第二四話 星のない夜
姐御の大号令により、当面の目標は食料の確保となった。
イエローブラッドの連中は寝床の確保も必要だが、それは最悪、野宿でもいい。どうしても屋根のある場所で寝たいのなら、ちょっと街で罪を犯して三食昼寝付きのVIP待遇でもいいのだ。
一応、死に戻りは機能する筈だから、餓死しても本当に死ぬわけではないし、空腹に苦しむのが嫌なら自殺してリセットすることもできる。まあ普通にメシ食った方が精神衛生にはよろしいのだが。
ともあれ食料確保だが――トーマの根城からこっちまで移動した時、モンスターに遭遇しなかったんだよな。ゲーム的な距離と空間の補正がなくなっているので、たぶん真面目に探さないとモンスターは見つけられないのだと思う。モンスターの出現数というか生息数自体、ゲーム的な都合を排除している可能性もあるしな。
だがそうなると、モンスターを狩ってあの人数を養うってのは難しい。そもそもモンスターの肉はちょっと……という抵抗感もある。動物っぽいやつはまだいいが、ゴブリンとかは俺も嫌だ。
なので姐御、ナップ、ネジスキの三頭協議により、人員が振り分けられる。
まずは戦闘班。デル2さんを班長として、とにかくモンスターを狩るのがお仕事。抵抗感なく食べられそうなら食材コースだが、ドロップアイテムをラシアで売って、それで食料を買うのが本命だ。
続いて狩猟班。こちらは舞姉妹を班長として、ダメ元で小動物を狙うガチ狩人チームだ。まあ成果は期待できないので、木の実など食べられそうなものを採集するのがメインである。
それから捜索班。ナップとネジスキの二班体制で、まだこの世界にいるかもしれないプレイヤーを探してもらう。捜索範囲はどうしてもラシア周辺に限られるが、見捨てたわけではないという言い訳を用意しておいた方がいいと、我らが魔王陛下は仰ったのであった。
まあナップとネジスキ、クランを率いる二人が引き受けたのも、それが重要だと理解しているからだ。もし見捨てられたと感じた連中がそれなりの数になって、対立でもしたら厄介なことになるし、既に一緒にいる連中に対しても、仲間を見捨てないと安心させられる。
食料確保が最優先であるものの、これも同じぐらい重要だってわけだ。
最後に実は大本命の調達班。これは班長を定めず、手の空いてる連中は全員ここ。ラシアに行ってNPCを拝み倒すなどして恵んでもらう、恥も外聞もないチームである。だがラシアのNPCはわりと裕福なので、これがマジで一番期待できるのだ。
俺はカルガモと一緒に釣りでもしようかと思っていたのだが、班編成の話になったところで戦闘班に声を挙げた。そして却下された。がっでむ。
デル2さんはとても冷静に、俺とカルガモに班行動は難しいだろうと言いやがった。マジで俺ら何も言い返せなかったよね。
しかも姐御直々に自由行動を言い渡されてしまったので、俺とカルガモは涙目で釣りをすることにした。
「釣れんのぅ……」
拠点近くの小川で釣り糸垂らし続けているが、カルガモがぼやくように釣果はゼロ。役立たずの汚名だけは回避したいが、こればっかりはお魚さんのご機嫌次第である。
魚影は見えるから、魚はいるんだけどなぁ……釣り竿が雑なお手製なのが駄目なのか?
「いっそ手掴みに挑戦するかぁ?」
「よせよせ。一匹ぐらいは捕れるやもしれんが、他の魚が逃げるじゃろ」
「でもよぉ。ボウズだったら俺ら、たぶんメシ抜きだぜ」
「姐御ならば容赦なく見せしめにしそうじゃしな……」
それな。集団をまとめるための生贄は、心が痛まない奴がベストだもんな。
しかも俺らにはどんな非道を働いても、たぶん他の連中は気にしない……!
おそらく姐御が俺らを自由行動にしたのも、見せしめのための布石なのだ。
「ところでよぉ」
「なんじゃー?」
糸を垂れているだけというのも暇なので、俺は気になっていることを聞くことにした。
「なんでこの世界、こんなにプレイヤーが少ねぇんだと思う?」
「さてな。そこまで手が回っておらんだけじゃと思うが――逆に俺らがいることは、予想の範疇じゃな」
「その俺らの範囲は?」
「ナップ達も含む。あれじゃよ、ゲーム的に言えばスキルエンハンスの熟練度。魔術方面から言えば、魔術師としての力量が基準だと思っておるよ」
言いながらカルガモは竿を引き、違うポイントにキャスト。
「俺が見た範囲でじゃが、この世界におったのはトップ層のプレイヤーばかりじゃ。当然、ゲオルギウス・オンラインのトップ層ということは、スキルエンハンスを使いこなす魔術師予備軍となる。
そんな選別がされたということは――まあ、おそらく燃料じゃろうて」
「ああ、この世界を俺らの信仰で運営するってことか」
「うむ。最終的にはプレイヤーに限らず、全ての人間をこの世界に……というのが目指すところじゃろうけど、まあ一朝一夕にはいかんのじゃろうな。リアルには慎重に処理せねばならんものもあるし」
「まあなぁ。発電所とか上手くやらねぇと、人類どころか地球が滅んじまうし」
原理は正直よく分かんねぇし、そもそも公開されてる情報が少な過ぎるってのもあるけど、発電所――かつてSFの中にしか存在しない夢想であった縮退炉は、人間社会のエネルギー問題を解決した。
その危険性は指摘されまくっており、もし何かあれば地球がブラックホールに呑み込まれるとかなんとか。何重にも安全対策はしているって話だが、安心できるかどうかはまた別だ。
「それだけではないぞ。魔術的に言えば、本物の神でもおったら大変じゃろう?
