第十二話 再戦に向けて
方針は再戦するということで決まり、俺達はラシアの路地で作戦会議を開いていた。
本当なら酒場にでも行きたいんだが、金がなぁ。ゴブリン狩りのドロップアイテムを売ればそれなりの額になるとは思うが、それで装備や消耗品を整えることを考えると余裕がない。
さて、ゴブリンアーチャー――姿は見えなかったが、知能は低くないと見るべきか。AIディレクターの補正がどこまで及んでいるのか分からないが、ただのゴブリンではないのだから上位のモンスターだろう。先手を許してしまった場合、優先順位を決めて狙撃するぐらいはやってのけると考えよう。
「ねえねえカモっち。矢を切り払うとかどう?」
ツバメはさらりと人間離れした対策を要求する。無茶だと思うのだが、しかしそれでもカルガモなら……という期待を込めて、皆の視線はカルガモに集まった。
「いやいや、流石にそれは。今のステータスじゃと、正面からでも三割ぐらいじゃな」
現実的な案ではないと否定するが、三割いけるって時点で人間辞めてない?
ちなみにステータスだが、敏捷が高ければ瞬発力が少し上がり、攻撃を受けた時に体感時間が僅かに伸びるらしい。器用は逆に攻撃をする時に体感時間が伸びるらしく、このあたりはVRゲームだと定番の処理だ。
「もう少し敏捷を上げんと、ちと難しいじゃろうな。
当てる自信はあるが、瞬発力――反射速度が追いつかんのよ」
逆に言うと、敏捷さえあればステ補正なしで矢ぐらいは切り払える自信があると。
まあ成功率三割……意外と慎重派ではあるから、渋く見積もってて実際には四割近いと思うが、それだと主軸には使えない。精々、カルガモが狙われた時の保険ぐらいに思っておくのがいいだろう。
「それに……カモさんのそれ、正面からって前提だよね?」
前提条件を確認するクラレットさん。そこを忘れて頼るのは危ないと考えてのことか。
「うむ。まあさっきは、横から頭を撃ち抜かれたわけじゃが」
「そうだよね。だからまず考えるのは、位置を特定することじゃないかな」
「あ、それなら俺に腹案があるぜ」
上手くいくかどうかは、ちょっと自信がないけど。
俺はスキルウィンドウを投影して、皆に考えを示す。
「余ってるスキルポイントを使って、直感を三まで伸ばす。
常に把握できるかは分からねぇが、攻撃の瞬間なら分かると思う」
「ふむ……気配を察知するスキルじゃからして、殺気を捉えるということか」
「ああ。お前がスティールじゃなくて、少しでも直感伸ばしてたら色々楽だったんだけどな」
「お、俺、そういうのは本能でカバーするタイプじゃから」
狼狽しているところを見るに、直感の有用性は認めつつあるらしい。ふっ、だけど今更だぜカルガモ。俺にはもう、直感と添い遂げる覚悟があるんだ。最早俺の嫁みたいなものなので、俺が一番上手く使えると信じたい。
しかし直感が機能したとしても、それだけじゃ片手落ちなんだよなぁ。
「問題はどう距離を詰めるかですねー。
一度射撃したら移動していましたし、こちらが迫ると逃げる気がするんですよね」
「クラレットの魔法に頼る手もあるけど、見えてないと当てるのは難しそうだよね」
「そうなんですよ。できれば一撃で仕留めたいですから、そこはクラレットさんに頼りますけど。
どう近付いて、どう当てるか。これを解決しないと、ちょっと勝ち目がないですねー」
姐御は眉を寄せて考え込むが、確かにそこが一番の難題なんだよなぁ。
もっと開けた場所なら楽なんだが、あいにくと森の中。地の利は向こうにあるし、先手を打つというのも難しいだろう。最初の狙撃をどうにかして、それから近付いて……やっぱ難しいな。
「近付けさえすれば、あたしがバインド使えばいいと思うんだよね。
動きを鈍らせるのが精一杯だと思うけど、バインドが通ったら勝てるでしょ」
「そりゃそうだが、難点はその前なんだよな」
どうしたものかと皆で首を捻る。と、不意にカルガモが、何かを思い出したように声を出した。
「そう言えばゴブリン、毛が生えておったよな」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「いや、ほれ。ゴブリンはファンタジー種族として、比較的新しいとは話したじゃろう?
