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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第七章 花咲ける根無し草
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第三話 流れ星は星屑と散る


 臨時広場に怒号が響き渡る。

 幾重ものそれは、最早怒りの方向性さえ定まらない混沌だ。

 誰に憎悪を抱き、何を許せないと叫んだのかさえ、覚えている者は少ない。

 隣人とは敵を表す言葉でしかなく、誰も彼もが熱狂のままに破壊と暴力を行った。

 どうしてこうなってしまったのか。

 それを説明するにはまず、今のトーマを取り巻く状況を理解しなければならない。


     ○


 ――トーマは本来なら、ただ顔が広いだけのプレイヤーだった。

 腕は決して悪くないが、特筆するほど優れているわけでもない。クラン無所属で固定PTを組んでいるわけでもないため、狩りはソロか臨時PT。それ故にレベルは第一線の連中よりも低く、ジョブだってまだ上級職になれていないのだ。

 戦力として見れば注目する意味も価値もない、文字通りのモブ。意図したものか偶然か、トーマは奴自身が口癖のようにモブキャラと自称しているだけあって、世界に影響を与えることのない存在だった。

 まあ臨時広場が根城みたいなものだから知り合いは多いし、お節介だから育て上げた初心者も多い。人脈という点だけに限って言えば、無視できない存在感を持つ男でもあった。


 そこへ変化が起きたのはつい先日のこと。

 俺の嫌がらせとナップの陰謀により、トーマは秩序同盟の一角を担う大手クラン、わらびもちのリーダーであるネジスキの目に留まった。実はトーマこそがクラン無所属という最大派閥の雄であると騙され、ネジスキは情報面での出遅れを取り戻そうと躍起になり、ちょっと引くぐらいトーマの周辺を洗い始めた。

 元々がでまかせなのだから、いくら調べても情報は集まらない――筈だったのだが。


 誰にとっても誤算だったのは、まずトーマには本当に人望があったこと。もちろんそれは一声かけたからといって、無所属プレイヤーが忠実な兵隊に化けたりするようなものではない。それでもトーマが困っているなら力を貸すとか、ごく普通の友情を覚えている者は多かった。

 そんな連中にネジスキ配下が声をかけて調査すると、多少はトーマを持ち上げたりする。その気がなくとも、あいつのためなら何でもするぜ、なんて調子のいいことを言う奴もいる。

 さらにわらびもちの動きを知って、他のクランも続々と調査に乗り出す。こうなってくると複数のクランが調べるんだからトーマは凄いんだ、誰に聞いても凄いと答えるから凄いんだ、というループが始まってしまう。

 かくてトーマの虚名は広く知れ渡るものとなり、表のトッププレイヤーがナップならば、裏のトッププレイヤーはトーマであるといった具合。真実を知る俺とナップは、正直どうしようと思ったものだ。


 だが一番困っているのは、いきなりプレイヤーの中心人物にされてしまったトーマだろう。

 ノノカと別れた俺が臨時広場にやって来た時、普段から人が多くて賑やかな場所だが、特に人口密度の高い場所があった。トーマを囲むように、数十名ものプレイヤーが集まっているのだ。

 彼らの思惑は十人十色だ。単純に友人の活躍……活躍か? まあいい、活躍を祝う者もいれば、好奇心でとりあえず一目見ておこうという者もいる。まあ、このあたりはまだ健全な部類だ。

 厄介なのは新たな有名人の誕生を商機と見て、お近付きになろうとする奴だろう。どんな形で利益に繋げるかも考えていないのに、とりあえず唾を付けておこうと考える、近距離スピード型のクズだ。

 誰かの指示で探りを入れに来ている遠隔操作型のクズもいるが、これは自己判断を行わない現場のクズよりも、糸を引く本体の方が厄介なタイプだ。しかし派手な動きはしないだろうから、これは無視しても構わない。

 すぐにでも対処すべきなのは、急に有名になったことを、何故か調子に乗っていると判断する奴だ。調子に乗ってんじゃねぇ、生意気だぞ、と因縁をつけて、最終的には実力行使に持ち込もうとする近距離パワー型のクズである。有名人を倒すことで自身に箔を付けようとしているのかもしれないが、すぐ暴力に頼るので周りの人間にも迷惑だ。

