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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
71/87

5―17

 バイオマテリアルのタイルが積み上げられた通路に、鉄の配管が神経のごとくに張り巡らされている。バイオガスで暖められた純水が管の中を流動し、ごぽごぽと音を立てていた。LEDの赤色灯が2m間隔で設置されている。ここの電力は、本部の発電システムとは別のライフラインから供給される。お陰で、本部のシステムがダウンしても暗闇に彷徨わなくても良いということだ。表向き存在しない通路であるがため、適当な企業名を市に登録し、そこに電力を送り込むよう仕向けている。数mほど行けば下水道に通じ、市街地に至る。こうした脱出路は本部の各フロアに備え付けられており、それぞれの部署ごとに異なる方法で脱出することができる。本部の他の人間も、うまく逃げ込めただろうかと思ったが今は自分のことが最優先だ。

 下水道に出る。

「ここからは2手に分かれる」

 とショウキが宣言した。

「加藤、お前は1人でも大丈夫だろう。なんとか街に潜伏して、生き延びてくれ。明蘭は俺と来い、お前1人じゃちと危険だ」

「あら、守ってくれるっていうの」

「ああ、若干頼りないからな」

 それを聞いて明蘭は、なぜか不機嫌そうな顔になったが

「まあ、いいわ」

 と言う。加藤は小さく頷いて

「ご武運を」

「そっちこそ」

 短く言うと、ショウキと加藤は拳を軽く、突き合わせた。加藤はそのまま水の流れる方へと走って行く。

「俺らも行くぞ」

 と声を掛け、加藤が去った方向とは逆の方に、駆ける。


 最近やたら下水道に縁がある、と思いながらマンホールの蓋を開ける。隙間から様子を伺うのにデジャヴュを感じつつ、どうやら外はどこかの路地裏であると判断した。外に出て、明蘭を引き上げる。

「これからどうするの」

 と明蘭が訊くのに、ショウキはわからない、と答えた。

「都市警も俺らを探していることだろう。軍のあの本気具合を見れば、対機甲弾使って狩りにくるだろう。例え“中間街セントラル”に落延びて他の都市に行こうにも、もう各地に手配書が回っているだろう」

「じゃあどうするの」

「とりあえず、このファイルを」

 とショウキが言って

「こいつをマスコミか、あるいは人権委員会に持っていく」

「そんなことしても、この国は――」

「でもそれしかないだろう。逃げ場はない、この国から出ることも適わない。今は戦時、なら出来る限りのことをして戦うより他無い」

 そう、言い放つ。それは覚悟だった。自分でも、感じられた。怒りや悲哀といった感情に衝き動かされている、そう自覚できる自分が、確かにいる。任務に対する義務感や仕事に対する責任とか、そういうものとは違う。根源的なもの――施設の実体を調べるうちにたどり着いた、国が行っていた実験。“中間街セントラル・シティ”を「非人道の市場」と揶揄しながら、自らがその非人道的行いに関与していた、そのせいであいつは、あいつらは……加奈は。 

 許されるか。

 ショウキは初めて、自分の意思で動いている、気がした。

「ねえ」

 と明蘭が言う。

「あれ、レンジャーじゃない?」

「んあ?」

 と言った瞬間、上空から何か大きな物体が降りる気配を感じた。光学迷彩で姿を隠した何かである、それだけは分かった。

「伏せろ!」

 命じて、ショウキはその「何か」が降って来たと思しき方向に向かって発砲する。散弾が展開して、着弾と共にナノ火薬が炸裂。炎のカーテンを生む。再度撃つが、もう一体の、姿の見えない「何か」が近づいて銃身を抑え込む。その透明な「何か」と銃を奪い合うが、力負けしてショウキは地面に這いつくばらされてしまった。

 奴ら、どうしてここを――クソッ垂れ!

