第十四話 ファッションチェック
クエストを達成した俺達は、ラシアの街へ戻ることにした。
ついでのようになってしまったが、戦士ギルドで受けたゴブリンの討伐クエストも達成したので、また狩りをするにしてもその報酬を受け取ってから、という方針になった。
で、その報酬が五千ゴールド。さらにドロップアイテムを売った分も合わせると、九千ゴールド近い収入になった。
へへっ、ボロ儲けじゃねぇか……! これだけありゃ、一気に装備も充実するってもんだぜ。なあオイ!?
どんな武器や防具を買おうかしら、モンスタージェムを試してみるのもいいなぁ、なんて俺とカルガモがうきうき相談していたら、姐御の爆弾発言が飛び出した。
「これだけあれば、ちゃんとした服も買えそうですねっ」
服。このゲームにおいては防具としてのデータを持たない、見た目だけのファッション装備である。
いやまあ、装備部位が防具と被る場合、服を優先表示して装備を隠すことができるという実用性もあるんだが、対人戦でしか役立ちそうにない。
だから装備も揃ってないのに服を買うなんて、はっきり言って自己満足にしかならないし正気を疑う。おいおい頭おかしいぜこいつ、と俺とカルガモは嘲笑しようと思ったのだが、服を買うという意見にクラレットとツバメが同調した。
「いいですね。いつまでも同じ服って嫌ですし」
「初期装備は似たり寄ったりだもんねー。あたしも賛成!」
おっと逆風。どうするよこれ、多数決で押し切られちまうぞ。
そう思いながらカルガモを見ると、害鳥は穏やかな笑顔で女性陣に歩み寄っていた。
「ふぉっふぉっふぉ。おぬしらがもっと可愛くなる名案じゃな」
あっ、ずっりぃー! 逆らえないと見て迎合し、好感度を稼ぐのって卑怯だと思いまーす!
せめて俺だけでも抗議しなければなるまいと、絶望的な戦いへ挑む。
「おいおい、いくら何でも全員分ってのは厳しいだろ。
仲間外れを作るぐらいなら装備を買って、もっと稼げるようにしようぜ」
「はぁ~……ガウス君はそういうトコ、つまらない人ですよねー」
「実物を見てからでもいいと思う。安いかもしれないし」
「上だけ買うとか、そういう手もあるもんね!」
「ま、待て待て! そもそも服って高いんじゃねぇのか、なあカルガモ!?」
助けを求めてカルガモに訴えるが、口からでまかせというわけではない。
服を作るには布――もっと言えば糸が必要になるわけだが、大量生産ができるようになったのは産業革命のおかげだ。それまでは全て手作業なわけだから、お値段も当然ながら高くなるだろう。
俺の指摘にカルガモは難しい顔をして、
「まあ時代にもよるが……庶民の服でも一着が銀食器と同じような額だったらしいからのぅ。
地球を基準に考えれば、おいそれと買えるようなものではなかろう」
ほらな? と俺は正当性を示すように女性陣を見る。
しかしカルガモは不敵に笑って、だが、と言葉を続けた。
「そのあたりはゲーム的な都合が優先されておると思うんじゃよ。
ランクの低い装備は安かったが、リアルに考えれば鉄製の装備はそれだけで高級品じゃからな。
それに服が高級品じゃとしたら、この初期装備の服を売れば金策になってしまうじゃろ」
ぐうの音も出ない完璧な回答だった。
しかも姐御がさらに補足意見を述べてくる。
「この服にしても、リアルさを追求してるって感じではないですねー。
徹底的にやるなら麻の服だと思うんですけど、綿とかも使ってますよこれ」
「あれ? タルさん、綿って高かったの?」
「昔はヨーロッパだと質が悪くて……値段が落ち着くのは、輸入できるようになってからですね。
ですからこちらの服、カモさんが言うようにゲーム的な都合優先だと思いますよー」
何も心配はないと笑う姐御。反論できなくて俺は「くぅ~ん」と鳴いた。
反論しようにも姐御とカルガモの方が詳しいし、意固地になって俺だけ装備買うとか主張しても、それはそれで仲間外れみたいになって寂しいんだよなぁ!
