第十八話 ハッピーエンド
「ふーむ……ハニートラップという言葉がまずかったのだろうか?
色仕掛けによる魅了は立派な魔術だよ、お嬢さん」
ツバメのツッコミに対し、優しく言い聞かせるようにヨーゼフさんは答えた。
「最も身近な例は化粧だろう。あれも古くは虫除けや魔除けとして施されたものだ。そういった文化を今でも継承する地域などもあるが――まあ、本題は美しく装うための化粧だ。
自己表現や身嗜みと言い訳する者もいるが、その本質は異性を誘惑することだ。そこには願いと信仰があり、化粧の力で他者の心を虜にせんとするのは、魔術的行為と言って不足はないだろう」
まあ、普通の化粧を魔術だとは思わないが、歴史を振り返れば過言でもないか。
肌を白く見せるために瀉血したり、毒性がある化粧品でも美しさのために使い続けたり。そうした執念、思いの強さというものには、上辺だけの美しさではない何かが宿っても、不思議ではない。
「そうは言っても、本当に心を奪ってしまえるほどの魔術は難しい。不可能だとは言わないが、この世界には私の魔道書もない。――化粧を施しただけの、急拵えの魔道書では無理だろうね」
魔道書。それはいつかシャーロットさんが説明してくれたものだ。
魔術を使える機能を持った道具の総称。だがヨーゼフさんの言い方では、ただの道具にならない。この人は化粧を施した他人を、魔道書であると言い切ってしまえるのだ。
「今回は化粧だけではなく、酒や媚薬を使った魔術も併用した。対策を講じているならばともかく、素人に抗えるものではない。ほんの少しでも警戒を緩めてしまえば、魅了の魔術は成功だ。
カルガモ殿には少々お話をしてもらい、気持ちよく眠っていただいているよ」
「……カモさんは油断する癖がありますから、ずっと警戒するのは無理でしょうね」
姐御が感想を呟く。カルガモは最終的に荒事なら勝てると考えるせいか、確かに油断しやすいところがある。本来ならそれは弱点にもならない些細な悪癖だが、相手が――いや、相性が悪かったか。
そう考えていると、ヨーゼフさんが姐御に問いかけた。
「さて。種明かしの対価というわけでもありませんが、どうして私を疑われたのか、お尋ねしてもよろしいか? 正体は上手く隠していたと思うのですが」
「それは――」
何かを確認するように、姐御は一瞬だけ俺に目線を向けてから、
「ガウス君の武器を借りに行った時ですねー。あの時、浮いた話はないのかと聞かれて、答えましたよね? 大人になれば当たり前のように結婚すると思っていた、と」
「その通りですな。――心の傷を抉るのはやめていただきたい」
「あ、いえ、それが疑った理由なので。子供の頃の記憶を前提とした回答は、正常な記憶を取り戻している証拠です。あの時から私は、あなたが魔術師ではないかと疑っていました」
「……なるほど。私は自分で思うほど冷静ではなかった。それが原因というわけですな」
「思ったんだけど、そういう解釈するのがモテない原因じゃねぇの?」
つい口を挟んで告げた言葉に、ヨーゼフさんが硬直した。
場に気まずい沈黙が流れた時、嘆息を吐いてシャーロットさんが口を開いた。
「それで、お前は何を目的にしてこの場に現れたんだ?」
「おっと。そうだな、まずはっきりさせておくが、敵対する意思はない」
答えながら、ゆっくりと歩き出して彼は続ける。
「君はアルマゲストの古橋女史だったか。いかに私でも、魔術結社と事を構えるのは荷が重い。ましてやノノカ殿のような、古き幻想の不興を買っては生きた心地がしない。
いいかね? 正しく認識して欲しいのだが、立場が弱いのは私だ。姿を現したのも、誠意の表れだと思ってもらいたい。事を荒立てるのなら、隠れて魔術を仕込むべきだからね」
奇妙な態度だ、と違和感を覚える。
敵対したくない、自分の立場が弱いと言いながら、勿体ぶった言い回しは挑発に近い。皆も同じように感じているのか、空気が緊張感を増しているのを肌で感じることができた。
