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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第十九話 祝福


 戦いも終わり、俺達はクランの拠点に戻っていた。

 ヨーゼフを野放しにすることへの不安はあったが、最後に見た姿は酷く憔悴しており、無意味に俺達へ仇なすこともないだろうと、見逃すことにした。

 クラレットの腕に関しては幸い、姐御の魔法や回復アイテムで復元することができた。彼女は上手く力が入らないと言っていたが、それが一時的なものなのか、それともノノカが言ったように代償としてずっと残るものなのかは、時間を置かないと分からないだろう。

 そして夕陽なのだが――――


「うーみゅ。こうして見ると、ツバメちゃんと双子みたいだにゃー」


「一応、あたしがお姉ちゃんってことになるのかな?

 ……お姉ちゃんって呼んでみて!」


「はン、血も繋がってねぇのに何言ってんだ」


 早速ツバメとのーみんに絡まれているが、あの様子ならすぐに馴染むだろう。

 本人の言うところによれば、データ的な意味で本体はツバメの中にあるままらしく、自分の意思で出たり消えたりもできるらしい。ツバメからあまり遠く離れると自分を維持できないとかで、長時間の単独行動は難しいとのこと。

 その在り方については、ノノカやシャーロットさんが高度な式神みたいなものだとも言っていたが、要は存在するためのリソースをツバメに依存しているということだ。悪影響がないか、シャーロットさんが今後も様子を見ると請け負っていたが、あまり心配はしなくていいらしい。

 注意しておくべきこと、考えておくべきことは他にもあるだろうけど、まあ大部分はツバメと夕陽の当人同士の問題だし、外野がそこまで首を突っ込むのは褒められたものじゃない。

 とりあえず俺の仕事は終わったと思うことにして、ソファーに腰掛けてお茶を飲む。そこへ姐御がやって来て、当然のような顔をして膝の上に座った。


「ふー。ガウス君もお疲れさまでしたー」


「おう、そっちもな。……裏で何かやってたんなら、言ってくれてもよかったのに」


「だってあの件は、関わりがあるかも分かりませんでしたからー」


 ヨーゼフの監視にカルガモを派遣したのは、二人の独断だ。

 本来の記憶を取り戻した魔術師がいるとなれば、放置しておくのも怖い。そう考えるのは分かるのだが、俺達に隠しておくほどのことでもない筈だ。

 そんな不満をぶつけるものの、


「何事もなければ後回しでいいと思っていたんですけど、裏目に出ちゃいましたね。

 そこは私達の認識が甘かったわけですから、素直にごめんなさいと言っておきます」


「謝られたら謝られたで、なんか怖い」


 言った途端、脇腹をつねられた。超痛い。

 悶絶した後、お怒りの姐御を宥めるように頭を撫でつつ、気がかりを確認することにした。


「あー、そんでさ。体の方、異常とかないか?」


「今のところは特に何もないですねー。ちょっと疲れた感じはしますけど、たぶん無関係ですし」


「そっか。ならよかった」


 姐御の命まで借りたのは我ながら無茶だったと思うし、反動があってもおかしくはない。まあ痛みとかあれば隠し通せる人じゃないし、本当に異常はないのだろう。

 心配事が減って安堵していると、テーブルにお茶の入ったカップが置かれる。人数分などという気遣いはまったくなく、自分のお茶だけ淹れた緑葉さんが、隣に座って口を開いた。


「私からもひとまず、お疲れさまと言っておくわ。あの子――夕陽のことはまた考える必要があるでしょうけど、差し迫った問題があるわけじゃないものね」


 言いながら視線は夕陽に向けられて、


「それにしても紛らわしいわね……顔も体格も雛鳥とほとんど同じだし。双子トリックなんて時代遅れだけど、区別のために髪型だけでも変えさせた方がいいかしら」


「俺なら匂いで分かるんだけどなぁ」


「いいこと駄犬? 人類はあんたみたいな嗅覚と下劣さは、標準装備してないの」


 人の個性を下劣と評する感性の方が下劣だと思いません?

 言葉のナイフに傷つけられて涙目を向けるが、緑葉さんは無視した。


「タルタルもよく平気ね。密着したら匂いなんて隠せないわよ」


「まあ今更ですしー。と言いますか、たぶん私達とガウス君で認識違いますよね?」


 首を回し、確認するように俺を見上げて姐御は言った。


「意識しなくても、当たり前のように個人を識別できるほどなら、匂いはあって当然と言いますか。服装や髪型といった、身嗜みの一部ぐらいにしか思っていないんじゃないですか?」


「あー、そんな感じ。キツめの香水とか制汗剤とか、ああいうのは苦手だけど」


 そういう意味で言えば、ノノカの用意してくれた香水はありがたかった。

 スキルの応用で作ったもので、香りが弱いと本人は話していたが、俺にはちょうどいい。体臭をしっかり隠せるほど強いものだったら、俺は拠点から逃げ出していたかもしれない。


