第十二話 頼もしい味方
クラン同士の戦争には特殊なルールが適用される。
その事実を教えられたのは、ドヴァリの宿でうだうだしている時のことだった。いや、特にすることもねぇし、出歩くのは狩られるリスクを増やすだけだしで、宿に潜伏しておくのが一番なんだよな。
とはいえ、のーみんと二人っきりにされても困るので、保険としてメザシには居残ってもらった。サイズ的に安心感があるというか、ジェネリック姐御というか。膝に座らせようと手招きしたら普通に嫌がられたので、ちょっと切ない。
そこへ緑葉さんも現れて、そう言えば、とクラン同士の戦争の話になったわけだが、俺らは無縁だと思っていたので知らないし、確認してみればメザシも知らなかった。
まあ裏クランの連中はちゃんとしたクランを作っていないし、所詮はPKである以上、表のクランにも籍を置くのは難しい。しかしそういうことなら、とランドルフにもささやきで確認してみたが、やっぱりあいつも知らなかった。
戦争に介入する――と言うよりは、首を突っ込んで利用する計画であるため、俺達も特殊ルールとやらは知っておいた方がいい。そんなわけでランドルフも呼び戻し、勉強会を開くことになった。
流石に五人もいると宿の部屋も手狭なので、併設されている食堂へと場所を移す。ラシアの食堂はわりと綺麗なものだったが、ドヴァリの方は宿のおまけだとしても薄汚れていた。
客層が客層だとはいえ、衛生的にこれはちょっとと思わないでもない。まあリアリティーよりかは、雰囲気を重視した設定なのだろう。もっと昔、上級職になる前に初めて訪れた頃はそうでもなかった気がするが……プレイヤー側の認識が、都市に反映される仕様なのかもしれない。
さて。俺達が席についたところで、面々を見回して緑葉さんが切り出した。
「最初に確認するけど、クランレベルは知ってる?」
頷くランドルフとメザシ。何それ、という顔をする俺とのーみん。
ややあって、緑葉さんとランドルフ達は、マジかよ何で知らないんだ、という顔で俺達を見た。
「いや、クランの管理とかはほら、姐御に丸投げだったし」
「あたいら、拠点弄る時にお金出せばいいだけだったし」
だから仕方ないよね、と二人で可愛らしく小首を傾げてみれば、揃ってチョップされた。
緑葉さんは渋面を作って目頭を揉み、
「流石に知ってなさいよ……平たく言えば、クランが王国から与えられた権利の度合いを示すもの。それがクランレベルよ。例えばこれが一定の値にならないと、受けられないクエストもあるわ。他にも色々と恩恵はあるんだけど、とにかく上げて損はないわね。
――だけどこれ、最初の内はお金だけでレベル上がるんだけど、レベルが上がるにつれて他にも要求されるようになるのよ。その中でも現状、最も厳しいのが武勲。言葉を飾らずに言えば、他のクランを潰して得られる名声ね」
ああ、そりゃあ確かに厳しい、か。
ゲオルにおけるクランの成り立ちは、おそらく運営の予想とはまったく違う道を辿っている。最初にウードン帝国なんていう、馬鹿みたいな巨大クランが誕生するのを予想できるわけがない。
さらにウードン帝国が悪役になったことで、クランが横暴を働かないように秩序を維持する――相互監視を目的とした秩序同盟が生まれた。だがそれも、運営の想定外ではあった筈だ。
秩序同盟は言ってしまえば功利主義を体現した組織だ。大多数のプレイヤーの利益を守るために、少数の成功者を認めない。綺麗事はいくらでも言えるが、本質は出る杭を打つことに特化した泥沼なのだ。
そしてクランレベルを上げるのに武勲が――他のクランを潰すことが必要になるのなら、この世界は停滞していたことになる。秩序を乱す戦争を、少数の抜け駆けを、秩序同盟は許さないのだから。
「つーことは今回の戦争、武勲を稼ぎたい連中には渡りに船ってわけか」
「そうなるわ。実際、秩序同盟と関係のないところでも動きがあるみたいだし……って、話が逸れたわね」
緑葉さんは咳払いを挟んで仕切り直し、
「クラン同士の戦争でも、このクランレベルが重要になるの。拠点とその周辺において、所属するメンバーはクランレベルに応じたステータス強化を受ける。普通のバフスキルと比べたら効果は低いけど共存するし、実力が伯仲していれば無視できない要素になるわね。
そしてもう一点。特殊なデスペナルティーと、その緩和よ」
「デスペナも何か変わってるんですか?」
メザシが意外そうに問いかける。
ゲオルのデスペナはいくらかの経験値ロストと、一定確率での装備ドロップ。まあ装備ドロップはよっぽど運が悪くないと発生しないが、PKが絡むと高確率になるので、メザシとランドルフには馴染み深いものだろう。
しかしこの基本ルールに手を加えるなら、クランレベルに応じて経験値ロストを軽減するとかか?