そのイメージが確立する前、総称としてのゴブリンと、種族名としてのゴブリンが存在しておった時期には、ああいった毛皮を持つゴブリンもおってな――このゲームのゴブリンは、古い時代のゴブリンをベースにしておるんじゃよ」
「ほー。そんでそれ、何か関係あんの?」
問いかけるとカルガモは露骨に目を逸らした。
「ふふっ、ダメですよーガウス君。カモさんみたいなタイプは、隙あらば知識語りたいんですから。
ちゃんと興味があるフリして聞いてあげないと、ヘソ曲げちゃいますよー」
「おぬしも同類だと思うんじゃがなぁ!?」
まあまあ、と皆は荒ぶる鳥を落ち着かせて、
「あ、でも……弱点と言うか、突破口になりそうな習性とかある?」
無益な話からも何か得られないかと、クラレットさんが問いかけた。
カルガモは少し気まずそうに目を逸らし、頭をかいて、
「……エロい。現代にも続くエロ系ゴブリンの系譜として、毛皮ゴブリンのエロさがある」
「おいおいカルガモ。エロ系モンスター相手に、仲間を囮に使うとでも言いたいのか?」
「ないですねー。鬼畜の発想ですねー」
「見損なってたけど、もっと見損なった」
「カモっちはどんな人生歩んだら、そこまで人間性を失えるの?」
「ゴブリンがエロいと言っただけじゃろ!?」
無実じゃー、冤罪じゃー、と喚いてカルガモは横になった。
駄々をこねる子供のように手足をジタバタとさせるカルガモを無視して、姐御が軽く手を打った。
「さ、脱線しましたけど話を戻しましょー。
考えるべきは、どうやって近付くか。カモさんの外道案から囮作戦が出ましたけど」
「確かに有効ではあるから救いようがねぇよな。
でもステータス的に女性陣、囮になるってのは難しいだろ」
「三人とも後衛ですからねー。あ、ツバメさんはワンチャンありますね?」
「無理無理! あたし、体力にはステ振ってないもん!」
ツバメは慌てて顔の前で手を振る。この外道どもなら、本気でやりかねないと疑っているのだろうか。
だから否定だけでは逃げられないと思ったのか、彼女は対案を口に出した。
「無難なのはガウス君が位置特定したら、盾構えてダッシュかなぁ。
他の人はその後ろに隠れて、ガウス君はポーション連打でゴリ押しすんの」
「けどそれだとゴブリンアーチャー、逃げるじゃん? 俺、死ぬじゃん?」
「そこは気合いで!」
気合いでどうにかなればいいんだけどなぁ、と皆は苦笑した。
何かもっと、現実的な突破口はないだろうかと悩んでいると、クラレットさんが手を挙げた。
「あの……思ったんだけど、逆に近寄らせることってできないかな?」
それは、と皆が否定しかけ、しかし可能性を考える。
真っ当な方法で、こちらから安全に近付くのは難しい。ならば突破口になるのは、発想の転換――前提を覆すことだ。距離を保ち、射てば移動するような狙撃手を、近寄らせるにはどうすればいいか。
「こっちも隠れてみるとか、煙幕みたいなものを使うとか。
ただ待ち構えるよりも、動くんじゃないかな」
「……そうじゃが、しかしそれにも限度があろう。
ある程度までは近付くかもしれんが、安全を脅かされるような距離には踏み込むまい」
カルガモは、いいか? と、皆を見渡して言う。
「ゴブリンアーチャーのAIは、スナイパーのそれと変わらん。
奴は優先目標から狙撃し、自らの安全を確保しようと立ち回る。
姿を隠すにせよ、煙幕を張るにせよ、あからさまな罠にはかかってくれんじゃろう」
「……じゃあ、そこに餌があればどうだ?」
まだ足りない。しかしこの路線だと感じて、俺は問いかけた。
「確かにあからさまな罠じゃダメだろうさ。だがそこで、もう一押しできたらどうだ。
安全かどうかを判断させる前に、攻撃を誘うことができたらどうだ」
「それは――」
カルガモの目が姐御に向けられる。実現できる可能性が見えたからこそ、誰がいいかを考えたのだろう。
視線を受けた姐御は仕方なさそうに微笑して、
「まあ囮が必要なら、私が適任ですもんねー。
プロテクションかけておけば、たぶん即死はしないと思いますし」
「いやいや、そこは俺の出番だから」
え? と疑問を向けられるが、想定される状況なら可能だ。
