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夜狗-YAKU-  作者: 俊衛門
33/87

3―9

 赤い瞳、である。色素の少ない、髪と肌はアルビノ体質であることを伺わせる。グレーの髪は、幾度となく染めてきたためか、毛先が痛んでいた。白い肌と対比させるように、黒いコートを着ており、首には赤い勾玉を施した首飾りをかけている。少年のピアスと、同じデザインだった。青年はふふっと含むように笑い

「ようやく思い出してくれたね、桜花。でも、15年ぶりの再会にはその手のものはどうかと思うよ?」

 楽しげに言う。加奈は我に返って

「テロリストに温情をかけろと?」

 銃口を少年に向けたまま、短針銃フレッチャーを抜いて飛燕につけた。短針銃フレッチャーのレーザーポインタが、飛燕の額に点った。

「テロリスト、か」

 ふっと、飛燕が寂しそうな表情を作った。

「冷たいね、桜花。昔の仲間に、そんなことを言うんだ。僕の知る君は、もっと思いやりのある人だったのに。仲間だろう、僕ら」

「“僕ら”などと、一緒にするなよ。あんた、あの時死んだんじゃなかったのか。あの時、施設の人間は皆死んだと……」

「ふうん、誰がそんな事、吹き込んだの? そんな出鱈目」

 飛燕は白い髪を、人差し指でくるくると弄んだ。動くな、と短針銃フレッチャーの銃口を突きだした。

「そうか、だから探してくれなかったんだな、君は。僕はあの時からずっと、君を探していたのに。君は誤った情報に躍らされて、“ゲイト”の向こうに行ってしまった……」

 ため息をついた。加奈は帽子キャップの少年を示して

「そいつはあんたの手下か」

「手下、だなんて。彼は僕の兄弟さ」

「桃園の誓いでも立てたのか?」

「文字通りの兄弟だよ。骨と肉、血を共有した、ね。この意味、分かる?」

 という飛燕の言葉が、細胞の隙間に入り込んでゆく。その言葉の意味することが、どういうことか。考えるまでも無い。

「分かるよね、あの施設で生まれた君なら。僕と同じ血を持ち、同じ細胞を分けた君ならば。彼は祝福された子供さ、僕も含めて」

 飛燕が肩をすくめて言った。

「あんたは何をしようと言うんだ、あの煙。一体あれはなんだ」

「まあまあ、そう焦らないで。僕にも喋らせてよ」

 飛燕がまた喉を鳴らすように笑い、指先で髪を弄んだ。加奈は動くな、と命じて

「撃つよ、それ以上戯言吐くと」

 短針銃フレッチャーの左側にある、切り替えを操作する。神経針からシリコン針に再装填されるのを感じた。

「どうぞ。やってみてよ、それが出来るなら」

「どういうこと」

「無理するなってことさ、桜花。手、震えているよ?」

 馬鹿な、と言いかけたが。

 レーザーポインタの光点が、揺らいでいるのを見た。銃を握る手が小刻みに揺れ、それがレーザーの光に反映されている。戦慄が指と、腕、体に伝播する。筋肉に力を入れて、必死に震えを抑え込む。脅えているのか、わたしは――赤い瞳が見つめてくるのに、勝手に震えが来る。奥歯を噛みしめた。

「今日は会えてよかったよ。今この瞬間なら神に感謝してもいい。昔、散々恨んだ神様にね」

 と言って、背を向けた。

「動くなと言って――」

「ただ、ちょっと遅すぎたね。僕はもう、替わりを見つけてしまったし……」

 なにやら意味深な事をいう。もう一度、動くなと警告する。飛燕は少し振り返って、寂しげな笑みを浮かべ、行こうか、と言って少年を連れて立ち去る。

 反射的だった。銃声と空気の洩れる射出音が同時に響き、銃弾とシリコン針が交錯し、飛燕と少年の背中に飛来する。

 目の前に赤い影が躍り、空中で火花を散らした。銃弾と針が、その影に弾かれた。

 その姿を、間近に見る。赤いドレスに身を包んだ少女だった。体に似合わない派手な装飾品を首と手首、足首に巻かれている。少年のと同じデザインの、赤い勾玉のアクセサリーが揺れた。

