第十三話 四天王
俺の前には見るからに不機嫌そうな男がいた。
ただでさえ細い目は神経質に細められ、眉間にはシワが寄せられている。外でもないのに肩当てと一体化した黒の外套を着込み、手にした装飾過多な杖にはゲーム的な意味での魔力が込められ、臨戦態勢ですらあった。
わらびもちのリーダー、ネジスキだ。
不機嫌の理由は言うまでもない。敵か味方か判然としない――どちらかと言えば仮想敵である俺を、見張りが頼れる味方だと言って城内へ通してしまったからだ。
応接間のような場所へ通されることもなく、俺達がいるのは城内に入ってすぐのホール。駆け付けたネジスキは見張り達を叱責してから、俺と対峙していた。
「……どんなペテンを使ったのか知りませんが、まあ、一応は歓迎しましょうか」
彼の声は刺々しさを隠そうともせず、眼光は次の瞬間にも襲いかかりそうなほど剣呑。それでも対話しようとする姿勢は彼自身の信念もあるだろうが、俺の真意を図りかねているせいでもあるだろう。
だが敵意――否、殺気を完全に抑えることはできていない。それは俺からすれば特段、気にするほどのものではなかったが、メザシは俺の背に隠れてしまっている。PK稼業をしていれば殺気に晒されることもあるだろうが、まあ状況が悪い。怯えてしまったのを責めるのは、少し酷というものだ。
当然、ホールにいるのは俺達だけではない。半包囲するようにわらびもちのメンバーが並び、ネジスキの傍には彼と同じように、臨戦態勢で警戒の厳しい幹部陣――実力者がいる。
中でも目立つのは、まず最強タンクの呼び声も高い大男、ヤッターホルン。タンクとしてはよくナップの名前も挙がるが、あいつがタンクとしては邪道なのに対し、ヤッターホルンは堅実に防御を固めた王道タイプ。純粋な硬さで言えば、確かに彼は現時点での最高峰だろう。
次に目を引くのは、エスニックな服装をした二人の若い女だ。どちらも顔のパーツや髪型は同じながら、片方は白い肌に黒髪、もう片方は褐色の肌に銀髪。たしか黒髪がジャポニカ舞、銀髪がインディカ舞という名前だったか。舞姉妹の通り名で知られる二人は、息の合ったコンビネーションを誇る前衛アタッカーだ。
この三人にネジスキを加えた四人が、わらびもちの中核となるPTだ。ヒーラー不在なのは、回復アイテムだけで充分だということだろう。ヤッターホルンが耐えている内に、三人の火力で敵を撃滅する攻撃型のPTだ。
だからこそ、メザシが怯えるのも無理はない。ランドルフでようやく伍する連中なのだから役者が違う。戦うわけではないが、戦う前から相手に呑まれてしまっている状態だ。もっと場数を踏ませた方がよかったかなと反省するが、今回は勉強だと割り切るしかないか。
俺は対峙するネジスキへ、両手に持ったままの斧をガシャーン、ガシャーンと打ち鳴らして口を開いた。
「そう警戒するなよ。俺ぁ頼りになる味方のつもりだぜ?」
しかしこの誠実なアピールに対し、ヤッターホルンが呆れたような声を出した。
「どう見ても新手の蛮族なんだがなぁ」
彼はがしがしと乱暴に頭を掻いて、
「とりあえず武器は仕舞え。ここでやるつもりなら、大歓迎だが」
好戦的な言葉は自信の表れであり、むしろそれを望んでいるようですらあった。
だが残念ながら相性というものがある。俺がもうスピカに勝てないのと同じで、このゲームにおいて前衛物理アタッカーはタンクの防御力を上回れない。
ナップのように攻撃や支援もこなすマルチタンクや、防御特化でも技術が伴っていないのであれば勝ちの目はあるが、ヤッターホルンは技術のある防御特化だ。いくら何でも相手が悪い。
俺は降参とばかりに斧をインベントリに戻し、
「俺とあんたじゃ千日手だ。こっちに暗殺者でもいれば、喜んで相手したんだけどな」
「馬鹿野郎お前、天敵じゃねぇか」
ヤッターホルンが嫌そうな顔でツッコミ入れるように、防御特化タンクに最も有効なのは暗殺者だ。魔法攻撃でも持ち前のHPや、場合によっては装備による属性耐性で耐えてみせるが、暗殺者だけは相性が悪い。何せあいつら、スキルで防御無視や割合ダメージが可能だからな。
だがもう一人、俺の軽口に反応した者がいる。ネジスキだ。
彼は口の端を歪めて嘲笑に近い笑みを浮かべ、
「……カルガモは貴方の味方ではない、ということですね?」
「ハ」