そんなわけで牙を抜かれた俺は全面降伏し、俺達は服屋に向かうのであった。
○
服屋は街に何軒かあり、品揃え――率直に言えば価格帯が違い、俺達はお財布に優しい店を選んだ。
店内は少し狭いぐらいに棚が並び、そこへ様々な服が置かれている。ここでは安いもので五百ゴールド前後から、高くても二千ゴールド前後となっており、やはりカルガモ達が言ったようにゲーム的な都合が優先されているようだった。
で、姐御は各自千五百ゴールドのお小遣いを配り、その範囲で買いましょうということに。女性陣はキャッキャと賑やかだが、カルガモの目はそれとなく死んでいた。きっと俺も同じような目をしていることだろう。
いや、だってさぁ……これ、絶対にファッションセンスを試される展開じゃん?
これで商品がリアルと同じような服なら、無難な服を選ぶぐらいのセンスはある。そう信じたい。しかし悲しいかな、ここは剣と魔法のファンタジー。わりと普通の服もあれば、ファンタジーじゃないと許されないような服もある。
そうなると組み合わせの難易度は一気に上がるわけで、さてどうしたものか。別にファッションリーダーなんて目指してないが、かと言ってダサいと思われるのも嫌だし、無難にまとめてつまらないと評価されるのも癪だ。
つまり、少しは冒険をしなければならない……!
同じようなことを考えているらしいカルガモは――ってお前、正気か!?
愕然としてカルガモを見ていると、視線に気付いた奴は自嘲気味に笑った。
「安心せい……流石にこれはない」
そう言って、手に持っていたもの……見事な白褌を棚に戻した。
よ、よかった。気の迷いか何かで手にしたものの、正気に戻るだけの理性はあったようだ。
「いや、つーか褌? ファンタジー世界に何を持ち込んでんだよ、運営」
「どこかに日本のような文化の国があるのかもしれんぞ?
……俺はそれ以上に、開発スタッフの誰かの趣味のように思うが」
ああ、うん。なんつーかそれだけ、クオリティーが他の下着とかよりも頭一つ抜けてるもんな。
そこはかとなく執念すら感じる完成度だけに、開発スタッフ犯人説はもっともらしい。
「む、待てよ? 褌があるということは、ひょっとして……」
何か思いついたのか、カルガモは棚をごそごそと漁る。
「――おお、やはりあったか!」
そうして引っ張り出したのは、小豆色の着物だった。和服にしては丈が短く、膝丈ぐらいだろうか。襟もあるので、洋服の要素を取り入れたデザインなのだろう。となると、袴かズボンも必要になるが……カルガモはゆったりした白のズボンを選び、インベントリを操作して試着した。
なるほど、和洋折衷な侍スタイルといったところか。元々、こいつのアバターは四十代半ば。髪を後ろで束ねていることもあって、悔しいが似合っている。初期装備のベルトをワンポイントに流用しているのも悪くない。
「くそっ、いい感じの着地点を見つけやがったな……!」
「リアルではこういう服装、できんからなぁ。和洋折衷は我ながら名案じゃった」
ええい、俺も負けていられん。とりあえず方向性はジャケットスタイルだな……たしかファッションの基本は色を三色にまとめることだっけ? 髪が赤だからそれも一色と考えて、まずは赤いシャツだな。
赤と相性のいい色は黒だから、光沢も取り入れて黒革のジャケットをチョイス。下まで光沢があるとギラギラし過ぎているかもしれないので、下は普通の黒いズボンにしておけばいいか。
うーん、ちょっと地味過ぎるか? 色だって赤と黒だけだしな。小物を使って変化を加えてみるか。
よし、ベルトだ。茶革のベルトを……あ、安いな。一本百ゴールドじゃん。じゃあこれを使ってファンタジー感を出そう。まず腰に二本、それから左の太腿に一本。左腕にも二本巻いておこう。
試着して店内においてある姿見でチェック。おいおい……ちょっとこれ、カッコイイにもほどがあるんじゃないか?
