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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
54/87

4−17

 横浜に至る高速道路ハイウェイが封鎖されているのに、ショウキは苛立ちバイクを降りた。

「おい、そこの」

 と、検問をしている兵士に詰め寄った。IDカードを見せて

「“特警”なんだけど、通してくれんかね。こっちは急いでんだ」

 アジア系ともポリネシア系とも分からない兵士が、IDを確認すると鼻を鳴らして

「ああ、夜狗ヤクね、あんた」

 と言う。てめえもその名で呼ぶのか、と思ったがそこは抑えて

「分かったなら、通してくれ。緊急事態なんだよ。こっちゃ仙台から飛ばしてきたんだ」

「緊急? そりゃあ、こっちも同じだよ。あんたの仲間が暴れちゃったもんだからさ。ちゃんと首に縄つけてくれよな、全く」

「仲間が、ってなんだよそれ」

「聞いてねえんか。ニュース見てみろよ」

 と言う。随分、横柄な態度だなと思った。軍人って奴ぁ、どうしてああも人を不愉快にさせるのが上手いのか。傭兵時代から疑問に感じていたが、おそらく敵を虫けら同然と見下しているうちに自分が偉くなったような錯覚に陥ったのだろうという結論に、ある時達したことがある。もっとも、全ての軍人がそうとは限らないが。

「ちと、待て」

 端末を叩いて、網膜にWeb画面を呼び起こす。と、共同通信のニュースウィンドウが開き、見出しに躍った文字を見て

「こいつは……」

「あんたんとこの女捜査官が、どういうわけか逃避行演じているみたいでね」

 兵士が言う。ウィンドウに映る、横浜拘置所襲撃、という文字。“特警”捜査官、晴嵐加奈が横浜拘置所を襲撃し、現在逃亡中……。

「は、はあ?」

 思わず声に出してしまう。何考えてんだ、あいつ――と呆れつつ。

「都市警だけじゃ手一杯らしくて、今軍が――」

 と兵士が言いかけた瞬間、気づいたらショウキは兵士の胸倉を掴んでいた。空中に持ち上げ、締め上げる。青い顔をしてその兵士が何か言うのに

「ここ、通させてもらうぜ」

 兵士を地面に投げ飛ばした。他の兵士たちが色めき立つのに、構わずカワサキを発進させる。検問所をぶち破り、無理やり都市内部に侵入した。

 背後から兵士たちが、ライフルを撃ってくるも、進路を横浜港に向ける。加奈が行きつきそうなところ、これからどうするか、どんな行動をとるか――大体、分かっているつもりだ。しかしこれは――

「あんの、馬鹿」

 早まったな、と思った。鈴がクローンだって知らされて、気が動転したのか。それとも、先走ったのか。いずれにせよ、今までの加奈の行動原理からすればこれが賢明な判断ではない、ということぐらい分かりそうなものだが。加奈は無茶することはあっても、常に冷静な判断を下すことができる。そういう人間が集まるところだ、“特警”というのは。

「それほど大きな存在になっちまったってことかよ……あの子が。だからってこれは、やばいぜ加奈。お前さん、死に行くつもりか」

 とひとりごつと、背後から軍のジープが迫ってきた。

 ――1人で背負うなよ、加奈。俺にとっても、お前はでかい存在なんだぜ――ちょっとでも相談してくれりゃよかったに。

 そう思い、S&Wを抜き放った。座席に立ち上がった兵士がライフルを構えて、発砲。共和国軍正式採用のH&K小銃が、間断なき連射フルオートを浴びせてくる。バイクを右へ左へ振り、射線を避ける。避けながら、S&Wで狙いをつけた。

 弾数だけならあっちの方が上だ。こう言うときは頭を使うんだ、頭を――

後ろ向きに発砲。照準の先は、装甲車の車軸シャフトだった。ガン、と車体が跳ね上がると、立っていた兵士が車外に投げ出される。ジープはスピンして、停車した。

「ちょいとおネンネしていてくれや」

 と50口径のリヴォルバーを仕舞った。ハンドルを切った。


 時刻表示は19:00、ジャスト。

  

 都市迷彩が施された防護服の兵士が過ぎ去るのを、ビルの間から確認する。鈴、と声を掛けると髪を束ねた鈴が闇の中から姿を現した。

 潮の香りがする。港まで、100mほど。埠頭には、すでに手配した小型のAIボートがある。外洋には出られないが、それを使って相模湾を脱して、伊豆半島にまで抜ければ……都市警の無線をジャックしたところ、まだ都市内部を探し回っているようだ。加奈は髪についた、ダストシュートの埃を払った。鈴が、埃っぽいと咳き込んだ。

「加奈さん、いつもあんなことしているんですか。ダストシュートから逃げるなんて」

「いつも、っていうか……状況に応じてね」

 ぱたぱたと埃を払う。ふと、鈴と目があった。1秒ほど、見つめ合って。

 2人して、吹き出した。

「埃っぽい」

「そっちこそ」

 と言って笑う。不思議だった。こんな状況で笑える、なんて思っても見なかった。鈴が笑えば自然と加奈も笑う。張り詰めた緊張をほぐしてくれるのだ、この子は。

「なんか」

 加奈が言って

「何でも出来そうだよ」

「何がです?」

「いや……」

 深く息を吸い込み、ブローニング拳銃を取り出す。十字架の彫られたグリップにキスをして、静かに、息を吐いた。

 意識が鋭敏になってゆく。

「ここから一気に行くよ」

 鈴の喉が上下して、唾を飲み込む音がした。加奈は撃鉄ハンマーを起こす。右手に銃を、左手はしっかりと、鈴の手を握っている。

 都市警のヘリが港の上空を旋回していた。ローター音が遠ざかるのを待つ。加奈、行けるよ。この子となら、大丈夫だ。そう、感じる。

 旋回するヘリが、遠ざかってゆくのを聞き、装甲車両が過ぎ去るのを確認。

「走れっ」

 と短く言った。鈴の手を引き、埠頭まで急ぐ。ヘリは近づいてこない、都市警は気づいていない。地を掴み、蹴りだす足。鈴が転びそうになるのを、引っ張り上げる。あと20m。ローターが近づいてくる。間に合うか、いや間に合わせる。停泊したボートの舳先が、シートの先から覗いている。もう少し、もう少しだ――。