「そんなものかしらね……ねえ。ちなみに聞いておくけど、タルタルや私の匂いはどう?」


 むぅ。匂いを知られるのを嫌がっていたクセに、気にはなるのか。

 不思議な感情だよなぁと思いつつ、


「姐御はほわっとしてんなぁ。強くはないけど、ちょっと離れてても分かるっつーか。緑葉さんはなんか、チクチクして枯れた匂い」


 言ったその瞬間、緑葉さんに顔面を鷲掴みにされた。

 や、やめ……! 筋力特化のアイアンクローは洒落になってない……!?


「どういう意味かしら? 私が枯れてるとか、そう言いたいの?」


「ち、がっ……ま、って……!」


 必死に抵抗して引き剥がす。巻き込まれた姐御を押し潰す形になってしまったが、俺のせいじゃない。今更、少しぐらいコンパクトになっても誤差だよ誤差。

 俺は「言い訳してみろ」と目で語る緑葉さんに対し、ごくりと唾を飲んで、慎重に言葉を選ぶ。


「え、えーと……これ、リアルの話な? 旅行の時に思ったことだからな?」


「そう」


 ごきりと指が音を立てる。俺の余命がマッハで減っていく。

 本当に減ってしまう前に、納得してもらうために推測を語る。


「たぶん使ってる石鹸とかのせいだ。薬用っつーか、ハーブとか入ってんじゃないか? あんま強くないけど、それがなんかチクチクする」


「……ふぅん」


 納得してくれたのか、アイアンクローが再び放たれることはなかった。

 ――ちなみにこの感想は旅行の時のものであり、今は香水を付けてない連中は基本的に薄めの獣臭っつーか、汗と垢の匂いがするのだが、それを口にしたら命がないような気がする。

 風呂を作ったとはいえ、汚れを落とすだけだからなぁ。服も洗剤で洗ってるわけじゃないし、どうしたって匂いが残るのは避けられないのだ。


「あ、そういやスピカは? なんか見ないけど」


 ともあれ、今の内に話を変えてやれと、姿の見えないスピカについて尋ねる。


「あの子犬なら寝てるわよ。最初はあんた達を待ってたけど、寝落ちしかけてたから部屋に行かせたわ」


「薄情っつーか、あいつらしいっつーか」


 呆れの苦笑を浮かべるが、それを窘めるように緑葉さんは言う。


「少しだるそうだったから、風邪でもひきかけてるんじゃない?

 あの子、湯上がりにちゃんと髪を乾かさないし、あんたからも注意しておきなさい」


「うっす。覚えてたら言っておきます」


「スピカさん、自分自身のことには結構、適当ですからねー」


 姐御が言うように、決してズボラではないのだが、リアルでも湯上がりのドライヤーとか面倒臭がるからなぁ。部屋の掃除とかはちゃんとするから、人に迷惑をかけたりはしないのだが。


「けどまあ、心配いらねぇだろ。ノノカも世界を元に戻すって言ってたし」


「今夜か明日中には、という話でしたねー」


 調節に手間取ったら明日に回すとか言っていたが、まあそれは保険みたいなものだろう。

 ノノカの言うところによれば、時間はこの世界の開始地点――あの旅行の翌日まで戻すらしいので、世間に混乱も起きないだろうとのこと。ただこの世界の出来事までなかったことにはできないので、元からのプレイヤーにはある程度、ぼんやりと記憶が残るだろうとも話していたが。


「いざ元に戻るとなると、寂しいものがあるな」


 そう言って会話に加わったのはロンさんだ。

 彼は眉間に深いシワを刻み、


「正直言って、この世界の商売は実にボロい……! リアルでは掘り尽くされた金脈がごろごろ転がっているのだ、叶うのなら私は私の利益のために、この世界を永遠のものとしたい……!」


「おいやめろ、あんたが言うと洒落になってねぇ」


「この守銭奴、帝国事件でまったく懲りてないわね」


「まあ待て、よく聞け貴様ら。世の中、金で買えないものにこそ本当の価値がある、という風潮があるだろう。噴飯ものではあるが、一理あることは認めよう。金で友情は買えないが、友情は金に変換できるからだ」


 最低の錬金術である。


「つまり金とは愛や友情の下位互換であるとも言えるわけだが、それらを必要としないのであれば、金こそがこの世の真理だ。ふふふ、一つ賢くなったな? そしてこの世界であれば、真理を稼ぎ放題。商人としてこれほどの商機を見逃すのは、ただの阿呆だな! 賢くなった貴様らなら、何が正しいかはもう分かるだろう?」


