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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第二章 顔剥ぎセーラーの怪
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第一話 スピカ


 翌朝、俺は不思議といつもより早く目を覚ましていた。

 平日にこうやって普通に起きるのって珍しいな……ええっと、時間は……うわ、六時半か。ちょっと早起き過ぎるが、二度寝しようってほど眠くもないし、たまには早起きも悪くないか。

 身支度を整えてからリビングに顔を出すと、食卓には奈苗と親父がいた。目を丸くして驚く二人に挨拶をしつつ、台所の母さんにも声をかけて奈苗の隣に腰を下ろした。


「どうしたの兄ちゃん、病気?」


「早起きした方が病気扱いされるっておかしくね?」


 普段が普段なだけに、そう思う気持ちは分からないでもないけど……つーか奈苗、また制汗スプレーかけてんな。朝練に備えてだとは分かっちゃいるが、そういうのは学校に行ってからやってくれ。

 そんなことを思っていると、親父が俺を見て口を開いた。


「幹弘、さっき奈苗にも話したんだがな、帰りは奈苗と一緒に帰るようにしなさい」


「なんでさ?」


「昨夜、近くで変質者が出たらしくてな。まあ念のためだ」


「ふーん、変質者か……まあいいや、了解」


 奈苗なら襲われたって素早く逃げそうな気もするが、万が一があったら大変だ。

 まあ学校は同じだし、わざわざ迎えに行くような面倒は――いや、ちょっと待て。


「奈苗、お前部活は?」


「今日は朝練だけー。女バスは放課後ないよ」


「ん、そんならいいや。じゃあ授業終わったら校門で」


 昔と違って公立校だと、部活もちゃんと休みを設けなきゃいけないことになっている。

 活動日は最大で平日三日、大会とかの事情がなけりゃ土日のどっちかだけ。下手すると休みなしだった時代は、生徒も顧問も大変だったし、特に生徒は塾まで通ってたりすると慢性的な睡眠不足になっていたらしい。

 他にも運動部だと、公立校の顧問は専門の指導者というわけではないこともあって、毎年のように熱中症などの事故が起きていたのだとか。今では信じられないことだが、そういった事情があって部活動は制限されるようになったのだ。

 まあ剣道部の幽霊部員である俺には、あんまり関係ないけどな!


「あ、お父さんも気をつけてねー。強盗とかだったら危ないじゃん」


「そうだな、気をつけておこう」


 いやいやいや。この親父、今でこそ物静かなインテリって顔してるけど、空手五段だからな。もしもケンカになったら俺でも負ける。強盗に襲われたら、命の心配をするべきは強盗の方だ。

 実際のところ、多少格闘技の経験があっても、刃物とかで武装した相手からは逃げるのが一番らしいのだが、この親父ならパニックになることもないだろうし、普通に殴り倒しそうな気がする。

 ――さて、そんな感じで朝の一時を過ごしたわけだが、ぶっちゃけいつもの時間に家を出ようとしたら、それまで暇で困る。朝から変質者も出たりしないとは思うが、今朝は奈苗と登校することにしよう。

 その後は……ま、たまには俺も剣道部に顔を出すか。朝練だけでも顔を出しておけば、しばらくは伊吹先輩やテッシーもうるさく誘っては来ないだろう。うん、それがいい。

 そんなわけで奈苗と一緒に家を出る。外の空気は湿り気を帯びており、ぼんやりと雨の匂いがした。空を見れば雲が厚く、太陽の光も鈍い。まだ梅雨入りはしていない筈だが、こりゃ一雨振るかもしれないなぁ。


「奈苗、レインコート持ってけ」


「へーき、へーき。部室に置いてるから」


「そういうところだけお兄ちゃんに似るのはよしなさい」


 いやまあ、荷物を減らすテクニックと称して、あれこれ吹き込んだのは俺なんだけどさ。

 ともあれ心配ないと分かり、俺達は電動スケボーに乗って走り出す。こんな時間に家を出たせいか、風景もいつもと少し違って見える。あいにくと朝日に輝く町並みは見られないが、AR――電脳に干渉して表示される拡張現実だけは、嫌味なぐらいに鮮やかだ。

 今の時代、街中に看板や広告を出すなら、ARの方が安いし目立つ。そんなわけで大通りにはAR広告が輝いているし、住宅街にだって地域住民のメッセージが浮かんでいたりする。

 見慣れた風景。しかし早朝ということもあって人通りが少ないせいか、妙な不気味さがある。人がいなくなった街で、ARだけがいつまでも残り続けているような、そんな錯覚だ。