俺がそう予想したところで、緑葉さんは答えを告げる。
「前提として、戦争中にクランの領土内で死んだ場合、死に戻りまでにクールタイムが発生するの。いわゆるゾンビアタックへの対策だけど、そのクールタイムはクランレベルが高いほど緩和されるわ。
細かい数値までは覚えてないけど、たしか初期値が三分よ」
「それは……長いな」
この特殊なデスペナの重さを察したか、ランドルフが呻くように呟いた。
ピンと来ないのか、メザシは小首を傾げて、
「どうしてですか? 三分で決着することはないと思うし、復帰できそうですけど」
「全体を通して見ればそうだが、局所的には難しい。よほど強固な防衛ラインでの攻防でもない限り、三分もあれば主戦場は変わる。何より死に戻った後、移動時間もあるのだから」
クランレベルが高ければ緩和されると言っても、復帰は絶望的だろう。
まあセーブポイントを統一して、そこに前線へと送り込むワープポータル――召喚士を用意できれば話は別だが、ワープ先で待ち伏せされるリスクも考えると、ちょっと厳しいか。対策するなら複数の召喚士でローテーションを組むという手もあるが、そこに人員を割き過ぎると肝心の戦力が減ってしまう。
要はあれだな。無謀な突撃なんぞしないで、頭を使って殺し合えということだ。
そしてランドルフはランドルフで疑問があるのか、緑葉さんに問いかける。
「確認するが、戦争中にクランの領土内で死んだ者というのは、無差別なのか?」
「ええ。敵味方の区別はないし、ただの通行人であっても対象よ。抜け穴があったら、ゾンビアタックを成立させられるもの」
ご丁寧なこった、と舌打ちする。PKどもに武器だけ持たせてゾンビアタックさせる、という手も考えてはいたが、先に潰された形だ。
同じようなことを考えていたのか、ランドルフは苦虫を噛み潰したような顔をして、
「他には? 公平を強いるようなルールが、まだありそうだが」
「あとはそうね、クランのリーダーが戦争を宣言した時点で、そのクランに所属していないプレイヤーは領土から強制移動させられるわ。事前に兵を伏せておくようなことはできない、ってわけね」
「なるほど……」
頷いたランドルフは俺に目を向け、
「どうする。俺達は連携が取れるわけではない。
どちらへ横槍を入れるにしても、一度か二度が限度だと見たが」
流石にそのぐらいは判断できるか。
彼が言うように、裏クランの連中にはPT単位ならまだしも、クラン単位での連携は望めない。各自が散発的に襲撃しても返り討ちに遭うのが関の山だろうし、集合して突撃するのが最適解だ。
それが行えるのも一度か二度。さっさと壊滅させられたら二度目を行う余裕もありそうだが、おそらくはそうならない。一度目で生き残った連中は戦い続けるだろうし、死に戻った連中も行儀よく待つとは限らないので、再集合して二度の突撃を行うというのは困難だ。
しかし俺には考えがある。皆を安心させるように、俺は口角を上げた。
「大丈夫だ。ちゃんと手はある」
「ふっ……流石だなガウス。底知れない男だ」
一切の疑問を持たず、盲信ムーブをするランドルフ。
……魔術の影響があるとはいえ、これ自己判断なんだよなぁ。俺を高く評価しているというのもあるんだろうけど、たぶん元々、あまり深く考えないタイプなのかもしれない。
「ランラン、話に聞いてたより単純だねぃ」
こそこそとのーみんが感想を述べてくるが、何だその可愛いニックネーム。
ともあれ、クラン同士の戦争に関する特殊ルールはこんなものだと、緑葉さんが話を締め括る。
特に質問がないことを確認してから、メザシが明るい声で言った。
「助かりました。ボクもクランのこととか、全然詳しくないんで」
「別にいいわよ。こんなの、少し調べたらすぐ分かることだし」
言いながら、緑葉さんはちらりと俺に視線を向けて、
「どうせ駄犬は、こういう初歩的なところを見落とすんだから。ついでにあんた達にも教えたって、手間は大して変わらないわ」
ぐうの音も出ねぇ。
しょんぼりする俺だったが、それを見かねたのかランドルフが言う。
「ガウスは些事に囚われん男だからな。そこを補うのは臣下の役目だ」
などと、キラキラした目で言う。あ、これフォローじゃねぇわ。マジで言ってるわ。
つーか出会って間もないのに、どうして俺をそんなに理解した気になれるんだ。
緑葉さんもちょっと引いた様子で頷き、
「そ、そうね。ええ、それがいいわ。よく分かってるわねランラン」
「ふっ……付き合いの長さでは負けるが、忠義では負けんぞ」
ランラン呼びにツッコミ入れなくていいの? ねえ?
