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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第五話 On your marks


 ピラミッドの内部は想像していたものと違い、複雑に入り組んだ迷宮となっていた。

 壁にはいかなる原理によるものか、尽きず燃える燭台がある。そのおかげで暗闇に困るということはないが、配置の間隔もあって完全に闇を払えているわけではなく、小さな闇が点在する結果となっている。

 通路の幅は人が三人か四人並んで歩ける程度。戦闘になれば、前衛として前に立てるのは二人が限度だろう。反面、天井はかなり高く、四メートルほどはある。これはある程度大型のモンスターも活動できるということだ。

 鼻にはカビともまた違う、乾いた草のような匂いが感じられる。そんな感覚がするというだけで、まさか本当に干し草が積まれていたりするわけではないだろう。

 ――合流した俺達は意気揚々とピラミッドに入ったわけだが、この雰囲気に自然と足が止まっていた。

 今までの狩り場――フィールドとはまた違った連携が要求されるのは、あまりにも明白だ。ゾンビやスケルトンが出現するという話こそ聞いているが、具体的にどれほどの強さかは分からない。慎重になるのも当然だ。


「これは隊列を決めた方がよさそうですねー」


 最初にそう言ったのは姐御だった。

 少人数、それこそ二、三人での連携となれば、俺やカルガモは特に相談もなしに行える。しかしそれは短所でもあって、人数が増えるほど連携が苦手になってしまう。瞬間的な意思疎通に頼った弊害だとも言えるだろう。

 逆に姐御は五人前後、一般的なPT単位での連携を得意とする。それはヒーラーとして、後方から全体を俯瞰してきた経験によるものなのだろう。こういう時は、基本的にその判断に従っていれば間違いはない。


「カモさんとガウス君でツートップ。気持ち、カモさんが前に出てください。

 次にクラレットさんとツバメさんが並ぶ形が無難ですかねー」


 通路の幅を考えれば、俺達が抜かれるということはまずないだろう。二人には安全な位置から魔法を使うことに専念してもらう形だ。

 ツバメは剣と杖の歪な二刀流スタイルだが、ここでは剣の方は出番がないかもしれないな。


「ねえねえ、私は?」


 タンク志望とはいえ、まだレベルの低いスピカを前に立たせるわけにはいかない。

 それは姐御も同感だったようで、


「スピカちゃんは最後尾、私の後ろでお願いしますー。

 退屈かもしれませんけど、後ろから襲われることに注意して欲しいんです」


「殿ってやつだね、分かった!」


 なるほど。レベル的にも装備的にも、スピカにはまだ前衛は務まらない。しかしタンク志望なだけあって、ステ振りは体力重視でHPも多い。後方から襲われても一匹ぐらいなら、姐御のヒールがあれば耐え切れるだろう。

 それに後方の警戒を任せることで、経験を積ませることができる。本当に前衛を任せることになった時、その経験は無駄にならない筈だ。

 そうして隊列が決まったところで、狩りの具体的な方針を姐御が切り出した。


「最初はマップの把握を優先しましょうかー。

 何かあって逃げることになった時、道に迷ったら大変ですもんねー」


 確かに逃走経路の確保は重要だ。モンスターが大量に溜まっているような場所――いわゆるモンスターハウスにでも遭遇したら、逃げの一手しかない。

 つまり方針は移動優先で、モンスターを狩るにしてもMPなどは温存しよう、といったところか。

 異論というわけではないが、クラレットが手を挙げて確認の質問をする。


「魔法はどのぐらいから使えばいいかな」


「うーん、そうですねー。まずは一匹か二匹か、魔法なしで戦って様子見しましょうか。

 それで余裕がありそうなら、少数相手は魔法なしで。数が多い時は範囲で仕留めましょう」


「ん、分かった」


「じゃ、あたしはちょっと手強そうだったら、バインド使う感じにしとくね」


 魔法職組の確認はそんなところか。俺とカルガモは目配せをして、頷き合った。

 わざわざ会話をして確認するほどでもない。いつも通りにカルガモが攻撃、俺が防御を担当。余裕がありそうなら俺も攻撃に回る。その基本パターンで行くとさえ決めておけば、連携に不足はない。

 俺達は最後に消耗品の確認と再分配をして、いよいよ探索に出発した。

 燭台の明かりは頼りなく、同じような風景が続くせいで、道を覚えるのには苦労しそうだ。一応、姐御がウィンドウを投影して、簡易的なマッピングを行っているが……ちゃんとした地図が欲しくなるな。

