第十一話 後悔の形
ラシアの街に戻った俺達は、早速武具屋で装備を整えることにした。
まずカルガモにワンランク上の短剣、マインゴーシュを購入。今まで使っていたダガーは売らず、姐御に渡して当座の武器に。それからクラレットさんに、火力の底上げとして魔法攻撃力の上がるスタッフを購入した。
クラレットさんはやはり恐縮した様子だったが、ゴブリン狩りをするならマジで生死を分けるので、遠慮なく受け取ってもらいたい。狩りが上手くいけば、大した出費でもなくなるだろう。
そうして残った金で買える鎧はレザーアーマーのみ。初期装備のレザージャケットと比較しても、あまり性能が良いとは言えない。それを買って素寒貧になるよりは、ということで代わりに道具屋でライトポーションを買えるだけ買った。
ライトポーションは俺とカルガモが多めに持ちつつ、全員に配分する。回復量はあまり多くないが、いざという時に使えれば首の皮一枚で繋がることもある。と言うか、実際にさっき繋がった。
買い物を終えた俺達は、そのまま再出発――しようと思ったが、そこでクラレットさんに友達からささやきが飛んできた。
待つことしばし。相談の結果、友達も俺達と合流してくれることになったそうで、混雑する西門を避けて道具屋に引き返し、その前で待ち合わせることにした。
「これで五人PTですねー。普通の狩りなら、あと一人か二人が限界ですかね」
うきうきとした様子で姐御が言う。指示を出せる人間を二人用意してPTを分割するとか、特定の作業に特化したPT構成にするとかでなければ、指示役は一人じゃないと混乱を招く。ある程度は各自の判断に任せるとしても、指示役が一人で管理できるPT人数はそのあたりが限界だろう。
実際、ゲームにもよるが、バランスがいいと言われるのは四、五人のPTだ。指示が十全に行き渡り、ちゃんと連携を取れるのはそのぐらいが限界だということでもある。俺達の場合、カルガモは最初に方針だけ指示すれば問題ないので、その分だけ楽ができる。
高度な連携訓練を積んだ連中なら、もっと大人数でも問題ないのだろう。しかし職業軍人でもない素人に、そこまでのことはできるわけがない。連携を重視したら三人PT――トリオが最適だ、なんて意見も結構根強いしな。
「欲を言えばもう少し、数が欲しいところではあるがのぅ。
全員が全員、毎日ログインし、常に都合がいいというわけでもあるまい」
カルガモの言葉に頷きを返す。リアルでの生活がある以上、常に固定PTというのは難しい。俺にしたって学校がテスト期間になれば、どうしてもログインできる時間は減ってしまうだろう。
それにゲーム内での都合もある。何かしらのクエストを個人的にやりたいだとか、そういうこともあるだろう。そんなあれこれを考えると、最大で2PT組めるぐらいの人数――十人前後を確保しておくことが理想的だ。
まあクラレットさんの友達と、今頃どっかでソロしているんだろうロンさんを含めれば六人。島人をもうちょい勧誘するか、ゲーム内で少し探せばどうにかなりそうではあった。
「あ、私なら大体、この時間帯にログインしてると思う」
「俺とカルガモもだな。姐御は日によっちゃ、もう少し遅くなると思うけど」
「残業が悪いんですよ残業がー……むしろカモさんがおかしいんですよぅ」
姐御の言葉に、俺とクラレットさんもカルガモに目を向ける。
笑って誤魔化しているが、社会人としてはこいつのログイン時間っておかしいんだよな。学生と同じような時間帯にログインできて、平日でもお構いなしで深夜や朝方まで遊んでたりするし。島人の間ではオフ会にも参加しないので、実はバグったAIが人間として振る舞っているのではないか、なんて噂されているぐらいだ。
別にリアルの素性を暴いてやろうとは思わないが、どんな生活をしているのか気にならないこともない。
「まあ、俺の仕事は時間の融通が利くんじゃよ。
職業柄、詳しいことを話すわけにはいかんがのぅ」
何か特殊な公務員でもやってるんだろうか。まあカルガモのことだし、リアルで錬金術師やってますとか言われても納得できるし、鴨鍋の具になっていると言われても納得できる。
それからログインできる時間帯や曜日なんかの話題となり、流れで軽くリアルでの出来事なんかにも触れる。俺が妹の奈苗と見ているアニメのことを話すと、何故か奈苗が同情されていた。
「こんな兄を持つとは、不幸にのぅ……」
「妹さんがいたんですねー……苦労してるんでしょうね」
解せぬ。こいつらちょっと言い過ぎではないかと思っていたら、クラレットさんが言う。
「でもガウス、頼りにはなるよ。危なっかしいけど。家じゃ意外と良いお兄ちゃんしてるのかも」
急にフォローされて戸惑う。やべぇ、お礼を言うべきか? それとも崇めるべきか?