「ないわー」
通りがかったツバメがさらりと俺の心を抉った。
え、ない? ほんとにぃ? でもほら、このベルトとかよくない?
諦め切れずにポーズを取っていたら、姐御が通りがかった。
「あー。大昔のゲームにそういうキャラデザ、結構ありましたねー。
レトロ路線で攻めるにしても、ちょっとダサい気がしますけど」
違うの。レトロなんて全然狙ってないの。
心の折れた俺は、そっかーダサいかー、と空虚に笑いながら呟いた。
そして最後に、姿見を使おうとしていたらしいクラレットがやって来て首を傾げた。
「ベルトの意味が分からない」
うん、俺にも分からないんだ。ごめんね。
残念。俺の冒険はここまでだ。
もう自分のセンスが信じられなくなって、俺はクラレットへ静かに土下座した。
「コーディネートお願いします」
そういうことになった。
○
「おお、いいじゃんか!」
クラレットに選んでもらった服は、派手さこそないが悪くないものだった。
暗いモスグリーンの丈が短いジャケットに、ゆったりした茶のズボン。シャツは初期装備をそのまま流用した白だが、節約したことで小物としてゴーグルを用意できていた。
「コンセプトは昔の飛行機乗り。ファンタジーなら違和感ないかなって。
それにガウス、前衛だから。目を保護したい時もあるかなって」
「なるほどなぁ、コンセプトと実用性か」
俺のファッションセンスには、それらが欠けていたのだろう。
クラレットの選んでくれた服は単品で見れば普通だが、組み合わせによってコンセプトを表現し、そのための小物であるゴーグルは実用性を意識したもの。ファンタジーファッションかくあるべし、というぐらい見事だ。
「サンキュー、クラレット! これ気に入った!」
「よかった、気に入ってくれて。
さっきみたいなベルトお化けが趣味だったら、どうしようかなって思ってたから」
「忘れて。あれは忘れて」
どうして俺はあんな服装を選んでしまったのか。
思うにベルトって便利過ぎると思うんだよ。アクセントとして使いやすいし、物足りないところにとりあえず巻けばいいや、みたいな。実用性を考えなければ、賑やかにするアイテムとして便利なのだ。たぶん。
正直、今もちょっとベルトを巻きたい感はあるが、クラレットの考えてくれたコーディネートを崩すのも悪い。つーか素人が少し物足りないと思うぐらいが、ファッションとしてはちょうどいいバランスなのかもしれない。
そんな感じで納得していると、姿見の前に立ったクラレットが言う。
「ガウス。私も試着するから、感想聞かせて」
「お、おう。俺の感想でよければ」
役に立つ気がまったくしない。
それでも構わないのか、頷いたクラレットはインベントリを操作して服を変更した。
「どう、かな?」
上は落ち着いた赤のブレザーで、下は緑のチェック柄のミニスカート。そして胸元には黒のネクタイ。
単品で見れば特に変わったものではないが、セットになるとコンセプトが一目で分かる。
「なるほど、制服風か」
「うん。ブレザー、ちょっと憧れてて。
リアルだと古い学校だから、セーラー服で――」
そこまで言って、話し過ぎたと思ったのか、クラレットは慌てて手を振った。
「ごめん、何でもない。今の忘れて!」
「ああ、聞かなかったことにするよ。
だけど流石クラレットだな。よく似合ってるし、バランスもいい」
髪が黒だから、ネクタイも同じ黒にして縦の軸を作り、それに映える赤のブレザーというのが上手い。白や黒ならともかく、赤みたいな主張の強い色を上着にするのって難しいんだよな。リアルでは珍しい色使いなのもあって、ファンタジー感も程良く出ているし。
感心していると、クラレットは赤面して身をよじった。
「……あんまりじろじろ見られると、恥ずかしい」
「あ、そりゃすまん」
マネキンじゃないんだから、確かにちょっと無遠慮過ぎたかもしれない。注意しておこう。
とはいえ気を悪くした様子はなく、似合っていると褒められたからか、少し上機嫌そうだった。
うぅむ。この可愛気が島人の女性陣にもあれば――などと思っていたら、背中に衝撃。
「ばーん!!」
「あいたぁ!?」
ツバメがいきなり背中に張り手をかましやがった。
おうおう何の恨みがあってこんな暴挙に走りやがったんですかねぇ!?