何より彼は、シャーロットさんの素性をとっくに調べ上げている。その周到さだけでも、油断していい相手ではないと、認識を改めるのには充分だ。
「さて、それで私の目的だが――率直に言おう。そちらの右腕を、譲っていただきたい」
彼の目が、地面に転がる顔剥ぎセーラーの腕を見た。
夕陽とは物理的にも霊的にも切り離されたそれは、彼自身が言ったように顔剥ぎセーラーの本質であり、顔剥ぎセーラーという物語を受け止める唯一の器だ。
最早それは残骸に過ぎないが、自ら動きはしないというだけで、ともすれば内包するエネルギーは夕陽よりも上だろう。見方を変えれば夕陽は削ぎ落とされた不純物であり、この右腕こそは変わらず顔剥ぎセーラーで在り続けているのだから。
「――ハ。気持ち悪ぃこと言うなよ、おっさん」
腕の持ち主は誰かと言えば、それは夕陽ということになるだろう。
彼女は嫌悪と、些かの戦意を顔に出して言った。
「別に今更、そいつを惜しんだりはしねぇけどよ。他人に持って行かれちゃあ気分が悪い。その相手がモテねぇおっさんともなりゃあ尚更だぜ」
「それは残念。――では、こうしようか」
言って、ヨーゼフさんは手を強く打ち鳴らし、大きな音を立てた。
不意打ちのような出来事に、彼を警戒していた者は俺も含めて身構えた。具体的に何かが起きたわけではない以上、身構えると言っても反射的なもの。浅く腰を落とし、何が起きても対応できるように構えただけだ。
――なのに、次の瞬間には目眩に襲われ、立っていられなくなる。
無事に立っているのは、シャーロットさんとノノカの二人だけだった。
「ふん。魔術と呼ぶよりは手品だな」
蔑むように言って、シャーロットさんは冷たい目をヨーゼフさんに向けた。
「音で驚かせて、皆に同じような構えを取らせる。その瞬間、自分も同じポーズを取る。心理学で言うところのミラー効果だ。仕草を真似ることで、無意識下に自分は仲間だと思わせたのだろう。
警戒させておきながら、その内側へと潜り込む。あとは無防備な精神に、自身の平衡感覚あたりを感染させてやれば、転ばせることぐらいはできるだろう」
「ほう、慧眼だな。やはり見抜くか」
「侮るなよ。あの程度の手品を見抜けずして、何が魔術師か。
さて――下らん見世物だったが、見世物であるなら攻撃ではないだろう。敵対して欲しければ攻撃するといい。私から先制攻撃すると、お前が可哀想だ」
「………………」
ヨーゼフさんは言葉もなく、シャーロットさんを睨め付けた。
彼女の言葉は苛烈な挑発だった。明確な敵対行為と言っていいものを、見世物と切って捨てる。それは己の技に誇りを持つ者であれば、いかにも度し難い。
だが――数秒の睨み合いの末、ヨーゼフさんは破顔した。
「素晴らしい胆力だ、古橋女史。本当に攻撃されては困るだろうに」
数度、讃えるように。あるいは愚弄するように拍手をして、
「間に合わせだが、私は魔道書を用意してこの場に立っている。だが君はどうだ? 最低限の備えぐらいはしているかもしれないが、本格的な魔道書は用意できていないのではないかね」
「試してみればいいだろう。まさかできないことを口にしているわけじゃないでしょう?」
両者の間に、再び緊張の糸が張り詰めていく。
シャーロットさんの挑発は、己の実力に絶対的な自信があるからか、それともただのハッタリか。ヨーゼフさんは本当に攻撃をしたくないだけなのか、それとも攻撃できない理由があるのか。
「――意地の張り合いはそのぐらいにしておきなよ、同胞ども」
答えを確信したのは、これまで静観を決め込んでいたノノカだった。
彼女は二人へ等分に呆れの目を向けて、
「シャーロットの手持ちで機能するのはタバコしかないし、ヨーゼフだっけ? お前さんも使えそうな魔道書は、もう使い切っているだろう」
「……やれやれ。隠し事はできませんな」
肩を竦めて苦笑したヨーゼフさんは、胸に手を当てて頭を下げた。
「失礼、お手を煩わせてしまいましたな」
「自分を大きく見せるのは交渉の常套手段だが、やり過ぎはよろしくないね。
