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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
55/87

5―1

 その日、紫田遼は朝一番に本部ビルに到着した。秘書官が何か言うのも無視して、真っ先にミーティングルームに向かった。

 デスクの前に座り、端末を叩く。通信回線接続、スクリーン、起こす。

 果たして、壁に貼り付けられた透明膜に通信状態を示す表示が映される。右端と左端に、加藤と山下の顔が表示された。

「山下」

 と紫田が言うと、画面の右端に映った山下が応じる。

「あいつは、本当にショウキは仙台からここに?」

《なんか、ものすごく必死でしたよ。あっちの方は、まあ地元の警察に任せたらしいですが》

 あいつ、任務を投げ出したのかと思いつつも

「そのショウキが行方不明だ。当然」

 とそこで言葉を切る。

「晴嵐もな、拘置所から対象を連れ出して」

 現在、逃亡中。紫田はデスクをなぞり、端末を叩いた。画面に左端に、国営放送の映像が流れる。

「まずいことになったな」

 と言う。キャスターが無表情で原稿を読み上げるに、画面の下には逃げ出した“特警”捜査官、国家反逆の徒、などのテロップが刻まれている。どこからか情報が流出したのか、実名まで出されていた。

《拘留されていたのが3日前。そこから、どういうわけか横浜市警が晴嵐の拘留を解いた。その後、本部に戻った形跡はなく、その足で拘置所に向かったというわけですね》

画面の左端に映る加藤が言う。加藤は確か、九州にいるはずだ。

「短時間で拘置所を襲うだけの武装、どこで用意したのかわからんがな。都市警の機動隊が出動していたのに」

《カナさんなら、それも可能すよ。あの人を誰だと思ってんですか》

「特別保安警察捜査官」

 紫田が言った。

「そして今は、国家の盾となり、国民を守る立場の者が国家に弓を引いた、反逆者」

《どうしてそう言う言い方しかできないんですかね》

 加藤が突っかかる。

《大体、対象がクローンで、それを処分しようとした国の対応は一切マスコミには知らせず、ただ“特警”の捜査官が逃げた、としか言わないなんて。どうかしています、報道ってのは公平にするべきじゃないんすか》

「わしにそんなことを言っても始まらん。事実を述べたまでだ」

 紫田が言うと、加藤は――画面の向こうで忌々しげに押し黙る。歯軋り、していた。

《とりあえず》

 と山下が口を挟み

《この件、軍が介入し始めているみたいです。晴嵐さんの身柄を、軍に押さえられでもしたら厄介ですね。下手したら“特警”の存続も危うくなります》

「それに関しては、こちらで対応する。お前たちは、引き続いて新伝と李飛燕を追え。今は……」

 紫田は端末上に、新たな通信が入ったことを知らせるアイコンが灯るのを、確認した。

「今回の件、晴嵐の生体の流出とクローン製造、これらのことは李飛燕と晴嵐が同施設出身ということに関わりがあるやもしれん。被害の拡大を食い止める意味でも、李飛燕を追うんだ」

 そこまで言うと、紫田は回線を切る。画面が切り替わり、新たな通信が介在してきた。

 スクリーンに、張劉賢の脂ぎった顔が大写しになる。

《ご機嫌いかがかな、紫田君》

 と皮肉めいて言うのに、紫田は表情を崩さず

「ご無沙汰しております、長官」

《全く、大変なことをしてくれたものだよ。この大事なときに、国家に楯突こうなど……“特警”も、底が知れるというものだな》

 と嘲るように笑う。

《総統閣下も手を焼くな、飼い犬の出来が悪いと。馬鹿な犬はいくら躾けても馬鹿なままだ》

「部下の不始末は私がつけます。が、その前に」

 紫田は厳のある目つきで、言った。

「確か、晴嵐はあなた方に拘束されていたはず。正式な不起訴処分が下ったわけではないのに、なぜ一晩で拘留を解いたのですかな? 私には理解しかねることですが、長官」

《ぐっ……いや、それは……》

 紫田が言うのに、張は言葉に詰まって、目を泳がせた。額に脂汗を浮かべて、言いよどんでいる――やはりな、と思う。警察も腐敗したものだ、賄賂が横行する、それが当たり前になるとは。自分がいた頃はこの国の警察は世界一優秀などと言われたものだが。それも時代の流れだろうか。

