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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第七章 花咲ける根無し草
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第十八話 自立と対立

私は小説を書く予定だと言ったんです。

でも友人のラガ先生が、私を麻雀に誘って……!


 俺達が戦力を消耗させたこともあり、イエローブラッドがすぐにわらびもちの防御を突破できるとは思えなかった。

 そもそも城壁を破壊するほどの火力を、どうやって確保したのか。

 疑問はいくつかあったが、メザシからは直接見た方がいいと言われたので、俺はわらびもちの拠点を遠くから眺められる場所まで移動することにした。

 そこで目にすることになったのは、確かに破壊され、大穴を開けられた城壁だった。


「あれじゃほとんど素通りだな……」


 その大穴は城壁の根本を穿ち、まとまった人数が通れるほどに大きなものだ。

 城壁の上ではまだ抗戦する者もいるようだが、制圧されるのも時間の問題か。主戦場は城壁の外から内側、城との間に広がる庭に移り変わっているようだ。

 しかしこの目で見ても、どうやって城壁を破壊したのかは分からなかった。

 俺達が仕掛ける前にも、破壊されている箇所はあったが……どれも根本だし、誰かが接近して強力な物理攻撃を叩き込んだってところか? だがそれほどの威力を、個人が発揮できるとも思えないのだが。

 ナップのネバーダイだってそうだ。あれは法外な攻撃力を得られるスキルエンハンスだったが、それでも対人スキルの域に収まるだろう。つーか口振りからして、俺と戦うまでは隠していた筈だし。

 どんなカラクリだろうと首を捻っている内に、メザシが合流して隣に立った。


「見ての通り、大変なことになってるよガウス様」


「ちょっと予想以上だなぁ……あれ、どうやったのかは見てたか?」


 メザシは問いかけに頷きを返し、


「理屈は分かんないですけど。ガウス様が暴れたり、わらびもちが押し返したりで、一時的に乱戦になったんだよ。その隙にイエローブラッドのデル2が、十人ぐらいかな? 仲間を連れて、城壁まで辿り着いたんだけど」


 そこまで話してから困惑を顔に浮かべて、彼女は手振りを加えて続ける。


「こう、城壁に対して真っ直ぐ、縦に並んでさ。先頭の人だけ武器を構えて、後ろの人は前の人の肩に手を置いて。最後尾のデル2が動いたと思ったら、先頭が武器を振って――城壁が崩されたんだよ」


「んん……?」


 想像すると変な光景だが、もしかして、という可能性が思い浮かぶ。

 以前、俺はスピカを武器と見做して、戦士スキルのブレイクをスピカ自身に発動させたことがある。

 他の奴に試す機会はなかったが、スキルエンハンスとして昇華させずとも、信仰と確信があればそのぐらいの無茶は通るのがこのゲームだ。

 さて。それを一列になって複数人で行った場合、どうなるだろう?

 武器が武器を振るうという矛盾は、最後尾のデル2さんが武器の担い手となり、他の全員を一個の武器と見做せば解決する。

 ならば連続して発動されるスキルは、一個と見做された武器の攻撃力を段階的に強化するだろう。

 終端で炸裂することになる威力は、城壁の耐久力――防御力を上回ったに違いない。

 この分析で間違いないだろうと確信するが、同時に奇妙だと感じるのも確かだった。

 直列スキルとでも呼ぶべきこれと、ナップのネバーダイ。どちらが先かは分からないが、どちらかでも成功させれば、他者の信仰を利用するという同じ発想には辿り着ける。

 だが納得がいかない。

 どちらも切り札として充分な力を持つのに、どうしてイエローブラッドはトーマ派を取り込もうとした?

 大義名分を欲しがったと言えばそれまでだが、そんなものがなくとも世論を捻じ伏せるだけの力だ。もっと早い段階でわらびもちを潰し、秩序同盟を脱してトップクランになることも画策できた筈だ。

 あえて火中の栗を拾った理由が見えない。

 単に偶然、ネバーダイや直列スキルが実用化できたタイミングと被っただけか……?


「ガウス様?」


「ああいや、理屈は分かったんだけどな」


 黙り込んでしまった俺を、怪訝そうに呼ぶメザシにそう答える。

 ま、分からないことをいつまでも考えたって仕方がない、か。


(下手の考え休むに似たりって言うからねぇ)


 ちょっと黙っててくれませんかねぇ?