S&Wを抜く。その腕を、「何か」に押さえつけられた。もみ合いながら、明蘭が取り押さえられているのが目に映る。ややあって、その「何か」が姿を現した。やはりというか、レンジャー部隊の赤い光学素子が目の前に灯る。

「てめえら!」

 と叫ぶと、ショウキは腕の関節を強化外骨格パワードスーツに極められた。まるで虫ピンに固定された蝶のように、ショウキの体は動かなくなった。明蘭の首筋には、単分子ナイフが突きつけられて、やはり動けそうも無い。

「ご苦労さん」

 と言う声がして、顔を上げた。

「あんたぁ……」

 ショウキは立ち上がろうとしたが、もう1人の兵士が顔を地面に押し付けた。むっとした生ゴミの臭いのする地面とキスをする。目だけで上を仰ぎ見た。

「張劉賢、どうしてここに」

 ふてぶてしく笑う、声の主に怒鳴った。張はしゃがみ込んで

「いいザマだな、黄尚鬼。ええ?」

「なぜ、その名を」

「何だって知ってるさ、貴様らのことはな」

 張が、唾を吐きかけた。

「てめえ、このクソ野郎。大体なんで、都市警の貴様が軍のレンジャー部隊の指揮執ってんだよ。大体なんで、ここを知ってんだ!」

「異なことをいう。まあ、そういった諸々の疑問を片付けるには、彼女を紹介した方が手っ取り早いだろうな」

 そう言って、張は

「こっち来ぉ」

 と、1人の人物を路地裏に招き入れた。その人物を目にしたとき、ショウキは――おそらく明蘭も――凍りついた。

 悄然と俯く、阿宮涼子の姿を見て。

「あ、みや?」

 最初は声にならなかった。その位、衝撃的――というより理解できなかった。なぜ、そこにいる? 張の隣なんかに。

「彼女が、お前たちがこさえた横穴の存在を教えてくれたんだよな」

 そしてこいつは何を言っているんだ?

「貴様らがコソコソと――下田まで足を運んでなあ、議会はお前たち“特警”を排除することを決定した」

「てめえ、あの時も」

 金の店を爆破し、久里浜邸を襲撃し……こんな芸当は、こんなことをするなんざ

「“山猫”か、貴様」

「ほ、良く知ってるな」

 張は煙草に火をつけて、煙を吸い込んだ。鼻息と共に吐き出して

「今回の掃討、都市警と軍の共同作戦だ。“山猫(我々)”の言葉は、総統閣下の言葉と同値。今頃、お前の仲間たちも」

 と言った時、遠くの方で銃声が鳴るのを聞いた。まさか、と最悪の結果が予測される。

「加藤……」

 張が面を歪めた

「阿宮は」

 とショウキは言った。

「阿宮は、“山猫”なのか」

「彼女は我々の協力者だよ、いろいろとお前たちの内情を探るのに役立ってくれた」

 ショウキが涼子を見た。阿宮涼子は白衣ではない、最後に見たときと同じく都市迷彩に身を包んでいた。ずっと下を向いて、黙している。

「本当なのか、阿宮」

 そう問いかけるも、やはり、黙ったままだ。

「ずっと、俺たちを騙していたのか? お前が。本部の脱出経路を教えて、俺たちを売った……」

 涼子の唇が震えている。何か大きな過ちを告白出来ないで、罪悪感を拭えないでいる幼子のように佇んでいる。もう一度、訊いた。

「どういうことだよ、阿宮涼子!」

 やがて、ゆっくりと口を開いた。

「……弟がいるの」

「それは聞いた」

「もう、3年も会っていない……広島の、学園都市から……一歩も……外には……」

 切れ切れにいって、涼子は大粒の涙を流した。そう言うことか、とショウキは思った。家族人質にとって、エージェントに仕立て上げて――それがこの国の、“山猫”が隠したがっていた体質か。舌打ちした。

「加奈じゃねえけどよ、転職考えたくもなるわな。こんな国のために、俺らぁ……」

「国家の敵は排除する」

 張が煙草を、ショウキの額に押し付けた。神経が焼けるのを感じる。

「さて、出してもらおうか。『伊13号』を」

「何だよ、そりゃ」

「とぼけるな。貴様が下田で手に入れた、ことは分かっているんだ」

 あれのことか、とショウキは思って

「ジャケットの、左の内ポケット」

 と言う。張がジャケットに手を突っ込んできた。指先がショウキの胸をなぞるのに、全身に鳥肌が立つ。しばらくごそごそ漁っていたが

「これか」

 と張が、メモリを取り出した。満足げに頷いた。唯一の、施設の存在を示すかもしれない証拠を奪われてしまった。悔しさに歯噛みしても、どうしようもない。

「ふん、これさえあればお前たちなど用済みだ。そいつらはそのまま片付けろ」

 了解ラジャといって上にのしかかる兵士たちが銃口を近づけた。明蘭の顔が、これ以上無いほどに青ざめている。ショウキは逃げようともがいたが、拘束された両腕の縛めは解ける筈も無い。


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