 赤に映える、黒い髪。長く、腰まで伸びている。そして手のひら、少女の指先から薄い刃が伸びていた。弾いたのはそれか、と思った。

「ウィドウ、ブラック・ウィドウ。彼女と遊んであげて」

 飛燕が言って、少年を連れ出した。加奈は飛燕を追う。ブローニングを発砲するが、少女の内蔵刃に弾かれてしまった。

「あんたの相手は、あたしだよ」

 ウィドウなる少女は内蔵刃を交差し、一足飛びで間合いを詰める。少女の端整な顔が鼻先に迫り、吐息がかかる。唇が、キスしそうなほど近い距離にあった。

 瞬間、空気が燃えた。

 ウィドウが右の刃を水平に切った。加奈は身をそらすと、刃が顎下を通り、喉に刃先が触れた。薄く血が滲む、セラミック刃の感触を感じつつ後ろに下がって、距離をとる。

 短針銃フレッチャーの20連射。シリコン針が連射フルオートで吐き出される。顔を中心に打ちこまれた銀の雨を、ウィドウは左手だけで全て叩き落とした。

 しかして、それは囮。

 右のブローニングを、ウィドウの足に向けて発砲する。心地よい反動リコイルショックとともに、肉が潰れる手ごたえを想像する。

 予想に反して、返って来たのは床を抉る衝動だった。

 ウィドウの姿は頭上にあった。内蔵刃を仕舞い込み、天井の照明を掴んでいる。天井に張り付く姿は、蜘蛛のようだった。そういえばブラック・ウィドウってのは黒後家蜘蛛(クロゴケグモ)のことを言ったっけ、と思う。少女は腕の力で体を振り、空中で前転して着地した。ふわりとドレスの裾がはためいて、華奢な太股が露になった。

「なろっ」

 ブローニングの2連射。全て弾き、ウィドウが地上に降り立った。刃の銀色が閃く。衝撃を感じると、短針銃フレッチャーが切り裂かれていた。銃身が真っ二つに割れ、中に収まっていたシリコン針と神経針が床にばら撒かれた。

「こんな針であたしとやろうなんて、どうかしているよあんた」

 と、北京語で言う。右の指先から、針のような刃を出した。腕に刃を内蔵させる、見ない改造だなと加奈は思って

「そうだな。じゃあ、あんたに相応しいもの食らわしてやるよ」

 ブローニングのマガジン・キャッチボタンを押す。ハーネスから、ラインの入った弾倉を取り出し、素早く装填。スライドコック。

 対機甲弾だ、と加奈が言う。ウィドウが、唇を舐めた。


 パトカーが本社ビルを取り囲んでいる。

 赤色灯が、暗くなった辺りを照らしだして、制服姿の警官たちが慌しく動き回っている。その様子を、鈴はパトカーの中から覗く。

 じっとしていられない。何か胸騒ぎのようなものを感じた。警官たちの話では、加奈があの中にいて何者かと交戦しているということだった。加奈がむざむざやられるとは思えないが――それでも、なんだろうかこの焦燥感。加奈がどこかへ行ってしまいそうな、そんな思いがして、じっとしていれれずに外に飛び出した。すると、制服姿の婦警が、危ないから中に入っていなさい、と強い口調で言ってきた。しかし、鈴はそれには従わずにビルの方を見ている。婦警が、入りなさい、と鈴の肩を掴んだが

「そいつは“特警うち”の預かりだ」

 そう言ったものがいた。銀色の髪の、大柄な男が歩み寄る。確か、鈴が誘拐されたときに突入して来た、加奈のパートナーと記憶している。

「えっと……ショウキ、さん?」

「久しいな、っつってもあれから1週間ぐれえしか経ってねえか」

 とショウキは言い

「加奈から連絡を受けてな、テロが発生したって」

 テロ、と聞いて視界一杯に広がった、煙を思い出す。加奈が「見るな」といって視界を塞いだため、その後何があったのか分からなかった。暗闇の中で、男の悲鳴が聞こえた気もしたが。

「未確認の化学物質かもしれない、っていうから科学班の連中引き連れて、高速かっ飛ばして来た。ホレ」

 とショウキは、先日、鈴を乗せたばかりのバンを指差す。その中から、なにやら機材を持った人間が数名降りてきて、その中に紺色のスーツに身を包んだ涼子がいるのを、確認した。

「涼子さん!」

 ほっとして駆け寄ると、涼子が微笑んで

「無事だったようね。それで、加奈は何をしているの?」

 と訊く。丁度、その時。ビルの中腹部分の窓ガラスが割れる音が響いた。振向くと、割れた窓から閃光がぱっと弾け、また別の窓から同じように光が爆ぜる。花火みたいに瞬間的に火の玉が、生まれては消えて――それが複数、生み出されている。

「あ、あの……中に、加奈さんが……」

 どうしても震えてしまう喉からそれだけ搾り出し、ビルを見た。ショウキは、険しい顔で

「対機甲弾を使うたあ、都市の中で」

「相手はサムライね。でもどうやって“ゲイト”をくぐったのかしら」

 涼子が怪訝そうに言う。ショウキはそれより、と鈴の頭越しに沿道を見て

「急がねえとまずいぞ。SATが到着しやがった」

 ショウキの視線の方向には、無骨な装甲に車体を覆った車が、何台も停まっている。中からタクティカルスーツとマスクに身を包んだ人間が降りてきて、サブマシンガンを引っさげていた。

「ここにいろ、すぐに終る」

 とショウキは回転式の銃を取り出した。涼子も同じように銃を出す。加奈のものより、はやや小さい短針銃フレッチャーが握られていた。


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