 トーマは絡んでくる近距離パワー型のクズへ、穏便に済ませてもらえないかと話しているようだが、それで引き下がるなら最初から絡みはしない。俺は挨拶がてらに、そのクズの後頭部を斧でかち割った。


「おっすトーマ、大変そうだな」


「ガウス! こうなったのは誰のせいだと――」


 いきなりキレてくるトーマだが、俺は朗らかに笑って敵意がないことを示す。そんな相手に問答無用で攻撃をするほど、トーマもクズではない。不承不承ながらも矛を収めようとした。

 そこにすかさず近寄り、俺は声を潜めて――しかし意図的に、周辺の連中には聞こえる大きさで話した。


「――あまり目立ち過ぎるな。計画にはまだ時間がかかる」


「あ、ああ……?」


 何のことか分からず、曖昧に頷くトーマ。それっぽいこと言ってみただけで、特に意味はない。

 だが周囲の反応は歴然だった。ただの友人はともかく、何かしらの目論見や下心のあった連中がざわざわとして落ち着きを失う。まったく、こういう時は俺の悪名も捨てたもんじゃないぜ。

 自分で言うのも何だが、俺も名前が独り歩きしている方だ。まあ頻繁にナップと殺し合ったり、襲いかかってくるクズを殺したり、邪魔なクズを殺したりしているせいだろう。個人的にはラシアに巣食うダニを減らしたと褒めてもらいたいが、世間は俺までクズ扱いするのだから薄情なものだ。

 ともあれ、ナップや今のトーマには劣るものの、俺にもそれなりの知名度がある。そんな俺がトーマと結託しているように振る舞えば、ありもしない裏を想像させるのは容易いことだ。

 だが周囲の様子に不穏なものを感じたのか、トーマは睨むように俺を見た。


「……また俺を利用する気か?」


「まさか。俺とお前の仲じゃねぇか、疑うなよ」


 笑って肩を組む俺に対し、トーマは諦めたように嘆息した。


「何を企んでるのか知らないけど、程々にしてくれよな」


「もっちろんさ!」


 できれば穏便に事を収めたいから、釘を差した上で多少の迷惑は受け入れる。そんなところだろう。

 トーマはノリのいい男だが、悪目立ちするのを嫌う。いや、違うな。正確に言うなら、こいつは主人公になりたくないのだ。

 まあ既に中心人物として巻き込んでいるから、今更だけどな!

 とりあえず今日の仕込みはこんなものでいいだろう。計画を次のステージに進めるには、まだ準備が足りない。ヨーゼフも遅延工作と同時に手駒を増やそうとしているが、万全を期すなら二日は欲しいところだ。

 しかし空気の読めない奴はどこにでもいるもので、新たな騒動を持ち込む人物が現れた。


「おやおや、盛り上がっているようですね」


 人垣を割って現れたのは、糸目の男――クランわらびもちのリーダー、ネジスキだ。

 そこそこ大物なのに、こんなところで油売ってんじゃねぇよ。そう思いかけたが、すぐに思い直す。流石にこいつもそこまで暇ではないだろう。大手クランのリーダーってのはタイプにもよるが、中間管理職的な側面がある。クランメンバーのご機嫌伺いをしたり、放っておけばサボったり派閥争いをする連中をまとめて狩りを計画したりと、中々に多忙なのだ。

 だからネジスキが現れたのは偶然ではない。おそらくトーマの動向を配下に見張らせていたのだろう。そして有力者――この場合は俺が接触したことで、現場に出るべきだと判断したのだ。