ちょっと涙目になりつつ振り返ると、そこには着替えたツバメの姿があった。
「クラレットに見惚れるのもいいけどさー、あたしもイケてると思わない?」
そう言うツバメの服装は、明るい灰色のベストに黒のチューブトップで、大胆に肌を見せている。下はスリットの入ったデニムのミニスカートで、とにかく活発な印象を与える。しかしショートボブの栗毛のせいか、それともツバメ自身のイメージのせいか、全体的には色気よりも子供っぽさが強い感じだ。
それと……言っていいものか少し迷ったが、まあ素直な感想を伝えよう。
「イケてるとは思うが、全然呪術師に見えねぇ」
身軽さを重視した前衛か弓職って感じ。
だがツバメは気にした様子もなく笑い、
「ジョブに縛られたらもったいないじゃん!
折角なんだから、服ぐらい好きなの着なくっちゃね」
むぅ、そう言われたら同意せざるを得ない。
クラレットも感心した様子でツバメを見て、
「すごいねツバメ。確かにリアルだと、そんな冒険できないかも」
「紫外線とか怖いもんねー。リアルだったら長袖にしてるよ」
ああ、俺はそういうの気にしないけど、女は紫外線って気にするもんな。
そういうところを考えると、これもファンタジーならではのファッションなのかもしれない。
「ところで姐御は?」
「さっき精算してたよ」
早いなオイ。試着して皆に見てもらってー、みたいな女子力が一切感じられない。
そんなことを話しているとカルガモがやって来て、女子二人による短評を聞かされる。
「冒険してるようでいて、着物っていう要素に逃げちゃってるよね。
根底の方向性が、モテたくてお洒落頑張ってるお父さんっぽい」
「うん。ファッションを楽しんでる感じとは、ちょっと違う」
「こやつら評価厳しくないかのぅ!?」
はははザマァ。まあ実年齢とアバターの設定に乖離があると、意図せずしてこんな結果を引き起こすことにも――んん? ちょっと待てよ?
そういう意味で言えば、姐御だってリアルとアバターではそこそこ年齢差が……え、大丈夫? あの人、試着してるところ誰にも見せてないよな!? 痛いことになってないよな!?
「おー。皆さん似合ってますねー!」
一人で戦々恐々としていたら、姐御の弾んだ声が聞こえた。聞こえてしまった。
くっ、目を逸らし続けるわけにはいかないんだガウス。お前にも現実を見る時がやってきたんだ。南無三っ!
「うわ普通」
「ちょ、なんですかその感想!?」
「でもホント、意外と普通なの選んだねタルさん」
姐御の服装は白いブラウスに、紺色のコルセットスカートというもの。似合ってるし、可愛いし、ファンタジー感もあるっちゃあるんだけど……普通なんだよなぁ。
この普通さを表現するのに適切な言葉を、カルガモが容赦なく口にする。
「あれじゃな、村娘」
ああー、と手を打って納得する俺達。それだよそれ、村娘だ。
見れば見るほどモブ感が凄い。擬態かと思うぐらい風景に埋没してる。
「けどよぅ、カルガモ。これ、オチ担当にしては弱くね?」
「誰がオチ担当ですか誰が! こらそこ! カモさん頷かない!」
いやしかし、姐御らしいと言えばらしい服装ではあるんだよな。
試着姿を人に見せずに買ってる男らしさっつーか、シンプルイズベストみたいな精神性。まあシンプル過ぎてモブ感がパネェんだけど。
うーん……これなら足し算で考えていいよな。俺は近くの棚を漁って、良さ気なものを見つけると姐御に手渡した。
「これを合わせてみたらどうだ? 印象変わると思うけど」
渡したのはスカートと同じ紺色のマリンキャップだ。
元々は船乗りの帽子だったとかで、わりと無骨なデザインをしている。
姐御はマリンキャップをとりあえず被り、姿見で確認して、
「ちょっとこれ買ってきます」
あ、気に入ったのね。よかったよかった。
「しかし帽子一つで、えらく印象が変わったのぅ」
「村娘だったのが、小生意気な軍人娘って感じだよね。……ちくしょう、可愛いなあれ」
どうやらツバメの琴線に触れる何かがあったらしい。
俺はあれでよかったかなと、確認するようにクラレットを見たが、彼女は苦笑していた。
「ツバメ、気の強いちっちゃい子が好きだから」
「あー、そっちか。なるほど、なるほど」
どうする姐御。あんたツバメにちっちゃい子扱いされてるぞ。
まあ確かに小柄ではあるんだけどさ。……うん? 待てよ? 俺とクラレットの身長を比較した場合、俺の方が大きいもののその差は一センチもない。
だけど俺はアバター作成時に、一センチだけ盛ってるわけで――もしクラレットがリアルと同じ身長設定にしていたら、まさか、ひょっとして。そんな、嘘だろう!?
