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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
66/87

5―12

 これではっきりした――ショウキは廊下を足早に駆け抜けて思った。

 金と久里浜の話と、加奈の話を総合し、さらに度重なる妨害行為。そこからはじき出される答えは一つ。あそこは孤児施設なんかじゃない、政府の機関だったんだ。生命倫理に抵触する実験施設で、生み出された子供たちを使って何かしようとしていた。その事実を隠すために、軍が介入して来たのだ。

 鈴に関しても――あの施設の設備を使って生み出されたとなると、納得が行く。不正生体利用とか理由をつけて、早急に片付けようとしたということは、鈴が施設の生き残りで、そこから施設の存在が明るみに出るのを怖れての事だろう。だから排除にかかったのだ、生命倫理法を盾にして。その政府が、生命倫理に抵触していれば世話はない。

「ショウキさん!」

 と加藤が廊下を駆けてくるのに、振り返った。

「加藤、お前九州じゃなかったのか?」

「カナさんが捕まったってんで、引き返してきました。ここなら、政府のデータベースにも侵入しやすいし」

 言ってから加藤は、しまったという顔をした。ショウキは加藤の肩を掴み

「侵入、ってどういうことだよ」

 詰め寄る。加藤は視線を泳がせて

「い、いやぁ……あの子を、政府が片付けたがっているのか。その理由を、と思いまして……あの、違法なのは分かってます。迷惑は掛けないので……って痛いっすよショウキさん、マジ痛いっす」

 ぎりぎりと加藤の肩が軋んでいるのに、慌てて手を離した。うっかり機械の方の手で掴んでしまった。すまない、と詫びて

「お前も、それ気になっていたのか」

「お前も、って。ショウキさんもそれ、調べてたんすか?」

「下田くんだりまで繰り出してな。お陰で死に掛けた」

 とショウキが言って、続いて久里浜が渡したチップを見せた。

「俺はこいつを解析する」

「なんすかこれ」

「古いタイプのメモリだ。俺の端末では型が古すぎて、中を見る事は叶わない。明蘭になんとかしてもらおうと思ったんだが……あいつ、どこに?」

「明蘭さんなら、コンピュータの調子がまたおかしいってんでサーバーを見に――」

 と加藤が言ったとき、急に煌々と照っていたLED照明が落ちた。廊下が闇に包まれる。

 停電か、と思ったが独自に発電しているこの“特警”の本部ビルが停電とは考えにくい。どこか、故障したのだろうか。直に予備電源に切り替わると待っていたが――

「電気、つきませんね」

 と、暗闇の中で加藤の声がした。端末のフラッシュライトで照らすと、加藤が不審さと怯えが混ざったような顔をしている。

「回線の異常かな? それにしても長い」

「なんでしょうね、珍しい。というかこんなこと一度も」

 加藤が言ったとき、ショウキの端末の液晶が光った。明蘭から通信だ。回線を開く

「おお、丁度良かった明蘭。今、廊下の電気が」

《それよりもショウキ、ニュースを見て》

 ショウキが言うのに被せるように、明蘭の緊迫した声が響く。不審に思って、訊いた。

「何がニュースだよ、そんな悠長な事……」

《悠長なこと言ってるのはあんたでしょ、いいからつけなさい!》

 命令口調ときたものだ。ショウキはうんざりして言った。

「あんなあ、お前さん。俺はいまからそっちに行こうとしていたんだが、まずはシステムの復旧をどうにかしてもらわんと……俺も加藤も、ここの端末当てにして来てるんだから」

