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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
82/87

6―10

 艦砲射撃が激しさを増し、砲撃の火柱が海上と廃墟の町の中に立ち上がる。着弾のたびに、岩石が舞い上がって、コンクリートの建造物が吹き飛ぶ様を見る。

「無人だからって好きに撃ちやがって」

 と柳が言う。紫田は窓の外を覗きこんだ。すでに、校舎へも被弾していて火の手を上げていた。ウィルスを焼こうという魂胆だろうか。何にせよ、今降りたら砲撃の餌食だ。

「柳、例の物は投下できたか」

「校舎裏にな。小っちぇえボックスだから、奴らの目には届かんかったみてえだ。秋水が取りに行ったから、まあいいんだけどさ」

「あの砲撃では、援助も満足にできんか」

 とため息をついた。ショウキが合流して、2人して戦車の殲滅に当たっているようだが――あの2人をしてどれだけ持ちこたえられるか。秋水が合流するまでに。

「しっかし、面倒なことになったなあ。いっそのこと、ここからミサイルでもぶっ放してあのイージス艦沈めてやりたいんだが」

「その気持ちは分からんでもないが、手を出した瞬間狙い撃ちだ」

「しかし、こんな所でただ見ているだけってのはよ」

 柳が言うのへ、紫田はショウキから受け取ったチップを差し出して

「こいつを世間に公開するために、下手な行動には出られん。こいつは政府の、非人道的な実験を明らかにするものだ。こいつを失うわけにはいかない」

「面倒だなぁ、ならさっさとネットに流すなりなんなりしろよ」

「それができんから、困っているんだろうが。20年前の端末なんぞ、このヘリには積んではいない」

 轟音とともに、ひときわ大きな火柱が立つ。校舎のすぐ横に突き刺さる。

「ナパームです!」

 と操縦士が言う。見ると、着弾した箇所が炎に包まれ、校舎にまで波及していた。今度は校舎の裏手、丘の方に着弾。

 火焔が拡大する。それは細胞に侵入したウィルスが増殖するかのように、瞬時に広がった。

「秋水!」

 と柳が、窓に張り付いた。丁度あの辺だ、ボックスを投入したのは。柳が無線に呼びかけたが、ノイズが走るばかりだ。兵士の目に、緊張が走り、次に絶望の色が浮かぶ。

「諦めるな」

 と紫田は言う。もはや、一刻の猶予もない。

「明蘭、端末は繋がるか」

「ええまあ。どこかにアクセスを?」

「人権委員会だ。政府が人権侵害を行っていることを、報せる」

「だって上から圧力がかかっているんじゃ。それに、証拠もないし」

「それでも、何かするしかないだろう!」

 語気を荒げると、明蘭が肩をすくめた。

「そんな怒らなくてもいいじゃない」

 明蘭が抗議するのに、紫田はすまない、と言って。

「証拠ならここにあるんだがな、この端末では中身は見ることはできない……」

「あー……お取り込み中すみませんが」

 操縦士が振向いて言った。

「何やってんの、ちゃんと操縦してよ」

 明蘭が抗議するのに、操縦士がすみません、と言ってから

「そのメモリ、ひょっとしたらこいつで解読できるかもです」

「何?」

 紫田が立ち上がった。柳が振向き、明蘭は怪訝そうな顔で

「何言ってるの。端末なんてないじゃない」

「いやー、でもこの機体、結構昔のパーツ使っているんです。AIの自動操縦ソフトに、マイクロソフトのOS使っていまして。割と古い読み取り機器リーダーも備えています」

「どこだ」

「そこです」

 紫田は操縦席に身を乗り出した。確かに、古いDSチップに対応したリーダーのようだ。長いこと使われていなさそうだが。

「早く言わぬか、この馬鹿たれが」

「すみません、さっきは全く聞いていませんで……」

 まったく、といって紫田はチップをリーダーに挿入した。ぴったり、収まる。

「明蘭、端末を繋げ」

 というと、明蘭は端末の有線ケーブルを延ばした。紫田が受け取り、電極トロードをOSに接続する。ノート端末のキーと叩き、

「転送」

 といって、更にキーを弾くと画面上に行列式マトリクスが走る。

 エラーコードが、急に表示された。

「なんか、パスワードがいるって」

「破れるか」

「やってみる」

 と明蘭は、キーを操作した。マトリクスが入れ替わって、二次元的な文字列のコード解析が流れる。0と1の暗号解析を、分子端末のアルゴリズムに当てはめて、システムが弾き出す指数が関数表示を叩き出す。

 逆転する係数が、一度分解したコードを当てはめる。その作業を、明蘭は目で追いながら指を動かした。手が、明蘭の意志とは別に動いているかのように、それ自体が別の生き物であるかのように踊っている。

「あとどれくらいかかる」

「10分」

 と明蘭はそれだけ言った。紫田の言葉など、耳に入っていないかのように。柳が窓の外を見ながら言った。

「長い、10分だ」

 校舎がまさに、炎に包まれつつあった。


 背中の痛みを感じながら、ショウキの体を背負って校舎の中に入る。のしかかる巨体に、加奈の身体が悲鳴を上げそうになる。意識を失っている分、余計に重く感じた。戦車の追撃を避ける為、一旦は校舎の中にはいるがそれもいつまで持つかどうか。

