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竜と信仰の奇譚  作者: 長月十九
第六章 指先に灯火を
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第十六話 そしてまた夜がくる


 カルガモが戻らない。

 午後もかなり過ぎ、一通りの準備を終えたところで、俺達はようやくそれを問題視した。

 収穫がなくて意地を張っているだけだろうと予想しているが、ささやきにも返事をしないのが少し不穏だ。普段からささやきを無視する奴ではあるのだが、状況が状況なだけに気になるのも確かだった。


「どうしましょうかねー」


 困り顔で姐御が言うものの、深刻さはない。たとえ何かに巻き込まれていても、カルガモなら大丈夫だという信頼があるからだ。忌々しいことに、並大抵のトラブルではあいつの命を奪えないだろう。隕石でも落ちねぇかな。

 星よ落ちろと祈ってみたら、表から水音がした。風呂に水を張ってあるので、何かが落ちたのだろう。

 そして姐御の言葉へ応えたのは、少し不機嫌な顔の緑葉さんだった。


「あの害鳥のことなら、心配するだけ無駄よ」


「心配してたの?」


 意外そうにツバメが問いかける。うん、そういう文脈だよな。

 指摘された緑葉さんは、非常に苦々しい、心底嫌そうな顔をした。


「その邪推、芸術的だと褒めそやしたくなるほどね。

 でも違うわ。ええ、違うの。雛鳥の思い違いよ。だって私、あいつの心配なんてしていないもの。私が心配なのは、あいつを待って予定が狂うことなの」


 ――と、平静を装いながら、普段よりも早口に言う。

 天邪鬼というか、ある意味では素直というか。分かりやすい反応を示した緑葉さんの頭を、隣ののーみんが押さえるような乱暴さで撫でた。


「うむうむ、そういうことにしておこうかにゃー」


 唸り声を上げて抵抗する緑葉さんだが、振りほどくには至らない。ステータス的には緑葉さんの方が筋力は上なのだから、なすがままというか、抵抗しているのはポーズなのだろう。

 そんな二人に苦笑を見せて、ウードンさんが口を開いた。


「ま、実際あいつのことは考えるだけ無駄だべ。

 本当は何をしてるのか知らんが、あいつ一人の手に余るようなことなら、連絡ぐらいするだろ」


「……というか貴様ら、あれがどんな人間か分かって言っているのか?」


 話をまとめようとしたウードンさんに対し、妙な方向へと舵を切るロンさん。


「事態がもう解決したも同然と判断して、遊び呆けているだけだと私は睨んでいる。

 あれのことだ、せっかくだからと呑み歩きでもしているのではないかね?」


「それは……」


 言い過ぎだ、とクラレットが言おうとした。

 だが庇おうにも前科があり過ぎて、別に過言ではないと気付いてしまったのか、言葉は尻すぼみになって消えていく。

 うん。あいつ、そういうところあるもんな。

 ひょっとしたら当初は、本当にジェム狩りをするつもりだったのかもしれない。だが島人組がプレッシャーをかけたせいで拗ねてしまい、開き直って遊び呆けている可能性もかなり高い。

 そこまでクズではないかもしれないが、なら他に考えられるのは、


「……あとは、美味しい場面で登場する気だとか?」


 別に庇うわけではないが、俺の口にした可能性に皆は「あー」と納得の声を上げる。

 この前もなんか、見せ場に恵まれないとか言ってたんだよな、あいつ。それは単独行動の多さや、なんつーか徳の不足が原因なわけだが、活躍を望んでいてもおかしくはない。


「ありそうだねー。兄ちゃんがピンチになったら現れて、武器を渡してくれるとか?」


「となると、是が非でも完勝する必要があるな……」


 見せ場をくれてやるつもりはない。

 顔剥ぎセーラーに俺が完勝できるのかと言えば、正直かなり怪しくはあるのだが、動きは大体見させてもらった。身体能力に驚くことはもうないし、奥の手だって割れている。欲をかかなければ、互角以上には渡り合えるだろう。

 どうあれ、カルガモの未帰還は問題にならない。

 場の空気がそうまとまりかけたところで、


「私からもいいか?」


 軽く手を挙げて、シャーロットさんがカルガモとは別の懸念を口にする。


「準備の終わった段階で言うのもあれだが……あまりノノカを信用し過ぎるなよ」


 元から付き合いのあった俺やクラレット、そしてツバメを見て彼女は言った。


「ああ、疑えと言っているわけじゃないし、今のところ嘘は吐いていないと思うよ。

 ただね、あいつはとっくの昔に人間であることを放棄した、古き幻想だ。どんなに人間臭く見えても、人間ではない。魔術が人の形をしている、と言った方が正確なぐらいだろう」