今は最低限の燃料として俺らを取り込み、危険物の選別をしておる段階じゃと見ておる」
「なるほどね。確かにノノカを弾くための世界観だったし、そういう対処はするよな」
「もう少し余裕を持てと言いたくはあるがの。まさか生身にされるとは思わんかったわい」
「あー。ネジスキとか見てて可哀想だった……あ!?」
「お、食いついたか?」
「そっちじゃねぇ! やっべ、そうだよ生身になるんじゃん!」
俺自身は体型的な問題があまりなかったので、深刻視していなかった。
だが俺達のクランには一人、マジで洒落にならない人がいる。
「シャーロットさんどうすんだよ!?
あの人プロ幼女だけど、生身にされたら普通の大人だぞ!?」
「……たぶん服は着られんのぅ」
カルガモもシャーロットさんが窮地に陥っている可能性に気付く。
俺らのクランハウスに身内しかいなければ、恥を忍んで出て来るかもしれない。しかし今の避難所というか、臨時司令部みたいになってる状態で顔を出せるか?
「あの人なら絶対この世界にいるし、知恵は借りてぇんだけどな……どうしたもんか」
「あー、いや。そもそも近くにいるとも限らんぞ」
いいか? とカルガモは前置きを挟んで、
「世界が変化した時、俺はその時にいた場所におったが、姐御は急にクランハウスの中に現れたそうじゃ。
要はあの瞬間、ログインしておらんかった者は、最後にログアウトした場所に現れる。シャーロットもどこか別の場所でログアウトしておったんじゃろう」
「ってことは、実質行方不明か……あの人なら戻って来るとは思うけど」
ただ、それがいつになるかは分からない。
ラシア周辺だったらいいが、もし遠方でログアウトしていたら、すぐに合流するのは難しいだろう。
「そう言えば、のーみん達もおらんな。何か把握しとるか?」
「……のーみんと緑葉さんなら、たぶんドヴァリだな」
「あそこか……プレイヤーがおらんし、治安の心配はせんでいいか」
「でも迎えに行かねぇと超キレそうなんだけど」
「キレるじゃろうなぁ」
うーむ。最悪、剣を売って駅馬車でも使うか?
装備できない剣なんて、持ってたところでマジで宝の持ち腐れだし。
「ま、後で考えようぜ。それよりも、ちょっと気になるんだけどよぉ」
カルガモの推測を聞いて、思ったことがある。
「――ヨーゼフの野郎、どう動いていると思う?」
あの魔術師ならば、必ずこの世界にいる筈だ。
それがイエローブラッドと行動を共にしていないということは。
「あやつは前科があるしのぅ……何かしら企んでおるのではないか?」
「だよなぁ。何がしたいのかは分かんねぇけど、警戒しとこうぜ。
あ、それともう一人」
スキルエンハンスを使いこなしている奴が選ばれるのなら、当然、あいつもだ。
「ランドルフってPKがいるんだけど、あいつも行方不明なんだよな。
こいつも行動原理が分かんねぇし、注意した方がいいと思う」
「ああ、名前は聞いたことがあるのぅ。お前から見て腕はどんなもんじゃ?」
「不意打ちなら楽勝。正面からだと俺じゃ厳しいな。
タイプ的にはお前の同類だけど、お前なら苦戦するような相手じゃねぇよ」
同類であっても、才能の差は存在する。
少なくとも同じ土俵であれば、カルガモに勝てる人間なんざこの世にいねぇのだ。
「まあ強さよりも、なんで行方不明なのかって方に注意するべきなんだよ。
状況的には俺を探しそうなもんだが……」
「ふむ。――トーマに寝返った可能性か」
頷く。俺が警戒しているのはその可能性だ。
ランドルフ自身、侮っていい相手ではないが、対処はいくらでもできる。
しかしトーマに寝返ったとなれば、話は変わってくる。
「あっち目線、見込みのありそうな奴に声をかけてるって可能性がある。
もしそうなら厄介だぜ。こっちも組織化しねぇと話にならねぇ」
「ま、それは姐御に投げた方がいい案件じゃの。俺らにはできん」
人望があったらここで釣りしてないもんね。
俺達は顔を見合わせて苦笑し、結局、今すぐできることはないと釣りを続行する。
不幸中の幸いは、イエローブラッドとわらびもちの戦争中だったことだ。決着がついていれば、その勝者が主導権を握ろうとしたかもしれない。