 モンスターへの警戒も欠かせない。通路は曲がり角が多く、視覚にはあまり頼れない。ならば音に――となるが、こちらの足音だけでも、かなり響いてしまっている。これを聞き分けるのは、少し難しいだろう。

 仕方ない。ゾンビが出ると聞いている以上、気は進まないのだが、ここは鼻に頼るのが無難か。俺はオプションを開いて、嗅覚設定を変更する。三割にまで落としていたが、それを八割に戻しておく。

 途端、薄く漂う腐臭を感じ取って、俺は顔をしかめた。


「……大変そうじゃなぁ」


 隣のカルガモが苦笑を浮かべるが、こいつはたぶん音で索敵をしている。人間か疑わしい。

 この腐臭は近くにモンスターがいると言うよりは、ピラミッド全体に漂っているものだろう。移動しても特に変化がないので、相当な数のアンデッドが日頃から元気に動き回っているようだ。

 ……このピラミッドごと火葬したらダメかなぁ。

 つらつらとそんなことを考えていると、臭いに変化があった。

 同時にカルガモも足を止めて、前方――曲がり角の先を睨んでいた。


「来ましたか」


 姐御の問いかけに二人して首肯する。

 まずはマップの把握を、という方針的には、物陰にでも隠れてやり過ごしたいが、あいにくとそんな物陰はないし、それを許してくれるほど曲がり角の先の気配も悠長ではなかった。

 俺達が足を止めたのに、足音が響く。反響して出処は分かり難くなっているが、あえて探るまでもない。数秒ほどして、角を曲がったゾンビが二体、その姿を現した。


「うわ……」


 呻くような嫌悪の声は、誰のものだったか。

 ゾンビはぼろぼろになった貫頭衣らしきものを身にまとっているが、肌は腐り、爛れている。眼球は黄色く濁っており、仄かに光を放って見えるのは、死体を動かす邪悪な魔力か何かが原因だろうか。

 その歩みは緩慢なものだったが――俺達を視認した途端、二匹のゾンビは走り出した。

 それは決して速いものではなく、逃げようと思えば容易に振り切れるものでしかなかったが、強さを確かめるためにも逃げるわけにはいかない。


「前に出るぞい」


 気楽な調子で言って、カルガモは迎え撃つように走る。幅の狭い通路で並んで戦うのは嫌ったか。

 それならば、と俺はゾンビの一匹に挑発をかける。片方はカルガモに任せて、スペックを試させてもらおう。


「オォォー……」


 俺に向かうゾンビは、唸り声とも呻き声ともつかぬ声を上げて、腕を振り回してきた。

 素人の打撃ともまた違う、腕そのものを鈍器として扱うような力任せの一撃だ。

 この程度なら避けるのは容易いが――まあ様子見だ、盾で受け止めてみるか。


「…………っ!?」


 盾で受けた瞬間、見た目からは想像もできない重い衝撃が走った。

 弾かれこそはしなかったが、踏ん張っているのに滑らされたという事実が、その膂力を物語っている。

 っていうか、HPも二割ぐらい削れてねぇかこれ!? ゾンビは雑魚のイメージが強かったが、こいつは生粋のパワーファイターだ。油断をしていい相手ではないと、気を引き締める。

 それじゃあ次はこっちの番だ。攻撃後の隙を曝け出しているゾンビに、斧を叩きつける。

 硬い、とは言えない感触。むしろゴブリンよりも軟らかく、防御力が低いのではないか。

 ――などと思っていたら、予想していなかったタイミングでその腕が振るわれた。


「うおっと!?」


 咄嗟のバックステップで回避。なるほど、こっちの攻撃じゃあ怯みもしないってわけか。

 防御力が低いとはいえ、耐久力――HPそのものは高そうだし、相打ち上等で攻撃する高火力モンスターという設計か。確かにゾンビらしいし、組み付かれでもしたら厄介なことになりそうだ。

 だが一匹だけなら、俺一人でも充分に倒せる。

 相打ちしないように、まず攻撃を誘って回避。それからダメージは低くなってもいいので、コンパクトな動作でこちらの攻撃を当てたら、すかさず下がって安全を確保する。

 これを何度か繰り返すことで、俺は苦もなくゾンビを倒すことに成功した。

 さて、カルガモの方は――と目を向けたら、まだゾンビと戯れていた。


「おーい、遊んでないで片付けろよ」


 あれは行動パターンでも割り出そうとしてんのか?

