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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
59/87

5―5

「こっちの方は続けているんか、情報屋」

 ショウキが言うと、金がまあな、といって

「これはまあ、オレのライフワークみてえなもんかね? こっちも危ない橋には違えねえが、まあパチンコだけじゃあ持たんから」

 地元のヤクザに金払わなきゃならんだろうからな、とショウキは思った。違法パチンコは、ヤクザの専売特許だ。

「んで、黄尚鬼。あんたは何を知りに来た」

 と金が、パイプ椅子に腰を下ろした。

「だから、その名はやめろよ」

「何でよ、お前えの名だろうが。自分てめえの名は、誇りに思えよ。親から貰った名はよ」

「親など」

 ショウキは押し黙り、不機嫌に鼻を鳴らした。

「親などと、俺には関係ない」

 そうかね、と金は言って

「それで、知りたい情報はなんだ」

「何がある?」

「何でもありだ。何が知りたい? 商売敵の口座番号、浮気調査、総統のプライベートから夜な夜な女房が馬とファックしていないかどうか、など。色々とね」

「最後のは良く分からんが、知りたいのはそんなことじゃあない。この下田界隈の――」

 とショウキは声を潜めて

「この辺に、孤児施設はあるか」

 金が、ほう、と声を上げた。

「孤児施設? なんだ、ダンナも隅に置けないねえ。どこぞの、行きずりの女との子か」

「ぶっ殺すぞ、貴様。そういうんじゃなくて、この下田に15年前、焼き討ちされたっていう施設だ……聞いてないか」

 ショウキがいうと、金は唸って

「ふむ……子供を預けてえんじゃねえんだったら、どうしてそんなことを?」

「ちと、訳ありでな。人に言えるようなことじゃあない」

 言うと、ショウキは懐から札束を取り出す。都市内では金銭は完全に電子化されているも、都市の外では未だに古い紙幣が幅を利かせている。金は万札を引っ掴んで数え、指で弾くと

「オレがここに腰を据えてから」

 と言うと、金は棚から青いファイルを取り出した。

「10年になるかな。地元の情報集めにゃ、余念が無かったから。この辺の事情はすぐ分かる」

「流石だな」

 ファイルは随分古ぼけていた。開いて見ると、紙片を貼り付けたスクラップ帳となっている。

 紙片は新聞記事、10年程前まで主流だった、紙製のメディア媒体だ。それが、A4サイズのページにランダムに貼り付けられている。記事は、地元の新聞のようだった。

「“中間街セントラル”じゃ、こういう紙の新聞がまだまだ主流なんだよな」

 と金が言う。

「もっとも、最近じゃこの辺も電子化メディアっていうか、端末埋め込みする輩も増えてきたからよ。この新聞社も、10年前に潰れちまった」

「なるほど」

 とショウキが言った。こういう紙の媒体なら、記録が消されるということはない。なにか手がかりがあるかもしれない。特に地元紙ならば、詳細が分かるかもしれないと思った。

「その施設、ってのは」

 と金が切り出した

「地元の人間も、口に出すのはタブーみたいになってるらしくて。それ、10項目開いてみ」

 ショウキはそれに従った。いきなり、『虐待』という文字が飛び込んできた。

「そいつは20年前の記事だ。あんたが知りたがっている『施設』、あそこはただの養護院じゃあなかったみたいだ。その施設では、しょっちゅう子供がいなくなるってんで……当時、中国がきな臭くなってきて、政府もそっちの方の対応に追われていたからな。人権委員会の調査も入らなかった、らしい」

 続いてページをめくると、中国内紛と北宋中華政府の成立を報じる記事。その下に小さく、施設周辺の異臭騒ぎ、なんて記事があった。

「異臭ってなんだ、これ」

「あれだよ。蛋白質が分解されるとき、ものすごい臭いがするだろう。死臭、っていうか。そういうんがしたってよ。まあ、あんたはそんなもの嗅ぎ慣れているんだろうが……」

 金が言うのに、ショウキは睨みつける。金は首をすくめて、黙った。

「で、その次がさらに3年後。2025年の記事だ」

 と言って、金がページを3項ほどめくった。

 『放火』という、ゴシップめいた太文字と煽り立てるように並べられた文句が、ページを占領していた。

「孤児院なら、この辺にも結構あるけど。15年前に焼かれた施設、ってのはそれだけだな。うん、意図的に誰かに燃やされたっぽい」

 写真は白黒だった。すでに焼け落ちた建物から黒煙が上がり、焼け跡から潅木のように突き出た柱が、炭のようになっている。その写真を見ているうちに、奇妙な違和感を覚えた。

