表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
83/87

6―11

 砲撃のせいで、廊下が火に包まれていた。加奈は廊下の消化剤を拾い上げるが、老朽化が進んでいて使用は不可、と判断。その場に置いた。

 網膜の生体反応が、教室の1つに灯っていた。

 ライフルを手に、注意深く、教室の扉に張り付いた。気配がする。間違いない。

 扉を思い切り蹴破って、その勢いのままに飛び込んだ。ライフルを向ける。

「李飛燕!」

 銃口の先に、飛燕の赤い瞳を捉える。飛燕は、笑っていた。

「ようやく、ここまで来たね」

 飛燕は両手を後ろに組んで、佇んでいた。炎が迫ってきたというのに、逃げなかったのか。

「君の戦い、ここから見せてもらったよ。ウィドウと戦っているときも、あの戦車相手にしているときも」

「観戦気分か、楽しかったか? ショウは。高みの見物ってのはいいよな、自分は絶対に安全、安全である、という愉悦に浸ることが出来る。けど、それも最後だ李飛燕」

 レーザーポインタが、喉に灯る。白い肌に映えた。

「鈴はどこにいる」

 と問う。飛燕は笑いながら

「君はさ、考えたことあるかな」

「何をだ」

 ライフルを保持したまま、動かない。

「この国に生まれて、この国のシステムであるとか、社会だとか。そういうのに、疑問を抱いたことってある? 何故、“中間街セントラル”があるのか。どうして、これだけの格差が広がっているのか。どうしてサムライなんかがいるのか」

「質問を許した覚えは無いよ」

 ぴしゃりと言い放つ。飛燕の笑みは、やはり、寂しげだった。

「そうやって、一方向から情報を与えられて、受け取って。僕はそういうの嫌だった。あの施設を出れば、少しは変わると思ったけど……どこも同じ。都市であろうと、“中間街セントラル”であろうと。そもそも、“中間街セントラル・シティ”なんて、どこも中流セントラルじゃない。どちらかといえば下層ロウアー、それも最下層だ。なのに、皆その呼び方に疑問を抱かない。抱いたとしても、それを口にすることは無い。皆怖いんだよね、疑問を口にすることで自分たちの今の生活が崩れるのが」

 ふう、っとため息をついて、さらに言った。

「でも、そうやって、皆が口をつぐむからこの国はダメになる。僕らみたいな人間が増えるんだ。だから、一度壊さなければならない。そう、思わないか?」

 そう言って、教室の入り口の方を見て

「ねえ、桜花」

 加奈が、その視線の先を見た。息を飲む。

 短針銃フレッチャーを持った鈴が、思い詰めた表情をして、立っていた。

「鈴……」

 というと、飛燕が

「彼女は『桜花』だよ。君の細胞から造られた、新しい『桜花』だ。以前の君より、よっぽど『桜花』だ」

 訳の分からないことをいう。

「飛燕、あんた何か勘違いしているよ。桜花、というのはあんたがわたしにつけた名前だろう。そのわたしから細胞を採取し、その細胞から生まれたあの子を『桜花』と言うのは違う。同じ名前、というだけなら分かるけど。でもあんたは……」

 轟、と炎が沸き上がり、鈴が悲鳴を上げて後ずさった。その拍子に尻餅をついた。

「鈴!」

 思わず、気を取られる。その瞬間。

 乾いた銃声がした。振向くと、飛燕が32口径の拳銃を持っていて、銃口から硝煙が棚引くにそれを加奈に撃った、と言うことを解した。

 そんなものじゃわたしの体に傷一つつかないよ――と思ったが、右足痛みを生じる。もう一発、銃声が響いてまた新たな銃創が刻まれた。右足脛に銃弾を受け、傷口から赤い血が流れ出た。 

 赤、である。

 急に、右足の力が抜けてその場に倒れこんでしまった。

「思った通り、その足」

 と飛燕が言った。ライフルを構えようとするが、それよりも早く飛燕がライフルを蹴飛ばしてしまう。

「疾人に斬られて、付け替えたばかりでしょ? 生体分子機械バイオナノマシンの埋め込みも中途半端だったみたいだね。血球もまだ、そっちの足には馴染まないみたいで、赤い血を流している。黒っぽい赤だけど」