 しかしカルガモは少し焦った声で、


「助けてー! こやつ、攻撃が通らないんじゃけどー!?」


 いやいや、そんなわけ……よく見るとカルガモの短剣が、緑色のオーラに包まれている。武器に毒属性を付与するヴェノムエッジだ。どのぐらい有効か、試していたのだろう。

 なるほどね? 無効か吸収か、それとも強耐性か。詳細は分からないが、毒属性が裏目に出たらしい。あれ便利だし強いスキルだと思っていたけど、やっぱりこういう弱点もあるか。

 助けてもいいんだけど、俺だけじゃ時間がかかっちまうな。


「クラレット、一発頼む」


「ん、ファイヤーボルト!」


 クラレットの放った炎の矢がゾンビに突き刺さる。おお、燃える燃える。

 ……つーか灰になったわ。定番ではあるけど、ゾンビの弱点は火属性ってわけね。

 その光景を見届け、安堵の息を吐いたカルガモが振り返る。


「いやはや、焦ったわい。ここではヴェノムエッジは使えんのぅ」


「通用する敵もいると思いますけど、効果時間中にゾンビと出遭うと面倒ですしねー」


 同意する姐御に声をかけて、ヒールで回復してもらう。

 多少は殴られても平気だが、複数のゾンビと遭遇する可能性も考慮すると、HPは全快しておきたい。

 俺は姐御に礼を言いつつ、クラレットに目を向けた。


「なに?」


「いや、毎度のことではあるんだが、ここだと特に頼りになると思ってな」


「火属性が弱点っぽかったもんね、さっきのゾンビ」


 相槌を打って、ツバメがさらに言葉を続ける。


「あ、でも、スピカちゃん大丈夫かな?

 ガウス君であれだけダメージ食らうなら、ちょっと危ないかもよ」


 む。確かに……HP的に一撃でやられるってことはないと思うが、あの火力はまずいか。

 ひとまずの対策として、俺は左手に持っていたバックラーをスピカに投げて渡した。


「とりあえずそれ使っとけ。少しはマシになると思うぞ」


「おおっ、ありがと兄ちゃん!」


 俺の防御が少し不安になってしまうが、なに、当たらなければ問題はないのだ。

 ゾンビの性能は概ね把握したし、あれより火力のある雑魚が出るってことはないと思いたい。

 そうして戦闘後の会話を終えた俺達は、ピラミッド探索を再開する。

 曲がり角や分岐の多さに辟易とするが、これは盗掘者対策だろう。本来、ピラミッド内部なんてみだりに立ち入るものではないし、盗掘者対策を重視した設計になっているのも当然だ。

 しかし誰ともなく、歩いて完全にマッピングするのは大変だという意見が出た。

 それには俺も同意するが、だからって他に手段があるわけでもない。他のプレイヤーが踏破して、ネットにマップを上げるのを待つ、なんて消極的な攻略は嫌だし。

 そんなことを思っていると、姐御が足を止めるように言ってから、


「ひょっとしたらですけど、使えるかもしれない手を思い出しましたー」


「流石は姐御じゃと褒めてやりたいが、壁を壊すのは難しかろう」


「なんでそんなゴリラ式なんですか! 違いますよっ!」


 俺知ってる。姐御、そのゴリラ式探索術を別ゲーでやってた。

 命が惜しいのでここで公表するのは控えておく。いくらピラミッドとはいえ、他人の墓に葬られるのはお断りだ。

 姐御は咳払いを一つして、壁の燭台を指差した。


「あれ、なんか燃えてますけど、ゲーム的な都合だと思うんですよねー。

 本当だったらここ、真っ暗だと思うんですよ」


「魔法か何かじゃないの?」


 ツバメが問うた当然の疑問に、姐御は不敵な笑みを返した。


「かもしれませんが、今も燃やし続ける必要なんてないんですよー。

 明かりがあって得をするのは、墓荒らしだけじゃないですか」


「まあ実際、俺らは助かってるもんな」


「ですです。それで、じゃあ墓荒らしではない人……巡礼者とか、管理者とかですね。

 そういった人達は中に入った時、どうしていたんでしょう」


 そりゃあ何か、灯りを持って入るしかないだろう。手探りでも進めなくはないと思うが、それができるのは内部構造が完璧に頭に入っている人だけだ。

 そう考えていると、ハッとした様子でクラレットが言った。


「……松明?」


「そう! ここを建造したのは大昔なんですから、それぐらいしかないんですよ!

