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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第十七話 物語の始まり

あけましておめでとうございます。

正月ボケと言いますか、自堕落モードがついに終わりました。


 思えば顔剥ぎセーラーは、真っ白な獣だったのかもしれない。

 今ある人格は、ツバメを通して見様見真似で構築されたもの。ちゃんと教育を受けたこともなければ、誰かと触れ合ったこともない。それなりに真っ当な人格が形成されたのは、奇跡のようなものだ。

 人格でさえそうなのだから、戦闘技術なんてあるわけがない。獣のような身のこなしはある意味で正しく、評価としては不当もいいところ。獣のような、ではなく。まさにそれそのものだったのだから。

 恵まれた身体能力を、本能に任せて振り回すだけ。それが今までの彼女だった。

 だが皮肉なことに――成長する機会を、俺達が与えてしまっていた。

 ラシアでの最初の戦闘はまだよかった。俺達は相手が何者かを理解していなかったし、防戦一方だった。顔剥ぎセーラーは今のやり方でいいのだと、間違った理解をしたのだ。

 いや、実を言えばそれも間違いだとは言い切れない。圧倒的な暴力を持つのであれば、ただ振るうのも正解だ。例えば素人のケンカなら、体格に恵まれた奴は技術なんか磨かなくても勝てるだろう。

 しかし二回目。カルガモとの戦いが、彼女に技術の有用性を気付かせてしまった。

 半端な暴力を振り回すだけでは、技術に圧倒されることもある。なら、どうすればいいのか。()()()()()()()()。お粗末な見様見真似であっても、より強くなるための第一歩は、模倣から始めるしかない。

 ――今夜の戦いでは、そうする彼女の努力が猛威を振るう。

 人間は幾千、幾万と同じ動作を繰り返す。祈りにも似た反復練習だけが、動作を最適化させる。そこに例外はない。どんな天才であっても、膨大な鍛錬を積み重ねなければ、辿り着くことのできない境地だ。

 その常識を顔剥ぎセーラーは踏み越える。おそらくは最適化など望んでもいない。いくらかはマシになれと、今の自分にできる最善を行うことで、荒削りながらも無駄を削ぎ落としていく。

 俺やカルガモが目指すものとは違うが――あるいはこれも、武の極致の一つの姿なのかもしれない。そう思わせるほどには、彼女の成長していく姿は鮮烈だった。


「――ハ! どうしたよガウス、へばってんじゃねぇか?」


 何度かの攻防を重ねた後、距離を取った俺を嘲笑うように顔剥ぎセーラーが言う。その嘲笑は自身の優勢を確信した、余裕からくるものだろう。

 砕かれた武器はいくつになったか。こちらの余裕はとっくに失われ、体には太い擦過傷が刻まれている。相手の攻撃を捌けなくなりつつある証拠だ。

 一撃ごとに完成していく芸術品。一呼吸を置けば、術理は洗練されて姿を変える。俺はそう遠くない内に追いつかれ、互角に戦うこともできなくなってしまうのだろう。

 未来視を使うことも考えたが、意味がないと却下する。あれは未来が視えると吹聴しているだけで、実態は経験による高精度の予測。顔剥ぎセーラーには予測が成り立つほどの技術的基盤がなく、動作の起こりを捉えたとしても、俺の身体能力では出遅れてしまう。

 だから受けに回ってはいけない。ひたすらに攻めるべきだと判断するが、


「やったな、体力勝負じゃお前の勝ちだよ」


 減らず口を叩く元気はあるが、スタミナが続かない。

 しかしそれを挑発だと受け取ったのか、彼女は恐ろしい速さで踏み込んできた。

 目が灼けるような速攻。同時に突き出された右手は、激情とは無縁の冷徹さで足を狙う。最終的に顔を剥がせればいいと割り切ったのか、まずは動きを止めようと知恵を回した。

 俺の手には片手斧。振り下ろして迎え撃つことは可能だが、直感は否と叫ぶ。振り下ろしたところで弾かれるだけだと幻視を得て、ならばと掬い上げるように斧を振るった。

 どう上手く叩いたところで、力を逸らすのは難しいだろう。故に狙いは眼前、虚空に展開されたインベントリ。通過する斧で消耗品欄をぶっ叩き、複数の攻撃アイテムをまとめて射出する。