島チャンの連中が基本的に外道なもんだから、こういう時、反応に困ってしまう。
しかしまごついていたら、俺が何か言うよりも先に害鳥と姐御が否定を始めていた。
「騙されておるぞ、クラレットさん。こやつは頭のネジが足りておらんからな」
「危なっかしいとかじゃなくて、ブレーキがないって言うんですよ」
「おうおう、好きに言ってくれるじゃねぇか。
けどな、俺だって妹にはちゃんと兄として――――」
言いかけて、俺は普段、奈苗に何をしてやれているのだろうと考えた。
うーん。あいつの好きなお菓子とか譲ったりするけど、俺だって唐揚げもらったりするしお互い様だよなぁ。つーか俺の部屋とか、散らかしてたら整理してくれるし。実に良くできた妹である。
そして俺は何もしてやれていなかった。
「いや、うん。プライベートなことだから、やっぱなしで」
「ダメ兄貴じゃ、こやつ間違いなくダメ兄貴じゃ」
「庇ってあげたのに……」
おおっと、クラレットさんまで敵に回ってしまったぞ?
俺はうなだれて、彼女に反省の言葉を告げた。
「今度からは、優しくしようと思います……」
「そうしてあげて。私は一人っ子だから、ちょっと分からないけど。
自慢できるお兄ちゃんの方が、嬉しいと思うよ」
ですよねー。だけどたぶん俺、数日で忘れると思う。人間なんてそう簡単に変われないのだ。
そんなこんなで雑談をしていると、クラレットさんが不意に「あっ」と声を上げた。
その視線の先を追ってみれば、こちらに手を振りながら駆けてくる少女がいた。
年齢設定はクラレットさんと同じぐらい。ショートボブの栗毛と明るい表情が、快活な印象を与える。腰元には細身の剣があることから、前衛職なのだろう。それは彼女の印象によく合っているように思えた。
近くまで来た少女は口を開き、
「お待たせ、あか――あー、あー、クラレット!」
危ねぇな!? あんた今、クラレットさんの本名呼びかけてただろ!?
そんな彼女をクラレットさんは半目で睨む。
「ちょっと、気をつけてよ」
「あはは、ごめんごめん! まだ慣れてなくってさー」
平謝りしてから、彼女は俺達の方へと笑顔を向けた。
「あたしは呪術師のツバメ! よろしくね!」
「はい、よろしくお願いしますー。私が一応PTリーダーで、神官のタルタルです。
こちらが盗賊のカルガモさんで、こちらがクラレットさんをナンパしたガウス君」
「姐御!?」
そもそも俺、ペア狩りの募集を出してた側だから、声かけてきたのはクラレットさんだよ!?
だが言い訳するよりも早く、ツバメさんは「ほほーう」と俺をロックオン。
「へっへっへ。旦那、良い趣味してますなぁ。あの女は上玉ですぜ」
「ちょっと、ツバメ!」
「おお、怖い怖い。安心しなってクラレット! 親友の男には手を出さないから!」
グッ、と親指を立てて笑うツバメさん。いやもう、ツバメでいいや。
どんなツッコミ入れたらいいかなぁ、なんて考えていたら、今度はカルガモが笑う。
「そうとも、ツバメには俺という男がおるでな」
「当たり前じゃない! カモっちがいるのに浮気なんて考えられないよ!」
「え、え? あれ、知り合い? え?」
いきなりのコンビネーションに混乱するクラレットさん。安心して欲しい、これ馬鹿が共鳴してるだけだ。
だがツッコミを入れる隙もなく、馬鹿二人はヒートアップしていく。
「それにしてもようやく会えたのぅ、ツバメ。寂しくなかったか?」
「全然! って言ったら嘘になっちゃうけど……あたし、カモっちを縛りたくないから」
「泣かせることを言うでない。素直に甘えてもいいんじゃよ。
そのくらいの甲斐性は持っておるつもりだ」
「カモっち……!」
「ツバメ……!」
そして二人は手を取り合い、彼方に向かって歩き出した。
「行こう、カモっち! あたし達の冒険へ!」
「お前とならば、どんな嵐も越えられるとも!」
そのまま数歩。二人はくるりと振り返って言う。
「「止めてくれてもいいんじゃよ?」」
なんでそこまで息が合ってるの? 出会って一分経ったかも怪しいよ?
