第十五話 殺人機械
発熱、頭痛、咳、筋肉痛……!
まさかと思ったらただの風邪でした。
白骨の巨人はその巨体を以て戦場を蹂躙した。
羽虫を払うかのごとく、大雑把な薙ぎ払いでPK連中が散華する。
その巨体がために移動速度こそプレイヤーに劣るようだが、その程度の欠点には何の意味もない。スケルトン・ウォーリアーが行く手を阻んだところで、諸共に叩き潰せばいいだけのこと。使い捨てられるスケルトン・ウォーリアーも無尽蔵ではない筈だが、今のところは補充が間に合ってしまっている。
生き残っているのは俺も含め、それなりに耐久力のある前衛ジョブの連中と、賢明にも距離を空けていた僅かな後衛だけ。最早、十を下回る小勢となりながら、それでも俺は諦めずに抗い続けていた。
都合、四度目となる薙ぎ払い。動きは二度目で見切り、間合いは三度目で掴んでいる。もう仕損じることはないと、両手持ちの大戦斧で横薙ぎに骨腕を迎え撃った。
「――――ッ!」
覚悟はしていたが、膂力と質量に押し負けて弾かれる。激突の反作用に腕は軋み、ただでさえ満足に回復していないHPが削られた。
だが真に恐るべきは硬度だ。ただの骨ならば粉砕必至の一撃でありながら、平然と弾き返す頑強さは常軌を逸している。故に、不可能を可能とする奇跡の種は一つだけ。
「スキルエンハンスか」
呟いた言葉に、隣へ並んだランドルフが反応する。
「骨なら刃物への耐性という可能性もないか?」
「そうだとしても、元の防御力が低かったら駄目だろ」
なるほど、と頷くランドルフ。こいつスキルエンハンスで貫通持ってるから、耐性とか防御力とか考えなくていいのずるいよな。
しかしあの白骨巨人、術者はニャドスさんだとして、どんなスキルエンハンスなのか。多少なりとも魔術に関わるようになったからこそ言えるが、効果を狙ってデザインするのはほぼ不可能だ。
スキルエンハンスは補助輪の付いた魔術のようなもの。できると確信し、信仰することのできた空想しか、魔術の域に昇華することはない。できるかもしれない、と疑っていては叶わぬ願いなのだ。
それ故にスキルエンハンスは、同じような効果を持つことはあっても、まったく同じになることはない。使用者の信仰が反映された、唯一無二のものになる。
ニャドスさんならば何を確信し、どのような信仰を持つに至るのか。
思考を重ねている内にも、攻撃の手は休まらない。
既に俺達の半数以上を倒していながらも、白骨巨人は愚直なまでに薙ぎ払いを繰り返す。実力にバラつきがあると言っても、ここまで残った前衛連中は上澄みだ。タイミング悪くスケルトン・ウォーリアーに邪魔でもされない限り、間合いを見切って回避することぐらいはできる。
そう、それがおかしい。
ニャドスさんは合理性の塊のような男だ。それが単調な攻撃を繰り返すものか?
あの巨体だ、飛び跳ねるのは不可能だろう。しかし例えば倒れ込むだけでも、話は違ってくる。安全圏だと思っていたところに倒れ込まれたら、押し潰されて死ぬ者だっているだろうに。
もちろん元から細かい指示のできないスキルだという可能性もある。だがそれならそれで、使い方というものがある。この大駒は、スケルトン・ウォーリアーのように使い捨てていいのか?