カルガモの旦那ほどの剣士を相手に、出し惜しみするのは馬鹿のすることだ。あんたの腕前を勘定に入れても、余力を残すのは難しい」
「まったくもって。見栄を張らせていただきましたが、彼の対処には工房でも不充分。ありったけの魔道書で神殿をでっち上げて、ようやくといったところでしたね」
……どうやらハッタリの応酬だったということらしい。
彼の言葉が今度こそ真実なら、カルガモも大きく貢献していたことになる。知らない用語が混じっているので判断は難しいが、あいつを封じるために大掛かりな仕掛けが必要だったのだろう。
そして彼は、交渉というノノカの言葉を否定しなかった。
そのことから考えると、彼は敵対しないギリギリのラインを探って、優位に立とうとしていたのだろう。魔術という力を背景に、しかしそれがもうほとんど使えないことを悟られないように。
「――――ただし、私自身も魔道書でしてね」
だが、彼は狙いを明かされるこの時を待っていた。
あえて警戒させ、今度は安堵させることで油断を誘ったのだ。
精神に隙を作り上げる手腕こそが、おそらくは彼の最大の武器。シャーロットさんとの対立も、ノノカの仲裁も、そうなるように仕向けたもの。
真にこの魔術師を警戒するのなら、聞く耳を持つべきではなかった。
――そして、音が響いた。
シャーロットさんの半身が陶器のように罅割れ、――ヨーゼフの右目が破裂したのだ。
「がっ……!?」
暗い眼窩から血を流し、ヨーゼフが崩れ落ちる。
その姿を見下ろしたシャーロットさんは、つまらなさそうに言う。
「ああ、やっぱり可哀想なことになってしまったか」
「お前さんは私の言葉を素直に信じ過ぎだねぇ」
けらけらと笑って、ノノカは続ける。
「シャーロットはある意味、お前さんの同類さ。お前さんは右目を魔道書に仕上げていたみたいだが、シャーロットは全身がそうだ。理想の自分として作り上げたアバターは、錬金術が目指す到達点の一つ、完全なる人体に近い。
少なくとも防御の一点においては、人間が実現し得る最高峰だねぇ」
「傷を付けただけでも大したものだが、まあ、相手が悪かったな」
……二人の様子から察するに、この結果を予想していたのだろう。
術中にハマったフリをして、ヨーゼフの自滅を狙っていたのかもしれない。
「では、改めて問おうか。――目的を言え、三下」
眼球破裂の痛みに苦しんでいたヨーゼフは、その問いで動きを止めた。
ゆるゆると上げられた顔には、隠しようのない諦めが浮かんでいる。
「誓って言うが裏はないよ、古橋女史。……これはただの我欲だ」
張りをなくした声で、ヨーゼフは明かす。
「現代では滅多にお目にかかれない、極めて上質な呪いの塊があると知って、どうして我慢できようか。あの右腕を魔道書にできれば、私の歩みは確実に前へと進むのだからね」
「馬鹿め。現代から消えたものは、人の手に余るから消えたんだ。そんなことも分からないほど、耄碌しているわけではないだろう」
「その通りだ。まさに身を以て知っている」
告げられた言葉に、シャーロットさんの表情が歪んだ。
それは軽蔑と言うよりも、もっと単純に嫌悪だろう。理解できないものに向ける感情ではない。理解できるからこそ、彼女はただ単にヨーゼフを気持ち悪いと感じたのだ。
「……お前はリアルでも、自分自身の肉体を魔道書に作り変えているのか」
「寝たきりとまではいかないが、不便な体になっているのは確かだとも」
そして、ヨーゼフは血に染まった顔で、不釣り合いなほど穏やかに笑った。
「だがそれがどうした。そんなもの、足を止める理由にはなるまい。我ら魔術師という生き物は、捨て切れぬ執着があるからこそ、その道を選んだのだぞ。
故に諦めん。どんな代償を支払うとしても、私はその右腕を追い求めよう」
ここまで追い込まれてなお、ヨーゼフに諦めるという選択肢はなかった。
魔術師らしい魔術師を、シャーロットさんしか知らない俺にすれば、その姿は異様に映る。魔術師というものは本来、こういう人種なのだと思い知らされた気がした。