 ともあれ思考を切り替えて、これからのことを考える。

 当初はナップを倒すことで士気を落とさせ、戦争を長引かせることを狙っていた。ナップこそ倒せなかったものの、ネバーダイによる消耗や、反攻に出たわらびもちの奮戦もあって、目的は半ば達成できた筈だった。

 だが直列スキルによって城壁を突破された今、わらびもちの拠点は長く持ち堪えられるものではない。城内にまで乗り込まれてしまえば、そう間を置かずに陥落することだろう。

 ――本当に敵がわらびもちだけだったら、だが。


「よし」


 考えをまとめて、メザシに話す。


「これからのことだけどな、たぶんイエローブラッドの連中が城内に攻め込んだら、奴らは一度、態勢の立て直しを強いられる。引き上げはしないと思うが、手を止めて庭に陣取る筈だ」


「はあ……何か手を打ってあるんですか?」


「そんなところ」


(兄さん、兄さん。メザシちゃんが気になってるみたいだし、話してあげれば?)


 気になってるのはお前じゃねぇの?

 ネタバレしたら面白さも半減しちまうし、ここは我慢してもらいたい。

 そんな建前を意識の表層に押し出して、頭の片隅では別のことを考える。

 ノノカは俺にも魔術をかけているが、事情が少し違う。ノノカは俺に楽しませてくれと言ったのだ。

 それはノノカを縛るルール――契約となっている。おそらく彼女は契約を盾にすれば、自ら反故にすることができない。自分自身の在り方、その本質を歪めてしまう行為だからだ。

 故にノノカはこれ以上の追求ができないし、勝手に俺の思考を読むこともできない。

 そうして秘密を保った上で、俺はメザシに話の続きをした。


「メザシは安全な距離から見張っておいてくれ。

 イエローブラッドの連中に予想した通りの動きがあれば、知らせてくれたらいい」


「それはいいですけど……ここから見えるかなぁ」


 あー、確かにここからだと城壁が邪魔か。

 メザシは少し悩む素振りを見せてから、


「ちょっと服装変えて、庭まで侵入してみるよ。

 イエローブラッド以外のクランも集まってるんだし、紛れ込めると思います」


「そりゃできると思うが……大丈夫か?」


「ヘマはしないよ。それにほら、可愛い女の子にケンカ売る人ってあんまりいないし」


「………………」


「ガウス様?」


「あ、いや」


 メザシが可愛いかどうかは、まあ別として。

 どうだろうな、と思案する。寄り合い所帯とはいえ、見慣れない奴が単独行動していたら、怪しまれる恐れはある。つーか俺だったら性別関係なくケンカ売る。

 しかし誰もが俺のように公平な視点を持っているわけではないし、一般的には男の方がケンカを売られやすいのも確かだ。戦場という特殊な環境では、頭に血が上っている奴も多いだろう。

 それでもメザシの安全を第一にするなら、庭への侵入はさせない方がいいのだが、


「まあいっか。別にメザシが死んでも問題ないし」


 腐ってもPKなんだし、荒事だって慣れたものだろう。

 わりと突き放した納得をする俺に対し、何故かメザシは嬉しそうに笑って、


「そうそう! もっとさぁ、ガウス様はボクを便利に使えばいいんだよ」


 ……この反応はたぶん素なんだよなぁ。

 今のところ、こいつには魔術を使っていない。正確には一度だけ、意識を逸らすためにノリで使ったが、あれは持続するようなものじゃないのだ。たぶん。

 ま、まあ、やる気があるのはいいことだよな。

 湧き上がった疑念を誤魔化し、よろしく頼むと告げて、俺はこの場を離れることにした。

 さて、それじゃあランドルフに声をかけて、また裏クランの兵隊を集めるとするか。

 質はいくら落ちてもいい。次は数を揃えてハッタリを利かせるのがポイントだ。

 それに利益を得るチャンスぐらいは用意してやらねぇと、後で俺がどうなるか怖いしな。

 そんな計算をしつつ、ひとまずラシアへ戻る。

 歩いてドヴァリまで行くのは面倒だし、駅馬車を使うことにしよう。


     ○


 ラシアに戻った俺は、ついでにノノカの露店に顔を出そうかと歩いていた。

 まだ勘付かれてはいないと思うが、理由は分からないが、俺にかけられた魔術の効力が落ちているのだ。そのことを悟られないように、顔を出して下僕アピールはしておいた方がいい。

