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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第一章 冒険の始まり
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第一話 キャラメイクとカルガモ


 VRゲームにおけるキャラメイクは、ゲームによって様々だ。

 パーツの組み合わせで作るものもあれば、サンプルから選ぶだけというものもある。競技性の強いゲームだとそもそもメイクさせてくれないが、公平に不平等だから問題ない。

 そしてVRMMOに限って言えば、フルスクラッチ方式が主流だ。制限の枠内であれば、自由にアバターを作ることができる。ゲオルギウス・オンラインも、例に漏れずフルスクラッチ方式のキャラメイクだった。


「さてさて、どうすっかなぁ」


 目の前には素体となる人型が浮いている。楽をするならサンプルを流用して微調整か、リアルの身体データを入力すればいい。凝り性な人はパラメーターを細かく入力して作るが、俺は大多数がそうであるようにリアルベース派だ。リアルの体と差異があればあるほど、動きに違和感があって気持ち悪いんだよな。

 思考がスキャンされると素体が滑らかに動き、リアルの俺を再現する。平均身長には少し足りないが、小柄ではない。断じて言うが小柄ではない。VRゲームをする以上、リアルの体も動かして損はないので、体型は引き締まっている方だろう。

 俺は素体の身長を一センチ伸ばし、筋肉を気持ち増量させる。……いかん、盛り過ぎた。見た目がキモい。どうやら俺の心に眠る筋肉への憧れが暴走してしまったらしい。でもね、ちょっとでいいんだよちょっとで。あんまり盛り過ぎると、わりとマジで動きにくいからね。分かったら俺に従え、筋肉を削れ。

 ……削れねぇ。仕方ないので筋肉の増量は諦めて、体型はリアルの身体データそのままにする。技術がどんなに進歩しようとも、人の心までは自由にできないのだ。頑張ってくれサイエンス。

 で、あとは顔だが、これは下手に弄るとトラウマ確実なものが出来上がってしまう。イメージ入力するとバランスが上手く取れず、お面のようになりやすい。ならばとパラメーター入力した場合は崩壊しやすい。無難なのはリアルの顔を元に微調整するという手法だ。

 女性ユーザーは化粧感覚なのか、わりと凝り性な人も多いのだが、野郎どもは本当に微調整で済ませることが多い。俺もそちら側で、目つきを少し悪くしておく程度だ。ハッタリはとても大切なのである。髪もそれに合わせて、無造作な感じの赤髪に。ちょっとチンピラっぽい、二十歳前後の青年が完成した。


「よし、これで決定、っと」


 確定のイメージを送り、名前の入力に移る。

 えーと、アカウント共通の家名と、キャラクターの名前を決める方式か。それなら名前はハンドルネームでもあるガウスにしておこう。俺の名字が守屋なので、英語にしてガード+ハウス。縮めてガウスだ。家名はナンバー、と。

 以前、ガウスってどっかで聞いた名前だよなぁ、と調べたらそんな名前の数学者がいたことを知った。なので家名を入力するゲームの場合、それにあやかって家名はナンバーとしている。俺自身は数学嫌いだけどな!


 あとはー……あれ、これだけか? 大抵のVRMMOだと、初期ジョブや初期スキルなどの選択があったりするんだが……ちょっと意識を切り替えて、視点を電脳のホーム空間へ。ネットブラウザを開いて、ゲオルギウス・オンラインの公式サイトからスタートガイドに目を通す。

 あ、これ無職スタートのゲームか。キャラクターのレベルが五になると、ようやくジョブに就けるらしい。ってことは実質、レベル五までがチュートリアルみたいなものか。軽く戦闘して、ジョブ選びの参考にしろってことなんだろう。

 納得して、意識をゲオルギウス・オンラインに戻す。放置してたキャラメイクを確定し、ガウス・ナンバーを誕生させる。初期装備はナイフとレザージャケット。他の服はどうもランダムっぽいが、防御力などのない見た目装備のようだ。

 まあ、服に関しては運営の親切心だろう。プレイヤー全員同じ服装っていうのも気持ち悪いし、裸ジャケットなんてただの変態だ。いやマジで昔あったんだよ、初期装備が裸ジャケットっていうふざけたゲームが。

 ともあれキャラメイクを終えて、なんかポーズ取ってるガウス・ナンバーを選択してログイン。視界がもぎ取られるようにブラックアウトして、いよいよゲームの世界へ降り立つ。

 でもこのエフェクト、なんか脳が酔いそうなんだけど?


