第七話 物語の客人
ラシアに戻った俺達は、ひとまずドロップアイテムを売却した。
駅馬車での出費があったとはいえ、ほんのり黒字といったところか。クサリヘビやソルジャースケルトンのドロップには鉄鉱石もあり、そちらは装備の素材になるので俺が引き取らせてもらった。
まだ全員の装備が揃っていないこともあり、売却金は各自にいくらか分配した上で、姐御がPT財産として一括管理する。現状での優先事項はまず俺の装備だが、鍛冶屋に鉄鉱石を持ち込めば解決するかもしれないので保留。ひとまずタンクであるスピカの防具を整えよう、ということになった。
と言っても、今日の収入ではちゃんとしたものを揃えられるほどではない。すぐに買い換える前提で青銅の胸当てと、バックラーを購入するに留まった。
買い換えると言っても、これならカルガモや姐御に使い回せるので経済的だ。つーか俺ら、背伸び狩りばっかしてるせいでレベルこそ上がってるけど、金は全然稼げてないんだよな。明日あたりは金策も兼ねて、ピラミッドの一階で延々と雑魚狩りをした方がいいのではなかろうか。
そんな相談を溜まり場に戻って行うと、概ね同意を得ることはできた。決め手となったのはスケルトンガンナーの脅威で、攻撃を受け止めた斧が一発で砕かれたのはまずいと、皆も思っていたようだ。
「盾代わりにしたのがいけなかっただけ、とは思うんですけどねー。
あそこ硬い敵も多いですし、ハンドアックスだと普通に壊れてたかもしれません」
姐御が口にした懸念は、俺だけでなくカルガモにも関わる問題だ。
ツバメなら武器がダメでも魔法を使えばいいが、俺らは何もできなくなってしまう。
それにハンドアックスが壊れたということは、同ランクの安い防具も被弾が嵩めば壊れてしまうかもしれない。そろそろ装備更新をしないと、戦えない時期に差しかかっているというわけだ。
「あと、スキルも考えないとダメかも」
やや沈んだ声でクラレットが言う。
落ち込んでいると言うよりは、思案しながら話しているからだろう。
「火属性だけだと、この先困りそうだから。
でも……どのスキルを取ったらいいのかな」
言いながらスキルウィンドウを投影し、俺達にも見えるようにする。
魔道士のスキルは大別すると五系統があり、地水火風の四属性魔法に、それらの補助となるパッシブスキルという形だ。
ジョブレベルは公式のプレイガイドによれば、五十が上限だ。特別なクエストを達成することでスキルポイントを得られるという説明もされていたが、そちらではあまり多くは手に入らないだろう。
そう考えると魔道士のスキルポイントはかなり厳しく、特化するなら一属性か二属性を扱うのが精一杯だと思われる。四属性全てを扱うことも可能だが、均等に伸ばすと半端な結果になるだろう。
「ふーむ。相性を考えれば、風属性かのぅ」
既に属性相性を暗記しているのか、カルガモが顎に手を当てて言う。
「火属性では水属性に相性が悪いが、それには風属性が有効じゃからな。
火を主軸にしつつ、欠点を補う形というのが無難じゃと思うが」
「そういうことでしたら、一通りの属性に手を出すのもいいかもですねー。
ボルト系だけ揃えて使い分ければ、とりあえず何が相手でも困りはしないかと」
特化を推すカルガモと、汎用性を推す姐御。
二人の好みの違いが現れた形だが、これはどちらも一長一短で、本当に好みの話だ。
火属性を主軸にするという方針は同じなので、どちらを選んでも困りはしないだろう。
しかしそこで、ツバメが第三の道を提示する。
「火属性とパッシブだけ極めて、火力でゴリ押しするのはどう?」
脳筋思考である。確かにパッシブスキルの中には、魔法の威力を上げるのもあるけどさ。
それはやめておけ、と俺は横から口を挟むことにした。
「火力特化はロマンだけど、それが有効なのって耐性とかないゲームだけだぜ。
他の属性も最低限は用意しておかないと、たぶん命取りになる」
何より戦闘中、できることがないのってつらいんだよな。
楽しく遊ぶんだったら、できることは増やしておいた方がいい。
そうして俺達の話を聞いていたクラレットは、やがて一つの結論を出した。
「折衷案、で行こうと思う」
「折衷案?」
オウム返しに尋ねると、うん、と頷いて。
「火属性を主軸にして、風属性も少し伸ばす。
残りの水属性と地属性もボルト系だけ取って、あとはパッシブ」
「なるほど。それなりの汎用性を確保しつつ、火力も伸ばす形じゃな」
「そう。PTで戦うなら、ガウスとカモさんもいるから。
苦手な敵が出たら、二人にも頼ればいいかなって」
信頼に溢れた言葉に、俺達――俺とカルガモと姐御は目を逸らした。