「――――っ」


 光が、炎が、雷が、百花繚乱と入り乱れる。

 進路上に生まれた攻性の嵐に対し、顔剥ぎセーラーは歯噛みしながら停止。足狙いの動きから切り替えて、右手の一振りでアイテム効果を根こそぎに吹き飛ばす。

 その動作の終わり際に、俺は斧を手に飛びかかった。

 対する彼女の動きは明確だ。一歩を引いて半身になり、左肩を前に。あえて攻撃を受け、右手によるカウンターを狙ったものだ。

 しかし彼女が構え終わったか否かの刹那、俺は斧を投げもせずに手放していた。

 何を、という戸惑いが彼女に生まれる。それは重心の僅かな移動となって表れ、構えはより防御に重きを置いたものになる。どんな小細工をしても受け止めてやると、物語っているかのようだ。

 だから遠慮はしない。遠間から腕を振る動きに合わせてインベントリから抜いた槍を、打ち下ろし気味に薙ぎ払う。体重と遠心力が乗った穂先による打撃だ。

 膂力だけでは不可能な重い打撃を肩で受け止め、顔剥ぎセーラーは反撃に転ずるのは不可能だと悟る。槍のリーチで叩いたのだから、踏み込まずにカウンターを放てるわけがない。

 それでもタダでは帰さない。打撃の反動で跳ねる槍を、彼女は素早く掴み取った。俺は引っ張られては洒落にならないと手放すが、同時に彼女の手が、焼き菓子のように槍を圧潰する。

 今の一撃で通ったダメージはどれほどか。あれだけ散財したにも関わらず、大した効果がないようにしか見えない。いや、それ以上に問題なのは、彼女が積極的に武器破壊を狙う点だろう。

 武器の数は有限だ。大きなダメージと引き換えならばともかく、あまり簡単に壊されては困る。だからといって出し惜しみをすれば、こちらが追い詰められてしまうのだが。

 厄介だな、と嘆息しながら新しい武器を取り出す。今度は両手剣、形状としてはクレイモアに近いものだ。リーチの長さを意識させて、動きを縛れたらいいのだが、この程度なら気にしないだろう。あいつは細かい対処を考えるよりも、力押しで解決することを選ぶタイプだ。

 そういうところも相性が悪いと思うのだが、泣き言は今更だ。スタミナに余裕もないことだし、俺がまだ上回っていられる内に、決着をつけてしまいたい。

 俺は正面から強く踏み込むと、リーチを最大限に活かした突きを放つ。何の工夫もないそれは、素人にも対処できるだろう。少しでも横に動けば空を切る、酷く愚直な刺突だ。

 だが顔剥ぎセーラーは回避を選ばない。今の彼女なら多少の手傷は必要経費と割り切って、俺のリソースを削ぐことを優先する。決定打のための下準備はなるほど、彼女なりの鍛錬なのかもしれない。

 残念ながらその努力は実らせない。迎え撃つ右腕が剣を横手から叩きつけるが、柄を握る指からは既に力を抜いている。剣は叩き割られることなく、ただ当然のように弾き飛ばされるだけだ。

 逆足でさらに踏み込む。肉薄したその距離は武器の間合いではなく、徒手空拳の間合い。正気か、と。狼狽えるように一瞬の迷いを経て、顔剥ぎセーラーもまた踏み込もうとした。

 下手に打撃で応じるよりも、勢いで体当たりしようとする判断には舌を巻く。ぶつかれば当たり負けするのは、出力で劣る俺の方だ。彼女は体勢を崩してからじっくりと仕留めればいい。

 そうはさせるかと、上体を引き戻すように制動し、強引に間合いを確保しながら反動で拳を撃ち出す。支える足や背中が悲鳴を上げて、骨から肉が剥がれるように軋む。ちょっと限界を超えた程度で壊れる人体の不便さは、それも意表を突く道具だと思えば許容範囲内だ。


