7―1
『政府の陰謀、明るみに』
『許されざる、悪魔の実験』
『人権委員会、決死の告発』
などと、仰々しく飾り立てたゴシップ記事が躍る雑誌を開いて、少し目を通しただけでショウキは投げ捨てた。人権委員会は今回のことを、世紀のスキャンダルに仕立て上げたいらしい。
なにせ、非難轟々だった人権保護法が、今回の事件を解決させる糸口となったのだ。ここで人権委員会の存在を強調しておけば、人権保護法の存続にも繋がるというものだろう。ここの人間にとっては、『人権』という言葉はそれほどまでにセンセーショナルで刺激的な単語らしい。鈴のことも、加奈のことも書かず、ただ『人権の勝利!』などと書かれては、本題も霞むというもの。
ショウキはもっぱら、その本題の方の後始末に急がしい。
“セイラン・テクノロジー”の、富士山を象ったロゴマークがビルの壁面を見上げていると、山下が駆け寄ってきた。
「ショウキさん、ご無事でなによりです」
第一声、そう言った。ショウキは苦笑いしながら
「お前こそ。まさか、山ン中でずっと潜伏していたとはな」
とショウキが、スーツに身を包んだ山下の背中を叩いて言った。
「サバイバルには慣れているんですよ、自分。多分、本部に戻ったらやられてました」
「かもな、お前らしい」
と言う。すでに、パトカーが本社を取り囲み、都市警の人間が入り口を固めていた。
「部長はどちらに?」
「加藤と一緒に、すでに総統府に向かっているよ。あのレポートに一番上に書かれていた人物だ、政治生命は終わりだろうな。与野党は逆転して、二度と政権を取ることはないだろう」
「ま、自業自得ですね。自分らも行きましょうか」
ああ、と言ってビルの中に入った。
「腕、もう大丈夫なんですか」
「ん、まあ間に合わせだがな。丁度いいのがあった」
といって、右腕をさすった。傷口の神経が、まだ痛む気がするがそれも徐々に慣らしていくしかあるまい。
それにしても、と山下が切り出した。
「本当、阿宮さんのことはまだ信じられないです。自分がいない間に、あんなことに……」
エスカレーターを昇りながら、山下が言った。
「ああ」
とショウキは、最後に見せた涼子の、悲痛な顔を思い出していた。
「あいつのことは、そうだな。さすがに、やり切れんわ」
「ヤクザみたいな手、使って。阿宮さんも、一言相談してくれれば……」
「無理だろうな、おそらく。そういうこと、言えないから悩んでいたんだろうに」
ショウキはそういって、吐き捨てた。
「今ここでいっても仕方ないだろうに。俺らは俺らで出来ることをやろう」
そう言ってショウキは、『伊―13号』で、技術顧問の蘭に記された男がいる、社長室を開けた。
扉を開けると、晴嵐幸雄が鞄に書類を詰め込んでいる最中だった。
「お邪魔かな、社長」
というと、幸雄は怯えた顔になって
「な、ななななんだね君たち。勝手に社に入ってもらっては……」
「晴嵐幸雄、あんたに逮捕状が出ている」
ショウキがそう告げた。
「ご同行願おうか。罪状は生命倫理法、人権保護法違反、および未成年者略取。ついでに、そこの戦闘用アンドロイドがちょっとでも手を出したら――」
と最後まで言い切らないうちに、扉の影に隠れていたアンドロイドが飛び出してた。腕に搭載したサブマシンガンを構えた。ショウキの右側、ぴたりとショウキの頭に狙いをつける。
瞬間、ショウキの右腕が光った。
ショウキの右手首から、30cmほどの刃が伸びている。疾人の振動剣を回収し、改良したギミックナイフだ。アンドロイドの右腕を切断し、返す刀で首を切る。循環水が噴き出て、床を白く汚した。
「はい、公務執行妨害追加、と」
言うと、ショウキは振動刃を仕舞った。作動は悪く無い。腕が両方とも金属というのも悪く無いな、両方に武器が仕込めるから、と思って
「つまらん小細工はやめて、一緒に来てもらおうか」