俺は鼻で笑って、パチンと指を鳴らした。
音にネジスキは怯えたように一歩下がり、彼を守るようにヤッターホルンと舞姉妹が身構える。さらに俺達を半包囲するわらびもちメンバーも、何かを探して視線を彷徨わせた。
数秒。何事もなかったかのように口を開く。
「そんで、今日ここに来た用件なんだけどさ」
「流すなぁ!? さっきの行動を説明しなさい!」
「嫌がらせ」
「ぬけぬけと……! カルガモが来るのかと焦ったので、そういうのはやめなさい!」
はーい、と適当に返事しておく。しかし思った以上にカルガモの存在は効くな。
いや、それも当然か。ゲームにおける強さは、各ジョブのスキルに依るところが大きい。その例外がカルガモだ。短剣を持たないと大半のスキルが使えない癖に、剣を持った時の方が強い。剣術の腕だけで最強の一角を占めるイレギュラーさは、真っ当に強い連中からすれば恐怖の対象なのだろう。
そう納得しつつ、会話の主導権を握れたので話を続けることにする。
「で、用件だけどさ。俺はわらびもちの味方するぜ、って。そんだけ」
「……ふむ」
ネジスキは顎を撫で、思案する様子を見せた。
それが長考になるかもしれないと案じたのか、舞姉妹の黒髪の方、ジャポニカ舞が口を開く。
「ほんまに? あんたナップさんの友達やろ」
「え?」
疑いの問いかけに、わりと素で声を上げる。
奇妙な沈黙。間を置いて、今度は遠慮がちに舞姉妹の銀髪の方、インディカ舞が言う。
「……友達やんね?」
うーん。まあ俺とナップに交流があることは、別に隠しているわけでもない。だからといって仲がいいかと言えばたぶん否だし、基本的には命のやり取りをする間柄だ。
しかし俺のインテリジェンスは、ここである可能性に気付いた。
言葉というものは曖昧だ。辞書に載っていない意味で使われることもあるし、思想や価値観によって意味や用法が大きく変わることもある。おそらく今回の場合もそうなのだろう。
だから俺は頷いて、
「利用するだけ利用して、最後には捨てる相手を友達って呼ぶなら、たぶんそうだぜ」
「ちゃうよ?」
「でも、俺は上辺だけ綺麗な言葉で誤魔化すのは、ちょっと嫌だな。見損なったぜ、舞姉妹」
「ちゃうって言ってるやん……!」
うんうん。図星な時ほど人って言い繕うよな。分かってる、分かってるよ。
斯様な邪智暴虐が蔓延るクラン、俺としても見過ごすわけにはいかない。最初からそうするつもりではあるが、やはり利用するだけ利用して潰すのが世のため人のためだろう。
「とにかくそういうわけだから、まあ傭兵とでも思ってくれよ。別に傭兵代を寄越せとか言わねぇしさ。あ、くれるってんならもらうけど」
交渉を円滑に進めるべく、笑顔を浮かべて下手に出る。
そこで思案を終えたネジスキが眼光を鋭くし、
「あえて傭兵と言うからには、クランではなく個人での参加ですね? ――流星、貴方のクランはどう動くつもりなのか、教えてもらいましょうか」
「よく分かんねぇけど、俺の敵なんじゃねぇかな」
「は? ええと、貴方はスパイとか、そういうわけではなく?」
「そりゃ考え過ぎだ」
やっぱ頭いいけど馬鹿だなお前、と笑って、
「俺がイエローブラッドに借金してるのは知ってんだろ?」
「ええ、まあ」
「踏み倒す千載一遇のチャンスだと思わね? ――けどよぉ、うちの連中、そういうのは駄目だって言うんだぜ。おかしいと思うよな」
「貴方、ちゃんと人道歩いてます?」
「おう。お天道様に恥じるような真似はしてないぜ」
胸を張って答えると、
「え、ちょっと待って? うちらあれに見損なわれたん?」
「名誉毀損で訴えたら勝てるんちゃうかな」
舞姉妹が隠す気のない内緒話を始める。オープンで実によろしい。
けど外道ってのは、自分のこと棚上げにして好き勝手言うよなぁ。
呆れながらも感心していると、気を取り直したネジスキが言う。
「ともあれ、秘跡調査団は貴方の敵だ、と。――では後ろの彼女は?」
これまで以上に細められた目は、メザシを値踏みするように捉えていた。
メザシは視線から逃れるように、さっと俺の後ろに隠れる。その時、彼女が「うわ」と、怯えの声――しかし恐怖ではなく、嫌悪による声を小さく上げたのは、視姦されているような気分になったからだろう。
可愛い部下にセクハラするのは許せないので、俺は彼女を守るように一歩、前に出た。