 つまりですね――」


 姐御は得意気に天井を指差して、


「――正しい順路には、松明の煤がある筈です」


 言われて俺達は天井を見上げた。

 燭台の位置が天井の高さと比べれば低いこともあって、薄ぼんやりとしているが……。


「あ、ホントだ!」


 煤汚れに気付いたスピカが声を上げる。いやごめん、俺には分からん。

 わりと自信満々で言った姐御も冷や汗を流しているあたり、自分では分からないのだろう。それを指摘するほど野暮な奴はいなかったが、他に煤汚れが見えているのはカルガモだけだった。


「うーむ。暗い上に、煤も薄いのぅ。俺でも半信半疑じゃよ」


「で、でも、これで道に迷う心配はしなくてよくなりましたよー!」


 そうなんだけど、何とも締まらないというか。

 一番ハッキリ見えているのはスピカなので、確認と誘導はあいつに任せることとなった。

 仕事を与えられて張り切っているスピカの様子は微笑ましく、クラレットが「おいで」と声をかけて、その頭を撫でていた。

 ……あいつ俺よりもクラレットに懐いてない?

 ふ、ふん。まあここからさ。戦闘になったら、お兄様のカッコイイところを見せつけてやろうじゃないか。

 だからいい気になってんじゃねぇぞクラレット……!


「? どうしたの、ガウス」


「スピカちゃんが羨ましいんじゃないのー?」


 ニヤニヤと笑ってツバメが言うが、見当違いも甚だしいぜ。

 そう、これはスピカがどちらの妹に相応しいかという勝負なのだ……!


「おいで、ガウス」


「わぁい!」


 頭を撫でてもらえた。やったぜ。

 つまらない対抗意識なんて捨てちゃおう。世界はラブ&ピースに満ちるべきだよ。

 心の満ち足りた俺は心機一転、探索を再開しようと声を上げた。


     ○


 ――で、それから二度ゾンビに遭遇したものの、問題なく勝利。

 三匹以上ならファイアーボール、二匹なら片方にファイアーボルト、一匹だけなら俺とカルガモでタコ殴り。さらにMPが満タンの時だけツバメにバインドを使ってもらう、という作戦で戦っていた。

 消耗は抑えられているし、戦力的にもゾンビ程度ならまとまった数を相手にしても大丈夫そうだ。

 厄介なのは一度だけ遭遇したスケルトンで、全身骨なもんだから、武器の通りが悪い。上手く刃筋を立てて当てないと滑っちまうし、そもそもあれ、防御力が高いか物理耐性を持ってるんだろうなぁ。

 物理でも倒せないことはないが、戦闘が無駄に長引いてしまうので、スケルトンは満場一致でクラレットに焼いてもらうことになった。なおカルガモは懲りずにヴェノムエッジ試して、無駄に終わっていた。

 さて、そんな感じで通路を進んでいると、足音――と呼ぶには妙な音がして、俺達は足を止めていた。


「……何の音だ?」


 こう、ぺたん、ぺたん、って感じの音。

 得体が知れない不気味さに、俺達はなるべく距離を取ろうと後ろに下がった。

 やがてその音は、前方の曲がり角の先から――――


「神よ……! またも試練を与えると仰るのか……!?」


 カルガモが嘆きの叫びを上げる。

 角を曲がって現れたのは、ズボンを穿いたペンギン。ラシア周辺でも見かけたペングーだ。

 なんか凛々しい眉毛が生えており、体型は心なしか通常のペングーよりもスマートな気がする。確認してみると名前は【デザートペングー】と表示されたので、砂漠に適応したペングーのようだ。


「カモっちどうしたの?」


 どうしてこいつはペングーなんぞに絶望しているのか、とツバメが問う。

 事情を知っている俺は呆れながら、


「こいつ、ペンギン大好きなんだってよ」


「「「「あー」」」」


 カルガモを除く四人が納得と同情と、少しの呆れが混じった声を上げる。

 そして俺はこの日一番の笑顔で、歯を輝かせて言った。


「だから遠慮なくぶっ殺そうぜ!」


「鬼じゃな貴様!?」


「ヒャッハー! 一番槍はもらったぜェ――ッ!!」


 斧を肩に担いで、俺は猛然とダッシュする。

 多少は強くなっていると思うが、所詮はペングーの亜種。大したものではないに違いない。

 つまりカルガモに精神ダメージを与えられるボーナスキャラってわけよ!