クラレットさんはまだあわあわと混乱しているが、姐御は腹を抱えて笑っていた。俺はどちらかと言えば呆れの強い笑いを浮かべて、馬鹿二人に問う。
「一応確認するけど、お前ら初対面だよな?」
うん、と二人は頷いて。
「でも名前聞いた瞬間、他人じゃないって思ったんだよね」
「鳥類に悪い奴はおらんからな」
あっはっはー、と笑い合う二人。なるほど、鳥類ネームのキャラには要注意、と。
そしてようやく混乱から立ち直ったクラレットさんも、呆れの笑みを浮かべて言う。
「まったくもう。驚かせないで」
「ごめんねー。でもカモっち、ナイス演技!」
「面白そうじゃったからな!」
グッ、と親指を立て合う二人。相性がやばい。
しかしいつまでも脱線しているわけにはいかないので、咳払いをして姐御が口を開いた。
「それでツバメさん、これからゴブリン狩りに行きますけど大丈夫ですか?」
「うん、平気平気! デバフなら任せてよ! 剣は飾りだけどね!」
「飾りかよ!?」
「接近戦用のスキルがあるから、将来的には飾りじゃなくなる予定!
強いかどうかは分からないけどねー」
あー。そういや掲示板情報だと、呪術師って魔法戦士みたいなことができるんだっけか。
そのスタイルを実現するには、まだレベルが足りないってわけだ。
「それじゃあデバフ役ですねー。どんなスキル取ってるんです?」
「えっとね、今は動きを邪魔するバインドと、攻撃力を下げるウィークネスの二つだけ。
防御力を下げるコラプスも欲しいんだけど、まずはクラレットとのペアで考えてたから」
あー、なるほど。魔法の詠唱時間を稼ぐ方向性だったのか。ツバメがクラレットさんを誘って始めたって話だったし、他のMMOの経験もありそうだな。
それからしばらく、それぞれにどんなことができるかを話して、ゴブリン狩りをどのようにするかを相談した。
最終的な戦術はカルガモが切り込み、女狙いのゴブリンをできるだけ多く俺が挑発。取りこぼしたゴブリンはツバメがバインドで止めて、それをクラレットさんがファイアーボルトで撃破。手が空いたら俺が引き受けているゴブリンにファイアーボール。姐御は状況に応じてヒールやプロテクションを使う、という形になった。
これならよっぽど相手の数が多くない限り、安定して戦えるだろう。つまりAIディレクター様のご機嫌次第である。
さすがにザルワーンみたいなボスは出ないと思うけど……出ないよな?
内心、ちょっと不安になりつつも、俺達五人はラシア北の森へ向かって出発した。
その道中。
「ところでガウス君、ホントにナンパしたの?」
蒸し返さないでくれる!? それ姐御の冗談だから!
