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晴嵐加奈、拘束。
その報はネットを介して、全国に広がった。
《とりあえず、落ち着いてくださいよ加藤さん》
と、山下の声がデバイスから聞こえる。山下は確か、九州の担当だった。
《今から本部に帰る、なんて。無茶ですよ》
「オレは落ち着いているさ、山下。いつでも冷静だよ、ただあの人に比べるとそうそうクールに徹せられない、それだけさ」
と言うが、言葉の端に焦りや動揺が滲んでしまう。実際、冷静でもなんでもなかった。あの人が、捕まった――国家反逆罪は免れないと、Webニュースが報じているのに
どうして落ち着いていられようか。銃殺は必至、明日にでも刑が執行されてもおかしく
はない。都市警や軍に先を越されなかった、それだけがせめてもの救いだ。
《直ぐに死刑になるわけじゃないですよ。ここは民主国家ですから、まずはちゃんとした裁判を》
「そんなこと、分かるわけないだろう!」
苛立ちのあまり、つい怒鳴ってしまった。山下が小さく謝るのに、加藤はすまん、と詫びる。でも実際、加奈の刑がいつ執行されるのか分からない。というより、また政府が一方的に死形命令を出すんじゃないかという危惧もあった。あれほど簡単に、躊躇なく鈴の殺処分命令を下したくらいだから。いや、もし“特警”以外の、軍や都市警が拘束していたら、その場で射殺、なんてこともあり得たかも知れない。都市警なんて、身内が殺されているくらいだし。実際に加奈を拘束したのは、明蘭の改良型“猟犬”を配備された所轄だったため、所轄が都市警に引き渡す可能性もあったのだが――所轄はどうも、都市警よりかは“特警”に従順だ。晴嵐加奈の捜索が、“特警”と所轄の共同で行われた背景には、所轄と都市警の確執もあるようだ。ろくな装備を回さない都市警に比べ、同じく“中間街”を活動拠点とする“特警”には協力的である。
もっとも、それで加奈の刑執行が長引くかといえばそうとも言えない。世論はこぞって加奈の死を求めるだろうし、保安局はすでに、身柄の引渡しを要請しているようだ。紫田は今の所、身柄の引き渡しに応じるつもりはないらしい。弁護人を立て、裁判に持ち込もうと言うのか、しかしそれにしたって勝てる裁判ではないだろう。
「クソッ垂れ、もうちょっとだというのに」
と、衛星端末を叩いて毒づいた。もう少しで、何かが分かりそうだったというのに――忘れ掛けていた単語が、喉の手前まで出掛かっているあのもどかしさ。ジレンマを、抱えている。
なぜ、鈴がクローンであることを公表しないのか――最初に睨んだ通り、そう知られてはまずい、何かがあるらしい、ということを政府のデータベースに侵入して掴んでいた。それは15年目の、ある「施設」が関係しているらしいということ。そこから流出した生体が使われていたらしいということ。あの少女、鈴の基になった生体、それが加奈のものだとしたら。その「施設」というのは、加奈が育ったと言う孤児施設だろうか。が、そこまでだった。それ以上の収穫は何も得られず、サイバーポリスが嗅ぎつけるのに回線を遮断したのだ。違法行為を犯してまで探った内情は、実に曖昧なもの。いや、もしかしたら真実を記したものは存在しないのかもしれない。
「となると」
加藤は考えた末、やはり加奈に直接聞くより他ない、と判断した。かといって、今は手が離せない状況にある。地下に潜った『天正会』を炙り出すのは、突入班と都市警のSATを以ってしても特定は難しい。改良型じゃない“猟犬”では、匂いを嗅ぎわけることも難しかった。
《とにかく、自分らに出来ることはないですよ。今は、事態を見守るしか》
山下が言うのに、加藤は頷くより他なかった。山下との通信を切り、頭を抱え込む。呆然と意識が白濁するのへ、ふとショウキのことを思い出す。
あの人は一体、なにをやっているのだろうか。相棒が大変だと言うのに、どこをほっつき歩いているのやら。恨み言ではないが、文句の1つも言いたくなる。単に、苛立ちの矛先をどこかに向けたいだけなのかもしれない。
「加藤さん」
テントの入り口から、ブロンドの突入員が心配そうに言うのへ、加藤は生返事を返した。
「あの、晴嵐さんのこと……」
「ああ、もう知っているんだな」
と言って加藤は
「オレらがなにかするってのは無理そうだ」
盛大にため息をついた。女がそっと、加藤の肩に手を置くが
「触んな!」
と手を払いのける。が、女が泣きそうな顔しているのに加藤は
「あ、いやすまん。ちょっと気が立ってた」
気分を落ち着けようとマルボロを咥えたが、このライターなかなか火がつかない。火花ばっかり散りやがる。ええくそ、なんだこの不良品はよ。
クソがっ
面倒になって、ジッポライターを放り投げた。咥えたマルボロも一緒に吐き捨てて。
「今は」
と女が言って
「落ち着いて考えましょう。あの人だって、何も好きでこんなことしたんじゃない、なにか差し迫った理由があったのよ」
「その差し迫った理由を探していたんだがな、やはり壁は高い」
加藤は苦々しく呟いた。続いて落胆。無力感を伴う。
「加藤さん、もしよろしければ」
「あ?」
「現場の指揮は、わたしが執ります。加藤さんは、“特警”に」
「てめえに、ヤクザ共とやりあう度量があんのかよ?」
突っかかるように、語気を荒げて言った。女は俯き加減に
「我々突入班は、確かに捜査部をサポートするために存在していますが、しかし」
と言って、次に女は顔を上げた。意思の宿った目で
「指示がなければ動けないような、そんな烏合の衆ではありません」
しばし、沈黙が流れた。加藤は驚いて、目を見開くが、やがて薄く微笑し
「全く、アングロサクソンの女ってのは……奥ゆかしさの欠片もねえな」
そう言って首を振る。いつのまにか、昂ぶった感情の波が収まっていた。テーブルの上からチェコ製自動拳銃を取り出し
弾倉を装填した。
「けどまあ、気の強い女も悪くない」
加藤がそう言うのに、女が顔を赤らめた。