ごめんねクラレット。俺達、今までのネトゲ経験がその、仲間って即ち潜在的脅威だよね、みたいなものだったから。そこまで全幅の信頼を寄せるような発想、できなかったんだ。
怪訝そうにするクラレットへ、ハッとした俺達は慌ててわざとらしい笑顔を見せた。
「め、名案ですねー! 助け合い、実に素晴らしいと思いますっ」
「そうじゃな、うん! 俺なら毒属性も扱えるしの!」
「物理なら任せてくれよな!」
ハハハ、と朗らかに笑って仲の良さを演出。僕らは殺し合いなんてしないのだ。
すっげぇ不審そうな目を向けられたが、これ以上疑われる前に話を変えなければ。
「そうそう、ツバメはスキルどうするんだ!?」
「んえ、あたし?」
急に話を振られたツバメは、少し驚きながら、
「もうちょっとデバフ系を優先かなー。
そっちが揃ったら、白兵戦用のスキルにも手を出すつもり」
「ほう。ということは、ジョブレベルで言えば三十あたりが目安かの」
「そだね。けど先に取るだけ取って、感覚を掴んでおくのもありかなーって」
ああ、スキルエンハンスだってあるもんな。
いつ発現するか分からないし、スキルレベルを伸ばすのは後回しになるとしても、先に取っておくのはありかもしれない。
そんなことを考えていたら、ツバメは俺に向かって口を開いた。
「ガウス君は? スピカちゃんがいるし、もうタンク役はしなくていいと思うけど」
「あー。それなんだが、敵の数が多い場合なんかも考えると、多少はタンクできた方がいいんだよな」
挑発はもう伸ばさないつもりだが、防御系のスキルは敵を抱える時にも有効だし取っておきたい。
そういったことをぼんやりと考えてはいるのだが、じゃあ具体的にどうするかってのは、まだ考えてないんだよな。何せ今、未使用のスキルポイントが余ってるぐらいだし。
「直感とブレイクは最大まで伸ばしたんだが、次は何を取るべきか……」
俺もスキルウィンドウを投影しつつ、さてどうしたものかと考える。
将来的にはどうせ両手斧を装備することになるだろうし、盾系のスキルはいらねぇか。最大HPを伸ばすパッシブスキルのタフネスは取っておいて損はないと思うが、急ぐようなもんでもないし。
「これは?」
と、クラレットが一つのスキルを指差す。バーサクだ。
一定時間アクティブスキルを使えず、防御力も下がる代わりに攻撃力を上げるというもの。わりとよくあるスキルではあるんだが、どうしてそれを。俺を狂戦士か何かだと思っているのか。
「ガウス、避けたり受け止めたりするの得意だし、使いやすそうだけど」
「あ、はい」
ちゃんと俺を見ていてくれてありがとう。疑ってごめんなさい。
けど、その評価って直感――正確に言えば未来視も込みでの評価なんだよな。バーサク使用中も未来視を使えるのかどうか、それが問題だ。扱いとしてはパッシブスキルの筈だが、あれ特殊だからなぁ。
まあ最悪、スキルとして使えなくても、電脳をクロックアップすれば問題はないか。
そう考えると悪くなさそうだし、とりあえず取得しておこう。
こんな感じで各自のスキルについてあれこれ話して、じゃあそろそろ今日は解散しようかという流れになったところで、姐御が流れをぶった切って口を開いた。
「連絡手段がゲーム内だけって、不便だと思いませんかー?」
おっと、これはあれか。俺らが普段使ってる、グループチャットのお誘いか。
姐御はウィンドウを投影し、そこにわざわざ用意したスクリーンショットを投影する。俺らには見慣れたグループチャットの画面だ。
「私達はこういうの使ってまして、あると便利なんですよー」
仕組みとしては誰かがグループを作り、そこにメンバーとして参加するだけで会話できる。人数が多かったり、何かしらの用途がある場合、グループ内に複数のチャンネルを作ることで対応すればいい。
昨今のゲーマーならソロ専門でもない限り、こういったツールを使っていることが多い。ちょっとした面子集めや予定の相談に便利だし、ネットだけの付き合いの相手にリアルの連絡先を伝えなくて済む。参加者同士であれば個人宛てのメッセージを送ることもできるので、そういうところも便利だ。
そういった利便性を姐御が説明すると、クラレットとスピカはじゃあ導入してみようと同意。ツバメは既に導入済みらしいので、やっぱりゲーマーなんだなぁと思わせられる。
そんなわけで導入法を説明したところで、実際にグループを用意して、そちらで話してみようということになり、俺達はログアウトした。
○
【ガウスさんがゲオル部屋に参加しました】
【カルガモさんがゲオル部屋に参加しました】
【ツバメさんがゲオル部屋に参加しました】
【タルタル@ゲオル始めましたの発言】
いらっしゃいませー!
