表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
70/87

5―16

「“山猫”ってなんです?」

 通路を歩きながら、加藤が素っ頓狂な声を上げた。うるさい、とショウキが睨んでから

「警察、軍内部に保安局が潜りこませたっていう、諜報部隊だそうだ。俺も明蘭に聞かされるまでは知らなかったし、実際眉唾物だと思っていたが」

 と言って、ちらりと明蘭の方を見る。まだ青ざめた顔をしていた。無理もないか、人が弾け飛ぶ瞬間を見せられては。ショウキも初陣の頃は、3日間眠れなかった。爆風で人間が縦に裂け、内容物が炎を伴って撒き散らされる。肝臓だか脾臓だかわからないどこかの器官が消し炭となり、そいつがぶすぶすと燻るたびに蛋白質の焦げた臭いが、熱した銃弾と同じ感じで漂ってくる。その臭いときたら、前日に食ったもの全部吐き出してもまだ吐き足りないほどだった。体が勝手に吐き気を促すのだ、胃が痙攣して体の中のもの全てを出せと脳が命じる。胃液が喉を焼く感触――今ではもう、すっかり慣れてしまったが。

「んで、その“山猫”がどうしたんすか」

 加藤が訊くのに、ショウキは

「少しばかり、資料を当たってみたんだが……その“山猫”という連中の存在を。ナチスドイツのゲシュタポや大日本帝国の特高のような秘密警察のようなものらしい。実際に、保安局がそういう部隊を有している、という証拠もないし、ネットの掲示板で騒がれている程度のことなんだが――だが、もしそういう奴らが存在するとしたら」

 丁度その時、建物のどこかで爆音が響いた。唸るように壁が振動したことから、そうとう大掛かりなものだろう。このビル吹っ飛ばすつもりか、馬鹿め。

「……俺が下田で追われて、今まさにこうして軍の粛清部隊ジェノサイドフォースに狙われる、そのわけも分かろうというものだ。奴ら、“山猫”って連中。この『13』てファイルを、下田の施設のことを隠蔽するために暗躍していたんじゃねえかって。軍、警察に潜りこませたのも、軍事介入を誘発するための――」

「ショウキさん、陰謀史観主義ですか?」

 加藤がショウキの言葉に被せて言った。

「はぁ?」

「あれですか、陰謀史観ってあるじゃないすか。そういうの好きな人? 真珠湾はルーズベルトが仕組んだこととか、アポロ11号は実は月に行ってないとか……」

「あのなあ、俺は真剣に」

「だって、あまりに突拍子もない。飽くまで噂でしょう? それに、仮にそういう奴らがいるとして、“特警”の内部にもいるってんですか? そんなことしたら、すぐに判るでしょう」

 確かにそうだが、とショウキは言う。“特警”に入るとなれば、その人物の背後関係は徹底的に洗う。過去に罪を犯していないか、親族、身内はどのような職に就いているか、など。不審な経歴があれば排除されるのだが。

「ガセっすよ、ガセ。そんな奴ら、いるわけねえっすよ」

「そうかしらね」

 と明蘭が言うのに、ショウキと加藤は振向いた。

「共和国がどれだけ民主国家なのか分からないけど――政府が世論を誘導し、操作する国よ、ここは。全体主義国家とは言わないけど、それに近いものは感じるわね。今は無い中国共産党や北朝鮮といった……ああいった空気」

「あんたはそういや、分裂前の中国で生まれたんだっけか」

 ショウキは銃身が焼き付いたミニミを放って、背中から下げたショットガンのポンプを引いた。ショットシェルは特殊な外殻破壊用起爆剤が詰め込まれている。

「昔、あの国でもあったんだよ。正規の警察と別に、政府に都合の悪い人間を捕え、消す……そういう体質を感じるね、ここも」

「そう言うものかね」

 ショウキの耳が、強化外骨格パワードスーツの規則正しい足音を拾う。近づいてきた、と加藤に言うと加藤が無言で頷いた。

「秘密警察ってなあ……政府に都合の悪いことといえば」

 やはり、あの施設のことだろうか。禁じられた実験施設、政府が関わっていると告白しているようなものだ。そんなにこのチップが大事なのだろうか。テロリストよりも。

「あんまり、嘗めてかからない方がいい。奴らにとって見れば、国家体制を維持することのみが唯一の価値なんだから。個人の命よりもね」

「まるで見てきたように言うんだな」

 とショウキが言うと、明蘭は

「見てきたのよ」

 と吐き捨てた。


「ショウキさん、開きました」

 と加藤が言って

「ここからいつでも」

 そうか、とショウキがショットガンを構え肩に担いだ。スリングベルトが肩に食い込むほどに、締め付ける。

「明蘭、銃を」

 と言うと明蘭はサブマシンガンをハーネスに固定した。

「ここから逃げるの?」

 明蘭が壁の一部に開いた穴――人一人がやっと入れるというスペースだ――を見て言う。

「これは緊急脱出用シュートだ、本部の中でも一部の人間しか知らない。ナノカメラでも感知出来ない、電磁シールドで守られているからこのビルの見取り図でも持ってこない限りまず、発見されない」