「――そういや兄ちゃん、最近新しいゲーム始めたん?」


 ふと、奈苗がそんな話を振ってくる。


「ああ、ゲオルギウス・オンラインっていうVRMMOな。

 自由度高いし、作り込みもしっかりしてるから、結構面白いぞ」


「ふーん。ファンタジー系?」


「そうだけど……つーか、ひょっとして興味ある感じ?」


「んー。学校も慣れたし、部活のない日に何かやりたいなーって」


 おおう。そうだな、確かにそんな時期か。

 こいつ中学の時は部活やら受験勉強やらで、オンラインゲームには手を出してなかったからなぁ。高校生活にも慣れたところで、興味が湧いてきたのかもしれない。

 そう考えながら、俺は首を横に振った。


「やめとけ、やめとけ。最初の一ヶ月だけは無料だが、それからは月額課金だぜ。

 バイトしてる俺と違って、お前にはその月額だって大きいだろ」


「あ、お試し期間あるんだ」


 おっと裏目った。天才軍師幹弘の目を以ってしても、この展開は見抜けなかったぜ。

 いや、これがオンラインゲームじゃなかったら俺も快く歓迎するんだが、リアルとネットは分けておきたい派の俺としては困る。こいつとゲオルで会ったりすると、ガウスとしての俺や、その交友関係がバレてしまう。

 兄の威厳を保つために、それだけは避けなければならないのだ……!


「兄ちゃん、帰ったらちょっと教えてよ。私もやってみたいからさ」


「…………」


「なにその嫌そうな顔。シーサーみたい」


 誰が沖縄の妖怪か。いや、あれ妖怪でいいんだっけ?

 だが嫌がる俺に構わず、奈苗は確定事項として話を進める。


「ちょうど今日は部活休みだしねー。晩ご飯まで遊べるじゃん」


「……教えるだけだぞ」


「えー? 一緒に遊べるゲームなんでしょ?」


「ほら、レベル差とか。そういうのあるから」


 あとスナック感覚で衛兵に殺される兄の姿を見られたくない。

 一応、夕飯の前なら大丈夫か……? その時間帯なら姐御もカルガモもログインしてないだろうし……クラレットとツバメなら構わない、あいつらは会わせても害がない。ツバメは少し不安だが、俺の所業を深く知られていない今なら問題ないだろう。

 よし、転職まで付き合うだけにしておこう。その後はフレンド申請とか拒否っておけば完璧だ。


「まあそうだな、チュートリアルのないゲームだし、最初の転職までは付き合ってやるよ」


「おー! それでこそだよ兄ちゃん!」


 わーい、と無邪気に喜ぶ奈苗。お前分かってんのか、兄は今、とんでもない爆弾抱えさせられたんだぞ。

 ああもう、朝からなんて日だ。この空のように、気分がどんよりと沈むのが分かる。

 そんな落ち込みに合わせたわけではないだろうが、スケボーが徐行する。何かと思えば対向車か。セーラー服の女子高生が、俺達と同じようにスケボーに乗っていた。

 自動操縦によって俺達は危なげなくすれ違い――無意識に、俺はその少女へと振り返っていた。


「? どしたの兄ちゃん、惚れた?」


「ンなわけあるか」


 ツッコミを入れつつ、遠ざかる背中を見送る。

 奈苗に気付いた様子がないから、本当に微かなものなんだろうけど……どうして血の臭いなんて。

 ま、どっか怪我してるだけだろう。事件性があったら、のんびり登校なんてしてないだろうし。

 俺は自分をそう納得させると、奈苗に軽くゲオルの説明をしながら登校を続けた。


     ○


「ほらほら、来いよミッキー! 僕が相手をしてやるよ!」


 無駄に元気な馬鹿(テッシー)が、完全装備ではしゃいでいる。

 ここは学校の体育館。我らが剣道部は廃部の危機に立たされたこともある弱小部であり、剣道場なんて立派なものは持っていないので、稽古となれば体育館を使うことになっている。

 体育館は他の部との共用なので、基本的に使うのは半面だけ。今朝はもう半面をバレー部が使っていた。

 さて、しかし剣道の朝練は、俺の記憶が確かなら体操服に着替えて、素振りと切り返しをやるだけなのだが、どうしてテッシーはあんなにも張り切っているのか。そしてどうして俺にもフル装備を要求するのか。