この執着と妄念こそが魔術師の原動力。ならば目的を果たすまで、彼は止まらない。
「どうしましょうかねー?」
眉を下げて、姐御は意見を求めるように夕陽を見た。
結局のところ、この問題は彼女の意思次第だ。右腕を渡してしまえば、ヨーゼフも殊更に危害を加えようとはしないだろう。だが拒否し続ければ、彼は死ぬまで追い求めるに違いない。
選択は二つに一つ。腕を渡すか、彼を殺すかだ。
「……渡したくはねぇけどよ」
感情としては当然、そうなるだろう。だからといって、殺すのは極端だと思っている感じか。
困り顔をした夕陽は、助けを求めるようにノノカへ目を向けるが、
「私が手を貸すのは、ちょっとルール違反だねぇ。
迷惑をかけられたり、無関係な他人を巻き込むなら、話は別だけど」
あえてルールを口にしたのは、ヨーゼフへの助け舟だったのかもしれない。
その範囲内であれば自分は介入しないと、明言したようなものだからだ。
……ノノカはおそらく、魔術師らしいヨーゼフに肩入れしている。チャンスがあるなら上手く立ち回ってみせろと、言外に伝えているのだろう。
ノノカは頼りにならないと思ったのか、夕陽はそこで俺を見た。
「ガウス、お前ならどうする」
「ん、俺?」
口を挟むのも筋違いかと思っていたが、
「面倒臭いから殺そうぜ!」
手っ取り早くて、後腐れのない解決を笑顔で伝える。
「死体の処理はシャーロットさんに頼んでいいよな? 魔術関係ってことなら、コネ使えるだろうし」
「ま、まあ、できなくはないけど」
「よし。つーわけだ、殺そうぜ。躊躇いがあるなら、俺がやってもいいぞ」
「……あー、いや、ちょっと待て。少し待てガウス、な」
何故か待ったをかけて、夕陽は皆――特にツバメや姐御、クラレットを見て、
「マジで?」
問いに、それぞれ微妙に表情は違うものの、頷きを返す。
それを確認した夕陽は「そっかぁ」と呟いて、
「あたしとしては、なんだ。やり過ぎじゃねぇかって思うんだけど」
「けど、殺せばそれで終わりだぜ?」
「そりゃそうだけどよぉ」
「が、ガウス殿? もう少しその、命を尊重してもらえたら嬉しいのだが」
どの口で言ってるのやら。
呆れながらヨーゼフを見下ろせば、その左目と視線がぶつかった。
視線が気持ち悪いというか、物理的になんか不愉快だったので蹴り倒しておく。
「懲りねぇなあんた。今、何かの魔術を使っただろ」
「いや、それは――というか、どうして平気なのかね」
這いつくばった姿勢のまま、心底不思議そうにヨーゼフは言う。
「命を尊ぶという、当たり前の共感を利用した魔術だったのだが」
「……それはあんたがそう思ってないと、効果がないんじゃねぇのか?」
きっとそういうことだ。
姐御が「逆ですよ逆」とかツバメに言ってるが、問い詰めるのはまた後日でいい。
尊重すべきものがあるとしたら、それはやっぱり夕陽の意思なのだが、
「なあ夕陽。やっぱ殺すのは駄目か」
「……駄目だ。だって、あたし一人のことじゃないだろ。
あたしがやっても、お前がやっても、お前らに人殺しの片棒を担がせるようなもんだ」
うーむ。そんなところまで気を回すのも、ツバメを参考にしたせいか。
となれば、ツバメも内心では同じように思うだろうし――仕方ない。
「じゃ、腕をくれてやるしかないだろ。
流石にエロいことに使ったりはしないだろうから、そこだけは安心できるぞ」
「やっぱそうなるか……」
夕陽は諦めたように息を洩らし、対照的にヨーゼフは目を輝かせた。
望まぬ形ではあるが、これで一件落着だと誰もが思った時だ。
「――じゃあ、私がやる」
そう言って、一歩を踏み出したのはクラレットだった。
彼女は地面に転がる顔剥ぎセーラーの右腕の傍で屈み、
「結局、これがなくなればいいんだよね?」
まあ、そういうこと……ではあるか。
なくなってしまえば、その扱いを巡って争う必要もないのだから。
だが腕に指先を伸ばそうとしたクラレットへ、ノノカが声をかけた。
「やめときなクラさん。ヨーゼフも言ってただろ、それは呪いの塊だって。