《加藤もいるの? だったら2人してニュース見て、その後でこっちに来て。システムの復旧はこっちでやる》

 そう言って、明蘭は回線を切った。

「なんですって?」

 と加藤が訊くのに

「ああ、なんかニュース見ろってさ。何考えてんだか……」

 ショウキはぼやきながら、端末を叩いて網膜にWebニュースを呼び起こす。面倒だなと言って、

 だがその瞬間。

 共同通信の見出し、それを見たショウキは――おそらく加藤も――愕然となった。

「お、おいこれって……」

 そう言ったきり、二の句が告げなかった。それぐらい、衝撃的だった。

 ニュースの見出し(ヘッドライン)には、政府が――“特警”に対して軍事介入を決定した、とあった。国家反逆罪、によって。

 テロリストに加担した、として――。


「どういうことです」

 と紫田は車の中で、携帯電話に向かって怒鳴った。

「我々が治安をかき乱した、などと。閣下は本気で、そのようにお考えですか!」

《現に、君の所の捜査官が通じていたではないか。テロリストと》

 液晶には中森の顔が映されている。乾いた声がイヤホンマイクから聞こえてくるのに、紫田はさらに声を荒げた。

「彼女のことは未だ調査中です。それに、裁判もまだ――」

《裁判どうこうの問題ではないだろう、紫田。李飛燕の一派が本格的に動き出しているのに、内部の裏切り者を放っておくわけには行かない》

「だ、だが彼女は――」

《それに、京都報国同盟とも取引をしていたようだしな》

 中森の声は、氷点下のはるか下にあった。一言ごとに突き刺さってくる、氷で出来たナイフのようだ。

「それはどういうことですか」

《証拠は上がっている。貴様は柳弘明と通じて国家の転覆を謀っていたいたこともな。京都に入ったときの、貴様の姿を捉えてある》

「それは――!」

 あんたが。そう言おうとしたが、急に車体が上下左右に揺れるのに言葉を失った。すさまじい衝撃、車が街灯に激突したのを確認した。

「っ、どうした?」

 運転手に問いかける。が、答えない。頭から血を流して、すでに息絶えていた。

 狙われている? 窓から外を見る。200m離れた橋の上で、背広を着た男たちが蠢いているのが確認できた。ロケット砲を抱えて、その矛先をこちらに向けていた。

《君には失望したよ》

 中森の声と共に、砲弾が射出された。黒い点が近づいて――

 視界が爆炎に支配された。

 



「馬鹿共が、共食いを始めおった」

 地下に備え付けられたモニターを見ながら、新伝龍三が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。モニターには、“特警”への軍事制裁を伝える国営放送が映されていた。