「なんでこれ、軍のヘリが写ってんだ」

 写真の、焼け跡上空を旧型のヘリ――択捉でも投入された奴だ――が旋回していた。3機も。迷彩姿の国防軍兵士が、防護マスクを被って現場の封鎖、捜索を行っている。

「そう、それな。高々孤児院に軍が介入したってんで……おかしいでしょう、流石に」

 ふむ、と言ってショウキがページをめくったが

「おい、これ以降のはないのか」

 施設の放火に関する記事は、まったく見当たらない。施設のことに触れた文脈もなく、全然関係ないことを述べている記事ばかり、貼り付けられていた。

 ああ、と金が言って

「それ以降、施設関係のことはなぜか全く報じられなってな。で、オレがここに来たと同時期に潰れちまったよ、その新聞社」

「なんでまた……」

「ま、これは噂なんだがね。どうも、国からの圧力があって潰されたとかで」

 金は事務所内を見渡して――誰も聞いていないか確認するように――顔を近づけて言った。

「これも噂だが……そいつは、その施設はどうも、政府の重要施設だったんじゃないかって」

「まさか、このちっぽけな孤児施設がか」

「だって、軍が介入するなんておかしいだろう。今、その焼け跡は国の所有地になっている。たかが“中間街セントラル・シティ”の一地域を国が所有するというのもおかしいし。何か、見られちゃ困るものがあったんじゃねえかって、もっぱらの噂だぜい」

 そんな陰謀めいたことが、本当にあるのか――とショウキは思ったが。しかし

「どういう、施設なんだって」

「そいつはわからね。オレぁ地元の人間じゃねえし。ただよ、元所轄の、今は引退している刑事がいてさ。そいつが未だに、この施設のことを調べているらしい。実はこの記事も、その爺さんから貰った奴でね」

 だろうな、とショウキが言う。関東周辺で、ギャング相手にケチな詐欺ゴトを繰り返していた無頼ゴロツキ朝鮮人が、地元でもない土地に関してこんなに詳しいわけはない。

「もっと詳しいことを知りたい」

「何だ何だ、やけに意欲的だね。なんかやばいことに首突っ込んでんの? 黄のダンナ」

「その名は止めろ」

 そう言ってふと、こいつに俺が“特警”だってことを伝えたらどんな顔をするだろう、と思った。多分、金は今でもショウキが“中間街セントラル”のどこかで危ない橋渡りをしているだろうと、思っているはずだ。“特警”、夜狗だとか呼ばれている俺たちは、“中間街セントラル”の奴らにとっちゃ天敵だもんな――などと思う。もし、自分が“特警”だと言っても、こいつは変わらずに……いや、止めておこう、とショウキはその考えを打ち消した。考えるだけ無駄だ、と。都市の内部、“ゲイト”の向こう側に行った自分とこいつとの間には――途方も無く深い、隔たりがある。重ねた年月の永さもあり、決して埋まることのない淵を臨むような心地になった。

「その人物は今、ここに住んでいる」

 金がそう言って、紙片を握らせた。

「あまり、外部の人間とは関わらない人だけど。まあ、オレが言うよりも詳しいことが聞けるだろうよ」

「そうか……」

 とショウキは腰を上げた。

「助かったよ、金。あんたはやっぱ、いい腕している」

「へへ、そりゃあ長年あんたの相棒やってりゃあな」

 鼻の頭を掻いて、金が笑った。

「よお、ダンナ。その仕事ヤマ済ませたらよ。また一緒に組まねえか?」

 金が言うのに、ショウキは目を見開いた。

「何?」

「まあオレも、いまはこんなナリだがよ。いつか一発当てるって夢、忘れたわけじゃねえ。そのためにオレらぁ、クソッ垂れなチョッパリどもと構えたんだろうが」

 そうだったかな、とショウキは昔を思い出していた。東京を飛び出して、祖国を思ったあの時を。結局、ショウキが思い描いていた「祖国」は、ショウキを助けてはくれなかった。だからこの国で、せめて自分らしく生きようとしたのだったが――

「悪い、金」

 とショウキは金鵄ゴールデンバットを咥えた。

「俺も、汚れ仕事から足洗うつもりだ。こいつが終ったらな。だから」

 ショウキが言うのに、金はにっと歯を見せて笑った。

「冗談だよ、冗談。分かってるって。オレも今じゃ所帯もってガキもいるんだし、そんな無茶はしねえよ」

「ガキ? お前、結婚してたのか」

「3年前に。これ、オレの子」

 といって、懐から写真を取り出す。赤ん坊が、写っていた。

「まあ、昔はヤンチャしたけどさ。っていうか、今の仕事シノギもまっとうとは言えねえけど。こいつ守っていくんだったら、さすがに大人にならにゃ」

「そうか……金」

「なんだい」

「おめでとう」

「よせよ、気色悪い」

 と言いながらも、照れ笑いしている。ショウキも少しだけ、笑った。

「おえさん、まだ独り身かい?」

「生憎な」

「そうかい。ならダンナもよ、尻のでかい女見っけて身を固めちゃどうだ? ガキはいいぞー、まあうるせえけんどな」

「考えてみる」

 ショウキは言った。

 やはり、こういう所は変わらないな、と感じる。昔、つるんでいた頃と少しも。金という男、詐欺をやるだけあってか話術に長けていて、そのおどけた口調で、仲間内では暗くなった空気を和ませるのに一役買っていた。こいつの周りはいつも、笑いが絶えなかったっけな。そう、思い出す。

