第六話 わくわくピラミッド大冒険
「ゾンビと言っても色々とあるんじゃが……原典はブードゥー教のゾンビじゃな」
休憩中、雑談をしていたら流れでカルガモのご高説が始まった。
今回のテーマはゾンビ。ちなみにカルガモ先生はゾンビ映画が大好きだし、サメ映画も大好きだ。
「これは現在の一般的なイメージであるゾンビとは、少し違っての。
ブードゥー教の司祭が死体から魂を抜き、その体を意思のない奴隷として使役するんじゃよ。
実際にはゾンビパウダーという薬物で、生きた人間を廃人にしておったらしいがの」
「……ん? ってことは、死体じゃねぇのか?」
「うむ。建前としては死体を操っておるがの。
諸説あるが、主流なのは刑罰としてのゾンビ化。つまり社会的な死を目的としておったわけじゃ。
また、勝手に発生したり、増えたりするものでもなかったんじゃよ」
そこでカルガモは、さて、と言葉を区切って皆の顔を見た。
ここまでの話が理解されているか、確認するように間を置いて、
「ゾンビと言えば映画じゃが、様々な作品が作られる中、ゾンビは生きた死体――リビングデッドとして描かれるようになったんじゃよ。
人を襲い、殺された者もゾンビとなる……そうしたゾンビじゃな。
創作におけるゾンビの大半は、この映画ゾンビが元になっておると言っても過言ではあるまい」
「じゃあここのゾンビも、そっち系ってことかな?」
小首を傾げて問うツバメに、カルガモは頷きを返す。
「そうじゃな。ゾンビ化する理由は作品によって様々ではあるが……。
まあファンタジー作品の場合、未練や憎悪が原因じゃったりすることが多いかのぅ。
あとは魔法で生み出したとか、土地の魔力が悪さしたとか、そういうパターンじゃな」
「ここは怨念系でしょうかねー」
姐御が思い出したように言う。
「王族の怨念がモンスターをおびき寄せている、という話でしたから。
それが元になっているんじゃないですかねー」
「盗掘者対策に、兵士や民を殉死させてゾンビ化した、なんて線もあるがのぅ」
シニカルな笑みを見せて言うカルガモに、姐御は少し不機嫌そうな顔を見せた。
それは話の内容が不快だからというよりかは、悪趣味だが否定できないからだろう。
結局のところ、ゾンビにしろスケルトンにしろ、材料が必要になるわけで。ゲーム的には枯渇することのない資源でもあるが、設定面ではまず死体を用意しなけりゃ話にならないのだ。
「カモっち、言わなくていいことまで言っちゃうとこあるよね」
「おいおい、心外じゃな。映画じゃともっと悪趣味な話はいくらでもあるぞい?
例えばそうじゃな、ある映画では死んだ我が子をゾンビとして生き返らせ――」
「――やめよう、カモさん」
生き生きとした様子で語るカルガモを、クラレットが硬い声で遮った。
……ははーん。ひょっとするとこれは。
俺とカルガモは視線を交わし、互いに頷きを一つ。
「ところで話変わるけど、ここってゴースト系のモンスターも出んのかな?」
「さて、どうじゃろうな。見つけるには神官スキルの、霊体看破が必要そうじゃが。
気付いておらんだけで、今もここに……」
「やめよう、そういう話。ね」
「……なあ。さっきから変な声が聞こえないか?」
「風の音かと思っておったが、まるですすり泣くような……」
「…………!!」
ついに抗議の声ではなく、実力行使に出たクラレットが俺の脇腹を叩く。おいやめろ、肝臓は殴るな。
しかし思った通り、クラレットはホラーが苦手か。ただゾンビとかに怯えている様子はなかったし、ゲームのモンスターとして見る分には平気なんだろう。都市伝説の話題も平気そうだったし、ホラー全般と言うよりは、典型的な怪談のようなものが苦手なタイプか。
この弱点はいつか利用できそうだな、と深く心に刻み込んでおく。
「兄ちゃん、兄ちゃん! なんで叩かれながら微笑んでんの? ……変態?」
「待て、違う。そうじゃないんだ」
言い訳しながら隣のクラレットをちらりと見る。心なしか距離が空いていた。
いやいや待ってくれ、誤解だよ。俺にはアブノーマルな性癖なんてたぶん一つもないし、変態ではないよ。いや、絶対にないと言い切れないのは可能性の問題で、ひょっとしたらまだ出会っていないだけ――言い換えれば目覚めていないだけかもしれないが、現時点では健全な高校生男子だぜ、と目で語る。
迫真の眼力を浴びたクラレットは、うん、と小さく頷き、
「タルタルさん、ガウスが何か求めてるんだけど」
「その子は痛くないと調子悪いとか言っちゃう変態さんですからー。
たぶんもっと叩いて欲しいんだと思いますよ?」
それは確かに事実だけど悪意のある解釈やめてくんない!?