 言いながら取り出したパイプを口の端に咥える。

 タバコを吸うわけではなく、単に癖としての所作なのだろう。


「嘘は吐いていなくても、本当のことを話しているとは限らないし、隠し事がないとも限らん。もし土壇場で迷うことがあれば、あいつよりも自分の直感を信じなさい。結果として後悔することになるかもしれないが、最悪の事態だけはそれで避けられるよ」


 その忠告はノノカという規格外の存在を、俺達よりずっと理解しているからこそだろう。

 やっていることのスケールが大き過ぎて実感がないが、あいつはその気になれば簡単に世界を変えられる。もしも敵対すれば、逆立ちしたって敵わない相手だ。

 それでも俺達は、個人としてのノノカを信用することを選んだ筈だ。

 何故なら、


「けど、皆を救いたいって言葉に、嘘はなかったと思うよ」


 信じる決め手となった言葉を、ツバメが口にした。

 ツバメにはその願いこそが、最も大切なのだろう。皆が救われて、誰もが幸せになれるのなら、それが一番いい。単純で大雑把な理想だが、ツバメの根底にある衝動のようなものがそれだ。

 だからこそ、掲げた理想に嘘がない以上、疑う必要もないと考えるのかもしれない。

 しかしシャーロットさんはツバメをたしなめるように、


「馬鹿、君は被害者だぞ。あいつの理想のために、()()()()()()()()だ」


 ノノカの行動は、綺麗事だけではないのだと指摘する。


「あいつはそういう判断もする奴だ。帳尻を合わせる気はあるらしいが――帳尻さえ合えばいい、というものではないだろう。ツバメ、君はもっと残酷な想像もできるようにしなさい」


「う……はい」


 反論の余地はないと悟ったか、ツバメは肩を落として返事をした。

 その様子を見たシャーロットさんは、言い過ぎたとでも思ったのか、バツが悪そうに頬を掻いて、


「ま、私も君を守るつもりだけど……自衛ぐらいはしなさい、ということだな」


 わりとツバメに甘いよなぁ、この人。

 ツバメも一転して嬉しそうに頷いてるから、まあいいけど。

 けどまあ――シャーロットさんの指摘は、俺にも大切なことだ。

 信じると決めた以上、無条件に信用していた面があるけど、もっと警戒はしておくべきだった。

 ――おそらくノノカは、自らにルールを課して動くタイプだ。

 あいつの中には明確な基準があり、それに反するようなことはしない。高次元に至った魔術師として、力の扱い方を厳格に定めているのかもしれないが、情よりも法を優先するということでもある。

 ルールを守った結果、目的を果たせなくても構わない。そういった考えの持ち主だと思えば、確かに信用し過ぎてはいけないのだろう。

 誰一人救われない結末であっても、あいつは受け入れてしまうだろうから。


「――とりあえず、カモさんはギリギリまで待ちましょうかー」


 今更のように姐御が結論を述べる。

 思案顔なのは、シャーロットさんの話に何か思うところがあったからだろうか。

 それぞれの思惑に関わらず、日はゆっくりと傾いていく。


     ○


 夜、俺達はラシアの片隅で決戦の時を待っていた。

 人員はまず俺とツバメ。想定外の事態への備えとして、姐御とクラレット。さらに魔術的な面での備え――と言うよりはノノカへの警戒として、シャーロットさんが参加していた。

 他の連中は特に出番があるわけでもないので、拠点で待機してもらっている。戦力にならないわけではないが、今回の計画は俺と顔剥ぎセーラーの対決だ。不純物、不確定要素を混ぜるのはよろしくないだろう、という結論になっている。まあロンさんは実際、戦力にならないけど。

 ……結局、カルガモとはまだ連絡がついていない。そのことだけは少し気がかりだが、もう気にしても仕方がないだろう。何のつもりかは知らないが、戦場にいない者を思うのはただの余分だ。


「よう、待たせたね兄さんら」


 気負った様子もなく、ノノカが姿を現した。……これが路地を歩いてきたとかなら分かるが、風景がマーブル模様になったかと思うと、それを形作っていた色彩が収束して、瞬きすればノノカになっていたのだ。のっけから常識を無視した所業を見せられては、乾いた笑いしか出ない。