「今日は俺の護衛も兼ねてるが、友達だよ」
答えた言葉に、ヤッターホルンが深刻そうな顔をした。
「……その子、中学生ぐらいだよな? まさかお前、それを利用するだけ利用して、最後には捨てる相手だと……?」
「が、ガウス様がそう望むなら、ボクはそれでもいいです」
俺の背に隠れたまま、メザシは勇気を出してフォローの言葉を口にした。
愕然とするヤッターホルン達へ、俺は勝ち誇って言う。
「これが真の友情だ。あんたらの言う友達とは意味が違う」
「馬鹿野郎お前、こっち来い! お前だけ!」
何故かヤッターホルンが焦って言うので、とりあえず耳は貸そうかと近付いてみる。するとヤッターホルンは間合いに入ったところで俺の胸倉を掴み、顔を寄せて言う。
「お前、あの子に何した……!? あんなこと言わせて嬉しいのか!?」
「そっちこそ何を勘違いしてんだよ」
やれやれと首を振り、
「頼れるお兄さんが慕われるのは当然じゃないか」
「くっ……! 何だその澄んだ目は! 本当にそうなのか……!?」
「やっさん、騙されたらあかん! そいつ人のことなんて何とも思ってへん外道や!」
「せや、そいつは星クズなんやで!」
ヤッターホルンとは分かり合えそうだったのに、舞姉妹が邪魔をする。
まあいい。この距離なら我が神の力で――そう思った時、ネジスキに動きがあった。
「――落ち着きなさい」
ドン、と。杖で床を打ち鳴らして彼は言う。
「彼を非難するのは簡単です。ですが我々がすべきは、彼を非難することではなく、あの子を救うことではありませんか?」
その言葉で落ち着きを取り戻したのか、ヤッターホルンは俺を手放した。
「ボス……ああ、確かにそうだな」
「でしょう? ――流星、貴方の与力を認めましょう。しかし条件があります。
イエローブラッドとの戦いが終われば、その子を自由にすると約束しなさい……!」
義憤に燃えるネジスキ。条件さえ満たしていれば、勇者になれたかもしれない。
でも自由になったメザシって、結局はただのPKなんだけど、それはいいんだろうか。
まあ俺が気にすることでもないか。
「いいぜ、その条件なら呑んでやるよ」
「いとも容易く――やはり貴方は、最低のクズのようですね」
忌々しそうに言うネジスキ。俺、そろそろ怒っても許される気がする。
ま、誤解を正すのも疲れそうだし、
「そう言うなよ。俺ぁ頼れる味方なんだから」
ここぞとばかりに両目をピンク色に光ら――ない。あれぇ?
ネジスキは鼻をフンと鳴らして踵を返し、
「実力だけは認めますがね。追って連絡しますので、今日のところは帰って結構」
言いたいことだけを言って、小城の奥へと姿を消してしまう。
ホールに残された面々の中、一般のクランメンバーは散発的にこの場を離れるが、過半数が残っているのは俺を自由にさせたくないからだろう。人を疑うことしか知らない、哀れな連中のようだ。
しかし困ったな。別に必須ではないんだけど、城の内部構造ぐらいは頭に入れておきたいのに、それはさせてくれそうにない。どうしたものかなと嘆息した時、メザシが俺の袖を引いた。
何だろうと思って顔を向ければ、メザシは不安そうに俺を見上げて、
「ボク、自由になっても、傍にいていいですか……?」
「いいよ」
「死ねぇ……!!」
深く考えずに返事したら、ヤッターホルンが俺をタックルで吹き飛ばした。
床を二度、三度とバウンドして、身を起こそうとしたら、間合いを詰めた舞姉妹が喉元へ、それぞれに剣と槍とを突き付けていた。
「……何の真似だよ? 何も悪いことしてねぇのに」
「「教育に悪い!」」
舞姉妹が揃って言い切る。酷い言いがかりだ。
そしてヤッターホルンが怒りに震える声で、
「モテてる気がして純粋に許せん……!」
「友達だって言ってんだろ。なあ?」
「あ、はい」
素直に頷くメザシ。実のところ、彼女がどういう奴なのかは、ぼんやりと把握し始めている。
最初はランドルフに憧れてPKやってるのかと思っていたが、接し方を見ると敬ってはいても憧れてはいない。何より、軽く魔術をかけただけなのに、俺にもちゃんと従っている。
俺の推測が正しければ、メザシは尽くす相手を選ばない。誰かに使われたいという欲求が強いから、先程のように自由そのものを恐れたのだ。
……闇、深くね?