こんな親友を持って、クラレットさんも大変だなぁ……俺も常識人として、クラレットさんを支えなければ。
決意を新たに、五人での狩りが始まる。
○
新たな構成でのゴブリン狩りは順調だった。
カルガモはゴブリンのAIを初見殺しだと評していたが、確かにその通りだ。女キャラを優先して狙うと分かってしまえば、いくらでも対策ができる。むしろ動きを読めることがアドバンテージになるほどだ。
ツバメの動きも悪くない。バインドを使うタイミングは適切だし、飾りと言っておきながら余裕があれば剣でも戦えている。与えるダメージこそ低いようだが、その動きには明らかな慣れが――他のMMOで前衛を経験していたと分かるものがあった。
だが、何よりも大きいのはクラレットさんの火力だ。新しい杖にしたことで底上げされたファイアーボールは、ほぼ一撃でゴブリンを焼き払う。乱数のせいか、たまに打ち洩らしてしまうこともあるが、その程度なら俺やツバメが処理すればいい。それに経験値も順調に稼げているので、すぐにレベルが上がって確殺になるだろう。
そう、レベルと言えばカルガモだ。ジョブレベルが上がったことで、奴はついに攻撃スキルを取得していた。
「ふははは! 来たぞ俺の時代、これでもう地味とか穀潰しとか言わせんわ!」
遭遇した二匹のゴブリンを相手に、カルガモが戦っている。そのマインゴーシュは緑色のオーラに覆われており、見るからに毒々しい。あれはヴェノムエッジというスキルで、武器に毒属性を付与するというものだ。
毒属性を付与された武器は、ただ攻撃するだけで敵を毒状態にできる。確率はそう高くないようだが、一度使えばしばらく効果が持続するのでそんなものだろう。むしろ重要なのが、武器攻撃が無属性から毒属性になるということ。属性相性の詳細はまだ分からないが、どうもゴブリン相手ならダメージがかなり増えているようだ。
……まあヴェノムエッジ取るまで、わりと穀潰しだったのは確かだ。敵の数が多い時は役に立つんだが、そうでもない時はいてもいなくても同じっていうか……カルガモ抜きでも安定しちゃってたんだよな。
それを気にしていたらしく、カルガモはスティールを極めるよりも先にヴェノムエッジを取得した。するとあのようにご機嫌になってしまったわけだが、少数相手なら充分にメインアタッカーが務まる。他のPTメンバーのMPを温存できるということもあって、素直に認めるのは悔しいが大助かりだ。
「お、一匹倒した。やっぱ火力上がってんなぁ」
傍目からはクリティカルの有無までは分からないが、二、三回も斬ればゴブリンを倒せている。強い上に便利そうでいいなぁ。戦士にもああいう、ノーリスクで火力を上げるスキルがあれば嬉しいんだが。
そんなことを思いながら眺めていたら、同じく休憩して眺めていたツバメが口を開いた。
「改めて思うけどさー、カモっちの動きやばくない?」
「あいつリアルで剣術やってるからなぁ。
プレイヤースキルだけで言えば、トップレベルの前衛アタッカーだぜ」
「おお、剣術。……なんで盗賊やってんの?」
「趣味じゃないですかねー。カモさん、盗賊とか斥候とか大好きですし」
理由は知らないけど、あいつジョブやクラス選べるゲームだと、そういう系統を選ぶんだよな。それはあいつなりの剣への思い入れの表れ――というわけではなく、気分転換で剣士やってたりするし、絶対にただの趣味。
ツバメはうんうんと頷いて、納得した様子で言う。
「分かる、分かるよ。あたしも趣味で魔法戦士やってるからね。
言い方を変えればロマン! ロマンは何よりも優先されるのだ!」
「ツバメはそういうところ、強情だよね」
「そりゃそうでしょ! 折角のゲームなんだから、ロマンを追わなきゃ面白くないじゃん!」
「まあ、そういうプレイスタイルってあるよな。
俺も別ゲーで、ロマンを求めて魔法特化農夫をやってたりしたし」
生産職だけど色々悪用できる魔法があるもんだから、これ魔法特化して戦闘用に組んだら面白いんじゃないかと思ったんだよ。使い物になるまでのレベル上げが恐ろしくマゾかったが、仕上がった魔法特化農夫は意外と強かった。
対モンスターではゴミだったが、対人戦だと広範囲を一発で深く耕す地形破壊が凶悪な性能を発揮したのだ。一週間で下方修正されて泣いたけど。
そんな暗い過去を思い出していたら、ツバメは懐かしそうに笑っていた。
「魔法特化農夫かー。ティルナノーグでそんなのが、一瞬だけ流行ってたよね」
あ、はい。そのゲームです。……こいつティルナノーグ経験者か。
あのゲーム、作り込みが結構雑だったから、抜け道探すのが面白かったんだよなぁ。最終的にバグ利用扱いされてBANされたが、他の島人連中も同じようにBANされていたのが思い出深い。
いや、冷静に考えると敵対クランの城を耕しまくって、亜空間に沈めたのが原因だと思うけど。地下の作り込みが甘かったから、めっちゃ耕すと亜空間っていうか、何もない空間に出ちゃうんだよな。農夫が下方修正されて悲しんでいた俺は、亜空間を発見したことでテンション上がって、島人連中に教えて……ノリでクラン戦始めて、つい。
うん、あれは俺達が悪かった。バレたら何か言われそうなので、ツバメには黙っておこう。
そんな決意を固める頃にはカルガモも危なげなくゴブリンを倒し、俺達に合流した。
「いやぁ、スキル一つでここまで変わるとはのぅ。
これがあればしばらくは戦えるじゃろうし、安心してスティールを極められそうじゃよ」
「先に戦力を確保してくれた方が助かるんだがなぁ」
「なに、これだけ火力があれば――――」
などと言いかけたところで、カルガモの側頭部に矢が刺さった。
「矢鴨!?」
咄嗟に叫んだが、カルガモはそのままビターンと倒れる。あ、HPゼロになってる。
つーか待て待て、何だこれ!? どうなってる!
