる、強さや効率こそが何よりも大切だと考えるタイプのプレイヤーだ。
それが悪いわけではない。ゲームを楽しむ姿勢として、それも一つの正解だろう。
そういうプレイヤーとの付き合いもあった方がいいとは思うが、しかしクランに入ることまではできない。いつか間違いなく、付き合い切れなくなる時が訪れるからだ。
姐御の返事を聞いたナップは口をへの字に曲げて、
「むぅ、残念だ。だが無理強いはできんからなぁ」
諦め切れないのか、もう一度「残念だ」と呟いて、彼は表情を明るいものに切り替えた。
「ではフレンド登録だけでも。気が変わったらいつでも言ってくれ」
「はい、フレンド登録だけなら是非ともー」
気が変わることはないと暗に告げる姐御。それに気付いてるんだかどうなんだか、ナップは笑顔でフレンド登録を行った。
っと、こっちにも申請が飛んできたな。まあ悪い奴ではなさそうだし、登録しておくか。
などとやっていたら、いきなりナップが叫んだ。
「カルガモさんじゃないか!!」
「お、おう? なんじゃ、どこぞで会ったことがあったかの?」
突然のことに、カルガモはちょっと腰が引けている。その手を両手でガシっと包み込むように握り、ナップはきらきらした目を向けた。
「いえ、初めまして! 掲示板でお世話になってます!!」
「あー……ひょっとしてPUBの方かの?」
「そうっす! まさかこんなところでお会いできるなんて……!」
PUB……たまにカルガモから名前だけ耳にする、会員制のゲームフォーラムだ。
匿名ではないため議論をするのにも適しているし、検証作業など時間のかかることも協力者を集めやすい利点がある。だが――おそらく俺達の誰もが思っている疑問を、ナップの連れの女が問いかけた。
「ナップさん。そちらのカルガモさん、有名なんですか?」
「知らんのか? PUBでゲオル初日から、有益な情報をどんどん提供してくれている御方だ。
スキルエンハンスの詳細が判明したのだって、カルガモさんのおかげなんだぞ……!
いいや、それだけじゃない。メンバーレベルの高さは、PUBに多大な貢献をしたことも示している!」
熱く語って、ナップはカルガモの手を握る力を強くし、その顔を寄せた。
「カルガモさん、是非うちのクランに……! 貴方ほどの御方なら、サブマスターの座をお約束します!
どうか迷える俺達を導いてください!!」
「い、いや、お誘いはありがたいんじゃが、俺はこっちでやって行くから」
「そこをどうにか! 貴方がいれば勝てる……!」
腰が引けたまま断るカルガモと、必死で食い下がるナップ。わりと他の面々もドン引きしている様子なので、ここは俺の出番だろう。
やれやれ……俺は左手でナップの肩を叩き、右手の親指と人差し指で輪を作るジェスチャーを示した。
「へっへっ、旦那ァ。まずは誠意……あえて誠意と言いますが……そう、誠意を見せなきゃいかんでしょう」
「いくらだ!? いくら払えばいい!」
「話がややこしくなるから、おぬしは下がっとれ!?」
ちっ、追い払われてしまった。いい金づるになりそうな予感がしたのだが。
仕方なくカルガモがナップを諦めさせるのを待つことになってしまったが、どうにも手持ち無沙汰である。実際にカルガモを売るとしたら、いくらが適正だろうかと姐御達と相談しておくことにする。
そんなことをしていると、不意にささやきが飛んできた。
『こんばんは、ガウスさん。うちのマスターがご迷惑をおかけして申し訳ありません』
表示されたのは「wis:ダフニ」という名で……ああ、ナップの連れか。気にしないでくれと返しつつ、どうしてわざわざささやきを、と疑問に思う。
問いかけるまでもなく、その理由を彼女は明かした。
『あの、声に聞き覚えがあったので確認したいんですけど。
ひょっとして守屋さんですか?』
…………もしかして、城山さん?
目を見開いたことで悟られたらしく、彼女は安堵の笑みを見せた。
『守屋さんも……ああいえ、ガウスさんもゲオルをやっていたんですね。
こちらでもよろしくお願いします』
『あ、はい。よろしくっす』
世界は広いけど世間は狭いんだなぁ。
……いやいや、どういう確率だこれ? 大宇宙の大いなる意思とか、そういう目に見えない力が働いてたりしない?
俺が運命の不思議さに思いを馳せている内に、カルガモ達の話もまとまっていたようだ。諦め切れないナップをひとまず納得させるために、これから合同でピラミッド二階で狩りをしようとのこと。
そしてカルガモはPTチャットで、
「隙を見てあやつ殺そうと思うんじゃけど」
ナップ殺害計画を立てていたので、ノータイムでダフニさんにチクっておく。
『目に余るので私も協力しますよ』
そういうことになった。
嬉しそうに笑っているナップの笑顔が、とても眩しかった。