「――――ッ」


 呼気を鋭く。最短経路で腹に打ち込む拳は、それが人間ならば内臓の一つや二つは破裂させたことだろう。しかし属性を持たない拳では、彼女への有効打にはなり得ない。

 だから小細工をしておいた。


「テ、メェ……!」


 怒気とも喜悦とも取れる感情を乗せて、顔剥ぎセーラーが言う。

 その声は僅かに、けれど確かに、痛みを堪えて強張ったものだ。

 ――拳からは肉をいくらか貫いて、銀のナイフが生えている。掌中で展開したインベントリから、打撃の瞬間に握り締めたものだ。

 次の瞬間、俺達は同時に動いていた。

 顔剥ぎセーラーは傷が抉られることを厭わず、腰の捻りで最速の打撃を放つ。学習だ。自傷に等しい暴挙は、それ故に意表を突く。動作の速度ではなく、思考の速度において先を取る。

 予想になかった動きだが問題ない。刺さったナイフを支点に、腕の力も動員して跳躍する。拳はばっくりと裂けるが、骨まで届けば強度は申し分ない。

 体を後ろへ倒しながら彼女の打撃に合わせ、足裏で一撃を受け止める。膝を使って衝撃を吸収し、それでもなお吹き飛ばされる。だが押される力を利用し、手首を捻って傷口をさらに深く抉った。

 背中から地面に落ちる。転がることで衝撃を殺すも、止まるのを待つのでは遅い。途中、地を蹴って無理矢理に体を起こすと、足裏で地面を削って急制動をかけた。

 案の定、顔剥ぎセーラーは追撃しようと身構えていたが、こちらの立て直しの早さに追撃を諦める。彼女は警戒をそのままに、明るい声を出して笑った。


「――あっは! 無茶すんなよガウス、超痛そうだぜ?」


「こんなので痛がってちゃ、前衛なんてやってられねぇよ」


 本当は泣きそうに痛い。痛みが来ると覚悟していなければ、悲鳴を上げていた。

 強がる俺に対し、何がおかしいのか彼女はくつくつと喉を鳴らす。


「いやいや、やっぱ凄ぇなお前。なんだよその手、グチャグチャになってんじゃん。

 ああ――ちょいと申し訳ねぇとは思うんだけどさ。お前に勝てたら、あたしはどうなっても満足できそうだ」


 ……この戦いが何を目的にしているかは、彼女も理解している筈だ。

 それでも、申し訳ないと思う心を持ちながら、彼女はどうなっても満足できると口にした。

 冥利に尽きると、喜べばいいのだろうか。

 誰のためだと思っているんだと、怒ればいいのだろうか。

 どちらでもない。俺の胸中にあったのは、こいつは子供なんだな、という納得だった。

 強敵と戦うのが楽しくて、勝てたらもっと楽しい。少しは後先を考えろと思わなくもないが、俺にも似たようなところがあるので、強くは出られない。

 ただまあ――積み重ねのない人生はこういうものかと、納得してしまったのだ。

 ノノカや俺達には、それぞれの感情があって顔剥ぎセーラーを救おうとした。その感情はこれまでの人生に由来するもので、皆が幸せになれたらいいと願った。誰かの命が理不尽に失われるのは嫌だと、抗おうとした。

 だけど彼女には、これまでの人生というものがなかった。

 理不尽へ怒るほどの熱量はなく、救われたいと執着する過去もない。

 楽しければいいと、簡単に諦めてしまえて。

 これから先の人生を、想像することもできないのだ。

 ……ああ、ひょっとしたらツバメも、ここまで考えていたのかもしれない。あいつ、怒ってたもんな。こんな理不尽は駄目だ、この顔剥ぎセーラーは救われなきゃいけないと、そう怒ったんだろう。

 残念ながら俺は、そうだったとしても怒れるほど善人ではないけど。

 ツバメの願った幸せは叶えられるべきだと、今更ながらに思う。

 だってそうだろう? 俺は自分さえよければいいけど、あいつの願いが叶わない世界なんて嫌になる。だったら、たまには筋を曲げて。誰かのために戦うなんてのも、悪くはない。