 だが大通りを歩いていると、


「――見つけた!」


 声に振り向けば、そこには肩を怒らせたツバメの姿があった。

 ちっ、ここでエンカウントしちまうか。

 油断なく周囲を見回すが、ツバメだけのようだ。飼い主がどちらかでもいれば俺の自動敗北だが、時間的に姐御は仕事中だろうし、クラレットも別行動中ってところか。

 スピカがいればちょっと、いや、かなり面倒臭いことになっていたが、ツバメ一人ならそう怖くない。人間性はともかく、ステータス的にもジョブ的にも単独では脅威にならないのだ。

 安堵した俺は警戒を解き、むしろ煽ってやろうと朗らかに微笑んだ。


「よう、ツバメ。そんなに俺に会いたかったのか?」


「今すぐ殺したいぐらいに……!」


 やだ怖い。こいつ、ここまで煽り耐性低かったっけ?

 ちょっと背筋を冷やしていると、ツバメはつかつかと歩いて距離を詰め、


「もう噂になってる。ガウス君が戦争に参加してたって。

 やっぱりノノカに誑かされたままなんでしょ?」


「おいおい、噂に踊らされるなよ」


 肩を竦めてシニカルに笑えば、その肩をガシっと掴まれる。

 お説教でもする気かな? ――と思った瞬間、骨ごと肩を握り潰された。


「んぎゃああぁぁぁ!?」


「おいおい、油断し過ぎだぜ」


 こ、この口調……! そして愉悦を浮かべた不敵な笑み!

 何よりこのゴリラみたいな怪力、最早疑うまでもない。


「お、お前、夕陽か……!」


「ツバメのフリしてりゃ、テメェなら油断すると思ってな」


 ちくしょう、ちくしょう……! マジで油断したから言い返せねぇ……!

 夕陽の外見はリアルの朝陽ベースだから、元々ツバメとは少々違う。しかし自分が動きやすいように体型を変えられるように、その気になれば外見をツバメとまったく同じにすることもできるのだ。

 痛みと悔しさで膝を折る俺に対し、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべて、


「ま、言い出したのはツバメなんだけど、効果抜群だったな」


「こ、こんな騙し討ちみたいな真似して、どこに正義がある!?」


「先に仲間を裏切ったテメェが言うなよ」


 呆れながら正論を仰る。だがまだだ、まだ俺は諦めちゃいねぇ。

 実力ではもう勝てない相手だし、不意打ちまでされているが、何も暴力だけが解決策ではない。

 俺は溢れる知性を総動員して、起死回生となる言葉を紡いだ。


「見逃してくれたら、リアルで何か奢るから……!」


「…………っ!」


 へ、へへ、欲望にゃ勝てねぇよなぁ!?

 夕陽は食事とかぶっちゃけ必要ないが、娯楽として消費することはできる。ある意味、底なしの胃袋の持ち主だとも言えるわけだ。

 だが金がない。ツバメがお小遣いを渡しているらしいが、それだって親からのお小遣いが元手なのだ。夕陽の自由にできる金なんて、小学生のお小遣いみたいなもんなのである。

 そこに俺というパトロンが現れたら、魅力的に見えないわけがねぇよなぁ!?


「――見損なったぜガウス。あたしがそんな安い女だと思ってたのかよ」


「ふざけんなよ!? 正直になれよ、お前だって欲はあるだろ!?