今回の件が落ち着いたら、それとなく力になってやるべきかなぁ。
自問する思考は、同時に我が神への相談でもあった。
だが、やはり返事はない。
何か問題が起きたのか。我が神のことだから、心配はいらないと思うけど。
ともあれ、これ以上はここにいる意味もない。
俺はまだ喉元に突き付けられている舞姉妹の剣と槍、その先端に横から両手で触れて、
「んじゃ、そろそろお暇すっか」
軽く告げながら剣と槍を引き、自ら首を捧げてみせた。
「ひぃ!? 意味分からん、なんやのこいつ!?」
「……っ、精神攻撃! うちらの心に傷を残すつもりや!」
騒ぐツインズ。死ぬ俺。
そして俺が理解を始めたように、俺の理解を始めたメザシが呆れたように言う。
「歩いて帰るの面倒臭がって、死に戻りしただけだと思う」
半分正解。
もう半分は、お前と離れるためなんだけどね。
○
死に戻った俺は、駅馬車を利用してラシアを訪れていた。
向かう先はいつもノノカ様が露店を開いている場所だ。
既に何度か脳内で問いかけているものの、やはり返事がない。あの御方には心配なんて必要ないと思うが、シャーロットさんに関わりがバレちまったからなぁ。詰めかけられても遅れは取らないだろうけど、それはそれとして無事は確認しておきたいところだ。
単にもう寝たのかもしれないけど……っていうかあいつ、寝るのか? 精神構造は人間臭いけど、睡眠とか食事とか必要なさそうなんだよな。肉体的にはもう、完全に人間じゃないっつーか。
そんなことを思いながら露店の場所までやって来ると、ノノカ様のご尊顔を拝することができた。とりあえず寝ていたわけではないらしい。
そして彼女の前には、必死の形相で土下座している丸眼鏡の青年がいた。
うーん既視感。
これ放置してもいいやつだと分かったので、俺は踵を返そうとした。
しかしそれよりも早く、俺に気付いたノノカ様が声を張り上げる。
「あ、兄さん! いいところに来た!」
「む――?」
青年も細面をこちらに向ける。最初、視線よ馬となって蹴り飛ばせとばかりに睨んできたが、ややあって破顔する。立ち上がった彼は攻撃的な空気を霧散させて、親しげに声をかけてきた。
「おおガウスさん! やっぱ目付き悪いなぁ!」
「あんたに言われたくねぇよ」
彼の名は暮井さん。いわゆる糸目だが、基本的に目が笑っていないので、マフィアみたいな印象になる。
島人である彼がどうしてここにいるかだが、どうやら拒否ったのにゲオルを始めてしまったらしい。たぶん原因は、ノノカ様の後始末が雑だったせい。運命の出会いが、いくらか記憶に残っていたのだろう。
そして彼は「知り合い?」と俺達に確認した上で、返事を待たず一方的に言葉を続けた。
「ガウスさんからも説明してくれよ。俺は足を舐めたいだけなんだ。
それなのに変態、変態って拒むもんだから、話が進まなくってさ」
困ったもんだよ、と苦笑する暮井さん。話が進まないなら、そこで終わりだとは思わないらしい。どれほど強く未来を信じていれば、こんなモンスターになってしまうのか。
頭がおかしいとはいえ、ノノカ様も一般人相手に力を振るうのはどうかと思っているのだろうか。仕方ない。俺が代行すれば、少なくともノノカ様自身のルールに抵触はしないだろう。
俺は両目をぺかぺかとピンク色に光らせて、
「時には引くのも手だぜ。押してばかりじゃ嫌われることもあるんだ」
「それはそれでご褒美だと思わないか?」
業が深い……!
魔術が通った感覚はあるのに、まったく通用しねぇぞこいつ!
思わず戦慄する俺に、ノノカ様からの電波が届いた。
(その術は駄目だ兄さん。この変態はどんな感情も、好意的に解釈する。
私に対して全肯定の愛しかないから、逆にパワーアップするんだよ。
まさかここまで私の魅力が高まっているとは思わなかった……!)
