6―8
「多脚戦車です」
とオペレータの1人が言うのに、紫田は舌打ちした。
「あんなものを隠し持っていたとは。ナノカメラには何にも反応が無かったぞ」
「多分、電磁シールドね」
と明蘭が言って
「それも局所的な。あの戦車の周りと、鈴のいる所だけシールドが張れるようなタイプ。本部でも使われているでしょうに」
「ほう、そんなのがあるんか。“御所”にも設置してえもんだな、おい姉ちゃん。それ、いくらまでなら出す」
「呑気な事言っているな」
柳が言うのに、紫田が怒鳴った。
「晴嵐の火力なんて、たかが知れている。拳銃で戦車に対するなどと」
「まあ、心配いらねえよ」
と柳が言った。
「そういうことなら、こいつで撃ち落とせばいい。今の軍じゃ、使われないがまだまだ現役だぜこいつは。朝鮮でも使われたタイプだ」
と柳が、ヘリの内壁を叩いて言った。
「いけそうか」
紫田が操縦士に言う。
「なんとかやってみます」
若い操縦士が言った。紫田は頼む、と言って
「ショウキも呼び寄せる。晴嵐1人の手には余るだろうからな。あやつはどうした?」
「なんか屋上にいるわよ。あの刀男と、睨みあっている」
明蘭が言うと、柳が端末を覗きこんで言った。
「あーこりゃあ長引くな。うん、こりゃ長引く」
「何がだ」
「あの2人。相当、力が拮抗しているぜ。すぐには結着つかねえよ、なにせ動いたら結着ついちまうんだしよ。先の取りあい、気のかけあい。余計な通信入れると、あいつ死ぬぜ?」
「なるほどな」
確かに長引く、と紫田は思った。互いに手練れだと、却って動けないものなのだ。動き出す瞬間を、互いに狙う。相手が動くのを誘う。ゆえに、動けない。剣の世界では、良く在る。
「あの男はお前んところの部下に任せるしかないだろう。今は、戦車をどうにかしなければな。降下しろ」
と柳が命じる。その時、直下で爆発があった。丁度、漁港のあるところだ。
「何だ、一体」
「艦砲射撃です。どこからか、攻撃を受けています。」
「はあ?」
柳が怪訝そうに言った。紫田は、ふと思いあたって明蘭に
「外洋を映せ」
という。明蘭が端末を操作すると、半島全体の映像が流れた。矛のように突き出た半島と、太平洋の映像が映される。その時、紫田は沖の方に3つの影が映されているのを見た。
「こいつぁなんだ」
柳が、影を指差して訊く。
「海軍のイージス艦だ」
紫田が唸った。そういうことか、と。
「奴ら、わしらごとここを消すつもりだ」
と言ったとき、また砲撃。ヘリが大きく上昇した。
「どうやってここを突き止めたんだ」
「晴嵐を追った連中が、位置情報を送ったのだろう」
紫田が言うと、また爆撃。今度は2つ続けざまに、起こった。
「まずいな、これでは援護どころではないぞ。これでは近づくことすらままならない。いまは光学迷彩に隠れていられるが、粒子を散布されるとコトだな」
「近づけねえ、ってことか」
「今の所は」
「クソッ」
と柳が毒づいた。無線を引っ掴んで言う。
「ビビッてちゃあ、部下1人の命も救えねえぜ、なあ紫田よ」
「焦るな。今考える」
そう言うと、また直下で火の手が上がった。柳は無線に向かって言った。
「3番、4番、9番、援護に回れ。それと、秋水」
と柳が呼びかけるのに、無線の向こう側で秋水が応じる。柳が言った。
「渡すものがある。今から放るから、受け取れ」
騒がしくなったな、とかすかに思う。S&Wを構えたまま硬直し、それでどれだけの時間が経ったか分からないが、耳に聞こえるのはかつて択捉で嫌と言うほど聴いた砲撃のそれだった。
疾人はまだ、動かない。
互いの圧力が増大し、鬩ぎ合うが、それは永遠ではない。膠着状態が続けば、気を張っていても人間である以上、気を緩めることがある。奴がどれほどの改造を施しているのか分からないが、かすかに疲れの色が浮かんでいるのが伺える。
こちらも、もう限界に近い。
噴き出た汗が冷え切って、筋肉が硬直してきている。もうずっと、同じ姿勢でいるからな、とショウキはしかし、動けば斬られるという観念にとらわれて、動くことは出来ない。それは相手も同じはずだった。人体をベースにしておいて、人間の生理現象から逃れられるはずも無い。長くなれば、筋肉が悲鳴を上げるのは必定。
それが、いつ、ということが問題なのだ。