「射撃……!? ガウス君、直感は!?」
「お、おう……ダメだ、反応なし!」
ってことは、直感の感知範囲外からの攻撃か!
俺は盾を掲げて、矢の飛んできた方向に立つ。俺の体力なら一撃ってことはないだろうし、カルガモだってクリティカルだから死んだだけだろう。ただの攻撃で即死させるほどダメージを叩き出す敵なんて、流石に場違い過ぎる。
皆も俺に隠れるようにして森の奥を睨んでいるが、特に動きはない。逃げたのか……? そんな疑念が湧き、緊張が緩んだ一瞬。別方向からの矢が、姐御の肩に突き刺さっていた。
「あぐっ……! まさか、移動して!?」
「どこの殺し屋だよ……!」
一度撃ったら位置を変えるってのはスナイパーの鉄則だが、それをモンスターにやられるとは。おそらく弓で武装したゴブリンが犯人なのだとは思うが、流石にこれでは分が悪い。
位置が分からない以上、切り込むのは難しい。探そうにも、こっちの前衛は俺一人。不用意に動けば後衛から一人ずつ仕留められて、最後に俺が殺されるだけだ。
初手でカルガモが殺られたのが痛い――が、それも偶然ではないだろう。最初に誰を仕留めればいいのか、この襲撃者は正確に判断したのだ。ゴブリンにそこまでの知能があるのかは怪しいが、しかしシステムからの補正があったと考えれば、その結論に疑いの余地はない。
AIディレクター。狩りを安定させ、油断していた俺達を、盛り上げてやろうとシステムが気を利かせたのだ。
突破できない難易度ではないと思いたいが、どう戦えばいい? 多少の犠牲は覚悟して、姐御のプロテクションとヒールでゴリ押し……いや、現実的じゃない。姐御から落とされたら、それで終わりだ。
何より、次の狙いはヒーラーの姐御だろう。既に射られているのがいい証拠だ。
「――撤退! ガウス君、殿を!」
姐御の判断は俺よりも素早かった。
犠牲を払えば勝てるかもしれない。しかし、犠牲を払う価値がないと判断したのだ。このあたり、勝算が少しでもあれば挑む俺にはできない判断だが、姐御の判断ならば全面的に従うべきだ。
姐御は自身の傷にはヒールを使わず、ライトポーションで回復。MPを温存して、次の指示を出す。
「先頭は私とツバメさんで! 敵がいればバインドをお願いします!
クラレットさんはいつでもファイアーボルトを撃てるように。行きますよ!」
誰も異を唱えたりはせず、指示された隊列で走り出す。姐御は走りながらプロテクションを配り、逃走の成功率を上げる。この判断ができるのだから、やはりPTリーダーは姐御で間違っていなかった。
俺は三人と少しだけ距離を置き、後方を警戒しながら走る。プロテクションがあれば二発か三発は耐えられるだろう。上手く盾で防げれば、もっとダメージは減らせると思うが――ちっ、やっぱ甘くねぇよな!
矢が飛んできた、と思った時にはもう腕に刺さっている。俺を狙っているからまだいいが、ダメージを見るに俺でも三発で死ぬ。他の奴なら二発、下手したら一発だ。
視認できていないし、効果があるかは怪しいが挑発を使うか? いや、ダメだ。直感に反応はないが、他のモンスターがいないとも限らない。視認できていない相手にも効果があるとすれば、余計な敵が増える危険もある。
俺はインベントリからライトポーションを使って回復。こうなった以上、俺を囮にしながら耐えて逃げるだけだ。
俺達は必死で走り続け、森を抜けて街道に出る。ここまで来れば――そんな油断があったのか、先頭を行く姐御とツバメの速度が緩み、後方を振り返る。それを待っていたかのように、街道沿いに身を隠していたゴブリンどもが襲いかかる……!
