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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第七章 花咲ける根無し草
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第五話 地に落ちた星


 俺は半殺しにされた上で簀巻きにされ、拠点のリビングに転がされた。

 緑葉さんなら味方に引き込めるかと思ったのに、計画を話し終えた途端にゼロ距離でズドンだ。俺の心を裏切った彼女は、簀巻きにして拠点まで連行しやがったのである。


「捕まえたわ。煮るなり焼くなり、好きにしなさい」


 そう言って突き出す緑葉さんは、ここまでの道中でもそうだったが、ご立腹のように見えた。俺の何が逆鱗に触れてしまったのだろう。まさか正義に目覚めたというわけではないだろうに。

 簀巻きになっているので体をクネらせながら考え込んでいると、胸のあたりに姐御が腰かけた。


「馬鹿ですねー。緑葉さんが私よりもガウス君を選ぶわけないのに、引き込もうとするなんて」


 いや、途中まで姐御を裏切ってたと思うよ。

 しかし緑葉さんから恐ろしいほどの殺気が向けられたので、俺は口を閉ざした。沈黙は金、雄弁は銀。たまに誤用されるが、いつだって銀よりも金の方が価値は高いのだ。


「それで、ガウス君が何を企んでいたのかは、聞き出せたんですか?」


「え、えーと、そうね」


 問われて、微妙に後ろめたさがあるのか、少し狼狽えて緑葉さんは答えた。


「ヨーゼフと組んで、イエローブラッドとわらびもちの戦争を起こすつもりだったみたいね。そのきっかけにあいつ……トーマだっけ? あれを利用したらしいわ。

 わらびもちのネジスキがトーマに強引な勧誘をして、それを止めた駄犬がわらびもちに殺される。実際に手を下したのは、ヨーゼフの部下らしいけどね。この時、装備などを奪われたことにして、イエローブラッドからの貸しを踏み倒すつもりよ」


「うわぁ……」


 姐御がクズを見るような目を向ける。しかし緑葉さんの説明では、言葉が足りていない。

 だから俺は誤解を解こうと、ぺらぺらとまくし立てた。


「まあ待て、聞いてくれ。これはそう悪くない計画なんだぜ。

 そもそもの原因はノノカだ。あいつが雑な後始末をしたせいで、イエローブラッドの連中も記憶がぼんやりしてるんだよ。自分で使ったアイテムまで、俺に貸したと思い込んでやがるんだ。

 俺だってな、借りたものは返したい。でも借りてないものまで返すってのは、筋が違うだろ。シンプルに言えば俺もイエローブラッドの連中も同じさ。自分が損をしたくねぇんだよ。

 そこでトーマとわらびもちだ。トーマは変な評判が立っちまったせいで苦労してるが、特にわらびもちの誤解が酷い。噂に踊らされて、トーマに強引な勧誘をかける始末だ。だからさ、わらびもちが損をする分には自業自得じゃねぇかなって。そう思うだろ?

 そしてイエローブラッドだ。俺に貸したものを取り返すには、わらびもちから奪い返すしかねぇ。普段ならいきなり攻撃するのはご法度だが、大義名分は得たんだ。まさに切り取り次第の略奪許可ってわけよ。おまけに今なら、トーマ派をそっくりそのまま取り込むチャンスまであるんだぜ。

 泣きを見るのはわらびもちだけ……! 皆で幸せになろうよ……!」


「うっわぁ」


 力説する俺にドン引きして、姐御は頭痛を堪えるような顔で言う。


「そうでした。今まで大人しい方でしたけど、本来、ガウス君はこういうことする問題児なんですよね……えー、どうしましょうこれ。まだ引き返せ……いや、微妙ですかねー」


「問題はこれ、真実を打ち明けたとしても、イエローブラッドは駄犬の計画に乗った方が美味いってことよ」


 嘆息して、現状についての説明を緑葉さんが行う。


「イエローブラッドもわらびもちも、きっかけさえあればお互いに潰したい筈よ。どちらも上昇志向だし、水面下では争い続けてきたもの。大義名分を得られるだけでも、意見は戦争に傾くと思うわ。

 あとは力関係ね。実績ならイエローブラッドが上だけど、クランの規模や総合力はわらびもちが少し上。トーマ派を取り込めるなら、最悪、債権を回収できなくても良しとするかもしれないわ」