 助けを求めて他の部員に顔を向けるが、どいつもこいつも目を逸らしやがる。おっとそこの君、そう、そこの君だよ。目を逸らすのが遅かったね。それは隙があるってことだよ? 剣士として隙を見せるのはよろしくないね、鍛え直さなきゃいけない。たしか一年生の河瀬君だっけ? ほら、あそこで勅使河原先輩がやる気になっているぞ。後輩思いのいい先輩だなぁ。あっちに行って、彼の胸を借りてきなさい。ほら行け、いいから行け、生意気に抵抗してんじゃねぇぞゴラァ! 俺は二年の守屋だぞ、先輩に逆らおうってのか!? 調子乗るのもいい加減に――――


「こら、守屋! 一年を脅すんじゃないよ!」


「ちっ、ンだよ伊吹先輩。俺が悪いってんですかぁ~?

 俺だってよぉ、テッシーがあんなでなけりゃ、こんなことしてねぇんだぜ?」


「いいから相手してやりな。あいつに付き合えるの、あんただけなんだから」


「へいへい、仕方ないっすねぇ」


 朝からテッシーに付き合うのはマジで嫌なんだが、伊吹先輩を怒らせるのも得策ではない。

 俺は仕方なく体育倉庫から備品の防具を出し、装着してテッシーの下へ向かった。


「ふっ、よく来たなミッキー!」


「来たくなかったんだよなぁ」


 この気持ち分かる? 分からねぇよな。

 人の心が分からないテッシーは、鼻息も荒く言う。


「よし、それじゃあ地稽古しようぜ。時間一杯な」


「死ぬわ」


 さすがにそんなスタミナはねぇよ。

 地稽古というのは試合形式の稽古なんだが――試合と違って終わりがない。普段の部活動なら部長が合図を出して切り上げてくれるのだが、この感じだとこいつ、マジで時間一杯まで続ける気っぽい。

 しかし俺が何を言ったところで、どうせ聞く耳持たねぇんだよなこいつ!

 こうなったら仕方ない。俺は近くの部員に声をかけて、開始の合図をお願いした。


「――始め!」


 声と同時、俺は全精力を傾けて踏み込んだ。

 様子見もクソもない動きを、しかしテッシーはやる気の表れだと勘違いしたのか、面の奥で歯を剥いて笑った。

 違う違う。やる気がないからさっさと終わらせるんだよ!

 とりあえず防御しようと竹刀を動かすテッシー。その動作を先読みする。完璧な再現はできないが、まだ油断の残るテッシーが相手なら未来視は成立する。スキルでも何でもない、俺自身の技術としてそれは可能だ。

 先の先を取りながら、後出しジャンケンをするような矛盾。

 腕の振りをコンパクトに。テッシーが防御の形を決めたところで、その形を視ていた俺が隙を突く。

 手加減無用……!! 面を守ろうと腕を上げたのは失策だったなぁ!?

 胴を打つフリして、上がった肘を全力でぶっ叩く――!!


「ドラアァァァァッ!!」


「あいだぁ――っ!?」


 おうおう、悲鳴を上げるとは余裕じゃねぇか! 地稽古には終わりがないってことぐらい、お前だって承知だろう!?

 俺はテッシーが体勢を立て直す前にこれでもかと打ち込むが、しかし流石はテッシー。試合なら一本になるような攻撃だけはきっちり防ぐのだから、本来の実力差ってものがよく分かる。