クソッ! これが最後の関門ってことか!!
「きゃあ!?」
突然のことに対応できず、飛びかかったゴブリンに姐御が押し倒される。ツバメは咄嗟に剣を抜き、どうにか攻撃を受け止めたものの、弾かれて地面を転がった。
そこへ次のゴブリンが飛びかかり――助けようと杖を構えたクラレットさんも、魔法を撃つ前に押し倒される。
ああ、ダメだ。誰かが悪いというわけではない。ただ単純に、ゴブリンどもが上手だった。
ここから皆を助けられるような力なんて、俺にはない。
どんなに奮戦しても守れなかった、助けられなかったと悔やむことしかできない。
だから。
せめて後悔の形だけは、俺に決めさせてもらう。
「すまねぇ……!」
追いついた俺は――助けを求める目を向けるクラレットさんに、斧を振り下ろした。
その目が一瞬、何故、と責めて。助けてくれたんだね、と微笑んだ。
……ゴブリンどもが女を狙うAIである以上、どんな習性かなんざ考えるまでもない。ゲームだから規制はある筈だが、だからって胸クソ悪い思いをさせるなんて許せない。許せるわけがない。
もう、助けられないのなら。
そんな思いをする前に、俺が殺す。
――そうして俺は、PTを全滅させた。
俺だけは嬲り殺しにされてしまったが、俺はその死に様を受け入れた。
○
ラシアの街へ死に戻った俺達は、先程の出来事について話し合っていた。
俺はまず最初に謝ったが、俺の意図はちゃんと伝わっていたようで許してもらえた。
「私こそごめんね。嫌なこと、させちゃって」
クラレットさんは逆にそう謝ったが、俺はそれで確信していた。
この人は優しい。でも、ただ優しいってわけではない。
他人の痛みを、自分の痛みとしても考えられる人なのだ。だから必要なことであっても、誰かが傷つけば悲しいと思う。俺が痛みを引き受けても、この人は傷ついてしまう。
だとすれば――彼女の胸は今、どれほどの血を流しているのだろうか。
「しかし厄介な相手じゃったなぁ……遠距離から的確に狙撃されては、どうにもならん。
数が少ないレアモンスターのようじゃが、それだけは救いかのぅ」
カルガモは諦観を込めてそう言った。
今の俺達では敵わない相手だった。だから仕方ないと、そう言っているのだ。
弱腰に思えるかもしれないが、誰も責任を感じなくていいようにと考えてのことだろう。
「もうちょっとレベルがあれば、どうにかできるとは思うんですけどねー。
あ、防具を整えることも大切ですけど」
姐御も全員の力不足の結果だという結論に導こうとしている。
ゲームを楽しむならそれは正しいことだ。誰が悪かったとか、そんな話になったら最悪だ。
「街道で待ち伏せされてたのがトドメだったね!
いやー、狩られる側ってあんな気持ちなんだって思うと、ゴブリンを見る目が変わっちゃいそう」
冗談めかして笑うツバメも、同じ気持ちなのだろう。空気が深刻にならないよう、明るく振る舞ってくれている。
ありがたいことだが――空気の読めない俺は、意を決して口を開いた。
「でもよ、やられっぱなしは悔しいだろ」
言いながら、俺はクエストリストを開いて投影する。
そこには死に戻りと同時、新たに発生したクエストが記されていた。
【ユニーククエスト:鬼の射手】
あなたはゴブリンアーチャーに敗北した。
仲間を失い、引き換えに屈辱だけを与えられた。
故にこれは名誉のための戦いである。
故にこれは復讐のための戦いである。
何かを得ることもない、ただ取り戻すための戦いである。
再び立ち上がるのであれば、この報酬のないクエストに挑め。
「ご丁寧にこんなものを用意されたんだ。
負けた相手にゃリベンジするのが、ゲーマーってもんだろう?」
問いかけの言葉に否の声は響かず。
俺達の心は一つになり、再戦を誓った。