「もう少し」

 10m地点。

 突如、轟音が響いた。

 「なっ……」

 足元に、弾痕穿つ。夜に溶けた港に発射炎マズルフラッシュが咲いたのを、横目で見ていた。

 加奈は立ち止まり、鈴を背中側に庇う。銃弾が飛来した方向に向き直り、ブローニング・ハイパワーを向ける。

「血迷ったか、晴嵐加奈」

 重厚で底冷えするような、深い沼の響きを伴う声。暗闇に溶けていた影が、人の形を帯びてくる。フロントサイトのダット越しに見えた、その名を呼んだ。

「ショウキ」

「よお」

 という声が返ってきた。年齢に似合わない銀色の髪、鉄の腕が、グローブの隙間から覗いている。任務中だったのか、タクティカルスーツを着ていた。

「仙台から帰ってみりゃ、これは一体どういうことだ? 法廷の証言台に立つのかと思いきや、お前の銃口の前に立っている。しかも愛の逃避行と来たもんだ」

「証人を頼んだ覚えは無い」

「だろうな、被告になる前に逃げ出されたら。反逆者、として処理せざるを得ない」

 言うと、ショウキがリヴォルバーを構えた。加奈は鈴の前に立ち、盾となる。

 交錯する銃口が、互いを狙いあう形となる。

「加奈、その娘を連れてどうするつもりだ」

 とショウキが、無機質な瞳のまま訊いた。

「この子は……」

「新伝に繋がる手がかりだから、それだから助けると? それともただの同情か? 国家に反逆してまで」

 ショウキが、引き金に掛けた指に力をこめるのが分かった。加奈はグリップを握りこむ。フロントサイトが、小刻みに揺れていた。

 どういうことか――震えている。加奈の手が。

 何故、わたしは……恐怖しているのか?

「その娘、クローンだったんだってな。お前さんの。同じ肉、同じ血を持つそいつが愛おしくなったのか。お前にそんな感情があろうとはな」

「わたしは……」

 震える手を止めることが出来ない。ショウキに銃を向けられているのが怖いのか、おそらく違う。

 ――やめて。心の中で、そう叫んだ。

「情が移ったか、ただの護衛対象に。いや、囮みたいなもんだその子は」

 鈴が、ぎゅっとスーツの端を握り締める。

 ――それ以上、言うな。

 だが、残酷にもショウキは、止めることは無い。

「ヤクザおびき寄せる餌に、お前さん。情けを掛けるのか」

 ――やめろよ、やめろ。

 それ以上はやめてくれ。わたしの心の内を、見透かさないでくれ。何度も訴える。きっと自分は、怯えた顔をしているのだろう。それとも、哀しみに満ちた顔だろうか。いずれにしろ、ショウキが淡々と話すのにも心をかき乱されているのに、平静を保っていられるはずもない。

「規律より、情を取るか晴嵐加奈」

「違う……わたしは……」


 わたしは――!


「あるいは、鎖を切って人間に戻りたくなったか――人に紛れて生きたくなったのか、晴嵐加奈!」


 衝動的な、ものだった。


 引き金に掛けた指、人差し指の筋肉が意図せずして収縮される。吐き出される銃弾、反動リコイルショックが骨に響いた。

 銃弾が、ショウキの肩に突き立つ。ショウキはよろめいた。撃った、という事実に加奈はしばし、呆然とする。

 刹那。

 獣の咆哮に似た、S&Wの銃声が響いた。オレンジ色の火焔が鮮やかに、同心円状の華を開かせる。マグナム弾が耳元を掠め、慟哭する銃弾の唸りを聞く。

鈴の手を握り締めた。ガラス細工のような手を、強く。鈴が少し、声を洩らした。加奈は後退る。ショウキが肩に手をやって、呻いていた。加奈はボートの方へと走った。

 その時、夜を切り取ったように加奈の周りが明るくなる。頭上で都市警の攻撃ヘリが空中停止して、LEDライトを照らしていた。

 見つかった。

『動くな!』

 とヘリから、警官が怒鳴った。ショウキが銃を構えて、発砲する。

 首筋ギリギリを通るマグナム弾。加奈の栗色の髪、ポニーテールにした髪を撃ち落とした。ばらりと髪が解け、首筋に薄く傷をつける。

「もう、抵抗するな加奈! お前を殺しちまう!」

 ショウキが叫んだ。悲痛な響きを伴っていた。彼方から呼びかける、それは遠くて空しい、残響だった。

 ――ダメなんだよ、もう。

「鈴、走るよ」

 と加奈が言う。鈴が頷いた、と同時に海に向かって走る。

 都市警のヘリが、チェーンガンの一続きの銃声を響かせる。銃弾が嵐となって降注ぎ、コンクリートを穿つ。細かく砕けた破片が舞い上がり、粉塵が視界を遮る。加奈は鈴の頭を抱えるようにした。

「加奈、戻れ!」

 と言うショウキの声を背にする。

 最後に降り向く。加奈はブローニングの引き金を引いた。


 銃火が交わった。



第四章終了です。

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