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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第八話 守屋幹弘と神鳥朝陽


 昼休み。さあ弁当を食おうと思ったところで、テッシーがやって来た。

 普段は外へ食べに行くことの多いテッシーだが、今日はあいにくの空模様だ。外へ行くのはもちろん、混雑する学食に行くのも嫌がったらしく、片手にコンビニ弁当を持っていた。


「ようミッキー、たまには一緒に食べようぜ」


「え、嫌だけど」


 ショックを受けたように口をあんぐりと開けるテッシー。

 俺は無視して自分の弁当箱を開ける。お、ミニハンバーグ入ってるじゃん。全体的に茶色い気もするが、俺は彩りなんて気にしない。ありがとう母さん、やっぱり肉ってそれだけでテンション上がるよね。

 微笑みながら箸を手に取り、いざ食べんとしたところでテッシーが再起動する。


「冷たいこと言うなよぅ、ミッキー!

 一人で食べるのって寂しいじゃん、お前だって寂しい奴じゃん」


「ケンカ売ってんなら買うぞ!?」


 俺は弁当をささっと食べてしまいたいだけで、その気になれば一緒に食べる相手になんて困らない。と言うか、俺しか相手のいないお前の方がよっぽど寂しい奴だろうに。

 テッシーはまあまあ、と俺を宥めるように両手を上げて、


「外に行くなら誰か誘うんだけどさぁー。

 中で特定の子と一緒にいたら、ファンの皆も心中穏やかじゃないだろ?」


 ほほう、モテ自慢ですか。こいつ金玉いきなり破裂したりしねぇかな。

 超自然的な死よ降りかかれと念じていたら、俺の意思などお構いなしに、テッシーは空いているイスを引っ張って来ると、俺の机に自分のコンビニ弁当を置いた。


「こういうさ、添加物たっぷりの安物も、たまには悪くないよね。

 毎日は体に悪そうだけど、味覚に刺さるチープな感じが癖になるっていうかさ」


「それよりも腹とか刺されたりしねぇかな」


「ははは僕にそんな甲斐性があれば、今頃人生もっと面白おかしいさ」


 自分を客観視できているのに、どうしてこいつは改められないのか。

 謎の生態をしているテッシーは、訝しむ俺の視線を気にもせず、コンビニ弁当を食べ始める。ごく普通の幕の内弁当っぽいが、高校生男子のチョイスとしては渋い気がしないでもない。

 とりあえずショバ代払えや、ってことで煮物、がんもどきを強奪する。


「うわ、ありえねー! 普通、一個しかないがんも取るか!?」


「仕方ねぇな、じゃあ俺も一個しかない梅干しやるよ」


「こっちにも梅干しはあるんだよ!」


 守るように弁当を抱えて、テッシーは身を逸らした。

 おいおい、食事中だってのに騒がしいな。とんだマナー違反だぜ。

 そのことを指摘してやるとテッシーは渋面になって、


「ホント、いい性格してるよなミッキー」


「末代まで神として崇め奉れよ」


「僕の子孫にそんな業を背負わせないでくれる?」


「いや、お前だけでいいよ」


「誰が末代だ!!」


 そんな馬鹿話をしながら食事を続けていると、ふと、テッシーが言う。


「そういやさぁ、星華台の話、聞いた?」


 星華台と言えば、山の手の方の地名だ。

 だが話題の振り方から考えるにそちらではなく、


「星華台高校……っつーか、セーラー服の話か?」


「なんだ、知ってんじゃん」


 表情を少しつまらなそうなものに変えて、テッシーは言葉を続ける。


「痴漢の顔を剥いで返り討ちにしたって話だけどさぁ。

 警察が調べても、生徒にはサイバネ化してる奴なんていなかったらしいぜ」


「話が大袈裟になってるだけじゃねぇのか。

 女でも死物狂いで爪立てたら、顔の肉ぐらい削げるだろ」


「お食事中にそういうコト言うの、やめてくんない?」


 先にそういう話を始めたのはお前だろうに。

 食欲が失せてしまったのか、テッシーは残っているおかずを箸でつつきながら言う。


「ま、僕ぁ真偽はどうだっていいのさ。

 そういう奴がいたとしても、過剰かもしんないけど正当防衛じゃん?

