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翌日、本部のミーティングルームにショウキと加藤、山下が集められた。
「到着が早かったから、殆どの生体は回収できたな」
と紫田が言い、端末を叩いてスクリーンに映像を呼び出す。
「事件の概要は、資料の通りだ。昨日一三〇二時、“セイラン・テクノロジー”の社長、晴嵐幸雄氏が襲われるも晴嵐がこれを撃退、確保する。が、その直後に投げ込まれた発煙筒のようなものから噴き出たガスにより、男は死亡。その場にいた不特定多数の人間がガスを吸い込んでいるにも関わらず、死亡したのはその男のみだった」
「その男ってのは何モンっすか」
加藤が言うと、山下が
「ええっと、宋星仁。移民第二世代ですね、伊豆の下田に住んでいました。特に思想的偏りもなく、政治団体にも所属していません。15年前に妻と子を亡くし、以来ずっと独り身です」
「下田ってどこだっけ、ちょっと良くわかんねえな」
「伊豆半島の先端だ。晴嵐が育った孤児施設も、たしかその辺りだったな」
紫田はどうやら、加奈がいたという施設を知っているようだ。俺には全然教えてくれねえのに、とショウキは思って
「なんか面白くねえ」
「何がです?」
「いや、なんでもない」
加藤が訊いて来るのに、はぐらかした。咳払いをして紫田に
「んで、そいつは何をトチ狂ったのか“セイラン・テクノロジー”の社長を刺そうとして取り押さえられた。“中間街”からわざわざご苦労さん、と思ったらあの騒ぎか」
ショウキが言った。“門”を潜り抜け、都市に入るにはIDカードを提示しなければならない。その都市の住人であるか否か、これはどこの環境建築型都市に行っても同じで、等しくその人間の安全性を保障するものだ。“中間街”の人間でこのIDを持っている者はいない。審査に通った者のみが、IDを取得できる。審査されるのは、所得、家庭環境、学歴――等々。
「証言によれば」
紫田は全員の顔を見回してから
「投げ込まれたガスは相当派手に撒かれたようだが、変死を遂げたのはその男だけだった。他にも不特定多数の人間が吸い込んでいるにも関わらず、な。成分は不明だが、生命産業特区保安局からのデータによれば、撒かれたのはガスではなくウィルスのようなものだったようだ」
「バイオ兵器、ってことか」
貧者の核兵器すね、と加藤が言った。
「詳しい事はまた、こちらでも解析する。今、科学班がサンプルを調べているところだ。ただ、あの男のみ、死に至らしめたということは考えうることは一つ。あの男のDNAに反応するということだ」
紫田が言うことを、一瞬理解しかねた。他の者も同様に、疑念の目を向けている。山下が
「あのそれって……こいつの持つ塩基にのみ反応する、生物兵器ってことですか?」
「そういうことになる」
紫田が言い切った。
「いえ、それはその、無理かと。だって、国民と移民のDNAデータは全部国が管理しているんですよ。データベースから個人のDNA情報を盗み出す、なんてことは……」
「100パーセント、ありえない」
山下の言葉にかぶせるように、ショウキが言った。
「データベースはスタンドアローン、外部からの侵入は不可能だ。警察や軍関係者でも一部の人間しかアクセスできないってのに、どうして一般人が」
「その軍や警察から洩れていたとしたら?」
紫田の目は険しい。刃物のような視線がショウキに突き刺さった。
「どういうこった」
「つまり、コードが盗まれた可能性があるのだよ。というのも、つい一週間前に静岡の遺伝子バンクに何者かがアクセスしてきたそうだ。移民用の、データベースにな」
それを聞き、ショウキは思わず身を乗り出した
「ハッキングされた、ってことかよ」
「いや、今言ったようにデータベースはスタンドアローンだ。侵入は不可、もしできたとしても20重に張り巡らされた防壁は容易に突破できるものではない。これは、正規のルートでアクセスされたものだ。正式に手続きを踏んで、な」
つまり、それは警察関係者や軍関係者の中に情報を洩らしている人間がいるということか――ならば一体、何のために。
