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「位置特定」
と明蘭が言うと、柳が端末を覗きこんだ。
「場所は」
「ええと、これは……何かの建物? “蟻塚”とはまた違うみたいだけど」
位置情報を下に、衛星で画像を解析する。灰色の建物が、映し出された。
「学校だな」
と柳が言った。
「廃校になって間もないな。“中間街”の学校なんて、子供がいないか、もしくは経済的理由でどんどん統廃合が進んでいる。ここも、その一つかね」
「なるほど」
と明蘭が皮肉っぽい口調で
「そう言えばあの子、年齢的には中学生だものね」
「それに何の関係が?」
紫田が訊くのに、別にと言った。
「で、どうします? “蟻塚”ほど、複雑な構造はしていないと思うのですが」
紫田は唸って
「確かに。だが、念には念を入れたほうがいいだろう。予定通り、ナノカメラを投入する」
「あれは使用許可がいるとか言ってなかったか?」
柳が茶化すように言った。
「勝手に使ったら、政府に叱られるぜ? 紫田よ」
「真相究明こそが、わしらの仕事だ」
と紫田が言った。
「それに、一度政府に殺されかけた。そんな政府にいまさら許可も何もない」
「ほほう、お前もなかなかやるな」
「お前に言われると、褒められている気がしない」
紫田は同盟の兵士に告げた。
「カメラ、投入」
その言葉を受けて、ヘリの両サイドのランチャーから射出される。合わせて3発、ナノカメラの詰まった砲弾が放たれた。一旦空高く舞い上がったかと思うと、ぽんと弾けてパラシュートを開かせる。そのまま降下し、1つは学校の中庭、もう2つは校舎と体育館らしき建物の間に降り立った。数秒後に紫田が再び言う。「開放」
端末を注視すると、着弾点から白っぽい煙が上がるのを、確認した。建物内部を走査したナノカメラの映像は、加奈とショウキの網膜へと送られる。
「生体反応をキャッチしました」
明蘭が言うのへ、紫田が端末に顔を近づけた。校舎は南と北、二つの棟に分かれていて、生体反応が南の棟に3つ、北の棟に1つ、体育館に1つ、在った。あとは、校舎の周りを取り囲むようにして同盟の兵士たちの――おそらくショウキと秋水も混ざっている――反応が、全部で9つ、灯っていた。柳が無線で指示を飛ばす。
「3番、4番は二人組で体育館に回れ。1番は2番を連れて北口から潜入。残りは全て南棟の制圧、急げ」
《了解》
と、古い無線機から声が飛ぶ。1番、2番はそれぞれ秋水とショウキを表している。ショウキと秋水を組ませるのを望んだのは、柳だった。どういうことか、と聞くと「“特警”の技術を盗みたい」とのことだった。常に貪欲、昔から変わっていないなと思っていると
「お前さんは、なんか指示しないのか」
柳が訊いてきた
「わしは常に、現場に任せている。ナノカメラを投入したのなら、わしがいちいち言うことも無い」
「はーなるほどね。ハイテク化されてると違えわ、やっぱ」
「それは皮肉か?」
「褒めてるんだって」
と言うものの、やはり、褒めているようには聞こえない。
「ただ、今回はそうも言っていられないか……」
ナノカメラの映像では、人間の生体反応しか得られなかったがもし例のウィルスをばら撒いて来たらどうするか――あれは特定の人間だけを殺すことの出来る特殊なウィルスだ。“特警”の塩基情報は、あの本部を襲ったハッキングウィルスでも盗み出されることはなかった。 ならば加奈の塩基情報と鈴の塩基情報を照合させて、クローンと断じたのは誰であるのか気になる所ではあるが……とりあえず、加奈が被害に遭う事はないだろう。加奈と鈴のDNAは同じものだ。ウィルスを使えば、李飛燕は“幸福な子供たち”の、自分の仲間を死に至らしめることになる。だが、国民ゲリラであっても塩基登録は強制的にされている、京都報国同盟の突入員たちは――秋水は無事ではすまないだろう。仙台を襲ったウィルスは、おそらく全国民を死に至らしめる効果があると考えた方がいい。今まで、移民のDNAにしか反応しなかったウィルスが、他の日本人にも効くようになったことからも伺える。
あれを使われたら厄介だ、と紫田は思って
携帯端末を掴んで、「晴嵐」と呼びかけた。
