第十話 カルガモ先生とゴブリン
「おー、ガウス君の言ってた子ですねー!
私は神官のタルタルっていいます、よろしくお願いしますねっ」
「あ、どうも、魔道士のクラレットです」
ラシアの街で、姐御とクラレットさんの顔合わせを行う。
PTに欲しかったジョブだというのもあるんだろうけど、やはり同性が増えるのは嬉しいのか、姐御のテンションが高い。それに比例して無礼者への処罰は苛烈を極め、後ろにはHPゲージをミリ単位まで削られた害鳥が転がっていた。
……姐御、どうもカルガモより先にログインしていたようで、PTにクラレットさんがいることに気付いてたんだよな。だから空気を読んで黙っていたところに、カルガモのあの発言があったわけで。ちょっと沈黙があってから、カルガモの悲鳴がPTチャットに流れたのはかなりホラーだった。
で、当の害鳥はと言えば、助けを求めるかのように鳴いていた。
「ガ……ガウ……ス……」
景観を損ねるので、路地裏へ転がしておいた。
へっ、どのみちろくな奴じゃねーんだ! 殺されなかっただけありがたく思いな!
俺が清掃活動に勤しんでいる一方で、姐御はクラレットさんの勧誘を始めていた。
「もしよかったら、私達と一緒に狩りへ行きませんかー?
お友達が来るまででもいいですし、お友達と一緒でも大丈夫ですよ!」
「えっと……でも私、ちょっとレベル低いですし」
「大丈夫! そんなのちょっと頑張ったら、すぐに追いつきますよー」
ぐいぐい行くなぁ。つーかちょっと頑張ったらって、姐御はどこへ連れて行く気だ。
まあクラレットさん気圧され気味だし、姐御のクールダウンも兼ねて助け舟を出すか。
「別に雑談するだけでもいいんじゃねぇか?
クラレットさん、MMO初めてって話だし、初心者の心得的な話とかさ」
「なるほどー。確かにそれも悪くないですねー」
相槌を打ちながら、ちらっとクラレットさんを見る姐御。いいから落ち着け。
一方、クラレットさんは少し思案して、
「……でも、そういうのって狩りをしながらでも聞けますよね?」
あ。これ時間を取らせるのが悪いとか、そんな気遣いしてる感じだ。
俺達はそんなのまったく気にしないんだが……その気遣いに姐御のテンションが高ぶる高ぶる。
「じゃあ狩りながらお話しましょー! ほらガウス君、あの羽毛をこっちに!」
カルガモを回復させるから連れて来いってことですね、了解。俺は路地裏で痙攣している害鳥を引きずって、姐御の前に放り捨てる。姐御は害鳥を一度踏んでから、ヒールで回復させた。
ようやく瀕死を脱したカルガモは、立ち上がって苦笑いを浮かべた。
「やれやれ……おっと、すまんかったのぅクラレットさん。
てっきりガウスや姐御しかおらんと思っておったせいで、変なことを聞かせ」
言い終えるよりも前に、姐御の肘打ちが横腹へ突き刺さっていた。
「カモさん? ガウス君だけならいいと思いますよ?
でもね? 私も女の子なんですよ? 女の子」
「す、すまぬ」
いや俺も聞かされたくないぞ、ケツの話とか。
あと姐御は女の子。それはきっと事実なので、俺は無粋なツッコミを入れたりしません。
さて。すっかりいつもの調子で、クラレットさんこれドン引きしてるんじゃないかと不安になったが、そんな様子はなかった。むしろ妙に納得顔で、こいつらはこういう生き物なんだなぁ、と悟っているご様子。
うん、ごめんなさい。そういう生き物なんです。
「それじゃあ狩りに行きましょー! あ、でもその前に、昨日のクエストの報酬ですね。
ついでに何か、新しいクエストを受けて行きません?」
「ガウスさんの言ってたやつですか」
「ですよー。お金は大切ですから、稼げる時に稼いでおきましょー」
まあその提案に異論はない。姐御なら俺よりもちゃんと狩り場情報とか調べてるだろうし。カルガモ? あいつはどこに放り込んでもいいタイプの不燃ゴミだ。何も問題ない。
俺達は戦士ギルドまで移動して、まずウルフ討伐クエストの報酬を受け取る。三千ゴールド。姐御の転職費用が三百ゴールドだったことを考慮すると、姐御十人分の大金である。冗談でそう言ったら蹴られた。解せぬ。
それから新しいクエストを受けようとしたのだが、姐御の希望はゴブリン退治だった。
「ゴブリンか、定番じゃな。近くに出るのか?」
「西の街道を進んで、少し北に入った辺りだそうです。
数が多いから稼げそうって、掲示板に書いてあったんですよー」
おおっと、この人またぞろ無邪気に無茶しようとしてやがんな?
