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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第十八話 ハッピーエンド


「ふーむ……ハニートラップという言葉がまずかったのだろうか?

 色仕掛けによる魅了は立派な魔術だよ、お嬢さん」


 ツバメのツッコミに対し、優しく言い聞かせるようにヨーゼフさんは答えた。


「最も身近な例は化粧だろう。あれも古くは虫除けや魔除けとして施されたものだ。そういった文化を今でも継承する地域などもあるが――まあ、本題は美しく装うための化粧だ。

 自己表現や身嗜みと言い訳する者もいるが、その本質は異性を誘惑することだ。そこには願いと信仰があり、化粧の力で他者の心を虜にせんとするのは、魔術的行為と言って不足はないだろう」


 まあ、普通の化粧を魔術だとは思わないが、歴史を振り返れば過言でもないか。

 肌を白く見せるために瀉血したり、毒性がある化粧品でも美しさのために使い続けたり。そうした執念、思いの強さというものには、上辺だけの美しさではない何かが宿っても、不思議ではない。


「そうは言っても、本当に心を奪ってしまえるほどの魔術は難しい。不可能だとは言わないが、この世界には私の魔道書もない。――化粧を施しただけの、急拵えの魔道書では無理だろうね」


 ()()()。それはいつかシャーロットさんが説明してくれたものだ。

 魔術を使える機能を持った道具の総称。だがヨーゼフさんの言い方では、ただの道具にならない。この人は化粧を施した他人を、魔道書であると言い切ってしまえるのだ。


「今回は化粧だけではなく、酒や媚薬を使った魔術も併用した。対策を講じているならばともかく、素人に抗えるものではない。ほんの少しでも警戒を緩めてしまえば、魅了の魔術は成功だ。

 カルガモ殿には少々お話をしてもらい、気持ちよく眠っていただいているよ」


「……カモさんは油断する癖がありますから、ずっと警戒するのは無理でしょうね」


 姐御が感想を呟く。カルガモは最終的に荒事なら勝てると考えるせいか、確かに油断しやすいところがある。本来ならそれは弱点にもならない些細な悪癖だが、相手が――いや、相性が悪かったか。

 そう考えていると、ヨーゼフさんが姐御に問いかけた。


「さて。種明かしの対価というわけでもありませんが、どうして私を疑われたのか、お尋ねしてもよろしいか? 正体は上手く隠していたと思うのですが」


「それは――」


 何かを確認するように、姐御は一瞬だけ俺に目線を向けてから、


「ガウス君の武器を借りに行った時ですねー。あの時、浮いた話はないのかと聞かれて、答えましたよね? 大人になれば当たり前のように結婚すると思っていた、と」


「その通りですな。――心の傷を抉るのはやめていただきたい」


「あ、いえ、それが疑った理由なので。子供の頃の記憶を前提とした回答は、正常な記憶を取り戻している証拠です。あの時から私は、あなたが魔術師ではないかと疑っていました」


「……なるほど。私は自分で思うほど冷静ではなかった。それが原因というわけですな」


「思ったんだけど、そういう解釈するのがモテない原因じゃねぇの?」


 つい口を挟んで告げた言葉に、ヨーゼフさんが硬直した。

 場に気まずい沈黙が流れた時、嘆息を吐いてシャーロットさんが口を開いた。


「それで、お前は何を目的にしてこの場に現れたんだ?」


「おっと。そうだな、まずはっきりさせておくが、敵対する意思はない」


 答えながら、ゆっくりと歩き出して彼は続ける。


「君はアルマゲストの古橋女史だったか。いかに私でも、魔術結社と事を構えるのは荷が重い。ましてやノノカ殿のような、古き幻想の不興を買っては生きた心地がしない。

 いいかね? 正しく認識して欲しいのだが、立場が弱いのは私だ。姿を現したのも、誠意の表れだと思ってもらいたい。事を荒立てるのなら、隠れて魔術を仕込むべきだからね」


 奇妙な態度だ、と違和感を覚える。

 敵対したくない、自分の立場が弱いと言いながら、勿体ぶった言い回しは挑発に近い。皆も同じように感じているのか、空気が緊張感を増しているのを肌で感じることができた。

 何より彼は、シャーロットさんの素性をとっくに調べ上げている。その周到さだけでも、油断していい相手ではないと、認識を改めるのには充分だ。


「さて、それで私の目的だが――率直に言おう。そちらの右腕を、譲っていただきたい」


 彼の目が、地面に転がる顔剥ぎセーラーの腕を見た。

 夕陽とは物理的にも霊的にも切り離されたそれは、彼自身が言ったように顔剥ぎセーラーの本質であり、顔剥ぎセーラーという物語を受け止める唯一の器だ。

 最早それは残骸に過ぎないが、自ら動きはしないというだけで、ともすれば内包するエネルギーは夕陽よりも上だろう。見方を変えれば夕陽は削ぎ落とされた不純物であり、この右腕こそは変わらず顔剥ぎセーラーで在り続けているのだから。