 しかしこれはルール無用の残虐ファイト! ぶっちゃけ付き合い切れねぇから、お前が諦めるまでいくらでも卑怯な手を――――


「あっ」


 遠慮なくぶっ叩いてたら、竹刀を巻き上げて弾かれた。

 待ってくれ、と手を上げる。試合ならこれでストップだ。けれど悲しいかな、これはルール無用の残虐ファイト。その脅威はもちろん俺にだって向けられるわけで。

 竹刀を拾うまでしこたま叩かれ、その後は結局、泥仕合のように打ち合うことになってしまった。


「――ああクソっ。なんで朝からこんなに疲れなきゃいけねぇんだ」


 時間となり、ようやく解放された俺は、防具を片付けながら悪態をつく。

 そんな俺へ、不思議そうに伊吹先輩が声をかけてきた。


「あんた、腕上げた? 練習来てないのに、動きがよくなってたけど」


「うっす。俺もただ遊んでたわけじゃあないんですよ」


 まあゲームしてただけとも言うが。

 とはいえVRゲームで白兵戦なんぞやってると、動きのコツみたいなのは身につくのも事実なんだよな。型は稽古しなけりゃ身につかないが、勝負勘とかは磨かれていくのだ。

 そういったことを話すと、先輩は納得したように頷いた。


「なるほどねぇ。うちは練習試合とかもそんなにできないし、ゲームで代用するのも手か」


「そんならEmpire of Tycoonって洋ゲーがお勧めっすよ。

 海外から見たファンタジー日本ですけど、侍になって死ぬほどチャンバラできるんで」


「ん、考えておくよ」


 先輩の目的を考えればリアル系のVR格ゲーでもいい気はするが、リアル系はプレイヤー人口がなぁ。

 Empire of Tycoonは世界観やゲーム性がバカゲーに近い上、気軽に遊べるのでそれなりのプレイヤー人口を誇っているのが利点だ。

 でもあれ、果たし合いや辻斬りはいいとして、合戦だと普通に弓とか銃とか出るからなぁ……そこのところがお気に召すか、ちょっと心配だ。

 ま、実際にどうするかは先輩だし、そのあたりは相談されたら話せばいいか。

 俺は気楽に考えて、さて、教室へ戻るにしても汗だくってのはマナー違反だよなぁ、と頭を悩ませた。

 結論。外の手洗い場で行水。先生にめっちゃ怒られた。


     ○


【ガウスの発言】

 たすけて。


【のーみんの発言】

 おー? どしたのがっちゃん。


【ガウスの発言】

 あ、できれば常識強めの人でお願いします。チェンジ。


【のーみんの発言】

 お姉さんにケンカ売ってんのキサマ☆


【ガウスの発言】

 あれれー? のーみん、自称十七歳じゃなかったっけ~?


【のーみんの発言】

 あー、あー! 聞こえなーい! あたいは永遠のプリマドンナー!!


【うどん貴族の発言】

 そんでガウス、どうしたんよ?


【ガウスの発言】

 妹がゲオルやるって言い出した。


【デュランダル斉藤の発言】

 マジかよお義兄様、ちょっと紹介してくれ。


【うどん貴族の発言】

 出たな妹萌え怪人……!


【このえ@火山223の発言】

 でもガウスさんの妹なんでしょ。


【ガウスの発言】

 このえちゃんは何が言いたいのかな???


【このえ@火山223の発言】

 迂闊に手を出すと大変そうって忠告。


【デュランダル斉藤の発言】

 分かってないなぁ、このえちゃんは。

 妹ですよ? それだけで尊いんですよ? 分かる?


【暮井の発言】

 分かっちゃいないのはデュラさん、あんたの方さ。

 ガウスさんの妹とはいえ、ひょっとしたら可愛いかもしれない。可能性はある。

 でもな……その子はどう足掻いたって、姉じゃないんだよ。


【デュランダル斉藤の発言】

 出たな邪教徒め……! 姉の何がいいんだ、姉という時点で年増だぞ!


【暮井の発言】

 自分より小さなものしか愛せないのは、自信のなさの裏返しかい?


【デュランダル斉藤さんが規制されました】


【暮井の発言】

 馬脚を現したなデュラさん! これで分かっただろ皆、姉こそ至高なんだ!


【暮井さんが規制されました】


【ガウスの発言】

 で、話戻すけど妹がゲオルやるって言い出してさ。

 フレ登録とかは拒否るけど、ゲーム内で会わない言い訳どうしようかと思って。


【うどん貴族の発言】

 つーか問題あんの? 一緒に遊べば解決じゃん。


【ガウスの発言】

 いや、リアルとネットはちゃんと分けたいんだよ。

 あとカルガモに会わせたくないし、姐御もギリギリアウトかなって。


【大勢の発言】(4人)

 あー。


【うどん貴族の発言】

 けど無理じゃね? あんまり拒否るとリアルでギスるでしょ。


【ガウスの発言】

 そうなんだよなぁ。そこをこう、上手いこと解決する妙案が欲しいんだが。


【緑葉の発言】

 私に任せなさいガウス。ええ、とびっきりの妙案があるわ。

 その妹ちゃんをまずここに放り込んで、染めてしまえばいいと思うの。


【のーみんさんが緑葉さんの発言を評価しました】


【緑葉の発言】

 ほら、賛同者もいるわ!


【ガウスの発言】

 あんたものーみんも愉快犯じゃねぇか!!


【うどん貴族の発言】

 諦めろー。つーか俺らに相談とか、トチ狂ったことしたのが間違いなんだって。

 いっそ目の届く範囲に置いておくのが安全じゃね?


