第七話 絆を結んで
プレイヤー間の勢力を改めて整理しよう。
最大勢力となるのがウードン帝国との戦争を経て成立した秩序同盟。複数の大手クランによる同盟であり、行き過ぎた真似に出たクランがあれば、これを武力で解体するという役割を担う。一枚岩ではないものの、これだけの勢力を敵に回すのも馬鹿げた話だ。秩序同盟は存在するだけで、ゲーム内の社会秩序を保っていると言ってもいいだろう。
これに続くのが、秩序同盟に参加する機会に恵まれなかったクランや、そもそも参加しないことを選んだクランの同盟だ。多くは同盟と言っても、トップの大手クランと、それに従う傘下クランという形だ。今は秩序同盟を脅かすほどではないが、将来的に肥大化が進めば分からない。
次に傘下クランを持たないが、それなりの規模を有する大手クラン。このあたりからは規模だけなら確かに大手なものの、知名度は低くなる。勢力としての存在感を持たないと言ってもいいだろう。
ここから下は中小クランがひしめき、玉石混交となる。俺が所属する秘跡調査団もここだが、まあ良くも悪くも所属する個人の知名度が高いせいで、そこらの中小クランよりはずっと存在感がある。
さて――それではトーマ派はどのあたりになるのだろうか?
クランに所属していないプレイヤーの最大勢力などと評したが、実際には半ソロとでも言うべきプレイヤーにもトーマ派はいる。クランに所属していても臨時PTが主体だったり、人数やジョブの都合でクラン狩りが成立しないプレイヤー達だ。
いくら個々の質では見劣りすると言っても、数は力だ。トーマの人望次第ではあるが、奴が本気になって声をかければ、最低でも単なる大手クランぐらいの勢力にはなるだろう。今の勢いなら、同盟クランにも匹敵するかもしれない。
つまり、どう足掻いても秩序同盟には敵わない。
わらびもちのネジスキがご執心なのも、秩序同盟を超えることはないと見切っているからだろう。脅威ではないからこそ、勧誘の相手として捉えることができる。あいつは純粋な戦力としてではなく、クランとは毛色の違う人脈を豊富に持つ点を評価しているフシもあるが。
ともあれ戦力として見た場合は、高く見積もっても同盟クラン程度。秩序同盟に名を連ねるクランには、一歩も二歩も及ばない。それがトーマ派の現状だ。
ではランドルフ――いや、今となっては俺を筆頭とする裏クランはどうだ?
話にならない。個々の力量ではそれこそランドルフのように、トッププレイヤーと遜色ない者もいる。だがPKは嫌われる。他人の努力を掠め取る生き物に、誰が好意を向けるものか。
そう、PKは絶対数が少ない。だからこそ、裏クランなどという枠組みが成立する。巨大な悪の組織に思えるかもしれないが、その実態は弱者が肩を寄せ合っているだけなのだ。
勢力として見れば大手クラン以下。中小クランよりはマシ、といった程度か。こんな弱小勢力が秩序同盟にケンカを売るなんてのは、どう考えたって正気の沙汰ではないだろう。
――だが、独自の強みがあるのも確かだ。
裏クランは暫定的にそう呼んでいるだけの寄り合い所帯でしかなく、クランではない。他のクランが拠点とホーリーグレイルに縛られるのに対し、裏クランは何にも縛られない。根絶することのできない害虫……それこそが裏クラン、PKの持つ最大の強みだ。
これを最大限に活かせば、秩序同盟の牙城を崩すことも決して不可能ではない。
「――や。ランドルフさんが順調だって言ってたよ、ガウス様」
後ろから声をかけられ、俺は振り返らずに軽く手を上げた。
俺がいるのは腐敗と悪徳の都市ドヴァリ。ゴミゴミとした地上を嫌って、連なる高層建築物の屋上に腰を下ろしていた。ランドルフを支配下に置いた以上、そんなことはないと思うが、地上では奇襲され放題。念には念を入れて、見晴らしのいい場所に腰を落ち着けていた。
「ボクも今から楽しみです」
そう言って、声の主は俺の正面へと回り込んだ。
ランドルフとの連絡役として紹介された少女、メザシだ。直接見たわけではないが、優秀な狙撃手らしい。ちなみに名前は食品のメザシではなく、漢字で目刺しを意味する。怖い。
PK稼業に手を染めていながらも天真爛漫な雰囲気だが、彼女は自分の意思でPKになったと言うよりも、ランドルフへの憧れから同じ道を歩んだのだろう、と推測していた。真面目なあの子が何故か不良に惹かれるパターンだ。俺の中にランドルフを捨て駒にしていい理由が増えた。