「その見取り図は」

「廃棄してあるはずだ」

 加藤が、先に行きます、と言ってシュートの中に入る。銀色のポールが真下に伸びていた。加藤がそれに掴まって、降下する。5mほど下ると、闇の中に消え入るように見えなくなった。

「……ここ降りるの?」

「お前さんにゃきついかね」

 と笑うと、明蘭が睨みながら

「馬鹿にしないでよ」

 ポールに掴まって、そのまま降下する。ショウキは肩をすくめて、ポールを掴んで降下する。ポールに固定された足場が、電磁誘導で降下する。この下、地下に至る隠し通路がある。本部ビルが建造されるとともに、国の認可も得ずに秘密裏に造られた。秘密主義は、“特警”も変わらないかと感じた。政府にとって都合の悪い人物、というより機関は“特警”なのかもしれない。目的遂行のために、政府の感知しないスタンドプレーな独自捜査を行い、秘密裏に脱出路を建造する。“山猫”が警戒しているのは、実は“特警うち”なのかもしれないと、シリコンの内壁を目で追いながら思った。

 秘密警察か、全体主義国家じゃあるまいし。この国は民主国家だったはずだが――もっとも、あんな施設を造るぐらいじゃ「民主主義」もなにもないかもしれない。その存在を隠すために鈴を始末しようなんざ……そう考えると内側から沸き上がる、鋭い感情があった。どす黒い靄が胸を突き上がり、致死性の毒であるかのように体内を蝕んでゆく。クソ野郎、と呟いた。誰に対する罵倒なのか分からない、それは生命を弄ぶ者に対するというよりも、どうにもならない苛立ちが募る自分自身に対するものだったかもしれない。

加奈、と呟いた。脱出シュートの闇の中に消える。 

 気づく機会は、いくらでもあった。加奈があれほどサムライに対して憎悪をむき出しにするのは、自分が「造られた存在」であるということに対する同属嫌悪のようなものだったのかもしれない。自分の中の僅かなズレすら許さない、あの完璧主義は――自分を追い詰め、そうしなければ呼吸できないかのようだった。己の命すら削って、サムライを追い詰めて、痛々しいほどに頑張ってしまう。

いずれ全てを抱え込んで、ショウキの手の届かないところに行ってしまう――彼方へと。そんな危惧すら抱かせる。不安定な存在、器の中に内包された脆さ。簡単に自分を捨てることが出来る、それが加奈の原動力であり、しかしそれは自分の命と引き換えのアンバランスな綱渡り。多分加奈は、それがどういうことか分かっていない。鈴と共に、“中間街セントラル”に潜伏しようとしたことだってそう。自分のことなんて、何とも思っていないんだ。そのまま何の設備もない“中間街セントラル・シティ”にいれば、血管が凝固して脳を死にいたらしめる行為だというのに、“ゲイト”の内側でしか生きていけない。それなのに、自分のことなど念頭にない。命を削ってサムライを殺すか、命を賭して鈴を守ると考えるか――その程度の違い。自分のことを考えない。鈴のことを「物質」とした政府に対して怒りをぶつけていたが、あいつは自分のことを「物質」と見ている。だからあんな風に――

「死ぬなよ、加奈」

 死ぬんじゃない、お前にはまだやるべきことがあるだろう。それに、お前が鈴の死を望まないように、お前の死を望まない人間もいる――物質じゃない、晴嵐加奈という人間の死を望まぬものが。


 脱出シュートを降りると、加藤と明蘭が待っていた。

「ここから先」

 とショウキが告げる。

「1人ででも、逃げ延びることを考えろ。誰かが捕まったら、何とか生き残れそうな奴を逃がす。自分を犠牲にしてでも――俺も例外ではない」

 2人一斉に頷いた。加藤はライフルを投げ捨てて、チェコ製拳銃を抜く。明蘭はサブマシンガンを一旦、肩から下ろした。銃身を撫でて、グリップを握りこむ。

「銃を撃てるからと言って、それで実際に敵を討つのとは違う。ちっとは“中間街セントラル”の空気を味わえたか。ああいうところに、加奈はいたんだ」

 ショウキはショットガンの銃身で、とん、っと肩を叩いた。

「少しは分かったか、あいつの気も」

「……ふん」

 と明蘭がふくれて言った。その仕草がやけに子供っぽくて、ショウキは思わず笑ってしまった。

「なんだあ、その顔は」

「うるさいわね、行くよ」

 明蘭が言うのに、加藤が肩をすくめた。やはりというか、素直じゃないところは誰に似ただろうか、と。

「さて、俺らも」

 とショウキが言った。

「地獄、行くぜ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