     ○


 ――ぼんやりと視界に光が入って来る。

 最初に見えたのは白一色に染まった光。眩しさに慣れると、世界に色彩が戻る。

 足元には石畳が敷かれており、やや距離を置いて石造りの建物が並ぶ。背後には噴水があり、どうやらここは噴水広場になっているらしい。周囲には俺と同じように、ログインしたばかりらしいプレイヤーが大勢いた。

 彼らの喧騒を耳にしつつ、流石にここではカルガモと合流するのは大変そうなので、広場の端へ移動――している最中に、頭の中で声が響き始めた。


『もしもーし。お、繋がった。やっぱりガウスか』


 聞き覚えのある声。カルガモだ。ゲーム内のささやき機能で話しかけてきているらしい。

 見れば視界の右上にフレームが表示されており、そこには「wis:カルガモ」とあった。


『そっちもカルガモか。どこにいる?』


『私カモさん……今、あなたの心の中にいるの……』


『俺に心があったのか……』


『おぬしが今感じておる温もり、それが心じゃよ。あ、広場の北東、隅っこにいます』


 反対側かよ面倒臭ぇ。移動しつつ、お互いの外見を話す。


『俺は赤髪の青年キャラ。そっちは?』


『黒髪ロング。後ろで縛ってる』


 なるほど、そこそこ分かりやすい。

 北東に移動すると、確かにそんなキャラがいるのがすぐに分かった。意識を集中すると、その頭上に【カルガモ・フェザー】と表示されたので、間違いないだろう。

 外見年齢は四十半ばといったところだろうか。長い黒髪を頭の後ろで縛り、無精髭を生やした精悍な男だ。イケメンというわけではないが、これはこれで絵になっている。なるほどな? 美形にするほどの度胸はないが、確実に需要のある渋い男路線ってわけか。これだからカルガモは。

 向こうも俺に気付いたらしく、手を上げて笑顔で駆け寄ってくる。俺も同じように笑顔で駆け寄り、


「「死ねやオラァ!!」」


 まったく同じセリフでお互いの顔面をぶん殴った。

 あ、結構痛い。これフィードバック強めだな。

 

「痛覚カット四割ぐらいか? デフォで四割って、運営の殺意を感じるな」


「ふっ、殺意は高ければ高いほど楽しめ――うわガウス、HP減ってる減ってる!」


 なんかカッコつけようとして騒ぐカルガモ。

 言われて俺も視界の左下に表示されているHPゲージを見れば、僅かではあるが確かに減っていた。


「マジか……ってことはこれ、街中でもPKできるシステムだな」


「面倒でもキャラ放置はせず、ログアウトした方がよさそうじゃな」


 いわゆるAFC――Away From Character、キャラ放置での離席はVRMMOでよくあることだが、このゲームでは注意が必要だ。街中でいきなり襲いかかるような頭のおかしい奴は滅多にいないと思うが、もしもAFC中に襲われてしまえば無事で済むわけがない。

 ま、さすがにPKもノーペナってことはないだろうし、そのあたりの仕様は後で調べておこう。

 それよりも、と俺はカルガモに言う。


「姐御はどうしてる? 俺らと合流すんの?」


「さっき島チャンで見たが、帰宅中じゃと言っておったよ」


 島チャン――俺ら島人が集まっているグループチャットの、メインチャンネルのことだ。


「帰宅中なら二一時にはログインすっかな……これ、加速倍率いくらだっけ」


「三倍じゃよ。こっちで三時間ぐらいは余裕があるのぅ」


 大抵のVRゲームには体感時間を加速させる機能があるのだが、VRMMOのように他人とプレイするゲームの場合、サーバー側で加速倍率が決まっている。三倍というのは、どちらかと言えばやや低い部類だ。

 まあ加速倍率が高いと、疲労しやすいデメリットもあるからなぁ……いくら俺達が電脳化しているとはいえ、処理の全てを電脳に任せられるわけでもない。加速倍率が高いほど、生体脳への負担は大きくなるのだ。


「そんじゃまあ、姐御が来るまで適当に狩りでもすっか」


「おう、行くべ行くべ」


 そういうことになった。

 俺達は移動しながら、各種インターフェイスの確認をする。アイテムインベントリは消耗品、装備品、その他の三分類。別枠でクエストアイテム。所持できるアイテムは、筋力依存の重量制――ということは設定上、プレイヤーは荷物をちゃんと持っているのか。