ほら見ろよ、スピカのお兄様を見る目にも軽蔑の色が――特にねぇわ。信じてないとかじゃなくて、ただ納得してるわ。痛くないと調子悪いのは肉体の話であって、心の痛みが普通につらい。
どんな言い訳をしようか考えていると、ツバメが口を開いた。
「なんかタルさんより、クラレットの方が飼い主っぽいような……」
「あぁ? 馬鹿言っちゃいけねぇよ、俺の飼い主は姐御だけだぜ。なあ?」
同意を求めて顔を向けると、姐御は困惑したように曖昧な笑みを浮かべていた。
おいおい、どうにも煮え切らない態度じゃねぇか。俺みたいな可愛いペット、最高だろう?
「あのですねー、ガウス君。その、ほら」
目線が何かを訴えている。
はて、とその先に目を向けるとスピカがいるわけで。
………………。
「休憩はもう充分だろ。探索を再開しようぜ」
「待って兄ちゃん、力技! 誤魔化し切れてないよ!?」
「いいかいスピカ。この世にはまだ、お前が知るべきでない世界があるんだよ」
「兄ちゃんそんなトコに首まで浸かってる気がするけどいいの!?」
「……もう手遅れじゃからなぁ」
他人事のように言ってるけど、お前も姐御が飼い主だろ。援護しろよ。
ともあれ、食い下がるスピカを笑って誤魔化し、探索を再開することになった。誤魔化せているわけないのだが、笑顔を貫けば会話を拒絶することが可能なのである。これぞ対人術の奥義が一、笑顔の魔法である。
そんなわけで探索だが、ひとまずマッピング済みのどこかへ戻ろう、ということに。ゾンビランナーに追われて滅茶苦茶に移動してしまったが、記憶を頼りに相談しつつ戻って行く。
途中、少し迷いもしたが、無事にゾンビランナーと遭遇した地点まで戻ることに成功した。
「ここがあたし達の、出会った場所なんだね……」
「ロマンチックに言わないでよ」
妙なことを言い出すツバメに、辟易とした様子でツッコミを入れるクラレット。
別に間違っているわけではないが、思い出の地とするのは俺もお断りだ。
「とりあえず、ここから再出発ですねー。
スピカさん、また案内をお願いしますー」
「うん、任せて!」
意気揚々と案内を始めるスピカは、誰かに頼られることが嬉しいのだろう。
その気質はタンク向きだと安堵する反面、こいつ結構ちょろいのではないかと、兄としては心配になる。今のところは自分自身の色恋に興味はなさそうだが、もし変な男にでも引っかけられたら……。
殺意の波動を立ち昇らせていると、それに気づいたクラレットが少し腰を曲げて、上目遣いで言う。
「意外と心配性?」
「……お前もこういうの、意外と察しがいいよな」
わりとマイペースな感じっぽいけど、見るべきところは見ているというか。
指摘に小さく笑ったクラレットは、声を落としてささやいた。
「見落とすと、取りこぼしそうだから」
相変わらずの今ひとつ足りない言葉。
けれど、だからこそ取りこぼすことのない、必要最低限なのだろう。
真意を把握するのには慣れが必要かもしれないが、伝えるべきものを伝えようと努めている。
彼女のそんな在り方は――どこか影があると、そう思ってしまったのは気のせいだろうか。
……だからといって、詮索するような真似はしない。
それこそ必要だと思ったのなら、彼女は自分からそのことを打ち明けるだろう。
俺は一人の友人として、その時をぼんやりと考えておけばいいだけだ。
だから俺は曖昧に笑って、そうか、とだけ答える。
それを気にせずクラレットも、うん、とだけ頷いた。
――――そして尻に激痛が走った。
「あっだぁぁぁ!?」
「ガウス!?」
突然のことに驚くクラレット。気づいた他の面々も何事かと俺を見た。
つーか何事かは俺が知りてぇ! ちょ、痛い痛い! あと重い!? 何か刺さってないこれ!?