 痴漢にざまあみろって思うだけで、僕が怯える必要もないしね」


 でも、と言葉を区切って。


「面白くないのは、面白がって噂してる連中だね。

 男に恨みのある女の犯行だとか、自殺した生徒の怨霊だとか。

 とにかくそういう、根も葉もない噂をしてる連中はどうかと思うよ」


「なんだ、テッシーにしては良識ぶった意見じゃねぇか」


「僕は女の子の味方だぜ?

 他校の女子でも、そういう噂話として消費されるのは不愉快じゃん。

 あとさー。合コンとかしても、空気読めない馬鹿がそういうこと話すんだよねぇ!」


 あ、本音はそこか。実にテッシーらしい身勝手さで安心した。

 噂話そのものはどうでもいいが、合コンの成功率に悪影響があるのは不愉快だってことか。

 ただ、こいつの話にはもう一つ疑問が残る。


「なあテッシー。お前、誰から聞いたんだ」


 こいつ友達少ないのに詳し過ぎやしないだろうか。

 問い質すと、テッシーは露骨に不機嫌そうな顔をした。


「誰って、姉だよ姉。はっ、まったく馬鹿げてるよね。

 もう大学生だっていうのに、こんな噂話に乗せられちゃってさ」


「あー……そっか、美雪さんか」


 会ったことは数えるほどしかないが、テッシーと違って普通の人だもんなぁ。

 どういう経緯で知ったのかはともかく、こういう噂話に怯えるぐらいには普通の人だ。


「それこそ噂通りなら襲われる心配もないクセ、怖がっちゃってさぁ。

 昨日なんか僕、駅まで迎えに行かされたんだぜ」


「相変わらず頭上がんないのな」


「だって怒ると怖いんだよーぅ!」


 知ってるデショー、と机をバンバン叩く。やめろ。

 睨みつけると、テッシーは身をぶるりと震わせて、それから目を輝かせた。


「なあミッキー。お前を男として見込んで」


「断る」


「まだ何も言ってないじゃん!? 最後まで聞けよ親友!」


「親……友……?」


「心底不思議そうにすんのやめてくんない?

 ほらミッキー、考え直せよ。お前が姉を守ってくれるなら、僕も安心だ。

 そう、お前になら姉を任せられる!」


「そりゃ頼まれたら、ボディーガードぐらいしてもいいけどよ。

 当人の意思を無視するのはダメだろっつーか、お前また怒られるぞ」


「うう、それは嫌だなぁ」


 こいつ骨の髄まで逆らえないようになってるな。

 ……しかし変だな。噂を聞いて怖がるのは、まだ納得できる。

 だけどわざわざ、テッシーを迎えに来させるってのは、ちょっと怖がり過ぎだ。


「テッシー。確認だけど、美雪さんから聞いた噂ってさっきので全部か?」


「うん? ああ、そうだけど。どうかした?」


「いや、それだけにしては美雪さん、怖がり過ぎてるなぁって」


「はっ。案外、自分が男に見えるとでも思ってるんじゃない、あの姉は」


 今度チクっておこう。

 うーん……それにしても、やっぱり違和感あるなぁ。

 美雪さんはテッシーに話していないだけで、別の噂も知っているのかもしれない。それが理由で怯えているのだとしたら納得できるし、弟には強がって核心を話すのを避けたとも考えられる。