気付きたくないことに気付いてしまったが、確認するのも気が引ける。リアルの情報を聞くなんてのは、親しい仲でも避けるのが礼儀だ。古事記にだってそう書いてある。すげぇな日本人、太古からネット三昧かよ。
「あ、私達も精算しないと。行こ、ガウス」
「おっと、そうだった」
しかしこれ、試着してるの忘れて外に出たらどうなるんだろうな。
ちょっと試してみたいが、普通に衛兵に捕まりそうなのでやめておこう。
新しい服を買ったっていうのに、囚人服になるのは嫌だ。
○
買い物を終えた俺達は、もう狩りに行く雰囲気でもなかったので、ぶらぶらと街を歩きながら話していた。
話題は溜まり場をどうするかといったものだが、しばらくは必要ないんじゃないか、ということでまとまる。どうせもう少しレベルが上がったら別の街へ移動することになるだろうし、それからでも遅くないだろうとのことだ。
実際、キャラクターレベルはもう十八になってるんだよな。初日ほどのペースではないが、ゴブリン狩りは実に美味かった。臨時広場の平均を考えると、ひょっとしてこれ、最速組に分類されるんじゃねぇかな。
半ば冗談でそんなことを言うと、わりと小まめに掲示板をチェックしているカルガモが、
「無理をして長く狩っておる連中で、二十になったかどうかといったところじゃな。
ひょっとしても何も、俺らは充分に最速組じゃよ」
「マジで? けどゴブリン狩りだって、姐御の掲示板情報だぜ」
他にも狩ってる連中はいるだろ、と思ってそう言ったのだが。
そこで姐御は微妙に気不味そうにして、
「掲示板には、数が多いから稼げそうって、そう書いてあったんですよー」
「…………あっ」
ただの目撃情報じゃねぇか! こんにゃろう、効率に釣られて情報のない狩り場に……!
「でもでも、稼げたから悪くないと思うんですよ、私っ」
「第一回PT会議ー。姐御にこういう舵取り任せるの、以後禁止にしようぜ」
「「「異議なーし」」」
「ちょっとー!? 謝りますから、そういうのやめてくださいよー!」
「そりゃいいけどさ。反省はすんの?」
「…………はいっ」
信用できねー。これっぽっちも信用できねー。
誰もが死んだ魚アイを向けるが、これでこの話は終わりとばかりに姐御が声を上げる。
「そ、そうそう! ちょっとお金余ってますし、酒場とか行きませんか!?
飲み食いしましょう、飲み食い! ね!!」
「あ、いいかも」
おっと、クラレットが乗り気のご様子。さては知らないな?
とはいえ夢を壊すのはよろしくので、ここは乗っかっておこう。
「酒は飲めないから、カフェとかにしようぜ。
俺、どうせなら甘いもん食いたい。ケーキとか」
ケーキという単語にクラレットがぴくりと反応する。
それを見逃すような害鳥さんチームではなく、
「そうじゃな。女子が多いしその方がよかろう」
「ゲームだからカロリー気にせず食べられるしね!」
「おお……食べ放題……」
クラレットのテンションが静かに急上昇。
おいおい、あんまり煽るなよ害鳥ども。あとで怖いぞ。
「それにリアルと違って、珍しいフルーツとかも使えるもんな」
まあ俺も煽るんですけどね!