【双龍さんがゲオル部屋に参加しました】
【ガウスの発言】
ナチュラルに来たなロンさん!?
【双龍の発言】
タルタルさんからメッセージが届いたのでね。
ゲオルは露店放置しているし、問題ないのだよ。
【ツバメの発言】
よろしくー。
ロンロンさん、商人になれたんだね。
【双龍の発言】
む……ああ、まだレベルは低いがね。
しかしお嬢さん、私は双龍であって、ロンロンではないのだが。
【ツバメの発言】
あ、ごめん。カモっちがそう呼んでたから、つい。
【双龍の発言】
そうだろうとも。まったくあの害鳥は度し難いな!
ああ、君は気にしなくともいい。不運にも悪影響を受けてしまっただけなのだから。
【ガウスからツバメへの秘密発言】
超意訳すると、ロンロンと呼んでいいって言ってる。
ロンさん変なところで紳士だから、女がそう呼ぶのは許すんだよ。
男だとキレるけど、「ロンさん」なら許容する。
【ツバメからガウスへの秘密発言】
ライン分かり難いよこの人! 面白いけど!
【ツバメの発言】
じゃあロンロン、こっちでもよろしくね!
【双龍の発言】
ああ、よろしく頼む。
ゲオルでも、何かアイテムで相談があれば気軽に話してくれたまえ。
【カルガモの発言】
クックドゥードゥルドゥー。
【双龍の発言】
カモがそんな鳴き方をするか! それは鶏だ!!
いや、それならそれで、コケコッコーと鳴けばいいだろう!?
本当に度し難い奴だな貴様は! ええ!!
【カルガモの発言】
超ウケるんじゃが。
【双龍の発言】
私は不愉快極まりないのだがね……!
【クラレットさんがゲオル部屋に参加しました】
【双龍の発言】
やあ、ようこそお嬢さん。
【タルタル@ゲオル始めましたの発言】
テンションの落差凄いですよこの人。
【ガウスの発言】
つーかこれ通報案件じゃね?
【双龍の発言】
待ちたまえ、私にやましいところはない。
そもそも挨拶をするのは人として当然の礼儀ではないのかね?
【クラレットの発言】
ええっと、よろしく。
【タルタル@ゲオル始めましたの発言】
はい、よろしくー。
これであとは、スピカさんだけですねー。
【双龍の発言】
む? またPTメンバーが増えたのかね?
【ガウスの発言】
おう、俺の妹。
【双龍の発言】
実在したのか……。
【ガウスの発言】
あんた男相手だと結構無礼なのどうかと思うぞ。
【双龍の発言】
ふっ。私は女性にモテたいのであって、男はどうでもいいのだ。
【ツバメの発言】
そういうこと言うとモテないと思うよ。
【双龍の発言】
!?
【カルガモの発言】
これじゃから童貞は……。
【双龍の発言】
名誉毀損で訴えるぞ貴様!!
【ガウスの発言】
なあロンさん。今の、女の前で下ネタやめろって怒るとこだよ。
【タルタル@ゲオル始めましたの発言】
そういうところですよロンさん。本当にそういうところ。
【カルガモの発言】
うむ。まあ俺もうっかりしておった。
俺に釣られただけじゃし、どうかこの素人童貞を許してやってくれ。
【双龍の発言】
私も悪かったと反省するが、キレてもいいのではないか?
【奈苗さんがゲオル部屋に参加しました】
【ガウスの発言】
だからお前さぁー!?
【奈苗の発言】
え、あれ。なんかおかしい?
【ガウスの発言】
名前!! 本名じゃなくてハンドルネーム入力しろよ!!
【奈苗の発言】
あっ。
【奈苗さんが名前を変更しました】(奈苗→スピカ)
【スピカの発言】
よろしくねー!
【双龍の発言】
……今、凄いものを見た気がするのだが。
【カルガモの発言】
見なかったことにしてやれ。マジで。
【タルタル@ゲオル始めましたの発言】
ま、まあ、ネットに不慣れだと、やっちゃう人もいますしー。
【ガウスの発言】
俺、もう不貞寝していい?
【クラレットの発言】
お疲れさま、ガウス。おやすみなさい。
【ガウスの発言】
いやまだ寝ないけどね!? 放置して行くのは怖ぇよ!
【ツバメの発言】
お兄ちゃんも大変だにゃー。
【スピカの発言】
兄ちゃん、私ちょっと眠い。
【ガウスの発言】
末っ子は自由でいいよなぁ……!
【クラレットからガウスへの秘密発言】
使い方、これで合ってるかな。
ガウス、スピカちゃんのこと、大丈夫?