 二、三度、感触を確かめるように地面を踏んでから、こちらを見たノノカが首を傾げる。


「おや、カルガモの旦那はいないのかい。ありゃあちょっと傑物だ。直接戦うのは兄さんの役割だとはいえ、護衛として置いておいても損はないと思うが」


「そうしたいところだが、遊び歩いてるみたいでな」


 俺は肩をすくめて答え、


「つーかお前でも手放しに褒めるレベルなんだな」


「うん? あの旦那の凄さは、兄さんの方が分かってると思うけどね」


 まあいいか、と呟いて、ノノカは続ける。


「言っとくけど、私は剣に関しちゃそんなに詳しくないよ。護身術程度に習ったことはあるけどね。

 ただ、それでも旦那の凄さは何となく分かる。あれは剣の理を通して、この世の真理に指先を引っかけてる手合だけど……正直な話、敵対したくない相手だね」


 両手を上げて大袈裟なポーズを取り、


「斬るべきを斬る。そういう域まで達してるから、凡庸な一太刀でも魔剣に等しい。

 百回戦えば百回とも私が勝つだろうけど、旦那の刃は私に届き得る。だから怖いんだ」


 手を下ろし、目を細めてノノカは俺を見た。


「その点は兄さんも、似たようなものではあるか。

 まだまだ遠いし、生涯を捧げても届かないだろうけど――目指すのはそこなんだろう?」


「そりゃあ、まあ」


 曖昧に頷いて、本人がいないのなら言ってもいいかと、俺は言葉を続けた。


「理想を見せられちまったら、目指したくなるってもんだろ」


「普通は心が折れると思うんだけどねぇ」


 ノノカは呆れたように嘆息するが、そんなものなのだろうか。

 身近な目標として目指したものに届かないのなら、心が折れてしまうのも分かる。努力が無駄になったと嘆くのも、端から見て気持ちいいものではないが、その気持ちだけは理解できる。

 だけど、


「届かないと知ってなお目指すから、理想って言うんじゃねぇのか?

 どれだけ近付けるかって話じゃなくて、目指してるっていう心構えみたいなもんだろ」


「……なるほど。その在り方も含めて、剣が兄さんらの道ってわけか」


 道? と首を傾げたところへ、補足するようにシャーロットさんが口を挟む。


「派閥を問わず、魔術師が真理へ至るための手段のことだ。

 思想としては道教の(タオ)が近い。その手段を通して宇宙の在り方を、理解するよりも深く体感した時、人は真理に至るとされている」


「分かりやすく言えば、悟りを開くための修行法だねぇ」


 ああ――だからノノカは、カルガモを手放しに褒めたのか。

 あいつは魔術師でもないのに、ただ剣を極めようとして、真理に届きかけていたのだ。時間さえあれば届くと確信し、しかし寿命が先に尽きると諦めたカルガモだが、ノノカにしてみればまったく想定外の存在だったのだろう。

 この時代の人間が才能と鍛錬だけで、真理まであと一歩のところまで到達していた。

 あるいは才能よりも、その在り方にこそノノカは驚愕したのではないか。


「ま、こんな話を楽しめるのは、私や同胞だけだろう。

 ――準備はいいかい? よければ早速、あの子を呼び出すけど」


 問われて、俺達は目配せして頷き合った。

 どの道にしても、戦うのは俺の役割だ。他の皆にもそれぞれの役割があるとはいえ、何事もなければ見届け人でしかない。俺の準備さえよければ、いつ始めてしまっても構わないのだ。

 だから俺はインベントリから、借り受けた剣を抜く。聖属性であるだけでなく、鍛冶屋できっちり強化まで済ませている。どうにかしてパクりたい――いや、俺には勿体ないぐらいの剣だ。

 剣を片手で持ったまま、重さを馴染ませるように軽く一振り。


「いいぜ、呼んでくれ」


 その声に応えて、ノノカは軽く右腕を上げると、指をパチンと弾いた。

 静かに風が吹く。

 あの夜と同じように、弱々しい風は黒い靄を運び、靄は人体を形取る。


「ったく――前置きが長ぇんだよ、テメェらは」


 スカートの裾を翻して、顔剥ぎセーラーという怪異が顕現する。

 彼女は待たされた苛立ちを口にするが、その声色は明るい。闘志がみなぎっているとも、血気に逸っているとも言える。彼女自身、何らかの決着を望んでいるようではあったが、ここまで戦意を充溢させていた印象はない。

 やはり物語が彼女を縛り、言動だけではなく心すら歪めているのだろう。シャーロットさんがした忠告は、ノノカだけではなく彼女にも当てはまるのかもしれない。どんなに人間らしく振る舞ってみせても、彼女はまだ都市伝説の怪物なのだと、再確認しておくべきだ。