「クックック、分かってるじゃねぇか。だからこそ俺はヨーゼフと組んだのさ。

 事が露見してもナップは乗るぜ。俺の取り分が減っちまうから、バレない方がいいけどな」


 褒めてあげたのに、緑葉さんは俺の腹に腰を下ろした。解せぬ。

 二人とも軽い方だからまだいいけど、人体はベンチではない。圧迫感に身をクネらせ、死にかけの海老のようにビタビタとしていたら、姐御が迷いを含んだ声で言った。


「どうしましょうかねー……何かしらの解決がないと、どこも止まりそうにないですし。ガウス君の計画に乗っちゃうのが、楽と言えば楽なんですけどー」


「そうだよ、楽なのが一番だよ。低きに流れちゃおうよ」


 誘惑の言葉を囁く。だがしかし、ダンッ、とテーブルを叩く音が響いた。

 それはこれまで、俺の言い分や皆の反応を見ていたツバメの仕業だ。臨時広場から戻った時は不在だったが、姐御にでも呼び戻されていたのだろう。

 彼女は眉を立て、怒り――いや、義侠心を顔に浮かべて口を開く。


「口車に乗せられないで! ガウス君の計画なんて、どうせ穴があるんだから!」


 指摘するのそこでいいの? ねえ、ホントに?

 だがやってくれる。確かにそこは俺のウィークポイントだ。何事も完璧ということはない。事実、既に計画を早めているのがいい証拠だ。穴があることは否定できないだろう。

 姐御もそうだよねとばかりに頷き、


「あと一歩のところで失敗するのが、いつものパターンですねー」


「そうそう。そんな泥舟に乗ろうなんて考えないで、ガウス君を止めなきゃ。手を貸しちゃうと、タルさんまた魔王って呼ばれるよ?」


 風向きが怪しい。馬鹿な、姐御は俺を選んでくれないのか。

 絶望をほのかに感じながら、俺はツバメの隣で成り行きを見守っているクラレットを見た。これほどの逆境なら、俺を哀れに思ってワンチャン味方してくれる可能性もあるのではないか。

 視線に気付いたクラレットは微笑み、腰を上げて――俺の太腿あたりへ座り直した。


「これでよかった?」


 ちげーよ。誰が俺の体を満員御礼にしろと言った。

 これでスピカもいたら後に続きそうなものだが、今夜はもうログアウトしている。明日は部活かな? 俺も部活があるとか言ったら、解放してもらえないかな。駄目そうだけど。

 そして俺の人権や尊厳を無視したまま、姐御達は事態への対応策を協議し始めた。とりあえずどの案でも俺を生贄に捧げようとしているので、奴らは邪悪だ。やはり正義は俺だけなのだ。

 まあ苛烈なことを言うのはツバメと緑葉さんで、姐御とクラレットはどちらかと言えば穏当な意見が目立つ。持つべきものは友ではなく飼い主である。

 議論がやや平行線になり始めた頃、


「こんばんはー」


 リビングに誰かが入って来る。聞き覚えのない男の声だ。

 どこの馬の骨だと顔を上げれば、若い男が俺達を見て、


「…………お邪魔しました」


「ま、待ちなさい! あんた何か誤解してるわよ!」


 何故か出て行こうとしたのを、緑葉さんが慌てて引き止めていた。

 ん? つーかあの男、微妙に見覚えが……あ、思い出した。


「ゲームマスターじゃん」


「「あー」」


 姐御とツバメも思い出したのか、揃って声を上げる。

 そう。彼はイグサ王国のアフメタで、バグったサルゴン王と共闘したゲームマスターだ。あの時はまた後日、うちの拠点で会おうと約束して別れたが、ようやく顔を出したのか。

 彼は肯定の頷きを返して、


「今はプレイヤーとしてログインしているから、ゲームマスターではないけどな。

 改めて名乗ろう。プレイヤー名はザゲン、クランには未所属だ」


 彼――ザゲンはそう言うと、満員御礼状態の俺を見下ろした。


「その、特殊なプレイを楽しんでいる途中のようなら、また出直すが……」


「誤解だと言ってるのに物分り悪いわねこいつ……!」


 そうだそうだ。俺は緑葉さんに追従して声を上げた。


「これのどこが特殊なんだ、言ってみろよ」


「……凄いな」


 よく分からない感想を口にして、彼は諦めたようにソファーへ腰を下ろした。

 状況を受け入れたのか、それとも理解を放棄したのか。表情の消えた顔を見るに、きっと後者だと思うが。

 彼は重い溜息を吐いて、


「協力の約束を果たしに来た。まずはそちらの知っていることを、教えてもらえないか」


     ○


 ザゲンにはゲオルギウス・オンラインそのものが魔道書であり、同時に大規模な魔術であるということ、そしてリアルの改変を行っているのだという事実だけを伝え、他の事件や俺達の事情は伏せておくことにした。