まあゴブリンなんて雑魚だってのが定番だ。強さはコボルトと同じか、少し上ぐらいだろう。こっちは四人もいて、しかも一人は範囲魔法の使い手なんだから、苦戦はしない筈だ。
そんなわけでゴブリン討伐クエストを引き受け、指定されたエリアであるラシア北の森へと向かうことになった。
収入があったので先に装備を整えようかという案もあったが、クラレットさんを待たせるのも悪いということで、そのまま出発。街を出る前に姐御が衛兵に殺される。おめでとう、ようこそこっちの世界へ。
俺らの同類になったことで憤慨する姐御、爆笑する俺とカルガモ、ドン引きするクラレットさん。あ、これこういうゲームなんですよ。冒険者の命なんて軽い軽い。クラレットさんもすぐに馴染むよ。そう言ったら嫌そうな顔をされた。
「けど俺らのカルマ値、結構まずくね?」
街を出て、街道を歩きながら俺は懸念を口にした。
ジョブのせいでマイナス補正があるっぽいカルガモはともかく、真人間である俺と姐御まで衛兵に殺されるのは避けたい。これ以上悪化したら、殺される以外の不利益もありそうだし。
「何を今更。お前さんは生まれついての悪じゃろうに」
「おいおい、酷いこと言うなよ腐れ外道」
「酷いかどうかは自分の胸に――おっとすまん、良心がないのに無理を言った」
はっはっは、と俺達は笑い合い、直後に斧と短剣が交差した。
飛び散る火花。物理的な意味で。
「外道を退治したらカルマ値も改善するかもしれねぇから、ちょっと検証させてくれよ!」
「検証作業なら俺に任せるのが筋よ!」
などと殺し合っていたら、すたすたとクラレットさんが歩いて行き、振り返って一言。
「ガウス、カモさん。遊んでないで行くよ」
俺達は「くぅ~ん」と切なげに鳴いて後に続いた。
密かに俺を呼ぶ時に敬称が外れていたが、これはあれだな、親しくなった証拠。そういうことだ。
遠慮しないのはいいことだと頷いていたら、姐御がくすくすと笑っていた。あんだよ。
「お二人の扱い方、もうバッチリみたいですねー」
「何言ってんだ姐御、俺にだって人権はあるんだぞ!」
「そうじゃぞ。こやつはともかく、俺にも尊厳というものがある」
だよな、と頷き合って俺達は得物を互いの首へ、
「せッ」
へへっ、さすがは俺らの飼い主様だぜ……今日のラリアットも冴えてやがる……!
そんな光景を目撃したクラレットさんは、やや迷いを感じさせる様子で口を開いた。
「タルタル……さんも、あんまり構うとダメですよ」
姐御がめっちゃ味わい深い顔をして、はい、と小さく返事をした。やーい、怒られてやんの~。
あ、ちょっと、やめて、見えないように脇腹殴るのやめて。地味に痛い!