そんなわけで俺達は手近なカフェを見つけると、店に入って席に就く。店内の客はプレイヤーよりもNPCが多そうだが、流行っていないとかではなくて、娯楽に金を出せるプレイヤーがまだ少ないってことだろう。
俺達はウェイトレスに思い思いの注文を伝えるが、複数のケーキを注文したクラレットが実に微笑ましい。
そうしてケーキや紅茶が運ばれ、いよいよクラレットはそれを口に入れた。
「………………えぇぇ?」
とっても微妙そうな表情。
イタズラの成功した俺達は、ここでネタばらしをする。
「薄い砂糖水みたいな味だっただろ? 他のケーキも同じ味だぜ」
「VRゲームの料理って、基本そんな感じだよー。
本当に美味しかったらゲームで満足しちゃうから、規制されてるんだよね」
「そ、そんなぁ……」
がっくりと肩を落とすクラレット。マジへこみである。
いやー、分かるなぁ。俺も昔はそうだった。というか、大半のVRゲーマーが通る道だ。
まあ医療用とか軍事用とか、ちゃんとした美味しい料理が必要になる分野だと、VRでも満足できる味になっているらしいが、俺には縁のない世界のことだ。
で、騙したお詫びということで、クラレットには色々とVRゲームのお約束を教えることになった。
例えばアバターの性別。たまに知らない人もいるのだが、アバターの性別は自由に選べない。健全なゲームで悪用されて問題になった過去があり、今では異性のアバターを作ることはできないのだ。
競技性の強いゲーム――特に格ゲーなんかは関節の可動域とかの問題もあり、これでもかと強固な対策をした上で性別を選べるようになっているが、リアルとの違和感が強くて異性を選ぶ人は少ない。
アバター関連で言えば声もそうだろう。成りすましなどを防ぐために、声も基本的には弄ることができない。つーか自由に弄れると、声優とかの声を再現する馬鹿も出るんだよな。演技力はどうにもならないが、声は声で悪用できてしまうし、やはり規制は必要だろう。
それからゲーム内での睡眠――いわゆる寝落ち。珍しいことではないのだが、ログイン状態は維持されたままなので、生体脳も一部は覚醒したままになる。どういうことかと言えば、ぶっちゃけ全然寝た気がしない。
寝てはいるので肉体疲労は取れるのだが、脳は睡眠したと認識してくれないのだ。酒を飲める連中の話によれば、二日酔いに近い感覚らしい。俺も何度か寝落ちしたことはあるが、確かにあれはつらい。
なので、眠い時は素直にログアウトして寝ましょうね、ということになる。
そういったあれこれを話していると、不意にささやきが飛んできた。
『やあガウス、私だ。実は私もゲオルギウス・オンラインを始めたんだ。
今、手は空いているかい?』
うん、知ってる。表示フレームには「wis:双龍」とあった。
俺は皆にささやきが飛んできたと断ってから、
『ぶっちゃけ今日はもう狩りしないけど』
『なっ……い、いや、構わない。会ってフレンド登録だけでもしておこう』
『えー』
『何が不満なんだ君は!』
具体的な理由は特にないんだけど、強いて言うならただただ面倒臭い。
しかし断ると明日以降さらに面倒臭そうなので、渋々ながら了解する。
『今、ラシアのカフェにPTで集まってるからおいで。姐御とカルガモも一緒』
『了解した、数分待ってくれ』
さて。本当に面倒臭いが、とうとう奴とも合流か。
俺は皆――特にカルガモを見て、
「ロンさん、こっちに来るってよ」
「ほほう、ロンロンが」
ニヤリと笑う害鳥。
双龍――またの名をロンロン。
以前、この害鳥が「龍が二つでロンロンじゃな」とか言ったせいだ。
つまるところ、ロンさんとはカルガモの玩具である――――。