 彼を疑うわけではないが、完全に信用してもいない。何よりアルバイトとはいえゲームマスターである以上、彼は運営――黒幕との距離が近い。彼が俺達を疑って、上に報告する可能性だってあるのだ。必要がない限り、内情は伝えない方がいいだろう。

 そして俺達の当面の方針は、リアルの改変を最小限に抑えるため、これがただのゲームだという確信を持って攻略することだと告げる。

 そういった一連の話を聞いたザゲンは、情報を整理するためかしばらく黙考し、どこか申し訳なさそうに口を開いた。


「誰が黒幕かというのは、俺にも分からんな……権力的にはプロデューサーやディレクターあたりだが、ゲーム世界への拘りという意味では、デザイナーやシナリオライターも怪しい。

 ――いや、そんなことよりも、俺は攻略に協力するのが一番か」


「ゲームとしては本来、あっちゃいけないことなんですけどねー」


 姐御も申し訳なさそうに言うが、ザゲンは穏やかな声で返す。


「事情が事情だ、仕方ない。俺としても抵抗はあるが、他のプレイヤーの安全のためにも、お前達に攻略してもらった方がいいさ」


 穏やかな声の中には、僅かだが怒りが滲み出ているように感じられた。

 そう言えばサルゴンと戦った時も、俺達の安全を第一にしていたなと思い出す。その行動は職務だからだけではなく、彼なりの正義や、ゲームへの愛からくるものなのだろう。


「さて、差し当たってはレベルキャップ開放のために、神獣を倒すのが先決か」


 そう言って彼は複数の表示フレームを投影した。

 そこに表示されるのはザルワーンを筆頭に、神獣に分類されるボスだ。直接見たことがあるものもいれば、話に聞いただけのものや、存在自体まだ明らかになっていないものもいる。


「神獣と言ってもピンキリだが、倒しやすいのはこれ、大森林の入り口エリアに出現するアイアタルだ。複数の強力なバッドステータスを使うが、攻撃そのものは激しくない」


 表示フレームには乳房を持つ大蛇の姿が映し出されている。ドヴァリの西、大森林の悪名高いボスだ。エリアの特徴としてとにかく見通しが悪いため、アイアタルは数々のプレイヤーを奇襲で葬ってきた。

 初手はほぼ決まって広範囲へのバッドステータス付与で、これによってPTは半壊させられたまま、立て直すことができずに全滅させられるというのが、お決まりのパターンだ。


「実績があるのはナムダク平原のサン・スグルだな。つい先日、イエローブラッドが討伐に成功した。非常にタフではあるが、大人数で上手く立ち回れば倒すことはできる」


 巨大な雄牛の映る表示フレームを示して言う。サン・スグルの攻撃はその巨体を活かしたものが多く、厄介なスキルを使うタイプではない。しかしザゲンが言うようにとにかくタフなので、大手クランが総出で挑んでも倒せるかは怪しいだろう。

 イエローブラッドが討伐できたのも、基本的にクランメンバーの腕がいいからだ。個々の力量で言えば飛び抜けた存在は幹部陣ぐらいだが、平均値が高い。同規模のクランと比較すれば、間違いなく一枚か二枚は上手だ。

 ただまあ、うちのクランがサン・スグルに挑むのは無謀だろう。個々の力量はともかく、人数が足りねぇんだよな。火力で押し切るにしろ、持久戦を挑むにしろ、人数がなきゃできないことだ。