ともあれそんな感じで、俺達は賑やかにラシア北の森へと向かうのであった。
○
到着したラシア北の森は、森と聞いて想像するほど鬱蒼としたものではなかった。多少は人の手が入っているようで、歩くのに難儀するということもなさそうだ。
まあ街から近いし、ここの木材を伐採してるんだろうな。だから戦士ギルドも、その安全を確保するためにゴブリン退治のクエストを出しているのだろう。金の流れには、何事も理由があるのだ。
そんなことを考えていたら、姐御がカルガモに言う。
「カモさん、カモさん。折角ですし、ゴブリンについてご高説を」
「ふむ。ま、いいじゃろう」
おっと、カルガモ先生のファンタジー講座のお時間だ。
まあゴブリンと言ったらファンタジーの代表選手みたいなもんだ。俺も興味がないと言えば嘘になる。
「そもそもゴブリンとは、邪悪な魔物や妖精の総称だったんじゃよ。
あいつもゴブリン、こいつもゴブリンといった感じで、とりあえずそう呼んだわけじゃな。
その起源は零落した神であるとか、先住民であるとか言われておるが、はっきりとは分かっておらん」
「日本の妖怪……河童や鬼と同じってことですか?」
クラレットさんも興味があるようで、そんな質問をする。
カルガモはそれに頷いて、
「似たようなもんじゃと思っていい。厳密に言えば色々と違うがの。
さて、そんなゴブリンじゃが、小説やゲームを通じて独立した種族として描かれるようになるんじゃよ。
今となっては作品ごとに多少の差異はあるが、大体同じようなものを想像するじゃろう?
そういった意味で言えば、比較的新しいファンタジー種族と言えるかもしれんのぅ」
ほほー。俺達が感心して声を洩らすと、そこでカルガモは下卑た笑みを浮かべた。
「ちなみにエロ系ファンタジー作品においても、ゴブリンは重要な――」
俺と姐御の拳が害鳥を打ち据えた。
俺らだけならともかく、クラレットさんの前で何を言うんだこいつは。
「もうっ! 真面目に話してると思ったら、いきなり脱線して!
何なんですか? カモさんはオチをつけないと死ぬ病気なんですか?」
「い、いや、しかしこれはこれで重要な話ではあるんじゃよ?
文学作品においても、ゴブリンにはそういう面があるんじゃよ!」
「…………最低」
ぼそっと呟いたクラレットさんの言葉に、カルガモは胸を押さえて蹲った。おお、何ということか。カルガモにもまだ、ダメージを感じるだけの心が残っていただなんて。
そしてカルガモは縋るような目を俺に向けるが、しかし俺は首を横に振った。
「いや、俺未成年なんで。お前と違ってエロゲとかできないんですよ」
興味がないとは言わないけどね! 未来の俺に保険をかけておこう。
俺は打ちひしがれるカルガモから目を逸らし、女性陣に向けて両腕を広げて言う。
「いやぁホント、あの害鳥は汚らわしくって困っちゃうよな!
でも全ての男があんなのってわけじゃないから、そこは信用しておくれよ」
「クラレットさん、これあれですよ。何か誤魔化してる時のガウス君ですよ」
「うん、分かる。そういう顔ですね」
予期せぬ流れ弾に撃たれた気がするが、なぁに、まだ致命傷じゃねぇさ。決定的な証拠を掴まれない限り、俺の尊厳は守られる。俺は最強スキルの一つ、笑って誤魔化すを発動した。
二人の目がどんどん白くなっていくが、押し通せ……! ゴリ押し……! それが正解……!!
――などと笑っていたら、直感が仕事をした。
「っと、ゴブリンのお出ましみたいだな。カルガモ、出番だぜ」
「あいよー。数はどんなもんじゃ?」
「いっぱい」
「三より大きい数は?」
「いっぱい」
「こやつ使えんなぁ!」
吠えるカルガモ。顔を両手で覆って、うちの子が馬鹿でごめんなさいと謝る姐御。
いや、三より大きい数が分からないのは冗談だが、直感って細かい数まで分からねぇんだよな。気配が混じるっつーか、ぼんやりした感覚なもんだから、数を探るのには向いていない。スキルレベルを上げたら違ってくるのかもしれないが、今のところ高性能レーダーって感じではないのだ。
とはいえ、数が多いのはちゃんと伝わったようで、気を取り直した姐御が声を張り上げる。
「カモさんは切り込み役! ガウス君は私とクラレットさんの護衛を!