「――ハ。気持ち悪ぃこと言うなよ、おっさん」


 腕の持ち主は誰かと言えば、それは夕陽ということになるだろう。

 彼女は嫌悪と、些かの戦意を顔に出して言った。


「別に今更、そいつを惜しんだりはしねぇけどよ。他人に持って行かれちゃあ気分が悪い。その相手がモテねぇおっさんともなりゃあ尚更だぜ」


「それは残念。――では、こうしようか」


 言って、ヨーゼフさんは手を強く打ち鳴らし、大きな音を立てた。

 不意打ちのような出来事に、彼を警戒していた者は俺も含めて身構えた。具体的に何かが起きたわけではない以上、身構えると言っても反射的なもの。浅く腰を落とし、何が起きても対応できるように構えただけだ。

 ――なのに、次の瞬間には目眩に襲われ、立っていられなくなる。

 無事に立っているのは、シャーロットさんとノノカの二人だけだった。


「ふん。魔術と呼ぶよりは手品だな」


 蔑むように言って、シャーロットさんは冷たい目をヨーゼフさんに向けた。


「音で驚かせて、皆に同じような構えを取らせる。その瞬間、自分も同じポーズを取る。心理学で言うところのミラー効果だ。仕草を真似ることで、無意識下に自分は仲間だと思わせたのだろう。

 警戒させておきながら、その内側へと潜り込む。あとは無防備な精神に、自身の平衡感覚あたりを感染させてやれば、転ばせることぐらいはできるだろう」


「ほう、慧眼だな。やはり見抜くか」


「侮るなよ。あの程度の手品を見抜けずして、何が魔術師か。

 さて――下らん見世物だったが、見世物であるなら攻撃ではないだろう。敵対して欲しければ攻撃するといい。私から先制攻撃すると、お前が可哀想だ」


「………………」


 ヨーゼフさんは言葉もなく、シャーロットさんを睨め付けた。

 彼女の言葉は苛烈な挑発だった。明確な敵対行為と言っていいものを、見世物と切って捨てる。それは己の技に誇りを持つ者であれば、いかにも度し難い。

 だが――数秒の睨み合いの末、ヨーゼフさんは破顔した。


「素晴らしい胆力だ、古橋女史。本当に攻撃されては困るだろうに」


 数度、讃えるように。あるいは愚弄するように拍手をして、


「間に合わせだが、私は魔道書を用意してこの場に立っている。だが君はどうだ? 最低限の備えぐらいはしているかもしれないが、本格的な魔道書は用意できていないのではないかね」


「試してみればいいだろう。まさかできないことを口にしているわけじゃないでしょう?」


 両者の間に、再び緊張の糸が張り詰めていく。

 シャーロットさんの挑発は、己の実力に絶対的な自信があるからか、それともただのハッタリか。ヨーゼフさんは本当に攻撃をしたくないだけなのか、それとも攻撃できない理由があるのか。


「――意地の張り合いはそのぐらいにしておきなよ、同胞ども」


 答えを確信したのは、これまで静観を決め込んでいたノノカだった。

 彼女は二人へ等分に呆れの目を向けて、


「シャーロットの手持ちで機能するのはタバコしかないし、ヨーゼフだっけ? お前さんも使えそうな魔道書は、もう使い切っているだろう」


「……やれやれ。隠し事はできませんな」


 肩を竦めて苦笑したヨーゼフさんは、胸に手を当てて頭を下げた。


「失礼、お手を煩わせてしまいましたな」


「自分を大きく見せるのは交渉の常套手段だが、やり過ぎはよろしくないね。

 カルガモの旦那ほどの剣士を相手に、出し惜しみするのは馬鹿のすることだ。あんたの腕前を勘定に入れても、余力を残すのは難しい」


「まったくもって。見栄を張らせていただきましたが、彼の対処には工房でも不充分。ありったけの魔道書で神殿をでっち上げて、ようやくといったところでしたね」


 ……どうやらハッタリの応酬だったということらしい。

 彼の言葉が今度こそ真実なら、カルガモも大きく貢献していたことになる。知らない用語が混じっているので判断は難しいが、あいつを封じるために大掛かりな仕掛けが必要だったのだろう。