「誰が狙われるか分からない状況じゃあ無理だけどさ。
誰か一人を囮にして、狙いを絞らせることができるなら、俺が割り込める」
まあやってみなけりゃ分からないが、不可能ではないだろう。
何より、ある程度はゴブリンアーチャーを近付かせた上での想定だ――直感の範囲外ってことはないだろうから、あとは反応勝負。最悪、とりあえず射線に割り込めたらそれでいい。
だから俺は姐御に笑みを向けて言った。
「体を張るのは俺の担当だ。失敗したら、そん時は一緒に死んでくれよ」
一息。姐御は肩をすくめて、苦笑混じりに頷いた。
「しょうがないですねー。分かりました、一緒に死んであげます」
それで、と話を区切って、姐御は言葉を続ける。
「次はどうします? カモさん特攻させます? ちょっと怪しいですけど」
「距離が不確定じゃからなぁ。正確に方向が分かっておっても、勝率は六割ぐらいと見るが」
「じゃあもう一手、その前に必要ってことだよな」
考え出したところで、姐御が表示枠を投影し、そこにここまでの会話をまとめていく。
記された内容は次の通りだ。
・隠れるか煙幕で誘き出す。
・タルタルを囮に攻撃させる。私ヒロインですよこれ!
・ガウスが攻撃に割り込んで止める。
・何かする。
・カルガモが特攻してアチョー。
俺達はそれを見て頷き合うと、姐御を除く四人で声を揃えて言った。
「「「「ヒロイン?」」」」
「い、いいじゃないですか! お茶目ですよお茶目っ。
冗談を隙と見て攻撃するの、よくないと思いまーす!」
俺達は姐御からちょっと距離を置き、スクラムを組んで言葉を交わした。
「どうするよあれ。アウトくさいけど、姐御は可愛いと言えなくもない」
「うん。タルタルさんだけなら、ギリギリセーフかも」
「甘やかしてはいかんぞ。調子乗ると正気になった時、ダメージ倍増じゃぞ」
「あたし思うんだけど、正気な人っているの?」
「おっと真理。じゃあ多数決な多数決、姐御が正気だと思う人は挙手」
誰も手を挙げなかった。
結果に俺達は頷き合うと、スクラムをやめて姐御との距離を戻した。
「――じゃ、民意が出たところで話戻そうぜ」
「聞こえてましたよ!? 聞こえてましたからね今の!!
どうしてくれるんですか、ダメージ既に大きいですからねこれ!」
抗議の声を上げる姐御に対し、しかしカルガモは真顔になって言う。
「話を戻さずに、続けてもいいんじゃが?」
「…………さて! 作戦会議を続行しましょうか!」
日和った姐御は、ほらほら、と皆を急かし始めた。
まあ今の作戦だと、必要なのは狙撃を防いだ後、カルガモの特攻を成功させるための小細工だ。届くかどうかは分からないが、俺が挑発かけて逃さないようにするのが無難だろう。
そんな考えを話そうとした矢先、クラレットさんが俺を見た。
「ガウス。射線に割り込む時だけど、指示は出せる?」
問いかけの言葉に、彼女の狙いが何かを悟る。
だから俺は頷いて、
「どこまで正確かは分からねぇが、できないことはないと思う」
「分かった。じゃあ、私も頑張る」
「ちょっとちょっと、二人で通じ合ってないでこっちにも説明プリーズ!」
ああ、うん。分かってきたけど、クラレットさんって言葉足らずなところあるよな。騒がしいツバメとは対照的で、ある意味ではバランス取れてると思うけど。ま、ここは俺から説明しよう。
「つまりさ、割り込む時に相手の位置を伝えろってことだよ。
それができたら――」
「――ファイアーボルトを撃ち込んで、慌てさせる」
「おー。安全だと思って狙撃してるのに、そんなの飛んできたらビックリするね」
「なるほど。当たってダメージが入れば良し、外しても潜伏はさせんというわけか」
「悪くないですね。ガウス君の指示と同時に、カモさんとツバメさんも行けば……」
言葉を引き継ぐように、カルガモが断言する。
「仕留められる。最悪、俺かツバメのどちらかが接近すれば詰みよ。
俺なら逃さんし、ツバメならバインドで止められるからのぅ」
「よし、それで行きましょう! あとはどうやって隠れるかですけど」
「基本、戦闘中以外は木の幹に隠れりゃいいんじゃねぇか?