クラレットさんはタイミングを見て、ゴブリンが集まったら範囲で薙ぎ払ってください!」
指示に思い思いの返事をして、俺達は得物を構えた。
様子を探る数秒の間。やがて木々の間から、ゴブリンどもがその姿を現した。
背丈は人間の子供とそう変わらない。体は矮躯と言っていいほどに貧相ながら、腕だけは長い。頭部は不釣り合いなほどに大きく、醜悪としか言えぬ顔には獲物を見つけた喜びの色があった。
意外だったのは体表が毛に覆われていたことか。他のゲームでは体毛がなく、緑の肌をしていることが多かったが……こういうタイプのゴブリンも、見覚えがないというわけではない。
奴らは人間から奪ったのだろう、錆びた短剣や斧で武装しており、ろくな防具のない俺達では注意が必要だ。いや、むしろ……あちらから姿を現したのは、俺達の装備が貧弱だからか?
「……知恵はそれなりにあるようじゃな」
ギャアギャアと話すゴブリンどもを見て、カルガモが言った。
あれはただ喚いているのではなく、れっきとした言語だ。ああ、そういやゲームによっては亜人扱いだし、言葉を話すだけの知能があっても不思議ではない。敵としては厄介極まりないが。
ゴブリンどもはじりじりと、こちらを囲むように広がるが――包囲が完成する前に、カルガモの間合いへと踏み込んだ。
瞬間、条件反射のようにカルガモが動く。膝を抜き、前方落下で初速を得ると、腰を沈めて姿勢をアジャスト。俺でも目で追うのがやっとの踏み込みから、飛び込むように地を踏み切り、正面のゴブリンに斬りかかった。
ゴブリンの顔に朱線が走る。だが浅い。攻撃としては完璧だったが、ゲームとしての仕様――防御力によって充分に通らず、カルガモはゴブリンの反撃を許してしまっていた。
「ギギィ――ッ!!」
怒りを孕んだ叫びを上げ、ゴブリンは武器を振り回す。カルガモは身を捻ってそれを避けると、バックステップで仕切り直しながら、僅かに焦りを含んだ声で告げる。
「こやつら硬いぞ! ウルフより格上じゃ!」
姐御ぉ! 下調べはちゃんと頼むよ、ちゃんとさぁ!
くそっ、何匹いるんだこいつら? カルガモが一匹、俺達を囲むようにしているのが……五匹か。ヒールで回復してもらえるなら、耐えられない数ではないと思うが――って、マジかちくしょう!
残ったゴブリンどもは二手に分かれ、俺やカルガモには目もくれず姐御とクラレットさんを狙って走り出していた。
「魔法ッ!!」
鋭く告げ、俺は姐御に向かったゴブリン――二匹に挑発をかけて、こちらへ向かわせる。一方、俺の意図を理解してくれたクラレットさんが、己に向かうゴブリンへファイアーボルトを放った。
ちらりと目を向ければ、先頭のゴブリンが炎の矢に呑み込まれる。だが倒れることなく、炎を突き破って前進。嘘だろ死なねぇのかよ、フォロー頼んだぞ姐御!
「だ、らァッ!!」
足をぶん回し、その勢いで身を翻した俺は、斧を振り上げる時間も惜しいと強引に突きを放つ。意志に応えてくれたか、斧が光ってブレイクの発動を示す。その一撃はクラレットさんに飛びかかろうとしていたゴブリンを、強く吹っ飛ばした。
「プロテクション!」
姐御の支援魔法が飛ぶ。一定時間、被ダメージを減少させる魔法だ。
直後、背中に衝撃。そりゃそうだよな、挑発をかけたってのに背中を向けたんだ、攻撃されて当然。痛みに歯を食い縛るが、しかし振り向かない。挑発が利いているなら、そのまま俺を殴ってろ。構ってる暇がねぇんだよ!