「ガウス、尻じゃ! 噛まれとるぞ!」
「――――っ!」
カルガモの声に応じて、右手で尻に噛み付いているらしい何かを打ち払う。
ぐっ……離れたみたいだが、衝撃で尻を抉られた……!
ええい、気にするのは後回しだ! 俺は尻に噛み付きやがった無礼者へと目を向ける。
通路の床には、払い落とされたらしい一本の鎖があった。
否。それは金属製の円筒が連なるモンスターだ。
表示される名称は【クサリヘビ】――って生物じゃなくてメカかよ!?
「こんにゃろう!」
踏み潰してやろうと足を落とすが、素早く地を這って避けられる。
その動きはまさしくヘビそのもの。滑らかに各部が動き、今更のようにジャラリと音を立てた。
「――バインド!」
侮れぬ強敵と見て取ったか、ツバメが動作阻害の魔法を放つ。
鎖が鎖を拘束するという奇妙な光景。だが動きが鈍ったのなら、もう慌てることもない。
再び踏み付けてやろうとしたが、そこで視界が歪み、地に膝を着いてしまう。
何だ、と思うと同時、視界の右端にアイコンが表示される。毒だ。
俺の不調に気付いたカルガモが、代わりとばかりに前へ出る。短剣では相手をし難いだろうと、その進路へトスの要領で斧を放ると、空中でキャッチしたそれを勢いのままに振り下ろした。
叩き付けられた斧は、耳障りな鋼音を響かせる。
原因は筋力か、それとも武器の攻撃力か。あるいはその両方か。一撃では仕留めるに至らず、カルガモはさらに斧を振り被ったが、そこでクサリヘビはバインドの拘束から脱した。
「嘘、レジストされた!?」
時間経過による解除とは違う結果に、ツバメが驚きの声を上げる。
バインドから脱することで得られた速度は、意図せずして動作に緩急を生み、カルガモの想定を上回る。跳ね上がって噛み付こうとするクサリヘビを、咄嗟に手で払い除けようとするものの、その手首に噛み付かれてしまっていた。
「ぬぅ……! じゃが甘いわ!!」
一撃で仕留められなければ反撃するのは、プレイヤーだって同じことだ。
カルガモは斧を捨て、右手でクサリヘビの腹を掴む。で、そっからどうすんの?
これが普通のヘビなら捻じ切るとか、振り回して叩き付けるとか、そういう手もあるんだが。あいにくと金属製である以上、そんなものでは大したダメージにもならないだろう。
困り顔のカルガモはクサリヘビをクラレットに向けて、
「これ、焼けるかのぅ?」
だったら試せばいいじゃんとばかりに、クラレットはファイアーボルトを撃った。
魔力制御のおかげでカルガモにダメージは入らない筈だが、
「あっつ!?」
そりゃ金属を熱したら熱くなるよね。
放り投げられたクサリヘビは、そのまま宙で光の粒子となって消滅する。どうにか倒せたようだが、あそこまで物理に硬い相手ってのは困った話だ。
やっぱりそろそろ、俺の武器も新調するべきだよなぁ……。
それから俺とカルガモは姐御にヒールで回復してもらうが、毒はどうにもならないので自然回復を待つことにする。持続的なHPの減少――スリップダメージもあるようだが、これはそんなに大きくない。問題なのは酩酊したような感覚の不調で、このゲームにおける毒は行動阻害系らしかった。
「姐御ー。バステ回復のスキルとかないのー?」
「うーん。あるにはあるんですけど、先にヒールとプロテクションを育てたいんですよねー。
その次は霊体看破も欲しいですから、後回しになりそうです」
確かに神官としては、そちらを優先したいか。
毒なら最悪、解毒剤か何かを道具屋で買っておけば対処はできるだろうし、出費にさえ目を瞑ればバステ回復スキルは不要とまで言える。ただし毒に限定した場合なので、流石に不要ではないと思うが。
そんな話をしていると、クサリヘビのドロップアイテムを回収したクラレットが、
「――うわぁ」
と、呆れの混じった驚きの声を上げていた。
何だ何だと顔を向ければ、彼女はアイテムウィンドウを投影し、俺達にもそれを見せた。
クサリヘビの毒。表示名はそれだけだが、見た目は銀色の液体だった。
「水銀じゃねぇか!!」
「始皇帝の気分が味わえたのぅ……」
ああ、始皇帝ってたしか、不死を求めて水銀入りの薬を飲んでたんだっけ?