 ステータスは筋力、体力、敏捷、器用、知力、精神、幸運の七項目。今は全て一だが、レベルアップで入手するステータスポイントを振り分けて、自由に成長できる形式のようだ。また、ステータス画面には装備品の補正を加えた攻撃力なども表示されているが……これマスクデータ多そうだなぁ。命中補正やクリティカル補正の項目すらないのが、いかにも隠していますと言わんばかりだ。

 他にもフレンドリストやオプションなど、一通りのものを確認しておく。感覚のカット率もオプションにあったので、自分好みの設定にしておくのを忘れない。特に狩りをするなら、嗅覚は下げておかないとな。血の臭いなんかは不快なものとして設定されているので、場合によってはリアル以上に臭いし、気分が悪くなりやすいのだ。


「お、クエストリストもあるようじゃな」


 カルガモが言う。俺も意識を合わせて、クエストリストを開いてみた。


「なんかあるな――初めての転職?」


 既に受注しているクエストがあったので、その詳細を開く。

 ジョブに就こう。街の外でモンスターと戦って、レベルを上げよう。レベルが五になれば、各ギルドで転職クエストを受けられるよ――と、そんな内容だった。なるほど、やっぱ俺ら公式にはまだ無職なんだな。


「カルガモ、面白そうだから無職貫いてくれ」


「いやいや、俺は盗賊やる予定じゃから。美少女のハートを盗むから」


「猟奇殺人かよ」


「物理的に盗む前提なのやめてくんない?」


「つーか俺ら、設定上は冒険者だよな? 冒険者って職業じゃないのか」


 軽く目を通した公式のスタートガイドによると、プレイヤーは全員、冒険者らしいのだが。

 疑問に思っているとカルガモは苦笑して、


「社会的な地位としては認められていない、ということなんじゃろうな。

 その日暮らしの根無し草で、税を収めているわけでもない――となれば、無職じゃろうて」


 カルガモはそれから職業ギルド――同職組合がどんなものか、史実の観点から話す。

 大雑把に言えば職人達の相互扶助と、権利の保護を目的とした組織。そんなギルドを国に認めさせることで社会的な地位も得ているのだとか話しているが、そういった後ろ盾のない冒険者は地位が低いのだろう、と結論した。


「なるほどねぇ。どうでもいいけど、カルガモの分際で賢そうに見えるのがクソ」


「ガウス君は馬鹿だなぁ」


 俺達は朗らかに笑い合うと、一拍を置いて殴り合った。

 衛兵NPCが飛んできて、喧嘩両成敗なのか一撃で二人とも殺される。

 リスポーン。噴水広場に舞い戻った俺達は、表に出ろと叫んで街の外へ走って行った。


     ○


 VRMMOにおいて、キャラクターの動作とは即ちプレイヤーの技術である。

 もちろんゲームによってはモーションアシストがあるし、場合によってはオート操作まである。しかし多くの場合、そんなものは好まれない。何故かって? プレイヤースキルの介入する余地が減るからだ。

 ゲオルギウス・オンラインにおいても、今のところモーションアシストなどは確認できていない。つまり俺とカルガモの動作は全て、それぞれの純粋な技術の結晶であると言えた。


「死ねオラァ! カモが哺乳類様に逆らってんじゃねぇよ!!」


 踏み込み、右手のナイフで喉を狙って突く。カルガモはそれをバックステップで避け、俺の右手を狙って蹴りを放つ。武器を奪おうってか? 甘いんだよボケ! 右手はくれてやり、構うものかと左の掌底で目潰しだ。

 走る灼熱感。カルガモは体を後ろに倒しながら、こちらの左手首をナイフで斬り裂いていた。


「がっ……!」


「何か勘違いしておらんかのぅ、ガウスや」


 咄嗟に距離を取る俺に対し、カルガモは不敵な笑みを浮かべる。


「この身はカモであっても、ネギを背負わず――我が名は狩るガモよ」


 言葉と共に、背景にババーンと表示フレームを投影して、「狩るガモ」と表示する。

 やだカッコいい。いつの間にか周囲に集まっていたギャラリーからも、歓声が上がる。

 ここは街を南から出てすぐの南門前広場。街周辺のモンスターを狩ろうとしているプレイヤーも多くいたのだが、突如始まったPVPに大興奮。レベル一同士のゴミ対決ではあるが、そこはそれ、今はサービス開始直後だ。PVPの仕様を確かめたいのだろう、ギャラリーの中には鋭い眼光を放っている者もいた。