 そして彼は、交渉というノノカの言葉を否定しなかった。

 そのことから考えると、彼は敵対しないギリギリのラインを探って、優位に立とうとしていたのだろう。魔術という力を背景に、しかしそれがもうほとんど使えないことを悟られないように。


「――――ただし、私自身も魔道書でしてね」


 だが、彼は狙いを明かされるこの時を待っていた。

 あえて警戒させ、今度は安堵させることで油断を誘ったのだ。

 精神に隙を作り上げる手腕こそが、おそらくは彼の最大の武器。シャーロットさんとの対立も、ノノカの仲裁も、そうなるように仕向けたもの。

 真にこの魔術師を警戒するのなら、聞く耳を持つべきではなかった。

 ――そして、音が響いた。

 シャーロットさんの半身が陶器のように罅割れ、――ヨーゼフの右目が破裂したのだ。


「がっ……!?」


 暗い眼窩から血を流し、ヨーゼフが崩れ落ちる。

 その姿を見下ろしたシャーロットさんは、つまらなさそうに言う。


「ああ、やっぱり可哀想なことになってしまったか」


「お前さんは私の言葉を素直に信じ過ぎだねぇ」


 けらけらと笑って、ノノカは続ける。


「シャーロットはある意味、お前さんの同類さ。お前さんは右目を魔道書に仕上げていたみたいだが、シャーロットは全身がそうだ。理想の自分として作り上げたアバターは、錬金術が目指す到達点の一つ、完全なる人体に近い。

 少なくとも防御の一点においては、人間が実現し得る最高峰だねぇ」


「傷を付けただけでも大したものだが、まあ、相手が悪かったな」


 ……二人の様子から察するに、この結果を予想していたのだろう。

 術中にハマったフリをして、ヨーゼフの自滅を狙っていたのかもしれない。


「では、改めて問おうか。――目的を言え、三下」


 眼球破裂の痛みに苦しんでいたヨーゼフは、その問いで動きを止めた。

 ゆるゆると上げられた顔には、隠しようのない諦めが浮かんでいる。


「誓って言うが裏はないよ、古橋女史。……これはただの我欲だ」


 張りをなくした声で、ヨーゼフは明かす。


「現代では滅多にお目にかかれない、極めて上質な呪いの塊があると知って、どうして我慢できようか。あの右腕を魔道書にできれば、私の歩みは確実に前へと進むのだからね」


「馬鹿め。現代から消えたものは、人の手に余るから消えたんだ。そんなことも分からないほど、耄碌しているわけではないだろう」


「その通りだ。まさに身を以て知っている」


 告げられた言葉に、シャーロットさんの表情が歪んだ。

 それは軽蔑と言うよりも、もっと単純に嫌悪だろう。理解できないものに向ける感情ではない。理解できるからこそ、彼女はただ単にヨーゼフを気持ち悪いと感じたのだ。


「……お前はリアルでも、自分自身の肉体を魔道書に作り変えているのか」


「寝たきりとまではいかないが、不便な体になっているのは確かだとも」


 そして、ヨーゼフは血に染まった顔で、不釣り合いなほど穏やかに笑った。


「だがそれがどうした。そんなもの、足を止める理由にはなるまい。我ら魔術師という生き物は、捨て切れぬ執着があるからこそ、その道を選んだのだぞ。

 故に諦めん。どんな代償を支払うとしても、私はその右腕を追い求めよう」


 ここまで追い込まれてなお、ヨーゼフに諦めるという選択肢はなかった。

 魔術師らしい魔術師を、シャーロットさんしか知らない俺にすれば、その姿は異様に映る。魔術師というものは本来、こういう人種なのだと思い知らされた気がした。

 この執着と妄念こそが魔術師の原動力。ならば目的を果たすまで、彼は止まらない。


「どうしましょうかねー?」


 眉を下げて、姐御は意見を求めるように夕陽を見た。

 結局のところ、この問題は彼女の意思次第だ。右腕を渡してしまえば、ヨーゼフも殊更に危害を加えようとはしないだろう。だが拒否し続ければ、彼は死ぬまで追い求めるに違いない。