煙幕でもいいとは思うけど、こっちの視界まで遮られちまうし」
残る問題点は、ゴブリンアーチャーの接近に気付けるかどうかだな。
狙撃の瞬間に位置を掴むことはできると思うが、身構えるためにも余裕は欲しい。こればっかりは出たとこ勝負になっちまいそうだが、まあ格上相手に挑むんだ、全てが盤石じゃなくても仕方ない。
作戦の決まった俺達は、予定通りにゴブリンのドロップアイテムを売って装備と消耗品を整えることにした。
姐御に防具を一揃いと、バインドの成功率を上げるためツバメに杖を買う。俺の防具を買うという案は、でも受け止める予定は一発だけだし、ということで見送られた。
それから保険として、回復量の多いミドルポーションを一個。あとは残った金で、ライトポーションを買えるだけ買っておいた。こちらは姐御のMP温存のためにも、それなり使うことになるだろう。
こうして準備を終えた俺達は、いよいよゴブリンアーチャーとの再戦に向かった。
○
スキルレベルを三まで伸ばした直感は、思っていた以上の効果を発揮した。
感知範囲は明らかに広くなっていたし、精度も上がっている。これならゴブリンアーチャーにも通用するだろうという確信を得て、俺はPTの先導を務めていた。
目的はゴブリンアーチャーなのだから、それまでの消耗はなるべく抑えたい。数の多いゴブリンの群れは避けて、二、三匹までの少数に的を絞って狩り続けていた。
「……しかし少数相手だと、すげぇ暇になるな俺」
出合い頭にクラレットさんがファイアーボルトを一発。それで一匹倒せば、あとはカルガモとツバメに任せてしまえばいい。気配を探るのに集中しろということで、俺の出番は失われてしまったのだ。
そんな俺を慰めるように、隣でクラレットさんが眉を下げて笑った。
「出番までは我慢して。頼りにしてるから」
「うっす。まあお世辞でも、クラレットさんに頼られたら悪い気はしねぇな」
そう答えて笑うと、クラレットさんは僅かに顔を逸らして、
「お世辞じゃないよ。……ガウスのことは、信じてる」
照れながら言わないでくれない? 俺まで恥ずかしいんだけど。
何とも微妙な空気が漂う。何を話したものか――よし、ツバメだ。あいつの話題なら雰囲気も和むだろう。
「あー。そういやクラレットさんって、ツバメとは付き合い長いの?」
「え? うーん……そうだね、そこそこ長いかも。三年ぐらいかな」
「おろ。俺とカルガモより長いな」
「そうなの?」
「ああ。あいつとは別ゲーで腐れ縁が始まったんだけど、それが二年ぐらい前だよ。
姐御ともそのぐらいかな。途中、俺が高校受験でちょっと忙しかったけど」
あの頃はまだ、姐御も学生だったんだよな。カルガモは当時から謎の生態で実にカルガモだった。
そんなことを思い出していると、クラレットさんは少し迷う素振りを見せて、
「……私のこと、クラレットでいいよ」
「うん? ああ、敬称がいらないってこと?」
こくり、と頷く。……ちょっと真意を図りかねるが、これはあれかな。俺とカルガモや姐御の関係性を話したことで、その友情に嫉妬したとか。いや、姐御はともかく俺とカルガモの間に友情はないから、それは違うな。
どういうことだろう、と考えるが、まあ悪いことではないだろう。
敬称を外すっていうのは親しさの表現だし、俺と仲良くなりたいと思ってくれているなら嬉しいことだ。
「オッケー、分かった。じゃあ俺のことも、気軽にガウス様と呼んでくれ」
すっ、とクラレットから表情が消える。
「――分かりました、ガウス様」
「うわ罪悪感すげぇ! 俺が悪かったからやめて!?」
「何を言うんですかガウス様。お望みの結果ですよガウス様」
やめて、耐えられない! クラレットの目は笑ってるけど、なんか逆に怖い!
