5―14
連続した銃声が響いて、築き上げたバリケードを破壊してゆく。光学迷彩で姿を消し、闇に溶け込んだレンジャー部隊。捜査部他、“特警”の突入部隊は全国に散り、内部に残っているのは鉄火場とは無縁な背広組だった。不慣れな銃を持って応戦するも、FN社製の新型騎兵銃の前に、ただの肉塊と化す。発射炎が瞬いて、銃火が立ち塞がる全ての障害を薙ぎ払う。コルトの自動拳銃一丁しかあてがわれていない背広組に、対処する術はなかった。
まるでそれがスポーツバーに設置された、他愛もない3DCGのシューティングゲーム上のグラフィックであるかのように、強化外骨格の兵士たちは次々と背広たちを撃ち抜いてゆく。感情が介在して、そこに躊躇が生まれる、余地などない。銃を持って発砲してくれば、それは彼らにとって排除する対象となる。例外は存在しない。加えて、彼らに与えられた命令は拘束ではなく粛清だった。共和国の長、中森から下された命は絶対的なものである。それは軍事教練から戦場に送り込まれ、数ある部隊から選抜された彼らには、遺伝子レベルで擦り込まれていることだった。
《粛清》
と発する声は、機械の合成音よりも寒々しく、聞く者を恐怖させる。赤いセンサ、それだけは野戦用の強化外骨格と同じくに、仰々しくも毒々しい。血の赤よりも鮮やかなクリムゾン。粛清部隊を象徴する、絶望に裏打ちされた光素子の結晶体だ。この眼に睨まれて生き延びた人間は、皆無だった。
1人、合図すると突入員たちが二人組で動き出した。光学迷彩に切り替わり、甲冑が闇に溶け込む。床一面に満ちた血溜まりの中、ぴちゃ、っと足跡だけが跳ねた。
「割と酷え」
と加藤が言うのへ、ショウキがナノカメラの映像を網膜に貼り付けながら言った。
「皆殺しにするつもりか、奴ら世論ってもんが怖くないのかねえ」
「そんなもの、いくらでも操作できるわよ」
明蘭が隣で言った。
「共産党政権が良くやっていたからさ、今はネットがあるけど」
「鈴のこと、人権保護法使って世論を動かそうと思ったけど……」
と加藤がぼやいた。
この分だと、地方に飛んだ“特警”の人間はおそらく――紫田はどうなったのだろうか。阿宮は、山下は――気にはなったものの、今はそれどころではない、とミニミのを構える。加藤はそう言えば、と切り出した。
「カナさん、心配ですね。どうします? 電子ロックを解除して……」
「おそらく無駄だろう。地下にも奴らの手が伸びている」
本部ビル内に走らせたナノカメラが映像を捉える。光学迷彩を解除した兵士が、地下の拘禁室のあるフロアまで侵入していた。レンジャー部隊はどうやら、地上からも侵入してきたようだ。
「あいつなら大丈夫だ」
とショウキは言った。
「状況に応じて動ける女だ、あいつは」
「へえ」
明蘭が薄笑いを浮かべて言った。
「流石にパートナーは違うわね、一番近くで見ていた人は」
皮肉めいた口調。ショウキは眉をひそめて
「あんだよ、お前え」
「ま、確かに。お互い信頼してますからねえ、2人とも。こっちが妬けてくるくらいに」
加藤がにやついているのに、ショウキは加藤の頭を軽く小突いた。
義手の方で。
ごつっ、と鈍い音がした。
「いだっ」
「阿呆、下らねえこと言ってんじゃねえ。こんな時に」
「痛いっすよ、ショウキさん。そっちの手は反則っすよ」
加藤は結構本気で痛がっている。小突いたところが、赤くなっていた。力、加減誤ったか。
「いいから、奴らが来てるんだからよ。気、引き締めぇや」
「来てる?」
「すぐそこに」
ショウキが言った時、通路の向こうで発射炎が走った。銃撃が連なって、断続的に響き渡る。鋭い先端がバリケードの一部を削って、壁に弾痕を刻みつけた。跳弾がセラミックの天井を穿つのに、加藤と明蘭が慌てて壁に隠れた。
「そこのいたのかよ畜生」
と加藤が毒づいた。
「ボケッとすんな」
ショウキはミニミを構えて発砲した。間断なく連射が響く。どこに当たっているのか見当もつかない。対機甲弾が着弾し、白炎がぼうっとした輪郭を伴って弾ける。光学迷彩が解除され、装甲を破られた突入員の1人が後ろに吹き飛んでいた。胴体に風穴を開けて、赤黒い腸が零れ落ちるのに明蘭がうっと口を押さえて目を背けた。
「加藤」
というと、加藤はグレネードを射出した。空気が破裂する音がして、廊下の向こうに榴弾が消える。数瞬開けて、閃光ほとばしり、金色の炎を走らせて爆散した。爆風が着弾地点から放射状に沸き起こって強化外骨格たちに浴びせる。破片が装甲に突き刺さって、衝撃波に煽られた突入員が折り重なって倒れるのを感じる。目視出来ない分、気配で敵の動きを追っていた。
