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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
64/87

5―10

「焼きうちの直前、あっこを出入りしていた業者を尋問したことがある」

「尋問て、なにかの事件で?」

「いやぁ、個人的なもんだよ。令状なんかにゃあで、わしの独断で締め上げた」

 それじゃあまるでヤクザだ、などと思ったが口には出さなかった。今まさに、その独断専行をしてご法度のナノカメラまで持ち出している自分が言えたことではないなと思って

「業者というとなんの――」

「さあね、どうも実験用マウスとか……遺伝子を扱っていた。昔はよぉ、そういうんはまだ特殊な職だったんだ。なんちゅーたっけ、ホレ。生命産業特区に収まっているような……」

 遺伝工学関係か。とショウキはそこで

「何の、実験を?」 

「そいつが言うには、遺伝子組み換えや遺伝子導入、アイピーなんたら細胞というんの研究だって」

「iPS細胞の? つまりそれって再生医療の研究か」

 当時は再生医療が興り始めたばかりであった――国のゲノムプロジェクトが始まり、国内がバイテク特需に沸いていたころだ。当時ショウキはまだ15,6だったっけと思い出す。あの頃、何もかも嫌になって家を飛び出して、その後金と出会って――

「再生医療ってのか、よう分からん。わしらぁ、そういうんのどころか普通の医者にもまともにかかれにゃあ」

 ふと久里浜は、ショウキの左腕を見て言った。

「ほ、その腕」

 と、目を細める。

「随分、懐かしいの。今、出回ってる軍事用義手ではもっとも古い型、じゃねえのか?」

「仰る通りです。私も、実は機械に頼るより他ない人間でして」

「ほうか、ほうか」

 久里浜の目が、いくらか和らいだのを、認めた。再生医療の恩恵に預かれない、つまり自分たちと境遇が似ている――そのことに、親近感を得たようだ。これで話を、円滑に進められそうである。

 もっとも、左腕以外は再生医療の最たる――ナノバイオテクノロジーで強化してあるのだが、ショウキの身体は。

「わしも心臓になぁ、ペースメーカー埋め込んでおって……だから今の、再生医療ちゅうんはよくわからね。ああ、それよか」

 老人はそこで、急に立ち上がり

「15年前の、新聞記事だ」

 と、なにやら古ぼけたファイルを取り出した。

「失踪した子供を保護……これは」

 記事の内容をショウキがそのまま読み上げる。そのままの意味だ、と久里浜が言って

「ただ、保護した子供はそれよりさらに10年前に失踪した子供。失踪当時、8歳だった。その時点では18になっていなければおかしい。だが、保護されたその子供、失踪当時と同じく8歳の姿をしていた。これがどういうことか、分かるか?」

「単に、他人の空似、ってことはないんですか」

「いっくら田舎の警察だって、馬鹿にしちゃいかん。所轄だからって、DNA鑑定も満足に出来ないわけじゃにゃあ、確かに本人だった。DNAが完全に一致した、どういうことか分かるか」

 それはつまり本人であったか……あるいは。

「同じDNAを共有していた、ということですか……」

「はっきりしたことは分からねえ、その子は3日後、原因不明の病で死んじまったからな。んで、そうした諸々のこと調べても結局分からなかった。それどころか、上から捜査の打ち切りを告げられてのお。諦めていたんだが、最近になって……」

 久里浜はまた立ち上がり、戸棚をごそごそと漁りだした。「たしかこの辺に……」などといっているのに、ショウキはふとした違和感を覚えた。

 家の周りに、誰かがいる。

 GPSに写った生体反応は、ショウキと目の前の久里浜翁のみだ。ナノカメラにも、不審な影は映らない。機械は確かに、そう告げているのだが――なんだろうか、殺気を内包したこの空気。

「ある筋から手に入れたものだが」

 と久里浜が言うのも聞かず、ショウキは立ち上がり、カーテンの隙間から外を伺った。足音が、複数聞こえる。訓練された、規則正しい軍靴を思わせた。金属がこすりあわされる、ボルトを引く音まで響く。

 S&Wを抜き、左腕の電気銃テイザーに帯電針を装填する。どんなカラクリか知らないが、ナノカメラの防壁を掻い潜ってきた何者かがいる。匂い、同業者の匂いがした。

「久里浜さん」

 と、固まっている老人に言った

「伏せてください」

 告げた瞬間。

 間断なき銃声が連続して響き、壁と窓ガラスとを突き破って鉛弾が侵入してきた。木造の頼りない壁一面に弾痕が刻まれ、銃弾が蛍光灯と棚を破壊する。ガラス片が飛び、壁が崩れてゆく。庇うように老人に覆いかぶさりながらショウキは、穴の開いた壁から外を見る。

何もない空間に、突如として現れた赤い一つ眼。それがショウキの方を睨んでいる。そいつは馬鹿でかい、軽機関銃を構えて――

「こっちへ!」

 と老人を連れ立って、匍匐前進で奥の部屋へと誘導する。最初は動揺を隠せなかった老人も、事態を飲み込んだようだ。70とは思えない身のこなしで、床を這う。さすが、昔取った杵柄という奴か。