「ショウキ……」

 と言うが、ショウキは応えない。裂けた脇腹から赤黒い血が滴る。ショウキの血は、加奈のものよりも血漿内の人工血球の割合は低い。そのため、傷の治りは悪い。埋め込み率は、ショウキは決して高くはない。

 それなのに、わたしなんかのために身を呈して――あんたは、そんなに頑丈には出来ていないんだ。腕切り落とされて、腹を貫かれて。わたしがあんたたちに何をしたのか、それを考えればこんなこと出来ないだろう。

 俺を頼れ、と言った言葉が蘇って、込み上げそうになる物を押し込める。馬鹿だよ、あんた。こんな無理をして、わたしなんか助けてもどうなるんだ。生き残ったとしても、国家の反逆者という烙印を押され、都市を追われることになる。あんたはそれでいいの? 自分のことも考えろよ――溢れてくる、言葉の数々が脳裏に浮かんだり消えたり、繰り返している。

「加奈……」

 とショウキが、肩口で言うのを聞いた。

「ショウキ、気がついたのか」

「加奈、そこ危ない」

 と言った時、校舎の壁に砲弾が突き刺さった。空気が破裂する音とともに壁が砕け、破片が降ってくる。ショウキを引きずりながら避けると、足元に頭二つ分くらいはありそうな破片が降ってきた。

 衝撃に、よろける。地面に、へたり込んだ。

「もういいからさ、俺のことは。お前は鈴を……」

「放っておけるかよ」

 と加奈は言った。

「あんた置いて、あんたはわたしの相棒だろう。相棒見捨てるほど、落ちぶれちゃいない」

「馬鹿……俺なんかに、構っていたらよ。お前まで……くたばっちまう」

「構うものか」

 校舎の屋上、南棟に戦車の姿を認める。向こうも、加奈たちの存在に気づいたようだった。身構える。

「わたしなんかどうなってもいい。どうせ骨に肉被せたような存在、だけどあんたは、曲がりなりにも普通の人間として生まれて、都市の内側に暮らしている。そういう人間と、わたしみたいな存在、どっちが生き残るべきどっちが劣っているか、わからないわけでも――」

「なら、あの子も劣っているのかよ」

 ショウキが言うのへ、驚いて振向いた。

「そ、それは……」

「自分を否定する、ってことはあの子を否定するってことになるぞ。お前は自分のこと、ぞんざいに扱って――自分のこと、なんか物みたいに思っているんだろうがよ。あの子にとってお前は1人しかいないんだ。そうだろう? あんなに頼ってさ、お前たち。本当に姉妹か親子みたいだ」

 まただ。

 また、ショウキの言葉が突き刺さってくる。こいつはいつも、核心ばかり突いてくる。いくら防壁を張り巡らせて、侵入を拒んでも。ショウキはいつも、易々と加奈の中に入ってくるのだ。それは決して不快感を伴う侵入じゃない。

 気がつけば、開かされている。

「それは……そんなこと……」

「鈴はお前のことを頼っている。お前は鈴のことを守ると決めている。互いに必要として、補い合って。そいつは不可分だ。DNA鎖の相補性と同じことだ、互いにとって互いは唯一だ。そして俺にとっても」