痛みに耐える声は獣声となって響き、クラレットさんを襲う残りのゴブリンへ、相打ち上等で斧を振るう。なんなら当たらなくても構わねぇ、肉が欲しけりゃ俺のをくれてやる。だからその人に手を出すなよクソッタレ!
「一匹!」
カルガモの声。仕留めたか、なら手伝え!
姐御のヒールも飛んでくるが、回復が追いつかない。死ぬ。半ば反射でインベントリを開き、ライトポーションを使用。焼け石に水の回復で命を繋ぎ、無我夢中で斧を振り回した。
永遠にも思える十数秒。その地獄を断ち切ったのは、彼女の声だった。
「ファイアー……ボールッ!!」
俺を中心に火球が炸裂し、群がるゴブリンどもをまとめて吹っ飛ばす。熱と爆風こそ感じるが、今度は吹き飛ばされずダメージもない。爆炎に彩られる視界の中、それでも動くものを反射的に攻撃した。
これにより大勢は決した。
ファイアーボールでは仕留め切れなかったものの、HPの大部分を削れたらしい。一匹、また一匹とゴブリンは倒れていき、それから一分も経たずに戦闘は終了した。
「っ、はぁ~…………」
長い息を吐いて、俺はその場にどかっと腰を下ろした。
あー……ドロップアイテムの回収、誰かよろしく。俺は休みたい。
「お疲れさまでしたー」
ヒールをかけつつ、姐御が労いの言葉をかけてくれる。いや、マジで疲れたわ。
「ちょっと見誤ってましたねー。あそこまで強いとは思いませんでした」
「単純なステータスもそうじゃが、あの動きが厄介じゃったなぁ」
「ああ、あれな。でもあれは仕方ねぇよ、予想できねぇって」
うんうん、と頷き合う俺達。そこへクラレットさんが言う。
「あの動きって……私とタルタルさんが狙われたこと?」
「ですねー。カモさんが二、三匹は引きつけるかと思ってたんですよ。
そこをガウス君に挑発してもらって……と考えていたんですけど」
「じゃがまあ、あそこまで露骨なら初見殺しみたいなものよ。
おそらくゴブリンのAIは、女キャラを優先して狙うようになっておるんじゃろうな」
AI担当、カルガモ並のエロ疑惑。いや冗談だけど。
たぶんカルガモがさっき話してた、ゴブリンの習性みたいなものを意識したんだろう。悪趣味なAIだとは思うが、モンスターAIにもそういった多様性がないと、どのモンスターも同じような動きになるので仕方ない。
「そっか……ありがとね、ガウス。守ってくれて」
「おう、恩に着てくれ」
まあ守るのが俺の役割だったので、当然のことをしただけではあるんだが。
だから俺は冗談だと分かるように笑いながら言って、しかし、と話を変えた。
「やけに数が多かったよな。ソロだときつくねぇか?」
「あー。それなんじゃがな、AIディレクターを採用しておるのかもしれん」
その言葉に、俺と姐御が渋面になったのは言うまでもない。
AIディレクター。それは様々なゲームで採用されている、悪名高いシステムである。
プレイヤーの動向を監視し、適切な敵をぶつける――と言えば聞こえはいいが、実際には生かさず殺さず、苦戦を強いるような鬼畜システムである。ゲームに飽きさせないための工夫であり、上手くいけば常にハラハラドキドキのゲーム体験ができるが、わりとプレイヤーの限界を要求してくるのが困りものだ。
「確かにゴブリン、ギリギリの数でしたもんねぇ」
「あれより多けりゃ死んでたろうし、少なけりゃ余裕があっただろうしなぁ」
うわぁ。否定する要素が思い浮かばない。
ま、まあ、AIディレクターも開発スタッフの調整次第な面があるし、あまり悲観的になるのはやめておこう。
「あ、そうそう、一度街に戻って装備整えましょー。
最低でもカモさんの武器、ワンランク上のにしないとダメそうですし」
「マジ頼む。クリティカルさせんと、ろくにダメージが通らんかったでな」
それについては俺も異論はない。カルガモだからどうにか戦えていたが、ダガーでは貧弱過ぎた。