「長官、あなたの手は煩わせません。必ず、我々の手で結着をつけます」

 紫田が言うと、張は鼻を鳴らして通信を切った。

 張はこのまま引き下がる、ことは無いだろう。裁判所の命なく加奈の拘禁を解いたことに対する責任の追及がなされ、横浜市警も躍起になって加奈を追っている。軍、“特警”よりも先に加奈を拘束し、最悪「証拠隠滅」を図るかもしれない。

 それは、避けなければ。部下を守るのも、紫田の務めだ。

「明蘭」

 と紫田は、脇に控えていた明蘭に言った。

「例の物はできているか」

「索敵範囲を」

 と明蘭が言って

「半径3kmにまで拡大できます。突入班に、各都道府県“中間街セントラル・シティ”に投入するように指示いたしました」

 そう、自信たっぷりに言う。

「わたくしも、彼女の後を追いますわ」

「うむ」 

 紫田は端末を叩いて、スクリーンの像を消した。

「軍と都市警に先を越されるわけには行かない。こちらも動くぞ」

 そう告げて、腰を上げた。


 通信が遮断されると、張は舌打ちした。

「あの狸オヤジめ」

 と毒づく。おそらく、気づかれただろうなと思った。あの男は、生涯の全てを警察活動に捧げてきたような人間だ。旧体制の警視庁時代の、紫田遼の功績を知らない警察関係者はいない。共和国体制化の都市警の間でも、紫田の名は伝説めいて語られている。

 それだけに、あいつが動くとなると――

「一刻の猶予も無いか」

 張はルームミラーを傾けると、鏡は後部座席に座っている人物を捉えた。

「お前さんも、いい上司を持ったものだな」

 皮肉っぽく、後部座席で俯いている阿宮涼子に言った。

 都市迷彩姿。いつもの白衣もいいが、男っぽい服装も艶めいてよく映える。張は鼻をひくつかせた。白梅の香りが漂ってきた。

「あの娘、鈴とか言ったな。あんな子供のために、リスクをとるとは。“特警”のエースも、所詮はただの女だった、ということか。情にほだされて」

「加奈は……」

 と涼子が唇を噛む。長い睫が揺れて、長い髪が顔に翳りを生み出していた。何かとてつもないものを抱え込んだ、懺悔を待つ囚人のようだと思った。

「あの子供のDNAに、晴嵐加奈のものが混ざっているという事実を、貴様ら科学班が突き止めていなかったとは考えにくい。阿宮、お前は気づいていたんじゃないのか? あの娘がクローン人間で、晴嵐加奈とDNAを共有していると。だが、“特警”がクローンをかくまっていると知られたらそれこそ世紀のスキャンダルだ。だから、今まで隠蔽していた。そうじゃないのか?」

 涼子は固く唇を結び、膝の上で手を組んでいた。痛みに耐える、表情。それもまた、そそられる。張は運転席から身を乗り出し、

 髪を掴んだ。

「痛っ……」

 涼子が小さく、悲鳴を上げる。張は涼子に顔を近づけた。

「あまり、我々の情報収集力を嘗めてもらってはこまる。“山猫”は、どこにいても何をしても、お見通しだ。“特警”を守りたいのだろうが、我々が背負っているのはもっと大きなもの、国家だ。俺たちは総統閣下をお守りしている、覚悟が違うのだよ、阿宮」

 涼子が怯えた目をしていた。白くたおやかな首に静脈が浮き出ている。勝手に喉が鳴った。

「白梅香、ちゃんとつけているな。俺のやった」

 その白い首に、張はむしゃぶりついた。うなじに舌を這わせ、鼻を鳴らす。涼子が声を洩らした。そんな所作も、いちいち色っぽい。

「忘れるなよ」

 と張が耳元で囁いた。

「こいつをしているうちは、貴様に自由は無い。俺は鼻がよく効くからな、すぐに分かる。妙な事を考えるなよ」

 そう言って、涼子を突き放した。

「俺には全て、お見通しだ」

 と言う。涼子は目に、涙を溜めていた。やはり、押し黙ったままで。



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