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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第七章 花咲ける根無し草
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第二六話 英雄の熱量


 キャインと泣かされ続けて夜が明けた。

 難民キャンプではパンなど、調理を必要とせずに食べられる食料が配給され、朝食の時間となっている。しかし食事をする連中の表情は冴えず、食事に不満があるのは明らかだった。

 何せどいつもこいつも、飽食の時代を生きる現代っ子である。安いだけのクソ硬いパンや、保存性しか考慮していないような塩漬け、酢漬けを齧れば、いかに恵まれた食生活をしていたのか痛感する。

 ロンさんが言ってたのは、こういうのも含めるんだろうなぁ。当たり前のものだった豊かさが失われて、しかし取り戻すことができないのなら、せめて少しでもマシになりたいと願う。そのために地道な努力を重ねて……安定したら、どこかで妥協するのだ。

 きっと美味いメシが食えるようになれば、それだけで満足する奴もいる。それが悪いことだとは思わないが、戦力が目減りするだけでも痛いし、内部分裂にまで至れば最悪だ。

 どうにかしたいという思いは確かにあるが、俺の行動に意味はあったのだろうか。ザルワーンに挑むどころか、ウルフに負け続ける姿を見て、彼らは何を思ったのだろうか。


 そんなことを思いながら、俺はお情けで配給されたパンを齧る。

 ……食えなくはねぇんだけどなぁ。これを主食にしろって言われたら、俺もきつい。

 まあ空腹はバッドステータスの一種みたいなもんなので、死に戻りすれば解消されるのは身をもって体験している。いざとなれば殺し合って……いや本末転倒だなこれ?

 もうちょっと平和的な方がいいよな、と思い直していたら、難民キャンプに動きがあった。


「ちょっといいかー!」


 そう声を張り上げたのはナップだ。

 彼は机をいくつか並べただけの、臨時の指揮所から皆の注目を集める。


「協力してくれた商人系プレイヤーのおかげで、結構いい感じだ。時間がなかったから食事は寂しくなってるけど、すぐに改善していくから安心してくれ」


 事情を知っているだけに、それは不満を抑えるための欺瞞だと分かってしまう。

 すぐに困窮するほどではないが、レベルアップができないのなら、モンスターを狩ってドロップを売る、というゲームなら当たり前の経済活動は成り立たない。

 そんな状況で食事を改善するのは、蓄えを吐き出すだけの急場凌ぎだ。だがそうしなければならないと判断したことも理解できる程度には、ここの連中の顔色は優れていなかった。

 だからだろう。欺瞞に気付いた者もいる筈だが、あえて気付かないフリをして疑念を呑み込み、食事が改善するという朗報を喜ぶ。内部分裂を避けようと、末端まで気を配っていやがるのだ。


「それで、班編成をちょっといじる。具体的には調達班の班長を双龍さんにして、彼の指揮下で色々やってもらうつもりなんだけど、詳しくは朝食の後に聞いてくれ」


 倉庫から売れるものを売って、食料を買うつもりなのだろう。しかしロンさんを班長に据えるのは、彼に権力と発言力を持たせるためだ。

 不満を持つ者を彼が密かに糾合し、どんな対処でもできるようにするための下準備といったところか。今のところは姐御監修だと思われるが、島人的にはかなり綱渡りな判断でもある。

 ロンさんはなぁ……単体だとクソ雑魚だけど、金と権力を持たせたら無双するんだよなぁ。こんな時まで暴走するとは思いたくないが、そんな信頼はできないからこその島人だ。


「それから戦闘班と狩猟班も少し人員を減らして、調達班に回ってもらう。この人数の生活必需品を揃えようと思ったら、運ぶだけでも人手が必要になるからな」


 おっと、これは聞いてないし予想外だぞ?

 ナップの後ろの方で、姐御もロンさんに胡乱な目を向けている。そちらも話が通っていない、と。

 暴走かどうかの判断はまだ下せないが危険信号。既にロンさんは事態がどう転がってもいいように、全力で自己保身に動いていると考えた方がよさそうだ。

 つーかどう考えても手駒を増やそうとしてやがる。


「じゃ、そういうことで。食事を続けてくれ」


 ナップはそう言って話を締めたが、あいつ分かってんのかなぁ。

 たぶんお前、ロンさんの中で駒扱いされてるぞ。


     ◯


 朝食の後、俺はクランハウスのリビングに顔を出していた。

 集まっているのは姐御、カルガモ、クラレット、ツバメ、スピカ、ロンさん。夕陽の姿が見えないが、ツバメによれば「省エネ中」とのことで、実体化せずに休憩しているようだ。