 金があれば何でも手に入るんだ。美味い食い物も、綺麗な服も、愛さえも! な、分かるよな? お前が頷くだけで、お前は全てを手に入れられるんだぞ……!」


「うっわ、見苦し……」


 夕陽の眼差しから安く見られたという憤りが消え、ゴミを見るような目に変わる。

 そして彼女は呆れの嘆息を挟んで、


「つーかそんな価値がないと思ってっから、テメェは金を出せるんだろ?」


「で、でも分かりやすい価値があるよ」


「そうかい。あたしはテメェの金より、テメェの首に価値があると思ってんだ。やったな」


 そんな形で俺の価値を認めて欲しくなかった。

 策の潰えた俺は敗北を認め、もう動きたくなーいとばかりに寝転んだ。

 だが捨て置いてもらえる筈がなく、夕陽は俺の足首を掴んで引きずり始めた。


「そんじゃ拠点に帰るぞー。

 ここでとっちめたいけど、そうすっと死に戻りで逃げるしな」


 うぇーい、とやる気のない声を返す。

 自殺する手段はいくつか用意してあるが、俺が死ぬよりも早く止められそうだし、悪足掻きはやめておこう。中途半端に終わって、痛い思いするだけになったら最悪だし。

 ずるずると引きずられ、後頭部を削られながら、俺は空を見上げるのであった。


     ○


「――じゃ、何を企んでるのか、キリキリと白状するように」


 クランの拠点まで連行された俺は、いつものリビングに簀巻きで転がされていた。

 ソファーにふんぞり返るツバメは、まるで小さな姐御のような貫禄だ。いや、姐御の方が小さいけど。

 ツバメの両隣には、彼女を挟むようにクラレットと夕陽もいる。いよいよ勝ち目のない布陣になっているが、スピカの不在だけは救いと言えば救いか。

 俺は簀巻きのままキリッと顔を引き締めて、


「弁護士を呼んでくれ」


「あたしが検察と一人二役してあげる」


「清々しいほどの癒着だな!?」


 この法廷、腐ってやがる!

 優しさを期待できるのはクラレットしかいないが、基本的にツバメの味方だからなぁ。これはもう、弁護はないものと覚悟しておいた方がいいかもしれない。正義は死んだのだ。

 無法の法廷の主は義憤する俺を鼻で笑い、


「ガウス君が暴れてたって話は聞いてるし、ラシアでナップさんの悪口言ってたのも聞いてるよ。トーマさんの件は片付いたのに、どうしてイエローブラッドにケンカ売ったのかな?」


 どう答えたものかなぁ、と芋虫のように身をクネらせる。

 幸いなことに、ツバメはまだ俺がランドルフ達PKと組んでいることには気付いていないらしい。独自のコネで戦力を用意したぐらいにしか思っていないのだろう。

 だったら後ろ暗い繋がりは伏せたまま、大目標の一つを打ち明ければいいか。

 もう状況は整っているんだから、ツバメも今更、手を引けとは言わないだろう。


「あー、ほら、あれだよ。トーマを勇者にするってやつ。ここでイエローブラッドにケンカ売っておかねぇと、トーマにケンカ売る理由がないんだよな。

 だからあんまり早く戦争が終わっても困るし、わらびもちの味方したってわけだ」


「私怨とかじゃないんだ?」


「ナップならいつでも殺せるだろ」


 それもそうか、と頷くツバメ。納得してしまえることを疑問に思え。

 まあ実際、ナップの首だけが目当てなら、あいつがいる時にイエローブラッドの拠点へ乗り込めばいい。ナップは俺との戦闘を対人戦の教材にしてる面があるし、邪魔は入っても本気で止められることはないのだ。

 そして俺が私怨ではなく大義で動いていると知って、しかしツバメは表情を曇らせた。


「トーマさんには勇者になって欲しいけど、無理矢理ってどうなのかなぁ。

 困らせたり、あたし達の事情に巻き込むぐらいなら、他の手を考えようってタルさんとも話したんだけど」


「でも一番お手軽だぜ? 確かに迷惑はかけちまうが、神獣――キリムの討伐に成功すりゃあ時の人だ。目立ちたくないってんならそこは隠してもいいが、北の帝国へ行けるようになればいくらでも利益は生める。その分前を詫びってことにすれば、あいつにも悪い話じゃないだろ」


「むぅ……それはそうかもだけど」


 いいぞ、悩み始めた。トーマにも利益があると示せば、一方的な悪事じゃなくなるからな。

 これならツバメは説得できる。そう思いかけた時、夕陽が口を開いた。


「でもよぉ、ツバメ」


 彼女は疑わしそうに俺を見下ろして、


「こいつ、ノノカに洗脳されてんだろ?

 どこまで本当のこと言ってんのか、怪しいもんだぜ」


「あ……!」


 失念していたことを指摘され、ツバメが腰を浮かせる。くそっ、余計なことを。

 立ち上がったツバメはビシっと俺を指差して、


「ノノカさんの目的は何!? それが言えないなら、ガウス君も信用しない!」


「あいつただの愉快犯だよ」


「往生際の悪い……! 本当のことを言う気はないってわけだね」


「言いましたけど!?」


 あいつマジで何も考えてないっつーか、俺で遊んでるだけなんだけどなぁ!?