「あんた、記者じゃないな」

 と老人が言うのに、ショウキはリヴォルバーを外に向けて発砲した。

「“特警”です」

 それだけ言うと、廊下を突っ切って台所に身を隠す。

「まさか、いきなり奴らが出てくるとは思わなかったが」

 あれは軍の強化外骨格パワードスーツ、それも光学迷彩機能がついている。やはり、とショウキは呟いた。この件、政府が絡んでいやがる。

 また撃ってくるのに、ショウキは壁の隙間から、鎧武者のようなそいつに電気銃テイザーを食らわせた。帯電針が隙間に刺さると、電流が一気に放出される。全身チタンじゃ、堪えるだろう……とショウキは、台所の床に血溜まりが広がっているのを見つける。久里浜が、腹から血を流して倒れているのを見た。銃弾の雨を掻い潜り、久里浜の所まで駆けつける。

「久里浜さん、大丈夫か」

 と言うが、久里浜は青い顔をしていた。もう助からないだろう、とショウキは唇を噛んだ。

 その時

「こ……れを」

 久里浜が、ICチップのようなものを差し出した。地に濡れた、旧型のそれは表面に「13」という文字が刻まれていた。

「あ……筋から……手に入れた、も……の」

「もういいから、喋るな」

 銃撃が益々激しくなるのに、慌てて頭を下げる。頭のすぐ上を、銃弾が切り裂くのにショウキは、弾の飛んできた方向にマグナム弾をぶち込む。こんなものが効く、とも思えないが。

「こいつに……全て」

 がっ、と久里浜は血の塊を吐いた。

「わかった、こいつは預かる」

 そう言ってショウキがそれを受け取ると、老人はかっと目を見開いて、最後の力を振り絞って言った。

「た……の……む……孫の……仇を……」

 それが、最後だった。老人が息絶えたのを、しかしショウキは黙祷を捧げる暇もなく匍匐前進で裏口に向かう。チップを懐に滑りこませ、銃撃の嵐を潜り抜ける。

 ごとん、と背後で音がした。振り返る。

 安全ピンの抜かれた手榴弾ハンドグレネードが、熟れ落ちた果実の如くに転がって――

オレンジ色の火花が炸裂し、次には灼熱の爆風が顔を叩いた。


 サイレンの音が鳴り響いてくる。焼けた民家――久里浜雄二の家を目の前にして、不恰好なフォルムの人間が手を振り上げる。途端、家の周囲の植え込みや沿道に、虹色の光の柱が現れ、それが人の形を現した。

 全員が全員、鉄の鎧を着込んでいる。西洋の甲冑のように、全身を細かい鉄板でくみ上げ、関節部には切れ込みが入って動き易いようになっている。ドイツ製の軽機関銃、銃弾ベルトが背中のバックパックから伸びている。

 1人が一つ眼のセンサが瞬かせ、中の人物の生死を確認しているようだった。もう1人、指揮官の鎧が合図した。強化外骨格パワードスーツの無骨な頭が一斉に頷き、次には闇に溶けるように姿を消す。光学迷彩が稼動し、何もない空間に足音が響く。それをショウキは、マンホールの蓋を押し上げ、隙間から見ていた。

 足音が完全に聞こえなくなったのを受けて、ショウキはマンホールから這い出る。やっと下水道の酷い臭いから、やっと解放された。

「なかなか抜け目ないな、あのじいさん。隠し通路とは」

 焼け落ちる家を眺めて、ショウキがひとりごちる。廊下にあった隠し階段は、本当なら久里浜が使う予定だったのだろう。しかし、久里浜は殺されてしまった。この国のために働いた人物を、自分たちの都合で切り捨てる。これが共和国政府のやり方か、とショウキは吐き捨てた。もっとも、自分たちもそうなるかもしれない。だが

「退く気はねえよ」

 とショウキは言った。加奈と飛燕がいたというあの施設、そこで何が行われていたのか。手の中にあるチップが、おそらく最後の手がかりとなる。ショウキはPDAの回線を開いた。また侵入されるか、逆探知されるかと危ぶんだが周波数を変えたからしばらくは大丈夫だ。本部に繋ぐ。

「俺だが――」

 と言うと、デバイスに明蘭のヒステリックな声が響いた。

《ショウキ? 何やってんのよあんた。こっちから連絡しても繋がらないから、生死も分からないし!》

「ああ、すまんな。ちと、事情があって」

《何の事情よ、加奈を見つけたわよ》

 と明蘭が言う。ショウキは声を落として

「今、どこに」

《身柄は“特警”で預かっている。今、紫田部長が総統の所に直談判しに……》

 そうか、とため息をついた。都市警や軍に囚われたのでなければ、とりあえずは安心だ。

「で、鈴は」

《その事、なんだけど……》

 明蘭の声が、曇った。何だ、と訊くと

《とりあえず、本部に戻って。今、すぐに》


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