【ガウスからクラレットへの秘密発言】
あー、うん。ネット初心者なの忘れてた俺も悪いから。
また明日にでもちゃんと教えておくよ。
【タルタル@ゲオル始めましたの発言】
ちょっとカオスになっちゃいましたけどー。
とりあえずここで、何かあれば連絡や相談していきましょう。
とまあ、こんな感じでゲオル部屋が作られた。
ここもいつか、もっと賑やかになったりするんだろう。
その日を少し楽しみにしながら、俺は不貞寝した。
○
朝から霧のように細い雨が降っていた。
雲は日光を遮るほどでもなく、雨粒は光に透けてミルク色をしていた。
いつもより早く起床した俺は、昨日よりも少し早い時間に家を出た。
奈苗は朝練がないらしく、俺が家を出る時にやっと起きてきたところだった。
一人、雨の街をスケボーに乗って走る。
街の空気がどこか険しいのは、例の顔を毟られたという変質者のせいだろう。
今朝、親父は変質者が捕まったと安堵していたが、それは詳細を知らないからだ。まだ噂話と呼べるほどにもなっていないが、顔を毟られたという事実は、静かに広まっている。
それを信じる者、信じない者、怯える者、強気に振る舞う者……十人十色ではあるが、知ってしまった以上、無視することはできない。
街の空気は、知ってしまった者達が作り上げた警戒の空気だった。
「――よ、っと」
道の途中でスケボーを止めて、道端に立つ。
我ながらどうかしているとは思うのだが、俺も知ってしまった以上、無視はできないわけで。
時折、道行く人が俺に胡乱な目を向けるが、すぐに興味を失う。どうせ電脳の操作でもしているんだろうと、俺の存在を風景の一部に変えてしまう。
実際には何もせず、ただ待っているだけ。
危険性を思えば、誰かと連絡を取り合っておくべきなのかもしれないが、そうする気にはなれなかった。
別に正義感で動いているわけでもない。たまたま俺が知ってしまったから、これは俺の片付けることなんだろう、と思っているだけ。そこへ他人を巻き込むのは、いかにも筋が違う。
そんなことをつらつらと考えていると、道の先から一人の少女がやって来る。
昨日も見かけた、スケボーに乗ったセーラー服の少女。
仄かに血臭を漂わせていた、あの少女だ。
俺は彼女の進路を塞ぐように前に出て、ゆっくりと腕を広げた。
彼女の意思とは関係なく、スケボーの安全装置が速度を落とし、やがて完全に停止した。
「――――――」
少女が俺を見る。
黒髪を肩口で切り揃えた、どちらかと言えば古風な佇まいの少女だ。
その目は怪我をした野良猫のように、警戒心に満ちていた。
「――あんた、だよな?」
問いかけの言葉に、その肩が小さく震えた。
彼女は息を吸い、音が鳴るほど強く拳を握って、目を逸らすことなく言う。
「だったら?」
喉が乾く。
馬鹿野郎、何やってんだ。守屋幹弘は普通の人間だろう。
そう罵る本能を黙らせて、俺は絶対に確認しなければならないことを問う。
「一つだけ聞かせてくれ。――繰り返す気か?」
「そんなわけないッ!」
怒りの込められた叫びに、思わず身が竦んでしまう。
彼女の目が潤んでいたのは、感情の昂ぶりだけが理由ではないのだろう。
望まぬことをして――後悔や嫌悪を覚えているのだと、その瞳が物語っていた。
「分かった。だったらいいや」
俺が知りたかったのはそれだけだ。
この件は不幸な事故みたいなもので、もう同じことは起こらない。
嘘をついているようにも思えないし、信じてもいいだろう。
「時間を取らせて悪かったな。じゃ、俺はこれで」
「えっ……」
拍子抜けしたのか、少女は戸惑ったような声を洩らす。
立ち去ろうと自分のスケボーに足をかけたところで、彼女は言う。
「……君は?」
多くの意味を含んだ問いかけ。
どう答えたものか……正直に答えたところで、納得してくれるかどうか。
判断に迷い、俺は電脳による近距離用の通信を利用して、目の前の彼女へ電脳アドレスを送る。
「守屋幹弘。まあなんだ、特に用はないと思うけど。
もしも何か困ったことがあれば、相談にぐらいは乗るぞ」
一方的に告げてスケボーを走らせる。
俺は彼女の物語に立ち寄っただけの客人で、関わりのない人間だ。
これから先、何も起こらないとは思うが、何かあっても関係はない。
だから、これだけでいい。
手を伸ばされたら、掴んでやるだけの縁は結べた。
極端な話、彼女の意思だってどうでもいいことなのだ。
俺は自分が納得できれば、それでいいのだから。
学校では密かに噂話が広まり始めていた。
顔剥ぎセーラーと名付けられた、怪人の都市伝説が。