 ――だから俺は、前置きなしに顔剥ぎセーラーへと斬りかかった。


「――――ッ!」


 踏み込んで袈裟懸けに振り下ろす白刃。顔剥ぎセーラーは流石の反応速度で向き直りながら、右腕を瞬時に肥大化させる。その右腕こそが彼女の武装だが、変化に要した時間は文字通りの刹那。以前よりも洗練されていると、そう感じたのは錯覚だろうか。

 迫る刃を、彼女はその右腕で打ち払う。奇襲とはいえ、踏み込みは申し分なかった。そう容易く弾けるものではないのだが、それを為し得たのは単純な膂力だ。ただ不意を突き、ただ鋭いだけの一撃では、ダメージを与える以前の問題だと、彼女の性能に否定された。


「ハ――」


 距離を取る俺に対し、笑みと怒気の滲む声で彼女は言う。


「随分とご機嫌じゃねぇかガウス! あたしを殺したくって堪らねぇってか!?」


 言葉に失笑する。いや、挑発するつもりではなくて、


「馬鹿かお前。戦場に敵がいたら、声かけてねぇで殺すだろ」


 今夜は俺も本気なんだから、手抜きは一切なしで挑めばそうなるってもんだ。

 言われた顔剥ぎセーラーは少しの間を置いて、


「いいぜ、そんなら遊びは抜きで――」


 言い切らせる前に、俺はその場で左腕を振った。

 眼前にインベントリを展開。通過する左手が、消耗品欄のアイテムを適当に弾き飛ばす。

 正確に狙ったわけではないのだから、当たることは期待しない。飛んだアイテムは顔剥ぎセーラーの横手に落ち、盛大に火柱を噴き上げた。あれはクラレットお手製のフレイムマインか。本来なら地雷のように設置して使うアイテムだが、投げても効果は発揮される。

 横手で上がった火柱に、顔剥ぎセーラーは反射的に目を向ける。その隙に踏み込んだ俺は、倒れるような前傾姿勢を取り、最後の一歩で体勢を支えながら、彼女の脛を狙って剣を横薙ぎした。

 作らされた隙で遅れる初動。反射的に頼る右腕では、防ぐのが困難な部位への攻撃。どう対応すべきかと逡巡する思考は体を縛り、妙案を閃いたとしても時間切れ。

 左脛を刃が走る。肉を斬ったような手応えはなく、押し固めた砂を斬ったような感触がある。およそ生物を斬ったものとは思えないが、攻撃が通ったという手応えは確かにあった。


「こ、の――!」


 痛みを噛み殺し、彼女の右腕がフックとなって襲いかかる。

 惚れ惚れする腰の回転。運動エネルギーを存分に乗せた拳は、常人のそれであっても痛打になるだろう。だがフォームが整い過ぎている。しっかりと腰を入れて腕を振るのは間違っていないが、正しくもない。

 この間合でそれは悠長に過ぎると、俺は剣先を地面に押し当てて体を支え、彼女の左膝を横から蹴り抜いた。

 ダメージの有無とは関係なく、人体はそんな衝撃に耐えられる構造をしていない。強引に踏み止まろうとしても、フックのために腰を回転させたのがいけない。力の流れは体の右側へと向かっている以上、今更それを逆流させることは不可能だ。

 顔剥ぎセーラーは横倒しになり、中途半端な形になったフックが空を切る。それでも鉄塊を振り回されたような圧力を感じるのだから、どれほどの威力だったのか想像するだに恐ろしい。

 俺は剣先に力を込めて、剣を杖代わりに体を起こすと、顔剥ぎセーラーが立ち上がる前に追い立てろと、叩き割るような勢いで剣を振り下ろした。

 その一撃を、彼女は立ち上がることよりも優先して、右の掌で受け止める。

 痛みはある筈だ。ダメージが通ることは、もう証明されている。

 だが形振り構わず、泥臭く挑むことも必要なのだと、学習されてしまった。

 剣を押し込むこともできたが、それはまずい。咄嗟に腕を引こうとしたその瞬間、五指が閉じて剣先を握り砕いてみせた。

 ……途中まではよかったが、追撃は欲をかいたか。

 俺は砕かれた剣を嫌がらせのように投げつけ、後ろに下がって距離を取った。


「今夜は本当にご機嫌じゃねぇかガウス」


 立ち上がり、匂い立つほどの殺気を撒き散らして、顔剥ぎセーラーは言う。


「それでこそだ。あたしを殺したお前は、そうでなくっちゃな!」


 お褒めに預かり光栄……と言いたいところだが。

 戦いの中で成長するとか、洒落になってないからやめてくんない?

ギリギリセーフで年内ラスト。

それもこれも、仕事納めの後に生えてきた仕事が悪いのです。

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