これはもう土下座か、一発土下座すれば許してもらえるか、なんて考えていると、姐御が俺達を見た。
「お二人ともー? いちゃいちゃしてもいいですけど、油断はしないでくださいねー」
「いやいや違うって姐御! そんなんじゃないから!」
飼い主様のご機嫌を損ねてはいけない。慌てて言い訳をするが、こちらにも土下座が必要だろうか。
そんなことで悩んでいると、直感にまた反応が。
「あ、二匹追加。ここはカルガモとツバメに任せて、俺らはそっち行こうぜ」
「ガウス君……追求を逃れるために、モンスターを操るだなんて……」
「俺は魔王か何かかよ」
まったく失礼しちゃうぜ。どちらかと言えば天使とかが相応しいのは確定的に明らか。
ぷんすか怒りつつ、クラレットと二人で追加のゴブリンに対処する。
慣れたのもあるが、レベルが上がっていることもあって、この程度なら二人で問題ない。まずは一匹をファイアーボルトで仕留めてもらって、残った方を斧のフルスイングでお出迎え。空振り。クソが。
わちゃわちゃと泥試合をしていたら、合流したカルガモにトドメを持っていかれる。
「けっ、いい気になるなよ害鳥。もうちょっとで倒せたんだ」
「ああ、ああ。分かっておるとも。――哀れな奴め」
「あ、テメェ、哀れむなよ! そうやって優位に立つのよくないぜ!?
階級を作ろうとするから、この世から差別がなくならないんだ! 平等のために死ね!」
「鮮やかに矛盾しおるな……!」
戦慄して震えるカルガモ。ふふ、俺の恐ろしさが分かったようだな。
勝ち誇って笑みを浮かべていたら、姐御に後頭部をチョップされた。くぅ~ん。
「隙あらば噛み付くのはやめましょうねー。
あと泥試合して、HP無駄に減らすのもやめましょうねー」
「でもよぉ、姐御。鎧がないとやっぱ、思い切って踏み込めなくてさ」
「また今度買ってあげますから、今日のところは我慢しましょうね」
「今度っていつさ!? ママ、いつもそう言うじゃん!
買ってよ買ってよ~。クラスの皆も、フルアーマーなんだよ~!」
「不気味な学校じゃなぁ」
そんな茶番をしつつ、ぞろぞろと木陰に移動する。
今のところ直感に反応はないが、戦ってない時は隠れておかないと、ゴブリンアーチャーに奇襲されるかもしれないからな。
俺は削れたHPを姐御に回復してもらいつつ、
「ところでママ、ゴブリンアーチャーが出なかったらどうする?」
問いかけに対し、姐御の額に青筋が浮いた。
あ、サーセン。さっきのは茶番だから許されたんですね。
「そうですねー。その場合は適当なところで切り上げて、街に戻りましょうかー」
「うっす、了解っす。あと拳で腹をぐりぐりしないでください」
「嫌ですねぇ、躾ですよ躾」
躾にしては陰湿過ぎない?
ぐりぐりとされながらも、俺は意識を直感に割いておく。
薄々思ってはいたんだが、どうもゴブリンの数が少ない。エリアでの総数は変わっていないと思うから、これもAIディレクターの仕業だろうか。消耗し過ぎないように調整して、俺達を再戦させるための。
だとすれば、そろそろではないかという確信にも似た予感がある。
数度の戦いを経て、俺達はやや消耗している。これが通常の狩りであっても、休憩を挟もうとするタイミングだ。
――意識を深くする。息を静かに、鼓動を緩やかに。
VRが再現する全感覚を、一切の軽減なしで広げていく。
ステータス補正まで乗った俺のそれは、リアル以上の精度を発揮して。
「――見つけたぜ。ゴブリンアーチャーのお出ましだ」
既に感知範囲の内側へと忍び込んでいた気配を、ついに捉えた。