 ……そもそも犯人は、もう何もしないと知っているわけだが。

 それを話すのは不義理だし、怖がっているだけなら我慢してもらおう。

 そう結論付けた俺は、もう食わないならくれよ、とテッシーの弁当を強奪した。


     ○


 放課後。雨の上がった街をスケボーで走りながら、俺は考えていた。

 悪事千里を走る、と言えばいいのだろうか。

 情報伝達の早い現代社会では当然かもしれないが、放課後にはもう、顔剥ぎセーラーと名付けられた怪人の都市伝説が広まっていた。

 かつて男に暴行された少女が、復讐のために夜な夜な街をさまよい、目を付けた男の顔を毟り取る――そんなろくでもない話で、モデルにされた彼女へ少し同情する。

 ……もう少し、首を突っ込んでおくべきだろうか。

 あれはきっと正当防衛なのだと思うが、妙な噂が立てば彼女も心中穏やかではないだろう。

 精神的に追い詰められて、何かしらの行動を起こす可能性は否定できない。


「んー…………」


 とはいえ、首を突っ込むにしても俺、あの子の名前も連絡先も知らないんだよな。

 待ち伏せすればまた会えるかもしれないが、流石に何度もやると警戒されそうで困る。

 噂には耳を立てておくとして、他にできそうなことは、星華台高校の様子を探るぐらいか。

 ……あまり気が進まないのだが、まあ、毒を食らわば皿までだ。

 俺はスケボーを止めて道の端に寄ると、表示ウィンドウを投影してグループチャットを開く。

 入るのはいつもの島チャンではなく、ゲオル部屋の方だ。

 きっとあいつなら、事情をぼかしても協力してくれるだろう。

 俺はメンバー一覧からツバメを選び、一対一の個人チャットを始めた。



【ガウス】

 おっす、もう学校終わった?


【ツバメ】

 終わったよー。っていうか、なんで個茶?


【ガウス】

 や、ゲオルと関係のない、個人的な用事があってさ。


【ツバメ】

 ふっ……あたしの魅力が、ガウス君を誘惑しちまったのね……。


【ガウス】

 寝言は墓の下で言えよ。


【ツバメ】

 永眠したら言えないんですけど!


【ガウス】

 まあ冗談はともかく、わりとマジな話。

 昨日、変質者が顔を毟られたって事件のこと、話してただろ?


【ツバメ】

 ああ、あれ? それがどうかしたの?


【ガウス】

 ぶっちゃけるけどうちの近所です。

 つーかお前、星華台の生徒だろ。


【ツバメの発言】

 ええー!? 待って待って、じゃあガウス君も!?


【ガウス】

 いや、俺は花屋敷の方。ってか、本題はそこじゃなくてな。

 あの話、こっちだと顔剥ぎセーラーなんて都市伝説になってるぜ。


【ツバメ】

 うわぁー……確かにインパクト強いけどさぁ。

 あたしとか、一般の生徒まで変な目で見られそうで嫌だなぁ。


【ガウス】

 このまま何も起こらなけりゃ、すぐに風化すると思うけどな。

 逆に言うと、何か起これば定着しちまいそうだけど。


【ツバメ】

 あ、つまりこういうこと?

 変なことにならないように、注意しろって。


【ガウス】

 それもあるが、俺も微妙に他人事じゃなくてさ。

 そっちの学校の空気とか、教えてもらえると助かるなって。


【ツバメ】

 ふーん……何か言えない事情とかある系?


【ガウス】

 いんや? ただまあ、俺が勝手にやってることだからなぁ。

 べらべらと吹聴すんのも、筋が違うよなって。


【ツバメ】

 そかそか。……ガウス君、これから時間ある?


【ガウス】

 帰ってゲオルしたい。


【ツバメ】

 本気か冗談か分からないけど、七割本気と見た!