そんなことを考えていると、メザシがショートの赤髪と同じ色の瞳で、俺を見詰めていた。返事を待っているのかと思ったが、どことなく拗ねたような表情に、違うな、と気付く。
だからしばらく待っていると、彼女は諦めたように嘆息して、
「……ホントはボクが、あの人が満足するぐらい遊んであげたかったんですけど。
ずるいですガウス様。いきなり現れて、心を掴んじゃった」
「男にモテたってなぁ」
苦笑して言い返し、俺は立ち上がりながらメザシの頭を撫でた。
「俺はたまたま、巡り合わせがよかっただけだ。
あいつのことは分かってやれても、思ってやる余裕はない。それはお前さんの役割だろ?」
「むぅ。子供扱いしないでください!」
「そりゃ悪かった」
笑って手を離す。まあ、こんなところか。
実際のところ、ランドルフがメザシをどう思っているかなんて知らないが、メザシがどう思っているかは分かりやすい。子供扱いしつつも感情を認め、後押ししてやることで、親戚のお兄さんのようなポジションを確立できれば、メザシの制御は容易い。
今はまだ、俺自身の力で裏クランを支配しているわけじゃないしな……今回に限らず、今後も手駒として活用するのなら、こうして人心掌握をするのは重要だ。完璧な忠誠は求めちゃいないが、いざという時、損得ではなく感情で俺を守ってくれる駒は、いくらあっても損じゃないのだ。
何より投資が安上がりでいい。PKってのは大きく分ければ二つの人種がいて、片方は根っからのクズ。そしてもう片方はコミュニケーション能力に何かしらの問題を抱えた、言ってしまえばコミュ障だ。後者はちょっと甘い言葉をかけてやれば、簡単に懐く。
電脳によって誰もが二四時間、誰かと繋がっているような現代ならではの弊害だ。コミュ障には現代は生きづらい。自分からは上手くコミュニケーションを取れないから、少し優しくされただけで心を許す。
脳内でノノカが「分かってきたじゃないか兄さん」と微笑む。ああ、人間ってのは愚かだよな。あんまりにも哀れだから、せめて上手く使ってやらなくっちゃ。
幻覚にも似た虚像に向けてクールに微笑んでいたら、メザシが不気味な生き物を見るような目を向けていた。おかしいな、こいつの心は掌握したつもりだったが甘かったか。
不信感を拭い去ってやろうと、再びメザシの頭を撫でる。ついでに魔力を注入する。
「こ、子供扱いしないでくださいって言ったじゃないですか!」
手を振り払うメザシだったが、嫌がってのものではない。照れ隠しだ。
そう見抜かれていることも恥ずかしいのか、メザシは顔を逸らして口を開いた。
「あと、ランドルフさんからの質問です。次はどうするのかって」
「せっかちな奴だなぁ。ま、やる気があるのはいいことか」
俺はよしよしと頷いて、
「次はもちろん、勇者に立ち上がってもらうための仕込みさ。
――秩序同盟に亀裂を入れに行くぞ」
トーマを担ぎ上げるための、最後の仕込みを始めよう。
○
ヨーゼフと連絡を取り合い、俺達は獲物がいるベリーマウスを訪れていた。
ベリーマウスはラシアの北東に位置する河口で、出現するモンスターはどれもこれも強力だ。狩り場として見た場合、適正レベルはPTで六十前後。レベルキャップ付近の連中がたまに背伸び狩りをする場所だというのが、一般プレイヤーの認識だろう。
俺達も狩りに来たわけだが、獲物は当然ながらモンスターではない。プレイヤーだ。
こちらの主力はランドルフと、彼の選抜したメザシを含むトップ層のPK達。相手を甘く見るなと念押ししたし、そもそも格上だということもあって、ちょっとしたドリームチームだ。
俺はまだ表に出たくないので、彼らとは距離を保ち、物陰に潜みながら戦いを見守っている。
そう、戦いは既に始まっていた。
獲物はデル2さん率いるイエローブラッドのPT四人。狂戦士のデル2さんをメインアタッカーに、タンク役の騎士、ヒーラーの司祭、魔法火力兼サポートの召喚士という鉄板構成だ。
対するPKPTは拳闘士のランドルフ、狙撃手のメザシ、さらに狂戦士と暗殺者二人というアタッカーだらけの五人PT。潔く物理火力に特化して、短期決戦を狙う構成だった。
バランスもクソもないが、熟練のPKだけあってランドルフの判断は悪くない。デル2さん達をレベルキャップ開放を果たした格上の強敵だと認め、だからこそ初手で仕留めるつもりなのだ。