 実際のところ、俺とカルガモも本気でケンカしているわけではない。いつものノリで、NPC衛兵に邪魔されない場所で仕様の確認をしているだけだ。強いて言えば殺意だけは本気かな。


「カモのくせに、よく吠えるじゃあねぇか――鴨撃ちしてやらぁ!」


 距離を取った俺は石を拾って投石を開始。唸れ筋力、たった一だけど。

 カルガモは投石を難なくナイフで打ち払う。マジかこいつ。ステータス補正が皆無に等しい現状、その見切りは自前のものだ。さすがは数々のクソゲーのRTAで、世界記録を保持しているだけはある。走者が他にいないだけとも言うが。

 だがその見切りはいつまでも続かない。俺は容赦なく石を投げまくり、見切れていても対処が追いつかないように攻め立てる。この好投に対し、カルガモは追い詰められる前に動くべきだと判断したのだろう。姿勢を低く、まるで倒れ込むような前傾姿勢で踏み込んできた。

 意識に一瞬の空隙。動作の認識が一拍遅れる。その原因は、カルガモの予備動作が掴めなかったからだ。

 どんなに素早い動きも、どんなに力強い動きも、筋肉に力を溜める予備動作が必要になる。しかしカルガモにはそれがない。この神速の踏み込みの正体は、流麗な体重移動による前方落下。重力加速ならば予備動作など必要ない。こいつはVR世界でありながら、宇宙の法則を味方につけている……!


「…………っ!」


 歯噛みしながら、覚悟を決めて迎え撃つ。

 カルガモを相手に、後の先が取れるだなんて思い上がっちゃいない。しかし忘れてはいけない――どんなに素晴らしい技術があっても、所詮はレベル一。装備する武器も、素手よりはマシなだけの貧弱なナイフだ。

 俺は腰を落として、カルガモのナイフを胸に突き立てさせた。


「こやつ――!?」


 こちらの意図を察したか、カルガモの顔が歪む。

 視界の左下、俺のHPゲージは大きく目減りして残り二割ほど。おそらくはクリティカルが発生したのだろう、想定よりもダメージは大きいが、耐えられるという確信があれば痛みも気にならない。

 カルガモは離れようとしたのか、それとも追撃をしようとしたのか。

 動作の起こりが見えた時には、しかし俺のアッパーカットがそのアゴを打ち抜いていた。


「へっ――飛ぶのは随分とお上手じゃねぇか」


 吹っ飛ぶカルガモに勝ち誇り、歓声を上げるギャラリーに両手を上げてアピール。

 だが、ここまでだ。カルガモがゆっくりと立ち上がり、対照的に俺はゆっくりと崩れ落ちていた。


「惜しかったのぅ、ガウス……おぬしの拳では、命を取るには軽過ぎた」


 残念ながらそういうことだ。そしてカルガモのナイフは、俺の命に届いていた。

 胸を深々と刺されたことで、持続ダメージが発生している。俺のHPはすぐにでも尽きてしまうだろう。

 敗北を受け入れて、俺は最後にこう言い残した。


「すまんカルガモ、装備落としたら拾っといて」


「うぃうぃ。ここで待っとるぞ」


 そんなわけでリスポーン。俺はまたしても噴水広場に舞い戻った。

 お、俺達の冒険はこれからだ!


     ○


「おう、ナイフだけ落としとったぞ」


 南門前広場に戻ると、そう言ってカルガモがナイフを投げて寄越す。危ねぇよ!