金属光沢を放つ液体という見た目は確かに神秘的だが、マジ猛毒なので飲んではいけない。
「っていうかさー。なんでメカなの?」
落ち着いたところで、不思議そうにツバメが言った。
皆の視線は自然とカルガモに向けられるが、奴は苦笑を浮かべた。
「流石に分からんよ。クラマットの王朝と関係がありそうではあるがの」
推測だがと前置きして、
「自然発生するとは思えんし、人の手で作られたものであるのは間違いなかろう。
ラシア――セルビオス王国の首都には、いかにもな機械はなかったじゃろ?
ならばあれを作ったのは、異なる発展を遂げた文明じゃよ」
「それがクラマットの王朝ってわけか」
「うむ。しかしあくまでも推測じゃよ。
もっと遥か昔、謎の古代文明が自己増殖する機械生命体を作った可能性もある」
それは流石にSF過ぎると思うがなぁ。
いや、クサリヘビ単体だけでも、結構なSFである気もするが。
そんな話題を続けていると、ふと、姐御がいかにも名案といった面持ちで切り出した。
「他にどんなモンスターがいるか、見てみたいと思いませんかー?」
俺知ってる。好奇心は猫を殺すってやつだ。
しかしゾンビランナーにクサリヘビ。このダンジョンは開発スタッフの遊び心が炸裂していると言っても過言ではないだろうし、違う階層に行けばもっとキワモノやイロモノが出るに違いない。
それがまったく気にならない奴なんて、我がPTには存在しないのだった。
○
鋼鉄の骨格を持ち、露骨なモーター音を鳴らして動くソルジャースケルトン。
投槍で武装し、美しいフォームからそれを投げるゾンビランサー。
何故かオーソドックスに仕上げられたミイラ男のマミー。
ピラミッドの二階に上がった俺達を待ち受けていたのは、そんな個性豊かなアンデッド達だった。
どいつもこいつも強敵ではあったが、少数なら倒せなくはないといったところ。あと一階の敵もスケルトン以外は全部出る。ゾンビランナーだけは相変わらず怖い。
二階の構造は外周部が一階と同様の入り組んだ通路になっていたが、内側は広い部屋がいくつも並ぶ形になっていた。それらの部屋の天井は見えないほどに高く、おそらく上の階では吹き抜けになっているのだろう。
各部屋には結構な数のモンスターがいるため、殲滅できるなら美味しい狩り場になるだろう。しかし今の俺達にはそこまでの実力はないため、基本的に部屋は駆け抜けるだけとなった。
そうしていくつかの部屋を抜け、また外周部の通路に戻ったところで、姐御が口を開いた。
「さっきソルジャースケルトンに試してみたんですけど。
あれ、ちゃんとヒールでダメージ通ってましたから、分類上はアンデッドみたいですねー」
おや、そんなことをしていたのか。
姐御の言葉に疑問を覚えたのか、ツバメが首を傾げて言う。
「それってメカだけど生きてるってこと?
アンデッドだから、変な感じになっちゃうけど」
「ですねー。表現としては微妙かもですが、あえて生きていると言いましょうかー。
ああ見えてメカではなく、生きた存在として設定されているようです」
「ふーむ。ただの人工物ではなく、魂を持っておるということかの」
何か納得したように頷き、カルガモはさらに言葉を続けた。
「思うにあれは、ゴーレムのようなものではないかの?
作品によって設定はまちまちじゃが、あれは動くのに死者の魂を用いておるんじゃろう。
じゃからこそ分類上はアンデッドとなり、ヒールでもダメージが通る、と」
「けどよぅ、カルガモ。クサリヘビはどうなんだ?」
「昔から一寸の虫にも五分の魂と言うじゃろう?