 飛燕が血溜まりを踏みつけ、その踏みつけた足で加奈の顔を蹴飛ばした。

「ごはっ」

 奥歯が折れて、口の中に転がる。次に腹を蹴られた。ぐ、っと胃が持ち上がって、衝動で血と、セラミックの人工歯を吐き出す。こちらは黒、だった。

「加奈さん!」

 鈴が駆け寄ろうとするが、飛燕が銃をつきつけるのに、足を止める。

「でも、こっちの『桜花』も、もういいや。僕があれほど可愛がってあげたのに、この子は僕を裏切ろうとした。君のところで、平和に暮らそうだなんて本気で思っていたみたい」

「きさ……ま」

 加奈が手を伸ばすが、飛燕は煩そうに加奈の顔面を踏みつけた。

「馬鹿だよね。大人しく言うこと聞いていればいいんだよ、『桜花』は。造ってやった恩も忘れて。でもいいんだ。まだまだ細胞はいっぱいある。もう一度、新しい『桜花』を作ればいい。もっと従順な、理想どおりの『桜花』を」

「そうかい。やっぱりあんた、同じだな」

 加奈が呻いた。何、と飛燕が言うより先に飛燕の足を掴む。

「やめろ貴様……」

 と飛燕は、加奈の手を振り払おうとした。しかし、加奈は手を放さない。力強い指が、足に食い込んでゆく。

「同じだよ。あんたは、あそこにいた奴とさ。自分の都合でしか、動けない。ウィルス造って、生殺与奪握った気になって。わたしの細胞使って、自分の理想の人形を作ることしか頭に無い。逆らったら捨てる。そんなこと、わたしたちが。施設にいた全員、一番嫌っていたことだろう。なのにあんた、それをしている。それで国だとか偉そうなこと抜かすなよ、国以前にあんたが腐ってんだよ!」

「黙りなよ」

 飛燕は加奈の右足に向けて発砲した。5連発、銃弾が突き刺さる。鉛の先端が肉を削って、骨を露出させた。神経が引き裂かれ、全身が何か大きな獣に噛み千切られる心地がした。

「てめ……」

「君には何も分からない。分かってももらいたくない。君は僕らと同じところにいて、それなのに僕らを閉じ込めた連中の味方をする。僕らがここで、この地でどれだけの苦渋を味わったか。忘れたのか、屈辱。痛み。その全て。君だって散々味わっただろう、それを」

 また、銃声。足の甲を貫いて、中足骨を砕く感触を味わった。喉から勝手に洩れる声が、相当心地よいのか、飛燕は愉悦に満ちた顔をしている。 

「僕らが苦しんだ、その100分の1でもあいつらに味わわせてやるんだ。それのどこがいけない。どこがいけない!」

 2発撃つ。突き立つ銃弾が、完全に足を破壊した。

「君が初めて、大人たちに辱められた夜。僕は君を救おうとした。でもできなかった、所詮僕は子供で、βグループの貧弱な体しか与えられていなかったから。だから強くなろうとしたんだ。あそこを焼き払って、君と共に抜け出して。いつか君を守れる男になろうって思ったんだ。なのに君は見捨てたんだ、僕を。だから造ったんだ、君を――『桜花』を守るために」

 違う、そうじゃない。

「僕らのように苦しんでいる人はいるだろう。この“中間街セントラル・シティ”と環境建築アーコロジーの都市との不条理を埋められるのは僕だけだ。僕ら、選ばれた――祝福された子供たちだけだ」

 そうじゃないよ、飛燕。そうじゃないんだ――

「お前なんかに、邪魔なんかさせないっ!」

 滅茶苦茶に撃ちまくった。骨と筋肉を引き剥がし、回転する銃弾が肉に埋ると暴れ回って内側を破壊する、その痛み。

鈴が青ざめた顔で見ていて、涙を浮かべているのを見る。

 大丈夫さ、鈴。そんな顔しなくても。 

「嘗めるなよ、李飛燕。そんなこと、言い訳にするな」

 加奈は更に強く、握り締めた。飛燕の足を。

「生まれとか、育った環境とか。酷いところで育ったら、同じことをしていいのか? そんな不文律でもあるのかよ、飛燕。細胞を基にすれば、人間は造れるかもしれない。けど、1人なんだ。その人間は1人しかいない、あんたはその1人の人間と向き合ったことがあるのか、飛燕」