 ツバメがそのあたりの事情を、ザゲンに指摘する。


「うちは少人数でも倒せそうなボスじゃないと厳しいかなぁ。人数少ないし、回復もタルさんしかできないし。火力はそこそこ出せる方なんだけどね」


「……そういうことなら、クエストで挑めるボスの方がいいか」


 ザゲンは表示フレームを操作し、


「これだ。王国と北の帝国とを隔てる山脈に棲む神獣――キリムだ」


 強調表示されたフレームに映るのは、七つの首と羽毛を持つ、トカゲとも獣とも呼べそうな怪物だった。


「キリムはお前達が海を渡った時のように、山脈を越える通行クエストのボスとして設定されている。レベル的には七十前後が適正だが、対策しておけばレベルキャップ開放前でも勝ち目はある筈だ」


「……聞いたことがないわね。山脈に挑んだプレイヤーは今までにもいた筈だけど?」


 緑葉さんの問いかけに、ザゲンは嘆息を洩らした。


「スタッフの拘りらしい。クエストの発生条件が特殊なんだ。

 条件を満たし、勇者の称号を得たプレイヤーでなければ、クエストを発生させられん」


「勇者ぁ?」


 胡散臭そうに言う緑葉さんだったが、ザゲンも苦笑を返す。


「マスクデータとして、プレイヤーには行動を基に称号が設定されるのさ。NPCからの評判が変化するので、ある程度は推し量ることもできるが……ああ、このクランだとガウスが称号を獲得していたか」


「勇者か英雄ってところか?」


「いや、使徒だ。世界観的には信仰を広める者、といったところか。教会に一定以上の寄付を納めることで、誰でも獲得できる。まあ一種の皮肉だ。普通のプレイヤーなら、教会の世話になることもない」


 ザゲンの解説を聞いて、姐御達が俺を嘲笑う。超がっでむ。

 それよりも勇者の方だな、とザゲンは説明を続けた。


「勇者になる方法は二つある。簡単なのは自動生成クエストで、人助けが目的のものをこなし続けることだ。運も絡むが、秋頃にはこの条件を達成して、勇者になるプレイヤーも出てくるだろう。

 もう一つはAIが判定することになるが、大勢のプレイヤーを率いて、大きな悪に挑むことだ」


「もう一つの方は、何だか曖昧ですねぇ」


「同感だ。まあ、プレイヤーの活動を何かしら反映したかったらしい。目立つことをしたのなら、その評判がゲームプレイに影響を与えた方がリアルだ――といった感じか」


 ゲームの設計思想としては、まあ分からなくもない。

 自由度が高い一人用のゲームだとたまにあるが、例えば街の住民をぶん殴り続けたら指名手配される。逆に人助けを繰り返すと名声が広まり、あちこちで恩恵を受けられたりする。

 そういったゲーム的なリアリティーを、MMOに落とし込もうとした結果のシステムなのだろう。


「まあキリムに挑むのなら、今は準備をしておいて、勇者が現れるのを待つべきだ。どうしても急ぐなら、キリムよりもアイアタルに挑むのをお勧めする」


「ですねー。急ぎたいのは山々ですが、アイアタルでも厳しそうですし。勇者っぽい人が現れたら、上手く誘ってクエスト発生させましょうかー」


 姐御が無難な方針を決定する。確かにそれが一番だろう。

 うちのクランは戦力バランスがなぁ……回復は姐御しか頼れないし、支援はツバメとギリギリでクラレット。タンクもスピカだけなので、ちょっとアタッカーに偏り過ぎている。

 やっぱり適当な島人に声かけて引き込むべきかなー。あいつらなら基本、何に巻き込んでも心が痛まないのが最高。

 そんなことを考えていたら、ふとクラレットが口を開いた。


「あの。思ったんだけど、トーマさんって勇者になれるんじゃないかな」


「……なるほど。ちょうどよく、ここに邪悪がいるわね」


 緑葉さんの言葉に、俺も誰のことか分かった。


「魔王陛下……!」


「あなたですよー、ガウス君ー?」


 あ、やめて。首、喉笛を圧迫するのはやめて。

 俺が抵抗できないのをいいことに、姐御達は俺を勇者の生贄する方針で話を進めていく。

 助けを求めるようにザゲンを見ると、彼は冷めた目で首を横に振った。

 薄々思ってはいたが、俺を助ける気は一切ないなこいつ……!

 俺には抗議のために、体をクネらせ続けることしかできなかった。

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[気になる点] タルタルやその他はイエローブラッドから余計に請求されてる分も素直に返すつもりなんですかね…? いや、ガウスの計画がそれ以前の問題なのはともかくとして
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