「よう旦那、構って欲しくなったのか?」


 何を考えているのかは知らないが、引っ掻き回されては困る。ひとまず矛先を俺に向けさせようと思い、あえて挑発するような口調で話しかけてみた。

 しかしネジスキは鼻で笑い、


「星クズ、貴方に用はありません」


 俺は手に持っていた斧をぶん投げた。


「ひぃっ!? ……い、いきなり何を!」


 大袈裟に斧を避けたネジスキは激昂するが、理由は実にシンプルだ。


「星クズじゃなくて流星だ。ぶっ殺すぞ」


「……流星。貴方に用はありません、下がっていなさい」


 律儀に言い直すネジスキ。話せば分かり合えるものだなぁ。

 と、一瞬ながら満足してしまったのが失敗だった。


「話があるのは貴方ですよ、根無し草」


「……お、俺ぇ?」


 困惑した声を上げるトーマだったが、その声には辟易としたものもあった。

 実際、正直に言えば疲れているのだろう。トーマはネジスキが用件を切り出すよりも先に、彼を説得しようとした。


「あのさぁ。ネジスキさんなら分かってると思うけど、俺、マジでただのモブキャラだからな。俺なんかに構っても、時間をドブに捨てるだけだぜ」


「とぼけても無駄ですよ。我々の調査は、貴方が並のプレイヤーではないことを調べ上げています」


「それがもう誤解なんだけどなぁ……」


 死んだ魚のような目で呟くトーマ。説得は不可能だと悟ったらしい。

 そんなトーマに構わず、目が節穴のネジスキは調子に乗って言う。


「そも調べてみれば、貴方には不自然な点が多過ぎる。あれほど多くのプレイヤーと交流しているにも関わらず、リアルでは何者なのか、素性を知る者がまったくいないのです」


 ネットリテラシーがしっかりしてるだけじゃね?


「さらにログイン時間が長いにも関わらず、何故かレベルが低い。意図的にレベルを抑えているとしか思えませんでしたね」


 狩りばっかりしてるガチ勢の基準で考えるから、おかしくなるんじゃね?


「そして何より――今もまた、流星と組んで何かをしようとしている」


 何かの内容を掴んでから動いた方がいいんじゃね?

 思うところは色々とあるが、とりあえず黙って聞いていたら、最後にネジスキは本題を告げた。


「これほどのプレイヤーを野に置いておくのは、大きな損失でしょう。

 ――根無し草。幹部待遇を約束します。うちへ来ませんか?」


 勧誘の言葉に、おお、と周囲からどよめきが上がった。

 わらびもちほどの大手クランの幹部ともなれば、その権力は馬鹿にできないものがある。ネジスキが提示したのは、最大限に便宜を図った好条件と言えるだろう。

 ……もっとも、トーマがそれに価値を見出すかどうかは、また別の話だ。

 トーマはただ、とにかく疲れたように嘆息して、


「放っておいてくれ。第一、俺を抱え込んでも損するのはあんただぞ」


 まあ誤解だと分かったら、幹部に据える価値はないもんな。

 しかしトーマの忠告をどう受け取ったのか、ネジスキの頬を冷や汗が伝った。


「私では貴方を御せないと、そう言いたいのですか」


「なんでそうなんの?」


 心底不思議そうに、トーマは素朴な問いを発した。

 だがネジスキは当然ながら聞いちゃいねぇ。


「見くびらないで欲しいですね……! 私ならば貴方だけではなく、貴方が抱える無所属プレイヤーも活用してみせましょう。その覚悟もなしに声をかけたわけではないのです!」


「会話ってキャッチボールなんだぜ。知ってる?」


 知らないと思う。

 しかしまずいな。ネジスキがここまで熱を上げているとは思わなかった。

 思い込みの激しさで今はポンコツになっているが、わらびもちというクランを支えているのはあの情熱だ。インテリ系のキャラを気取っているが、ネジスキの本質は熱血漢なのだ。

 時に失敗することがあっても、情熱を武器に何度でも立ち上がり、困難に挑んで行く。その背中をクランメンバーに見せるからこそ、奴は大手クランを率いるリーダーが務まっているわけだ。

 その情熱が今、トーマの勧誘に向けられている。勧誘する理由は色々と考えられるが、やはり最も大きなものはイエローブラッドの台頭だろう。表立って敵対しているわけではなくとも、追い抜かれたままというのはプライドを刺激する。トーマをどうするか考えた時、巻き返しを図る材料にすることを選んだのだ。