思考が疑問に至った時、白骨巨人の腕がまたしても唸りを上げて振るわれた。
「こ、のォ……!」
判断材料を寄越せと、躱しながらも斧を叩き込む。狙うは手首の関節。まだしも脆そうな部位を攻撃するのが、巨大な相手と戦う時の定石だ。
それでも効果はない。いや、目の錯覚でなければ、少しは骨が欠けたかもしれない。しかし望んだほどの効果はなく、奴も無敵ではないと証明することができただけだった。
単純に防御力が高いと見るべきか。それならスキルエンハンスは強化系? 違う。直感だがもっと別のカラクリだ。単純な強化はそれだけリソースを要求する。そんな非効率が、ニャドスさんの信仰であるものか。
疑問は重なるが答えは出ない。不合理を指摘することはできても、そうである理由までは届かなかった。
――その時、轟音を響かせて白骨巨人の巨体が傾いだ。
立ち塞がる謎に理性ではなく、暴力で立ち向かった姿がその足元にある。
ランドルフだ。
スケルトン・ウォーリアーを掻き分け、攻撃を恐れずに懐まで飛び込み、白骨巨人の足を打撃したのだろう。貫通のスキルエンハンスによって、あらゆる防護を貫くその拳が、白骨巨人の足首を砕いていた。
「走れ、我が王!」
振り向きもせず、ランドルフは叫んだ。
作戦を変更することにも、自ら捨て石になることにもまったく躊躇いがない。ナップを討つという、言わば主役を任ぜられていながら、それに拘泥することもない。
滅私。それこそが彼なりの忠義の道なのだろう。
判断に迷ったのは秒にも満たぬ僅かな時間。
確かにこの場を任せられるのは、ランドルフしかいないと冷静に認める一方で、その忠義に応えなければ王と呼ばれる資格もないと、熱いものが俺を突き動かした。
「――っ、前衛二人! 後衛一人! あの馬鹿を支えろ!」
ランドルフは強い。だけどそれは、個としての強さだ。
集団戦になった時、連携を取れないという弱点があるのは判明している。
だから支えろと命じた。
あいつが一人で戦えるように、あいつの戦場を作れ、と。
「仕方ねぇな! 世話の焼ける大将だぜ!」
「行けよ流星! あの人の王が、立ち止まってんじゃないさ!」
言葉に応じる声が繋がる。
あの馬鹿と心中することを選んだ馬鹿どもにこの場を任せ、俺達は脇目も振らず走り出した。
その動きを阻まんとして、スケルトン・ウォーリアーにも動きがあった。一人、二人が抜けるのは諦めて、先頭に立ち、集団を率いる俺を潰そうとする動きだ。
スケルトン・ウォーリアーが殺到する。意思を持つ骨の壁となって、立ち塞がろうとした。
それを正面から貫き、壁に穴を開ける一撃があった。
飛来したのは銀の鏃を備えた矢。スキルによって衝撃を増したそれは、スケルトン・ウォーリアーを貫くのではなく、吹き飛ばして壁を穿ち、強引に道を開くもの。
「行って! ――ここはボクらが!」
メザシの援護か。彼女はランドルフと共に、ここで戦うと決めたらしい。
最早頷きを返すこともなく、彼女が開いた道を突っ走る。
前方にはまた別の敵部隊が控えているが、もう止まるものかと勢いのままに激突する。
「お前、星クズか……!」
敵の一人が俺を視認して言う。見覚えのある顔だが、印象には残っていない。
この部隊の他の連中もそうだ。ならばイエローブラッドのメンバーではなく、手を組んだ秩序同盟のクランのメンバーだろう。道理で弱いわけだと、内心でほくそ笑んだ。
彼らの名誉のために言えば、実力ではイエローブラッドの連中と比較しても大きく劣るわけではない。しかし当事者意識とでも言えばいいのか、どこか真剣さが足りていないのは明白だ。
気持ちの強さで優劣が決するわけではない。だが実力を発揮するのに、それが重要なのも事実。
今、熱と勢いとを得た俺達を止めるには、あまりにも役者不足だった。
タンクらしき敵の一人が盾を掲げ、どうにか前線を支えようとするが、
「ぶっ飛べ!!」
避ける気がないのなら好都合とばかりに、スキルを乗せて大戦斧を叩き込む。
使用したのは打点から衝撃波を走らせる範囲攻撃スキル、グラウンドストライク。火力を望むなら他の選択肢もあるが、流石にタンクの防御を貫けると思い上がってはいない。
欲したのはスキルが発生させる衝撃。盾を、それを支える両腕を軋ませ、力が吹き飛ばす。
直後、全身から殺意を放射して、俺は獣声を吼え上げた。
「オオォ――――ッ!!」
叫びは挑発のスキルとなって、残る敵の意識を一瞬、俺へと強制的に集めさせる。
それが意味するのは連携の遅延だ。
タンクが攻撃を受け止め、その後に反撃するという当たり前の連携は機能不全を起こし、敵部隊を烏合の衆へと貶める。この条件下で、続くPKどもの突撃を受け止めるのは無理だ。