【ガウス】

 おっと、一割足りないぜ。


【ツバメ】

 暇なのはよく分かった。

 じゃ、駅前の……ザウルスに来て。そこで詳しく話そ。


【ガウス】

 今、九割ぐらい帰ってゲオルしたいんだけど。


【ツバメ】

 来い。



 そういうことになってしまった。

 虫のいい話かもしれないが、できれば直接会うのは避けたかったんだよなぁ。

 ほら、リアルとネットは別っていうか、ネット上でのクールなガウス君と違って、リアルでは平凡な男子高校生の守屋幹弘だから、ちょっと恥ずかしいっていうか。

 とはいえ、こっちの事情に巻き込んだのも確かなのだし、逃げるわけにはいかない。

 俺はスケボーを起動して、待ち合わせ場所へと向かうことにした。


     ○


 恐竜も満足のビッグサイズ!

 そんな触れ込みで人気なのが、ザウルスバーガーというハンバーガーチェーン店だ。

 客層は男が多いものの、恐竜はいつだって子供に大人気なので、キッズメニューも充実。そのため家族客も利用することが多く、俺も小さい頃はおまけの玩具目当てに、ザウルスに行きたいと親にねだったものである。

 店内は時間帯的にも学生が多いが、大半はうちの学生だ。別に校区があるわけではないが、ここから一番近いのがうちの学校だからだろう。

 なので、店内を見回すと待ち合わせ相手はすぐに見つかった。

 窓際の席に座り、フライドポテトを摘んでいるセーラー服の少女。

 見た目の印象は、ゲオルでのツバメとそう変わらない。違いらしい違いと言えば、ショートボブの栗毛はゲームと違い、癖毛なのか外ハネが強かった。

 俺はその席に向かうと、トレイをテーブルに置き、向かい合わせに座った。


「よう。初めまして、ってのもおかしいか」


「だね。ええっと……名前、どうする?」


 問われて、ここまで生活圏が近いなら、隠しても面倒だなと考える。

 俺は星華台高校に親しい友人こそいないが、かつての同級生でそちらへ進学した者もいる。っていうか、ひょっとしたら中学や小学校は同じだった可能性まである。

 いずれにせよ、探せば共通の知り合いもいそうなので、ここは本名を明かしておこう。


「守屋幹弘、花屋敷の二年だ。まあ好きなように呼んでくれ」


「オッケー。じゃあ守屋先輩ね。

 あたしは神鳥朝陽。下の名前で呼んでくれた方が嬉しいかな」


「うぃうぃ、朝陽な。……ん? 先輩?」


 同年代だとは思っていたが、歳下だったのか。


「意外だった?」


「少しな。ってことは、クラレットも一年か」


「そうだよー。スピカちゃんとか、絶対に歳上だと思ってそうだけど」


「同級生だと分かっても、あいつは気にしないと思うけどな」


 あれだけ懐いてるんだから、年齢なんて些細なものだろう。

 つーかクラレットに懐いてるところを見て、姐御がちょっと寂しそうだったのが印象深い。でも母性とか包容力とか、そういう比較だと敵わないと思うので、もっと持ち味で勝負してもらいたい。

 そんなことを考えつつ、俺は話しながら食べようと思っていたバーガーの包みを開く。


「うっわ、ブロントバーガーじゃん。そんなの食べて平気なの?」


「平気、平気。男子高校生の胃袋を舐めるなよ」


 ブロントバーガー。ブロントサウルスに由来する、ビッグサイズのバーガーである。

 パティは牛肉をベースに、数種の鳥肉をブレンドしたこだわりの合い挽き肉。鳥肉はあえて粒感を残すことで、噛んだ時にプリっとした歯応えがあるのがたまらない。

 通常なら二段、もしくは三段にするところを、あえて極厚のパティで一段にして、その下にレタスを敷くこだわりも見逃せない。まるでブロントサウルスの巨大な足が、大地を踏み締めているかのようだ。

 俺はバーガーにかぶり付いてその味を堪能しつつ、朝陽に言う。


「そんでよ、詳しく話すってことだったけど。

 俺から話せることって、もう何もないぞ」


「えー? もうちょっとさ、なんかないの?