【このえ@火山223の発言】

 そう思う。野放しにしてたら野鳥の餌食になりそう。


【ガウスの発言】

 うぬぅ……それがまだしも、一番マシか……。


【のーみんの発言】

 お兄ちゃんが守ってあげるんだゾ☆


【うどん貴族の発言】

 オメーは加害者側だろ。


【のーみんの発言】

 そんなことないよー。とても安心よー。


【ガウスの発言】

 俺、のーみんはカルガモの同類だと思ってるから。


【のーみんの発言】

 !?


     ○


 ――さて。帰宅した俺は、先に宿題を終わらせることを奈苗に言いつけた。

 その時間を利用して島人に知恵を求めてみたのだが、あいつらやっぱ使えねぇわ。

 とにかくカルガモ達とは接触させないように立ち回るしかないが……ゲオルにログインした俺は、PT管理画面を開いてログイン状況を確認する。あ、ツバメだけいるな。


「おっすツバメ、何してんだ?」


 PTチャットで声をかけると、


『やっほーガウス君。ちょっと暇だったから、露店巡り中だよ』


「オッケー。じゃあ街で俺を見かけても声をかけないでくれ」


『え? なんでさ?』


「聞くな……!」


『あ、はい』


 気迫でゴリ押しに成功。害鳥さんチームの片割れとはいえ、やはりカルガモに比べたらちょろいぜ。

 俺は噴水広場まで移動して、奈苗がログインするのを待つ。あいつはファッションとか凝る方じゃないから、アバターの作成もそんなに時間はかからないだろう。一応、無難に仕上げるコツは教えておいたし。

 ぼーっとしていたら衛兵に一回殺されてリスポーン。カルマ値マジやべぇ。

 また殺されても嫌だし、適当な路地裏にでも避難しておこうかと思った時だった。


「――おーい兄ちゃん、ログインしたよー!」


 オープンチャットで叫ぶなぁ――っ!?

 ああクソ、なんたる迂闊! あいつこれが初MMOだから、常識とかないんだった!

 俺は慌てて急行し、声の主である奈苗らしいキャラの首根っこを掴むと、ダッシュでその場を離れた。

 周囲から人攫いだの通報しようだの聞こえるが、これ家庭の問題なんで不干渉でお願いします。

 人気のない場所まで辿り着いてから、俺は奈苗を解放したのだが……。


「お前、アバターそれ、リアルそのまんまじゃん……!」


「なんか面倒臭かったから、これでいいかなって」


 お前がいいならそれでいいけどさぁ!? もっと危機感持とう? ネットは怖いのよ?

 なんかもう既に疲労困憊だが、これマジで目を離しちゃいけないことに気付いて、俺はフレンド申請を送った。


「お?」


「許可しろ許可。フレンド登録するぞ」


「ほいほい。あ、このガウスってのが兄ちゃんなんだね」


「おう、こっちじゃちゃんとガウスって呼べよ」


「分かったよ兄ちゃん!」


 分かってんの? ねえ、分かってんの……!?


「ま、まあいい。それでえーっと、お前のキャラ名はスピカか」


「うん、乙女座の一等星。ラテン語で麦の穂って意味なんだよね。

 ほら、私の名前が苗だから、いつか実って穂になるように、みたいな感じで」


「お、おう」


 え、ラテン語? 何それ? ひょっとしてこいつ、頭いいの?

 いかん、なんか振り回され過ぎて自分を見失いつつある。落ち着け俺、俺を取り戻すんだ。


「あーっと、それでなスピカ。ゲームの常識とかは、まあ追々教えるとして。

 どんなジョブがあるかは教えたけど、なりたいジョブはあるか?」


 こっちのPTには合流させず、しかし俺とは組むことを考えたら、神官か魔道士がありがたいんだけど。

 スピカは問いかけに眉を下げて笑い、


「まだ決めてないんだよねー。どれがいいか分かんなくてさ。

 あんまり難しくないのがいいんだけど」


「ふーん。じゃあレベル五になるまで狩りして、それから考えてみたらどうだ」


「うん、そうする!」


「よしよし。じゃあ最初の狩りにちょうどいい獲物がいるから、そこまで案内してやろう」


 クックック、ヨロイムシさんの洗礼を受けるがいいわ……!

 あんなのの相手をしたくないと思わせられたら、自然と前衛は避けるだろう。あとはソロでも狩りがしやすいとか言って、神官か魔道士にする。完璧な計画だぜ!!

 ――そしてスピカは、まったく躊躇せずにヨロイムシさんをぶっ殺した。

 俺の完璧な計画は、こうしていきなり頓挫したのである。

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