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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
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4―2

 人体を構成する配列、DNA情報コードは国が管理している。

 国民の塩基情報、DNAのコードは都道府県ごとに設置されたデータベースに保管されており、国家の手によって護持されている。犯罪捜査や抑止のために管理され、民生用、公務員用、犯罪者用の各データベースに分けられてコードが収容されており、さらに国民と移民の塩基情報が区別されている。人が生まれた瞬間、あるいは共和国永住権を手に入れた瞬間、全ての国民と移民に課せられる義務である。

 ヒトゲノムの解析が2000年にはほぼ解読され、2010年になるとバイオインフォマティクスによるオーダーメイド医療が主流となり、個人のDNA情報コードを元に開かれた医療体制を目指す。それは、高齢社会を迎えつつあった旧体制の日本国にとっては、必要な処置であった。

 だが、そのシステムが仇になった事件があった。それが2022年、共和国体制に移行して間もない頃に起きた初代総統の暗殺未遂事件であった。

 DNAのダウンロード、それは敵に城の見取り図を曝す行為に等しい。関東で当時、過激なテロリズムに殉じていた関東の結社が、初代総統のDNAデータを元にあるウィルスを造りだした。特定の塩基配列を持つ者を死に至らしめる、毒性因子を内通者の手によって官邸内に運び込まれ、アウトブレイクを起こし、本人のみを暗殺しようと試みた。結果、感染は未然に防がれたのだが、この事件を気にDNA情報コードの閲覧には制限が課されることとなる。データベースはネットから遮断された孤立スタンドアローンとなり、病院の遺伝子治療にも使用されなくなった。

 現在では、治療を受ける際、一度患者の細胞を採取してDNAの配列化を決定付け、そのシークエンスされたコードをもとに治療を行う。いちいち塩基配列解読(DNAシークエンシング)を行わなければならないが、ネットから不特定多数の人間に解読されるよりリスクは低い。医療行為に際して解読されたコードは、その場で廃棄され、また切り離された生体も使用後はその場で処分される。生命倫理法で定められた鉄則だ。

 ただし、病院からコードや生体が流出する可能性もあるため、リスクは皆無ではない。そうしたことを未然に防ぐのも、“特警”と都市警の役割でもあった。

 しかし、オーダーメイド治療はおろか、地元の闇医者にかかることもままならない“中間街セントラル・シティ”の、それも移民の遺伝子情報コードが流れたなど聞いたためしは無い。シークエンシングは、専用の機器がなければ行うことは出来ず、“中間街セントラル・シティ”の闇医者風情にそんな高度な真似は出来ない。“中間街セントラル”の闇医者が手を染めている遺伝子導入手術などは、個人のDNA情報コードは必要とされない。初期のRNA分子機械ナノマシンで行われているため、失敗する公算も高いが安上がりだ。改造手術を施してサムライ化を図るしかない、“中間街セントラル・シティ”の人間にはまず無縁な、最先端の再生医療。病院がコードを流すこともなければ、まして移民がデータベースにアクセスする方法などない。

 ただし、遺伝子データベースにアクセスし、コードの一部を閲覧することを許されている機関は存在する。それが、各行政都市の都市警と“特警”である。DNA鑑定、遺伝子情報コードを解析しての追跡調査には、登録された塩基情報を必要とする。データベースのコードを取得するには、まず警察関係者であることをネット上で証明しなければならない。アクセス権限のある者は警察内部でも限られており、アクセスを許された人間の指紋、静脈、および塩基情報を端末上で確認する。バイオチップを専用端末に差し込み、そこに刻まれた生体情報をデータベースに送信する。その後、端末上から指紋と静脈パターンを送り込み、本人と確認されたときのみ、閲覧が許される。“特警”では捜査部の人間と科学班の一部の人間にのみ、アクセス権限が与えられている。外部の人間がデータを閲覧しようものなら、まず権限のある者のバイオチップを盗み、さらに端末から送る指紋データを偽装しなければならない。そこまですれば盗む事も出来るが、指紋を偽造しようにも実際に人間が「触れた」ものであるかコンピュータが判定するため、偽造は不可能とされる。よって、外部の人間であるという線は、ほぼ無いだろう。

 ただ、内部の人間がアクセスし――テロリストに情報コードを渡していたとしたらどうか。紫田はさっき、なんと言った? 正規のルート、正式な手続きのもとで静岡のデータベースにアクセスし、塩基情報が取得された。つまり、ハッキングや外部接続によるものではなく警察関係者、“特警”の人間が情報コードを取得したということだ。まだ、はっきりと断定は出来ない。もしかしたら、都市警のどこぞの馬鹿が流したのかもしれない。しかし、可能性はないことではない。

 “特警”では、捜査部の人間が閲覧できる。そして、加奈が、3年前まで“UNKNOWN”だった李飛燕と通じていたとしたら――。

 だが。ショウキは頭を振る。実際にあいつはやられているんだぞ、と。テロリストを追って、その先でサムライに会って。交戦して、負傷した。もしあいつが敵と通じているなら、おかしいのではないか、実際に戦うなんて。見たところ狂言や偽装ではなく、本気で潰しあっていた、奴ら。

 いや、そうとばかりも言えない。それ以外の要因で、交戦していたとしたら――すなわち、仲間割れ。もっと言うなら、粛清されかかったのかもしれない。用済みということで、李飛燕から一方的に切られた。あるいは金のことで揉めた、等。 だがいずれも、ショウキには想像し難い。 晴嵐加奈は、ヤクザやサムライを心底憎んでいる。どういうわけか、あからさまに悪感情を露にして、“中間街セントラル・シティ”でも執拗なほどに追い立てて必ず殺す。サムライを殺す行為、そこに自分の存在価値を見出しているんじゃないかと思われるほどに。そんな加奈が、テロリストと取引するとは考えにくい。そのことは、ショウキが一番分かっているつもりだ。

 だが――あの画面に映った、アルビノの男。加奈があの男を知っている、と言うのならば確かめなければ。あの男と、一体どういう関わりがあったのか。場合によっては――強引な手でも使って、吐かせる。

 得体のしれない靄が、腹の底で滞留している。胸騒ぎ、とも違う。どうしてか、加奈があの男を知っているということが不快に思えてならない。

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