 文句を言いながらキャッチして、気になっていたことを尋ねる。


「で、どうよ。PVP申請なしでやり合ったけど、PK扱いになった?」


「うんにゃ。どうも両者の合意があれば、PK扱いはされんらしい」


 首を横に振って答えるカルガモに、なるほど、と頷く。

 ゲオルギウス・オンラインで後腐れなく対人戦をしたいのなら、相手にPVP申請を送ればいい。それが承認されたら、ルール無用の残虐ファイトの始まりだ。

 しかしカルガモの話によれば、俺達の戦いは申請なしでもPVPとして扱われたようだ。


「意識の読み取り精度が高い、ってだけじゃねぇよな」


「世界観の反映でもあるんじゃろうな。

 ゴミみたいな冒険者が殺し合うだけなら、お咎めなし」


 つまりこの世界はPKを許容する。と言ってもまったく罰則がなければ、ゲームとしてまずい。

 カルガモは電脳の基本機能を利用して、俺にも見えるように表示フレームを投影すると、そこへゲオルギウス・オンラインの公式サイトを表示して説明する。


「ゲームガイドのここに、PK関係の詳細があるんじゃけどな。

 PKを行えば行うほど、懸賞金がかかるっぽい。それと段階的に街の施設が利用できなくなる」


「あとは死んだ時に一定期間、監獄エリアに隔離されるって感じか」


 詳細を見る限り、あんまり割に合わない感じだな。

 そうなると実際にPKを行うのは、何も考えてない馬鹿か、そういうスタイルを楽しむロールプレイヤーだろう。僕とカルガモは平和を愛する品行方正なプレイヤーだから、身を守ることを考えればいいよね!

 ……どっかに抜け穴ねぇかなこれ。


「ま、検証はこのくらいでいいじゃろ。

 ガウス殺しても経験値入らんし、さっさとモンスター狩りに行くべ」


 手を振って表示フレームを消し、歩き出すカルガモ。


「そうだね。カルガモ君は人生の経験値も足りてないもんね」


 もちろん煽りながら俺も歩き出す。

 俺達は肩を並べて笑い合い、お互いの横腹にナイフを刺そうとして手をぶつけた。


「「…………」」


 奇妙な沈黙。先に口を開いたのは俺だった。


「やめようぜ。このままだとマジで初日が無職で終わっちまう」


「そうじゃな……呉越同舟、仲良くやろう」


 するとカルガモからフレンド申請が飛んできたので、ノータイムで拒否。フレンド登録すると、フレンドリストからログイン状態などが分かってしまう。このクソ鳥類を相手に、そんな情報を渡すほど俺も馬鹿ではないのだ。

 俺達はそのまま笑顔で、しかし確実に相手の首を狙える間合いを保ったまま、今度は俺からPT申請を送る。無事に受理。すぐさまPT名を「鴨鍋」に設定。フレンド申請のポップアップが視界を埋め尽くす。全て拒否。

 そのまま二分ほど経った頃。少し先の空間がぐにゃりと歪み、モンスターがポップした。


「お、やっと出たか」


 今はとにかくプレイヤーが街周辺のエリアに集中しているせいだろう、エリアごとの出現数に対してプレイヤーが多過ぎる状態――狩り場が混んでいるために、こうしてポップした直後のモンスターぐらいしか遭遇できないようだ。

 とにかく戦おうと俺はナイフを構えるのだが、隣のカルガモは何故か震えていた。


「どうした? 誰かに会いたいのか?」


「……ガウス。他のモンスターじゃダメかの?」


 俺の軽口に取り合わず、そんなことを言う。

 はて。俺は前方のモンスターに意識を向ける。すると【ペングー】という名前が表示された。大きさは人間の子供と同じぐらいだろうか。砂色のズボンを穿いた、なんと言うか虚無感のある目をしたペンギンだ。

 VRMMOに限らず、ゲームをしているとたまに「こんな可愛い子と戦えない!」なんて拒否するプレイヤーもいるが、このペングーはそんなに可愛いと思えないし、カルガモにそんな心があるとも思えないのだが。


「ひょっとして同じ鳥類だから抵抗感あるとか?」


「いや、ペンギン大好きでな」


 俺はダッシュで近づいて、ペングーの脳天にナイフをぶっ刺した。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~っ!?」


「ひゅーっ、イチコロだぜおい! おうおう、気分はどうよ?

 大好きなペングーちゃんをぶっ殺して、経験値が流れ込む気分はよぉ!?」


「お、鬼! 悪魔! ガウス! おぬしには心というものがないのか!!」


「ゲーッヒャッヒャッヒャ! 心があるから、こういう真似ができるんだぜェ!?」


 甘露、甘露。どうして憎悪を浴びるのはこんなにも気持ちいいんだろうね?

 しかしまあ、相手はカルガモである。嘆きながらステータス画面を開いて、経験値をチェックしていた。


「ダメじゃガウス、経験値四%しか増えとらんぞ。

 PT組んどるんじゃし、もっと美味いモブを狩ろう」


「俺、お前のそういうところだけは大好き」


「よせやい、照れるじゃねぇか」


 へへっ、と鼻の下を指でこすって笑うカルガモ。

 俺達はまだ見ぬ強敵を求めて、さらに南下していくのであった。

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