3―13
SATの突入員が踏み込んでくるのに、ショウキは銃を仕舞い込んだ。逃がしたか、クソッ垂れ。とんだ醜態だ、と舌打ちするもとりあえずは加奈のことが先決だろう。突入員の一人に、他に敵がいないか確認して怪我人を運べというと、案外素直に応じた。本来は、都市の内部のことは都市警の管轄であるが、サムライが絡んでくるとなると――
「あれも、『天正会』なのかな」
「さあ、分からないけど」
涼子が加奈の首筋を露出させ、ポケットタイプの銃みたいな形をした注射器を突き立てる。
「気休めだけど……」
と、緑色の溶液を射出した。やがて救急隊員が到着し、加奈と他のSAT隊員たちを担架に乗せた。加奈以外はすでに事切れていた。
「一体、何をされたんだ」
「分からないけど、何か強力な毒を注入されたみたいね。バイオチップの状態から察するに、解毒も間に合わないほどの」
毒か、と呟いて、青い顔をしてぐったりとしている加奈を見送った。
「心配?」
と涼子が、唐突に言った。
「何が」
「加奈のことよ」
「そりゃあ、まあ」
あんなことがあった後だし……と明蘭との一件を思い出す。あれ以来口聞いてないからな、などと思っていると
「それって相棒として? それとも……」
涼子はいたずらっぽく笑って
「男として?」
その時の自分の顔が、どうなっていたか分からないが酷く不細工な面晒しているんだろうなと思った。眉間にしわ寄せて、息を吐いて一言。
「お前うるさい」
「ごめん」
涼子はぺろりと舌を出して、悪びれもなく言う。詫びるつもりが有るのか無いのか。ところで、と涼子が切り出した。
「鈴ちゃんはどうするの? 護衛がいないとなると」
「都市警に身柄を預けて、あとで山下に迎えに行かせる」
「わたしがついてようか」
と涼子が言ってくるのに、ショウキは何故と訊いた。
「お前さんは、一階にばら撒かれたっていうガスを……」
「後で都市警の鑑識からデータ貰うから大丈夫よ。こっちの都市警は、横浜と違って話が分かるし」
ショウキは一瞬考えたが、やがて
「なら任せた。しかし、一人で大丈夫か?」
言うと、涼子は短針銃を出してみせた。
「これだけあれば、事足りるわ」
「はっ、えげつない女だ」
とショウキが吐き捨てる。涼子はコートを翻して、階下に向かった。
改めて見ると、現場の荒れようは凄まじい。割れたガラス壁が鋭角めいた剣と化し、突き出ている。溶液が川となって足元を流れていて、それは透明だったり、赤黒かったり、血や分子機械が溶け込んでいるようだった。ガラスに混じって、ところどころ白く反射するのは、短針銃のシリコン針の破片だった。涼子が撃ったものは全て敵に食らわしていた。つまり、加奈の短針銃のものであるということだ。丁度、鑑識の一人が切断された短針銃の銃身を見つけたと言ってきた。相当、手強い相手だったのだなと思った。
一番被害が深刻だったのは、分子アセンブラが粉々に砕かれた研究室だった。天井と壁の管が全て割れて、溶液が滴り落ちている。破壊された旧式の端末から、オレンジ色の火花が散っていた。感電のおそれがあるから、と鑑識員が下がるように言って“Keep out”のテープを張る。
嵐が吹きぬけたようだな、と呟く。
「都市警の人間は入れるなよ、拾える生体は全て拾え。血の一滴でも」
と鑑識チームに指示すると、ショウキはふと、あるものを見つけた。溶液の川の中に、反射する赤い光。広い上げると、それは勾玉を模したアクセサリーのようだった。どこかで見たなと思って、新宿の《安ホテル》を思い出す。あの時加奈とぶつかった少年、あいつの耳にも同じものがあった。
表面を、生身の方の指でなぞってみる。材質は瑪瑙かなにか、いずれにしろ天然素材を使ってある。あの女がつけていたものならば、組織のシンボルかなにかだろうか。
「ここは任せる」
と鑑識に言う。勾玉を握って、通信回線を開いた。ディスプレイが通話可能状態になると、聴覚デバイスに山下の声が響く。
《ショウキさん、どうしたんですか》
「山下か、ちょっと気になる事があってな」
ショウキは端末に埋め込まれたカメラモジュールで勾玉を写し、ディスプレイを叩いて
「今送った映像、この勾玉だがな。こいつを使っている組織が存在するか、調べてくれ」
《勾玉……ですか。これまた随分古風な》
山下はなにやら唸っていたが、やがて
《これ、確か新宿のときに……》
「見た事あるのか?」
《うろ覚えですがね、『新宿闘争』で検挙したとき同じ物を持っている人間がいたんです》
「お前、あの場にいたのか」
《ええ、あの頃は自分、まだ関東第2方面部隊でしたから》
そうだったな、とショウキは言った。『新宿闘争』には関東の機動隊が総動員されたんだっけ。なら話は早い、と
「どこのヤクザだ? それともゲリラか」
《いえ、傭兵団ですよ。サムライを有していて、ヤクザに用心棒を派遣している連中ですが……この勾玉の奴ら、かなりおかしな一団で未成年のサムライばかり集まっているみたいです。検挙したのも15と12の少年でした》
未成年のサムライか、そういえばさっき取り逃がした女も、女と言うよりかは少女だったな。そんなこと思っていると、山下が
《まあ、そいつは結局拘置所で自殺したんですが。ただ、そいつが最後に口にした“幸福的孩子們”ってフレーズ。それ以外は、分かりません》
幸福的孩子們、日本語にすれば“幸福な子供たち”
「それが、奴らの名か」
《何を意味するのかわかりませんが、おそらく》
分かった、とショウキは通信を切った。
あのドレスの女と《安ホテル》の子供。ただの偶然かもしれないが、妙に引っかかる。これを最初に見たのが新宿というのも、気になる要因の一つだった。
――“幸福な子供たち”か、何かの皮肉か。性質の悪いジョークだな。
そう言って、ショウキは勾玉を懐に滑りこませた。
第三章終了です。