「優秀な組織であっても、足並みが揃わなければ自壊する、ってことだな」

「いかにも」

 と飛燕が言って

「もう直ぐ、完成します」

 と告げる。飛燕を取り囲むようにして、殺気だった空気を醸し出した男たちが立っていた。

 新伝の隣にいた男が長脇差を担いで睨みつけた。

「こいつも、貴様が書いたシナリオなのか」

「さあ、どうですかね」

 そう言って笑う。睨まれても全く動じる事はなく、薄く笑って言った。

「まあ、組織の中に同じDNAを持つ人間がいるとさすがに疑心暗鬼に陥るでしょうね」

 と俯いている鈴を見て言う。唇をじっと噛んで、飛燕の手を握っている。汗ばんでいる手のひら、震えていた。

「ふん」

 新伝が言って、尖った顎を撫でた。

「貴様もようやるわ、“特警”にウィルスを送り込むだけじゃなくてその娘を利用して内部分裂を生じさせるたぁな。なかなかエグい手ぇ使う」

「新伝さんほどではないですよ」

 飛燕が言うのに、男たちが色めき立つ。長脇差の男がドスを抜いて、飛燕の首に刃をつけた。飛燕が涼しい顔をしている。

「おぃ、あんまり調子ン乗ってっと……」

 疾人が隣で、刀の柄に手を掛けるのを飛燕が押しとどめた。

「イノウエ」

と新伝が言って

「まあ、大目に見てやれ。今回の計画、そいつがいなきゃ成し得なかったんだしよ。遺伝子データを元に、移民共だけ殺すたぁ。なかなか出来んからな」

 新伝が言うのに、男は長脇差を納めた。

「もっとも、移民だけではないですがね。データを取得したのは」

 と飛燕が笑いながら言った。

「売国奴共が潰しあっている間に」

 一気に叩き潰す。新伝が言うと、男たちがおおっとどよめいた。飛燕は薄笑いを浮かべ、疾人は褪めた目で睥睨する。鈴は相変わらず、俯いたままだった。

「飛燕」

 と疾人が耳打ちする。飛燕が軽く頷いた。仕込みが完了したのだ。

「貴様らはどうするんだ、支那人」

 新伝が言うのに、飛燕はなんでしょうかと答える

「移民の貴様らが、ウィルスの影響がないとは思えんが……」

「我々の因子は抜いてありますから」

 ふむ、と新伝が言って

「貴様ら支那人と手を組むのも、このためだ。貴様らが持つウィルス、それが完成した暁には」

 新伝が手を上げた。突如、男たちが銃を向けてきた。長脇差を抜いた男が刃をぎらつかせた。

「えっと、これはなんでしょうか」

「何、ウィルスが目当てであってだな」

 新伝が馬鹿にしたように言う。屈強な男が2人、飛燕の両腕を掴んだ。疾人が刀を抜いたが、四方からライフルで狙われる。

「支那人どもの排除が、元々の目的だ。貴様らがウィルスを作り上げたなら、用はない」

 新伝の、猛禽のような目が見下ろしてくる。虫けらを見るようだった。ねちっこい声で、疾人に向き直って

「お前は日本人だから、俺の下に置いてもいいぞ。どうする」

「断る」

「そうかい」

 と新伝は、ナンブの拳銃を向けた。疾人に向けて発砲する。腹に銃弾を受け、うっと呻いて跪いた。

「そのガキは預かる」

 と言って、鈴の腕を引いた。鈴がいやがるのにも、新伝は聞かず

「その筋には高く売れる」

 下卑た笑いが、男たちから洩れた。

「ふうん、排除するんだ。僕ら」

「支那人とよろしくやるつもりはねえんだよ」

「そりゃ、丁度良かった」

 と飛燕が言った。

「僕も、君たちのような大人とよろしくやるつもりはない」

 飛燕が、指を鳴らした。その時。

 急に室内に煙が満ちてきた。濃く、ミルクを流したような煙。それが視界を塞ぐように充満する。飛燕の目の前は白一色に染まった。

「何だ、貴様!」

 と新伝が言ったとき、急に長脇差の男が喉を押さえてうずくまった。

「イノウエ、どうし……」

 新伝が言った時、長脇差を取り落として苦しみだす。一つ、呻いて瞬間

 男の皮膚が裂けた。

「な、てめぇ」

 新伝が銃を向ける。が、その手がぷつぷつと粟立つ。血管が浮き出て、肌が紫色に変色した。新伝の皮膚が膨張して、血が滲んだ。

「貴様、あのウィルスを……」

「移民だけじゃないんですよ、取得した遺伝子情報は」

 男の皮膚が裂けて、骨を露出させた。筋肉が切り裂かれて、内臓が零れ落ちる。肋骨が向きだしになって、皮膚が萎縮して腐り落ちてゆく。わっと、血の臭いが沸き上がり、その様子を飛燕は楽しげに眺める。血の溜まりが足元に広がりを見せるのに、乾いた砂の大地に泉が満ちる心地がした。

「全国民、もちろんあなた方の遺伝子情報コードも。ウィルス自体、作るのは簡単ですから、ちょっと作ってみました」

「作って……きさま……」

 新伝の顔が膨張して、皮膚に亀裂が走る。喉が伸縮しているのか、言葉をうまく繋ぐことができないようだった。

「くそ、やっぱ支那人なんかに……」

 やっとそれだけ発したとき、新伝の頭が2倍くらいに膨れ上がった。そうかと思うと、眼球が飛び出し、血の涙のようなものが溢れる。痩せこけた頬が膨らんで丸顔になった。

「支那人、ねえ」

 と飛燕が言ったとき、膨張した顔が弾け飛んだ。血液が飛沫となって、飛燕の顔にかかった。男たちが全て沈黙してから

「僕らにはそういう定義はあてはまらない。国籍も、民族も」

 男たちの骸が折り重なる。今度は、飛燕が見下ろす方だった。

「飛燕」

 と疾人が立ち上がった。

「疾人、撃たれたところ大丈夫?」

「愚問を。それより……」

「ああ」

 そう言って飛燕は、青ざめて立ちすくむ鈴の肩に手を置いた。

「行こうか」

 鈴は飛燕の顔を見た。唇を開きかけたが、しかし何かを言おうとするも喉からは空気しか発せられない。そんな鈴を、飛燕はしゃがみこんで

「大丈夫だよ」

 と、優しく包みこむ。そっと抱き寄せて言った。

「君が怖がることはない。もう直ぐ、僕らの理想が完成する。君はそのまま見ていればいい」

 鈴の震えは止まらない。飛燕は強く、鈴を抱き締めた。

「桜花……ようやく僕だけのものになった。ずっと一緒だよ」

 耳元で囁く。


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