しかしそういうことなら、と俺は思いついたことを言う。
「それならクラレットさんの杖も買っちゃおうぜ。
ファイアーボールで仕留められるようになったら、大助かりだし」
「あ、いいですね。あとガウス君も鎧を買いましょう」
そりゃ嬉しいが、そこまで金あるかなぁ。
なんて考えていたら、おずおずとクラレットさんが口を開く。
「さすがにその、私の杖までは……悪いから」
「気にしないでくださいなー。これ、命かかってますからっ」
「そういうこと。助けると思って、火力を強化されてくれ」
どうせなら防具も揃えてあげたいんだよな。ステータス的に打たれ弱いのに、魔法の詠唱中は足が止まるから、多少は耐えられるだけの防御力を確保したい。
ただまあ、そこまでは金がないし、クラレットさんも気まずいだろう。ゴブリン退治の報酬が入るまで、そちらはお預けだ。
俺達は遠慮するクラレットさんを説得すると、またゴブリンに襲われても嫌なので、ラシアの街へ移動を開始する。
その道中、そう言えばキャラレベルもジョブレベルも上がっていたので、忘れない内に処理しておくことにした。
ステータスは筋力と体力を伸ばして、ちょっとだけ器用にも振っておく。MPのために知力を伸ばしたいという思いもあるが、本当にMPを増やす効果しかないのがジョブ的に悲しい。
それからスキルだが……うぅむ、どうしたものか。直感を伸ばすことは決めているが、別に今じゃなくていい。失敗しないように挑発を伸ばすか、火力のためにブレイクを伸ばすか。それとも新しいスキルを取得するか。
どうすっかなー、なんて呟きながらスキルウィンドウを弄っていた時、俺はそれに気付いた。
「ん、んん……!?」
「なんじゃガウス、いきなり喘ぎおって」
「うるせぇよエロカモ。いや、そうじゃなくてこれ、ちょっとこれ見てみんな!」
俺はスキルウィンドウを拡大表示して、みんなにそれを見せる。
それはブレイクのスキルであり、エンハンスの項目だ。
かつてグレーアウトしていたその項目には、しかし今、「イメージトリガー」の文字が輝いている。
「ほほう……チートか。やらかしおったな」
「違ぇよ!? 冗談でもチート呼ばわりはやめろって」
「すまんすまん。しかしどういうことじゃ?」
さあ? と首を捻る。心当たりがまったくない。
「けど、効果そのものは納得がいくんだよな。
ちゃんと使おうとしたわけでもないのに、スムーズにブレイクが発動してたから」
てっきり俺の意志の強さがそうさせたのだと思っていたが、実際は違ったらしい。
「どうなってんだろうなぁ……何かの条件満たすと、自然に開放されんのかな」
「ガウス君の特別な点と言えば……衛兵に殺された回数?」
嫌過ぎる。否定できないのが実に嫌過ぎる。
まあ真面目に考えて、そんなわけの分からないの条件ではないと思うんだが。
ああでもないこうでもないと話していたら、クラレットさんが言う。
「あの、それなら私もあるんだけど」
「「「え?」」」
マジで?
うん、と頷いたクラレットさんは、自身のスキルウィンドウを投影する。彼女が見せてくれたのはファイアーボールのスキルで、そのエンハンス項目には「投球」の文字があった。
ああー! なんで投げてるんだろうと思ってたけど、そういうこと!?
「いつからあったのか分からないけど、レベルが上がったからかなって。
投げてみたら、狙ったところに当たりやすくなったよ」
「お、おう……なあカルガモ、どう思う?」
「分からん。分からんけど、面白い」
だよなぁ! ゲーマーってのはそういう生き物だ。
新しい要素や、ランダム強化なんかを餌にされたら、文句を言いつつも楽しむ業の深い生き物なのだ。
スキルエンハンス――まだまだ謎だらけだが、夢が広がるじゃねぇか!
「あ、私もヒールに出てますね。回復力アップ! わぁい!!」
あの、いきなり大当たりっぽいの引かないでください。