「テロリストと取引している、奴がいる?」
「そうとも断定できないが、その線も当たってみる必要があるな。それともう一つ。晴嵐を負傷させたというサムライだが……山下」
紫田が言うと、山下はスクリーンを切り替えた。映ったのは、ショウキが送った勾玉の画像だった。
「昨日、ショウキさんに言われて調べたのですが、これを使用している傭兵団――仮に、“幸福な子供たち”としておきますが、3年前にも『天正会』にサムライを派遣しています。ショウキさんの見たサムライが、“幸福な子供たち”であるならばこの事件、『天正会』が絡んでいる可能性が高いです」
「やっぱ、鈴を狙ってか?」
自然に「鈴」と呼んでいる自分に少なからず驚いた。今まで対象だとか、せいぜいあの子供、程度の認識だったのに。個人としての「鈴」を意識し始めたということか。
「どうかな。それならもっと騒ぎを大きくして、対象を攫うことだって可能だったろうに。どうも、今回は作為的なものを感じる」
山下が端末を叩いて、次に現れたのは現場の、“セイラン・テクノロジー”の画像。鑑識員と科学班が、不恰好な4つ足ロボットを引き連れている。
「そのサムライの血液を調べたところ、対象と同じくにDNAは“UNKNOWN”、“猟犬”による追跡を試みましたが“門”で途絶えていました」
と、画面左下のロボットを示して言った。
「その“猟犬”だけどよ、意味あるのか? 血なんかすぐ乾いちまうだろうに。バイオチップを元に犯人の足取りを追跡するっていっても、“門”超えられちまうと追跡できないなんて」
ショウキが言うと、紫田は
「先日、『天正会』と中国マフィアを叩いたのはその“猟犬”があったからこそだ」
「なら、新伝の居場所もそいつで探しゃいいだろうが」
「広範囲を探すようにはできていない」
やっぱダメじゃねえか、とひとりごちた。
“猟犬”は、現場に残した犯人の細胞、血液をバイオチップで解析し、そのDANデータを元にして、犯人が空気中に残した皮脂や臭いを追跡する。いわば警察犬をロボットにしたようなものだが、まだ導入されたばかりで成功例は少ない。それでも、ここ最近は主力になりつつあるのは確かだが。「まあでも、気になるのは“幸福な子供たち”がどうやって都市に入ったかってことだ。サムライを都市内部で見かけるなんざ、今までなかったしよ」
被害者の男も、と加藤が言い添えた。
「それで、その“幸福な子供たち”をまとめる人間が――」
と山下が画像を変えた。白髪の男が、映し出された。頭の先から毛先まで、灰色がかった白。染めているわけではなさそうだ。老人かと思ったが、滑らかな肌はまだ20代そこそこといったところ。異常に白い肌と、色素の抜けた髪、充血しているような赤い瞳の青年。アルビノか。
画面下に、ピンインで“Li feiyan”とある。どこかで、聞いた名前だと思った。どこで聞いたんだったかな、と考えをめぐらせる。
思い出した。
「李飛燕です。もっとも、本名かどうかわかりませんが。『新宿闘争』の時に聞いた名前ですが、ヤクザたちの間ではわりと知られているみたいです」
李飛燕……飛燕。
「加奈が言っていたな、その名前」
ショウキはそう言うと
「昏倒ちる直前に、飛燕、って言った。あいつが言う飛燕ってのは、李飛燕のことか? そんな奴の名前、見たことも聞いた事もなかったが」
「そうでしょうね。彼は3年前まで、全くの無名でしたよ。警察も保安局も、目をつけていなかったんです」
山下が言うのに、ショウキがどうしてだ、と訊いた。
「李飛燕のDNA情報は、3年前までどこにも存在していなかったんです。2037年まで、全くの“UNKNOWN”、李飛燕の過去の記録は抹消されています。新宿で生体を手に入れてから、奴の傭兵団の存在を知ったくらいですし――晴嵐さんはそれ以前の李を知っているということでしょうか」
山下が、困惑顔で言った。
妙な胸騒ぎがした。飛燕のことを、加奈は知っている? あいつと李飛燕、“幸福な子供たち”とどういう繋がりがあると言うのだろうか。
「詳しいことは、晴嵐の証言を待つしかあるまい」
紫田が告げた。
「解散だ」