そうした小さな魂を入れて動かしておるのではないかの」
なるほど、なるほど。
俺はわざとらしく頷いて、だけど、と続けた。
「あいつ直感に反応しねぇんだよな。ソルスケはちゃんと反応するんだけど。
その差が何かって考えたら、生き物かどうかってことだと思うんだよ」
だからクサリヘビは魂を持たないのではないか。
そのことを告げると、カルガモはいやに自信満々な様子で笑った。
「それは蛇の特性の問題じゃな。蛇は脱皮を繰り返すじゃろう?
その生態は古今東西、不死性の象徴ともされておったのよ。
しかし脱皮によって捨てられた皮は、ある種の死骸であるとも言えよう。
故に蛇とは不死の肉体を、死で覆い隠した存在であるわけじゃな。
おぬしの直感に反応しなかったのも、死の気配によって隠されておったからじゃろう」
こいつ、ちょっと不利な証言が出たからって、堂々とホラを吹きやがった……!
部分部分では納得できなくもないが、流石にその理屈には無理がある。
皆も半目になってカルガモを見るが、当人は下手くそな口笛を吹いて誤魔化していた。
「そっかぁ……カモっち、物知りだけど信じちゃいけないんだね……」
ツバメがしみじみと言う。
確かに今までは大人しかったが、こういったホラ話こそがカルガモの真骨頂である。ご高説を垂れる時はそれなりに信用できるのだが、油断しているとそこにもホラが混じるので要注意だ。
なおスピカだけは困惑していたが、ホラ話の途中で理解が追い着かなかったものと思われる。
「ま、クサリヘビはともかく、これからどうする?
もっと上に行ってもいいけど、ラインナップの方向性は分かったし」
今後の方針を尋ねると、やはり最初に返事をしたのは姐御だった。
姐御は少し迷う素振り見せて、
「個人的にはもっと上に行ってみたいですねー。
狩りを中心にするなら、一階の方がよさそうですけど……」
間を持たせて、皆はどう思うかを視線で問いかける。
俺としてはどっちでもいいが、強いて言うなら狩りをしたい。斧を新調したいのだ。
他はクラレットとツバメが姐御に賛同。スピカは深く考えずクラレットに追従した。
そしてホラ吹き害鳥は、ボスが見たいとかほざき出した。
「いや、絶対に殺されるとは分かっておるんじゃよ?
しかしここのボスじゃぞ。どんなキワモノか、見てみたいとは思わんか」
「超見たい」
そういうことになった。
特殊な出現条件が存在する可能性も否定できないが、しかしダンジョンボスなんてのは基本、時間湧きだ。現状、倒せるプレイヤーはいないだろうし、出現エリアに行けば元気に徘徊しているだろう。
俺達は目的をボス見学ツアーに変更し、スピカの案内に従って移動を再開した。
天井の煤を見て正しい順路を探るのはまだ有効で、二階は外周部の通路をぐるりと回る形になっていた。
そうして到着した三階だが――俺達はその光景に、思わず言葉を失った。
二階の外周部に当たる箇所は、幅の広い回廊となっている。問題はその内側――吹き抜けになっていることは分かっていたが、ほとんど柱もなく、広大な空間だけが広がっていた。
僅かに見える梁のような細い通路は、二階にあった部屋の壁を利用したものだろう。とにかくここには落下を防ぐような壁はなく、一階や二階と違い、地形こそが最大の脅威となっている。
「これはー……落ちたら死んじゃいそうですねー」
やや引きつった笑顔で姐御が言うように、うっかり落ちれば死は免れないだろう。
仮に生き残ったとしても、ダンジョンで孤立すれば死んだも同然だ。
「敵に遭遇しても駆け抜けたりせず、慎重に対処した方がいいじゃろうな」
「だなぁ。それにこうも見晴らしがいいと、逃げ場もないし」
これでは駆け抜けた先で他のモンスターと遭遇するのがオチだろう。
俺達は合言葉のように安全第一と唱え、隊列をしっかりと組み直して移動を始める。
