第十四話 お友達価格
「うーわ。スピカさんまで一緒じゃん、はい無理」
砦に押し入った俺達への対応に、ナップはクランメンバーを二人ほど引き連れて駆けつけたわけだが、こちらの面子を見て早々に勝ち目がないと諦めてしまった。
「あ、ナップさんだ。こんにちは!」
「おっす。今日も元気だねー。俺は敵じゃない、敵じゃないよー」
廊下で睨み合う形になっていたが、ナップは両手を上げて言いつつ、仲間にも告げる。
「はい、やめやめ。相手するだけ消耗品の無駄。
あのトリオで中に入られたら囲めないし、俺らの負けだよ」
そう言い聞かせるナップだが、納得できないらしく、仲間の片割れが抗議した。
「待ってください! ナップさんなら流星とはほぼ互角!
俺達の援護があれば、こちらが有利です……!」
「むーりー。だってスピカさんだぞ? 俺、ハッキリ言うけど、ガウスには勝ててもスピカさんは無理。あの子の防御、崩せる気がしないもん」
情けないことを言っているようだが、俺も同意見なので困る。
単にステータスを仕上げて、防具を揃えただけのタンクなら、時間はかかるが倒せる。上手いタンクになると、盾や防具の曲面で攻撃を受け流すようになるので、実際の防御力以上にダメージが与えられず、できれば相手をしたくない。
そしてスピカは持ち前の反射神経と動体視力で、大抵の攻撃は完璧に受け流してしまう。それこそカルガモみたいに圧倒的な技量でどうにかするか、魔法で攻めないといけないのだが、それだってあくまでも単体の時の話だ。
廊下という閉所。さらには回復とバフをこなす姐御に、アタッカーの俺までいる。泥沼の消耗戦になるのは火を見るよりも明らかで、消耗品を使ってまで戦いたくないのがナップの本音だろう。
「つーか来客を迎撃するのがおかしいんじゃねぇか!?」
「お前が押し入ってきたの、一度や二度じゃないんだよなぁ」
「用があるからナップを出せって言ってんのに、襲いかかってくる連中が悪いと思うんだよなぁ」
「先に手を出す奴が悪いと思うんだよなぁ」
俺は無言で手斧をぶん投げた。手じゃないからセーフだ。
ナップはそれを禍々しい両手剣で器用に弾き、力強く踏み込んで剣を振り下ろそうとした。
多少の攻撃は受けても構わないという意図。相打ちでも上等。ダメージレースになれば自分が有利だと確信するからこその、割り切った攻撃だった。
が、俺や姐御が指示をするまでもなく、割り込んだスピカが大盾で受け止める。
響く轟音。弾ける火花。
トップクラスの暗黒騎士であり、レベルキャップの開放を果たした、まさしく人間を超えた戦士からの一撃であっても、スピカにとっては恐れるものではなかった。
攻撃を止められたナップは苦い顔をして、
「今のは一対一の場面だと思うんだけど?」
「私も兄ちゃんが悪い気はするんだけど」
首だけで振り返り、肩越しに俺を見たスピカは言う。
「今日は用事があるんだから、兄ちゃんもナップさんもケンカは駄目!」
「やーい、怒られてやんの」
「お前、とことん自分を棚上げして言うよな……」
呆れた様子のナップだが、客人を気持ちよく歓迎するように教育していれば、この展開はきっと避けられたのだ。つまりナップが悪いのは明らかであり、俺は常に正義なのである。
とりあえず挨拶代わりの攻防も終わったところで、姐御が手を叩いて言った。
「それじゃあ用事を済ませちゃいましょうかー。
ナップさんだけですとあれですし、他の幹部の方も呼んでもらえます?」
「あ、はい」
そんなわけで、俺達はようやく客人として会議室へ向かうことになった。
訪問したら強制戦闘が発生するクランとか、とち狂ってるよなぁ。
○
以前も案内された会議室には、大きな変化があった。
壁に牙か爪か――まあたぶん牙だろう、大きな牙がこれ見よがしに飾られている。つい先日、イエローブラッドが討伐に成功した神獣のドロップアイテムだろう。武器の素材にでもなりそうなものだが、おそらくは来客へのハッタリとして、あえて使わずに飾っているのだと見た。
大きなテーブルの上座側、その中央の席にはナップが座り、両隣をニャドスさんとヨーゼフさんが固める。わりと俺らの担当になっているダフニさんは残念ながら不在で、クランの生産職連中を集めてコーウェンにいるとのこと。イグサ王国との貿易でもして儲けるつもりだろうか。
ともあれ、俺達も対面の席に腰を下ろすのだが、
「スピカちゃん、スピカちゃん。できれば鎧は脱いで欲しいかなぁって」