 差し障りのないことだけでいいからさー」


「だからチャットで言っただろ。俺が吹聴するのは筋が違う、って」


「むぅ……義理堅いって言うか、頑固だね先輩」


 まあ、否定はできない。

 そうすると決めたことを貫かないのは、どうにも半端で気持ちが悪い。

 それに、この件は俺自身の問題ではなく他人事だ。お節介にも首を突っ込んでいるだけで、当事者にはなっちゃいない。だから俺が話していいようなことは、もう何もないのだ。

 誰かの抱えているものを、他の誰かへ勝手に打ち明けるなんて真似、俺は嫌だ。

 例えば――仮に本人が、誰かに打ち明けたいと願い、苦しんでいたとしても。

 だったら尚更、それは本人の口から語られるべきだ。

 俺みたいな通りすがりが、勝手に背負っていい重荷ではない。

 ま、関わることで何か危険があるなら話は別だが、これはそういう話じゃないし。


「つーわけでそっちの話、聞かせてくれよ。

 星華台はどんな感じになってるんだ?」


「うーん。警察も聞き込みに来たし、ちょっとピリピリしてるかなー。

 けど、犯人探し? そういう流れには、今のところなってないよ」


「変質者に襲われた被害者、って感じで、同情気味だったりとか?」


「そんな感じでもないかな。

 うちの生徒にそんな人が本当にいるのか、まだ疑ってる人が多いよ」


 現実離れした出来事だからこそ、すぐには信じられないといったところか。

 しかし不幸中の幸いだったな。これで犯人探しのような、不穏な空気になっていたら最悪だった。

 俺としてはこの件を、さっさと風化させてしまいたいのだから。


「そんなら朝陽、悪いが一つ頼まれてくれないか」


「いいけど、内容次第かな」


「難しいこっちゃないさ。話を一つ、広めてくれたらいい。

 人間の顔の肉なんて柔らかいから、サイバネ化してなくても剥がせる、って」


 これが受け入れられれば、噂から異常性を消すことができる。

 あとに残るのは変質者が出た事実と、それを撃退した武勇伝だ。

 少なくとも本人にすれば、今より居心地が悪くなるということだけはないだろう。

 しかし朝陽は困ったような、呆れたような顔をしていた。


「……あのー。あたしにもイメージとか、そういうのあるんですよ先輩」


「お前が誰かのために汚れ役になれる、優しい奴だってことを、俺だけは覚えておくよ」


「優しい笑顔でクズなこと言ってるって自覚しよう?」


「ははは気にするなよ、俺は気にしてないぜ」


「最低だこの人……!」


 いやいやそんなことないよ、と言いつつポテトに指を伸ばして食べる。美味い。

 なんか睨まれたけど、ポテトなんて皆で共有して食べるべきだよ、きっとそうだよ。

 だが施しを受け続けるだけというのも悪いので、俺は食べかけのブロントバーガーを示した。


「食うか?」


「食うか!!」


 善意を断られてしょんぼりする。

 そんな俺を前にして、朝陽は重いため息を吐いて言った。


「やっぱりガウス君なんだなって、正しく理解できた気がする……」


「そりゃそうだろ、別人ってわけじゃないんだから」


「凄いよねタルさん。こんなのの飼い主ができてるんだもん」


「ああ、姐御は凄いよな。そこは完全に同意する」


 誇らしげに胸を張って笑うと、違うんだけどなぁ、と朝陽は小声でぼやいていた。

 どういうことか問い詰めてやろうかと思ったが、それよりも先に朝陽は言う。


「話戻すけど、顔の肉が柔らかいとか、そういうの広めるのは無理。

 それにあたし帰宅部だから、上級生には広まらないと思うんだよね」


「んー。じゃあそれはいいや。

 また何か、この件に関連してそうなことが起きたら、教えてくれよ」


「ん、そのぐらいならいいよ。

 けど守屋先輩、あたしからも一個、質問していい?」