簡単に壊せるようなものじゃないし、壊しても意味がない。今は腕の形をしているだけで、それはバラバラに砕いても機能する。形は重要じゃないんだよ」
「そう、分かった」
答えて、お構いなしにクラレットは指を伸ばした。
嫌な予感がした。
根拠はないが、取り返しがつかないことになると。
だけどその予感は、俺を動かす理由にも、クラレットを止める理由にもならなかった。
だから――その指先が触れた時、顔剥ぎセーラーの腕が炎に包まれても、声を上げなかった。
「な――や、やめろ! 何をしている……!?」
飛び出そうとしたヨーゼフを蹴り飛ばす。
仮に動いたのがお前じゃなかったとしても、俺は同じようにしただろう。
誰にも邪魔はさせない。覚悟して行うことは、見届けるのが筋というものだ。
「クラレット!」
名を呼んだのはツバメだった。
真意を問おうとする声に、クラレットはただ微笑んで答える。
「大丈夫。――やっと私も、ツバメの力になれる」
炎が勢いを強めて、触れている指先を先端から焦がしていく。
顔剥ぎセーラーの腕は抗うかのごとく、煙とは違う、黒い靄を吐き出す。
あれはカタチのない呪いだ。顔剥ぎセーラーという物語を作り上げ、成立させた人々の願い。かくあれかしと怪物を望んだ、無責任な信仰の成れの果て。
呪いは喘ぐように蠢き、救いを求めてクラレットの右腕に絡みついた。
その炎を止めろ。人々の呪いを否定するなと抵抗する。
「――――――!!」
声にならない声で、クラレットは吼えた。
それは痛みに耐える悲鳴であり、呪いを罵る罵声でもあった。
こんなものがあるからいけないのだと、心のままに火力を上げる。
やがて――顔剥ぎセーラーの右腕は、クラレットの右腕と共に焼却される。
何もかもが灰になるのを見届けてから、彼女は仰向けに倒れ込んだ。
「クラレット……!」
駆け寄ったツバメが、クラレットを抱き起こす。
右腕はほとんど残っていない。肩から少しだけ、名残りのように生えているだけだ。
そんな惨状だというのに、クラレットは妙にすっきりした様子で笑っていた。
「私も昔、助けてもらったから。これでおあいこ」
「そんなの気にしなくていい! ……タルさん!」
「あ、はい! すぐヒールします!」
ちゃんと治ればいいんだが……。
そう思いながら、俺は彼女達を満足そうに見るノノカに声をかけた。
「あれでよかったのか?」
「うん、正解だねぇ。方向性が違うだけで、呪いと祈りは同じものだ。
自分の腕まで犠牲にして捧げた祈りだから、大部分は相殺できた筈だよ」
そうか。少しは残るのかもしれないが、その程度ならヨーゼフが血眼になって求める価値もないだろう。
一つ安堵して、俺はもう一つの懸念を口にする。
「あれ、治るのか?」
「どうだろうねぇ。言ってしまえばあれは、自分を生贄にしたようなものだ。
形を復元することはできても、機能まで戻るかどうか」
「その時はその時だな。困ったことがあったら、頼らせてもらうよ」
「構わないさ。お代はもらうけどね」
ちゃっかりしてらぁ。
苦さの多い苦笑を浮かべると、ノノカの方からも問いかけてきた。
「兄さんはあれでよかったのかい?
一番楽なのはヨーゼフを殺すことだったけど、後悔とかさ」
「そりゃまあ、後悔してないって言ったら嘘になるけどよ」
だけどそれは、クラレットを止めていても同じことだ。
どちらの後悔を選ぶかが問題なのであって、後悔するのは確定している。
だから、
「俺もあいつも、納得できる後悔を選んだと思うことにするよ」
いつかクラレットが、俺の後悔を見届けてくれたように。
今回は俺が、あいつの後悔を見届ける番だったというだけのこと。
そう納得した以上、もう抱えてしまったものを嘆く必要はないだろう。
「兄さんもクラさんも、変な生き方してるねぇ」
失礼なことを言って、ノノカはおかしそうにけらけらと笑う。
まだまだ後始末は続きそうだが――とりあえず、これでハッピーエンドだ。
塩が!