椅子がフルプレートの重みに悲鳴を上げていたので、思わずといった様子でニャドスさんが指摘する。スピカは不満そうに「むぅ」と唸ったが、お前の中で鎧は勝負服か何かなの? いや、確かに勝負する時に着るものではあるけど、実戦を意味するわけではない筈だ。
スピカは不承不承ながらも装備を解除して、インベントリに突っ込む。……ちなみに総重量は推測でしかないが、プレートの厚みを考えると最低でも二百キロはあるだろう。まさに鉄塊。そんなものを装備して平然と動き回れるのは、ゲーム的なステータスの恩恵あってこそだ。
ま、そんなのを装備したまま椅子に座るってのは、流石にちょっとな。うちの拠点でも、姐御を筆頭に室内では鎧を脱げと言っているのだが、どうして分かってくれないのか。
教育の難しさに思いを馳せていると、何故かニャドスさんは俺にまで半目を向けてきた。
「ガウスもそれやめような?」
それというのは、インベントリ――虚空に手を突っ込んでいることか。
俺は照れ笑いを浮かべて、
「すまねぇ。敵地だと思うと、武器に触ってないと落ち着かねぇんですよ」
「ははは意外と肝が小さいよなお前」
朗らかに笑うナップだが、左手は両手剣の柄を握っている。いつでも抜けるっつーか、既に抜き身。一呼吸あれば振り回せるだけの腕はあるし、俺よりも悪質だ。
だから俺も同じように笑って、インベントリから小瓶を取り出した。
「関係ないけどこれ、虫の体液な」
「そういう脅しはやめろよ……!」
「お前が暴れなきゃ中身がぶち撒けられることもねぇさ」
他所の拠点だからこそできる脅しである。武器と言っても、直接的な攻撃力を持つものばかりとは限らないのだ。
武装解除しての話し合いは望めそうにないが、これで双方、武器を持ったことになる。武器は抑止力の役割を担うことで、時として話し合いを円滑に進めてくれる文明の利器なのだ。
さて、それじゃあ本題を――と思ったが、あることに気付いてしまった。
俺は何気なくこの場にいる面子を見回して、
「久々に男の方が多い環境で、なんかホッとする……」
「ああ、そっちのクランは結構女所帯だもんね」
大変そうだね、と穏やかに微笑むニャドスさん。一方その頃、ナップは目を血走らせて「死ねばいいのに」と呪詛を吐いていた。
だが意外なことにヨーゼフさんだけは、表情を見せなかった。
凪だ。いかなる感情も持たない、完全なる凪の表情。その内面を推し量ることはできないが、ただ、瞳だけが訴えている。――意味が分からない、と。
「あ、あー……ヨーゼフさんって、浮いた話とかないんスか?」
何故かいたたまれない気持ちになって、つい話を振ってしまう。
「……ガウス殿。君が何を言いたいのか、私にはまったく理解できない」
重い声。それは安易な共感をも拒まんとする、絶対的な孤独から発せられていた。
「私だって昔は、大人になれば結婚し、家庭を持つのだろうと……そんな当たり前の未来を、信じていたのだよ?」
「――はい! 本題入りましょう本題、ね!」
パンドラの箱を開けてしまったことを悟り、姐御が強引に場を仕切る。まあ今日も姐御は定位置、つまり俺の膝に座っているので、ヨーゼフさんが放つ謎の圧力に怯えてしまったのだろう。
姐御はヨーゼフさんの方だけは決して見ないようにしつつ、
「今日はですね、ちょっとお願いがありましてー。お金を貸して欲しいとか、人手を貸して欲しいとかではないので、そこは安心してください。
少し事情がありまして、ガウス君が強敵と戦わなければいけなくなったんですよ」
――ツバメの出した案を元にした計画では、俺と顔剥ぎセーラーの戦いは避けられない。
戦うのは俺でなくてもいいのかもしれないが、より万全を期すのであれば、やはり俺がいい。顔剥ぎセーラーがその物語の標的として選んだのは、他の誰でもなく俺なのだから。
そしてこの計画において、俺は顔剥ぎセーラーに勝利する必要がある。
しかしそれを実現するには、実力云々の前に避けて通れない障害があった。
「ただ、――その敵が霊属性でして」
これはノノカにも確認を取ったので間違いない。
顔剥ぎセーラーは都市伝説の中で幽霊だと設定されているため、ゲーム的にも類似した存在として扱われている。その結果、ゲームにおけるデータとしての顔剥ぎセーラーは、霊属性のキャラクターになっていた。
霊属性は主にゴースト系などの、実体を持たないモンスターに設定されることが多い。その特徴は幅広い属性への耐性と、無属性――即ち物理攻撃への無効化にほぼ等しい強耐性だ。
「対策はいくつかありますけど、一番お手軽なのって聖属性の武器じゃないですか?