 問いかけに頷きを返し、バーガーをかじる。

 朝陽は少し、意を決したように目に力を込めて、


「どうして先輩がそこまでするのか、教えてよ。

 そっちの動機は、先輩だけの事情でしょ?」


 ……これに答えないのも、やはり筋が通らない、と思う。

 だから俺はバーガーを咀嚼して、まだ口に残ってる、量が多い。ちょっと待って。

 数秒。一息を吐いて、俺は言う。


「俺自身でもよく分からん。細かい理由は、色々とあるんだが」


 例えば彼女は、もう繰り返さないと思ったから。

 例えば無責任な噂を、面白がって広める連中が気に食わないから。

 例えば噂を気にする誰かを、安堵させてやりたいから。

 一つ一つはどうでもいい、細かな理由が積み重なっている。

 だけど根本のところにあるのは、


「なんつーかな、俺が納得したいだけなんだよ。

 たまたま関わっただけで、俺が何かしなきゃいけない理由なんて何もない。

 けど、何もしなかったら俺は、納得できないと思うんだよな」


 そういうのはすっきりしないし、気持ちが悪い。

 だから俺はお節介にも、この件に首を突っ込んでいるのだ。


「勝手な人だねー、先輩は」


 柔らかな苦笑を浮かべて、朝陽は俺の顔を見た。

 その声に咎めるような色はなく、包み込むような温もりがあった。


「でも、うん。そういうことなら、あたしも手伝うよ。

 こんな先輩だけで何かするっていうのも、危なっかしいしさ」


「朝陽……」


 俺はポテトに指を伸ばした。


「ここで食い意地優先しないでくれる!?」


 手を叩かれた。痛い。

 でもよぅ、ポテト美味いじゃん。仕方ないじゃん。

 そんなこと言ってたら、ポテトの代わりにジュースを奢れと命じられてしまった。

 ちっ。逆らったりはしねぇが、覚えてやがれよ……!


     ○


 朝陽とはその後、しばらく雑談をして別れることになった。

 現状、俺達にできることと言えば噂の収集ぐらいしかない。その行為が噂を広める結果になれば本末転倒でもあるし、親しい友人からちょっと聞いてみるのが精一杯だろう。

 朝陽には学校の空気にも注意してもらうが、それこそ放課後では何もしようがない。

 ――というわけで、帰宅してゲオルである。

 今からログインしても微妙な時間なので、夕飯までは掲示板巡りでもして情報収集だ。


「おっ」


 書き込みを眺めていると、ラシアでクエストを見つけたという情報があった。

 教会の裏手にある墓地には墓守の爺さんがいて、彼に話すと墓に供える花が欲しいとぼやく。明確に依頼されたわけではないが、クエストウィンドウにも【墓守の願い】として表示されるようだ。

 気になる報酬は未判明だそうだが、どうも墓守が欲しがっているのはただの花ではなく、魂を慰める特別な花だとのこと。珍しいアイテムが必要なら、報酬も相応のものを期待してもいいのではないか、と掲示板では盛り上がっていた。

 なるほどなぁ。街のNPCから情報を得られそうな気もするし、ソロの時に調べておくのもいいかもしれない。

 なお、掲示板ではそこから、ネトゲにおけるクエストの要不要を問う話題に流れていた。

 なんだったかなぁ……何かのネトゲの開発者が、クエストとかのサイドコンテンツは究極的には不要だと話していた気がする。ユーザーはレベル上げとアイテム集めにしか興味がなく、サイドコンテンツは余計などころか、時としては邪魔ですらあるとかなんとか。

 まあ、分からないでもない。サイドコンテンツと称して退屈なミニゲームをやらされたり、長いクエストをこなして報酬が微妙だったりすると、やる気も萎えるというものだ。

 特にアップデートを重ねた長寿タイトルの中には、強くなろうと思ったらほぼ必須のサイドコンテンツがあることも珍しくなく、それに嫌気が差して辞めてしまうユーザーも無視できない数に上る。