 顔剥ぎセーラーの物語は、今こそ完全に終わらせるべきなんだ。


「――――へえ」


 相変わらずの高揚した様子で、彼女は言う。


「また面構えが変わったな。ようやく本気ってわけかよ」


「そうかもな」


 適当に答えて、俺はインベントリから無造作に片手剣を抜く。右手は満足に剣を握れるかも怪しいが、両手で扱えば問題ない。両手持ちなら、右手はほとんど添えるだけだ。

 そしてきっと、拒否しないのだろうと思いながら。卑怯だとか甘えているだとか、自戒のためにも己を内心で罵倒して、確認の問いかけを口にした。


「なあ、姐御。――これは、無茶していい場面だよな」


 命を共有する相手。

 俺が死ねば、姐御も死んでしまうかもしれない。

 だけれど姐御は仕方なさそうに微笑んでから、


「やっちゃいましょう、ガウス君」


 鼓舞するように、拳を突き出した。

 ならば最早、迷うことはなく。飼い犬の手綱は放された。

 顔剥ぎセーラーにはようやく本気かと問われたが、ある意味、確かにそうだろう。

 これでようやく、あの夜と条件は同じだ。

 ――お、という長い音を吼える。

 気合を入れるためだけではなく、意識を切り替える儀式としてもだ。


「テメェ……!」


 充溢する剣気に何を見たか、焦りと怒りを滲ませて顔剥ぎセーラーは地を蹴った。

 大きく踏み込んで放つ右手は、これまでの学習を切り捨てたかのように愚直で、それ故に速い。

 迎え撃つは逆袈裟の一閃。技術ではなく、膂力で以て右手を弾く。

 その不合理に、彼女は怯むどころか挑みかかった。

 この間合ならばと、完全に足を止めての乱打。右腕一本でありながら、自在に荒れ狂う姿は多頭の竜を思わせる。一撃でも受け損なえば、人体など瞬く間に挽肉へ変えられてしまうだろう。

 応酬する。ただの一撃も受け損なうことなく、その悉くを撃墜する。

 原理も代償も知ったことか。二人分の出力で、怪物の出力に肉薄する――!


「何考えてやがるッ!」


 ついに憤激し、休むことなく打ち込みながら彼女は叫んだ。


「それはテメェだけの力じゃねぇだろ……!

 犠牲になんのは、あたしらだけでいいんだ。他人まで巻き込んでんじゃねぇよ!」


 度重なる激突に耐え切れず、剣が砕け散る。

 伝播する衝撃に俺の手まで砕けるが、壊れる体を空想と確信で補う。あの夜と同じ条件が揃ったのなら、できる筈だと失ってしまった記憶が訴える。

 そう在れかしと祈れ(さけべ)。望むカタチぐらいには、なってみせろ。

 ――罅割れのように、黒い靄が全身を走る。

 意識という余分があるせいか、あの夜には及ばないかもしれないが、これで充分だ。


「……っ! 無視してんじゃねぇぞガウス!!

 その馬鹿げた奇跡を、今すぐやめろってんだ! テメェが燃やしてるのは、他人の命だぞ!」


 知ってるさ。一番度し難いのは、俺自身だ。

 俺の力だけでは足りない。俺一人の命では、届かない領域がある。

 だから他人の命を借りるのも仕方ないと、そう判断する己の不出来を恥じる。

 知っているのに学んでいないのだから、本当に救いがない。

 でも、俺は馬鹿をしてもいいと許された。

 許されたからには、果たすべきを果たすのが務めというものだ。


「やめろ――やめろよ……! やめてくれ……!

 止まれない、あたしはやめられない! お前がやめてくれよ!

 他人の命まで、あたしは奪いたくないのに――――!」


 悲痛な響きを含んだ怒りの声は、怪物で在ることに抗う悲鳴だった。

 物語に縛られながら叫んだ、精一杯の本心。

 その叫び(いのり)を、全身全霊の一閃で以て斬り飛ばす。

 彼女が彼女である証。不気味なほどに肥大化した右腕が、半ばから宙を舞った。


「――――ツバメ!」


 計画が上手くいくかどうか。俺にできるお膳立てはここまでだ。

 顔剥ぎセーラーの物語は、顔を剥がす機能の喪失によって終わる。

 放置すればこのまま消えるであろう残骸に、それは嫌だと抗ったツバメが告げる。


「あんたはもう、顔剥ぎセーラーじゃない!