少し進んだところで、ソルジャースケルトン四体の集団と遭遇。モーター音を唸らせて襲いかかるソルスケどもを、俺とカルガモでブロック。単純な打撃しかしてこないように見えて、その拳の重さが不意に跳ね上がることもある。おそらくは格闘家あたりのスキルでも使っているのだろう。
手数も多く、下手に反撃しようとすれば隙を突かれてカウンターを食らってしまう。とにかく防御と回避に徹して、攻撃はクラレットの魔法に頼るのが無難だ。
しかし戦闘中、後ろからマミーが二体出現する。何気にレベルの上がっているスピカではあるが、それでも引き受けられるのは一体が限度だ。
姐御も回復に手一杯なため、残るもう一体のマミーはツバメが引き受ける。スキル的にもステータス的にもまだ前衛としては頼りないが、バインドとウィークネスを併用すれば、耐えることはできる。
そしてクラレットの魔法でソルスケが減ったところで、俺は挑発を使用して残ったソルスケを引き受ける。ヘイトの移動を確認したカルガモは、その場を離れて後方の援護に向かった。
ほどなくして戦闘は終了したが――まずいな、敵の数が多い。
リソースの温存を考えなければどうにかなるが、それでは先がない。
「あと一回か二回で、MP切れると思う」
特に主砲であるクラレットの消耗が激し過ぎる。
撤退も視野に入れたいところだが――ここで姐御が、新たな方策を口にした。
「ちょっと危ないかもですけどー……あちらを移動しましょうかー」
そう言って指差したのは、吹き抜けの上を通る細い通路だ。
逃げ場はないし、落下死の危険も大きいが、あそこであれば集団と遭遇するようなことはないだろう。もし集団に遭遇したとしても、同時に複数から襲われるようなこともない。
「いいんじゃねぇか? 隊列は変えなきゃいけないけど」
「俺は殿に回った方がよさそうじゃな。先頭はガウスに任せよう」
「ではガウス君の後ろにクラレットさんで、私がその次ですねー。
後ろはカモさん、ツバメさん、スピカさんの順でお願いします」
隊列はそのように決まり、俺達は細い通路をおっかなびっくり歩き出した。
ギリギリ人が二人、並んで歩けるかどうかといった幅で、戦闘を考えれば一列になって進むしかない。下を見るとバランスを崩してしまいそうなので、前だけを見て歩くことにする。
そうしていると前方にソルスケが見えたので、俺は足を止めて注意の声を上げた。
「ソルスケが一体。できれば魔法で仕留めちまおう」
MPの温存を考えると、ここはクラレットよりも姐御のヒールだろうか。
そんなことを考えていたら、クラレットが俺の服の裾を引いた。
「ガウス、ちょっと待って。あれ、違う」
「へ?」
言われてソルスケを見るが、鋼鉄の骨格を持つ姿はどこからどう見てもソルジャースケルトンだ。
ちょっと他と違うところを挙げるとすれば、右腕がなんか筒っていうか、砲になってるところかな。ちなみに表示名は【スケルトンガンナー】。別物じゃねぇかあれ!!
「あ、姐御ぉ!?」
「プロテクション!」
嫌な予感がして叫べば、姐御もそれに応えてダメージ軽減の魔法をかけてくれる。
スケルトンガンナーはこちらに気付くと、その右腕――砲口を向ける。
俺は斧を盾代わりに、身を守るように掲げる。
次の瞬間、奴の右腕が砲火を噴いた。
「――――……ッ!!」
放たれた砲弾を受け止めた斧が、破砕音を奏でて砕け散る。
さらになお突き進む砲弾が胸を叩くが、威力は減衰されているようで、致命にはならない。
だが衝撃には耐え切れず、吹き飛ばされた俺は後ろのクラレットに激突した。
「ぁ……!」
小さな悲鳴。クラレットも俺を支えられず、さらに後ろの姐御を巻き込んで倒れる。
狭い足場でこんなことになったら、その結末は分かり切っている。俺達三人はそのまま宙へと投げ出され、一瞬の浮遊感を味わった後、二階の床に叩き付けられて落下死した。
……そのまま霊体状態で待機していたら、案の定、残りの三人も落ちてきた。
やっぱり無理があったよねー、と霊体の俺達は笑い合い、セーブポイントであるラシアへ死に戻った。