「金」

 と去り際に言った。

「何だ」

「いや……また会おう」

「ああ、美味い酒でも飲もうや、そん時は」

 と、金が手を振るのが目に付いた。


 店を出て、しばらく歩く。遊技場アーケードの喧騒が遠くなった頃に手の中の紙片を覗き込んだ。

「久里浜雄二……ねえ」

 と、紙に書かれた名前を読み上げる。住所を見て、愕然とした。なんてこった、てっきりこの辺に住んでいるかと思いきや修善寺とは。今から行くのもな、と網膜に刻まれた時刻を見て思う。時刻は18:22、そろそろヤクザやサムライが動き出す時間だ。特殊弾頭は装備しているが、できれば衝突は避けたいところだ。余計な戦闘は体力を消耗するし、なにより目立つ。高価な機甲弾を食らわせるくらいなら、僅かな金を払って安宿に泊まったほうが、体力回復という点においても合理的だ。

 仕方ない、と思ってどこか宿はないかと探す。この際、“蟻塚”の狭苦しく湿った寝床でも構わない。そう思っていた矢先。

 網膜スクリーンが、時刻表示からPDAの着信を示すものに変わった。

「あん?」

 腕をまくって、液晶を見る。“特警”関係者の通信は切っていた。この捜査はショウキの独断で動いているものであり、紫田から連絡があったら何と答えればいいのか分からないからだ。本部から帰還命令でもあったら、従わなければならない。面倒だから、通信回線を遮断している。しかしこれは……

「何だこれ、非通知?」

 液晶に浮かぶ、“UNKNOWN”の文字。端末のメモリーに入っている、番号ではない。しかもこれは暗号回線。この回線を知っているのは“特警”関係なものだが……注意深く、端末を叩いて通信を開いた。

「誰だ」

 PDAに向かって、小声で言う。デバイスの向こうにいるであろう人間は、しばし無言を貫いていた。

「誰だ、貴様。どうしてこの回線を――」

《貴様がショウキ、か》

 やがて聴覚デバイスに、合成音声のような無機質な声が響いた。声は、男のようだが若いのか年を取っているのか分からない。訛りの無い、流暢な日本語だった。ショウキはさらに声を潜めた。

 声の主に、心当たりはない。

「てめえ、何モンだよ。何故、俺のことを知っている。この回線に、どうやってアクセスした」

《余計な疑問は抱かなくてもよい》

「いいわけねえだろうが……」

 上空から視線を感じるのに、ショウキは直ぐ脇の建物を睨んだ。“蟻塚”の中、3階部分から覗いた影。背広スーツを着た男が、サングラスをかけてショウキを見下ろしていた。ショウキが見上げた途端、引っ込んでしまったが。軍服ではない、背広組のような佇まい。少なくとも、“中間街セントラル”には似つかわしくない。

《貴様、色々嗅ぎ回っているようだがな……犬みたいに。怪我をしたくなければ、今すぐここから立ち去ることだ》

「……何を言ってんだ」

 背広スーツの男が消えた方向を睨みながら、言った。押し殺した声で。

《怪我したくなければ、この件から手を引くことだ。いいか、二度目はない》

「だから、何言って――」

 その時、背後から鋭い爆音がした。

「なっ」

 腹に響くように、絶望的に轟いた。地鳴りすら伴う爆発。ショウキの背後から、ショウキが今、歩いて来た方向から――

 振向くと、数m先の遊技場アーケードが並ぶストリート、その一角から黒煙が立ち昇っていた。轟々たる火焔が天を焦がし、ストリートはパニック状態に陥っている。あの先は、あの炎の中には――去り際に見せた、金の屈託無い笑みが、写真を見せて照れたように頭を掻く姿が、脳裏をよぎった。

《いいか》

 と、デバイス越しに男が言う。

《警告はしたぞ。今すぐ、ここから立ち去れ》

 乾いた声が、脳内で反響するのに、ショウキは何かを言い返すことも出来ない。ただ、頭の中を真っ白にして、立ち上がる火の手を見つめていた。回線が遮断され、鼓膜に群集の怒号とサイレンの音が蘇ってくるのを感じながら――。



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