 俺は無言でインベントリから手斧を引き抜いた。


「ちっ、これだけ言っても金の価値が分からん野蛮人め!」


「というかですね、ロンさん」


 姐御が白い目を向けて、


「私達は一応、世界を好き勝手させないために動いてるわけじゃないですか。なのに私達が好き勝手するのは、ちょっといがかなものかなー、と思うんですけど」


「主語を大きくしないでもらおうか。――これは私の私利私欲だ」


「知ってたけど最低ですねこの人!」


 何が恐ろしいって半ば本気で言ってんだよな、ロンさん。

 自分の利益を最大化できるなら、世界なんてどうでもいいと思っているからこその発言だ。ぶっちゃけ身内じゃなかったら、始末しておいた方が世の中のためだろう。

 と、そう思ったところであくびを噛み殺す。


「? ガウス君もおねむですか?」


「んー、ちっと眠い」


 答えて、姐御を横にどけてから俺は腰を上げた。

 まだ気になることや、話しておきたいことはいくつかあるが、後回しにしていいものばかり。居残っても雑談の方が割合としては多くなりそうだし、さっさと寝てしまおう。


「ここで寝落ちすると何されっか怖いし、もう部屋で寝るわ」


 そう告げて、俺はリビングを離れて自室に移動した。

 二台あるベッドの内、片方ではスピカが寝息を立てている。よく眠っているようなので、起こさないように気をつけながら、俺も自分のベッドに潜り込んだ。

 目を閉じ、この奇妙な生活も終わりかと思うと、少し名残惜しいように感じる。いや、ロンさんみたいに私利私欲に走るつもりはないが、これはこれで楽しい日々だったとも思うのだ。

 この世界を永遠のものに――とは思わないが、もう少しだけ続けたい。

 けどまあ、それは正しくない願いで、名残惜しいぐらいがちょうどいい。

 惜しまれている内が華というのも、また少し違うけれど。

 自分の帰るべき場所まで見失ってしまったら、この世界も色褪せてしまうだろう。


「………………あ」


 そういや忘れてたけど、カルガモってどうなってんだ……?

 まあ命の心配はないだろうと、俺は眠気に身を委ねることにした。

 どうせ死んだとしても、あいつは死に戻りできるのだから。


     ○


 自分のベッドで目を覚ます。

 上体を起こして軽く伸びをしてから、電脳で日付を確認する。……間違いなく旅行の翌日であることを確かめ、二度目となるこの朝が、今度こそ現実なのだと安堵する。

 さて、それじゃあ本当に安心していいかどうか、確かめようか。

 俺は電脳の連絡先から茜を探し、通話をかけることにした。

 数秒ほど待ったところで、


『もしもし、茜です。おはよう、幹弘さん』


「おっす、おはようさん。朝一で迷惑かとも思ったけど、確認したくてな」


『うん……右手ね、やっぱり駄目みたい』


 答える声には僅かな苦笑と、虚勢ではない明るさがあった。


『物を持ったりはできるけど、指先の感覚があんまりなくて。肩も上手く上がらない』


「……気のせいかもしんねぇけど、残念そうじゃないな」


『うん。むしろスッキリしたかも』


 少しの沈黙があって、


『昔、野球してたって話したよね? その未練が、まだあったんだと思う。

 でも右腕が死んで――やっと、諦めがついた』


「ノノカに頼んだら、治せるかもしれないぜ?」


『大丈夫。私に必要なのは、この右腕だと思うから』


 迷わずに言い切る声には、ただ強さだけがあった。

 彼女は彼女なりに、いつかの未練に決着をつけたのだろう。

 これから先、右腕を治せばよかったと悔やむ時がくるかもしれないが、それも受け入れた。

 後悔を抱えて踏み越えて行くことが、彼女には何よりも価値あることなのだ。


「分かった。――よかったな、茜」


 同情は必要ない。

 その選択ができたことを、祝うだけだ。


『うん。――ありがとう、幹弘さん』


 明るい声で言う彼女は、きっと、苦難の道を選んだ。

 もっと賢く生きることもできる筈なのに、そんなことよりも納得を選んだ。

 だから心配せずとも、彼女は一人でもその道を歩いて行けるだろう。

 失った右腕は、その道を照らす灯火になったのだから。


「――んじゃ、確認もできたことだし、通話切るな。

 メシ食ったら朝陽の様子も伝えるよ」


『あ、そっか。朝陽そっちに泊まってるんだったね。

 夕陽ちゃんのことも気になるし、お願い』


「あいよ。そんじゃあまた後でな」


 通話を終えて、俺は部屋を出る。

 体感的には久々の米が食えると、ちょっぴり浮かれ気分。

 ゲーム世界も悪くはなかったが、米がなけりゃ理想郷には程遠いのであった。

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