タンク役の騎士の防御を貫くことは最初から考えていない。防ぎ切れない手数と火力で、タンク以外をまず落とす。実に合理的で、俺もランドルフの立場ならそうしていたかもしれない。
ただ――相手はイエローブラッド最強の前衛、デル2さんだ。
ランドルフ達がメザシの狙撃を合図に襲いかかった時、デル2さんは電撃的な反応を見せた。
「ぴ! はてッ!!」
奇声。いや、まさかの圧縮言語だ。
それも俺やカルガモがたまに使う、ノリで意思疎通するレベルのものではない。事前にパターン分けし、仲間が反射的に動けるレベルにまで洗練されたものだ。
飛来した矢をデル2さんが盾で受け止めると同時に、騎士が前に出る。その影に隠れる形で召喚士が詠唱を始め、司祭は無詠唱の支援魔法で素早くバフを配った。
襲撃への驚きも動揺もなく、一個の生き物のように即応する。むしろ戸惑ったのはランドルフ達の側だったが、今更止まることもできず、数と火力を頼みに突撃するしかなかった。
両PTの激突は熾烈なものとなったが、初手で押し切れなかった時点でランドルフ達の敗北と言っていいのかもしれない。ランドルフの誤算は、集団戦闘におけるデル2さんの卓越した指揮能力だ。
圧縮言語を抜きにしても、デル2さんの指揮は素早く的確だ。それだけなら姐御も比肩するが、デル2さんはランドルフと暗殺者一人を同時に相手取りながら、それをこなしていた。
決して派手さはないが、あれを真似できるプレイヤーが他にいるのだろうか。本人の力量、仲間との信頼。どちらが欠けても、あの指揮は成立しない。
恐ろしいのはこれが固定PTではないということだ。イエローブラッドの連中は平均的に質が高いと言っても、即席のPTで連携を取るのは難しい。だというのに、デル2さんは個々の細かな癖まで把握しているのか、それぞれに可能な指示を出すことで、個人技を高度な連携に化けさせていた。
ランドルフも実力で言えばデル2さんより上の筈だが、連携の差で劣勢を強いられている。経験の差と言ってもいい。ランドルフはこれまで連携を必要とする場面がなかったのだろう。ゴリ押しを必勝パターンとしてきてしまったからこそ、それが通用しない場面で経験の浅さが露呈した。
ちっ。所詮はPK、日の当たる場所で生きられないクズか。
いずれにせよ潮時だ。俺が姿を見せたくないのは本当だが、ただ撃退されてしまっては意味がない。ここはリスクを背負う場面だと判断し、俺は戦場へ横手から乱入した。
――このパターンは保険として打ち合わせ済みだ。イエローブラッド側が俺を俺として認識するよりも早く、生贄に選んだ暗殺者の首を斧で斬り飛ばした。
「……ガウスか」
低い声で、確認するようにデル2さんが名を呼んだ。
流石だ。突然の乱入者にも慌てず、状況を把握しようと努めている。その一方で、残るイエローブラッドの連中は蜂の巣を突付いたかのように騒いだ。
「流星! お前の差し金か!?」
「やっぱりPKになったのね……!」
いきなり疑ってきた奴に斧を投げる。ちっ、避けられたか。無駄にスペックが高い。
ともあれ、俺の乱入によって場が膠着しているので、デル2さんに言う。
「どうにか間に合ったみてぇだな。安心してくれ、俺は味方だぜ」
「………………」
返事はない。いや、沈黙はひとまず受け入れるという回答だ。きっとそうだ。
そして旗色を明らかにしたことで、PK側は人数差が逆転したことを悟り、じりじりと後退していく。俺が乱入したら、下手な芝居をせずにさっさと退けと言い含めておいたのだ。
デル2さん達も深追いするつもりはないように見える。重要なのは損害――特にデスペナを避けることで、倒すことに固執はしていないのだろう。
やがて大きく距離が開いたところで、ランドルフ達は走って撤退する。その姿が見えなくなるまで見送った後、まだ警戒を解かずにデル2さんは言った。
「お前の仕込みか」
「いやいや、そんな馬鹿な」
笑って誤魔化しながら内心で冷や汗を流す。どうして疑われた。
確かに都合よく現れたのは不自然かもしれない。その不自然さに筋を通すためのストーリーは考えてある。しかしそういった事情も聞かずに俺を疑うというのは、あまりにも理不尽ではないか。
だから俺は笑いつつも、ほんの少しだけ不機嫌さを声に滲ませて言う。
「余計なお世話だったかもしんねぇが、俺は助けに来ただけだぜ?