こいつただのロリコンだから調子に乗るなよ。
(!?)
重ねて言うけどロリコンだし、加えて言えば姉萌えだ。
島人にはどうしようもない変態も何人かいるわけだが、暮井さんはその中でも四天王と恐れられる頂点の一人。ロリコンで姉萌えという業を背負うが故に、そのツボは歳上の合法ロリだけ……!
……なるほど。改めて思うと、ノノカ様って超ツボじゃん。
(待て待て兄さん。私は魔術的に都合がいいから、子供の形をベースにしてるだけだ)
それを世間では合法ロリって呼ぶんだよ。いや、ロリババアかもしれないけど。
途端、激しい頭痛。ロリババア扱いは看過できないらしい。うるせぇ何百年も生きてたらババアだババア。これだけは俺も譲らねぇぞ。
ともあれまあ、穏便に事を済ませるのは難しそうだ。
しかし暮井さんは殺しても何度でも死に戻りしそうなので、俺は一計を案じることにした。
「暮井さん。ご褒美が欲しいってんなら、尚更迷惑をかけちゃいけないだろ」
「心配するな。アカウントは何度でも作り直せる」
「今一番心配なのは、あんたの道徳心だよ」
凶行に走らないようにツッコミを入れて、
「見てみろ。ノノカ様は露店を開いている商人だが、アイテムを自作する錬金術師でもある。ご褒美が欲しいってんなら、素材でも集めて来りゃいいんじゃねぇか?」
「……なるほどね」
瞳に理解の色を浮かべ、暮井さんは頷いた。
これならノノカ様も迷惑するだけではない。適当にあしらう苦労は必要になるが、一応は利益を得ることができるし、暮井さんもしつこく迫ったりはしないだろう。
そして暮井さんは爽やかに微笑んで、
「恋の道に、そんな遠回りはいらない」
「せめて人の道を歩けって言ってんだよ!」
くそっ、話が通じねぇ! まさに島人って感じだぜ!
ウードンさんがあれで常識人だったり、姐御や緑葉さんが良識派として扱われるだけあって、基本的にブレーキが壊れてやがる。どいつもこいつも、ナチュラルに頭おかしいのはいかがなものか。
こうなると一時凌ぎでしかないが、とりあえず殺しておくべきか。死に戻りする前に逃げれば、時間を稼ぐことはできる。ちゃんとした解決は、それから考えればいいだろう。
俺がそう考えた時、ノノカ様も自分の力で解決しようとなされたのだろう。彼女はご尊顔を引き締め、意を決したように口を開いた。
「えーと、まあ、気持ちはありがたいんだけど。私、中身はお婆ちゃんだよ」
「………………!」
それはまさかの自爆技だった。さっき俺がロリババア扱いしたらキレたのに。
だが魅力を感じさせないようにするには、これしかないと判断したのだろう。
暮井さんは電撃を浴びたように体を震わせ、太陽を呪うかのごとく天を見上げた。
上を向いても涙が溢れ、
「せめて半世紀前に巡り会えていれば……!」
冷静に考えると守備範囲広くない?
ある意味、それはそれで尊敬できるのかもなぁ、なんて思っていたら、暮井さんは涙を拭いて、
「ところで娘さんっていらっしゃいますか?」
「兄さん、兄さん! この変態、マジ不屈で怖いんだけど!?」
怯えたようにノノカ様が声を荒げるが、俺は逆に感動すらしていた。
人はこうも早く絶望から立ち直り、新たな希望に目を向けることができるのか。
それはそれとして、俺は暮井さんの肩に手を置いて、
「もう諦めろって。この運命は縁がなかったんだよ」
「いいや、俺は彼女の遺伝子に期待したい」
キメ顔で暮井さんがそう言った瞬間、ついに精神が限界を迎えたのか、ノノカはポーションの薬瓶をぶん投げた。
中身は調合に使う酸か。本来は攻撃アイテムとして使えるようなものではないが、レベルの低い暮井さんにはそれでも充分だったらしく、キメ顔のまま骨まで溶けて消滅した。怖っ。
ノノカは気を落ち着けるためか、数度深呼吸してから、
「兄さんの知り合いって、濃いの多いよな……」
「妹萌えのロリコンも紹介しようか?」
「あはは。――私が嫌いならそう言って欲しい」
「そんなわけないじゃ~ん!」
親愛の情を示すべく、俺はノノカを抱き締めた。
そして俺もロリコンではないかと疑ったノノカに、毒薬をぶっかけられるのであった。