 名前がないと消えるなら、あたしがそれを用意する!」


 物語の終わりを、新たな物語の始まりに変える。

 完結した作品に、もっと続きが見たいと望んで、その先を創作するように。

 新たな名前(タイトル)を与えて、命を引き継ぐ。


「あんたの名前は夕陽! あたしの名前、朝陽の対になる名だよ!

 あたしが生きてる限り、対としてのあんたも死にはしない!」


 そしてツバメ――朝陽の対として依存することで、一個の命として存在する力を得る。

 誰が語らなくとも、朝陽の人生という物語には、夕陽の人生がある。

 そのカタチさえ整えてしまえば、顔剥ぎセーラーが消えても夕陽は消えない。

 顔剥ぎセーラーの物語から、夕陽は切り離された存在になる。

 元より彼女と繋がっているツバメにしか、この役割は果たせなかった。


「……ああ! その名前、確かに受け取ったぜ!」


 答えて、顔剥ぎセーラーの――夕陽の顔を覆っていた黒い靄が晴れる。顕になったその顔は、やはり朝陽とよく似たもので、事情を知らなければ双子や姉妹のように見えた。

 はっきりと力強い笑みを浮かべた夕陽は、しかし俺を睨んで、


「ガウス! 上手くいったけどよ、テメェのことは許さねぇかんな!

 きっちり落とし前はつけてやるから、覚悟してろ!」


 ああ、うん。そりゃあ恨まれるよなぁ。

 一対一だと思ってたら、いきなり他人の命を武器にされたんだから、怒って当然だ。

 だけど俺は苦笑して、


「もう右腕はないってのに、どうするつもりだよ」


「あ? ンなもん、その内に生えてくるだろ。気にすんな」


 えぇー……生えるのぉ……?

 困惑していたら、成り行きを見守っていたノノカが、安堵した声で言う。


「その子は独立した命を得たが、人間になったわけじゃないからねぇ。肉体もほぼ霊体のままだから、回復したらちゃんと生えるさ。そこは保証するよ」


「保証されてもなぁ……つーかそんなら、斬った腕くっつけてもいいんじゃねぇの?」


 そのぐらいデタラメな体なら、雑な処置でもくっつきそう。

 そう思って、離れたところに転がっている腕に目を向けた時だった。


「――いや、それはいけない。あれこそは顔剥ぎセーラーの本質、呪いの塊のようなものだ。

 苦労して切り離したものを、また取り込んでしまっては元の木阿弥だろう」


 聞き覚えのある、落ち着いた声が響いた。

 もう山場は過ぎたと油断していた俺達だったが、その声へ弾かれたように振り返る。


「こんばんは。今夜はいいものを見させてもらったよ」


 ラシアの路地から姿を現したのは、俺もよく知る人物――イエローブラッドの幹部、ヨーゼフさんだった。

 彼が何故ここに、と困惑する俺達だったが、最も警戒を剥き出しにしたのは姐御だ。


「どうして――カモさんに見張らせていた筈ですけど」


 ……カルガモが?

 裏で何をしていたのだろうと訝しむが、ヨーゼフさんは言う。


「らしくないミスをされましたな、魔王陛下。……いえ、最強の駒をいきなりぶつける思い切りのよさは、実に陛下らしいものでしたが。しかし思い違いをされておられたようだ。

 ――魔術師にぶつけるならば、彼は最適解ではない」


 彼は自らが魔術師であると明かして、


「カルガモ殿ならば、今頃は夢の中でしょう。

 ハニートラップの効果は抜群でした」


「魔術関係ないじゃん!!」


 ツバメの上げた叫びは、俺達の心境を見事に代弁していた。

 ……まあ、カルガモに呆れるのはいつでもできる。

 ヨーゼフさんが何を考えているのかは分からないが、偶然で現れたわけがない。

 俺は剣を握る手に力を込めて、いつでも動けるように備えることにした。

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