 となれば、これはネジスキ一人の暴走では終わらない。わらびもちというクランの規模で、トーマ獲得に動き始めていることになる。

 ……いずれ巻き込むつもりではあったが、時期尚早だ。この時点で動かれてしまうと、主導権を握るのはわらびもちになる。

 どうする。――いや、選択肢は二つしかない。

 無茶を承知で計画を実行するか、諦めて引き下がるかだ。

 だったら、迷うことは何もない。

 俺は思案している風に装って、口元を手で隠してささやきを送った。


「ヨーゼフ、悪いニュースだ。わらびもちが動いた」


 数秒。沈黙の間を置いて、重苦しい声が脳裏に響く。


『準備は終わっていない。リスクを考えれば、ここは引くべきだと愚見を述べよう』


「そうだな。でも、ヨーゼフ。今までの努力が、無駄になっていいのかよ」


『仕方あるまい。なに、待てば海路の日和ありとも言う。

 わらびもち次第だが、まだチャンスはあるだろう』


 ……やはり、そうるすべきなのだろうか。

 迷いかけた時、笑みを含んだヨーゼフの声が響いた。


『だが――友よ、君は一人ではない』


 誰が友だ。


『無謀な賭けになるのは確かだがね。

 二人でなら、挑む価値のある賭けになるだろう』


 その言葉を聞いて、俺は誰が見ているわけでもないのに、強く頷いた。


「……ヨーゼフ! 臨時広場に駒は配置しているな!?」


『無論! 私はただ一言、やれ、と伝えよう!』


「ああ、やってくれ! 今、ここで、始めよう!」


『ああ、ああ! ガウス殿、武運長久を祈る!』


 俺は非表示設定の装備――防具を全て解除する。

 仕込みはこれだけでいい。後はヨーゼフを信じるだけだ。

 そして俺は、まだ熱心にトーマを口説くネジスキへと声をかけた。


「なあ旦那、そのぐらいにしておかねぇか?」


「これは私と根無し草の問題だ。流星、君の出る幕ではないだろう」


 そうだな。あんたなら、そういう対応を取るしかない。俺とトーマが組んで、何かを企んでいる――そう疑っているあんたは、できるなら俺を切り離しておきたいだろう。

 だから俺は、強引に口を挟み続けるんだ。


「俺にだって関係あるさ。トーマは友達なんでね。

 強引に勧誘するようだったら、流石に止めなきゃだ」


「ほう……実力行使する気ですか?」


 それでも構わない、という態度を取るネジスキ。

 あとトーマが何やら感動したような顔をしているが、お前騙されてるよ。


「へっ。いくらあんたが強くても、この距離なら前衛の俺が有利だぜ!」


 言いながら、俺はインベントリから片手剣を引き抜いた。

 不自然ではない程度に、しかし誰にでも分かるように、剣を掲げる。

 ――その直後、どこかから飛来した矢が、俺の背を貫いた。


「がっ……!?」


 血を吐いて崩れ落ちる。よし、一撃で瀕死だ。

 傾く視界の端では、激昂した様子のトーマがネジスキに掴みかかっていた。


「ネジスキ! これがあんたのやり口か!?」


「わ、私じゃない!」


 うん、下手人はヨーゼフの部下だよ。しかしそんなこと、見抜けるわけがない。

 だから周囲にはこう見える。強引な勧誘を止めようとした俺を、ネジスキが卑怯にも配下に始末させた。

 そしてトーマが掴みかかった以上、潜ませておいたネジスキの配下は、彼を守るために動かざるを得ない。当然、その行動は武力によるトーマの排除だ。

 だがネジスキ配下が動けば、心情的にトーマの味方をする他のプレイヤーも動く。わらびもちという明確な敵を得たことで、これまで実態のなかったトーマ派という勢力が、本当に生まれるのだ。

 こうして臨時広場を舞台に、二大勢力が激突を――――


「ヒャッハー! 星クズゲットぉー!!」


 空気をまったく読まずに、瀕死の俺にトドメを差す近距離パワー型のクズ。

 ぐへっ、と血を吐いて死ぬ俺。まあ死に戻りはせず、霊体になって見守るけど。

 そして二大勢力の衝突とはまったく関係なく、俺を殺したクズを別のクズが殺す。最後に生き残った奴が勝者であり、俺を殺したと吹聴する権利を持つ謎ルールだ。やだ、野蛮。

 こうしてクズ同士の乱闘が始まり、二大勢力にも飛び火して三つ巴の乱戦が幕を開けたのである。

 …………クズの殺し合いに関しては俺、悪くねぇよな?

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[気になる点] 蛮族しかいないのかここは!? [一言] ガウスとヨーゼフのシナジーやばし ただ、計算違いだったのは予想以上にバカばかりだったことだ……!
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