言わば正義の味方さ。それを疑うってのは、筋が通らねぇだろ」
「正義……?」
首を傾げたモブの喉笛に、亜空間抜刀術で抜いた剣を突きつける。
「そうとも俺が正義だ残念だったな」
「こんな正義があってたまるか……!」
あるんだから諦めて欲しい。威嚇としてチクっと刺しておく。
そんなやり取りをしていると、デル2さんは表情の読めない顔で淡々と言った。
「非効率的だ。どんな事情があれ、お前は俺達を助けない。
小さな恩を売るよりも、もっと美味しい場面を狙う。お前はそういう男だ」
なるほど……状況よりも行動そのものが怪しまれたってわけか。
完敗だ。俺が猿知恵を働かせたところで、この人の判断を誤らせることはできない。
それでも言葉を尽くすしかないから、俺はデル2さんを説得する。脳内ノノカもそれが正しい、兄さんなら絶対に説得できるさと後押ししてくれた。
「そう疑わないでくれ。俺は本当に助けに来ただけなんだ。
俺の目を見ろよ。これが嘘を吐いてる男の目か?」
目と目が合う。俺の両目は怪しげなピンク色の光を放った。
「……う、ぐ」
ふらりと。立ち眩みを起こしたようにふらついてから、デル2さんは言った。
「疑心暗鬼が過ぎたな。お前に疑わしいところはない」
「え!? おかしいわよデルさん、相手は流星よ!?」
「人を騙すことしか考えてねぇようなクズですよ!?」
デル2さんは俺を信じてくれたのに、高性能モブどもが信じてくれない。
俺は悲しみの涙の代わりに、ピンク色の光線をズギューンと流した。
「……いや、でも、誠実な男なんだよな、流星は」
「ええ。心から信用できる相手でもあったわね」
うんうん。やっぱり人間、言葉を尽くせば分かり合えるよね。
結果に満足していると、脳内ノノカからも「おめでとう兄さん」と祝辞が届いた。
絶対的な信頼を獲得したところで、俺は考えておいたストーリーを伝える。
「俺がここに来たのは、わらびもちの連中と敵対したからさ。どこまで把握してるかは知らねぇけど、俺が連中と揉めてるのは知ってるだろ?
で、連中の動向を探ってたんだが、あいつらPKと手を組みやがったんだ。秩序同盟内でも、その動きに追従するクランがある。――分かるか? とうとうイエローブラッドと雌雄を決するつもりなのさ」
「性急だな。ネジスキはそこまで過激な男ではなかったと思うが」
「決断するだけの利益があったんだよ。――俺がイエローブラッドから借りているアイテムや、借金返済のために用意した金を丸々奪われた。
それは利益であると同時に、イエローブラッドが一時的に弱体化している証拠だ。潰しにかかるなら今しかないと判断したんだろう」
これで俺の負債はわらびもちに押し付けることができた。
そしてイエローブラッドは奪われたアイテムと金の回収と、先に襲われたという二つの大義名分を得る。わらびもちがリスクを避けるなら、身に覚えがなくても謝罪するかもしれないが……今頃は各地で、あっちの下っ端をトーマ派に偽装したPKが殺し回っている筈だ。
ここでイエローブラッドが動けば、わらびもちはきっと確信するだろう。イエローブラッドがトーマ派を取り込み、勢いに乗って戦争を仕掛けてきているのだ、と。
そうなればトーマも逃げ回ることはできない。おそらくイエローブラッドに身を寄せることになると思うが、イエローブラッドもタダで守ってはやらない。つーかヨーゼフが煽る手筈になっている。
そこまで状況が仕上がれば、秩序同盟は真っ二つだ。そこから先は流れに身を任せるしかないが、大きな戦争になる。ノノカも大喜びしてくれるだろう。
おっと、だからってここで気を緩めちゃいけない。
俺はこの場の面々を順番に見て、
「この話はこの場にいる面子と、幹部だけの秘密にしておいてくれ。表沙汰になると大騒ぎだ。
俺が独自に動いてるってことは、ここだけの秘密で頼むぜ」
そう言うと、俺の意思とは関係なく両目が発光した。神の加護だろう。
皆は表情の抜け落ちた顔で頷き、秘密にすると約束してくれた。
へっ。皮肉なもんだぜ。
魔王を名乗ると決めてからの方が、人との絆を育んでいるようだ。