だが未決着だからこそ、どちらが主導権を握ろうとしても対立する。そんな場合じゃないと冷静になれる奴もいると思うが、だからって黙って従えるかと言えば話が違う。
そこで姐御だ。ナップもネジスキもそうなるように誘導しているフシがあるが、中立で、なおかつ情報を握っている姐御に従うのなら、心理的抵抗も少ない。
ただなぁ……適任なのは間違いないんだけど、姐御のキャパ大丈夫かなぁ。あんな人数を統率するのは姐御でも初めてだし、ゲームだっていう気楽さもないからな。そのあたりが表面化する前に、緑葉さんと合流してサポートに回ってもらいたいところだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、竿にあたりがあった。
「よっしゃ来たぁ! これでボウズ回避だ!」
「なぬっ、何かの間違いであれ……!」
カルガモが呪いを飛ばしてくるが、この手応え、こりゃあ間違いないぜ。
俺は引っこ抜くように竿を引いて――
「「――――――――」」
――川の流れから飛び出した魚、いや、モンスターに俺達は絶句した。
針を呑み込んで宙に舞うのは、深い群青色の魚。一抱えほどありそうなサイズのそいつはソードフィッシュ。リアルではカジキを指すが、ゲームではこのモンスターを指す。
淡水・海水を問わず、わりとどの水場にも生息している謎魚類だが、モンスターとしてはそう恐ろしくない。当たり前のように空中を泳いで突進して来るが、レベルが十もあれば素手で殴り倒せる。
うん、レベルが十もあったらね?
「何を釣っとんじゃ貴様ぁ――!?」
「お、俺は悪くねぇよ!!」
言いつつ竿を投げ捨てるが、ソードフィッシュ君はこちらをロックオン。鱗と眼光をギラリと光らせ、謎の推進力で突進して来やがった。
大丈夫だ、見える。突進に合わせて、動きを逸らすように横っ面を蹴り飛ばす。
「いっ、てぇ……!?」
蹴り飛ばした足に尋常ではない衝撃。くそっ、ステータスの差があり過ぎる!
だが動きを逸らされたソードフィッシュは、そのまま地面に突き刺さる。すぐに脱出しようと藻掻くものの、そうはさせじとカルガモが追撃した。
カルガモは爪先でソードフィッシュの左目を蹴り抉る。抉れないし潰れない。おめめが超硬い。
「無理! どうにもならん!!」
そして判断が早ぁい! 惚れ惚れするほど鮮やかに、カルガモは俺を見捨てて逃げ出した……!
ソードフィッシュは身を捩って地面から逃れると、逃げるカルガモではなく俺に向き直る。そうだね、釣り上げた俺の方にヘイトが向くのは自然なことだよね。
「ちくしょう、やってやらぁー!」
今日はテメェで海鮮丼!!
――そんな不可能が叶うわけもなく、俺はあっという間に魚の餌になった。
◯
で、死に戻りである。
俺はズタボロになった姿で拠点の前に出現した。
連絡のためか、拠点前には数人残っていたが、俺が不機嫌そうに目を向けたら顔を逸らした。
おいおい冷たいな。傷付いて戻って来た仲間にそんな態度はよくないんじゃないか?
ニコニコと笑って近付こうとするが、いかんいかんと思い直す。ついいつものノリで殺しに行ったが、武器もなけりゃステータスだって変わらねぇ。これじゃ袋叩きにされちまう。
だから笑顔だけはそのままで、俺は彼らに問いかけた。
「よう、留守番ご苦労さん。何か変わったことあったか?」
「特にはないかな……」
留守番組の一人が代表して答える。班行動してる連中が順調かどうかは分からないが、今のところ大きな問題は起こっていないようだ。
返事に頷いて、俺はもう一つ質問する。
「他に死に戻りした奴いる?」
全員が顔を逸らす。そうか、俺が初めてか。
俺はニヒルに笑って告げる。
「お前らも気を付けろよ。この世界、手強いぜ」
「……釣りに行って死ぬ世界なんだな」
「けっ。お前らもでかい虫とかに襲われちまえっ」
吐き捨てて、その場を離れた俺はあの小川ではなく、ラシアに足を向けた。
あんな危険生物がいるのに釣りなんて正気じゃねぇよ。
そもそも俺は使徒の称号を持つ男だぜ?
きっとラシアの教会に泣きつけば、食料ぐらい恵んでもらえるさ……!
だがラシアに到着したのは日が沈んだ後だった。
閉ざされた教会の門をノックしまくってたら、衛兵とエンカウントした。
この世界で迎える最初の夜は、星空の見えない牢屋になった。




