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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
45/87

4―8

 鈴が一人で、廊下のベンチに座っていると山下が

「ほら」

 と差し出したのは、缶入りのコーヒーだった。

「最近冷えてきたし。オレの奢り」

「あ、ありがとうございます。山下、さん」

 鈴は素直に受け取った。こう言うときは、変に謙遜しないほうがいいと、加奈に言われている。山下は気を良くしたのか

「覚えていてくれたんだ」

 と笑って、鈴の隣に座った。プルタブを開けて、甘ったるい飲料を口に含む。気まずい沈黙が流れたが、鈴が

「ショウキさんは」

 と切り出した。

「ん?」

「どうして、加奈さんと組んでいるんですか」

「どうして、ってねえ……」

 と言って、サントリーのカフェオレを飲み下す。見かけによらず、甘党のようだ。山下は目を泳がせて

「なんというか、晴嵐さんと組めるのがショウキさんしかいなかったから。それだけの理由だよ。オレなんかは、晴嵐さんの足引っ張るしかできないから」

 いがぐり頭を掻き毟って苦笑した。まだまだ新人扱いだし、といって。

「ま、仕方ないよね。オレと晴嵐さんとじゃ、器が違う。“中間街セントラル・シティ”でもあの人は……」

 山下が言うのに、鈴は

「多分、もっと違う理由があるんじゃないかと思うんですが……」

「違う理由? 何だいそれは」

 山下が訊いてきた。鈴は、つ、と缶の縁をなぞり。

「ショウキさん、きっと、加奈さんを……」

 なんだ、と山下が言ったとき。

 病室の扉が開いて、ショウキが出てきた。

「鈴」

 とショウキが言って

「話は済んだから、中に入っていいぞ。後で、阿宮に必要なものを持ってこさせるから、しばらくは病院ここにいた方がいいだろう。それと」

 ショウキは山下を睨みつけて

「なんか余計な事、言ってねえだろうな」

 山下は慌てて首を振って

「勘弁してくださいよ、何も言ってませんよ。っていうか、煙草臭くないですか? 病院は禁煙ですよ」

「知るか、ボケ。早く行くぞ」

 と急かすように言うと、さっさと立ち去る。山下は、じゃあ、と言ってショウキの後についていく。

 鈴が病室を覗き込むと、加奈が憮然たる表情で俯いていた。


「ショウキさん」

 と山下が運転席から言ってくるのに、生返事をよこす。

「こういうこと、自分が言うことでもないですけど。あまりに晴嵐さんに、きつくないですか? いくら、李飛燕のことを知っていたからって、内通していたと思うなんて」

「まだ完全にシロじゃねえよ」

 金鵄ゴールデン・バットを、噛むように吸う。煙草を吸わない山下が顔をしかめるのも構わず。

「晴嵐さんが、敵と通じているというんですか」

「可能性があれば、な」

もっとも、先ほどの話で殆ど疑惑は解けたが。李飛燕、同じ施設だったという、青年。死に別れたと思っていた人間が、15年の後に再会するとはね。

「えらいセンチメンタルな話だな」

「何がです?」

「いや」

 ヴァットに、短くなった金鵄ゴールデン・バットを放り投げた。

「まあ、あれですね」

 山下が言って

「……なににやついてんだ、てめえ」

 ショウキが、やけに楽しげに笑う山下を見て言った。

「いえ、別に」

「気持ち悪い奴だ」

 ショウキのPDAが着信を知らせるのを感知して、端末の液晶を見た。

 紫田からだった。

《今どこにいる、こんな時に呑気に外出とはいい身分だな》

 いきなり、不機嫌そうな声が鼓膜に響いた。ショウキは舌打ちして

「なんだよ、非番の日にどこに行こうが勝手だろうがよ」

「自分は仕事中に駆りだされたんですがね……」

 と山下がぼやくのを軽く無視した。

「なんか用かよ」

《ネットニュースを開いて見てみろ》

「なんだよ、いきなり」

《いいから、早くしろ》

 何だよ、と毒づいて端末を叩いてネットに接続する。ナノワイヤを介して網膜に、Web画面が投影される。共同通信だ、と紫田が言うのに液晶上のパネルを操作した。

 見出し(ヘッドライン)に躍る文字。

「……長野で、変死体。30人死亡、ってこれなんだよ」

《松本の環境建築群で、例のウィルスがばら撒かれた》

「“ゲノム・バレー”のですか」

 オープンチャンネルだったので、山下の耳にも届いていた。網膜の映像は、都市の上空からの様子が映し出されていた。ニュースキャスターがわめいているのを、デバイス越しに聴く。