 また情報共有のため、ニャドスさんとネジスキが同席している。


「――いや、どうしましょうかねー、これ」


 口火を切ったのは、俺の膝上に座って力を抜き、全身でだらけている姐御だった。


「思ってた以上に皆さんの精神がマッハなんですよねー。

 昨日からちょっとした小競り合いと言いますか、言い争いは細かく起きてますし。無理ですよこれー。私の手には余りまーす」


「いやいや、俺達もサポートするんで、タルタルさんには踏ん張ってもらわないと」


 ニャドスさんが慌てたように励ましの言葉をかけ、それをネジスキが引き継ぐ。


「残念ながら、私やナップでは対立を生みますからね。それに私個人としても、タルタルさんの手腕は信用しています。何せ星クズを飼い慣らせているのですから」


「がるるっ」


「威嚇しないでくださいねー? 事実に怒る必要はありませんからー」


 そっかぁ。でも星クズ呼びの方にキレてるんだよ俺。

 昂ぶる俺に、しかし姐御は背を預けて抑え付けると、だるそうに言う。


「まー、私がまとめ役なのはいいんですよー。

 いいんですけど、ちょっと威光と言いますか、パワー不足なんですよねー。私個人で目立ったコトした実績ありませんし、言うこと聞かせるパンチがないんです」


「なんじゃ、そんなことか」


「カモっち、名案でもあるの?」


「歯向かった者を斬れば解決じゃろ?」


「そんなわけないでしょ!」


 物騒なことを言い出したカルガモに、ツバメが肘を入れた。

 そんな光景を見たロンさんが、ふっ、と不敵に笑って、


「一理ある。――恐怖政治に興味はあるかね、タルタル嬢?」


「ありませーん。一理もありませーん」


「まあまあ聞きたまえ。確かに君の実績不足は否めん。だがカルガモとガウス、この二匹の暴力装置を抱えているのは最大の利点だ。

 こいつらは人を殺して痛む心を持ち合わせていない上に、殺されて壊れる心もない。この実に経済的な暴力装置を駆使すれば、独裁だって不可能ではあるまい……!」


「あのね、ロンロン。兄ちゃんも痛む心あるよ?」


「気のせいではないかね?」


 スピカのツッコミを一蹴して、立ち上がったロンさんは最高の笑顔を浮かべた。


「独裁は金になるぞ……! どんな不正も罷り通り、合法的に民を搾取できる!

 いっそトーマなんぞ捨て置いて、この世界の実利を独占するというのはどうかね!?」


「八割本気で言ってそうだけど駄目でーす」


「十割だが?」


「絶好調ですねー。でも私が嫌なのでやりませーん」


 言って、姐御は浅く身を起こし、


「たぶんこれ、そういう話だと思うんですよねー。

 今野満彦の造る世界って、まあまあ魅力的じゃないですか? いると思いますよー、そういう世界が欲しい、そういう世界で在って欲しいと望む人。

 でも私は嫌です。理由はまあ、ええ色々とありますけどー。それを望まない人がいるのなら、私は嫌です。理想郷を押し付けられて不幸になる人がいるのなら、それは理想郷じゃないんですよ」


 そう語り、また俺に背を預けて脱力した。


「嫌だから否定しに行くっていう、それだけの話なんですよねー。

 ですからその、そんなわがままのために大勢を統率するのは気乗りしないと言いますか、ぶっちゃけ面倒と言いますか」


「結論それでいいのタルさん!?」


「気持ちは分からなくもないけど、ぶっちゃけるのはどうかと!」


「……ううん。大切なことだと思う」


 姐御へのツッコミに対し、真剣な声音で応じたのはクラレットだった。


「タルさんはその納得で、自分は戦えるって言ってるから。

 だから――皆にも、外の人達にも、納得が欲しい……ってことだよね?」


「んもー。買いかぶり過ぎですよっ」


 困り顔で、しかし嬉しそうに答えているあたり、それが姐御の本心ということだろう。

 強制するような真似は気乗りしないし、皆にも納得できる動機が欲しい、と。


「無理じゃね?」


「急に後ろから刺してきますねこの子!」


「いや、だってさぁ。動機ってあれじゃん、熱量じゃん。何も関わりがなかった連中が持てるのって、こんな世界は嫌だーって不満の熱量ぐらいだろ?