 鈴の顔、怯えている。あの子はすぐに顔に出るんだ。分かり易い。加奈が言ったこと、全てに過剰なまでに反応するんだ。

 うれしいときにはうれしい顔、悲しいときは笑っちゃうくらいにしょげてさ。わたしなんかとはまるで正反対だ。性格も、容姿も、声も、仕草もまるで違う。DNAが同じであっても、共通するところはそれだけでしか無い。鈴は鈴で、加奈は加奈だった。鈴を規定するものは、例えば分子の配列であるとか血液型だとか、脳波のパターンだとか、そういう目に見える数値ではない。自己同一性アイデンティティは曖昧で、けれど不可分で、不可逆。同じになんてなりようが無い、全て違う。同じ肉や同じ血であること、それらの僅かな共通、一体それのどこに価値がある? 鈴と言う人間は、疑いようも無く1人。1人しか、いないんだから。

「同じ括りにするな。あんたが奪った人間は『都市の人間』じゃない、腐った大人たちもいるけど、そんな奴が大半じゃない。そしてわたしは――わたしたちは『桜花』という記号で規定されるものじゃない!」

 銃撃が3連続、響いて銃のスライドが後退する。弾切れを示しても尚、飛燕は引き金を引き続けた。

「あんたに、わかるはずもない。何がわかる!」

「分からないよ、わたしとあんたは違う人間だ。同じじゃ無いんだ、皆」

 飛燕は弾倉を交換した。熱せられた弾倉が、地面に落ちて

「でも、1つだけ分かったよ。君の事。君のアキレス腱がね」

 と言って笑う。まさか、と思い立ち

「馬鹿、やめろ。その子には――」

「僕にはまだ細胞がある。いくらでも『桜花』を」

 飛燕が、鈴に銃口を向けた。加奈が叫んだのも、構わず。飛燕が撃鉄を起こす。

 短針銃フレッチャーの空気射出が、炎の爆ぜる音に混じって聞こえた。鈴は顔を背けて、無茶苦茶に短針銃フレッチャーを連射して、そのうちの1つが飛燕の右手に刺さる。 

 途端、飛燕が銃を取り落とした。

 神経針だ。

「飛燕!」

 加奈は半身を起こした。ナイフを手に、飛燕の足に思い切り突き立てる。飛燕が呻いてよろけた。その隙に、加奈はライフルを取る。

 飛燕が銃を拾い上げた。

 加奈はライフルを構えた。

 単射セミオート連射フルオート、拳銃弾とライフル弾が交差して、互いに傷つける。飛燕の放った弾は、加奈の胸に突き刺さり、加奈の弾は飛燕の腹を貫いた。

 飛燕は、目を見開いて、加奈と鈴の顔を、見渡した。

 血を吐き出した、その色は鮮やかな赤。己の傷と、手のひらの血を見て、飛燕はなぜか自嘲するような笑みを見せる。

唇が、動いた。何かの単語を、象る。

そこから先は、何も言わずに倒れこんだ。

 もう、二度と起きあがらなかった。

「加奈さん!」

 と鈴が飛び込んでくるのを、しっかりと受け止める。鈴は泣いていた。

「無事だったようね。良かった」

「ごめん……なさい、ごめんなさい」

 加奈の胸の中で、鈴が泣きじゃくっていた。涙で、声が震えて言葉になっていない。背中をさすってやると、しゃくりあげるように嗚咽を洩らした。

「いいんだ、もういい。あんたが無事ならいい」

「だ、だって、わたしは……加奈さんの、皆を……」

「こうして、戻ってきたじゃないか。それだけでいいんだ」

 髪をなでる。細い肩が震えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