戸惑いながらメザシに目を向ければ、彼女は肩を竦め、諦観の笑みを浮かべた。
「前からこうですよ、この人」
そっかぁ~。ランドルフを除き、俺達はメザシに慈愛の眼差しを向けた。
こういう子にはね、幸せになってもらいたい。
俺達は決して善人ではないかもしれないが、誰かの幸せを願うこともあるのだ。
(でもさ兄さん。あと一歩のところで幸せが壊れるのも楽しいよね!)
我が神が邪神みたいな電波飛ばして来やがった。
面白そうなのは認めるが、他人の人生で遊ぶのはやめてあげてください。
○
ラシアの南西。まだラシアからそう離れていないこのエリアは、まばらに木の生えた平原となっている。危険なモンスターも少なく、初心者が最低限のレベル上げをするような場所だ。
立地的にも普段からそれなりに人通りがあり、その多くは徒歩でラシア近郊のダンジョンを目指す者達だが、たまにNPCの運転する荷馬車も通りがかる。ラシアと南のクラマットとを行き来する行商人のものだ。
荷馬車は雰囲気作りの面もあるが、突発的なユニーククエストを発生させるNPCでもある。モンスターや野盗に襲われる荷馬車を守れ、というものであることが多いが、これの報酬が中々に美味い。狙って発生させられるわけではないので、遭遇できたらラッキーな金策として有名だ。
俺は今、そんな荷馬車の一台に乗って、ガタゴト揺られていた。
別にクエストというわけではない。こうした荷馬車は小銭を渡して乗せてもらえば、移動手段としても利用できる。速度は徒歩とそう変わらないものの、歩かなくていいってのは楽で何よりだ。
「あ、ガウス様。見えてきたよ」
同乗しているメザシが声を上げる。声の先にあるのは、立派な砦――あるいは小さな城だった。
わらびもちのクラン拠点だ。
イエローブラッドの砦よりも立派なのは、規模の差もあるが、それだけ拠点の整備に力を入れているからだろう。イエローブラッドのトップ連中は、必要な機能だけあればいいって奴が多いからな。
小城はぐるりと堅牢な城壁に囲まれており、さらに空堀まで掘られている。水を入れていないのは手抜きと言うよりも、魔法を警戒してのものだろう。凍らされでもすれば、折角の堀が足場に化けてしまう。侵入を防ぐための備えでもあると思うが、攻められた際の足止めを最重視した設計だ。
城門も跳ね橋になっており、いざとなれば破壊して侵攻を遅らせることができるようになっている。その脇には門塔まで作られているあたり、徹底して戦うための城のようだ。
「お前ならどう攻める?」
小城を見るメザシに問いかけてみる。護衛として連れて来たメザシだが、ランドルフがああいう奴だと分かった以上、こいつにはその片腕として頭脳労働を担当してもらいたい。実際に攻めるかどうかは別として、考える経験は積ませて損はないだろう。
予想していない問いだったのか、メザシは目を瞬かせ、細い喉から「んー」と思案の唸りを鳴らす。それから遠くを見るように目を細めた時、ほんの僅かだが殺気――いや、戦意が体から洩れ出た。
理屈で考えているのではなく、どう攻めたらどうなるだろう、とイメージを繰り返しているのだろう。思考としての効率は悪いが、着実で精度の高い思考だ。
ややあって結論が出たか、メザシは城壁の上に視線を置いて口を開いた。
「まずバリスタかな。あれは最優先で片付けないと、攻めるどころじゃないと思う」
城壁の上、回廊に設置された兵器は、ウードン帝国との戦いでもその名を知らしめたものだ。弓を扱うジョブのスキルを乗せられるそれは、熟練の射手が扱えば恐るべき威力を発揮する。
メザシが身を持って知っているかどうかは不明だが、その恐ろしさは知っているのだろう。