 夕陽はぼそっと「だよな」と呟いて同意を示したが、ツバメの耳には届いちゃいない。

 しかし天は俺を見捨てなかった。

 クラレットが口を開き、ツバメを嗜めるように、


「あんまり決めつけるのも、よくないと思う。

 ガウスなりに、本当のことを伝えようとしてるかもしれないのに」


「一理ある……けど……」


 難しい顔をしたツバメは、でも、と言葉を継いで、


「あんたガウス君に甘いし」


「……そうかもだけど、それとこれとは別」


 やや硬い声で返し、クラレットは腰を上げて俺の傍に立った。

 二人の視線が衝突する。そこはかとなく蚊帳の外にされた気分。


「ガウスは悪ふざけするけど、言えば分かってくれる人だから。厳しくする必要がないだけ。

 だから頭ごなしに決めつけないで、ちゃんと話をして」


「え……で、でも、その話が信用できないわけで……」


 まさかクラレットが敵に回るとは思っていなかったのだろう、ツバメは目に見えて動揺していた。

 この展開には俺も驚いているが、クラレットに心境の変化があったのだろうと思う。

 これまでクラレットは、基本的にツバメの味方をしていた。それは単なる友情とはまた違う、無条件の奉仕であり、ある種の依存ですらあったように思う。

 だが先日の出来事――ツバメのために顔剥ぎセーラーの腕を焼き、自らの右手を生贄に捧げたことで、クラレットの中で折り合いがついたのかもしれない。

 彼女は過去に後悔があり、きっとツバメに救われたことで、恩義を感じていたのだろう。

 それが時に依存めいた振る舞いになっていたが、彼女はツバメを救い、いつかの後悔と未練にも決着をつけた。

 故に最早、彼女は道理を曲げてまでツバメを助けない。

 そうすることが正しいと思ったのなら、ツバメと対立することも選べるようになったのだ。

 ――とまあ、それだけなら喜ばしい話ではあるのだが。


「だってガウス君、あたしの話なんか聞いてくれないじゃん!

 ナップさんとケンカするぐらいなら、いつものことだけど……今回、違うじゃん。色んな人巻き込んで、許せないし、心配だし、あたし、何とかしなくちゃって……!」


 クラレットとの対立に、ツバメの方が耐えられなかった。

 いや、そうだ。こいつはどんな不安があっても、表面上は強がるタイプだった。

 今回も強がっていただけで、溢れそうな不安を抑え込んでいただけに過ぎない。

 それが予想外のタイミングでクラレットと対立し、限界を迎えてしまったのだ。

 まあそもそもの話、俺が原因だな! あとで土下座しよう!


「なのにねえ、なんで!? なんであんたまで、ガウス君の味方すんのさ!

 あたし悪いことした!? これでも必死に頑張ってたのに!」


「あ……ええと、ごめん。ごめんね。ツバメは悪くないよ」


 クラレットは感情の昂りからか、涙目になって叫ぶツバメのフォローに回る。

 ここだ。俺は身をクネらせて、キメ顔で微笑した。


「ああ、俺が悪いってことでいいぜ」


「煽らないで!」


 全ての罪を引き受けようとしたのに、クラレットが高速でツッコミを入れる。解せぬ。

 今のって煽りになるのかなぁ……? 島人連中だったら言質を取ったと大喜びするのに。

 うーん、異文化コミュニケーションって感じ。

 と、感慨深く思っていたら、


「――夕陽、お仕置き」


 ツバメに言われた夕陽が、「なんだかなぁ~」とぼやきつつ、俺に近付いて指を握った。


「何をなさるので?」


「や、今回のお仕置きは軽めでいいよなって」


 言って、えいやっと指をポッキリ。

 痛みに悲鳴を上げて悶絶し、どこが軽いんだと内心で抗議する。

 人体もデータだと思って、損傷率が低いなら軽い、みたいな考え方してんじゃないだろうな……!?


「……あたしの言い方が悪かったかな?」


 ツバメもどことなく居心地悪そうに言うが、そう思うなら教育をもっとしっかり頼む。

 だがまあ、場の雰囲気は悪くない。

 これならようやく、お互いに落ち着いて話をすることができるだろう。

 でも痛みが落ち着くまでは待って欲しい。

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