 とショウキが立ち上がった。戦車が南棟から北棟に飛び移り、今まさにショウキの目の前に降り立ったのだ。

 加奈の前に立ちふさがった。

「俺にとってもお前は唯一だ。お前に必要とされなくてもいい、だが俺にとってお前は……」

砲塔が、ショウキに向いた。

ショウキが銃を構える。リヴォルバーの銃口と、20mm機銃が、相対する。

「やめろ、ショウキ」

 背中越しに叫んだ。ショウキが少し顔を傾けると、口元が上がったように見えた。

「やめろ!」

 悲痛に響いた。ショウキが引き金を、引いた。


 爆音が轟いて、一瞬、雷鳴のように届く。

 チェーンガンの銃声はいつまでたっても響かずに、代わりに背後から、空気を切り裂く衝撃がした。

「そこどいて!」

 と言う声がして、破裂するような射出音がする。加奈の後方から、ロケット砲弾が飛来して戦車に突き刺さった。

 機体が炎に包まれる。

 目を凝らすと同じように、四方から榴弾が飛来して戦車に突き刺さる。2発、3発と爆炎の華を咲かせて、機体を炎上させた。

「間一髪ね」

 と女の声。ぼんやりと、その方向を見ると柳秋水がRPGを肩に担いで立っていた。

「あんたは……」

「お久しぶり。晴嵐さん」

 屈託無く、笑う。何故ここに、秋水がいるのかと思ったがそういえばショウキが、報国同盟の連中と来ていると言ったっけ。

「は、美味しいとこ持っていきやが、って……」

 とショウキが崩れ落ちるのを、加奈が支えた。

「あんた、そんな武器どうしたんだよ」

 ショウキが聞くと、秋水は

「父が届けてくれた。他の皆もね」

 そう言うと、校舎の影と植え込みから、同盟の兵士たちが出てくるのが見えた。

「ナパームに焼かれそうになったわ。校舎に直撃しなかったけど、ここが燃えるのは時間の問題ね。早いところ、ここを出たほうがいいわ」

 といって、秋水がショウキの傷を覗きこんで

「あら、随分深いわね。あとその腕」

「オーライだ、内臓はやられてねえ。いける」

「へえ、タフなのねあなた。タフな男って、好きよ」

 秋水が言うのに、加奈は睨みつけてやった。

「あんたねえ、何いって――」

「冗談よ。他人様の物を盗るなんてことはしないわ」

「は、はあ?」

 何がおかしいのか、秋水は加奈の顔を見て笑った。秋水は立ち上がって

「彼は、わたしたちが看ています。あなたは飛燕のところに」

 秋水が言う。

「俺も行く」

 ショウキが半身を起こす。

「その体じゃむりだって」

「っせえ、甘く見るなよ。埋め込み率が低いったって、このぐらい……」

 といって立ち上がるが、うっと呻いて膝をついた。

「無理しない方がいいわ。あの刀の男と戦って、相当体力を使ったみたいだし。ここはじっとしていた方がいい。晴嵐さん」

 と秋水が言って、肩のライフルを差し出した。

「銃弾は通常弾ですが、無いよりマシでしょう。あの李飛燕、なにかしら特別な改造はしていないみたいですし。ここは、あなたに任せます。あとで、わたしたちも向かいますから」

 改まって言う、その姿はゲリラというより軍人のそれに近かった。伊達に、今まで共和国を相手に、地下で戦っていたわけではないということか。加奈は素直に、ライフルを受け取った。

「感謝する」

 そう言って。

「ご武運を」

 秋水はそう言って、敬礼してきた。一瞬、驚いたが加奈もまた敬礼で返す。ライフルを構えて、踵を返して北棟にと至る。

 その時、北棟の屋上に砲弾が突き刺さった。


「紫田」

 と詰め寄って

「俺ぁ、行くぜ。部下たちを助けなければ」

「待て」

 と紫田が制すが、柳は紫田の手を振り払った。

「何を待てと言うんだ。このままだと俺の部下は、娘はやられちまう。お前の部下もそうだろう。このヘリはオンボロだが、それでもあのイージスの一隻ぐらいは沈める火力はある」

「馬鹿、昔とは違う。奴らは軍隊なんだ。例え、一撃食らわせることが出来たとしても、こちらが手を出せばたちまし餌食だ。いや、手を出すことすら許してくれんだろう。お前さんがいくら優秀でも、一介のゲリラが立ち向かえる相手では――」

「ならどうしろってんだ!」

 柳が紫田の胸倉を掴んだ。これほど激昂している柳も、珍しい。

「落ち着け。今、明蘭がこいつのプロテクトを破って、それを人権委員会に」

「落ち着け落ち着けって、お前はいつもそれだな! 昔から大局を見守れだの、時代の流れだとか。いっつも、受動的で。能動的に動いた試しがあるか!」

 鼻っ面を突き合わせて唸る。紫田は静かに言った。押し殺すように

「……わしだってつらいんだ、柳。お前だけだと思うなよ、誰だって同じなんだっ……」

 柳の目が、頭1つ高い場所から見下ろしてくる。柳の体から発せられる気迫が、粒子の塊のように感じた。圧迫感を伴う空気が、圧してくる。紫田はそれに対して、一歩も退かず、睨み返した。柳の額に汗が浮かんでいる。同じように、紫田の首筋にも汗が伝った。

 一触即発の空気が、流れる。

「お2人とも、お取り込み中悪いんだけどできたわよー」

 と、空気をぶち壊す声がした。明蘭が、2人の睨み合いに呆れたように

「10分も待てないなんて、せっかちね。きっとアレも早いのねあなた」

 ため息混じりに言った。

 柳が何か言い返そうとするのを押し止め

「流石だな。それで、中身は」

「んーなんか書いてあるわね。『伊―13号』、なにかしら」

「伊、とは伊豆のことかの。よくわからんが」

 とキーを叩く。

「なるほど、内容は実験レポートのようだな。ヒトモザイク胚の実験レポート、これだけでも重要な証拠となりうる。しかも」

 と紫田が、キーを操作すると、画面が切り替わった。

「関係者のリストか」

 紫田が言った。

「結構、大物の政治家や企業家の名前があるな」

 柳が後ろから覗きこんで言う。

「施設の実験内容、どうやら各方面に生かされているようじゃないか」

 皮肉っぽくいう。リストの最後に記載された名前を見て、吐き捨てた。

「成功の源はこれだったということだ」

 言うと、明蘭に

「人権委員会にそいつを転送しろ。新聞社にもだ。この事実を公表する」

「けど、外圧がかかるんじゃないかしら」

「これほどの人権侵害、隠しとおせるわけはない。特に、その総責任者の名を見ればな」

 了解、と明蘭は埋め込み端末に繋いだ。


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