「正面からは本隊が攻めて、気を引いてる間に側面から別働隊が城壁を登って、バリスタを破壊。それが上手く行ったら城門。上の別働隊は内側に下りて、中から支援してもらう。
それで城門を突破できたら、前線を押し上げて行けば勝てると思います」
「なるほど、正攻法だな」
まあ最難関を突破できるなら、時間をかければ勝てるだろう。
それができないなら勝てない。もしくは戦わない方がいい。そんな感じかな。
ただ、メザシは褒めてもらいたかったのか、不満そうに俺を見上げて、
「じゃあガウス様だったらどうするんですか?」
「俺ぇ? そうだなぁ、――まず門を開けてもらうよ」
「何ですかそれ!」
そんな反則があるかと憤慨するメザシだが、別に前提条件があるわけじゃない。もっと自由な発想ができないと、実力で勝てない相手には負けを認めるしかないんだぜ。
俺はメザシを宥めるように頭をポンポンと叩いて、
「勝負は戦う前から始まってるってことだよ。――んじゃ、そろそろ行こうぜ」
そう告げて、俺は荷馬車から飛び降りた。
慌てて続くメザシを尻目に、ここまで乗せてくれた行商人に礼を言っておくのも忘れない。こういう礼儀を欠くと地味にNPCからの評判が悪くなるので、表向きだけでも品行方正に生きよう。いや、俺は表向きだけじゃなくて、裏でも品行方正な善良プレイヤーだけどさ。
それから少し歩いて、跳ね橋の前までやって来た。
見張りは四人。装備から判断すると、前衛二人に魔法アタッカーとヒーラーってところか。手の空いてる奴を立たせたにしてはバランスがいいし、PT単位で担当させているのだろう。
さらに近付いて行くと、前衛の片方が鋭い声を発した。
「止まれ! ――何をしに来た、星クズ」
俺は無言でインベントリから斧を抜いた。
(穏便に! 兄さん、ここは穏便に済まそう! な!)
我が神から助命嘆願が届いたので仕方ない。命だけは見逃してやろう。
それでも脅しはかけておくべきだと判断して、もう一本斧を追加。両手に斧を持つ健やかな蛮族スタイルで、いつでも襲いかかれるように身を低くしつつ、見張りに用件を告げる。
「ネジスキのとこに案内しな。――頼れる味方のおでましだぜ、ってな」
告げられた言葉に、見張り達は顔を見合わせ、もう一度俺を見た。さらにまた顔を見合わせ、無音の会話――PTチャットによる短い相談をしてから、代表らしい前衛が俺に問いかけた。
「味方……?」
その目が両手の斧を見ていることに気付いたので、
「あぁ? ――頼もしさのアピールだよアピール。な」
面倒だし両目をビカビカとピンク色に光らせてそう言ってみた。
すると見張り達は口々に、
「た、確かに」
「ただでさえ扱いの難しい斧を、二本も自在に扱えるって証明だもんな……」
「なんて勇壮で頼もしい姿なんだ――!」
納得してもらえたようで何よりだ。
そして俺の背に隠れていたメザシが、何故か恐怖に震える声で呟いた。
「な、何やったんですかガウス様……だって、こんなの……おかしい」
ぐるりと首を回して、笑顔を向ける。
メザシは「ひっ」と息を呑むが、何も怖くないさと頭をポンポンと叩く。
「――これが人徳さ」
「持ってないのに!?」
あるよ。超あるよ。
おかしなことを言うメザシだなぁ、と朗らかに笑っておく。
そして俺のことを頼もしい味方だと認めてくれた見張り達が、笑顔で城内へと迎え入れてくれる。
人間はね、やっぱり話せば分かり合えるものなんだよ。
それじゃあネジスキとも、分かり合いに行こうか。
年度末のラスボス、確定申告をやっつけました。
裏ボスの追徴課税さんが現れないことを祈ります。
 