蛮声を上げてPKどもが突っ込み、戦線を食い破って行く。
露払いは果たされた。
敵を押し退けた道を前へ、前へと走る。
まだ追い縋ろうとする者を、これが己の役割だと誰かが止めて。
遮るもののなくなった戦場を駆け抜ければ、ついに倒すべき敵と対峙することになる。
城門を攻める部隊のやや後方。敵の本隊には目も眩まんばかりの実力者が揃っていた。
イエローブラッドの切り込み隊長、狂戦士のデル2さん。
会計を取り仕切る守銭奴、拳闘士のダフニさん。
並ぶ顔触れは他にも幹部やそれに準ずる者ばかりで、まさしくオールスター。
だが、やはり一際目を引くのはあいつだ。
手には禍々しい漆黒の大剣。身を包む重厚なプレートメイルも、邪悪さを漂わせる攻撃的なフォルム。元々のジョブが神官だと言って、果たして誰が信じるのか。
イエローブラッドの首魁――ナップは俺を見つけ、歯を剥いて笑った。
「来たなガウス! やっぱお前なら首を突っ込むよな!」
「俺の首よりテメェの首を心配しな!」
言い返しながら、短距離ダッシュのスキル、スプリントを発動。一気に距離を詰めようとするが、同時、弾かれたように飛び出す影があった。
デル2さんだ。彼は片手剣と盾を構えながら加速し、盾を突き出して踏み込んだ。
シールドチャージ。攻撃としてはどうということのないスキルだが、効果としてノックバックの特性を持つ。何かしらの手段で効果そのものを無効化しない限り、当たれば後退を強いる。
だから俺は杭を打つように足を止め、これまでの速度を預けた大戦斧を投擲する。
デル2さんの盾は取り回しのいい小型のものだ。それで大戦斧を受け止めるような愚は犯さず、軌道へ添えるようにして曲面で弾く。
直後、俺はインベントリから剣を抜きながら踏み込み、
「通してもらうぜ……!」
抜き打ちの剣を、デル2さんの剣が迎え撃った。
惚れ惚れする状況判断。反撃に転じようなんて色気は欠片もない。軸足に体重を乗せ、崩されない程度に沈めた腰。徹底的に攻撃を受け止めるつもりの構えだ。
そも狂戦士は前衛アタッカーの中でも、シンプルに攻撃へ特化したジョブだ。他の前衛が持つ防御や補助のスキルはなく、それどころか防御を下げて攻撃力を高める脳筋ジョブだった。
デル2さんはその長所に拘泥しない。ジョブの役割ではなく、自分の役割を理解して、必要なら防御にも徹する。その判断を支えているのは、ゲーム内での膨大な戦闘経験だろう。
スペックが高い敵よりも、俺はこういう人の方が恐ろしい。常に何が最善かを思考し、理詰めで持てる力を発揮するタイプは、戦いが長引くほど一手が重くなる。
それにこの様子だと、ノノカ経由の魔術はもう効果がないだろう。あの時点では俺とわらびもちが敵対していると信じさせたが、今は味方だと納得されていたら意味がない。つーかイエローブラッドとの敵対を選んでいる以上、デル2さんは割り切って動く筈だ。
本当に厄介な相手だと内心で舌打ちを一つ。鍔迫り合いの体勢からステップを踏むように小さく跳び、移動と思わせるフェイントを入れてから、相手の剣、その柄頭を狙って鋭く蹴りを上げる。
デル2さんは蹴りを避けない。むしろ柄頭を叩き付け、力点を鍔迫り合いから柄頭と蹴りの激突へと変更。その瞬間的な力点に体重を預けて、彼は左膝を跳ね上げた。
脇腹を狙う膝蹴り。鍔迫り合いを放棄し、右の肘打ちで迎撃。ならばとデル2さんは即座に剣を押し込もうとするが、左拳で剣の腹を押して軌道を逸らす。
直後、俺達は示し合わせたかのように後ろへ跳び、間合いを仕切り直した。
そこで入れ替わるように、デル2さんの脇を駆け抜けて飛び出す新たな影があった。
ダフニさんだ。
大型の手甲を武器とする彼女は、その鉄塊じみた両手で殴打すべく踏み込む。
流石に拳の間合いに入られては困る。俺は腰の捻りで腕の振りを加速し、撃ち出すように剣で刺突した。
「――――!?」
しかしダフニさんは一瞬、踏み込んだ足をつんのめるように止め、上体を左前に流す。体重移動を利用し、身を投げ出すように踏み切れば、それは高速の側転となった。
彼女は側転で刺突を回避しながら背後に回る。ならば打撃が来る筈だと、俺は刺突後の慣性に身を任せて、右側へと体を倒した。
風を切る音は空振りした拳の音か。確かめる余裕もないまま、地に着いた右肘を支点に体を浮かせ、重心を引っこ抜くように姿勢制御。僅かな隙間で捉えた足で地を蹴り、前方へと逃れる。
同時に左手で盾を抜いたのは、抜け目なくデル2さんが迫っていたからだ。
振り下ろしの斬撃。避けられぬそれに盾をぶつければ、防御の代償に盾は砕け散ってしまう。
これだから安物は度し難い……!