でも残念ながら、ガウス君って聖属性の武器は持ってないんですよねー」
霊属性に有効なのは、同じ霊属性と聖属性になる。
ただし霊属性の武器は今のところ存在していない。それっぽい物がありそうな話はNPCから聞けるのだが、詳しい入手法についてはまだ判明していない状態だ。
聖属性の武器はいくつかあるものの、基本的にボスドロップ。俺には無縁だと言ってもいい。ちくしょう。クエスト報酬にもあるが、そのクエスト、報酬が選択式だったから、別の武器にしちゃったんだよな。
「というわけでですね、聖属性の武器を何本かお借りしたいなー、と」
「……いいんじゃないか?」
あまり考えた様子もなく、気軽に応じるナップ。損をするわけではないからいいか、と思っているのだろう。ありがたいことだが、そうは問屋が卸さない。
待ったをかけたのはニャドスさんで、
「安請け合いするな。貸すのはいいけど、どうして何本も必要なんだ? ガウスが使うなら、斧か剣が一本あれば充分だろうに」
「そりゃあ壊されるかもしれないってのと、複数あった方が便利だからですね」
理由自体は別に隠すようなものではない。俺は正直に打ち明けた。
「俺、武器を盾にすることも多いんで、武器破壊が怖いんスよね。
まあ壊されてもこっちで修理するんで、そこは大丈夫」
「なるほどね。……便利というのは、亜空間抜刀術を使う前提か」
確認するような呟きに首肯する。
亜空間抜刀術というのはスキルではなく、VRゲーム全般で用いられるテクニックのこと。例えば剣術には脇構えというものがある。半身に構えて、体で剣を隠す構えだ。相手に間合いを悟らせない効果があり、奇襲や迎撃を得意とする。
これと同じ理屈なのが亜空間抜刀術であり、素手のまま踏み込み、インベントリから抜いた武器でそのまま攻撃するというもの。構えを必要とせず、間合いの読み合いを拒否する利点がある。
まあ慣れないと武器はすっぽ抜けるし、自分の間合いを間違えるし、普通は初撃限定の手品でしかなかったりで、使い手と呼べるほどに熟練したプレイヤーは、あんまりいないのが実情だ。
ただ、顔剥ぎセーラーと戦うのなら、そんな手品でも用意しておいて損はない。何せ身体能力は軒並みあっちが上。そりゃあ可能な限りの小細工はするってもんだ。
「つーわけで、問題ないなら何本か貸してもらいてぇな、と。
もちろんタダってわけじゃねぇですよ」
言って、姐御の肩を叩く。
姐御はインベントリから小瓶を取り出して、
「じゃじゃーん! こちら、まだ流通していない新商品の香水でーす」
「「「へー」」」
相手側の野郎どもは、揃ってどうでもよさそうな顔をした。
お、おう。流石にこの反応はちょっと予想外だぜ。ダフニさんがいたら違ったのかもしれないが、ここにはいない。頼れるのは俺達のセールストークだけだ。
問題は俺も姐御も、これ出せば絶対食いつくよね、と楽観していたせいで、セールストークをちっとも考えていなかったこと……!
どうしよっかなぁ、と二人で困っていたら、意外にもスピカが口を開いた。
「もー。そんなんじゃ駄目だよ」
唇を尖らせ、不満そうに三人へと言う。
「女の子は匂いを気にしたりして大変なんだから。ナップさん達、狩りも長いでしょ? 自分が汗臭くないかって不安になってる子、絶対いるよ」
「え、えぇ? 汗臭いなんて、皆同じじゃん」
だから気にしなくてもいいじゃないか、とナップは訴える。
しかしそれは、スピカの逆鱗に触れる行いなのであった……!
「だから気になるの!!」
バーン、とテーブルを両手で叩いて、
「他の人が汗臭いのは許せても、自分が臭いのは嫌!