 それだけで納得して戦えるかって言ったら、無理なんじゃねぇかな」


 そう言うと、納得したようにカルガモが頷いた。


「ま、無理じゃろうな。ここにおるのは個人的な動機が既にある者や、何かしらの義務感を動機としておる者じゃ。

 同じ熱量の納得を求めたところで、反発されるのがオチじゃろうて」


「……ふっ、甘いな。私が何のためにガウスを使ったと思っている?

 死に続けることで煽れば、いくらかは――」


「双龍。お前は人間に期待し過ぎじゃよ」


 あえてロンロンではなく、双龍と呼んでカルガモは言う。


「それで立ち上がれるのは、きっかけがなかっただけの馬鹿じゃよ。

 誰もがお前のように、諦めが悪いわけではない」


 ……なるほど。俺も馬鹿の側だから、ロンさんの計画に納得していたが。

 言われてみれば、ロンさんは人間を信じ過ぎていた。希望さえあれば立ち上がれる、馬鹿にされたら悔しがると、人間の底力みたいなものを前提にしていたのだ。

 だがそうではないと突き付けられ、それでもロンさんは抗弁した。


「ならばどうすればいい!? 貴様には他に手があると言うのか!

 ただ諦め、腐り落ちて行くのならば、せめて僅かでも救い上げるべきだろう!?」


「その精神は賞賛に値するがの。その努力で、お前はお前自身を救っていたに過ぎん。

 ただ諦め、腐り落ちることを拒ませたのは、お前がそうはなりたくないと望んだからじゃよ。

 ――ならば考えよ。本当にすべきことは何じゃ?」


 問われ、ロンさんは苛立ちを抑え込むかのように一度、足先で床を叩いた。

 ロンさんは馬鹿ではない。そのことは俺もカルガモもよく知っている。

 だから思考の前提が間違っていたと示されたならば、彼は答えに辿り着ける。

 カルガモは他に手があるわけではないが、それに辿り着ける人物を導いたのだ。


「――英雄を作り、希望を示すという方針は続行だ」


 再び口を開いた時、ロンさんの顔に迷いはなかった。


「だが、方法は変える。うむ、所詮ガウスは英雄の器ではなかった」


「おいコラ」


「はははウルフにも勝てない雑魚は口を慎みたまえ!

 次のプランは完璧だ。この私が太鼓判を押してやろう!」


「いい空気吸ってますねー」


 呆れつつも、姐御は楽しそうにロンさんの話を聞く。

 そうそう。このクソムカつくが、意味不明な万能感がロンさんの持ち味だよな。


「しかし動機を熱量と言い換えたのはよかった。そこは褒めてやろう。

 そう、熱量だ。圧倒的な熱量を誇る英雄が生まれれば、人はどう思う? 憧れるか? 自分もそうなりたいと願うか? 違う違う! 有象無象は勝ち馬に乗りたいと思うのだよ!」


「この人、微妙に否定できないこと言うのがムカつきますね」


 どうやらネジスキもロンさんの味わいが分かったらしい。

 ますますいい空気を吸って、ロンさんは絶好調だ。


「そのような熱量を生むには、ただの英雄では物足りん! 不可能を可能にする英雄であるべきだ!

 故に――諸君、ザルワーンを討て!

 どんな奇跡を持ち出しても構わんぞ、その手で奇跡を起こしたまえよ!」


 それが結論か。つまり、カルガモや夕陽を使ってでも倒せ、ってワケだ。


「なるほどー。それが実現したら、私も楽になりますねー」


「うん。上手く行けば揉め事は減るし、タルタルさんも参戦するなら功績になる」


「え。私もやるんですか!?」


 合理性の鬼が、姐御の参加を既定路線にする。

 いや、むしろ姐御が参加しないでどうすんだよ。


「つーかロンさん、メンバーはどうすんだよ?

 どんな奇跡を起こしてもいいって言われたって、奇跡を起こせるメンバーじゃないと駄目だろ」


「うむ、それなんだがね」


 ロンさんは少し、現実逃避するように上を向いて。


「シャーロット女史を探して、頼ってみるところから始めようではないか。

 きっとまあ……何か妙案が出るだろう!」


 この野郎、不可能の解決策を押し付けやがった!!

 だが不可能に挑むとなれば、シャーロットさんの知恵は必須と言ってもいい。

 あとは奇跡を起こすために、魔術に慣れた人間は多ければ多いほどいい。

 ひとまずはザルワーン戦に向けて、俺達はこの場にいない仲間との合流を、当面の目標に据えた。

 遠回りかもしれないが――あの根無し草を枯らすには、きっとこれが最短なのだ。

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