デル2さんは怯まず、再度の振り下ろし。今度は剣で受けることも間に合う。
だが安直。ただの連撃では、デル2さんの攻撃としてはあまりにも芸がない。
彼の攻撃は最善のものであると信じて、踵を支点に身を回し、右腕を水平に。バックハンドで背面への薙ぎ払いを行えば、それはダフニさんの拳打を側面から叩き、火花を散らして弾いた。
「……っ!」
引き換えに背を斬られるが浅い。ダフニさんを本命とした、囮としての斬撃だったからこそ、ダメージは軽微。殺すつもりの一撃だったら、俺の体勢などお構いなく致命傷になっていた。
拳を弾かれたダフニさんは、既に拳の間合いということもあって逆の拳で追撃する。
俺は体を押し込むように前へ出し、右手に握る剣の柄頭を、彼女の打撃へとぶち当てた。
炸裂する威力は腕を押すが、その勢いを利用して身を反転。今度は殺す気の斬撃を放ちかけていたデル2さんへ、予想外の速度と角度で剣の切っ先が突き刺さった。
それでもなお振り下ろされた剣に左腕をぶつけ、タイミングをずらしてやることでダメージを最小限に。そこで二人の連携に僅かな切れ間が訪れ、俺は二人を正面に捉えられるよう、斜め後方へと跳んだ。
互いに集中を保つための一呼吸が入る。
その間にPK連中をけしかけてやろうかと思ったが、既に他の幹部陣との戦闘に突入していた。
目的は俺がナップを討つことだと理解してくれているのだろう、足止めに徹しているようだが、やはり地力が及ばない。あの様子ではすぐに壊滅させられてしまいそうだ。
無理難題もいいところだが、そうなる前に俺はデル2さんとダフニさんを突破しなきゃいけない。
さて、どう攻めたものかと思案した時、ダフニさんが口を開いた。
「ガウスさん、目的は何ですか?」
問いかけながら彼女は視線を一瞬、ナップの方へと向けた。
正確にはその傍らに控えるヨーゼフを見たのだろう。あの裏切り者め。
「ヨーゼフさんから元々の計画は聞き及んでいます。
もしお金が欲しいだけであれば、こちらにはあなたを雇う用意があります」
懐柔策へ出たのは、彼女なりに損得を考えてのものだろう。
俺が率いるPK連中をどう評価しているかは読めないが、数だけで見てもそれなりの勢力だとは判断している筈。それに加えて、まがりなりにも幹部二人と戦えている俺を、放置できないと再評価したか。
叩き潰せる勢力ではあるが、その労力が惜しい。本音はそんなところだろう。
イエローブラッドの目的はあくまでも、戦争に勝利し、わらびもちを潰すことだ。
電撃戦を仕掛けた以上、時間をかければかけるほど不利になる。故に金で転びそうな障害なら、金で解決して時間を買おうとしているわけだ。
しかし残念ながら、俺の事情は金だけで解決するものではない。
だから俺は苦笑しながら首を横に振って、
「悪いが俺は金で動く男じゃないんだ」
「……えぇ?」
すっげぇ蔑んだ目を向けられたが、俺のことをどう思っているのか。
ダフニさんは何か言い返そうと口を開きかけたが、それをデル2さんが制止した。
「話すだけ無駄だ。――ガウスがそう言うなら、それを信じよう」
ノノカ! 聞こえてるかノノカ!?
お前の魔術が変な感じにキマってる! デル2さん、俺を信じたまま殺す気だぞ!
ちくしょう、何だあの悲しき殺人機械は。誰があんな怪物を生んでしまったんだ。
ともあれ、交渉は決裂した。
それぞれの目的を果たすために、俺達は再び激突する。
 