「囲まれる前に、辿り着く」
ショウキは、黒煙の向こうから突入してくる兵士に向けてミニミを発砲した。煙を通して見ると、光学迷彩で身を隠した突入員の姿がぼんやりと浮かび上がっている。煙がフィルターとなって、光の屈折を変化させたのだ。引き金を引きっぱなし、200連発ほど浴びせると着弾したブリットが弾けて、骨格をバラバラに撃ち砕いた。真白い炎が黒煙を吹き飛ばし、チタンの欠片、血の雫、内臓の一部が閃光の中に舞っていた。
「それ威力強すぎっすよ」
と加藤がライフルを撃って言った。加藤の銃は30連発、ロングマガジンでもせいぜい50連発しか入らない。連射ではなくバーストで弾を消費していた。
「甘く見るな、奴ら強化外骨格の他にも生体分子機械で肉体強化を図っている。加奈と同じ、“セイラン・テクノロジー”の軍用バイオマシン使ってな。共和国最強たる所以だよ」
そう言いつつ、弾を撒き散らす。反動を全身に感じ、薬莢が床に降り注いだ。
「もう一丁、かましたれ」
「うい」
加藤が飛び出して、グレネードをぶっ放した。きゅるきゅる唸って、ぱっと炎の華が咲く。
「移動する」
と告げる。ふと、足元に目を落とすと、明蘭が銃を抱えたまま呆然としていた。青い顔して、奥歯を鳴らしている。いくぞ、とショウキが手を伸ばした。
「生き延びたけりゃ、自分のすべきことをしろ。あんたに、別に期待しているわけじゃない。あんたはあんたのことだけやってりゃいいんだ、いいな。とりあえず、先ずは立つんだ。今すぐに」
明蘭は頷いて、ショウキの手につかまった。立ち上がるも、膝が震えている。銃の撃ち方を知っていても、戦えるわけではない……的を前にするのと、実際に誰かを撃ち殺すのとでは精神の在り様も違う。
加藤がもう一度、グレネードを撃った。
全身打撲の痛みに目を覚ますと、次に生ゴミが腐ったような臭いを感じた。湿った空気が肌を撫で、耳に飛び込んでくるのは水が流れる音。
紫田は身を起こした。自らの顔を撫で回し、次にその撫でた手を眺める。指先から血が流れていて、その疼く痛みから、どうやらここが天国ではないであろうことを知る。生きていた――手足の一つや二つ、千切れていてもおかしくないだろうあの爆発で、五体の一つも欠いていない。どうやって生き延びた? 直撃を食らっておいて。
辺りを見回した。やはりというか、下水道のようだ。饐えた臭いと湿った空気、密閉された空間に、生活排水が流れ込んでいる。頭上では複数の銃声が鳴り響いているのを聞き、一体誰が戦っているのかと思っていると
「気が付きましたか?」
と涼しい、女の声がした。振向いて
「君は……」
紫田が言うのに、女は
「お久しぶりです、紫田さん」
と言うその女は、カーキ色の軍服を着ていた。肩から国産のライフルを提げて、魅惑的に微笑む。
柳秋水が、数人の兵士を伴って立っていた。
「君は一体……」
「助けに参りまして、ご迷惑でしたか?」
「そうじゃなくて、何でここに? というよりどうやってここに来たんだ。都市の内側に、なんて」
普段は冷静な紫田も、この時ばかりは動揺を隠せなかった。京都報国同盟は、共和国にしてみればただのテロリストであって、大抵は“門”の内側に入ることも困難であるはず。それなのに
「大きな声では言えませんが」
と秋水が声を潜めて言う。
「各都市に協力者を紛れ込ませていまして……まあスパイですね。紫田さんにこんなこと言うと、怒られそうですが」
「普段のわしなら怒って、そのまま監獄に行ってもらうところだが今は黙殺することにする。こんな状態ではな」
「助かりますわ」
秋水は笑いながら
「あの人――晴嵐加奈さんのことは聞き及んでいましたが、我々はそれとは別に、警察内部からある情報を得ました。数日のうちに、晴嵐さんの謀反にかこつけて“特警”に制裁を加える動きがあると」
「どこからそんな情報を……」
「これもまた内緒の話ですけど。なんでも、警察内部の諜報部隊で“山猫”とか呼ばれている――」
とその時、頭上で爆音が響いたのを聞く。振動が壁を揺らした。
「……あまり時間がないわね」
秋水が言う。兵士たちが逃げるよう、秋水に告げた。
「詳しい話は後で。今は、あなたの部下を助けに行きましょう」
こちらへ、と秋水が誘導した。下水道の通路を走ると、また上で爆音が響く。
「一つだけ聞かせてくれ、君が来ている、ということは」
「ええ、もちろん。父も来ていますわ。この横浜に」
秋水が振り返って、笑いかけた。