「いいか、晴嵐。ウィルスを持っているのは、李飛燕である可能性が高い。お前は最初に、李飛燕を確保しろ。対象Aは、ショウキに任せるんだ。いいな」
《了解》
という声が洩れて、端末に写った北棟の点が移動を始めた。
「飛燕を確保したところで、別の奴がウィルスもっているかもしれねえぜ?」
柳が言った。
「それより、お前さんの部下の心配をした方がいいのでは? あのウィルスはお前の部下に効く怖れがある。お前の娘に」
「まあ、他の突入員たちは確かに、な。ウィルスに感染する心配がある。一応、防護マスク渡しちゃいるが。ただ、秋水に限って言えば……まず、ウィルスにやられることはまずない」
「何故」
「んだってよぉ、あいつは――」
「“UNKNOWN”よ」
と秋水が言った。
「何か?」
「だから、わたしの遺伝子。世間的にはそうなる。塩基情報、登録していないから」
「お前、固有主義者だったのか?」
「一緒にされたくないはないけど、そうなるのかしらね。わたしが、っていうより京都報国同盟全体が。塩基登録が始まったのが、政変の直後。わたしが生まれたとき、父はわたしのDNAを国に差し出すのを拒んだ。当然よね、ゲリラだもん。それで、現在の同盟の支配下にある京都、大阪の各家庭でも、子供の塩基登録を拒む親が増えているわ。多分、京都に住んでいる10歳以下の子供の殆どは“UNKNOWN”じゃないかしら」
「つまり、飛燕共がトチ狂ってウィルスを全国にばら撒いてもその子らは助かる、ということか」
「コードを盗み出した先が、データベースだけならね。他にも塩基情報が流出しそうなところはあるもの、病院とかね。まあ、京都の医者なんて殆ど外とは交流しないけど。交流するとしたら、台湾政府経由だし」
「そうかい。ならば、ウィルスが撒かれたらお前さんに矢面に立ってもらおうか」
とショウキが、目的地点たる鈴のいる階層を走査する。
いた、と呟いた。教室の真ん中で、椅子に座らされているのは鈴だろう。脇には、銃を持った子供ともう1人――あの刺青男の姿があった。画像が不鮮明で、刺青まで見えたわけではないが、刀を携えたコートの男なんて、心当たりは1人しかいない。
「あの野郎とは遭遇したくねえ、つうか厄介すぎる」
とショウキが言った。
「もう1人の少年はどうか分からんが、少なくともあの刀の男には注意したほうがいい」
「どうするの?」
秋水が、ショウキの端末を覗きこみながら言った。
「南棟には、今何人いる?」
「突入員が4人、狙撃手が北棟に陣取っている」
「こうしよう。俺とお前あと2人、その4人は廊下、もう2人の突入員は屋上に待機する。北棟から狙撃手がこの刀の男を狙撃する。教室にはカーテンはかかっていない。やれる筈だ。それを合図に、俺たちは廊下側から強襲し、7番、8番は屋上からワイヤーで降下して制圧する。どうだ?」
「確かに、それがベストね。狙撃手が仕損じたら?」
《俺ぁ仕損じたりしませんよ、お嬢》
会話を聞いていたらしく、秋水の無線機から声がした。聴覚デバイスのような埋め込み式ではなく、耳に掛けるタイプだ。音が丸聞こえである。
《あの、レンジャーの鎧野郎どもの喉を貫くよりかは簡単でさぁ。あんなデカイ的》
「9番、私語は慎め」
秋水がマイクに向かって言った。
「あの時、俺たちを助けてくれたのはお前さんかい」
ショウキが、秋水のマイクに向かって言った。
《ああ、もう1人のお仲間は救えなかった。すまねえな》
「とんでもない。今俺がこうして生きているのもあんたのお陰だ。感謝する」
《何、礼にゃあ及ばねえよ》
と言うのが聞こえた。ショウキは向かい北棟を見ると、髭面の中年男が、ロングバレルの国産狙撃銃を持っているのが見えた。光学レンズで拡大すると、笑いながら手を振っていた。同盟の兵士は調子がいいな、と思って
「ちょおっと、離れてよ」
と秋水が抗議した。マイクに顔を近づけて、いつのまにかキスしそうな距離にまで接近していた。慌てて離れると
「まあ、最悪俺が体張ってあの男を止める。狙撃とは別に、俺は突入すると同時にあの男を狙う。他の者は、対象の確保だけを考えてくれ」
「だってさ、皆」
秋水が無線に向かって言った。
「それでいいね」
《了解》
無線の向こうから、複数の声が答えた。