「――グワァ!!」


 デザートペングーが吼えた。

 瞬間、その眼前に水球が生成されて、何だ、と思った時には高速で撃ち出されていた。

 予想外の行動に反応が遅れた、と言い訳してもいい。だが言い訳抜きに速い。あれが来ると分かっていても、反応できるかどうかは、かなり怪しいところだ。

 当然、避けられる筈がなく――水球の直撃を受けた俺は、大きく後方へと吹き飛ばされた。


「ごはぁっ!?」


 やばい、クソ痛い。ヘビー級のボクサーに殴られたって、ここまで痛くはない筈だ。

 痛みに呻きながらHPゲージを確認すると、え、七割? 一発で七割も削られてんの? マジで?


「ガウス、大丈夫!?」


「っ、ギリギリ! 姐御!」


「お任せあれ! ヒール!」


 ヒールを受けて、HPも八割あたりまで回復。これだともう一発は怖いので、ポーションを使って回復しておく。

 つーかあれ、もしかしなくても魔法だよな。そろそろだとは思っていたが、通常のモンスターでもスキルで攻撃をしてくる段階に突入したってことか。

 俺がどうにか立ち上がるのと同時、姐御が指示を飛ばす。


「クラレットさん、全力で! ツバメさんは補助を!」


 その声に応えて、まずツバメがバインドをかける。鎖のエフェクトがデザートペングーを絡め取り、動きが鈍ったところへクラレットがファイアーボルトを放った。

 しかし炎の矢の一撃を受けてもデザートペングーは平然としており、お返しとばかりにまたあの水球を撃ち出した。

 あれは後ろに通せない。水球を視認した瞬間に未来視を発動し、射線に割り込んで体で受け止める。

 ダメージこそ変わらないが、今度は身構えて覚悟できていた分、吹き飛ばされずには済んだ。


「ダメ! あいつ、火が通らない!」


 クラレットの悲痛な声。俺には想像しかできないが、手応えのようなものがあるのだろう。

 だが火が通らないってことは――砂漠のモンスターだから熱、つまり火に耐性があるってことか。アンデッドの多いダンジョンだからこそ、一種のメタとして配置されているに違いない。

 しかしそれなら、直接叩けばいいだけのこと。幸い、バインドは通っているのだ。


「行け、カルガモ……!」


「俺にこの手を汚せと言うのか……!?」


 ダメだこいつ使えねぇなマジで!!

 いっそ全滅覚悟で、先にカルガモを殺してやろうか。わりとマジでそんなことを考えた時、俺の横を駆け抜ける影があった。

 スピカだ。

 無謀な突撃を敢行するスピカは振り返りもせず、


「――兄ちゃん!」


「馬鹿たれが……!」


 後に続けってわけだな、勇者様よう!

 吐き捨てながら走り出すと同時、姐御は止めるどころか魔法を放っていた。


「プロテクション!」


 対象はスピカ。耐えられるかは怪しいが、ダメージが軽減できればあるいは。

 そしてデザートペングーは三度、あの水球の魔法を放つ。

 狙いは当然、自身に向かって突撃を行うスピカだ。

 俺でさえ未来視に頼らなければ、対処ができないほど高速の魔弾。

 迫るそれにスピカは、これ以上ないタイミングで踏み込み、掲げた盾をぶち当てた。


「――――ッ!!」


 生きている。踏ん張り切れず、吹っ飛ばされてはいるが、生きている。

 だったら見とけ、兄ちゃんのカッコイイところを!

 デザートペングーが次弾を撃つよりも早く、踏み込んで斧を叩きつける。

 ブレイクを乗せたが一撃では倒し切れない。知ったことか、死ぬまで殴打すればいい。

 攻撃を当て続け、怯ませ続ければ、魔法なんて使えねぇだろう!?