 掲示板ではゲオルのクエストが少ないことから、運営はクエストをおまけみたいなものだと捉えているのではないか、なんて推測が話されている。

 余計なことをしない、つまり()()()()()()運営だと褒める意見もあれば、クエストはもっとあっていい、特に低レベル帯の装備を報酬とするクエストが必要だ、という意見もあった。

 このあたりは個人の好みの問題だよなぁ。

 俺としては低レベル帯でこそ、クエスト報酬で装備を渡されるのは興醒めもいいところだと思う。

 一つや二つならまあいいが、クエストをこなし続けるだけで装備が揃ってしまうと、やっぱり面白くない。どんな武器を買おうか、防具は何を優先しようか、ここは我慢して貯金しようか、なんて悩むのも、面白さの内だと思うからだ。

 低レベル帯のクエスト報酬で装備が揃うのは、初心者に優しいのかもしれない。

 しかしある意味では、楽しみを奪う優しくない行為ではないだろうか。

 だから俺は掲示板に、こう書き込んでおいた。


『素手でウルフ殴り殺してる支援型神官もいたから、低レベル帯でも装備なしで平気だって』


 掲示板の連中は「支援……?」と、言葉の意味と向き合い出した。

 実在を疑う声もあったが、いくつかの目撃証言がそれを封殺する。

 曰く、街中で戦士っぽいプレイヤーを撲殺してる神官を見た、と。

 ……うん。

 流石姐御だぜ! いつの間にか有名人じゃねぇか!

 あとでこれ見せたら面白そうなので、スクリーンショットを撮っておこう。

 そんなことをしていると、電脳にメッセージが届いた。

 カルガモかな? と思ってウィンドウに投影すると、差出人は知らない名前だった。

 表示されている名前は【城山メイ】……ひょっとして、と思いながらメッセージを開く。


【こんばんは。星華台の三年生で、城山メイといいます。

 今朝、少しだけ話しましたが、どうして私だと分かったのか、教えてください】


 む。差出人については予想通りだったが……そりゃそうか、そこは気になるよなぁ。

 別に確信があったわけではないのだが、あの時の俺にしか分からないことだろうし、伝えて安心させておこう。


【こんばんは。花屋敷の二年、守屋幹弘だ。

 あれは昨日の朝、すれ違った時に血の臭いがしたから、そうじゃないかと思っただけ】


【……そんなに臭いました?】


 あ。いかんいかん、誤解されてる。


【いや、そうじゃなくて。俺、鼻がいいんだよ。だから分かった】


 それに血の臭いはあくまで再現物とはいえ、ゲームで嫌ってほど嗅いでるしな。

 納得してくれたのか、城山さんからの返信はこんなものになっていた。


【じゃあ他の人にはバレてないんですね。

 あの、図々しいとは思いますが、他の人には話さないでもらえると助かります】


 ……この人、やっぱ悪い人って感じがしないな。

 今のところは特に問題ないし、約束してもいいだろう。


【そんな筋の通らないことはしないって約束しておくよ。

 事情を聞き出そうって気もないから、安心してくれ】


 それから二言三言、軽く会話をして、最後に城山さんはこんなメッセージを送ってきた。


【ありがとうございました。何かあれば、相談させてもらいます】


 信頼を勝ち取れたことに満足する一方で、ちょっと関わり過ぎたかなぁ、という気もする。

 ま、城山さんが何もしなけりゃ、何も問題はないんだ。気を揉む必要はないだろう。

 俺は彼女の電脳アドレスを連絡先に登録して、このまま何事もないことを祈る。

 本当なら気楽にゲームして遊びたいんだよ、俺は。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここまで不自然なほどに主人公の周りを女だらけにしたいならば素直にハーレムタグつければいいのに。
[気になる点] まだ読んでいる途中なので、序盤部分への質問になってしまうのですが、なぜ守屋幹弘は「血の匂いがする」というだけで城山メイが犯人だと思ったのでしょうか? 具体的に書くのは控えますが、相手が…
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