 選択は二つに一つ。腕を渡すか、彼を殺すかだ。


「……渡したくはねぇけどよ」


 感情としては当然、そうなるだろう。だからといって、殺すのは極端だと思っている感じか。

 困り顔をした夕陽は、助けを求めるようにノノカへ目を向けるが、


「私が手を貸すのは、ちょっとルール違反だねぇ。

 迷惑をかけられたり、無関係な他人を巻き込むなら、話は別だけど」


 あえてルールを口にしたのは、ヨーゼフへの助け舟だったのかもしれない。

 その範囲内であれば自分は介入しないと、明言したようなものだからだ。

 ……ノノカはおそらく、魔術師らしいヨーゼフに肩入れしている。チャンスがあるなら上手く立ち回ってみせろと、言外に伝えているのだろう。

 ノノカは頼りにならないと思ったのか、夕陽はそこで俺を見た。


「ガウス、お前ならどうする」


「ん、俺?」


 口を挟むのも筋違いかと思っていたが、


「面倒臭いから殺そうぜ!」


 手っ取り早くて、後腐れのない解決を笑顔で伝える。


「死体の処理はシャーロットさんに頼んでいいよな? 魔術関係ってことなら、コネ使えるだろうし」


「ま、まあ、できなくはないけど」


「よし。つーわけだ、殺そうぜ。躊躇いがあるなら、俺がやってもいいぞ」


「……あー、いや、ちょっと待て。少し待てガウス、な」


 何故か待ったをかけて、夕陽は皆――特にツバメや姐御、クラレットを見て、


「マジで?」


 問いに、それぞれ微妙に表情は違うものの、頷きを返す。

 それを確認した夕陽は「そっかぁ」と呟いて、


「あたしとしては、なんだ。やり過ぎじゃねぇかって思うんだけど」


「けど、殺せばそれで終わりだぜ?」


「そりゃそうだけどよぉ」


「が、ガウス殿? もう少しその、命を尊重してもらえたら嬉しいのだが」


 どの口で言ってるのやら。

 呆れながらヨーゼフを見下ろせば、その左目と視線がぶつかった。

 視線が気持ち悪いというか、物理的になんか不愉快だったので蹴り倒しておく。


「懲りねぇなあんた。今、何かの魔術を使っただろ」


「いや、それは――というか、どうして平気なのかね」


 這いつくばった姿勢のまま、心底不思議そうにヨーゼフは言う。


「命を尊ぶという、当たり前の共感を利用した魔術だったのだが」


「……それはあんたがそう思ってないと、効果がないんじゃねぇのか?」


 きっとそういうことだ。

 姐御が「逆ですよ逆」とかツバメに言ってるが、問い詰めるのはまた後日でいい。

 尊重すべきものがあるとしたら、それはやっぱり夕陽の意思なのだが、


「なあ夕陽。やっぱ殺すのは駄目か」


「……駄目だ。だって、あたし一人のことじゃないだろ。

 あたしがやっても、お前がやっても、お前らに人殺しの片棒を担がせるようなもんだ」


 うーむ。そんなところまで気を回すのも、ツバメを参考にしたせいか。

 となれば、ツバメも内心では同じように思うだろうし――仕方ない。


「じゃ、腕をくれてやるしかないだろ。

 流石にエロいことに使ったりはしないだろうから、そこだけは安心できるぞ」


「やっぱそうなるか……」


 夕陽は諦めたように息を洩らし、対照的にヨーゼフは目を輝かせた。

 望まぬ形ではあるが、これで一件落着だと誰もが思った時だ。


「――じゃあ、私がやる」


 そう言って、一歩を踏み出したのはクラレットだった。

 彼女は地面に転がる顔剥ぎセーラーの右腕の傍で屈み、


「結局、これがなくなればいいんだよね?」


 まあ、そういうこと……ではあるか。

 なくなってしまえば、その扱いを巡って争う必要もないのだから。

 だが腕に指先を伸ばそうとしたクラレットへ、ノノカが声をかけた。


「やめときなクラさん。ヨーゼフも言ってただろ、それは呪いの塊だって。

 簡単に壊せるようなものじゃないし、壊しても意味がない。今は腕の形をしているだけで、それはバラバラに砕いても機能する。形は重要じゃないんだよ」


「そう、分かった」


 答えて、お構いなしにクラレットは指を伸ばした。

 嫌な予感がした。

 根拠はないが、取り返しがつかないことになると。