そういう乙女心は、絶対に分かってあげなくちゃ!」
スピカが乙女心とか口にするの、片腹痛いよな。
……いやでも、こいつリアルだと意外に体臭は気にしてたよな。俺相手だと気にするだけ無駄って開き直ってる部分あるけど、制汗スプレーとかちゃんと使ってたし。
ノノカに香水を作ってもらって一番喜んでるのって、実はスピカだったんだろうか。
そんなことを考えていると、ふと思い出したようにニャドスさんが口を開いた。
「そう言えば、水浴びだけでもしたいから、風呂場が欲しいって要望が上がってたな……」
「ああ、ありましたな。――そんな贅沢は必要ない、と切り捨てておられましたが」
「うーん。真面目に検討した方がよかったのかもなぁ」
「あのー。ちょっとお尋ねしたいんですけどー」
恐る恐る、姐御が問いかけた。
「ダフニさんが生産職集めて、コーウェンに行ってるんですよね?
――その生産職、男女比どうなってます?」
問いかけに、野郎どもの顔色が変わった。
あ、そっかぁ。こいつら今まで気にしてなかっただけで、偏ってたのかぁ。
ということは、生産職というのは隠れ蓑だろう。現状に不満のある女性陣が集まって、何らかの行動に移っている段階というわけだ。
「やっば。ヨーゼフさん、手の空いてる奴ら集めて! やっつけでいいから、どこかに風呂場作って!
で、ナップはコーウェンに直行! これ内部分裂しかかってる!」
「分かった! あ、タルタルさん。この香水、貰っていいですか!?」
「ど、どうぞどうぞ」
「あざっす!」
言うが早いか、ナップは香水の小瓶を引っ掴み、会議室を飛び出して行った。
ヨーゼフさんもそれに続き、二人を見送ったところでニャドスさんは言う。
「俺達、友達だよね」
姐御はにっこりと微笑んで、
「香水一本につき、武器一本のレートとなっております」
お友達価格は友情よりも、それぞれの立場が反映されるのであった。
○
武器を手に入れた俺達は、自分達の拠点へと戻った。
借りた武器を試して手に馴染ませておきたいが、どうせなら実戦形式の方がいい。カルガモがいたら付き合わせるのだが、あいつはやることがあるので、たぶん今日は帰ってこないだろう。
そんなわけでスピカに付き合ってもらい、一時間ほど武器の感触を確かめる。借りてきたのは長剣が三本に片手斧が二本。どうして両手斧がないのかと嘆きたい。
ともあれ、試し振りも終えて中に戻ろうとしたら、スピカが先に行けと言う。
「私、お風呂で汗だけ流してから戻るー」
「あいよ。水かお湯は持ってるのか?」
「うん。昨日、インベントリに入れといた」
それなら大丈夫かと、俺はタオルで汗を拭きつつ拠点に入った。
リビングに顔を出すと、クラレットとロンさんがいた。二人はテーブルを挟んで座っており、テーブルの上にはごちゃごちゃと物が散乱している。顔剥ぎセーラー対策として、効果のありそうな道具を作れるだけ作っておこう、ということらしい。
まあ聖水は固定ダメージとはいえ、与えるダメージそのものは低いからなぁ。もうちょっとマシなダメージの出る道具や、目眩ましに使える道具があれば助かるのは確かだ。
ありがたいよなと思いつつ、俺はソファーに寝転んで、クラレットの膝を枕にした。
「よっす。作業は順調か?」
クラレットは一度だけ視線を落として微笑し、すぐ手元に戻して答える。
「うん。ロンさんが思ってた以上に素材溜め込んでたから、大変だけど」
「経費として請求したいところだが……まあ、出し惜しみはなしだ。余れば売り物になるしな」
「商魂たくましいこって」
ロンさんは街の倉庫とかも借りてるからなぁ。狩りにも行かないで商売ばっかしてるけど、一度、総資産を確かめておいた方がいいかもしれない。懐を探るにしても、下調べは必要だしね!
そんなことを考えながら目を閉じる。
昼寝と呼ぶには少し遅い時間だが、動き回って疲れたし、ちょっと休んでおきたい。
意識が微睡みかけた頃、額に何かが触れる。クラレットの指先だ。前髪が邪魔にならないようにと、かき分けてくれたらしい。
そのまま髪を弄ばれるような感触が続いたが、抗議する気はないし、そもそも眠い。
イタズラされてなけりゃいいなとだけ思って、俺は眠りに落ちていった。