「何を証拠にそんなこと……」
「あの施設の実態を示した、伊13号なるレポート。そこの技術顧問にあんたの名前があったんだよ。それに、鈴が拘束された直後、総統府からあんたの所に直通の通信が入っている。通話記録、ばっちり取らしてもらったぜ。なにより、中森があんたの関与を認めているんだ。あんたに、鈴を消すよう進言されたってな」
ショウキが合図すると、山下が幸雄の肩に手を置いた。節くれだった指が、肩に食い込むのに幸雄が叫んだ。
「ま、待ってくれ! 違うんだ」
「何が違うんだよ、クソ野郎。証拠は上がっている。あんた、初めて鈴を見たときから加奈のクローンだって、見抜いたんだろう。だから、警察にタレこんだんだ。無断で細胞を採取してな」
ショウキが言うと、幸雄が目を見開いた。
「何が違うんだよ。中森が全部、白状したぜ。あの施設が焼かれて、唯一生き残った加奈をあんたが検体として持ち帰った、ってな。あんたは加奈を、実験材料として連れ帰った。おかしいと思ったよ、あんたみたいな人間が“中間街”で、偶然死にかけた子供を拾った、なんて。そんな心優しいオジサンが、都市の内側でふんぞり返っているわきゃねえからな」
皮肉っぽく言う。幸雄は、顔中に脂汗を浮かべていた。
「それで、加奈をどうするつもりだったんだ。細胞を調べるつもりだったのか、それとも加奈と同じようなクローンを造るつもりだったのか――いずれにしろ、鈴を見たお前さんは、自分以外の誰かがクローンを造ったと知り、施設の存在を隠すため鈴を消すように言った。違うか?」
幸雄が死にかけの金魚みたいに口をぱくぱくさせているのに、ショウキがいきなり幸雄の胸倉を掴んだ。
鼻っ面をつき合わせて
「何故、加奈を連れ帰った。何をするつもりだった!」
そう、怒鳴った。幸雄はがっくりとうなだれると言った。
「子供が、欲しかったんだ」
「ああ?」
「……当時、私は研究一筋で……結婚はせず、当然子供はいなかった。だから、子供を……せめて1人でも、と思って」
「はあん、そんなこと言って実験材料にしていたんじゃねえか?」
「ほ、本当だ! 信じてくれ。私はそんなこと」
「黙れ下衆野郎」
と幸雄に唾を吐きかけた。
「なにが、“そんなこと”だ。あの施設で、実験していたことは“そんなこと”じゃねえのか。子供が欲しかっただと、笑わせるな。本当に子供を、加奈のこと思っていたんなら何故軍事用の生体分子機械なんぞ埋め込んだ。何故、ソフトなゲル化マシン埋め込んでやらなかった?」
「そ、それは……当時はまだ」
「ナノバイオは民間技術から軍事技術に技術転用されたんだろうが。いくら高価だったからとはいえ、医療用分子機械が、あんたが手に入らないはずはない。なのに、わざわざ軍事用ときたものだ」
ショウキの声は静かで、それでいて重い。恫喝ではなく、事実を述べているだけだが、その声には実弾をこめた銃のような響きがあった。
「そして、その軍事用生体分子機械を一番造っているのは、てめえの会社だ。いい実験材料が入ってよかったなあ、社長。加奈の体を利用してよ」
「違うんだ! 私はそんなことは」
「もう、言うなよ」
ショウキは幸雄の顎を撫でた。鉄の指が喉にかかる。
「あいつを、これ以上失望させるな」
とショウキは、入り口の方を指差した。
「か、加奈?」
と幸雄が言う。ショウキが横目で見ると、帽子を深く被った加奈が立ち去るところだった。
「加奈、違うんだ。私は、加奈!」
黙れよ、とショウキは幸雄をつき飛ばした。山下が幸雄の腕を取り、電子錠をかける。
「あと、頼んだ」
と山下に言って、自分も部屋を後にした。
これで、あの伊13号に書かれた、関係者の全てを検挙することが出来た。だが、そこまでしてもショウキはなにも達成感など得られない。虚無感と徒労感ばかり、募る。それだけに、失ったものが大きすぎた。
それに、まだ何も解決はしていない。