 だけどその予感は、俺を動かす理由にも、クラレットを止める理由にもならなかった。

 だから――その指先が触れた時、顔剥ぎセーラーの腕が炎に包まれても、声を上げなかった。


「な――や、やめろ! 何をしている……!?」


 飛び出そうとしたヨーゼフを蹴り飛ばす。

 仮に動いたのがお前じゃなかったとしても、俺は同じようにしただろう。

 誰にも邪魔はさせない。覚悟して行うことは、見届けるのが筋というものだ。


「クラレット!」


 名を呼んだのはツバメだった。

 真意を問おうとする声に、クラレットはただ微笑んで答える。


「大丈夫。――やっと私も、ツバメの力になれる」


 炎が勢いを強めて、触れている指先を先端から焦がしていく。

 顔剥ぎセーラーの腕は抗うかのごとく、煙とは違う、黒い靄を吐き出す。

 あれはカタチのない呪いだ。顔剥ぎセーラーという物語を作り上げ、成立させた人々の願い。かくあれかしと怪物を望んだ、無責任な信仰の成れの果て。

 呪いは喘ぐように蠢き、救いを求めてクラレットの右腕に絡みついた。

 その炎を止めろ。人々の呪い(いのり)を否定するなと抵抗する。


「――――――!!」


 声にならない声で、クラレットは吼えた。

 それは痛みに耐える悲鳴であり、呪いを罵る罵声でもあった。

 こんなものがあるからいけないのだと、心のままに火力を上げる。

 やがて――顔剥ぎセーラーの右腕は、クラレットの右腕と共に焼却される。

 何もかもが灰になるのを見届けてから、彼女は仰向けに倒れ込んだ。


「クラレット……!」


 駆け寄ったツバメが、クラレットを抱き起こす。

 右腕はほとんど残っていない。肩から少しだけ、名残りのように生えているだけだ。

 そんな惨状だというのに、クラレットは妙にすっきりした様子で笑っていた。


「私も昔、助けてもらったから。これでおあいこ」


「そんなの気にしなくていい! ……タルさん!」


「あ、はい! すぐヒールします!」


 ちゃんと治ればいいんだが……。

 そう思いながら、俺は彼女達を満足そうに見るノノカに声をかけた。


「あれでよかったのか?」


「うん、正解だねぇ。方向性が違うだけで、呪いと祈りは同じものだ。

 自分の腕まで犠牲にして捧げた祈りだから、大部分は相殺できた筈だよ」


 そうか。少しは残るのかもしれないが、その程度ならヨーゼフが血眼になって求める価値もないだろう。

 一つ安堵して、俺はもう一つの懸念を口にする。


「あれ、治るのか?」


「どうだろうねぇ。言ってしまえばあれは、自分を生贄にしたようなものだ。

 形を復元することはできても、機能まで戻るかどうか」


「その時はその時だな。困ったことがあったら、頼らせてもらうよ」


「構わないさ。お代はもらうけどね」


 ちゃっかりしてらぁ。

 苦さの多い苦笑を浮かべると、ノノカの方からも問いかけてきた。


「兄さんはあれでよかったのかい?

 一番楽なのはヨーゼフを殺すことだったけど、後悔とかさ」


「そりゃまあ、後悔してないって言ったら嘘になるけどよ」


 だけどそれは、クラレットを止めていても同じことだ。

 どちらの後悔を選ぶかが問題なのであって、後悔するのは確定している。

 だから、


「俺もあいつも、納得できる後悔を選んだと思うことにするよ」


 いつかクラレットが、俺の後悔を見届けてくれたように。

 今回は俺が、あいつの後悔を見届ける番だったというだけのこと。

 そう納得した以上、もう抱えてしまったものを嘆く必要はないだろう。


「兄さんもクラさんも、変な生き方してるねぇ」


 失礼なことを言って、ノノカはおかしそうにけらけらと笑う。

 まだまだ後始末は続きそうだが――とりあえず、これでハッピーエンドだ。

塩が!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゲーム内とはいえ(そもそもこの状況でのダメージが現実にどう反映されるかも謎ですが)片腕犠牲にするってクラレットもだいぶガウスに毒されてる感が… いやまあ今更かもしれない…?
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