遠雷のように、砲撃が響く。艦砲射撃か、いよいよ軍もここを嗅ぎつけたなと思いつつ、いつここが狙い撃ちされるか分からない、その恐怖心が頭をもたげ始める。余計な事を思うな、殺られるぞ、と言い聞かせた。艦砲射撃にやられるよりも先に、この男に斬られるだろう。
ここが撃たれれば、この男諸共、死ぬ。そうなる前に、結着をつける。何もせずにここで果てるならば、いっそこの男と刺し違えて――
刺し違える? 何を考えているんだ俺は。
正気の沙汰じゃない、と思った。どうして自分の命を差し出して、こいつを討とうとするんだ。本末転倒だろう、自分の命を守るために戦っているのに、命を差し出すなんて。
いや――そうじゃないかもしれない、とショウキが思った。何のためにここまで来たのか、自分のためか? テロリストを殲滅して、国家に報いるため? あんな仕打ちをした国家に。
違うだろう、ショウキ。自分自身に、問い詰める。俺がここに来たのは、加奈を放って置けなかったからだろう。そうじゃないのか、だから俺は――
加奈を助けたかった。
だから、ここに来た。
勘違いするな、自分のためじゃない。だから。
「疾人っつったっけなあ、お前さん」
銃を構えたまま、ショウキが言った。
「どうして、李飛燕につき従う」
「……それを聞いてなんと?」
脇に構えたまま、疾人が言った。
「死んでいく奴ってのは、なにも言わずに死んでいくんだ。誰にも聞かれずに、な。俺が聞いてやるよ、どうせなら」
右足を、前に進めた。疾人が腰を落とす。
「これしか、ない」
疾人が言った。
「俺にはこれしかないから。それだけだ」
なるほどね、とショウキは思って
「似たようなもんか」
言った、時。
引き金が引かれた。
轟いた銃声と共に、オレンジ色の火球が瞬いて、彼岸花が破裂したような発射炎が闇を焼いた。
疾人が動いた。右足を滑らせて、腰を沈めて走る。
首筋を、銃弾が掠めた。疾人の左耳を削ぎ、頬に黒く火傷の痕が刻まれる。
間合いの内に、入り込んでくる。
もう一度、銃口を向けた。
疾人の刀が走った。
銃撃が――最後の銃弾が吐き出された。
「これしかない、って言うけどよ。俺も、そうなんだよ」
とショウキが言う。
「だけど、あんたは自分しかない。自分のことしかない人間だ。飛燕に絶対の忠誠誓っているってわけじゃなさそうだし」
赤黒い血が流れて、コンクリートを叩く。2人分。
「俺は、そうじゃなかった。どうやら、一番大事なのは自分の命、じゃなかったみたいだ」
疾人の刀が、ショウキの右肩に食い込み、腕を斬り落とした。鎖骨部分より先が、消失していた。
「あんたは、どうだ」
だが、それと同様に――ショウキが撃った弾は、確かに届いていた。
「……無念」
と疾人は呻き、血を吐いた。胴体が大きく傾き、上半身が地面に落ちる。腰から下、下半身はしっかりと地面を捉えたままだった。
着弾した対機甲弾が、皮膚に入り込み、内側から破裂して内臓と骨を破壊して胴体を粉砕していた。地面に転がった、疾人の上半身からは背骨が覗き、腸が長い尾を引きずって伸びている。断面から内臓らしき肉の塊が、2,3零れていた。
腕から血が噴出すのに、ショウキは人工血球を注射した。すさまじい痛みが襲ってくるに、歯を食いしばって耐える。血小板が傷口を塞ぐのを待つ。
勝利を実感することは無かった。そんな余裕は無かった。死力を尽くして、体力はとうに限界を超えていた。生還したことを喜ばしいと思うことも無い、紙一重、いやそれよりももっと僅かな差に過ぎなかった。自分が生き残れたことなど。
敵にしておくには、あまりに惜しい男だった――と思った。
「さて……」
と立ち上がる。斬りおとされた腕から、銃を取り、片手で再装填した。血が足りないからか、それとも体力を削りすぎたのか、足元がおぼつかない。眩暈が、した。
「待ってろ、加奈」
と言う。今助けに行くから、待っていろ。今度こそ、お前を助けてみせる、と。銃をハーネスに収めた、時。
空気を切り裂く音がして、ショウキの背後で金色の火球が弾けた。
校舎裏に着弾し、火の柱を上げる。粉塵を撒き上げて、土砂と樹木の欠片が屋上にまで振ってきた。
また、火球。2つ、着弾する。
「休ませちゃ、くれねえな。奴らも」
とショウキが呟いた。李飛燕諸共、ここを消すつもりだ。
ショウキは先を急ぐ。