 移民、変死、ウィルス。

《被害に遭ったのは、移民ばかり30人。有効なワクチンもないから、これから更に増えるはずだ》

「ちょっと待て、あのウィルスならまさか」

《ああ》

 紫田が唸って、言った。

《長野のデータベースから、いや全国のデータベースが攻撃を受けている。向こうの都市警のシステムもダウンした。これからわしは、科学班とともに長野に向かう》

 紫田が通信を切ったのを受け、ショウキは山下と目を合わせた。山下が頷いた。

 ぐずぐずしては、いられない。

 手動運転マニュアル に切り替えて、山下はアクセルを踏み込んだ。


 “ハチドリ”が降下する。

 分子モーターが収束し、シリコン翼が羽ばたきを止めると、紫田は防護服を着て外に飛び出す。

 すでに軍は到着している。装甲車両が繁華街ダウンタウンを封鎖し、兵士たちによる住民避難は完了していた。防護服の兵士が2mおきに沿道に立っている。赤十字のトラックに、救護班がシートをかけた担架を運び出している。布地に血が滲んでいる、あれは犠牲者だ。

 機甲ヘリに混ざって“ハチドリ”が、共和国旗を描いた胴体をビルの間につける。高分子アクチュエータを備えた、多脚式の戦車が沿道を塞いでいた。円筒形の胴体に、前後左右から突き出た昆虫のような「脚」、20mm砲と軽機関銃が刺々しく、本体から突き出ている。砲座が見つめるさきに、松本のランドマークたるショッピングモールがある。その中に、強化外骨格パワードスーツに身を包んだ兵士たちが突入しているのが見えた。全長2mほどの、鉄のスーツが重々しく地面を踏み鳴らし、ドイツ製の軽機関銃を携えていた。遠目から見ると二足型のロボットではあるが、強化外骨格アームスーツは分子モーターで強化された防護服の一つで、防護より戦闘に重きを置いた、戦闘用のスーツだ。角ばったフォルムが粉塵の中に消え、赤い一つ目のセンサが揺らいでいるのを遠く臨む。

「あんなロボットものを導入しても、犯人はとっくに逃走しているだろうな」

 紫田が防護服越しに言った。

「ロボットじゃなくて、強化外骨格パワードスーツでは」

 明蘭が言うのに、紫田は同じようなもんだと呟く。明蘭は“ハチドリ”のハッチから身を乗り出し、ノート型の端末を操作している。

「連中、移民のデータをインプットした、人工RNA搭載型のウィルスを感染させたようです。生身でウィルスを撒いても、本人には効かないから悠々と逃げられるというわけね」

 紫田よりもいくらか頑丈な防護服を着込んだ明蘭が言う。移民を狙ったのであれば、まず真っ先に明蘭の身が危ぶまれる。くぐもった声が、マスクから聞こえた。

「アウトブレイクが起こった頃には、時すでに遅し。無差別に、閉鎖された都市内でばら撒かれたら……」

 阿宮涼子が不安げな声で言った。

「移民排斥、か」

 柳の言葉が脳裏によぎる。新伝の目的、純粋な日本民族による治世……ナチスドイツが、純粋アーリア人による統治を目指し、異民族の排斥に走ったように。新伝はそれを、この国でやろうとしているというのか。

 あんなものを造ってまで。

「サンプルを集めろ」

 と紫田が言った。視線の先に、体中から血を噴出して倒れている骸を見て。

「使える物は全部だ。全部持ち帰って、ワクチンの製造に全力でもって当たる」

 旋風に混じって血の霧が巻き上がる。紫田の防護服に血痕が付着するのをそのままに、紫田はPDAに向かって怒鳴った。

「加藤」

 本部の司令部を呼び出すと、加藤が

《全てのデータベースからの接続を切りました。“特警”のサーバーは、明蘭さんが造ったワクチンでなんとか収まりましたが。しかし、すでに……》

「分かっている」

 データベースから、塩基情報コードが流れ出た――その発信源が、よりによって“特警”だったとは。本部の分子コンピュータを使い、データベースに水面下でアクセスして塩基情報コードを外部に洩らした者がいる……。

 軍の“ハチドリ”が、松本の上空を航行していると、光学迷彩が迷光を帯びて、虹色に変わると空に溶け込むように消えるのを見送りながら

「まずはその内通者を探る、必要がある」

 と紫田は呟き、明蘭と涼子の方を一瞥する。涼子が僅かに目を伏せているのを見つつ

「防犯カメラの映像を送る。骨格照合をかけて、犯人を特定しろ」

《いやいやいや、犯人もクソもないっすよ。誰だか分からねえんですもん》

「犯人は」

 紫田は端末を明蘭の操作した。液晶には、加奈とショウキが見た3人の少年少女――1人は横浜で、2人は静岡で――いずれも“UNKNOWN”の遺伝子を持つもの。 

「やつらの骨格を照合する」

《“幸福な子供たち”ですか……やっぱり、奴らの仕業と》

 紫田は何も言わなかった。ただ一言、任せたと告げる。



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