 あとなんか、後ろでカルガモが悲鳴上げてるけど死ねばいいと思う。

 それから間もなく、デザートペングーのHPはゼロになり、光の粒子となって消滅した。


「……ふぅ。スピカァ! お前な、あんな無茶するならちゃんと相談しろ」


「え、えへへ……でも倒せたし?」


 バツが悪そうに笑うスピカ。

 俺はそちらへ近寄り、軽く頭を叩いて言った。


「そういう問題じゃねぇよ。――でも、よくやった」


「うん!」


「ところで知ってるか皆ぁ!? スピカより役立たずのゴミがいたんだぜー!」


 糾弾の声にカルガモがビクッと身を震わせた。

 おうおう、申し開きができるんならやってみろ。話ぐらいは聞いてやるぞ。


「違うんじゃよ」


「何が違うんですかー?」


「違う違う、そうじゃなくて……ほら、ペンギンって可愛いじゃろ? な?」


「可愛くないテメェは殺してもいいってことだなブレイクー!」


「おほぅ!? あ、危ないじゃろガウス!」


 ちっ。さすがに動揺していても、あの程度の不意打ちは避けるか。

 俺はツバを吐き捨てて、姐御に目を向ける。どうします裁判長、こいつ死刑でいいっすよね。

 しかし姐御は慈愛に満ちた瞳で、ゆっくりと首を横に振った。


「ダメですよーガウス君。反省する機会を与えないといけません」


「けどよぉ」


「ラシアに戻ったら、ペングーを目の前で殺し続けてあげましょう。ね?」


 狂気の発想である。あ、これ結構キレてるわ。

 さすがに命の危機を感じ取ったか、カルガモは悲壮な顔をして言う。


「わ、分かった! 次は戦う、ちゃんと戦う! じゃからそれだけは……!」


「本当ですねー? 信じていいんですねー?」


「うむ、男に二言はない」


 その返事に、姐御は胸の前でポンと手を合わせ、嬉しそうに笑った。


「よかった。私のことも信じてくださいねー」


 意訳。ちゃんと戦わなかったら、マジでやる。

 カルガモどころか、全員が震え上がる恐怖のお言葉であった。

 まあ所詮はゲームなんだし、いくらペンギンが好きでもやるべきことはやってもらわないとな。デザートペングーなんて亜種がいたぐらいだし、これから先、他の亜種が出てもおかしくないんだから。

 さて、話がまとまったところで、俺達は隊列を組み直そうとした。

 しかしそこで後方、通路の奥からゾンビが三匹、やって来るのが見えた。


「おっと、いつの間にか近寄られてたか」


 さっさと片付けようと、クラレットに目を向け――る前に、ゾンビに動きがあった。

 一匹のゾンビが胸を張り、朗々と響く声で告げたのである。


「On your marks――!」


 それを合図に、残る二匹がいきなりしゃがみ込む。それは両手の指を地面につき、片膝を立て、もう片方の膝は地につける体勢――いわゆるクラウチングスタートの体勢だ。

 え? と誰もが我が目を疑った。

 だがツッコミを入れるよりも早く、


「Set!」


 その声に二匹のゾンビは腰を上げ、


「――Go!!」


 最後の一声と同時、二匹のゾンビはスタートを切った。

 申し分のない加速。腕を大きく振り、流麗なフォームで地を駆ける。


「うわあぁぁぁぁ!?」


 俺達は悲鳴を上げて、迎撃するとか考えずに逃げ出した。

 待って待って、走るのはいいよ! そういうゾンビ、結構いるし!

 けど、なんで陸上っぽいの!? あと怖い! 綺麗なフォームで走るゾンビ怖い!!

 俺達は正しい順路のことなんて頭から抜け落ちて、とにかく必死で走った。

 走って、走って、走って――袋小路に追い詰められた。

 もう逃げ場がないのに、ゾンビ達はストライドを大きく取ったフォームで突っ込んで来る。


「ファイアーボルト!!」


「ヒール!!」


 半ばパニックを起こしたクラレットと姐御が魔法を放つ。

 炎の矢に貫かれたゾンビは灰になり、ヒールの光を浴びたゾンビは、体を崩れ落ちさせて消滅した。

 よ、よかった……特別強いってわけじゃないんだな、あいつら……。


「はふー。効くとは思ってましたけど、ぶっつけ本番は怖いですねぇ……」


 アンデッドに回復魔法でダメージってのは定番だもんな。

 姐御のヒールには回復量アップのエンハンスがあるし、さぞかしダメージは大きかったことだろう。


「つーかあれ、何だったんだ……?」


「あたし、ちらっと名前見たけど、ゾンビランナーって表示されてたよ」


「……走るゾンビをネタにして、運営が悪ノリして作ったモンスターかのぅ?」


 そんな感じがするが、あれめっちゃ怖かったのでやめて欲しい。

 ダンジョンの恐ろしさが骨身に沁みる中、とりあえずここで休憩しようということになった。

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